江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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足柄さんのパン美味しいです。これで二百円もいかないから良いよね。


初期微動

 全員が幸せな世の中などない。

 それは世界共通の問題で、誰もが解る矛盾を孕んだ音の羅列だ。まともな者であれば自分と周辺の者を幸せにするだけに留めるものであり、己の力不足を嘆く余地はそこには無い。

 世界には優先順位だけがあった。

 何かを捨てて何かを得て、犠牲を続けて大事な者を守ってきたのである。その根底を覆すのは人の力では不可能の域に到達し、どのような努力を重ねたとて達成するものではない。

 それでも強引に達成させるとして、どうすれば良いのだろうか。

 世界が幸せになるには、まずそこに生きる者達全員に不幸が訪れないようにする。だが世界人口は千や万で足りる程ではないのは自明の理。

 それに幸せなど人によって千差万別だ。誰かを不幸にして初めて幸福を覚える類の人種も存在し、されど全員を幸せにする以上はその者の願望も叶える他ない。

 しかしそうなると不幸者が発生する。これではどうしようもあるまい。

 故に、誰もが求める夢は世界平和に非ず。そも、そんなものを誰も願ってはいない。

 

 黄昏の世界はその中でも独自の法則が流れていた。

 夜が訪れる事無く、針が停止した世界がそこにある。門には柱島鎮守府と書かれた木板と更にその下に小さく四桁の数字が表示されており、葉の一枚も無い綺麗な門は寧ろ通りたくなくなる程だ。

 建物は全て横に広がり、三階程度の高さに収まっている。

 その部屋の一つ。四人部屋となっている場所では一人の艦娘が窓の外を眺めていた。

 直ぐ傍には写真立て。映っているのは複数の艦娘が一斉に食事をしている所で、賑やかな雰囲気が伝わるその写真には確かに彼女達が生きている事を示していた。

 されど、その写真立ては埃に塗れている。

 他は掃除をされているというのに、その写真立てだけが汚れているのだ。まるで過去の輝きを思い出したくないと感じているように、艦娘もその写真を見る事は無かった。

 茶髪の髪は酷く痛み、着ている巫女服も何処か薄汚れて見えるのは洗濯も風呂も入っていないからか。引き籠りのようにも見える彼女は、しかして目元だけは異常に力強かった。

 飢えた獣程度では済まない。どこまでも飢えに苦しんだ狂獣は、内に想いを秘めて明日の空を見る。

 何時か到来する再会を夢見て、彼女は今日もそこに座るのだ。此処ならば異変が生じた瞬間に対応出来るからと、ベッドには艤装を置いて待っている。

 

 その世界はどこまでも全てが止まっていた。しかし、それでも止まらないものもあった。

 蓄積されていく感情に上限は無く、だからこそ爆発した際の周囲への影響は計り知れない。もしもあの世界に辿り着いた時、その爆発が起これば――――その時生き残れるのは何人なのか。

 飢えに飢えた獣達が暴れ出すまで後僅か。世界の停止が消え、全ての鎮守府がその艦娘達を認識したのならば、皆は同様の事を考えるだろう。

 あれこそ正に、理性という枷を破壊した者の極致だと。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 その海に辿り着いた時、まず最初に感じたのは濃密な硝煙の臭いに腐敗臭だった。

 海に漂う死体の数々は殆どが艦娘だ。体を無残に粉砕され、或いは弄ばれた上で半身を食われ、悪の所業そのものとも言える状態で彼女達は終わってしまっていた。

 艤装が新品の物も多くあり、弾薬の補充は可能だろう。しかし妖精の影がどこにもない。

 逃げたか、もしくは溺死したか。逃げられる状態であったとはとても思えず、だからこそ妖精達の死体が一つも無いというのは奇怪そのものだ。

 目標の戦場までは未だ距離がある。だというのに海を埋め尽くさんとする程の艦娘の死体があるという事は、原因の中心は一体どれほど悲惨な現状になっているというのか。

 阿鼻叫喚の地獄絵図になっていると考えるのが妥当だろう。それは想定されていた現状であるが、しかして実際に見ると本当に彼女達はまだ改二にすら到達していない。

 例えば阿武隈。服装はまだ軽巡の頃のままで、艤装を確認してみる限り装備は二号砲でも三号砲でもない。

 標準の主砲を一本積み、残りは電探と偵察機で構成されている。連撃装備に近いが、しかしこれで相手を討ち取ろうとするには些か以上に心もとない。

 姫を討ち取るのならば阿武隈は改二にし、夜戦カットイン仕様にすべきだ。

 それ以前に精鋭部隊を作る必要があるだろう。現状では只の使い捨ての無駄弾にしかなっていない。

 目玉の無い彼女から視線を切り、目的地へ。

 天候は曇り。それも雨が降りそうな程に暗く、不吉な色に染まっている。

 雨が酷ければ空母は艦載機を発艦出来ない。それは敵の空母とて同じだが、相手の方が物量に関しては上だ。

 そのまま押されれば撤退も視野に入れる必要があるだろう。

 

「雲に入る前に第一部隊に通達を。いらないとは思うけどね」

 

「私が」

 

「古鷹、よろしく頼む。……しかし、これはこれで第三部隊の仕事が早くなりそうだな」

 

 武蔵が雲を眺め、ポツリと呟く。

 第三部隊は俺達から少し後ろの距離を維持して進んでいる。彼女達の身の安全を守る為にも俺達は島までは共に向かう。道中の危険を全て回避出来ず、島に到着してからは完全に任せてしまう形だが、それでも情報通りの敵編成であれば突破は可能の範囲内だ。

 最悪なのは高速移動するあの姫に出会う事だが、それについては第一部隊が囮になってくれる。

 別方向からの爆撃による殲滅だ。道中の敵を引き付け、且つ全体的な総量を減らして道を作る。

 その役目故に危険な仕事だ。やると宣言はしてくれたものの、それでも不安が無いとは言えない。早めに合流したいものだと思いつつ、早速視界に入った六つの敵の影に砲を向ける。

 種別は駆逐。エリートであるから通常よりは強いものの、それでも雑魚の部類だろう。

 最初の相手としては十分。戦艦は重要な戦力だから弾を使わせる訳にはいかない。ここは響と俺が潰すべきだが、響は北方のリーダー。無駄な戦闘で体力を消耗させる訳にはいかない。

 

 弾丸が補充される音が響く。

 俺の意を汲み妖精が活発に動き始め、皆が艤装内を駆け巡る。

 潜水艦を警戒し、艦載機を警戒し、休んでいた者達は俺が補えない部分を補う。その背後では江風が周辺を見ているが、あれは最早見ているというよりも睨んでいるというのが正しい。

 移動中に命じた例の件は、結局江風が何も答えずに終わった。

 明確な答えを言いたくなかったのか、単に迷ったのか。とにかく彼女は答えを濁している。

 されど彼女の事だ。俺が本気で答えを求めているのは察しているだろうし、近く答えを出してくれるだろう。

 今はそれを信じて、眼前の敵に向かって砲を構えた。

 盛大な音を立てて弾は飛び、多少学習能力がついたエリートの群れはそれを回避。しかし単純な動作しか出来ない駆逐では次の弾を回避するのは不可能だ。

 予測し、弾を用意し、次弾を発射。

 相手の進路に合わせてしまえば、後は機械作業が如く呆気なく頭部を貫いた。

 駆逐艦だからこそ出来る手段だ。これが装甲の厚い戦艦であればこうはいかない。

 相手も撃ちはするものの、それでも単発の威力など些細なもの。本番である姫達に比べてしまえば、呆気なさ過ぎる程に簡単に弾は拳で弾けた。

 一応何かしら怪我が発生するかもしれないと側面を叩いたが、弾丸は想像以上に脆い。これならば正面から叩いても何の問題も無く壊せるだろう。

 爆発によるダメージも問題ではない。

 

「大規模ってのは最初はこんなものなのか?」

 

「いや、姫が居るならもっと堅牢な筈だ。これは少しばかり異常だな」

 

 一昔前の大規模作戦ならエリートとノーマルの敵も居るには居た。

 しかし、それにしたって重巡や空母などのような者達が混ざっているのが普通だ。こんな通常海域程度の敵で済んで良いものではない。

 イベントというのは提督にとって定期試験のようなものである。

 この世界では異常事態なのだが、まぁその辺の意識の違いは俺と現実の提督故だろう。

 しかし、編成が弱過ぎるというのは双方共に感じていた事だ。これではこの世界の艦娘でも十分に戦えると錯覚してしまうのも当然だろう。

 報告書通りとはいえ、これには流石に驚いた。

 艦載機が飛んでいる気配を感じないし、何処からともなく砲弾が飛んでくることもない。

 波は静かで、とても穏やかだ。荒れそうな雰囲気はまったくもって無いのに、それが逆に不安になる。

 今ならまだ引き返せると海が説得しているようで、胸には妙な感覚が押し寄せて止まらない。これは姫を打倒出来るかどうかという不安ではなく、もっと何か別の事についてだ。

 

 行ってはいけない(・・・・・・・・)

 行けば絶望するかもしれないと誰かが耳元で囁いているような感覚を新たに覚えた。

 別段誰が言っている訳でもないというのにそれは何時までも耳に残る。刻みこまれたかのようにも認識出来るが、さてそれは一体何処の誰が刻んだものなのだろうか。

 考えても無駄な事。直ぐに意識を切り替え、眼前に広がる暗い雲のある世界に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 泣いてどうにかなる状況はとっくに超え、彼女達は激戦地を走る。

 目の端に浮かぶ滴を風で飛ばし、仲間の死体が群がる戦場で主砲を構えた。その主砲はダズルの迷彩が施された、本来であれば問題とされる装備の一つ。

 即ち榛名の変化個体。知っている者からすれば改二となった彼女が持ってくる装備に他ならない。

 彼女達がそれを持っていたのは、当たり前の話であるが改二となった榛名を保有していたからだ。しかし憲兵に彼女の存在が暴かれ、何も無い海で集中砲火を受けて轟沈している。

 その際に密かに榛名は通常の主砲の色に塗装する事で隠し、妖精達によって完成した生産物であると所属していた提督に渡している。

 秘密にする対象は海軍。その事実を知っているのは、提督達鎮守府の者のみ。

 彼女の形見は金剛が装備することとなり、今現在塗装の剥げた主砲は確かな成果を叩き出し続けている。

 

 彼女達は西方提督が率いる第一部隊だ。

 その練度は七十にまで到達し、現存する艦娘群の中でも頭一つ超えた強さを誇っている。

 現在は大規模作戦が発動している真っ最中。幾多の鎮守府から出撃した艦娘達の奮闘によって深海の者達は数を大きく減らし、集積地への道が出来上がっている。

 とはいえ、それでもまだ全滅した訳ではない。残っている割合がどれほどであるのかまでは不明であれど、彼女達の道を遮るように敵は出現を繰り返していた。

 他の部隊でもそれは一緒だ。だがしかし、敵の割合は明らかに彼女達の方に偏っている。

 最も脅威なのは誰なのか。それを明確にした上で残った戦力を割り振っている。

 制空権は彼女達が持っていたが、それでも位置で脅威度は判明出来てしまうのだ。それを集積地の姫は察し、僅かばかりの期待を込めて戦力を集中させていた。

 

「死ぬ!死ぬ死ぬ!こんなのいくら何でも無理だってぇ!!」

 

「さっさと撃つ!戦艦は金剛さんに任せて私達は加賀さんの援護をッ、空母がやられたら状況は更に最悪よ!?」

 

 押し寄せる艦載機の群れを突破しても更なる艦載機が襲い来る。

 装備を高角砲にしていたのは不幸中の幸いだったが、されど駆逐艦二名が撃墜出来る許容量を既にオーバーしている現状で何時直撃がやってくるとも限らない。

 加賀に襲い来る艦載機を集中的に追い払い自身は完全に避けるという無茶なスタイルで突破しているが、これでは燃料の消費が通常よりも遥かに早いのは言うまでもないだろう。

 しかし引き返すには彼女達は奥まで行き過ぎた。

 彼女達が無事に帰るには最早姫を殺す他無く、されど彼女達だけでは撃破は難しい。

 金剛と那智は残りの燃料と弾薬を計算しているが、やはりどう計算し直しても弾薬が足りない。

 予備弾薬も既に消費し切った。回復担当の速吸が居る地点も当の昔に過ぎ去り、回復する手立てはもう無い。

 ……否、一つだけだがある。

 それは今という環境だからこそ可能な行為であり、しかし最低な行為でもあった。

 人間ではない彼女達、加えて今という状況であれば許されるだろうが、金剛としては避けたかった行為でもある。

 しかしこのままでは弾薬が無くなってしまうのも事実。

 身体に無数の穴が開くどころか爆撃によって全身がミンチになるくらいならば、最低であったとしてもやらねばなるまい。

 

「周辺の死体から弾薬と燃料をとるヨ。嫌だろうけど我慢シテ」

 

 時間が無い。

 内部の妖精に指示を出して外に出し、彼等を守りながら補給する。戦闘を行いながらであるので完全回復とまではならないだろうが、島での戦闘を行えるくらいにまで回復すれば十分だ。

 一時的に移動を停止。今まで抑えていた余力を開放して一時的な空白地帯を作り上げ、無線で周囲の味方艦隊に援護を頼む。

 金剛の艦隊はこの戦場での希望の一つだ。それ故に応える声は多く、後方を進んでいた艦隊が全力攻撃によって隙間が出来た瞬間を狙って入り込む。

 都合良くと言うべきか、突入を果たした救援部隊は対空特化型だ。

 秋月型三隻を投入した方法では肝心な攻撃力が足りない。が、そんな事を解っていない彼女達ではない。

 恐らくは完全にサポートのつもりで此処に来ている。手柄を求めず艦娘を無事に帰還させる事を最終目的としているのならば、中々にその提督は珍しい人柄なのだろう。

 今回参加した鎮守府の数は三十となっている。練度の格差は広く、後方で補給物資を運ぶ鎮守府も居るが、半分以上は海域に出撃していた。

 その内の一部隊が偶然近くに居たのは、正しく小さな奇跡と言える。

 金剛の艦隊は固まり、補給を優先して敢えて的としての役割も行う。相手の狙いが金剛の部隊であるならば、現状知性の低い敵が真っ先にそちらを狙うのは道理だ。

 そうなれば多数の艦載機は彼女達を狙い、その悉くが秋月達の高角砲の餌食となった。

 残る敵影も秋月達の部隊に居る重巡組が潰し、接近を許さない。戦艦相手であろうとも一歩も引かないのは流石とも言えるが、この分だと秋月達の帰りの燃料が不足する可能性がある。

 

「必要最低限に抑えます。直撃ルートのみに抑え、弾薬の節約を!加古さん達は接近する者達だけを迎撃してください」

 

「解った。聞いたか、通り過ぎる奴も攻撃しなくなった奴も無視しろ。潰すのは攻撃を加える奴だけだ」

 

 二名の言葉に全員が頷き、金剛部隊を中心にして囲んだ円の状態で砲を構える。

 砲撃の音は止まらない。多数の敵が此方に来ているのだからそれも当然、しかも音の殆どは敵のものだ。

 急がなければならない。早く終わらせなければ轟沈の危険が発生する。

 片膝を付いて身体を低くし、全妖精を放出して死んだ艦娘達の艤装に群がり残った弾や油を引き抜く。

 空母系の死体は放置。駆逐、軽巡、重巡、戦艦から同規格の物を一匹一匹運び出しては補充する。

 彼女達は特殊な存在だ。重量の有無など関係無いかのように軽々と身の丈以上の弾や油の入った小さなドラム缶を持ち上げ、空になった弾薬庫に入れている。

 皆が全力で進めているが故に時間はそれほどかからないが、しかし数分は必要だ。

 その数分が今この時点では致命だと金剛が唇を噛む。

 早く早くと内心で叫び、突破すべき道を何通りも模索し備えるのは旗艦の務めだ。

 勿論他の子達も同様に道を探しているし、足は何度も立とうと動いている。弾が見えれば反射で回避しそうになり、救援部隊の誰かが危険になれば叫んで指示する事もしていた。

 全員が一人を見ている形で状況を窺う。何時崩れるかもしれない砦で必死に抗っているようなものだと那智が思い、されど必死に防いでいる彼女達に対して悪い事だと己を恥じ入る。

 

『状況はどうなっている』

 

 金剛の耳に彼女達の指揮官の声が入る。

 その声は一見冷静そうに思えるが、声音が少しばかり上擦っていることから察するに焦っているのだろう。

 彼女達の位置は艤装内部に仕掛けられているセンサーによって解っているからこそ、停止した状況に幾何を投げかけている。

 これで何も答えなければ死んでいる。答えれば、彼女達は危機的状況に陥っている。

 金剛は素直に状況の説明を簡潔に伝え、反応を待つ。まさか利用しようとはしないだろうと信じているが、この状況下ではどうなるかも解らない。

 救援部隊を新たに送るのは不可能な筈。近くには他に助けてくれる仲間は居ない。

 だからこそ、提督が何を言うのかを金剛は理解している。

 元から大規模作戦では無茶をするものだ。ここから無理矢理進むのだって可能性としてはあり得る。眉唾物の話だが、轟沈したと思われた艦娘が戻ってきたという話もあるくらい大規模作戦では何が起こるか解らないのだ。

 故に、そう。

 提督が即座に言葉を発しないのも、彼女にとっては何ら不思議なものではない。

 不吉なものであろうと何だろうと、そうするしかないと彼が判断したのであれば従うのみだ。だからそれを待ち――――

 

『全員撤退(・・)は可能か?』

 

 その言葉に、彼女はそうなったかと目を細めて笑みを浮かべた。

 今から撤退するなど、秋月達の努力を無下にする行為だ。例えそうしようしたら、後で提督である彼が責められるだろう。

 他の者達が命を賭けて進んでいるというのに、どうしてお前達は下がったのかと。

 秋月達の提督からも何かしら文句が来る可能性はある。それで大本営からの心象を悪くすれば、彼が属している派閥にも何か悪影響が及ぶのは間違いない。

 それでも撤退を選んだ。全ては彼女達が今生きる為に。

 それを読み取れたからこそ、金剛は彼の言葉に現実的な意見をする。このまま彼を窮地に立たせる訳にはいかないと、従いつつも無理だという言葉を籠めるのだ。

 

「Sorry.ソウしたいけど敵が逃がしてくれそうにないヨ」

 

『どうしてもか?』

 

「どうしても」

 

 実際敵はまだまだ控えている。

 このまま秋月達と行動を共にしても逃げている最中に他の艦隊にも目撃され、それ経由で敵前逃亡を理由に砲を向けられかねない。

 彼の立場を守るにはこのまま補給を終えて最前線で戦うしかない。

 故に不可能。逃げられないし逃げる気もない。

 その意思を込めて伝え、ではと提督は別の案を提示する。それもまた似たようなものであれば断わる姿勢でいどむが、しかしてその内容に彼女の思考は一時停止した。

 

『なら全員、これからどんな子達(・・・・・)が来ても武器を向けるな。話し掛けられたら正直に答えてくれ』

 

 まったくもって意味不明。

 何か特殊な部隊が来るのかと彼女は想像するが、それでも一部隊程度でどうにかなる程簡単な戦場ではない。

 では何が来るというのか。艦娘であるのは確かだろうし、複数であるのも確定情報。

 ならば想定されるのは大艦隊。今居る者達以上の階級を持つ、文字通りの格上がやってくるに違いない。

 しかしそれにしては奇妙だ。他の艦隊は別の重要な仕事についていると提督経由で聞いている。

 来ない筈だ。来たとして、彼はここまで声を大きくして話はしないだろう。

 

「……何が来るノ?」

 

『……簡潔に話す。聞いたら備えろ』

 

 提督は一度大きく息を吸い、情報を整理して彼女に伝える。

 その情報は明らかな異常事態を示し、これまで以上に場が荒れる事を想像させるものとなった。

 現在東西南北の各々の方角に正体不明の艦娘が出現。どれも小規模だが、艦娘が出せる限界を超えた速度でもって敵を全滅にしつつ島へと向かっている。

 その内北と西方面は比較的遅く敵も避けているが、残る東と南の艦娘は容赦の字が無い。

 四肢を破壊された死体が数多く発見され、死んだ艦娘の艤装も破壊して弾や油を抜いている。

 情報が正確ではないと思えればまだ良かったのだろうが、生憎接触した艦娘や偵察機による映像も残っている。

 行為そのものまで確かめられたのならば、それはもう確定情報だ。

 つまり、もうじき金剛達の近くにもそれが来る。油断無く構え、穏便に事を済ませるのだというのが提督の指示だった。

 

『そこの敵ももうじき消える。だがそれは本震ではなく、ただの初期微動だ。――――来るぞ、本当の地獄が』

 

 異常個体(オリジン)出現。

 その情報は、全艦隊に急速に広がっていった。




 最終的なイメージは八命陣のpv3な感じです。

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