江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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艦隊集合

 腕が無くなる。

 足が無くなる。

 臓器が、頭が、己の志までもが容易く塵屑となって海に落ちた。

 残された体もやがては同様に海に沈み、内部に居た妖精達も逃げ切れなければ溺れ死ぬ。例え記憶を失い生き返っても、死ぬまでに受けてきたあらゆる苦痛は本能にまで刻み込まれているだろう。

 故に皆は海を恐れる。そこで戦うにしても、やはり誰とて一度死んだ場所には戻りたくないのだ。

 プールのような場所とてそれは変わらない。酷ければ水場全てを恐れるのだから、彼女達の海に対するトラウマは最早一生治りはしないだろう。

 死んで、死んで、死に続けて。同じ素材から誕生した彼女達は、であるからこそある程度経験の共有も発生する。

 覚えていなくても体が最初から戦えるのもそれが理由だ。謂わば、沈めば沈む程に彼女達の初期値は上昇する。

 ただしそれは初期の段階によって差が生じるだけだ。時間が経過すれば成長しきった後の数値は殆ど変わらない。

 ゲームで例えるとするなら、建造した段階の初期レベルが一か五かの違いだけだ。

 それでも、絶望している彼女達はその僅かな差に縋るのである。

 少しの変化で生きれると信じて、今日も彼女達は死出の旅へと足を向ける。艤装に配備された装備は最低限で、改になったばかりの経験の薄い子ばかりが吶喊し、若い芽は才を見せる事なく次の己に託していく。

 何時かその先が幸せに繋がるのだと信じ、絶望の中で未来への希望を願うのだ。

 

『無様』

 

 光を失った眼球を持つ生首が海面を漂う。

 その生首を蹴り上げ、唯一戦場で立つ存在は周辺の娘達に向けて唾を吐き掛けた。

 顔に浮かぶのは侮蔑一色。そこには不快な感情しか含まれておらず、今この場に居る事実を少女は心の底から後悔していた。

 どうしてこんな場所に来てしまったのだろう。

 どうして何の益も無い行動をしたのだろう。

 此処には何も無い。夢や希望といった明るい情報は欠片だって存在せず、誰もが次の己に願いを託して今を放棄した。

 努力もせずに死んだ躯。そこに一体如何程の価値があるというのか。

 生きていれば勝てる手段が見つかるかもしれない。生きていればいくらでも努力出来る。

 それら全てを絶望という蓑で隠し、彼女達は簡単に今世を諦めた。そんな女達が眠る場所に墓など必要無く、尊厳などもまったく必要無い。

 故に彼女は蔑視し、嘲笑し、怠惰と断ずる。

 踵を返し、元居た場所へと歩みを進めていく。

 深海棲艦も未だ多数生息しているにも関わらず、その歩みは酷く遅い。まるで何かを思い出すが如く、少女は緩慢な動作で大規模作戦の海を去って行った。

 その右手には一枚の写真が握られている。

 中に映っているのは六人の少女。数人が違う制服をしているものの彼女達の色は近く、縁の深い者達が集まっているのは明白だ。

 

『皆……元気かな』

 

 ぼそりと呟かれた一言と共に――――朝潮型駆逐艦の少女は姿を消した。

 後に残るは静かな海のみ。そこに集まって浮かぶ六人の少女達は、皆安らかな顔をしていた。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 海を走るのは存外気持ちの良いものだ、と思えるようになったのは何時の頃からだろうか。

 元の世界では修学旅行以外で海に乗る機会は無かったし、その時は友人との語り合いばかりで体に当たる風の涼しさというものをまるで理解してはいなかった。

 今では、その友人は何処にも居ない。周囲の仲間も決して無駄な情報を口に出す愚か者ではなく、一緒に働く同僚のような気安さを持った、されど明確に友と言えない者達ばかりだ。

 俺の秘密は絶対に共有出来ないし、そもそもからして信じてもらえない。

 それに江風のような子達の件もある。今後どうなるかは不明であれど、此処で生きていく以上オリジンとなった彼女達にも絶対に出会う筈だ。

 慎重に動くのは嫌いなのだが、そうも言っていられなくなったな。

 流れる髪をそのままに、自分の手元を見る。

 今回から主砲はB型の物となり、装備が充実していけば響のような装備を作る事も可能になるだろう。

 太腿についた魚雷も四連装酸素魚雷と弱いながらも一撃必殺を狙えるようになり、艤装の各所には潜水艦対策として爆雷の他に内部にソナーも付けた。

 フル装備というには遠いが、それでも空母を除いた艦種には対応出来る。

 その分体は重くなるが、その点はオリジンスペックのお陰で解決だ。

 隣を進むのは戦艦の比叡。両腕を組んで目を瞑った状態で進んでいるが、激突する危険性を微塵も感じさせない。

 残る四人の内俺達の派閥は古鷹と響だ。西方側は武蔵と山城であり、見事なまでに制空権を取れない布陣である。まともな構成ではないように見えるが、その部分は第一部隊が担当してくれる。

 

「久しい、と言う程には離れていないな」

 

「まぁ、つい先日だし。そっちの山城とは初対面だよな。初めまして、江風だ」

 

「初めまして。ま、今後一緒に活動する事もあるだろうし、仲良くしましょう」

 

 山城の言葉には、まぁ初対面らしい不器用さが含まれている。

 それでも俺にとっては何ら気になるものでもなく、横で苦笑している武蔵と笑うだけで済ませた。

 その反応に山城は頬を膨らませる。怒っているというよりも、これはきっと恥ずかしいだけだな。

 顔を逸らす彼女を横目に、旗艦である比叡に近づく。

 迂闊な会話は避けるべきだが、それでも話さなければならない事があった。

 

「……比叡、少し良いか」

 

「正面を。私達の関係が露見されてはなりません。唇は動かさずに」

 

「いきなり難しい事を」

 

 互いに正面を向き、艤装の機関の音に紛れる程度の音に抑える。

 少しの間練習し、直ぐに彼女同様に会話を開始した。ちなみに先の会話の際にも彼女の口元は動いていない。

 まるで何処かの潜入工作員が如くな行動だ。そんな技を何時の間に獲得したのかと束の間考え、そんな事を考える場合ではないかと直ぐに捨て去った。

 

「此方とそちらで現状の情報交換を行いたい。先に言っておくが、派閥の話ではない」

 

「では私達についてですね。かしこまりました」

 

 俺が聞きたいのは江風以外のオリジンの情報だ。

 この世界が艦これを基盤にして構成されているのは既に解っている事ではあるが、ではどうしてゲームである艦これとこの世界がリンクしているのかが未だ明確になっていない。

 何かしらの理由があるのは確かな筈だ。江風達もその理由については知っている筈で、しかし今まで聞く機会が持てなかった。

 しかし此処から目的地までは長い。

 一日では済まず、だからこそ無駄口を叩く暇もあった。それに俺達の派閥の近くであれば深海の影は無い。

 駆逐をし過ぎて最近は近づく影も無くなりつつある。そうなれば、この近海でもっと多数の新人達の教導も行えるようになるだろう。

 無駄な思考を断ち切る。

 とにかく今はオリジンだ。俺の艦隊の子達が来れた理由を探るのが一番だが、その内容次第によっては他のアカウントを持った者の艦娘が来る可能性がある。

 その子達もオリジンとしての特性を持つのであれば、協力体制を築くのが効率が良い。

 傍では江風は沈黙を貫いている。常ならばもう少しは言葉を発するのだが、はてさて一体どうしたということか。

 前にも彼女は他のオリジンと居る時は黙っていた。此方の理由も探りたいな。

 

「皆はどんな方法を使って此処に?恥ずかしながら俺はどうやって此処に来たのか解らないんだ」

 

「司令がどのような理由で此処に来れたのかは存じません。ですが、私達が此処に来れた理由は解ります」

 

 比叡の言葉は強い。

 そこには確信が籠もっている。秘密を明かすような後ろめたさも無く、ただ当然の事として話そうとしている。

 

「理論は単純です。下位の者が上位の者に従うが如く、上書きさせてもらいました」

 

 俺達の鎮守府はデータ状の存在。

 そこに肉体としての概念は無く、あるとしたら記録及び記憶としての概念しか無い。

 ならば彼女達が現実として存在している世界を探し出し、後は記憶を全てその者に移せば良いだけ。探し出した技術自体は妖精が用意したらしく、あの謎な存在だからこそ出来た事らしい。

 そうして肉体を用意し、再度の移動で俺の世界に来れば目的は達成。彼女達は肉の身体を得て俺に接触できるようになる訳だ。

 想定外だったのは、肉体性能までが完全に移った事とこの世界に俺が来た事。

 後は鎮守府の状態が変化しているという三点。その内最初の二点は特に問題は無いが、やはり三つ目は懸念事項として存在しているらしい。

 

「あの鎮守府は機能していません。海域には出られず、出られない以上資源を用意出来ず、現状は皆で質素倹約の生活をしている筈です。早めに全員をこの世界に送りたいのですが、邪魔をする者が一人います」

 

「それは誰だ」

 

「司令の背後に居るそこの女です。独占をしようとトリガーを奪い、未だあの鎮守府には多くの艦娘が残された状態となっています」

 

 思わず背後を振り返り――――目の前に眼差しを鋭くさせた彼女の顔が出る。

 比叡を敵意や殺意に溢れた顔で睨み、透明であれど窮屈感を覚える程に腕を首に回している。視界の端にもう一つ赤い幻影が見え、そちらを見れば腰の方も足で抱き締めていた。

 完全に離すつもりのない体勢に少しばかり背筋に冷たいものが流れる中、ついに江風は口を開く。

 そこから何が出てくるのかを内心恐怖しながら、どうなっていくかを静観する事にした。

 

『アンタらが提督に何もしないなら私だって何もしないさ。でも違うだろう?来た瞬間何をするのか解ったもンじゃない。夫を守るのは妻の役目、だろ』

 

「ケッコンカッコカリが正式な結婚ではないのは解っているでしょう。その指輪だけで正妻だと言われる筋合いは無い。それに、一番危険なのは貴様だ。肉体を得ていないのが幸いだった」

 

『何処が危険だって?力を貸してるのは私だって言うのに、その言い方は無いンじゃねぇの。もっと言うなら提督が憂慮している現状で集まろうとしないお前の方が危険だ。何か考えていると見られても文句は言えないだろ』

 

 二人の言葉に合わせて場の温度は低下していく。

 それは体感によるものなのだろうが、肌寒さを覚えるこの感覚を一体どう表せば良いのだろうか。

 どちらも俺が危険になるからそれをどうにかしようと思ってくれている。それは有り難いし、助けてもらえるのであれば是非とも助けてもらいたいのが本音だ。

 しかしどうしても二人の中で出てくる何かをするという発言が気になる。

 別に愛情表現云々であればそれはそれで構わない。寧ろ嫌われていない分嬉しいものだろう。

 生まれてこのかた女に好かれる機会を持とうとしなかった自分が、少なくとも数人の女性に好かれている。これが夢であったと思う方がよっぽど現実味を帯びているのは当然だ。

 しかし、それがまったくの別の場合であれば問題になる。何かしら対策を取らなければなるまい。

 本当に彼女達が俺に何かするのであれば、であるが。

 睨み合いに発展していないのが救いだな。双方共に牙は出しているが、それでも本格的に溝が深い訳ではない。 

 修復の可能性はある。

 ならばその原点を見つける他無い。それがどんなに暗く重いものであってもだ。

 

「すまない、一つ聞く。独占とは何をだ」

 

 比叡の語る独占。それこそが彼女達の仲が悪くなる最大の要因になるのは間違いない。

 本音を言えば、彼女達の語る内容によってある程度は察しがついている。それを彼女達に言わせようとしているのは、確証が無いが故の不安だ。

 もしも当たっていれば、確実に何か起こる。それがどんなものであるかはこの際考えないが、されど危険な状況になるとは考えられるだろう。

 どうか自意識過剰の考えであってほしい。その方が俺が恥ずかしがるだけで済む。

 味方同士で戦うなんてのは絶対に避けてほしいのだと願いを籠め、比叡と江風に向けた問いの答えを待つ。

 

 僅かに間が空く。

 どのような答えを言うべきか迷っているのか、それとも単純に言い難いのか。

 最初の即断即答の状態とは異なり、根幹の部分には誰もが言葉を遅らせている。それで何が解決する訳もないだろうに、それでも彼女達はひたすらに答えを後へ後へと送っていた。

 だが、それを許すつもりはない。不和の原因を解決するのは、例え知らなかったとはいえ彼女達のトップであった俺の義務だ。それを疎かにしては彼女達に信頼される筈もない。

 空気が更に重くなった。体に大量の重しを乗せられたように上手く動けない。

 内部の妖精達は平常の状態だったので物理的な現象は起きていないようだが、それにしては異常な圧だ。

 空間が軋みを上げている錯覚に陥りそうで、心なしか呼吸も安定していない。

 

「――司令、貴方の独占です。背後の女はケッコンカッコカリの意味を勘違いし、己ただ一人が愛を与えられていると錯覚しています」

 

『勘違いなンかしてないさ。私は一番優遇されているし、優先順位は私が先。指輪の意味だって、私達の提督ならただの練度開放だけが目的じゃないと思うぜ?』

 

 やはり、といった気持ちが浮上する。

 彼女達は純粋に、愛を求めていた。愛して愛して、壊れ果てるその日まで愛してほしいと願っている。

 唯一の独占を望み、されどそれが出来ないから妥協して、俺の為だけに江風達は心を砕いた。その結果がいがみ合いならば、それはまったくもって喜ばしい事ではない。

 己の欲に忠実にあれとは言わないが、それでも表に出すくらいは許される筈だ。目標を果たす為に疾走する姿こそ、彼女達が最も似合う様ではないのか。

 笑ってくれ、心の底から。艦娘達に俺が望むのはただそれだけである。

 その為に誰かが心を砕く必要があるのなら、それは俺だけで構わない。悩みも恨みも全部引き受け、俺はゲームの彼女達ともう一度あの鎮守府(・・・・・)でやり直したい。

 ――――――ならばどうする。何を変える必要がある。何をどうすれば全て丸く収まる。

 

「……全部出せ」

 

 絞り出すような声は、自分でも想像のつかない程に低かった。

 その言葉だけで彼女達は揃って此方に顔を向けた。周りの目など気にならないくらいに比叡は凝視し、その目には明らかな驚愕が宿っている。

 今自分の顔はどうなっているのだろう。

 彼女があんな目を向けるのは俺が生きてきた中でも一回しかなく、それだけに予想外であることを伝えている。そして江風もまた、同様に驚いていた。

 されど回転した頭は言葉を止める事を良しとしない。寧ろ言うべきチャンスであると次の言葉はすんなり表に出た。

 

「江風、俺の鎮守府に在籍していた全艦娘を呼び出せ」

 

 全部やり直すには、先ずは全員が集まらないといけない。

 それが結果として最悪になるのだとしても、俺には確かに責任の二文字があるのだから。


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