江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 江風タペストリー入手出来ずッ!!出来ず!出来ず!
 近くのローソン全滅とか……家は田舎なのになぁ。


鳳翔

「お久し振りです、響さん」

 

 落ち着いた女の声。

 薄紅色の和服と紺の袴は落ち着いた雰囲気を漂わせ、柔和な笑みを浮かべる顔には若い者には無い母としての顔というものをありありと感じさせる。

 その姿と台詞の数々によってお艦という称号を手にし、数々の作品において母としての部分が強調されるようになったのは艦これを知っている者であれば最早常識と言えるだろう。

 そんな彼女は今現在他の面子と共に陸に上がり、響と握手を交わしている。

 互いに顔に出るのは真の笑顔。隠し事の無い純粋な感情を表に出したそれに敵意の類がある筈も無く、それは他の面々も変わらない。

 強いて言うのならば未だ彼女達に会った事の無い新人達が緊張しているだけだ。それはもう明らかな練度の差を肌で感じて石像のように硬直している。

 実に微笑ましいものだ。

 俺が最初に彼女達を見ても昔を思い出すだけで、決してこの空気の中で緊張する事は無かっただろう。

 故に、というべきか。俺と木曾以外の初期メンバーが緊張している中で俺だけが自然体で居れば、やはりある意味注目を集めてしまうのも致し方無いと言える。

 背後に控える飛龍は実に面白そうな奴を見つけたと目を細め、そんな彼女の様子に気付いた龍驤が飛龍の足を踏んで止めていて、各々差異はあれど興味を持って見ているのは確かだった。

 そうしていれば鳳翔が気付くのも自然な訳で、目と目が合った俺の前に幻影である江風が立つ。

 オリジン同士であれば幻影であっても気付くというのは比叡の件で証明済みだ。嘘をつくにしても視線の移動がコンマ単位であれ発生すれば、その段階で彼女がそうであると断言出来る。

 

 さてどんな顔をするのか。

 期待に胸を膨らませ、されど鳳翔の瞳はまったくもって変わらず俺を見ていた。

 それだけで落胆の気持ちは少し浮上するも、オリジンでないならないで普段通りに対応するだけである。

 響のように握手と共に簡単な挨拶で済ませ、それが終われば今後の話を詰める為に切株に移動だ。

 初対面の者が多い中でも流石ベテランと言うべきか、西方側の歩みが止まるような事は無い。

 初参加である大和姉妹も傘を片手に実に堂々としたもので、装備品も大規模作戦用に準備したのか最高峰に整えられている。

 46cm三連装砲や徹甲弾。電探は内部に格納されているのか不明だが、周囲を漂う妖精によってどんな種類が装備されているのか特定出来る。

 明らかに改修でなければ出てこない装備品もある事から察するに、明石が居るのは確定だろう。

 想像していた事ではあるが、やはり此方とあちらの差は明確である。

 勝てる筈は無いし、そもそもにして勝負にもならないと考えるのが妥当だ。それだけに、交渉になってしまえば不利にもなり易い。

 今は鳳翔という穏和な者がリーダーをしているから荒れる気配が無いが、これで別の誰かがトップを取った瞬間に人間側に深海棲艦の如く侵略を開始するのは目に見えていた。

 鳳翔が死ぬ訳にはいかない。

 死ねばそれでお終いになりかねないし、彼女を慕っている者は復讐者になってしまう。

 

「私達の装備がどうかした?」

 

 ずっと装備を見続けていた所為か、蒼龍に声を掛けられた。

 鳳翔のように慈愛を含めた柔らかい眼差しは決して不快感を齎すものではなく、駆逐艦と接する事に随分慣れている風にも見える。

 元から面倒見が良いのだろう。優しさに溢れた彼女に何でもないさと軽く答え、彼女同様に皆の移動する先へと足を進めて行った。

 さて、初接触はこれくらいにしておこう。

 頭を切り換え、後々の話について考える。既に鳳翔には響が口頭で説明しているだろうし、そうなれば互いのリーダーは三部隊分の編成を考えている筈。

 連合艦隊システムを採用するのか、それとも純粋に部隊を分けて使うのか。

 疑問は多々あるものの、恐らくは分けると俺は想定している。連合艦隊にするにしても練度の差は明確だしな。

 邪魔になるのは勿論のこと、そうしようにも連携の練習をしていない俺達が真似出来る筈もない。

 必然的に重要箇所は混ぜるだろうが、それ以外の二部隊は各々の派閥で固まるのは目に見えていた。

 

「さて。お話をする時間も少ないことですし、手短に終わらせましょう」

 

「食料や弾薬の予備は用意したよ。明日の早朝で出発もいけるけど?」

 

「有難う御座います。では、早朝に」

 

 切株に集まった彼女達は、早々に話を開始した。

 といっても話自体は大方固まってはいるので、最早この場で話すべき新たな内容は無い。

 強いて言えば編成についてだが、この分だとそれについても話はついているのだろう。決めるのが速いと言うべきか、それとも単に行ける戦力が響側に少ないと言うべきか。

 実に判断に困るものの、殊更深く考える必要も無いことだ。問題が無いと定まっているのであれば、後はやはり注意事項の確認や突入すべき道筋を決めるくらいか。

 

「第一である私達の部隊が殲滅を。道中の危険性を極力排除する為、多少派手にはなりますが一気に攻めます。可能であれば、姫までの道筋を作るつもりです」

 

「そうなると私達の部隊は姫と正面で戦う事になる。二体を纏めて相手する事になれば此方側が不利だ。まぁ、そうそう纏めて相手をする事は無いだろうけどね。戦艦棲姫は移動しているみたいだし。……第三は君達のお陰で大分自由に動けるだろうさ」

 

「異変に気付けば真っ先に此方に来るでしょう。敵の強さは現時点では明確ではないものの、それでもただの艦娘(・・・・・)達では撃破は不可能です」

 

「殺れるとすれば、やはり二名のみかい」

 

「ええ」

 

 ちらり、と響と鳳翔の目は俺と近くに立っている比叡に向けられる。

 比叡は何も臆した様子を見せず、流石というべき姿勢を保ち続けて変わらない。此方は内心緊張している部分もあるというのに、やはり彼女には自信があるのだろう。

 それがどういった類のモノかは不明だが、自信があるのは良い事だ。表情から察するに、冷静さを欠いている訳でも無いのが尚更に比叡の優秀性を高めている。

 今この場において、俺と比叡に発言の許可は無い。

 その為にお互いに何も口にはしていないが、本心では同じ事を考えているだろう。

 即ち、彼女達の判断は正しいと。

 練度限界にまで到達した艦娘であれば姫の打倒は可能かもしれない。常識外れではあるし理不尽の権化のような存在だが、現状において最大にまで練度を上げずとも攻略には成功している筈だ。

 であれば、作戦次第で通常の艦娘でも倒す事は出来る。が、今回の相手が相手だ。

 まともな手段では倒せない。倒すとするなら、それは相手のように反則を使わなければ無理だ。

 その点において彼女達は実に己の実力を把握している。恐らくは練度限界を迎えたとしても撃破は出来ないだろうとも予測を立てた上での発言であろうし、オリジンの手札がどれだけ盤上を引っ繰り返す手段であるのかを正確に理解している。

 言い方は悪いが、やはり露払いに徹するしかないのだ。

 決めてになるのは俺達で、だからこそ失敗も許されない。生き残ればそれで良いと彼女達は言うかもしれないが、それで納得出来る自分ではないのである。

 撃破しなければ何時何処で拠点を再度作られるかも解らないのだ。叩き潰してこそ成功と言えるだろう。

 

 そんな訳で、比叡と俺の二人は同じ第二部隊へ。

 随伴艦は殆どが防御能力が高い戦艦と重巡であり、第一に空母や軽空母が集まる形だ。第三に至っては強力な艦娘は二人程度であり、それ以外は俺達が拾ってからそれなりの期間が経っている吹雪や神通を入れる事になる。

 当然この中で最も危険なのは第三だ。早めの撤退が望ましく、俺達が自由に動けるようになるには先ず彼女達が無事に離脱してくれる事にあるとも言えよう。

 一応第三に付いてくれる強力な艦娘だが、俺達側からは川内を送る。向こうからは球磨を送るそうで、まぁ水雷戦隊擬きになるのは確定だ。

 大方は此方の想定通り。大した変更も無く、全力を出した上での資材計算も当の昔に曙が終了させている。

 それにゲームの頃とは違い、遠征出来る部隊は三部隊だけではない。

 防衛戦力は必ず残すとしても、資源が必ず零になるという事は無いだろう。

 

「それじゃあこの話を仲間達に伝えて最終準備を進めるよ。作戦開始は明日の早朝である○四○○だ」

 

「では私達は明日に備えるとしましょう。赤城、皆を先に食堂へ」

 

「解りました」

 

「案内はボクがするよ、こっちこっち」

 

 皐月を先頭にして西方派閥の皆が居なくなる。

 それによってどこか堅苦しかった空気が薄くなり、最後に鳳翔が一つ手を叩いて完全に消した。

 笑みは変わらず、されど先程よりも質は明るい。それは響も同様のようで、溜息を吐いて微笑む彼女はまるで仕事疲れのサラリーマンといった雰囲気を醸し出していた。

 つまりはこれにて終了であるという訳だ。

 堅苦しさ全開といった会話ではなかったが、相応の圧の籠もった言葉の数々によって自然と場の雰囲気が引き締まり、それから漸く開放された。

 後は談話の類に移るのか、と考えるも鳳翔の笑みにはまだ何か意味深そうなものがある。

 彼女の部隊が全員居なくなったところから察するに、先程とはまた違う件に違いない。となると、予想出来るのは以前の話の中で出てきたものか。

 

「さて、一番重要な話は終わりました。次は二番目に大事な、この島の食料問題の改善ですね」

 

 鳳翔の喜々とした声には輝きがある。

 これこそが鳳翔であると証明するが如く、彼女は饒舌に話を始めた。

 現在の我が北方はタンカーからの強奪及び、周辺の海域から取れる魚介類でしか食料を用意する事が出来ない。

 他に何か作ろうとも知識不足の場面が多く、それ故に今回の件は有り難かった。作れるとすれば作戦が終了した頃合いだろうが、予め内容を聞いておくのと後に聞くのとでは予定を決めるペースに差が発生するだろう。

 さておき、彼女にお願いしたのは島で育てる事の出来る食料の知識だ。

 野菜はまぁ彼女の事だからあるだろうが、そうでなくとも再生産が容易であれば個人的にグッドだ。

 そうした中で提示した彼女の答えは、ジャガイモや玉葱といった各種野菜だった。

 肉や加工品は流石に無理があるのは承知済み。そこはもう日本のような国に潜入するか補給船を襲わなければならず、それ以外の方法も今の俺たちでは難しい。

 魚と野菜、生きるだけなら上等だ。その為の知識を授けてくれるのならば、鳳翔は正しく神か仏である。

 

 彼女の話は要約すれば二点だ。

 栽培する野菜の知識。もう一つは正式に組まないかという話。

 知識に関しては本の提供及び栽培を担当している艦娘が指導してくれるそうで、予定通り真面目に取り組んでくれそうな子達を選んで休日に教えてもらうとしよう。

 組むかどうかの話は、正直なところ有り難い事である。

 彼女を利用するつもりはないが、それでもあの航空戦力は強力だ。敵にならずに味方であった方が頼もしく、俺達が本格的に姫とまともに戦えるようになるまでは世話になる必要がある。

 それ以降であっても彼女達とは仲良くしたい。

 皆で幸福に過ごす為にはどんな災厄からも身を守る手段は確実に欲しいし、そうでなくともゲームを純粋に楽しんでいた頃のような生活を送りたいのである。

 老人のような生活は望んでいないが、平穏な日々の中で笑っていたいのは一度でも戦場を経験していれば誰であれ望む事だ。

 それを望まないのは、最早生物として壊れた者だけだろう。

 

 鳳翔の語る内容には此方側のデメリットが無い。

 もっと此方に何かしら要求をしても良いのに、彼女は取引ではなく手助けをしてくれている。その意味は何であるのかは不明で、だからこそ不安にもなる。

 公私を別けられない訳ではないだろう。そうであるならば損をするばかりで、あそこまで立派な戦力を保有することは不可能だ。

 何かある(・・・・)

 それも個人的な思惑が入る何かが。その意味を問おうと件の彼女に目を向け――――

 

「――何か」

 

「――ッ」  

 

 深淵より湧き出る闇と烈火の如き激情を混ぜた眼差しに、一瞬だけ心臓が止まった。

 そこに優しさと呼べるものは無く、あるのはただただ負の感情。一体どうしてそんな目を向けるのかと思うも、言葉を放つ事を許さぬと言われているようで何も口に出せそうにない。

 されど、その目によって何か思惑があるのは感じ取った。

 一見好意的に考えられるが、やはり彼女は何かを隠している。それが悪事であるとは思いたくもないが、それでも皆が好意的に見ている中で疑わなければならなかった。

 唯一この感情を共有しているとすれば、それはきっと背後で今日も抱き締めている江風だけである。

 その江風も何かを感じたのか一切の言葉を口にしない。それに抱き締めるのは何時もの事にしても、必要以上に体を寄せている気がした。

 不穏な空気がその場を一瞬だけ駆け巡る。

 その変化に気付けたのは、今この場において四人(・・)だけであった。


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