江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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海域少女

 木曾という少女は、まぁ初期段階において特筆する程の能力を持っている訳ではない。

 後発組に比べれば出始めた当初の能力値は微妙でしかなく、故にこそ改二までは即戦力になるとはとても言えない訳だ。これは五十鈴や那珂といった他の軽巡にも当て嵌まるのだが、今はその性能云々は省かせてもらう。

 重要なのは、彼女の改二は貴重であるということだ。

 大井と北上を含めて現状は三人までしか改二の雷巡は存在せず、だからこそ到達は必須となっていた。

 彼女は確かにコモンだ。海域で戦っていれば容易に出現し、気に入れば最初期から戦わせる提督も居たことだろう。

 それ故に疑問なのだ。改二になれる逸材をみすみす殺すような真似がどうして出来るのかと。

 寝入った木曾の髪を撫で、泣き終えた後に教えてくれた各種情報を吟味する。

 まず舞鶴はブラック鎮守府だ。

 轟沈を発生させるような原因をそのままにしている時点で着任している提督は艦娘を道具としてしか思っていない。もしくは憎んでいるかだが、彼女の話を聞いた限りでは恐らく前者。

 それに艦娘達もその提督の色に染まっているのか、はたまた自分だけが生き残る事を考えているのか、どうにも想定された艦隊の動きを出来ていないように思える。

 いや、そもそも艦隊の動きを確り理解している訳ではないので個人的な主観だが、それでも戦闘時において確り機能しているとは想像出来ないのだ。

 まるで個人プレーだけがいき過ぎた場所。そういう感想を抱くものの、実際に目にしない限りはその惨状が如何に酷いのかは解るまい。

 俺としては関わる気は皆無である。そんな益も無い真似をしたところで一体何になるのかと思うだけで、俺が本当に大事にしたいと考えているのは俺が保有していた艦娘達だけ。それ以外は赤の他人という印象が強いだけに、どうにも気にはしなかった。

 行けば確実に厄介事だ。最初から解っている場所に向かうなんてのは御人好しのする事である。

 さてはて、ではこの木曾はどうしようか。

 まるゆと夕立が逃がしたという話だからこのままでは舞鶴には戻れないし、本人も絶対に戻ろうとはしまい。

 ならばこのまま野良として活動するかだが、それも考え物だ。野良の生活は実際良いモノではないから、やはりここは大人しく他の鎮守府に押し付けるのが解答だろう。

 俺を探している連中がその中では一番容易である。このまま木曾とは別の海上を移動し、連中が此方を発見すればそのまま追いかけっこを開始して彼女の所まで行くと。

 難しいが、しかし出来ない程ではない。後は如何にして俺が彼女達に捕まらないようにするかといった細かい部分であるが、移動速度は此方が上である。

 戦艦を有している段階で速度で負けるつもりは到底無く、駆逐艦も含まれていない以上は別段恐ろしくも無い。

 

「取り敢えずは、これで良いかな」

 

 呟き、久し振りに他人の為に思考したなと思う。

 一人だけだった生活を送っていたのだからそれも当然だが、こうして考えるとやはり面倒臭い。

 こう言っては何だが、俺は他人の事を考えるのが嫌いなのだ。自分一人で全てが完結するのであれば其方を選ぶくらいに、他人と接するという行為を煩わしくも感じている。

 そんな性格だからか口調がぶっきらぼうのままだったのだろう。社会に出ても浮いている人間そのものだ。

 金剛達の提督は俺を欲している。しかし彼が見ているのは俺ではなく、江風という個体だ。

 素の性格を知れば引かれるのは想定の範囲内であり、であるからこそ無駄な努力をしているように俺からは見えてしまう。

 それに鎮守府暮らしというのは、なんだか窮屈な気がしてならない。

 あの提督の階級が上がれば上がる程に他の上級役職の者も鎮守府にやってくるだろう。その時にもしも俺が遭遇してしまったらと考えると、とてもではないがやってられない。

 故に鎮守府には行かない。もしも連行されようものなら艦娘にだって牙を剥いてやる。

 

「…………あ、朝、か」

 

 そう考えていると、下からぼやけた目をした木曾が起きる。

 時刻はまだそれほど遅くないが、軍隊生活をしている彼女にしてはきっと遅い部類だろう。太陽は頂点に届いていないものの、それでも相応には近付いている。

 今から朝食の用意をしようと思ったら一体どれくらいの時間が掛かるものか。

 魚だったら入手に時間が掛かるのは明白である。今日はもう偶然発見した他の無人島にある鋼材と木の実を食べるとしよう。

 目を擦った彼女は、漸く正気となった顔で俺を見る。

 見開いた眼は一体どういう意味が込められいるのかは不明だが、このままでは何も会話は進まない。

 微笑んでおけば、恥ずかしそうに身体を起き上がらせた。正座特有の痺れの所為で此方は暫く起きれないので彼女を見上げる形となり、そして気付く。

 そういえば彼女の傷は大分無くなったなと。別段医療的措置は取っていなかった筈だが、恐らくは艤装が直ってきているからなのだろう。

 そうなるとやはりリンクしていると考えるのが無難か。これはますます艤装は大事にしなければならないな。

 

「悪い、ずっとそのままだったんだな」

 

「別に良いさ。それよりもこれからの話をしようぜ」

 

 木曾の謝罪に笑って答えて、無理矢理胡座を掻く。

 女らしくない座り方だが、男としての意識の方が強いのだ。この部分は指摘されても治りはしない。

 木曾も木曾で応と応えてからは同じく胡坐の体勢を作る。男らしいという意味では、彼女の方が正しいな。

 

「先ずは現状の説明だ。アンタはこの何も無い無人島に流れ着き、そしてこれからどうするのかも決めていない。敵はノーマルの戦艦が最も強力。エリートやフラグシップは居ないから安心しな」

 

 彼女に自分の立ち位置を教え、その上でどうするのかを聞く。

 まぁそう聞いた所で俺は彼女をあの鎮守府に押し付けるつもりであるが、それでも聞いていますよアピールというのは大事だ。相手に悪印象を与えるというのは好ましいものではない。

 木曾は頷き、理解を示した。その目には不安があるのもそうだが、自由に対する喜びも窺える。

 何も出来なかった過去から何か出来るような現在に移行したのだ。この差は虐げられている者程大きく、そして一度自由の味を覚えてしまえば中々他には目が行き難いらしい。

 本で読んだ内容だから正しいとは言えないが、成程とも思う。しかし、自由だからこそやるべき事も多いのだ。

 俺がそうであるように、自由とは必ずしも良い結果を持ってくるとは限らない。

 島には何も無い。人も物も、それこそ艦娘が艦娘と居られる設備そのものも。そして周囲には雑魚が多いものの、それでも一人では倒し切れない敵が存在している。

 このまま此処に居るのは悪手だ。本当に住み続けたいと思うような奴だけが住める、言わば秘密基地のようなものだろう。

 だから推奨するのは帰還だ。他の鎮守府に行き舞鶴の現状を話し、そして外から調査してもらう。

 憲兵による監査が入れば確実に舞鶴の提督は捕縛か射殺だ。艦娘を死の道に引き摺るなど人道に反している。

 

「此処には別の艦隊の連中も来る。そいつらに拾ってもらえれば道中は安心出来るだろう。運が良ければ金剛を旗艦にした部隊が来るかもしれない。そうなれば、今後の人生はある意味保証出来るぜ?」

 

「……何で此処に来るのをお前は知っているんだ?一回だけかもしれないだろ」

 

「それはねぇよ」

 

 無い。断じて有り得ない。

 そうきっぱり言えるのは、やはりあの提督の執念だろう。

 人の事を勝手に嫁にするとか言った人間がそうそう諦める筈も無し。実際一月近い期間を逃げ回ったのだから、今は大人しくても何時かはまたあの日々が始まる。

 そう思うと此処での生活だって安泰という訳ではない。致し方無しと無人島を焼け野原にされたら食料不足の所為で他に逃げなければならず、こんな好条件の島が簡単に見つかるとも思えなかった。

 故に、此処は一人でなければならないのだ。迂闊に他の艦娘が居れば邪魔になる。

 食料だって無限ではない。何処かから調達する必要もあるだろうし、そうなれば余計に発見の可能性は高まる。

 もうあの連中には関わり合いになりたくないのだ。それを目の前の木曾に話したところでどうしようも無いから話すつもりも無いが。

 いっそ彼女を嫁として迎え入れてほしいものである。

 口調は似ているし、ちょっと相手の方が巨大だが十分小柄なサイズ。妥協してくれるとまでは思わないが、気に入ってくれれば多少は此方への被害は減ってくれるかもしれないのだ。

 

「まぁ、あそこの鎮守府はブラックじゃねぇだろうさ。金剛も他の艦娘達も必要以上に疲弊はしていないし、彼女達も命令に背くような行動もしていないみたいだしな。そこならアンタも安泰じゃねぇか?」

 

「――――それなら何でアンタは此処に居るんだ?」

 

 自身の保身の為に助けた相手を利用する。

 そんな最低な行為に集中していたが故に、その単純な質問に勢いを止められた。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 やはり。

 そう思った木曾の顔は必然厳しいものになる。

 頬を引き攣らせた彼女の顔を見て空へと溜息を吐き、再度彼女へと視線を向けた。そこには真実を話せという意味が籠り、それを真正面から受け止められなかったのか江風は視線を逸らす。

 その反応に木曾は目尻を鋭くさせる。どうして何も言わないのかと。

 そもそもにして都合が良過ぎたのだ。偶然流れ着いた先で艦娘が助けてくれ、偶然別の鎮守府に保護してくれそうな宛てがあって、しかもそこまである程度誘導してくれるという。

 それを疑わない筈が無く、故にこそ彼女の怪しさは他よりも抜きんでていると言えるだろう。

 もしや彼女は艦娘を誘拐する別の提督の仲間か、とまで彼女は想像していた。であるからこそ、何か起きた際には全力で抗わないとならない。

 昨夜に見せてくれた優しさが嘘だったのかもしれないと思うと胸が痛い。結局自分の周りにはそういう奴等しかいないのかと考え始め――その直後に彼女は木曾の目を見て頭を下げた。

 それが謝罪の意思であるというのは言うまでも無いが、しかし木曾は少しばかり驚いた表情を浮かべる。

 このまま素の自分を見せて動けないようにするのかと予想していただけに、単純に謝られるとは想定していなかったのだ。

 であれば、気になってしまう。

 彼女の真摯な謝罪に嘘は含まれていないように見えるが、見えるだけなのだ。

 本当の内容を聞き、嘘を言わなければならない状況だったのかどうかを確かめる必要がある。彼女の語る件の提督が悪質な人物であった場合、木曾は許しはしないつもりだ。

 そうして暫しの時間が流れ、江風は木曾の顔を見ないようにしながら本当の内情を話していく。

 曰く、自身はドロップ艦。その為何処かの鎮守府に拾ってもらおうと考え、最初に遭遇したのが金剛が率いる部隊だった。

 彼女達は優しく、また通信機を用いた際に提督も優しい性格の持ち主であるというのも解ったそうだ。

 そこまでならば先程と一緒だ。別段秘匿されるような要素は何処にも混ざってはいない。

 しかしながら彼女の次の一言で、木曾の予想はとんでもない方向に流れてしまった。

 

「その、なンというか、その提督が俺を()にしたいっていきなり言い出したンだよ」

 

「はぁ?」

 

 嫁――――つまりはケッコンカッコカリ。

 練度が最大にまで上がった者が大本営支給の指輪を装着し、書類にサインした結果限界を超えた力を引き出せるようになるという有名なアレだ。

 その対象者としてまだ顔も合わせた事が無い江風が選ばれ、結果として今現在逃げ続けているのだという。

 彼の執念は普通ではなく、今は大人しいもののつい先日までは逃走生活を続けていたそうだ。だから、言動が似ている木曾を利用しようとしたのだと言う。

 呆れたというのが木曾の本音だ。それは江風に向けた意味でも、その提督に向けた意味でもある。

 まず第一に初対面でいきなり嫁にしたいと絶叫するなど有り得ない。付き合いを重ね、互いを理解し、その果てに幸せの絶頂たる結婚をするのが普通だろう。

 確かに艦娘は兵器としての見られ方が多いが為に重婚をしても問題無いようになってはいる。

 しかし仲良く練度を上げ続けていれば、艦娘だって女性らしい反応を示すのだ。それをあの提督は理解していないのか、もしくは理解していながら気持ちが先に前に出てしまったのか。

 そしてそんな彼に対して言動が似ているからという理由だけで木曾を宛がおうとするのは間違いでしかない。そう言おうとして、木曾は彼女の様子が変であることに気付いた。

 海に向かって掌を伸ばす彼女は、その内の薬指を眺めていたのである。

 勿論そこには何も無かったし、あるのは彼女の指だけ。まったくもって意味不明な言動であるが、ケッコンというフレーズの所為で変な推測も浮かんでしまう。

 

「俺は嫁になるつもりなンかない。だってさ、俺にはさ……」

 

 独り言の内容は木曾には解らない。解らないが、何か強い想いが籠っているのは理解出来る。

 結婚は女にとって喜びである。例えそれが強化の為の形式上のものであったとしても、愛してくれているという事実を教えてくれるのは女にとって嬉しいものだ。

 ならば彼女が薬指に視線を向けた意味とは――――そこまで考え、木曾は考えを打ち消した。

 邪推はしてはならない。その話題はきっと、全ての人間に隠すべきタブーなのだろうから。

 

「取り敢えず今は様子見をさせてくれ。迷惑を掛けちまうだろうが、それでも今後については自分でも考えたい。場合によっちゃその提督とも接触しようと思う」

 

 故に彼女は本来とは違う、けれども前を向いた意見を言った。

 己の中に浮かんだ彼女への疑問を沈め、努めて平静を装う。その姿を見ずに、江風は海を眺めながら静かに首を縦に振るのだった。


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