押し寄せる無数の魚雷。
飛び交う弾頭に、無数の艦載機。中には極めて希少とされる装備が飛んでいき、如何に両者の間が地獄の様相を呈しているのかが窺える。
海上を走る娘と異形の速度には差は無く、されど目標の島に存在している深海棲艦を撃滅する為に向かっていた艦娘達には弾薬の量があまり残されていない。
故に本体を狙う為に回避を優先としているが、それだけでは敵の総数は減らないのは至極当然。
資源を削る事は出来ても、何処からか調達されて無駄に終わるのでは何の意味も無い。だからこそ命を賭けて、硝煙の臭いに眉を顰めてでも本体に辿り着かなければならなかった。
大規模作戦。所謂姫や鬼級の討伐を目的としたそれらは、数年前から開始されている。
現時点では薄皮一枚といった危険性を孕みながらも討伐を成功させていたが、その度に莫大な資源が海軍の保有する鎮守府から消失している。
大規模作戦なのだからそれも当然なのだが、もしも第二第三の姫や鬼が出現すれば資源が消失するのは避けられないだろう。そうなれば他の箇所から資源を持ってくるしかない。
そしてそれをするにしても、供給が間に合わないのが現状だ。
足りなくなれば、途端に艦娘達は活動を行えなくなる。そうれば深海棲艦は侵略範囲を拡大し、それが続くようであれば細い道ながらも死守している貿易ラインが無くなってしまう。
そして日本の民は飢えるのだ。
そして日本の民は海軍に憤るのだ。
そして日本は深海棲艦の手に落ちるのだ。
故に、故に、故に、故に、負ける事など許されないしあってはならない。
日本国民の海軍へのプレッシャーは尋常ではないのだ。文字通り海軍でしかどうにかならないのだから、支援に関して手を抜くような真似など出来る筈も無い。
『状況を報告せよ』
艦娘――鳥海の耳元に付いたマイクから声が出る。
低く、地獄の底から響くような男の声は威圧感に溢れ、声だけでも尋常ならざる相手である事を認識せずにはいられない。そんな男の声に対して、鳥海は実に事務的に報告を行う。
カバーは摩耶が行い、穴の開いた一部には数人の駆逐艦が死を覚悟しての吶喊をしていた。
四肢の欠損をしている子が中には目立ち、全員が無事である姿を見せていない。片手で砲を持つ者だって当たり前のように存在しているのだから、如何に損害が目立つのかも解る。
北海道近くに存在する無人島において、今現在の戦況は海軍側の不利に傾いていた。
部隊数はおよそ十六。四つの鎮守府が参加し、しかしてこれは未だ他の者達が準備を終えるまでの時間稼ぎとしての意味合いが非常に大きい。
故に参戦している鎮守府の質は普通よりも高い程度。道を切り開くのが主目的である。
されどそれに、鎮守府を任せられた者達は納得などしていない。相手を確実に捉え、絶対に大本営の評価を覆してやろうという気概に燃えていた。
そうであるからか、艦娘達がどれだけ傷付こうとも前進の意思は無くならない。
脅され、強制され、成果を手にしての帰還を成さない限りは沈むしかないのである。
形相は険しい。死に物狂いで道を築く姿に美しさなど無く、泥臭いという現実感だけが嫌でも彼女達に突き刺さる。
土台華々しい結果が出るとは想定していなかった。
現状の彼女達の練度でも姫は倒せるとはいえ、それでも被害は甚大だ。
傷だらけの彼女達に色鮮やかなものは無く、それ故に戦いの意味を失いそうにもなる。
艦娘は深海棲艦を全滅させるのが仕事だ。それは絶対条件でありながら、されどその信念が腐り初めているのは否めない。
より人間らしく、生きたいと願っているのだ。
「くぅ……!!」
身体を軋ませ、弾を避ける。
そうしても次の攻撃が押し寄せ、負担をかけ続ければ何れは直撃だ。
それでもう何隻も沈み、今も尚死は続いている。足掻いても、運が良くても、今この場だけは敵味方含めてあらゆる存在に平等に死を振り撒くのだ。
ただし、例外としてそれを減らす手段はあった。それを海軍側が放棄したからこそこうなっているだけなのだ。
特殊個体と言われる、知っている者からすれば絶対にそうは言わない個体群が此処には居ない。
協力体勢が如何に重要なのかを、今この場で艦娘達はよく教え込まれていた。
『……マッタク』
そんな彼女達の苦悶の声とは正反対に、深海棲艦の姫は嘆息する。
相手の思惑は容易に見抜け、作戦も単純明快。正面からの数によるごり押しは確かに今現在の深海棲艦達を倒しているし、避けながら進む彼女達はやがて此処に到達するだろう。
それは当たり前というもので、焦る必要など何処にも無い。普段通りの対応をするだけで終わる。
この戦いが終わっても次はあるだろう。そうなった時は更に強力な布陣を用意する筈だ。
けれど、そうなったとしても集積地棲姫の中に負けは微塵も含まれていない。
それは彼女の隣で目を瞑る、黒いネグリジェのようなワンピースを身に纏っている女も同じだ。
控える艤装も無音を保ち、明らかな意思を感じさせはしてもそれを表に出す事は無い。
『イイノカ、オ前ニトッテハ時間ノ無駄ダロウ』
『構ワナイサ』
集積地の声に、即座に戦艦は返す。
彼女達に如何様な思惑があるのかは不明だが、少なくとも集積地は戦艦に対して好意的だ。
気遣わし気な声を掛け、それに対して戦艦は苦笑を顔に浮かべている。ならば更なる言葉を重ねても無用かと集積地は結論を弾き出し、海に広がる爆炎の数々を眺める。
此処に集まった深海棲艦は、最も多くてエリートだ。フラグシップの数は少なく、それだけに練度は低い部類に当て嵌まるだろう。
それに集積地自体攻撃タイプの深海棲艦ではない。今この場において明確に戦闘向きであるのは、戦艦棲姫のみだ。通常であればその程度突破出来るものであるが、艦娘達は突破出来ていない。
その時点で未来など見えているもので、この局面を突破出来たとしても他の姫達に殺されるのは明白だ。
何と弱いのか、そう感じるのは集積地棲姫だ。
別段弱くとも構わないが、それでも手応えが無さ過ぎるというのは情けないにも程がある。
練度が足りない、装備の質が悪い、連携が砕けてまともなものになっていない。
提督達の質も恐らくは劣悪極まり、まだまだ変えざるべき箇所は多そうだ。
そうした諸々の感想を胸中で呟き、何をやっているのかと集積地は一人己の思考を絶った。
もうあれらとは全て関係無い。どれだけの長い時間をを与えたとしても意味が無かったのだ。最早猶予を与える真似などするべきではない。
そうだ、もう
『ヤハリ
『アア、ヤハリアノ時ノ連中ガ稀ダッタトイウ訳ダ』
意味不明な会話を交わし、集積地は数体の球状の艦載機を飛ばす。
乗せる命令はただ一つ。最早手は抜かぬと断じたのだから、無駄な消耗などしてはならない。
手加減無用。ただそれだけの答えを周囲に伝え、集積地棲姫は最早見なくとも良いとばかりに戦場から背を向けた。
集積地棲姫の仕事は運ばれた資源を貯め、防衛し、そして日本占領の部隊に供給するだけだ。
本気で戦う気など彼女達の言葉の中だけで出てきた対象でなければならないのだろう。自然極まる動作にはおよそ緊張感など皆無であり、空気の差が露骨に表れているのは明白だった。
戦艦棲姫も同様に背を向け、空を見る。
艦載機の一つも見えない空は綺麗で、戦場の最中の景色とはとても思えない。蹂躙されているのがどちらであるのかが実に表現されていて、だからこそ集積地棲姫は思う。
早く来い、でなければ諸共に壊してしまうぞ――提督よ。
胸中にあるのは期待感と憎悪。必ず此処で殺し合おうと彼女は決めていた。
※reverse※
せっせかさっさか、そんな擬音が幻聴として聞こえるような光景が先程まで見えていた。
資源が溢れる程に運ばれ、詰み上がった山々は二つや三つに昇り、最近はタンカーから高速修復材を頂戴するにも遠慮の二文字が無くなってきていた。
最早練度の低い艦娘達が護衛するタンカーなど餌にしか見えず、木曾を始めとした部隊はさながら海賊である。
しかも遊び半分で妖精が木曾に軍刀を作るものだから、初めて見た時は改二になったのかと少しばかり焦ってしまった。
運ばれてくる資源やバケツ、及び新たに加わったメンバー。すべき仕事は山のようにあり、とてもではないが初期メンバーだけでは回らなくなっていた。
故に、加わった者の中でも一番の古参組をリーダーにして場を回転させ続けている。
俺も俺で現在は深海棲艦潰しだ。この島から強い者達が多めに消える以上、先に居残り組の負担を減らす為に深海棲艦を潰して潰して潰す。
この海域も最初の頃はフラグシップが居たものだが、今ではエリートの部隊が出たのが稀と言ってしまうくらいだ。初心者には戦い易くなっているだろう。
だから単騎でもって動いても何の問題にもならない。仕事が多い彼等の中で単騎で十分な戦力になる俺という存在は大分扱い易いだろう。
六隻で組むのが当たり前として、それでも五隻分の余裕が生まれる。それを輸送任務で使えば、例え量は少なくとも長い目で見れば決して馬鹿に出来ない量になってくれるのは明白だ。
それに最近はめっきり引かれてしまってもいるし、個人的にあの空気は好きではないので丁度良い。
エリートの重巡の胴体に風穴を開けて沈め、離れた場所にいる駆逐艦に主砲を向ける。
発射された弾頭は予測通りの頭部に命中し、盛大な唸り声と共に沈んでいく。
そうすれば嫌でも向こうは寄って来る。次々に出現する敵の群れを破壊し、お昼となった空の下で手短な無人島に上陸した。
「あー腹減った」
『朝六時からぶっ続けでの戦闘。あンまり褒められたもンじゃないねぇ』
「湧いて来るのが悪いンだよ。俺は悪くない」
『狙ってたクセに』
早々にバレた事実に江風から目を逸らし、艤装内部に格納されている状態の弁当を出す。
予め一日中潰し続けると断言していたから用意は十分だが、幾らなんでも無駄に量が多い。恐らくは妖精達も食えるように準備したのだろう。しかしそれを差し引いても、やはり数は多かった。
その殆どがレーションなのは別に構わない。手軽に食えるのであれば何でも良かったのだから、これをチョイスしてくれた者には感謝だ。
口に運び、思ったよりも不味い味に顔が固まったのが解った。
レーションは不味いもの。そういった認識は現代になってからはある程度変わったと思っていたのだが、やはりこういった類はまだまだ残っているらしい。
恐らくは艦娘用なのだろう。栄養補給だけを目的としたそれに、味の概念は関係無かった。
内部の妖精達はレーションを食べて悶絶中だ。予想外に不味い物が出てきたのか、十人が戦闘不能に陥ったのを視界に収めてからは皆で美味そうな匂いのするレーションを探し始めた。
放置された食い掛けのレーションを口に運び、そのまま水で流し込む。さながら苦い薬を飲むが如く、終わった後の顔には間違いなく苦いものが混じっていただろう。
砂浜に倒れ、暫し休憩を楽しむ。
隣では赤い幻影である江風が此方を見ながら横になっているが、この程度では気にはしない。
どうやら妖精にも見えているらしく彼女に声を掛けながらも騒いでいるのが見えるが、そのどれもが悪意を持つ事は無かった。寧ろ逆に好意的に接しているようで、やはり妖精と艦娘は仲が良いのだなと認識させられる。
後はこの輪に人間という要素が混じれば最適であるが、そうなるのはまだまだ先の話。
というよりかは、誰かが行動を起こさない限り変化など起きる事は無いだろう。
では誰が起こすのかと考えるも、当然今の状況を明確に把握していない俺では不可能に近い。
知っているのはここら辺の敵情報と二つの派閥に関してだけ。
それ以外を知ろうとするなら、やはり直接響のように情報を入手している者に教えてもらうしかない。
或いは、危険な行為ではあるもののあの提督に尋ねることか。
金剛が愛想を尽かしていない時点である程度の信用は出来るものだが、さりとて一艦娘程度の感情で安心出来る筈も無し。
これから先で姫と戦うのであれば、どうしたってもっと詳細な情報が欲しかった。
「なぁ」
『ん?』
「オリジンって他にも居るんだよな」
同時に思うのは、比叡という女性の姿。
オリジンは複数体存在し、そしてその全てが俺の保有していた者達であるという話だ。
であれば、他にも居ると考えるのは当然の流れというもので、彼女もまた自然な動作で首を振って肯定を示した。
『私があそこから居なくなる前なら、四人だな』
鳳翔・霞・加古・陽炎。
指を折って呟く彼女に対し、その四人について考える。
全員がまともな強さではないのは比叡や俺の例からして当たり前として、気になるのは鳳翔だろう。
西方派閥を率いる彼女がそうであるのならば非常に話しやすいし、俺としてもコネクションを築けるのであれば後々あるかもしれない共同作戦もスムーズに行う事が出来る。
その途上で他の三人を確保出来れば言う事無し。仲間になってくれるかどうかはさておき、繋がりだけでも構築しておきたい。
最も、彼女達の噂が流れていない以上上手く隠しているのは明白だ。今まで殆どその存在を仄めかすワードが無かったのだから、やはり見つけるのは容易ではあるまいが。
「彼女達も俺達みたいに活動していると思うか?」
『ま、当然だろ。考えている事は分からンけど、それでも他所の鎮守府の言い成りになるような玉じゃないのは間違いないね』
「とすると」
最初にすべきは他の派閥の情報収集か。
知らないのは南に東。何処に拠点を築いているのかは解らんが、鳳翔が来た時点で思い切って聞いてみるとしよう。
ついでに海軍の状況や確認されているし姫や鬼の情報を聞き、優先順位を作っていくのが妥当か。
目下最大の敵は戦艦棲姫。そう決定し、俺は身体を思い切り起こした。
「うっし、じゃあ行くか!!」