「一先ずはお疲れ様。各自交代で休日してくれ。曙も適度に休憩をして、手伝えそうな人員を見つけたら誘っておくように」
「江風、手伝いなさい」
「いきなりだなオイ。まぁ別に良いけどよ」
昼を過ぎた午後の時刻。
全員を集めての響の話は、簡単に言えば休日についてだった。
この島で休日も何も無いだろうと思うが、やはり人数が増えれば増える程に管理が重要になる。所謂就業時間という訳ではないものの、それでも個々人によってノルマじみたものは必要だ。
それでも無理なら無理で切り捨てる真似はしないし、それならば曙のように裏方の仕事をやってもらう事も多い。
遊んでいられる者は居ないのがこの暮らしだ。それだけに休日というのは場違い感が強い。
しかしだからといって働かせ続けるというのは効率的にはよろしくない。ゲームでもそうだが、疲労状態では常の性能は発揮出来ないものであるし、ストレスも溜まるもの。
故にその発散も兼ねての休日だ。全員が一斉にとはならないが、しかしトップからそう言われれば嘘だとは誰も思わないだろう。
比較的響寄りの席に座っている俺や木曾には見える。彼女達の雰囲気が明るいものになり、仲が良いだろう者達と視線を交わしているのを。こういった事をしておくのはやはり正解かと響の決定に内心で感心し、話は終了とばかりに手を叩いて皆に解散を伝えた。
資源に関しては皆が集めたお陰で余裕がある。食料も魚を干した物や、後はタンカーから盗ったインスタント製品も数多く残されているから問題はない。運が良かったというべきか、沈没寸前のタンカーを見つけた際には当事者の艦娘達は手を叩いて喜んでいたらしい。
それにと目を他所に居る赤城達に向ける。
彼女達からも後日野菜の知識を教えてもらえる手筈となっているので、今後は栽培の担当者も必要になってくるだろう。教えるのは久し振りの再会も兼ねて鳳翔自身が来るとのこと。
トップがそう簡単に動いて良いのかとも考えるが、逆に言えばそういった理由でも無ければ現状会えないのだろう。悲しいが、トップとはそういうものである。
致し方無しと腰が重くなるのを受け入れているのだ。その重責は俺では到底耐えられそうにない。
散っていく皆の様子を見て、俺達も俺達で活動を開始した。
赤城達はこれから早速帰還する。帰ってからは別の仕事が待っているそうで、その事に赤城は少し疲れているのか顔には疲労の色が見えた。
比叡はずっと俺を見ているが、その視線の意図を察して首を横に振る。
途端に悲しそうな顔になり、横で浮いている江風は指を差して大爆笑。それによって両者の空気が悪くなるのを肌で感じながら、止めてくれと内心で呟くのを止められない。
「よし、それじゃあこっちも動こうか。今日は川内と那珂に皆を任せるよ、悪ふざけは程々に」
「解ってる解ってる。適度に手を抜くだけで良いんでしょ?」
「……那珂、君だけが最後の希望だ」
「あはは、了解ですッ」
片目を瞑りながら快活に答える川内に、苦笑しつつも片手で軽く敬礼をする那珂。
これだけで真面目度に雲泥の差があるというのだから、この姉妹達は一体何処で変化したのだと思わざるをえない。そのまま去って行く彼女達を古鷹が目だけで送り、彼女も彼女で利根と一緒に未だ新兵状態の艦娘達の教練に向かって行った。
曙は準備があるのか一言だけで集積地に向かい、残るは俺と木曾と赤城達のみ。
そう言えば木曾には何か基本的な仕事が割り当てられたのだろうか。部署の責任者みたいな立ち位置に彼女も居ると考えているのだが、当の本人は後頭部で腕を組むだけで何も発言しない。
「さて、今日の俺は非番だな。暇だし利根達の手伝いにでも行ってやるか」
「あまりはしゃぎ過ぎないように。利根もそうだけど、気合を入れ過ぎて明日に響かないようにしておいて」
「了解了解。明日は俺が旗艦だしな、抑えるさ」
軽快に歩く木曾には、暗い部分は見受けられない。きっとまだ彼女には正式に任せられる仕事が無いのだろうが、それでも明るく元気に動く姿は皆の好感を得るだろう。
此処でならば彼女は元に戻るのかもしれない。警戒ばかりしているのではなく、それこそ楽しい生活を。まぁ、此処で活動している限りゆっくりとした生活は無縁だろうが。
そう締め括り、俺も俺で向かうと響に告げて集積地へと向かった。
曙に早く追いつく為にと飛んで行き、幅の狭い島であれば俺の出せる全力で飛び越える。
昨日戦闘があったばかりだが、身体に異常は見られない。妖精達が昨日から艤装をメンテしてくれたので調子も頗る好調だ。
『いやぁ、結構慣れたね。これならもう気にしなくても良いかな』
「まだまだ全力には程遠いけどな。どれだけ出せても四割だ、半分も出てないさ」
一直線ならば六割くらいは出せるだろうが、十割を出そうとすれば途端に何も認識出来なくなる。
早過ぎてしまうのも問題だ。力だけは手加減抜きにも出来るので問題とはならない。仮に十割の力で武器を持とうとすれば砲の方が先に壊れるだろうが。
数年は時間が必要なのかもしれない。何かの切っ掛けで完全に使用出来ればと都合の良い思考は消えてはくれず、そんな自分を振り払うように集積地へと足を運んだ。
森の中では今日も今日とて多数の物音に溢れ返っている。主に曙の声が大きいものの、それでも山を切り崩す際の騒音は耳に痛い。
そんな中でノート片手に唸る彼女は何故か絵になる。
似合っているというか、様になっているというか、明らかに工作艦じみてきているのだ。
一応彼女は駆逐艦の枠組みなんだけどなと思い、しかし彼女の重要性を理解している自分としてはこのまま彼女にはあまり出撃をしないで此方に専念してほしいとも考えてしまう。
それを言えば彼女は怒るだろう。駆逐艦の本分を捨てろと言っているようなものだ。
幾ら仲間に優しい曙とて、その部分にだけは絶対に触れてはならない。今は明石が居ないからこそ臨時でやっているだけなのだ。
騒音で消えてしまっているであろう足音に、それでも彼女は気付いて振り返る。
微笑む姿にはツンの部分は非常に無い。海軍と関係が無いというのもあるだろうし、彼女自身この仕事が重要であると理解しているからか充実感も覚えているのかもしれない。
そうなら嬉しいものだ。俺としても不満を抱いたまま働いてほしくないと考えている。
「今日はあれだな。溜まってた分の消化か」
「そう。流石に山が一つ追加されたら別けるのも大変なのよ。妖精達には装備の増産や整備なんかも任せてるから、こればっかりは私みたいに力のある奴がやらないと。普段は暇そうにしている子を引っ張って来てるけど、流石に今日はね」
「そう、だな。作戦の後に苦労するのは俺達だけで良いさ」
皆は今回実に動いてくれた。
ならばその邪魔をするのは無粋以前に約束破りであり、故にこそ裏方の作業は俺達でやるべきである。
この場所での作業も既に慣れた。やろうと思えば今までよりも早く動けるだろう。
袖を外し、邪魔なマントを消して身軽になる。露出は増えるが、寧ろこの場合においては丁度良い。
ノースリーブのような形となるので自身の着ている服が目立つも、やはり胸が無い為にそこまで羞恥を感じる程ではないのは救いか。
これで胸が大きければそれはそれで気分的には複雑だ。やはりどれだけ時間が掛かろうとも、自身が女であるという事実には慣れない。
尚、幻影である彼女は胸に視線を向けていた俺に拗ねていた。
どうやらプロポーションが不足していると思われているようだが、それを敢えて誤解だと言うのは控える。
こう言ってはアレだが彼女の普段が普段だ。あすなろ抱きをしてくるのは当たり前で、酷い時には肌を常に密着させるような形で寝る時もある。
彼女には好意を感じているものの、その行いは流石に引いてしまった。もう少し節度ある行動を行うようにと説教の一つでもするべきなのだろうが……しかしそれでは折角のスキンシップが台無しになる。
勿体ない気になってしまうのは致し方あるまい。これで彼女が離れた生活をするようになれば、多分俺の方が接近するのは簡単に解ってしまう。
面倒な男だと自嘲して、早速足は山へ。耳には呪詛めいた愚痴が届き、今だけはその声が聞こえない曙を羨ましく思う。
暫くはあの声が傍に居るのである。それは何というか、憂鬱であった。
※reverse※
島で海を眺める影が一つ。
傍には小さな石が転がり、時折影はそれを投げていた。
理由なんて特に無いのだろう。ただ単純に休みとなってしまったから、暇になって投げているだけだ。
仲の良いメンバーは全員出撃している。彼女達が帰還するのは早くても数時間後であり、それまでの間は影――吹雪はこうして暇を潰すしか他に思いつかなかった。
一応ではあるが、身体を鍛えるというのも候補に挙がっている。しかしそれでは休みではなく、単純に日々の繰り返しだ。先の戦いで疲れているからこそ休息をくれたのであって、何時ものように演習をお願いすれば教官役である利根や古鷹に怒られるだろう。
故に、彼女は海を眺めていた。
何か異変が起きれば直ぐに響達に伝える事が出来る。異変が起きるのを待ち詫びるのは些か不謹慎であるが、自主的に監視役をやっているという意味では彼女は勤勉だった。
石を投げ込み、考える。
思えばこの場所に来てから相応に時間が過ぎた。最初は意味の解らなかった事も今では大分無くなり、逆に教えるようになった場面も増えたのは成長と言えるだろう。
駆逐艦故に止めを刺せる回数こそ少ないが、輸送任務では大量に活躍している。
能力面も教官役の二名が確り把握して育ててくれたお陰か、焦るような事も無く順調と言っても過言ではない。
であるからこそ、吹雪が考えるのは別の事。
初期メンバーと皆が認識している中で唯一浮いている存在についてだ。
響というリーダーは居るものの、それでもあの中では駆逐艦がとても強いという事は無い。順当に成長していった結果のような強さに頷ける箇所は多く、学べる部分も多いのは確かだ。
ゆくゆくは吹雪もあの境地に辿り着けるだろう。そうだからこそ、唯一の異常に吹雪やそれ以外の面子は必然的に意識を向けてしまうのだ。
「解ってた、筈なんだけどなぁ……」
溜息が漏れる。
誰にも知られずそれは空気に溶け、彼女の心境を悟らせずに消えた。
解っていた、解っていたとも。訓練の中でも、輸送任務の旗艦をしていた姿を見ていた時でも、吹雪は彼女の強さというものを嫌という程理解していたつもりだ。
海上を縦横無尽に走る黒い姿。虐殺と表現すべき強さは戦艦相手でも変わらず、されど燃費は他と一緒。
以前共に出撃していた曙は彼女を反則と評していたが、それは的を射ている。
正しく反則。誰も近寄れない強さに到達した、正真正銘の異常な個体。
改二という名前を流行らせたのも彼女であり、故にこそ吹雪達の中では彼女は改三なのではないかという推測も立っている。
ああなれば強い。ああなれば負けない。ああなれば――死なない。
誰もが求めた境地だ。それだけに、彼女への憧れを持つ者は多い。
信者という程ではないが、しかし他の初期メンバーよりも優先順位が高いのは確かだ。その彼女が響に従っているからこそ全体的に上手く纏まっているのであって、そうでなければ島の雰囲気はもう少し悪かっただろう。
派閥争いは起こり得ない。起こそうとすればきっと止められる。
故にしない。したところで、それは初期メンバーの嫌う人間と同じになってしまうから。
「――お、何だ何だ。先約が居たのか」
吹雪の背後で声が掛かり、それを声だけで誰であるか見抜いた彼女は飛び上がる。
振り返り、敬礼の形となるのは自然な事。目上も目上な人物である。
眼帯を付けた少女。木曾はその吹雪の動作に苦笑しながらも軽く敬礼し、直後に崩す。木曾としてはこのような堅苦しい挨拶は鎮守府を思い出してしまい嫌いだ。
組織的になってきた以上止めてくれとは言えないので我慢するしかないが、本音的な部分ではもう少し自分の部下達がフレンドリーになってほしいと願っている。
それを言葉にせずとも理解しているのは江風くらいなものだ。彼女だけは常に崩した言葉にしている。
無論初期メンバー全員にも言えるが、やはり壁も無く話せるのは江風だけ。
「どうした、暇になってやる事でも探してたか?」
「……あ、いえ」
しどろもどろになる吹雪。
ここで馬鹿正直に答えては顰蹙を買うだろう。そうなれば吹雪自身の立場も悪くなる。
目の前の相手は良くも悪くも正直だ。罵倒する理由も正当で、褒める理由も正当だから誰も文句は言わないが、逆に悪く思われてしまえばそれは当人が理由であることになってしまう。
故にどう答えるのかが正答なのかと吹雪は悩み、その反応に木曾が大声をあげて笑う。
何を考えているのか丸解り。これでは腹芸はとてもではないが出来ない。
頭を乱暴に撫でて、そのまま強制的に吹雪を座らせた。隣では胡坐の体勢で座り、持ってきていた水入りペッドボトルで喉を潤す。
「今は俺もお前も休暇中。変に考えなくても良いさ、好きなように言えば良い」
「……はい」
体育座りの姿勢で返事をする吹雪に、これはこれで面倒だと内心で木曾は眉を寄せた。
吹雪は真面目気質が強い。ふざける場面を木曾は見た事が無く、だからこそ変に悩みを抱えやすい。誰かがそれを指摘して発散させれば良いのだろうが、こうしている以上その仲間は出撃か演習かのどちらかに赴いているに違いない。
ならば他に相談させるとしたら、それは他でもない上司だけだろう。
木曾は自分が理想の上司だとは思っていないが、立場的には彼女よりも上である。発見してしまったのであれば、見過ごすというのも罪悪感が許せそうにない。
こうなれば選択肢など最初から無いも同然。木曾が回避するには、最初からこの場所に向かわないただそれだけなのだ。
仰ぎ見る空は雲が多いが、しかし太陽がよく見える。
絶好の出撃日和であるのは言うまでも無く、今頃は担当の駆逐艦娘達が汗水流しながらドラム缶を持っているに違いない。そして必死に持ってきた先で曙も江風も苦労しているのは簡単に想像出来た。
利根も古鷹も新人を育てるのに難儀しているらしいし、響は響で全体の今後の予定を考えている。
残る面子は保護者。とくれば、やはり今吹雪の悩みを晴らせるのは木曾のみである。
溜息を吐きそうになるのを抑え、彼女は緊張ぎみの吹雪に顔を向けた。そこに少しの不安が混ざっているが、傍目からすれば自然に顔を動かしているように見えるだろう。
「で、どうしたんだよ。こんな所で呆けてるタイプだったか?」
「いえ、何というかその、急に休みを頂いてもどうすれば良いのかと思いまして」
やっぱりか、と素直な意見が木曾から出た。
その反応を見た吹雪は苦笑するも、やはりもう一つの方も気になっているのかその色合いは暗い。
素直に真面目を地で行くタイプの吹雪故に、その心の読め易さは顕著だ。
休んでいて呆けるだけなら、別段それだけで終了だ。しかし木曾にああして好きに言えと言われた以上、ここで終わりにしては意味など皆無だ。
だから、木曾の前で一番言うべきではないだろう素直な心境を吹雪は話した。
緊張し、不安に感じ、それでも話したのは、恐らくは好奇心的な部分が強い。いや、それ以上に心配になったからか。彼女はあまりに、
「あの戦いから皆あの人の事を尊敬するようになりました。流石は初期メンバーだと、流石は響さんに最も意見する人だと」
江風は駆逐艦。その精神構造は幼いのが適当である。
確かに大戦時の出来事によって明確に幼いとは言えないが、しかしそれでも何もかもが大人である筈がない。
利己的な活動をするのも良いだろう。我が儘とて言っても構わない。
子供としての部分を少しでも見せたのであれば、きっと江風に対して誰もが親近感を覚える筈だ。
しかしそれを、江風はしない。最初から最後まで大人じみた思考を行い、自分一人で済ませられる問題は全て自分だけで解決しようとする。
チグハグな印象を覚えるのだ。駆逐艦の中に戦艦が居るような、そんな矛盾が存在している。
このまま彼女が周りの望むような活動を続ければ、最終的に行き着くのは英雄だ。
誰かを助け、自分だけが被害を受け、最後は笑って死ぬ。自分の求める何某かは一回も出来ずに、本当に周りの人形となって踊り続けるしか他にない。
欲求を封じ続けるのは不可能だ。欲望という根は何処までも深い。
隠せても、それでも前に出るのだ。だからこそ、現状それを成し得ている彼女の精神は凄まじい。
遊んでいる場面を見た事が無い。暇があれば手伝ってばかりだ。感謝される所はよく見るが、逆に罵倒されるような場面は一回とて見てはいなかった。
「違う、あの人は皆とは違う。なんて言えば良いのか解らないですけど、違うんです」
彼女は駆逐艦という艦種にそぐわない。
ならば軽巡かと問われれば、それも違う。では何にと問われれば、吹雪は諸々含めて全部違うと断言するだろう。
あれは別の域で完成へと近づきつつある、謂わば可能性という現象。
既に性能の限界が決まっている皆とは違い、江風だけはその規定を破って進んでいる。さながらアメコミヒーローが日本のアニメに出てきたが如く、場違い感が凄まじい。
故に危険だ。ああいう者は全ての存在から排斥される確率を孕んでいる。
例え皆が否と言おうとも、それは一生ついて回るのだ。
ならばそれが変わるのは何時だ。明日か、十日後か、一年か、それとも百年後か。
それまでの間ずっと江風はああして自身の欲求を抑えて活動すると思うと、吹雪はその真実に恐ろしさを抱いてしまう。
同時に疑問に思うのは、その根源だ。
江風はドロップ艦と言われている。最初の真っ新な状態で活動をしていたのだとすれば、恐らくそれを染めた張本人が実在する筈だ。
「私はああなりたくありません。自分に我慢を強いて、抑えるだけじゃ最終的に爆発するだけです。強さに不安定さを持ちこんじゃ駄目だと思いますから」
「――――そうか」
吹雪の長い独白に対し、木曾はそう返す。
短いながらも確りと聞いてくれたのだろう気持ちの籠った返事に、吹雪は満足そうに再度苦笑した。
江風が我慢する人という吹雪の評価は、成程この島に居る頃の彼女を見ていればそうなのかもしれない。プライベートの中でも誰かを助けるのは当たり前で、積極的に問題に関わろうとしている姿は目立つ。
しかし初期メンバーは知っているのだ。彼女がただ単純に我慢するだけの人物ではないことを。
生きようと足掻いた姿は瞼からは消えず、炎の中でも変わらなかった姿が記憶に焼き付き、故にこそ木曾の中での彼女の評価はまた別だった。
彼女は文字通り、艦娘達を愛している。
同性愛的な意味ではなく、博愛的な意味でだ。これで同性愛だったら今頃はハーレムの一つか二つくらいは出来ているだろう。
彼女の感情の裏には必ず愛がある。厳しい言葉をするのも成長してほしいが為だ。
そして彼女は恐らくは、今活動している自分達を通して違う自分達を見ている。それが嘗てのドロップ艦仲間だったのか、それとも抜け出す前の鎮守府だったのかは定かではない。
しかし、それだけ彼女には貴重な存在だったというのは解る。特に木曾の場合、二人きりの際に見せた薬指を眺める仕草の所為でその思いが強い。
ひょっとしたら、彼女はケッコンを誓っていた仲だった可能性がある。
現に噂程度ではあるがケッコン指輪というものがあった。もしもその指輪を贈られたのであれば、それだけの絆を男性である提督との間に築けたのならば――――今の自分達よりも大事に思うのは仕方のないことだ。
「一つだけ間違いを訂正しようじゃないか。アイツは、全然我慢するようなタイプじゃないさ。何時も自由に、そして自然にお前達を愛しているだけさ」
「あ、愛してる!?」
「博愛主義ってこと。艦娘限定だけどな。だからあんま気にすんな、アイツが変な事になりそうなら俺が殴ってでも止めてやるよ」
拳を突き付けて断言する姿は勇ましい。
同時に、そう思える事に吹雪は羨望を覚える。自身もそうあれれば、誰かに強いと言ってもらえるのではないだろうかと。
吹雪という少女の性能は、良くも悪くもその他に分類される程に特色が無い。
言い方を変えればスタンダードとも言えるが、しかし彼女程度であれば他の駆逐艦でも十分代用可能だ。そんな彼女が他とは違う駆逐艦になるとしたら、それは別の側面を見出す必要が出て来るだろう。
その側面を見つけるのは難しい。しかし逆に言えば、側面さえ見つければ後は単純なのである。
江風がそうであるように通常の駆逐艦とはまったく異なる戦闘技法を身に付ければ、戦闘でも優位になる可能性は極めて高い。
そうやって己を高めていけば
「はい、有難う御座います」
江風も自身を重用してくれる筈だ。その結果として、彼女の負担も減らせる事だろう。
感謝の言葉を告げて、吹雪は歩き出す。目的地は利根達の居る海。
休暇としての使い方を間違えているが、それでも彼女は強くなる為に艤装を出現させた。