さぁ次はケッコンだ。練度九十九まで上げるぞぉぉぉぉぉぉぉ!!
人はどうしようもない存在を目にした時、どのような反応を示すかによって精神の強さが解るという。
唖然とするのは弱者のすること。冷静に分析を開始するのは強者のすること。そして即座に防御や回避の行動をする者は、総じて脳の構造が一部変化した狂者だ。
足元の海面に向かって砲撃を行い、衝撃によって自身にダメージが発生するのを許容した上で金剛は自身を含めた近くの加賀も守る事に専念した。
それ以外の者も砲を向けて海面を吹き飛ばす。それが意味のある動作だと一見すれば不明であるが、さりとて黒い影は彼女達に牙を向ける真似をせずにそのまま背後へと飛び下がった。
爆風というのは恐ろしいものだ。直撃を回避したとしても爆風の衝撃は確かな傷を生み、熱波は肌を焼く。
これが対人用の物であればまだ無理矢理突破も出来ただろうが、今放たれたのは最小でも駆逐艦の砲撃。まともに受けても今の江風であれば傷にはならないものの、さりとてバランスを崩されるのは避けられない。
江風の特徴は最速の動作による効率的な部位破壊だ。
三次元二次元の動作で移動し、相手が視認出来ないのを確認してから超至近でもって急所を撃ち抜く。
先は生かす為に外したが、これが艤装を狙ったものであれば陽炎は既に身を海の底へと沈めていただろう。それが解っているからこそ、金剛は油断を廃していた思考を更に鋭くさせた。
回らせる頭には常に最善策だと思うものが浮かんでは消え、そのどれもが既存の内容であると舌を打つ。
現存する江風はここまでの速度を持っていない。どれだけ最速になろうともスペック上島風を超える事は無く、であるからこそ異常個体という単語が彼女の脳裏を過る。
姿の変わった個体は変化個体という括りにされているのが海軍の公式的な名前だ。姿が変わり、基本性能が軒並み上昇した彼女達はどれも海軍に対する複雑な感情を抱くように、単純な正義だけでは動かない場合がある。
内面も装備も変化し、中には今までの装備が使用出来なくなる子も出現する程だ。しかしてその戦力は並外れており、海軍側としては欲しいとは感じつつも内面の不安定さによって完全に排除の姿勢を取っている。
では異常個体とは何かと尋ねられれば、誰もが口を揃えて言うのだ。
あれこそ現存するあらゆる艦娘や深海棲艦、果ては人類を根絶させる事が出来る異形の中の異形。
姿形は変化個体と同一であるにも関わらず、持ち得ている力はその枠組みを容易にはみ出す程。武器の種類など関係無く、元から近接装備を持っている者はそれだけで無双の活躍をしていた。
しかしてその個体達は皆が非常に危険性の高い個体ばかりだ。深海棲艦は目撃した瞬間に全滅するまで戦い続け、艦娘が砲を向けた瞬間に敵と見なされ襲われる。
何もしなければ海軍も艦娘も無視するが、逆に少しでも敵対行動をすれば殺されるのだ。
一番関わってはいけない個体であるのは言うに及ばず、もしも発見された際には即時撤退も視野に含まれている。
金剛達はその個体に今日初めて出会い、その非常識さに戦慄した。
勝てる勝てないで道理を語るべきではない。目前の相手は、そもそも
踏み出す一歩、吐き出す息、内部に潜む妖精の質一つとっても他者とは隔絶したモノを持ち、それは今の彼女達では決して持ち得ないものだ。
隙は多い。素人丸出しの立ち姿はもう少しで中級者に上り詰めるかどうかといった程度だ。
しかし、そんな筈が無いと皆は断じる。
あの目を見よ。黄金に輝くあの目に負けは一部も混ざってはおらず、勝利だけが刻まれている。
他の異常個体も同じ様なのだろうか。あの淀みの含まれていない、それこそ現在の世界の情勢など欠片も気にしていない目を持っているのだろうか。
もしもそうなのならば、異常個体とは本当に今の世界などどうでも良いのだと認識するしかない。
――連れて行くのは無理、デスネ。
思考は完結した。
打開策は浮かばない。もっと情報を集めるべきだと金剛は思うが、それをするだけの時間を向こうは与えてはくれないだろう。
提督には悪いが、他の個体に目を向けてもらう他ない。納得するかどうかはともかく、異常個体を鎮守府に招くのは危険そのもの。どれだけ件の彼が優しくとも、そもそも初対面の時点で好感度をマイナスに落としていては暴れられるのが関の山だ。
そして暴れれば、鎮守府は確実に他の潰れた者達と同じ結末を辿る。
そうならない為には、最早自身が解体されるのを覚悟して全力で止めるしか方法が無いのだ。
故に今この場で行うべきは足止め。北方の提督との共同戦線である現在において、彼女達の役目は相手を此方の想定するルートに誘い込む事である。
その仕事は結果的に成功し、彼女達が逃げる先では現在別の部隊が既に展開されていた。
挟み撃ちに近い形となって広がっている数は四部隊分で、つまりは二十四人の艦娘がそこで待ち構えている計算だ。
北方の目的はただ一つ。
大和及び武蔵の撃沈。もしくは、現在この海域に存在するブラックリストに載っている野良艦娘の撃沈。
大和達は現在の鎮守府に嫌気が差して西方の野良派閥と接触している。その時の様子は潜水艦達が捉えており、西方に居る時点で既に言い逃れが出来ない状況であった。
それを今日まで引き延ばしたのは、単純にもっと多くの野良艦娘が釣れると想定したからだ。
数多くの野良艦娘を捕獲し、その強さを解剖なり人体実験なりで消費しながら暴き、既存の娘達の強化に充てる。
元から居なくなっても構わない娘達だ。海軍も助ける気などさらさらに無く、捕まった後の出来事に関しては情報通の青葉を除いて殆どが知らないままとなっている。
「――何時からそんなに強くなったのデスカ?」
「何時でも良いだろ、そンな事」
駆ける江風の姿は金剛には見えていない。
辛うじて一瞬のみの影が見えただけで、それだけでは相手の正確な位置を見抜くのは不可能だ。
そうなれば砲は使えない。接近戦を仕掛ける相手に対して艦娘は殊更に弱く、その弱点が見事なまでに放置されたままとなって現在苦しめていた。
そうなっているのは、単に相手も同じ土俵で戦うからだ。
異常個体が居たとしても、全体的には未だ艦隊戦の形は残ったままとなっている。相手も此方も適正距離で戦い、超々至近での戦いなど非常に稀だ。
接近戦の武器とて艦娘の中で持っているのは非常に限られる。であるからこそ、金剛達に出来るのは撃破ではなく時間稼ぎなのだ。
移動をしながら、全員が恐らく狙うだろう箇所の海面に砲や爆弾を落とす。
加賀の艦載機は滅茶苦茶な発進によって一時的に安定を欠いていたが、それも現在は落ち着き彼女を傷付けない限界の距離で爆弾を落としている。
一歩間違えば自分が沈む距離だ。そうでなくても爆風だけで装甲には傷が入り、彼女達の中ではおよそ自爆という形でもって被害は加速していた。
「はぁ、面倒臭い」
江風の呟きが金剛の耳に入り、顔前に突如として砲が出現。
内部に装填された弾が見えたのを彼女は一瞬で理解して、条件反射の如くスピードでもって首を曲げた。
爆発。閃光。衝撃。激痛。
躱した筈の攻撃は、しかし確かなダメージを金剛に残す。
その意味を確かめれば、彼女が傷を負った場所は人体ではなく艤装。艦娘が艦娘として居る為に必要な機能の全てが詰まっているその艤装が、今確かに大規模な傷を負った。
艤装の動きが止まる。的確に動力部だけを破壊されれば移動は出来ず、そのまま二本の足は滑る事を止めてしまう。どうにかならないかと金剛は妖精に頼むも、全員が首を左右に振るだけ。
航行不能に陥ったのだ。そして被害はそれだけではなく、各所にも衝撃や爆炎によって傷が刻まれている。
これでは砲を放てば自分が沈む。
歯を軋ませ、悠然と佇む江風を睨んだ。
そして動きが止まった今こそ好機と那智が無言で放ち、その砲弾は側面を捉えた拳の一撃で真上へと飛ばされる。無駄に終わった攻撃に、しかし那智は気にしない。
そうなるだろうと予め解っていたからこそ次への動作は綺麗なもので、そこに追従する白露も江風やその近辺に向かって魚雷をばら撒いた。
現状、江風を引かせるには至近による面攻撃しかない。
点での攻撃はそもそも移動されれば捉えられず、例え捉えたとしても先のように拳で無理矢理止められる。
ならば当人を含めた一帯に向かって攻撃を行った方が比較的まだ当たる確率は上がるし、例え回避されても金剛達が生き残ればそれで御の字だ。
そうなれば流石に江風は焦るだろう。何せ待ち構えている四部隊はどれも精強で、抜くには同じだけの練度を要求される。
変化個体が同じ数だけ居れば負けるだろうが、金剛達が確認出来ただけでも変化個体は多くない。
であれば、数を的確に減らして集団で叩けば勝機はある。大和達が協力されれば厄介であるのは否めないが、その点も北方の提督は理解している筈だ。
その大和達を無効化する手段を持っているのならば、他の娘に負けるというのもそうそう考えられない。
超弩級戦艦は決して、言葉だけの形無しではないのだから。
「手が出ませんカ?このままだと、アナタ達のgoalは無くなりマスヨ」
金剛の挑発に、されど彼女は笑みでもって返すだけ。
挑発行為には乗らない。その反応に金剛は内心苛立ちはするも、優位なのは己なのだと確信して笑い返す。
此処が駄目でも目標を達成させれば問題無し。最悪誰かが沈んでも、それはそれで致し方無いだろう。
迫る魚雷は飛び跳ねるだけで回避し、またも砲撃の類は物理手段で防御される。その拳がまったく傷を負っていない段階で、まずもって効くのは戦艦の主砲クラスなのだろうと思わせられた。
異常個体と遭遇して生き残った艦娘は数少ない。生き残ったとしても何かしら精神にダメージを負っているのが殆どで、情報だけを聞き出しては解体されるなんて事も過去には何十件もあった。
それだけに、今こうして時間稼ぎが成功している事実に漠然とした不安感を覚える。
まるでこうなる事が金剛達に悪い事実を運んでくるかのような、そんな曖昧な感覚だ。しかしそういった感覚こそが戦場では真実になる。
移動する足はそのままに、誰も視認していないだろう事を確認してから筑摩が耳についた通信機に声を発した。
繋がる先は北方の第一艦隊旗艦である翔鶴だ。冷静な彼女であれば問題が起きていても的確に伝えてくれると踏んでの選択であった。
極めて小さく、ノイズが数度起きる。
その後に回線の繋がる音が響くが、聞こえる筈の声が此方に問い掛けない。
《此方西方所属、筑摩です。翔鶴さん、聞こえますか。……聞こえますか?》
《…………》
水の流れる音だけが彼女の声に応える。
それだけで何かが起こったのは確かで、されど何が起きたのかの明確な答えは浮かばない。確かな事は、今この瞬間において通信機に答えられない何かが翔鶴の身に起きている。
ではそれは何か、思い当たる節は一つだけだ。
もしもそれが真実であるとして、この短時間の間に部隊は全滅した事になる。そんな悪夢は見たくなかったが、それでも現実は冷酷に事実だけを突き付けてくるのだ。
水の流れる中から、今度は爆発の音が加わった。その数は一回二回と数を増していき、筑摩の精神的余裕を削って恐慌状態に陥れようと迫ってきている。
突然黙った筑摩に、陽炎を肩で支える白露は困惑顔だ。何かが起きているならば即座に筑摩は教えてくれる筈なのに、その筑摩は表情を能面に変えて沈黙を続けてしまっている。
「……筑摩さん、どうかしたの?」
震えた声で、されど小さく声を掛ける。
白露が動いてしまった事で江風は彼女達を視覚内に収めてしまったが、今の二名にそれが如何に不味いのかを悟る程の余裕は存在しない。
されど、そもそもにして彼女達は何も知らないのだ。今此処でこうして戦い続ける以上は、まったく別の箇所での戦闘の情報など中々入ってはこない。
だから嵌る。それが意図したものではなく、偶然であったとしても――――嵌ってしまえば最早関係は無い。
《――あぁ》
筑摩の通信機から声が響いた。
その反応に筑摩は大袈裟なまでの返しをするも、その声は唸り声をあげるだけで他に何も言わない。
……いや、もう一つ音が追加された。誰かが歩み寄る水音が僅かであれど耳に入り、その人物が通信機の前で立ち止まった。
唸り声が今も聞こえる。先程よりも弱く、そして筑摩のよく知る声だ。
何かを引っ掻くような歪な金属音も聞こえ、されど状態は沈黙を貫いたまま。このまま何も反応せず事態は終了を迎えるのかと筑摩は僅かに想い、そんな夢想は直後に打ち壊される。
最初に聞こえたのは不快感を抱く肉の潰れる音。次いで出たのは先程まで唸っていた人物の苦痛の声だ。
暴れているのか激しい水音が聞こえ、それが何とも恐ろしさを感じて止まない。
何だ何だ、何が起きている。
そもそも、この目の前で唸っている声は一体誰の者だ――――そう胸中で絶叫する筑摩に、答えは直ぐにやってきた。
《意外に呆気なかったですね。もう少し足掻くかと思いましたよ、
「――――――」
息を呑む筑摩に、白露は更に顔を不安にさせた。
そして同時に何か不味い事が起きたのだということが、嫌になるくらいの現実感と共にやってきた。
ああもう何も隠す必要など無いさ、気楽に全てを暴露してやろうぜ。
筑摩の肩に置かれた骸骨の腕は、果たして何だろうか。死神の腕か、死した仲間の腕か、それとも只の幻覚か。
一つ解るのは、通信先の相手は大和達の部隊によって全滅した。
そしてそこから更に繋がって、翔鶴を殺したのは今現在喋った相手であるということだ。
詰まる所、今この海域で生き残った部隊は西方のこの部隊のみ。後は軒並み潰されたか、情報収集の為に鹵獲されたかのどちらかだけだ。
北方の精鋭が全滅したという事実に、筑摩の胸中で浮かんだのは想像を絶する恐怖だった。
異常個体が存在している事に加え、この海域には高練度である翔鶴等を容易く迅速に屠れる戦力が存在している。ならばそれは――その戦力の規模は。
「部隊長の金剛に進言。我々は即座に撤退すべきです」
「……何かありましたネ」
「北方の戦力が全滅です。もしかすれば、この海域にも駆けつけてくるかもしれません」
「shit……とは言えませんカ」
何が起きたのかは解らない。
されど、こうして全てが失敗に終わったとなれば情けないにしても撤退するのが道理だ。それで叱りや失望を受けたにせよ、生き残れれば己を高める事に繋がるのだから。
ただ問題は、目前の相手が此方を見逃すかどうかだ。江風は金剛を睨みながらも、それでも意識を戦場に向けている。朝潮や菊月に被害を及ばないように蹴りをする際にも方向を別にしていた事から、恐らくは前線でも戦えるし後ろで何か計画を立てれるタイプなのだろう。
高次元で纏まったオールランダー程厄介なものはない。相対したくない相手ナンバーワンだ。
「そっちの子達が北方の子達を全滅させたみたいダヨ。中々やるネ」
「ん?――ああそうか、きっとそれは俺達の派閥じゃないな。西方に根を広げている奴等だよ、情報くらいは既に入手してるんだろ」
「北のFactionと繋がっているとは思っていませんでしたヨ。……しかし、そうですカ」
厄介な者達が組んだものだ。
片方は今の北方を潰せる程の強さを有する西方派閥。もう片方は江風という切り札を有する北方。
どちらも単純に考えるだけでも鎮守府一つを潰せる可能性は高く、それだけに今の派閥の力はとてもではないが無視出来るものではない。
無視出来るものではないが、現状打てる手も皆無だ。
こうなれば大人しくしているしか他に無く、しかしそれがずっと続けば海軍という存在は無用の長物と化す。
それがどういう末路を辿るのかなど、最早解り切った話だ。旧日本海軍が求めた形からは既に遥か遠くにいってしまったが、それでも過去の男達が残した組織が崩壊してしまう。
それでは駄目だ、到底黙認出来る事ではない。
そうでなければ、今まで死んでいった者達の頑張りが無駄になるだけだろう。
認める訳にはいかないのだ。金剛にとっても、海軍に所属する艦娘にとっても、無用と呼ばれるのだけは許容する事は出来ないのだから。
「撤退するンなら見逃そう。どうせ今のお前達に出来る事など無い」
「そう、だネ。今は下がらせてもらうヨ」
そんな彼女の様子を見抜いたのか、或いは戦意喪失と判断したのか、固めていた拳を解いた江風は撤退を促した。その目には悲しみも嘲りも無く、ただただ無の色だけ。
己の目的の為だけに動くのが異常個体。そういった結論を海軍は持っているが、彼女の目を見れば確かにそれが正しいのだと理解させられた。
文字通り、彼女が戦ったのは単純に邪魔だっただけだ。
そうでなければ自分達の事など見ず、視界に収める機会とて一回も無かっただろう。
そこに悔しさはある。情けなさもあって、しかし同時に安堵もあった。
提督からは何かしら文句を言われるだろう。どれだけ温厚な性格をしているにしても、探しに探して結局駄目でしたとなれば、待ち受ける未来も相応に暗いものとなる。
故に足取りは重い。今も苦しむ陽炎を支える白露も表情は絶望一色で、それを見ている朝潮達の顔も優れない。
こんな彼女達の様子を見て、そこに行きたいと思う者が果たして居るだろうか。
所属すれば今後確実に江風との戦闘は避けられず、その度にこのような絶望を味合わされる。――――ならばいっそ
「逃げるなよ」
朝潮と菊月が行き着いた結論に、江風が口を挟む。
二名の身体は硬直し、吐き出す息も常より細い。いっそ停止しているのではないかと思う程であり、それだけ見抜かれた事実が胸に痛かった。
「お前達は鎮守府に行くと決めたんだ。なら、その選択に責任を持て。駆逐艦だからって、甘えられる訳じゃないんだ」
「……は、はい!」
「解ってるさ……」
もしも彼女達も残ると言っていれば、今頃この場には江風だけしか居なかった。
普段の様子とは違う江風を見る事も無かっただろうし、ただ力が異様に強い頼れる上司のままだと認識出来ていただろう。
それが今日から恐怖の権化と化す。戦う時には十分な情報の確認を必要とし、万が一にでも北方の艦娘達と出くわしてはならない。もしも出会えば、その中には江風が居るかもしれないと考えてしまうから。
これが朝潮達が選択した結末だ。残酷なのだろうが、逸早く絶望させた方がより現実というものが見えるだろう。
勿論江風としては戦闘の意思が無ければ戦うつもりは無いし、そうなったにしても殺す程の攻撃はしない。
可愛い可愛い嘗ての艦娘達を重ねてしまっている以上、そういった手を汚すような真似は極力避けたいのである。その考えが伝わりはしないだろうし、言ったとしても困惑されるだけ。
だから何も言わず、暗い顔で去って行く部隊を江風は無表情で見つめ続けた。
もしもその時、彼女の目を見ていたのならば朝潮達の懸念も少しは晴れていただろう。
『甘いねぇ、優しさってのは毒だよ毒。そんな事してこれ以上誰か引き寄せないでね』
「俺の行動の何処に優しさがあるンだよ。寧ろ逆だろ。確実に彼女達はこれで俺に好感を持つ事は無くなった」
今後彼女達は恐怖を感じて生活する事になる。
今の海軍の状況もダイレクトに感じるであろうし、そうなれば考える事も山程に増える筈だ。そうなった時に、本当の意味で一生を過ごすのがどちらになるのか。
それを選ぶのは彼女達であり、そこに関して江風が関わる事は無いだろう。話をするにしても、恐らくは他のメンバーになる筈だと当たりを踏んでいる。
彼女達はゲームの頃のように無条件で好意を寄せてくる訳ではない。普通の女性のように、長い時間を掛けて信頼関係を構築しなければ仲良くなるなど土台不可能なのだ。
その土台を江風は破壊した。ならば、最早関わり合いは薄いままで終わるだけだ。
それは金剛達も同じだろう。今回の一件によって、彼女達と関わる事も無くなってくる。それが零にはならないが、限りなく零には近付くようになるのだから、自分で自分の好きな娘達を引き離しているようなものだ。
それを悲しむ真似はしない。
この現実が如何に厳しいかを嫌という程感じさせられた今となっては、最早ゲームだからなんてものは欠片だって信用出来なくなっている。
精々が参考にする程度。それ以外については、自分で集めて整理するだけだった。
踵を返して、一人となった江風は全速力で仲間達の元へと向かう。その足取りは普段と何も変わらず、引き摺っているような所は何ら見受けられなかった。
『今夜ちょっと付き合ってくれよ』
故に、幻影は思う。
どうかあの頃の彼と別人になってくれるなと。変わったとしても、それでも一番に大事にしてくれるのは自分達であってほしいと。
どれだけ強くなったとしても、彼と彼女の前途は多難だった。