江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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予感

 自身が積極的に前に出ないというのは久し振りだなと、敵の背面を狙いながら思う。

 速度を生かして死角に飛び込んでの砲撃。駆逐艦だらけのこの部隊では戦艦の主砲は危険でしかなく、重巡ですらも見逃しても良い敵ではない。

 彼女達が必死になって軽巡や駆逐艦を落としている間に俺は強大な敵の主砲のみを狙って破壊し、後は突破されようとすれば即時殲滅を実行していた。

 既に目標の防衛ラインには到達済み。後は事が終わるまで防衛を続けるだけで良い。

 オリジンとしての特性を有効活用して今の所は順調だが、問題なのは現在必死に戦っている彼女達の体力だ。

 長引けば長引く程に体力の消耗は無視出来なくなり、自然と動きにも支障を来たす。弾薬や燃料にしても同じ事で、だからこそ作戦時間自体は短めだ。

 帰った後の資源消耗量に曙が悲鳴を上げるのを想像してつい笑ってしまうが、それでも自身の腕は正確に相手の主砲のみを確実に潰してくれた。

 忌々しいとばかりに唸る戦艦に人差し指を振って煽る。駆逐艦如きにとでも思っているのは見え見えだ。

 そんなだからこそやられたのだろうと言葉を紡ごうとし、直後に戦艦の姿が見えなくなる程の水柱が上がった。

 正体を探れば、やったのは朝潮の魚雷だ。撃沈までには至っていないが、それでも想定外の位置からの魚雷によって無視出来ない傷を負った。

 このまま更に魚雷を叩き込めば間違いなく沈むのは明白であり、されど戦艦は予想以上のダメージによって動きが非常に鈍くなってしまっている。

 その戦艦の背後に、また別の小柄な駆逐艦が居た。

 青い髪を靡かせて狙いを定めているのは大潮だ。その狙いの仕方から魚雷であるのは言うまでもなく、発射された一つの兵器はものの見事に当たって戦艦を海の底へと沈めていった。

 戦艦を駆逐艦が落とす。ジャイアントキリングというのは燃えるモノがあるが、ロマンとして狙うのであれば反対だ。今のは狙えたからこそ狙ったのであって、無視をしても構わなかった。

 そんな無粋な思考を脇に退かせ、大潮が喜んでいる背後で主砲を構えている軽巡の主砲を此方が撃ち抜く。

 艦娘になってから思う事だが、何気に主砲の命中率は高い。

 史実であればそれほど高い命中率では無かった筈だが、これは単純に妖精や艦娘のスペックが高いからだろうか。

 俺はほぼ勘で狙っているが、中には計算して撃っている者も居ると聞く。

 となると、やはり艦娘には独自の計算回路があると想定するのは必然だ。尤も、それを勘としてでしか活用出来ない自分は酷くポンコツなのだろうが。

 

「喜ぶのは帰還した後。帰ったら利根に報告だな」

 

「申し訳ありません!次は間違えませんッ」

 

 大潮の謝罪に首を振る事で答え、さてどうなっているかと残りの面子を見る。

 朝潮は霞と共同で軽巡を落としに掛かり、大潮もそこに加勢するつもりのようだ。長月と菊月も自身の性能が他よりも低いのを自覚していて、互いにフォローしながら敵を打倒している。

 皆が協力して敵を倒していくのに満足感を覚え、俺に向かって飛んでくる砲弾を片手で弾く。

 手が若干痛むだけで問題無しだ。幻影の方も問題にもならないねぇと呟き、問題になるような敵が出て来るのを待ち構える。

 空母は未だ出現していない。フラグシップが相手であるならば夜間に出現しても可怪しくないのだが、出て来るのは軽巡や重巡といった極々当たり前の編成ばかり。

 それも纏まっている訳ではなく、多くて三人程度の少数編成だ。これで潜水艦が出現したら地獄絵図が展開されるものだが、その気配も現在は無い。

 非常に嬉しいものだ。これで全てが流れてくれればと思うものの、そう簡単にはいくまいと解っている頭は状況を冷静に見ている。

 

「江風、撃破した総数は解るか」

 

『私が見ている限りだけど、戦艦六・重巡九・軽巡十一に駆逐十五だね。見てない所で更に何隻か落としているかもしれないけど』

 

「もうそんなに落としたのか。想定よりも出現した数は少ないな」

 

 海や砲撃の音によって幻影との会話を成功させ、現在の状況が極めて良好であると完結させた。

 本当ならばこの三倍は出て来ると考えていたのだ。それだけに、こうなってくれたのは有り難い。

 他の通信機からも救援要請は無いようだし、取り敢えずは持っていると考えておくべきだろう。……もしくは、通信をしていられる余裕が無いとも考えられるが。

 自身の弾薬の消費は少ない。魚雷の総数も余裕はあるし、改二になってから多数の装備を持てるようになったので他の駆逐艦に比べて非常に数多くの種類を持てる。

 といっても島にある装備をフルに持っても、種類は魚雷と主砲と爆雷のみ。

 後は大発動艇や電探も持てれば完璧だな。まぁ、それをするとなれば今持っているどれかを外さなければならないが。

 尤も、そんな過剰に持てば身体が重くなる。

 この身体に適切な量で持たなければ、流石に鈍るのは避けられない。それを鍛えるのも手かもしれないが、あんまり大量に持った所為で被弾する確率を上げるのも考えものだ。 

 敵戦艦の砲弾の側面を叩いて弾き、感触に暫し予測を立てる。当たれば確かにダメージになるが、弾自体はそれほど速くは無い。

 弾こうとして出来るのは俺達だけだが、回避ならば他でも十分出来る。 

 対処法は確立可能の範囲か。出来る出来ないに関係無く、弾く訓練をさせてみるのも良いかもしれない。

 

《此方第一部隊、対象と赤城隊が接触したのじゃ》

 

《第四部隊了解。被害の方は》

 

《此方は特に問題無しじゃ。ただし、あまり長居は出来んぞ》

 

《第三部隊よ、こっちもこっちであまり長い時間は戦えそうにないみたい。折角の夜戦だけど、今は人命第一だしね》

 

《第二部隊でーす。こっちは結構弱いのばかりだから持つよ》

 

 再度繋がった通信内容を聞くに、どうやら一番の安全地帯は那珂が率いた部隊の場所か。

 それを聞き、いざという場面での逃げ道として確保するように進言。別段そこまで硬い口調で言う必要は無いが、重要である事を示す為にも強めに放った。

 逃げ道があるのと無いのとでは違うし、此処は北方海域。

 であれば姫の一体が出現するだろうし、想定外の姫だって有り得る。

 最悪の想像を行い、尚超えてくるのが現実だ。

 これが防衛であった事を今は素直に感謝すべきだろう。未だ大群での行動には不安要素が多くあるし、響を欠いている現状では部隊長が柱になっている。

 仲違いは出来ない。

 俺達四人が重度の負傷になってもいけない 

 士気を保つにはそれらに加えて明確な戦果が必要であり、だからこそ俺達は本当に危険な状況に陥らない限りは突出出来ないのである。

 唯一撃沈が許されるとすれば、それは敵の数が増え過ぎた場合のみ。

 

「そうなったらアイツらじゃ無理だよなぁ」 

 

 駆逐艦の砲弾の嵐を避け、装填が終了しているのを確認してから引き金を押す。

 最早振動によって動きを阻害される事もなく砲弾は発射され、弾は敵の内の一体に突き刺さる。爆音の度合いで沈んだかどうかも解るようになった自分に苦笑して、釣られた敵達にも砲を向けた。

 敵の数はこれからもっと増える。完全に対処出来なくなる前に、可能ならば終わらせてもらいたい。

 霞の背後に回った軽巡の艤装を撃つ、此方に向かって撃ちながら突撃をしてくる駆逐艦を横に回避してから蹴りで吹っ飛ばし、明らかに今の彼女達では倒し切れないようなフラグシップの戦艦に魚雷を放つ。

 忙しい、ああ忙しい。自分ならばこんな場所など数分で終わらせられるというのに、守るというのが面倒だ。

 育成の為であると解っていても、それでもこの煩わしい感情は消えてはくれない。

 これも慣れれば苦にならないのだろうか。それならば早くそうなってくれと願いつつ、無限に湧き続ける敵影に舌打ちをした。

 他の場所でもこの状況は変わらない。那珂の場所だけが辛うじて弱いだけで、こうやって潰した先から出て来るのは何処だって一緒だ。

 何時まで続くか解らないというのは、確かに精神的に削られる。

 赤城達の方は無事に島に到着して今頃は話をしているのだろうが、そんなものは手短で構わない筈だ。

 極論すれば言いたい内容を紙に書いて大和姉妹に返答を聞けば良い。だからこそ――――

 

《緊急!》

 

 突如として入った絶叫に意識を強制的に変えられた。

 声の質からして那珂であり、普段の明るさとはまったく別種の真剣味を帯びた声がチャンネル全てに響き渡る。

 そのあまりの必死さに部隊長全員が声を発し、当然俺も内容を尋ねる。……胸に嫌な予感が浮かんだのは、その瞬間だ。

 

《此方西方面に鎮守府所属と思われる六人の艦娘が接近中。相手は此方目掛けて進んでおり、付近に存在する深海棲艦は全て無視をしている模様》

 

 那珂の声が耳に届き、その直ぐ後に盛大な砲撃音が響く。

 音の種類からして戦艦の砲撃。しかし、那珂が先程話してくれた限りでは楽と言っていたので戦艦はあまりいないと見るのが妥当の筈だ。

 こんなタイミングにこんな砲撃。考えられるのは一つだけだな。

 切迫し始めた状況に対し、取り敢えず考えたのは那珂達の安全を確保することだ。現状新米だらけとは言わないまでも、那珂達の部隊に居る四人は未だ経験が低い子ばかり。

 逃がすべきはその新米の子達であり、殿として那珂達は残るだろう。そうなれば、最悪六対二の状況に陥る。

 クソ、と言いたいのを我慢して即座に機関を動かした。 

 先ずは一時的にでも話をする余裕を作り上げるべきだ。最速でもって場を整える。

 

『漏れたね。どっからかは解らないけど』

 

「まったく、一番最悪な展開だぜ……ッ」

 

 三割。拳を固め、一時的に主砲を消す。

 周りを置いていくような速度を出し、そのまま先ずは霞と大潮が追っていた三隻の軽巡と駆逐艦を深海の底に叩き落とした。顔面を粉砕しておいたので直に消失するだろうことを確信しつつ、そのまま別の場所へと進む。

 移動に掛かる手間は三歩。距離次第であるものの、処理出来る範囲内であればこれが俺の最速に近い。

 尤も、周りを気にしないのであれば更に速度が上がる。

 朝潮の目の前に出て、驚愕する彼女の襟首を掴んで一気に霞達の居る箇所へと投げ飛ばす。これで三人が集まった形となり、残るは長月と菊月の二名だ。

 距離的には遠いが、時間が掛かる程のものではない。丁度戦艦に留めを刺した直後であり、随伴艦へと砲を向けようとしている姿が見える。

 その勇ましさは流石と言えるも、今という時には不要だ。

 主砲で敵の武装ではなくそのまま急所を撃ち、全体の意識が此方に向く前に別の奴に接近して膝蹴りで行動不能に追い込む。

 煩わしさは消えた。それよりも内容次第によっては急がなければならない相手が来ている以上、本当の最悪まで想定して行動をしなければなるまい。

 となれば、考える材料として相手戦力と皆が過去に相対した事が有るか無いかは必要だ。

 ある程度の敵を撃滅して皆を一つの場所にまで集め、困惑しているのを承知の上で何も話さず通信機に手を添える。

 

《那珂、いきなりで済まないが編成を教えてくれ》

 

《いきなりキャラ変わったね!?まぁいいけどさ――》

 

 驚き、されど淀み無く告げていく那珂の情報に内心胃が痛んだ。

 編成された数が六人なのは理解している。だが、やってきた者達の名前の大体は馴染みのある者だ。

 金剛・加賀・那智・筑摩・陽炎・白露。まるで大規模作戦の第一海域に出撃するかのような面子である。

 俺が最後に逃げ出した時の空母が加賀だとすれば、恐らくは今此処に居る者達は全て西方海域の鎮守府所属の者達で間違いあるまい。もしかしたら他の鎮守府の部隊かもしれないが、それにしたって流石に出来過ぎている。

 不味いと頭が警鐘を鳴らしていた。

 今の自分の姿は改二だが、この世界でも改二は報告されている。であれば江風であるなんてのは誰であれ解る事であり、後は事実確認をするだけで当時の連中かどうかは判明するだろう。

 どうしてこの海域に、と舌を打つ。

 此処は北方。余程の事が無い限りは西方には来ないのではなかったのか。

 これがもしも俺が理由だったら流石に怒るぞ。完全な私的運用だし、何よりも他にやる事はある筈。

 確認をしなければなるまい。攻撃をするのかしないのかに関わらず、話をする必要は絶対にある。

 そうなる前にと背後で未だ眉を寄せている彼女達に向き合った。

 真剣味を帯びているのは変わらないと思うのだが、霞から息を呑む音が聞こえて少し首を傾げる。

 

「鎮守府所属の艦娘が此方に接近している。北方の所属であると想定されているが、具体的な情報は皆無だ。我々は赤城隊と連絡を交わしつつ撤退を進言するつもりだが、今此処で鎮守府に戻りたいと思っている者が居れば彼女らに話をしよう」

 

 引き取ってくれるかどうかはともかく、仮にも鎮守府所属。ドロップ艦を見捨てるような真似はそうそうあるまいと信じたい。

 いや、この世界の海軍ならば考えられる話か。そこに赴かせるとなると、気も重くなるもの。

 今此処で鎮守府に所属したいと考えているメンバーは菊月と朝潮だ。霞に関しては俺の体験談や木曾が話をした結果として様子見をするという結論に至り、他のメンバーに関しては純粋に響達の様子を見て今の鎮守府に懐疑的になっている。

 故に、朝潮と菊月が反応を示すのは自然だ。

 嬉しそうな申し訳なさそうな顔を浮かべる彼女達に苦笑し、先ずは安全な場所までの避難を開始させる。

 こうまでタイミングが良いと、恐らくは大和達の考えは筒抜けだったに違いない。仲間の中にスパイが紛れ込んでいたのか、それとも単純に怪しいからと時間差で追跡されたか。

 それでも他の鎮守府が来るというのは想像出来ないが、きっと何かしらの理由があるに違いない。

 

《此方赤城隊です。我々はこれより大和達を引き連れ一旦別の島へと撤退します》

 

 赤城達も下がるようだな。

 想定通りの行動をする彼女に邪魔役を担当すると進言し、丁度近くを通ろうとしていた川内達の部隊に島に下がるメンバーを任せる事にした。

 残るは俺・朝潮・菊月の三名のみ。安全圏にまで脱出したら即座に駆けつけてくれるそうなので、それまでの間は必死に耐え忍ぼうではないか。

 深呼吸を一つ。それで意識を切り換え、全身にまでそれを行き渡らせる。

 些細なミスで失敗するこの身体。一体どれだけやれるものかと――――自身に気合を入れた。


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