話し合いの場に俺は居られなかった。
その辺はまぁ信頼度の違いというもので、見慣れぬ相手が近くで聞いていると解れば誰だって警戒する。
だから現在何が起きようとしているのかも不明だし、響自身何も話そうとはしていないので情報は掴めない。
一番仲が良いかもしれない利根ですら知らないのだ。最早そこまでのレベルになると、近付くだけで殺されそうな話だったのではないかとまで勘繰ってしまう。
彼女達の滞在期間はおよそ一週間。
それまでに目標を達成出来なかった場合は追加で滞在するという事だけが現状知り得ていることの全てだ。後は連絡役として一人返して、滞在期間外で消費してしまった資源は後程送られてくるそうな。
その情報に曙が胸を撫で下ろす姿が見え、何だか必要以上に気苦労させてしまっているなと良心が痛んだ。彼女に何もさせない訳ではないが、もう少し人員を増やした方が良いのではないかと少しばかり考える。
実際この無人島で一番働くのは裏方だ。補給に整備に修理にと常にてんやわんやとしており、今日この日も複数名の妖精達の手によって艦娘達が修理されている。
実戦経験はなるだけ早く積ませる。その為にと遠征を繰り返し行わせているので、現段階で資源の上昇がストップしている訳ではない。
尤も、今後彼女達が活動を開始すれば一気にその資源も低下していく。今の内に集められるだけ集め、後は道中の危険性を減らす為に出撃した方が利口的だ。
俺なんかは特に最適だろう。
オリジンとしての力を保有しつつ、一回の補給にかかる量も通常の改二駆逐艦と同等。
見事にバランス崩壊を見せているが、これが現実であれば両手を上げて賞賛すべきだ。
俺が編成をするのであれば、まず間違いなくこういった艦娘を優先するだろう。
一つの部隊に一人配置し、それを十も用意出来れば世界中のあちらこちらで地獄絵図が完成される。悪意を持てばそれだけで世界の一角でも手に出来るかもしれない。それだけに俺みたいな奴は劇薬になりかねんのだが、今の時点では必要以上に野望を抱えている気配が無いので気にしてはいないというのが本音だ。
そうであるからこそ、現時点で俺の仕事は遠征から深海棲艦の打倒にシフトされる訳だが、皆はチームを組んでいるものの俺の傍には誰も居ない。
新人同士で仲良くなったのか、少し周りを確認すれば基本的に四人で組んでいる。その姿は実に微笑ましいけれど、誰も組む相手が居ないというのはそれはそれで悲しいものだ。
ならば残る二名とと思ったのだが、その面子には木曾と皐月がついた。利根は響と行動を共にしているし、曙は現在も資源エリアで運ばれてくる物品を数える真っ最中。
ならば那珂と川内と古鷹で行くかと考えるも、その三名はもう哨戒で行ってしまったのだとか。
「……で、暇になったからこっちで作業の手伝いをって?」
「そうそう」
曙の溜息に、俺は頬を掻いて笑う。
チームを組んでの行動は当たり前だが、それを乱す真似を俺が出来ない。単独行動を真似する者がまさか出るとは思わないが、駆逐艦である俺が単独で動いてそれに追従する奴が出ないとも限らない。
それだけに今のフリーな状況はよろしくないという訳であり、少々不満だ。哨戒があるのならば呼べばいいのにと愚痴を零せば、曙からは無視された。
致し方無し。彼女にも仕事があるのだから、愚痴を零すだけの奴など不要だろう。
そう思い、目前に見える山のように巨大な資源を見る。妖精達によって分けられてはいるが、それでもまだまだ仕分けが終わっている状態ではない。
毎日他の艦娘達が持ってきて此処に置いていき、そして妖精や曙及び手の空いた者が全て分けるのである。
だがこれらを一日で終わらせられる訳ではなく、大抵は次の日に持ち越しになるのが殆ど。要するに人手が足りず、このままでは何時か破綻するのが目に見えている。
だからという程明瞭な理由ではないが、俺が来た。資源の種類は解っているし、何処に何があるのかも把握済みだ。最速ならばもっと多くの資源を仕分けられるだろうし、そうなれば曙自身の負担も減る筈。
丁度良い訓練にもなる。いい加減別の方法を試してみたかったしと呟き、目前のごっちゃになった山へと突撃した。
燃料は妖精が作ったタンクの中へ。鋼材とボーキサイトは土を掘って木で崩れないよう補強した正方形の巨大な穴へ。弾薬は専用の建物があるのでそちらへ。
距離はどれも離れてはいないので一回飛び跳ねればそれだけで到着する。これらの中で一番多いのは燃料だ。
ドラム缶を無駄に大量生産したお陰であちらこちらに影が見え、それを二個ずつ運んだとしてもまったく終わりが見えない。それに鋼材やボーキサイトだってかなりの量だ。
正直手で持っていくような非効率的な行動は出来る筈もなく、他の妖精から渡された麻の袋に資源を投げ入れて五袋くらいで一気に持って行った。
力があればもっと行ける。徐々に力の引き出し具合を上げていき、一袋ずつ増やして感覚を掴むのだ。
『面倒だねぇ』
背後で欠伸をする彼女に苦笑する。確かに自身のやり方は面倒だが、それでも堅実だ。
こんな場所で事故を起こす訳にはいかないのだから、それはそれは慎重になるだろう。早く動いているから誰も聞かれないと思い五月蠅いぞと言うが、当の本人である江風はけらけらと笑うだけだ。
数週間。俺がオリジンになってからの期間は未だそれだけ。それだけで今までと百八十度も変わってしまった肉体の変化に付いてこれる筈も無く、また元々の艦娘と人間の違いの所為で上手くは動けない。
これが今背後に居る江風ならばもっと早く動けるようになるのだろうか。
そうだったとしたら、何と自分の情けないことよ。彼女の為にも早く十全に活動出来るようにしなければならないのに、それが現状不可能に近い。
これで強大な敵が出たらどうするというのか。純粋なタイマンでも相手が只の深海棲艦ならば容易だろうが、姫級や鬼級が出たら確実視は出来ない。
加減を間違え、地面に小さいクレーターが出来るのを見て嘆息する。
威力が大きければ大きい程に周囲へのダメージも発生するもの。これは何処の場所でも変わらないもので、されどどうにかしなければ味方すら巻き込む死神へとなってしまう。
されどこれといった早急な対処策も無く、地道に手加減というものを身体に馴染ませる日々だ。
戦闘をしている時でも頭の片隅ではそれを意識していて、故にふとした拍子にミスをする事もある。
「相変わらず馬鹿力よね。私も変わったら出来るようになるのかしら」
曙の呟きにどう答えたものかと考える。
そんな事は有り得ないと言ったらどうしてと返されるだろうし、かといって出来ると言いたくもない。
コレは多分この島の中では俺だけだ。今後においては解らないが、現時点では俺だけに違いない。
「無理ですよ、普通の手段では彼女のようにはなれません」
第三者の声が集積地に響く。
咄嗟に曙が背後を向き、俺も彼女に意識を向けて停止する。一体どんな用なのか、視界にはさっき来たばかりの祥鳳の姿。弓を持っていない様子からして散歩か情報収集にでも来たかのどちらかなのだろう。
白の和服を肌蹴させず、古き良き大和撫子を彷彿とさせる所作は実に自然なものだ。
近くの曙なんかは露骨に口が悪いし、かといって俺自身は元が元なだけに女らしさは微塵も無い。まぁ、その辺は江風自身もいくらかは該当しそうなものだが。
後ろからの何だとーという声を無視し、先程の言葉について意識を切り換える。
少し脱線したが、彼女の言葉は非常に怪しげだ。まるでオリジンを知っているかのような言葉に、もしやといった可能性まで引き上げられてしまう。
知っているならば知っているで情報を貰いたい。既に自身の変化についていけているのであれば、その方法を聞いてみたいのだから。
一方曙は突然現れた彼女に警戒ぎみだ。それなりに交流はしていたと思うのだが、彼女とはそこまで面識は深くないのだろう。
武器こそ無いので構えるような事はしないが、それでも戦闘時特有の気配が発せられていた。
「何よ、別にそんなのは解ってるし」
「ふふふ、そうですね」
曙の威嚇に、されど祥鳳は微笑むだけだ。
顔には余裕が滲んでいて、この距離でも何とかなると言いたげだ。戦闘にはならないと確信しているからなのかもしれないが、そもそもにしてこんな場所で争い事が起きれば俺が止めに入る。
それに相手は海軍ではない。派閥争いなんて真っ平御免だと移動して曙の肩を掴めば、解っていると無理矢理外された。
ならば何も言いはしまい。俺は俺のしたい事に専念するだけである。
視線を再度祥鳳に向ける。本人も俺に顔を向け、その姿からは何処か警戒感が漂っているように思えた。気のせいだと考えられるが、少しでも後ろに退く感情があるならばそれで良し。
「で、こンな場所に一体どンな用事で?悪いけど、此処には資源しかないよ」
「ええ、何でも変な艦娘が居るという話を聞きまして。私達の知っている子と同じなのかどうか確かめに来たんですよ…………そして、貴方は正にその通りの子ですね」
ほう、それはそれは。
内心に興味というものが生まれているが、さっきの言葉によって余計にそれが引き出された。背後の彼女からはどうしてか歯の軋む音がするが、それを気にする余裕は無い。
その人物が一体誰なのか、どうやって同じ状態に至ったのか、そして十全に扱えるまでに如何程の時間を用したのか。
大きく三つ。それを聞きたいが為に、口は自然と開いた。
「誰だよソイツは」
「比叡さんですよ。今日来ている、巫女服みたいな格好の女性です」
金剛型戦艦二番艦。艦これで一番解りやすく言えば、高速戦艦比叡か。姉LOVEな彼女は確かに今日此処に来ているが、見ている限りにおいては非常に落ち着いていた。
いや、あれは興味が無いかのような顔だ。
無言で、無表情で、如何にも無愛想な振る舞いをして気にしない。
俺の知っている彼女とは大違いだ。
彼女は元気に溢れているのがデフォルトだったのに、一体どれほど残酷な目にあったというのか。
仲間達が無惨に沈んでいく様を見ていることしか出来なかったのか、それとも大事な姉を喪失してしまったのか。
どちらにせよ、彼女はもう俺の知る比叡ではない。故にこそ、踏み込むには相応の理由が必要になるだろう。
オリジンは通常とは違う性格をしているのが基本なのだろうか。それならば響達も該当するよなと思い、やはり謎は深まるばかりと唸る。
もう少し違う点を探すとするなら、彼女の装備だ。
主砲の内一つだけがダズル迷彩仕様となっているし、彼女は眼鏡なんてかけてはいない。個人的に、あれらは全て彼女の妹達の物なのでないかと考えている。
別段そうだと確信出来る材料が無いではないが、決め付けは禁止だ。何が起きるか解らないのがこの世界なのだから、俺が想定しているものとはまったく別の可能性もある。
ああと俺は祥鳳に返して、言葉を繋げた。
「ソイツは何時頃それに?俺は数週間前なンだが、やっぱり最初は慣れとか大変だったか」
「彼女の場合は私達が出会った頃にはもうなっていましたよ。海上を漂流しているのを私達が拾って、時間は掛かりましたけど彼女が南方鎮守府の所属であるというのを聞きました。――――そしてその際に確認した力は、私達を全滅させる程のものです。今でもまだ、それが暴走する時があります」
重々しく口にする祥鳳に、曙が息を呑む。
しかし、一度でもオリジンに接触すればこうなるのは明白だ。祥鳳は怖がっている訳ではないが、固い口調からして警戒感は未だ持っているのだろう。
慣れるというのは相当に難しい話であるのは理解した。理解したからこそ、地道な努力こそが有効なのだと解らされる。やはりこういうのに回り道は存在しないのだ。
であれば、これからも鍛えるの必須。いや、これまで以上に気を使って馴染ませていくしか他にあるまい。
何時か無意識下でもセーブが出来るようになると信じて、俺は頑張ろう。
さて、そういった決意はさておき、祥鳳の目的が目的だ。友好関係を築くのに情報開示は必要であるが、それだけでは只情報をあげただけに過ぎない。
それで終わらせるにはあまりにも寂しいものだ。俺は仲良くなりたいのであって、決してビジネスめいた会話をしたい訳じゃない。
響に渡された腕時計を確認すれば、時刻はおよそ午後二時。
時間はそれほど過ぎた訳ではなく、さりとて飯を食うには遅い時間だ。既に皆も済ませてしまっただろうし、あの広場には恐らく誰も居はしまい。
それならばと、俺は彼女に詳しい話を聞けないか尋ねる。情報によっては役立つ事もあるだろうが、個人的には比叡に会う切っ掛けが欲しいだけだ。
やはり現状を理解している者同士が一番会話し易く、だからこそ祥鳳の感想だけでは足りない部分を補える。
彼女もあの謎の鎮守府に到達しているだろう。
そしてオリジンとしての彼女にも出会っている筈だ。本人の性格が変であるものの、認められているのであれば引き出す事も可能ではないかと考えている。
ダシとして使われたのを悟ったのか、祥鳳は俺の提案に苦笑しつつも頷いた。俺も頭を掻きつつ笑い、曙は呆れた口調であまり深くまでは口外するなと注意を促す。
勿論だと返し、そのまま祥鳳を伴って比叡の居るであろう場所を目指した。
――――背後で幻影たる彼女の歯軋りが続いているのを聞かなかった事にして。