江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 江風を目指して五十週。そろそろ来る気がするかも!


拾い者

 俺が辿り着いた無人島はそれほど大きい訳ではない。

 半日程度歩けば一周出来る程度で、周囲に他の島が見える事も無いのが当たり前。人二人分程度の小さな水溜りのような場所はクレーターに雨が降った結果のようになっていて、周囲には食えるのかも不明な赤い木の実が大量にぶら下がっている。

 艦娘としての強力な身体能力があれば木の実を集めるのは容易であるが、大きさがそれほどではないので一つ二つではまるで腹が膨れない。よってそれなりの量を食べる事になるのだが、これで魚を入手出来なければ木の実は直ぐに枯渇して食べられなくなっていただろう。

 今は魚を中心とした生活をしているが、それでも毎日食える訳ではない。

 一日何も釣れないままというのも普通にあったし、運が良ければ二匹か三匹は釣れた。

 生憎保存出来る環境が無いのでそのまま全部食うしかないのだが、二匹も食えば自然と腹は膨らむもの。

 細菌の恐怖もあるにはあったが、恐らく艦娘には人間の病気は通用しないのだろう。どれだけ食っても依然腹痛に襲われるような現象は起きてはいなかった。

 正しく僥倖。これぞ無人島で生活する為に用意された身体だ。

 素直にそう思えれば良かったものの、生憎艦娘の本来の目的を知っている身としてはこの身体の頑強性も副産物として理解出来てしまう。

 

 深海棲艦を打倒する。

 それが艦娘の本来の責務だ。寧ろそれ以外の価値など無いとも言い切れる程に彼女達は特化していて、それ故にこの身体でも尋常ではない力を発揮する事も出来た。

 例に挙げるとするのならば殴打だ。そこら辺の石を殴ればあっさり割れ、駆逐イ級の身体を叩こうとした際には内臓まで腕が入った事もある。その際の気持ちの悪さといったら最悪なもので、主砲で始末をしてから急いで海水で付着した黒い液体を洗い流した程だ。

 虫の体液と言ったら解るだろうか。妙に粘つくそれは嫌悪感を抱くに値するもので、恐らくはそれこそが彼等の血液なのだろうと俺は認識している。

 深海棲艦は敵だ。だから倒さなくてはならない。

 この辺の認識は既に常識となっているのが今の俺である。

 これが艦娘の本能なのかは知らないが、それでも連中を見る度に身体に力が入るのは確かだ。理性で抑え込めば戦わなくても良いが、無人島の近くにまで寄ってこられたら流石に対処しなければならない。この島は絶対に明け渡す訳にはいかないのだから。

 という訳でそんな生活を続けていたら、見事なまでのサバイバル少女になってしまっていた。

 これが少年であれば万々歳なのだがなぁと残念な気持ちを抱くが、今更この身体が男に変化する筈も無し。

 諦めるのには慣れた。そういう風にしなければ生きていけなかったから、今の俺はもう色々と妥協している。

 

「だけどなぁ……」

 

 空を見上げ、思わず呟いた。

 晴天の空は熱く、日差しを遮る何かを用意しておかなければ熱中症になるかもしれない程だ。

 艦娘に熱中症が無い事は海に出ている事から理解しているが、それでも熱いと感じてしまう以上昔の感覚が戻ってくるのも道理というものだ。

 さて、と顔を下に向けた。

 そこに居るのはボロボロの、謂わば死に体に近い姿の艦娘だ。砲が折れ、傷は多く、綺麗だった筈の制服は最低限の機能のみを残して破れていた。

 仰向けで倒れて苦しそうに呼吸をしている様子は実に必死で、未だ生にしがみついているのがよく解かる。

 眼帯は無く、髪は暗めの緑。水色と白の組み合わせの制服を着ている彼女は、球磨型軽巡洋艦の木曾だった。

 敵にやられたのだろう。付着している黒い液体がそれを物語り、何とも言えない悪臭が辺りに漂っている。

 咄嗟に鼻を摘んだが、それでも臭い。放置でもしようかと考えたが、良心がそれを咎めた。

 軽巡の身体は当然駆逐よりも重い。艦娘としての力で何とか横抱きには出来たものの、移動出来る時間は数十秒が限度に違いあるまい。

 故に、俺は一番近い日陰のある木の下へと運んだ。

 刺激しないようゆっくりと降ろし、先ずはこれで安心かと安堵の息を零す。

 彼女が息絶えるにはまだダメージは足りない。

 轟沈未満大破以上といったギリギリの境だ。その為に早く何とかするべきなのだろうが、此処には入渠設備は存在しないのが現実である。

 

「妖精さん、どうにかなンねぇかな」

 

 彼女達は不思議生命体だ。

 ならば不思議技術で何とかならないものかと聞いてみるも、腕組をするだけで明確な答えは示さない。

 それだけ難しいということだ。主砲の妖精は既に諦めているのか肩を落としている。

 彼女達の身体が自分とは違う可能性もあるが、俺は資源を利用した自然回復で傷を癒やしている。

 それを外部から送れないかと提案してみると、艤装の妖精達は難しい顔をしながら木曾に向かう。

 どうやら目的地は彼女の持つ艤装らしく、背部についているそれを丁寧に取り外して渡せば、彼女達は早速とばかりに内部へと消えていった。

 彼女達の核がそこにあるとでも言うのだろうか。

 もしそうならば、艤装が完全に破壊された時点で艦娘というのは存在を保てなくなるだろう。

 どうやって肉体を構成しているかも不明な彼女達である。

 様々な解釈があっても可怪しくはあるまい。これが真実であるとは思いたくないが。

 待ち時間の間に水を用意。序でに食料である木の実や偶然入手した魚を焼いて準備し、寝ずの番を決め込む。

 焼くと煙が上がって位置を特定されやすくなるが、そうしなければ魚は不味いのだ。碌な調理法を知らない身からすれば、これしか用意出来る物は無い。

 

 さてはて、この目の前の木曾は一体何なのだろうか。

 候補としては三つ程ある。一つはドロップ艦であること。何処とも解らぬ場所であれば多数の敵の攻撃に襲われて近くの島に漂着する可能性もあるし、誰かが探しに来る事も無い。

 二つ目はレベルの低い子がやられた結果だ。此方の場合装備は相応に用意されているものだが、目の前の木曾の装備は一つだけ。どちらかと言えば確率は低い。

 最後は逃げてきたか。世の中にはブラック鎮守府なんて言葉もあるように、資源の為に艦娘を酷使するなんて方法が存在している。この世界にもそれがあるのだとすれば、逃げてきたのも大体頷けるというものだ。

 正直一番確率の低いものの方が個人的には有り難い。付近を探し回っている金剛達の部隊に押し付ける事が出来るし、そうでなくとも自分の鎮守府の場所くらいは解るだろう。

 危なげ無いルートを説明して追い返せば、それだけで終了だ。

 けれどと視線を艤装と彼女に向ける。そこに付いている主砲は一つだけ、此処に戦艦が出る事が解っていれば軽巡一隻に主砲一つだけだなんてのは信じられない。

 最低でも連撃仕様にすべきであり、故にこそ考えられるのは二つ。

 そうなったら俺はどうすれば良いのだ。十中八九行き場など無いのだから、彼女はこれから先一人で生活の為の場を作らなければならない。

 そうなった時点で必要なのは戦力と知識。つまり俺を利用する可能性が高まる訳だ。

 これは妖精さんの意見次第では修理だけを任せて後は居なくなるまで隠れている方が無難か?いや、しかしこの世界の情報を入手するという意味では彼女は有益になるかもしれない。

 どちらを選べば良いのか、過ぎ去っていく時間は正に光の如くだった。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 未だ薄い意識の中、彼女は無意識に目を開く。

 空は暗く、しかして星の明かりによってそこまで光量に困る事は無い。身体は何処もかしこも痛いままであるが、内部に存在する妖精さんが奮闘しているのか最後に被弾した頃に比べれば痛みは引いていた。

 首だけを動かす。

 周囲は海だが、彼女が寝ているのは陸だ。どうやら無人島に居るらしく、彼女はその事に内心喜ぶ。

 陸ならば敵の攻撃に怯える事は無い。それに、追手が来たとしても隠れる場所があれば安心感が違う。

 やり過ごせるまで寝て、そこから今後の予定を考えるのが得策だろう。

 彼女の思考はそこで、完結した。

 次いで自覚するのは空腹。何も食べていなかったからこそ身体は食事を求め、されどそんな物は此処に無い以上何時かは飢え死にする未来がやってくるだろう。 

 どれだけ艦娘が強くても、それを維持する物が無ければやがては滅ぶ。 

 つまり現在は緩やかな死に近付いているのである。それがどうして、彼女には非常に心地良かった。

 彼女は球磨型の最終艦たる木曾だ。常に男前で、行動は大胆不敵。周囲の誰よりも先に前へ出ようとする姿はさながら切り込み隊長と言われる程。

 それこそが彼女という個体の特徴だが、此処に居る彼女は違う。

 生まれは呉。育ちは舞鶴。しかしそこの提督は悪徳を是とする最悪の指揮官であり、当然のように艦娘を酷使する。

 オリョクルなんてまだ優しい部類だ。必要な艦以外は休息もさせずに轟沈するまで働かせ、敵の囮にされるなんて事も朝飯前。あまりの休息のされなさに逃げ出そうとする艦娘も居たが、それは他の憲兵に妨害されて失敗し、奴隷として出荷されるのである。

 この木曾も持ち前の性格故に提督のやり方に反旗を翻した艦娘だ。

 捕まる前の深夜に密かに脱出しようと試みたものの優遇されている他の艦娘達に発見され、攻撃を受けて此処まで流された。その過程で一緒に脱出しようと約束したまるゆも沈み、現在この場には彼女一人しかいない。

 静かな場所で最後を迎える。それではまるゆの犠牲を無駄にするようなものだが、最早彼女にとっては生きる事そのものにあまり意味を見出してはいない。

 後は消えるのみ。今回の人生は決して良いものとならなかったが、それでも最後は静かなものになれた事で納得した。

 

 ――――故にこそ、突如聞こえた足音に意識は再度覚醒する。

 足音という事は誰かが居るということ。通常ならばこんな人気の無い場所で都合良く誰かに出くわす可能性は皆無で、だからこそ彼女は身体を硬直させる。

 もしも追手であれば今の彼女に出来る事は無い。即座に捕まり、殺されるのが関の山だ。

 仮にそうではないとしてもこんな夜更けに無抵抗の女が一人で肌を露出させている。傷もあるので痴女ではないと思ってはくれるだろうが、どんな目に合うのかは想像だに出来なかった。

 人の欲望は容易く艦娘を飲み込む。それをよく理解しているからこそ、身体を硬直させて身構えるしか他には無かったのである。

 もしも身体が使えれば、もしも主砲が壊れていなければ。考える事は多々あるものの、唇を噛んだ彼女にはどれも今は不可能だ。

 そしてついて足音は傍まで近付き、隣に座り込む音を立てた。

 

「お、やっと起きたのかよ。いやぁ参ったぜ」

 

 嫌に友好的な女の声。

 咄嗟に顔を横に向ければ、そこに居たのは一人の少女だ。赤い髪を伸ばし、黒と白の独特な制服を着ている彼女は此方に微笑み、手元には四本の串焼きにされた焼き魚を持っている。

 自身と同じ艦娘。しかし、彼女はその少女を見た事は無い。

 主砲を持っている事から艦娘であると解っただけで、それが一体どんな艦なのかまでは解らないのだ。

 故に疑問が湧く。この女はどうして自分に向かって話し掛けてくるのだろうかと。

 

「お、お前は……」

 

「ん、俺か?俺の名前は江風。白露型の九番艦さ。白露の妹って言ったら解るか?」

 

 白露型。それは木曾も知っている。

 一番身近なのは夕立だ。彼女は皆を生かす為に最も多くの敵を撃滅し、そして多数の敵と共に最後は轟沈した。

 その妹。成程、よくよく見てみれば似ている箇所もある。

 納得し、同時に更に疑問を持つ。どうしてこんな場所に居るのかと。

 そんな質問はしかし、彼女の顔に出ていたのだろう。説明とばかりに身の上話をさせられ、木曾が発見された時の状況も簡単にではあるが話してくれた。

 そこから統合するなら、自身はどうやら無事に舞鶴の提督からは逃げられたということ。

 それを知り、そうかと木曾は素直に笑った。

 江風にはそれが疑問に思われたが、今はただ笑うだけで彼女は何も言わない。

 逃げた。逃げ切った。ざまぁみろ、俺は確かに今此処で生き残ったぞ。

 暗い感情は勝鬨を上げるが如く燃え上り、彼女の胸中を満たす。まるゆを犠牲にした、夕立を犠牲にした、他の多数の艦娘を犠牲にした。

 きっと今頃は他の艦娘達が折檻されていることだろう。もしかしたら数人は腹いせに解体されたかもしれない。

 けれど木曾にとって仲間というのはまるゆと夕立だけだった。

 それ以外は軒並み生き残る為の道具だと認識していて、そんな木曾だからこそこうして生還出来たのだろう。

 

「どうした、お前。何泣いてンだよ」

 

 故に、彼女は泣く。

 まるゆという優しい少女が死に、夕立という勇猛果敢な少女が死に、自分だけが生き残ってしまったことに。

 御免と彼女は胸中で呟いた。

 こんな奴が生き残ってすまない。お前達の代わりに、俺が沈めば良かった(・・・・)と。

 暗い感情をあの二名はそこまで持ってはいなかった。皆を心配する姿はいっそ愚者にも見える程で、けれどそんな彼女達が居たからこそ木曾はある意味『木曾』としての形を維持出来たのかもしれない。

 そしてそんな内情を、当然江風は知らない。

 目の前で唖然とした様子をしていた彼女に説明をしてやれば、いきなり泣き出した。

 それが彼女の認識している全てである。引いてしまいそうになるも、きっと何か大変な事が起こっていたのだろうと察するくらいは出来るもので、だからというべきか。

 女が泣いているのを黙っていられないという男気が見せる技と表現すべきか、江風は木曾の頭を掴んでそのまま自身の膝の上に乗せた。

 所謂膝枕。いきなりされた木曾はまたも唖然とした顔をするが、当の本人は笑みを浮かべて髪を撫でるだけ。

 しかしそれは安心出来る触り方だった。何の危害も及ぼさない、正しく優しさに溢れたものだった。

 

「何泣いてンのかは知らないけどさ、少なくとも此処は安全圏だ。空母系の敵も見た事ねぇし――――だから泣きたいなら存分に泣いておけ」

 

「――――うぁ」

 

 本人は自覚していないが、それは親のようだった。

 全てを許して包み込んでしまうような、そんな情愛に満ちた顔は木曾には見た事が無い。

 涙腺が刺激される。赤の他人に縋るような真似はよせと理性的な部分が告げていて、けれども本能的な部分が甘えてしまえと苛烈なまでに訴えかけている。

 その欲望に、彼女は耐えられない。

 今までで体験した事が無い誘惑であったから、彼女は残った理性を放棄して彼女の目の前で泣いた。

 それはきっと彼女の中で一番心が安らいだ瞬間だったのだろう。江風は困った笑顔をするだけだったが、それだけでも今の木曾には十分な威力を持っていた。

 夜の無人島にその声は響く。暗く澱んだ感情を洗い流すように。

 敵が集まってくるだろうと予想していても、それでも江風は優しくするだけ。

 しかし今日この日。この夜の世界で、彼女の涙によってかは不明であるけれども、敵が来るような事は無かった。

 

 


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