江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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西方派閥の女共

 立ち並ぶ人の群れに多大な興味を感じる今日この頃。

 メンバーの為に資源を集めたり、周辺の深海棲艦を倒して仲間を集めたり、挙句の果てには想定外の仕事も熟し、身体はともかく精神的には疲れていた。

 ずっと寝ていても良いと言われれば即座に眠れる程で、されど現在の時刻を考えるととても寝させてくれる筈も無いだろう。

 それに本日は西方海域から鳳翔がトップを務める部隊が来る。

 事前に通達された内容だと、どうやら旗艦は赤城。

 随伴艦には金剛型や伊勢型がおり、編成的には重めだ。ただまぁ、現在の状況ではそれくらいの戦力は必要だろう。

 遠くの海域に移動するのに速度だけを重視しては撃沈されかねない。補給の準備は既に完了しているものの、到着した際の被害については当然未知数だ。

 下手をすれば大破の可能性もある。そうなった場合は高速修復材を活用する必要も出る筈。勿体無い気がしなくもないが、これも関係を深める為だ。

 空母と戦艦は生き残る上で確実に仲間にしなければならないもので、しかもお相手である鳳翔は響と仲が良い。

 亀裂を走らせれば途端に状況は絶望だ。空母陣が本気を出した際に如何程の犠牲が生まれるかなど、まったくもって考えたくはなかった。

 砂浜で到着を待ちつつ、時折浅瀬で訓練をしている皆を見る。

 指導役は利根であり、指導方法は実に熱血的だ。

 根性論でどうにかなるなんてのは時代錯誤に思えてしまうが、まぁ強ち間違いでもないのは俺が証明してしまっている。それだけに息を乱して必死に走る彼女達に悪いと思ってしまうが、そう言っても困惑されるだけだ。

 仲間になった艦娘の数は合計して二十二人。その内鎮守府で活動したいと考えているのは十人。

 説明をしてもそれだけの人数が鎮守府に向かいたいのを思うに、やはり根底には日本の安寧があるのだろう。

 大戦の頃の苦い思い出があるからこそ次こそはと己を燃焼させ、そしてその力は深海棲艦を打倒する確かなものとして現在に至るまで証明されている。

 残念なのはその力を悪用されることだ。私利私欲に走る海軍の人間が出てしまう以上もう単純に戦うだけの鉄の塊では居られず、かといって何かをするにしても制約が多い彼女達では物理的な反抗以外に選択肢が無い。

 裏から操るなど難しい話だ。知能派でもなければ土台足掛かりを作る事すら不可能であり、例え出来たとしても何処かしらから漏れる可能性も否定出来ない。

 今までの彼女達の話を聞く限り、彼女達には人間にある人権というものが皆無だ。どのような粗雑な扱いでも甘んじて受けねばならず、そうであるからこそ脱走という出来事が頻繁に起きてしまう。

 向こうとて頭の悪い者達ばかりではない筈だ。相応の処置は施すであろうし、それがまた新たな溝にもなってしまう。

 故に悪循環に嵌るのだ、そして事態は最悪へと転がっていくのである。

 

『訓練開始からもう二週間か。まぁ、中々良い動きなンじゃねぇの?』

 

「基準が解らン。俺の頃は二週間程度じゃ死んでたからな」

 

 幻影である彼女の言葉に、俺は素直な感想を漏らす。

 それもそうだと彼女は首を縦に動かすのが見え、直後に首に腕を回した何時ものスタイルを行った。正直その姿は背後から抱き締められているのと変わらないのだが、まぁ彼女はその点については疎いイメージがあるので俺が気にしないようにすれば問題にはなるまい。

 彼女の肌の感触や臭いは解らないが、それでもこうして存在している。現状幽霊のようなものだが、それでも過去を知っている者が傍に居るというのは存外安心するものだ。

 愚痴を零す相手にもなる。己に関する事だけは、どうしたって隠し事が起きてしまうのだから。

 オリジンの彼女は直接手を出す事が出来ない。

 それはあの世界で話を聞いていた時から予想していたもので、こうして幽霊としてでしか存在出来ない以上乗っ取りでもしない限りは満足に触れもしない筈だ。

 当然彼女相手であれば俺はこの身体を返す所存である。元々の持主に戻すのだから、そこに何か問題が起きる訳が無い。自身の自我が消える可能性も無いでは無いが、恐らく俺が彼女のようになるだけで消えはしないだろう。

 

「なぁ江風。お前さンは身体欲しくないか」

 

 空き時間の中、俺は暇だからこそ率直な質問をぶつける。

 その言葉に背後の彼女の息が止まったように感じたが、そんな事など無かったように鼻歌をしだした。はぐらかそうとでも言うのかと思い振り返るが、その顔にあったのは駆逐艦らしくない何某かの深い感情が籠った顔。

 恐ろしいものではなく、かといって容易には踏み込めない。

 そんな雰囲気を帯びた顔は、だからこそ彼女の迷いが見て取れた。それはつまるところ、彼女自身も肉体が欲しいと思っているのである。

 返すかと言葉を繋げる。その方法が解らないが、明言すれば新たな反応が返るだろう。

 そしてその反応は、否というもので起きた。数瞬の迷いを浮かばせた後に断ち切るように言い放った彼女は、力強さを感じさせる表情へと変化させて俺の目を真正面から捉える。

 

『それを仮に今行ったとして、提督が消える可能性は否定出来ない。……そンなのは御免だ。私の伴侶は提督だけで、その提督が居なくなったりしたらどうすれば良い?』

 

 金の目には僅かにだが不安があった。

 子供特有の親と逸れた際に出す不安が、今の彼女にはあったのだ。それを見て、彼女の言葉を聞いて、こんな話をしてしまった自分を内心で殴る。

 彼女は俺と歩こうとしているのに、俺が離れようとしてしまった。そんなのは彼女を悲しませるだけだろうに、一体どうしてそこまで考えが及ばなかったのか。

 彼女は俺にとって最大最強の信頼を寄せれる相手だ。そんな相手を無碍にするなど有り得る筈も無く、即座に悪いと否定の言葉を放ってから先の件を撤回させた。それに江風は嬉しそうに口元を広げ、首に回す腕の密着度を上げたような気がした。

 実際に感触が不明なので気がしただけだ。今程彼女に実体が無い事が悔やまれる。

 

『へへ、やっぱり提督は提督だ。私を見捨てるだなんて最初から考えてない』

 

「当たり前だろ。俺はお前の旦那なンだからな」

 

『そうだね、その通りだ。私だけの旦那なンだよ、他の誰でも無い私だけの……』

 

 ブツブツ呟く彼女に、どうやら変なスイッチを押してしまったかなぁと後頭部を掻く。

 別にそれで引く訳ではないが、こうして変に褒めると直ぐに頬を染めて虚空を見つめるのだ。

 何処を見ているのか、或いは何処も見ていないのか。兎に角変になる箇所では変になるのが彼女であり、そういった独自の変化によって彼女がプログラムで構成されている身体ではないと確信出来る。

 後は触れれば完璧だ。尤も、そうなった場合は姿も皆に見えるようになってしまうのだろうが。

 それはそれで、何だか独占が出来ない気がして非常に惜しい。今のままでも良いかと結論を下し、今日も今日とて彼女と一緒に雑談を交わすのだった。

 もしも、もしも俺の身体があったら江風には会えていたのだろうか。そんな思いは内に抑え、先程とは一転して明るめな口調でもって時間を潰す。

 時刻は朝の九時。予定時刻である十一時まではまだまだ余裕があった。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 海を眺め、近付いて来る影に響は目を細める。

 海上を進む六人の姿は実に堂の入った姿であり、野良艦娘だとは思えない綺麗な隊列行動を行っていた。

 軍事的な知識は最新のものでもなければ彼女達にもある程度は入っている。それでも全てではないが、されど少しでも知識があれば乱さず動くという行為そのものが如何に大変なのかは解る筈だ。 

 損傷は少ない事からして、大体の者達の練度も高い。中には改二へと改装が終了している者も見える中、旗艦である赤城は浜辺で待つ艦娘の多さに何かが起きていると確信する。

 鳳翔率いる西方海域最大の派閥は、ある意味通常の野良艦娘では太刀打ち出来ない強大な相手を打倒する為に存在している言っても過言ではない。

 海軍以外による姫や鬼クラスの討伐回数が最も多く、制空権を完全に奪ってからの集中爆撃は並の群れでは到底対抗出来ない。彼女の派閥に属している全ての空母系の艦娘が一斉に攻撃を行い、その際に発揮される火力は全野良艦娘達の中では最高峰である。

 だからこそこの海域でも被害は最小でも小破程度だと予測していたのであるが、予想以上の敵の少なさによって小破未満の被害で済んでいるのだ。

 それはつまり、誰かが北方海域で敵を撃滅し続けている事にも繋がる訳だ。そしてこの海域でそんな真似が出来るのは、響達の派閥以外には海軍しかいない。

 だが海軍は撃滅をあまり行わなず、定期的な出撃のみだ。故に、消去法により響達がやった事になる。

 増えた艦娘達の練度はそこまで高いようには見えない。赤城の目には素人同然に見える子も多く、一番高いにしても神通や吹雪のように数人だけだ。

 されど一人。本当に一人だけ、赤城の脳内で警鐘が鳴る程の脅威を示す相手が居た。

 その少女は江風であり、彼女も彼女で赤城を見ている。

 互いに視線は交差し、感情を読み取ろうと同様に探り始めていた。

 少なくとも練度だけで言えば響達と並ぶ程であり、油断は出来ない相手だ。響達と一緒に居る様子からして敵対はしていないようだが、初対面の相手に素直に情報を開示する必要は無い。

 本当に必要ならば響が既に説明している筈だ。ならば何も問題など無いだろうと一つ頷き、彼女達六人は特に何事も無く陸へと上がる事に成功した。

 

「久し振りですね、響。今回はお世話になります」

 

「ああ、鳳翔さんには助けてもらったしね。可能な範囲でなら手伝うさ。修理は必要かい?」

 

「ええ。小破未満とはいえ傷を負っていない訳ではありませんから。慢心は出来ません」

 

「解った。じゃあ修理をしながら情報交換をするとしよう、資源に関しては余裕もあることだしね」

 

 今回赤城達のメンバーは基本的に重い編成だ。

 赤城を含め、残りは比叡・日向・祥鳳・球磨・最上の計六人。装備の質も高く、江風の目からはどの装備も見事に手入れがされているように見える。

 疲れた姿ではあるものの、それでも士気は高そうだ。高練度に加え、個々人の元々のスペックも相応に高いので、海軍側の艦娘相手であればほぼ勝ちは拾える。

 そうであるからこそと言うべきか。自信に溢れた姿は羨望を集めやすいもので、装備の質の所為か通常の姿よりも二倍くらいには大きく見えてしまう。

 戦艦はこの島にはまだ居ない。大人の女性としての姿も正しくは理解されていなかったので、こうして成人している程の年齢に見える彼女達は可愛いよりも美しいと言った方が遥かに似合う。

 さて、そんな彼女達は修理を行いつつも話をする為に広場へと集合していた。

 食事は既に古鷹が準備済み。通常よりも豪華なそれに一緒に来ていた響は苦笑するものの、それを咎める事無く切株の椅子に座った。

 各人の艤装からは妖精が飛び出し、資源置き場へと向かい始める。何回かの交流が行われているからこその行動だ。尤も、勝手に持っていかれる訳にはいかないので曙には既に待機してもらっている。

 さて、とばかりに皆が寛ぐ。見られている当初はアイドルよろしく微笑みを浮かべていたが、こうして見知った者達だけで固まればわざわざ演技をする必要も無い。

 表情を引き締め、用意されたペッドボトルの緑茶に赤城が口を付け、喉を潤した。

 

「……三カ月ぶりですか。そんなに時間が経っていない筈ですが、あんな風に変わっていると何年も会っていないように思いますね」

 

「まぁ、色々あったからね。変わる切っ掛けがあったんだよ」

 

「――――それは例の赤い髪の少女ですか?」

 

 問答無用。単刀直入。

 変な解り辛さも無く赤城は直球で突き付け、響はその通りさと両手を挙げる。

 駆逐艦・江風。その性能は最初期に出会った際には通常の駆逐艦の範疇を超えず、されど最近に起きた事件によってその姿を大きく変異させた。

 これまでも狂気的な強化が起きた例は存在しない。駆逐艦は駆逐艦の枠を超えず、されど純粋に選択の幅が広がっていたのが普通なのだ。

 響であれば一回だけ使う機会があった大発動艇の追加。他であれば、艦種が変わった者も居た事が判明している。軽巡が雷巡に、水母が軽空母に、史実の流れを汲んだ変化だからこそ予測は可能だ。

 故にこそ、江風のそれは今までの当たっていた予測を壊した。

 新たな可能性を見せつけ、駆逐艦が当然のように戦場を支配する法則を完成させてしまったのだ。

 

「そこから後はまぁ簡単な話さ。このまま野放しにすればどうなるかまったく予測出来なかったし、離しておくにはあまりにも魅力的過ぎた。純粋に考えてくれるタイプでもあるし、今じゃ実力的な意味で二番手状態だよ」

 

「成程」

 

 赤城への話はそれくらいなものだ。

 細かい部分を話すのであればもう少し種はあるが、それは見ていれば勝手に解ってくれるだろう。赤城の目はそれ程には鋭い。

 ならば次は赤城だ。響自身も今回の一件について聞きたい事はある。

 鎮守府側の艦娘との接触は、諸刃の剣だ。内容によるが、説得というのは往々にして失敗した場合のデメリットが大きい。特に今回は失敗して追われた場合響側の拠点が露見される。

 そうなった際に攻められれば、それこそ鎮守府一つを潰す程の戦力が必要になるだろう。

 しかし逆に、そうするだけのメリットが今回の件にはあるという事だ。危険を無視してでも進まなければならないのならば、赤城は迷わず進む事だろう。

 

「私達は西方海域で今までとある艦娘と接触をしていました。その艦娘は北方に異動となり、現在は此処の主力です」

 

「ほう、それは凄いじゃないか」

 

 北方海域での主力。それは第一部隊所属であるという事で、つまりは一軍だ。

 強さだけなら折り紙付き。更に長年接触をしていたというのなら、今回の件は恐らくは西方で話し合っておいた事なのだろう。響達が断られた場合も考えて代案も用意していただろうが、それでも今回のような簡単な事にはならないに違いない。

 島を一つ占拠し、そこに滞在用の資源を用意する。敵も存在する以上は被弾の割合も増え、その分消費が加速。

 だからこそ丁度良かった。赤城は鳳翔の采配に感謝し、だからこそその信頼に傷を付けてはならないと全ての情報の開示を行うつもりである。

 赤城達の目的は鎮守府からの脱走を目論む艦娘達の支援だ。必要な小道具の受け渡しや脱走後の合流地点を三カ所に別け、更にはその周辺の敵を殲滅するのも仕事の内である。

 それだけの事をしてでも仲間に加えたいと考えるのは、その艦娘の知名度が高いからだ。

 一般人でもその名を言われれば想像が付く程に有名で、言い方は悪いが今後の海軍を揺るがす材料にもなる。

 正しく一石二鳥。故に、失敗する訳にはいかない。

 

「その艦娘はもしかして……」

 

「響の想像の通りですよ。私達が接触している艦娘は――――大和姉妹です」

 

 その名に、確かに響の目は見開いた。




 夏イベの甲攻略を目指して育成中。空母系は現在飛龍と瑞鶴を育ててます。

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