江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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我の力量

 腕が飛ぶ。足が飛ぶ。艤装が飛ぶ。

 あらゆる箇所が本来の位置とはまったく別の場所に吹き飛び、残るは大量の死体と黒く粘度の高い液体のみ。

 あまりにも凄惨な死体の数は総勢二十体だ。その全ての四肢が欠け、最後には的確に急所を貫かれている。

 唯一海上で立つのはただ一人。

 深海棲艦という黒い魔物を殺害するその人物もまた黒いが、されど鮮やかな赤も混ざっている。遠くの海では他の死骸があったとされる場所があり、そちらには三人の女の影があった。

 江風は己の腕に付着した液体を海水で洗い落とす。不快感があるそれは容易には取れてくれず、眉には苛立ちを示す八の字が浮かんでいる。

 そうなるくらいであれば近距離戦闘をしなければ良いのではないかと考えるものだが、彼女が自分自身の身体能力を完全に掌握する為にこうして接近戦をしているのだ。

 射撃に関しては妖精からの協力もあるので特に問題にはならず、故にこそ今日もまた日課の残酷現場が出現していた。

 それについて、背後位置に居る三人は特に反応を示さない。残酷な事など慣れきっていると言わんばかりに彼女達は平然と近寄り、そのまま江風の前に来た。

 

「終わりましたよ、江風さん」

 

 三人の内の一人――――神通が声を掛ける。

 その内容に江風は顔を上げ、応と一声してから立ち上がった。他の二名である卯月と吹雪に関しては不動の姿勢で立つのみで、その姿はさながら新米兵士そのものである。

 そして、その新米兵士という表現は間違いではない。

 彼女達は所謂ドロップ艦と呼ばれる存在であり、まだ確保してからの期間は一週間程度。

 現在は錬度上昇の為の出撃中であり、帰還後には利根と古鷹が顔を突き合わせて予定した訓練が待っている。

 本来ならば基礎が完成していない艦娘を出撃させるのはどうかと思うものだが、艤装を使う以上資源を消費するのは必定だ。それ故どういうことかと言えば、端的に言って曙が爆発したのである。

 因みに言っておくと、彼女自身訓練生である三名にはある程度資源を消費されると想定されていた。

 精々が三千か四千程度であり、それ以上を一気に使われるなど考えていなかったのだ。

 そんな真似を、あの二人は容易く行った。

 早く強くする為にと海上での戦闘に重きを置き、陸上での肉体運動は後回しにしたのである。先にするにしても準備運動くらいなもので、肉体性能に関しては完全に生まれたままの状態で良いとされたのだ。

 それも理由に合わせて、曙は爆発した。

 巫山戯るんじゃないと利根達が書いた計画書を破り捨て、如何に陸上訓練が必要なのかを説いたのである。その際の彼女の背後には鬼が浮かび、睨んでくる姿に利根と古鷹は思わず一滴程流してしまったとか。

 

 陸上では艦娘の性能は一気に落ちる。

 海上を滑るような事が出来ない以上は走るしか他に速度を上げる方法は無く、だからこそ如何なる可能性と節約を含めて対人訓練なども予想していたのだ。

 駆逐艦や軽巡は他と比べて幼い印象を覚える者や、まだまだ肉体が完成しきっていない印象を覚える者も居る。

 そんな彼女達にいきなり海に浮かべさせても転倒して余計な傷が付くだけであり、これらの内容を全て説教という形で出力した曙は最後に腕を組んで手伝いも行った。

 それが現在の江風の状況である。別段何か文句を吐かれた結果でもなく、要するにお使いを頼まれた訳だ。

 鍛えるついでに輸送任務も行ってくれと。

 それが為に彼女達が居る場所の近くの島では妖精達による集積作業が既に始まっており、それが終了するまでの間近くを通る敵を潰したりなどして江風は視覚で教えていた。

 それを三人は正確に視認出来はしない。黒い旋風が走った後には死骸が浮かび、何時の間にかと思う程の短時間で死屍累々の様相を作り上げてしまっていたのだ。

 利根や古鷹によってある程度戦闘の何たるかを教えてもらっているが、江風だけは他とは格別な違いがある。

 最強は間違いなく現状彼女だ。それを半ば強制的に教えられたような気がして、故にこそ三人には恐怖は無くとも緊張があった。

 

「よし、じゃあやる事終わったし帰るぞ。一人一つずつなのは変わらないが、持っている間も周囲の警戒は怠るなよ」

 

『はい!』

 

 三人娘の声には非常に元気が有り余っている。

 それは無理矢理絞り出されたものか、はたまた目の前の様な人物に教えてもらえるのが嬉しいのか。

 少なくとも卯月の方は頬を引き攣っているが、それ以外は笑顔のままだ。予想通りと言うべきか、なんとも想像しやすかった顔だけに江風の顔も苦笑い状態である。

 島に近付き、妖精達が最初に艤装に消えた。残ったドラム缶を皆で持つが、三人は今回が初だ。

 持てるには持てるものの、それでもドラム缶を両腕に持ったままではあまり上手くは動けない。そのサポートの為に江風が居るのであるが、不安は拭えないものだ。

 事前に神通に偵察機を飛ばしてもらい、周辺に敵影が無いのは確認済み。されど何処からか湧くのが深海棲艦だ。先程は居なかったとはいえ、それで大丈夫などと慢心してはなるまい。

 快調な滑り出しを見せつつ、江風の意識は外へ。

 普段ならばもう少し余裕な姿を見せられるが、今回は相手が相手だ。今後自身の部下になるかもしれない以上そこまで変な態度が行えないと江風は断じて、何時もよりも目は鋭いもの。

 赤い幻影はその姿の彼女に笑い、仕様がねぇなぁとばかりに同様に別の方向を見始めた。

 江風は一人ではない。索敵が一人であればミスも多いだろうが、此処にはもう一人程プロが居るのだ。その彼女も協力してくれれば、そう見逃すという事も少ない。

 

『あンま肩肘張るなよ。変な姿だぜ?』

 

 茶化すような幻影の言葉に、されど仕方ないだろうと江風は内心で愚痴を零す。

 そも、今回このような形で担当する事になるのは想定外だった。本当であれば今頃江風は木曾達と共に深海棲艦を狩ってドロップ艦を探していたのである。

 想定外な事にはそれなりに強い彼女であるが、流石に教育となると話が違う。恐怖とは別ベクトルの緊張をするのは必然なもので、しかし疎かにするつもりも欠片とて存在しはしない。

 彼女達に対して、江風達は全てを説明済みである。現状の資源や装備もそうだが、それ以外にも海軍事情や艦娘達の扱いについても全て話し、その上で三人は協力をしてくれていた。

 それは一重に判断材料が少ないからである。海軍ともまだ出会ってないというのに決め付けるのは問題であり、その点についてもリーダーたる響は確りと理解を示していた。

 だからこそ海軍と接触を行おうとする鳳翔達の一件は渡りに船と言えるもので、ある程度の練度を身に着けさせて備える事と相成ったのだ。

 神通達も根っこの部分は響達と同じ。であるからこそと言うべきか、艦娘による組織運営というものは思った以上に問題の少ない状態へとなっていた。

 本格稼働をしたのはつい最近であるが、それでもこうして何も起きていないのであれば成功なのだろう。

 やがて大きくなればなる程に問題は急増していくだろうが、その頃には今回一時的に仲間になってくれている神通達もベテランになっているだろう。その時まで居てくれるかどうかはさておき、そのままの状態が維持されれば教官役も任せられるというの有り難いもの。

 尤も、そうなった場合江風達の役職も大分高位のものになる。何せ響がトップで、結果的にナンバー2となってしまった江風だ。他の面子とて相応に重要な役割を担う事は決められており、曙に関しては既にそうなった場合の計算を始めている。

 仲間を増やすとはそういう事だ。数の利が増すものの、集団から大多数の批判が来るような真似をすれば崩壊も有り得てしまう。しかも現在は鳳翔のような有力な組織がもうあるのだ。

 優秀であれば引き抜きも考えられ、その点で見れば急がなければなるまい。

 

「江風先生、質問良いですか~?」

 

 間延びした声は、卯月のものだ。

 変に丁寧語の付いたような言い方に普通で構わないと江風は言いそうになり、直ぐに口を紡ぐ。

 先輩後輩の間柄になっている現状即座にタメ口にしても良いと言ってもそう簡単に変わりはしない。積極的に話をしようとする姿勢が素晴らしいのであって、仕事中に上下の関係を無視したような喋りは不快に思う者も居るだろう。

 仕事中のタメ口は最初期組のみしか出来ない事だ。

 発進してしまった以上は止まらず、されど居心地の良い空間を作らなければならないなと結論を下して、どうしたと江風は返す。別段それに強い力は入っていないが、言われた当の本人である卯月は僅かに身体をびくつかせた。

 目の前の存在は駆逐艦の枠に収まらない怪物である。それは利根達が説明した際にも聞いたものであるし、こうして実際に行動をして理解出来たものだ。

 駆逐艦ですら出せない速度に、重巡の方が劣る程の攻撃力。艦載機は出てきた瞬間には居なくなり、正しく対空や砲雷撃戦を素手で行う姿に最初は引いたものだ。

 

「どうしたら江風先生みたいに強くなれますか~?」

 

 されど、一度慣れてしまえば簡単なもの。

 その強さには憧れるし、女でありながらも男らしさを多分に感じる彼女の姿に、吹雪は尊敬を抱いている。誰かに頼られ、それを笑って受けてくれる人物の後ろ姿程恰好が良いものはないのだ。

 神通の場合は使える戦法は取り込んでいこうと最初は画策していたものだが、そんなのはものの数分で放棄した。江風の戦い方ではどんな艦種も上手くは動けまい。所謂イレギュラーだ。

 自身も同様に変化すれば可能になるかもしれないが、その希望は薄い。現にもうなっている利根達ですら素直に怪物と評価するのだから、そう易々とはなれないと彼女は内心で笑った。

 目指すべき人物が居る。深海棲艦を倒して日本を救うという基盤を持つ彼女達の向上心は目覚しく、故にこそ響達もそれにつられて己の強さを上げ始めた。

 特に川内や木曾のような純粋に仕事だけを任せられるタイプは必死だ。何時か取って代わられるのではないかと戦々恐々として戦っており、その所為で中破した際には響と曙による説教が待っている。

 新人の出現というのは良い変化を促しているのだ。

 皆が一斉に何か大きな目標を目指すが為に、灰色の意識は既に捨てられている。特に利根と曙は顕著だ。

 変化した結果として不要とされた己にまだ価値があるのだと思わせてくれる。明るい未来を創る柱の一つになれると信じられる。

 それを聞いて、密かに泣いたのは那珂だ。

 言葉数は少なく、通常の個体よりも遥かに活力を失っていた彼女の以前の姿はアイドルのそれである。皆に元気を与えるのが仕事の一つとして存在していて、その活動自体に皆も喜んでいた。

 それが変化と己の性能の低さによって全て不要と提督に断じられ、しまいには泣きながら味方にも撃たれての大破状態である。

 全てにやる気を失い、それはずっと続くものだろうと半ば確信の域にまで到達していた。

 それを少しでも上方に修正してくれたのが響で、新たな希望をくれたのは江風だ。だからこそ他の面子が反対したとしても那珂はこの二人をトップだと認めているし、そんな心配をせずとも皆の意見も一緒だった。

 忘れてはならなかったのだ。新人を見る度に那珂が思う事はそれである。

 

 海上で江風は少しだけ空を眺め、次いで前方を見る。

 どういった答えこそがよろしいのか。彼女がこうなれたのもオリジンという特異体質の結果であるし、それを素直に言ったとしても遊ばれているのかと卯月は拗ねるだろう。

 下手な事を言えば矛盾していると指摘もされるだろうし、本当に不味いことは言えない。

 ならばそれっぽい台詞を仕立て上げるしかなく、数少ない言葉の中からそれらしき文言を作り上げる。果たしてそれで大丈夫なのかと自分に問い掛けるが、それ以外に他に方法が無いのだ。

 諦めて息を吐き、皆が見ている前で特に何でもないような雰囲気を漂わせた。

 

「生き残れば良いンだよ」

 

 単純な言葉に、卯月の顔は間抜けなものとなる。

 生き残れば良い。確かにそうだが、それだけでは強くなれる訳ではない。馬鹿にしているのかと卯月は睨むが、それを江風本人は知覚していなかった。

 

「生き残れば、強くなる機会は巡り合える。努力を続ける事が出来る。悔しさがあるならそれをバネにして、絶望があるならそれに噛み付いて。そうじゃなきゃ居なくなるだけだ」

 

 強くなる技術。そういった事を江風は持ち得ていない。

 殆どを勘や経験則だけで何とかしているのが彼女だ。そんな人物に教えを請うてもまともな答えは返ってこない。だからこその精神論であるが、実際艦娘達もそうだが生物が最後に頼るのは己の力だ。

 周りに力を借りても、その一点だけは変えられない。

 磨き上げた己だけが最も信用出来るものであり、江風はそれを最重要視しているだけだ。足掻ける隙間がある内は足掻いて足掻いて足掻き抜け。敵も必死なのだから。

 言外の江風の想いに、それでは駆逐艦では解り辛いだろうと神通は心中で呟く。

 生き残るなんてのは当たり前の話だ。けれど、それすらも難しいのが今の世の中なのである。彼女達の話がもしも真実だとして、そうであれば敵は単純に深海棲艦だけでは済まなくなる。

 もしかすれば海軍の全戦力でもって野良艦娘を駆逐するだなんて可能性も否定出来ないのだ。だからこそ、技術よりも先にそういった気構えが必要であると断じているのである。

 生きていれば技術は磨ける。生きていればチャンスは何度だって訪れる。だからどうか生きていてくれ。

 江風の祈りとは、正にそれだ。

 誰に対しても強制をする訳ではないが、生きるというただそれだけに彼女は全力なのである。

 その目的の為だけに限界を突破するような娘だからこそ、他にはない別の何かを持っているのだ。

 

「悪いな、技術的な方は古鷹か利根に聞いてくれ。俺はそういうのを無視して戦ってる特殊な奴だからさ」

 

 人類の積み重ねた戦闘技法を全て否定する訳ではないが、江風にとって最も重要なのは執着だ。

 それがあるだけで全てが違って見える。無論良い意味でも悪い意味でもだ。

 江風にとっては生きてこのまま平穏無事に過ごしたい。言葉にすれば単純であるものの、そこに込められた執着は単純な勇気よりも深い。

 一種の渇望。そうだからこそ、深度の違いは勝者と敗者の天秤を容易に変えていく。

 されどそれを、今の三人が理解する事は無い。唯一神通だけが表層を理解しているだけで、卯月にいたってはその説明に不満顔だ。吹雪だけはその卯月の反応に焦るだけで、特に真実に辿り着いた者は居なかった。

 その反応に幻影は溜息を一つ。

 土台理解してくれるとは思わなかったし、それに江風自身の説明も十分だとは言えなかった。もっと詳しく言えば漠然としたものであっても相応に理解を示してくれただろう。――――それでも

 

『理解しろよ。じゃないと死ぬぜ』

 

 小声で話す彼女の言葉を聞いた者は居ない。

 聞いていれば否応無しに身体は震えていただろう。そして同時に謝罪する筈だ、その怒気を和らげる為に。

 静かに、そして深く。誰もが知らないままに幻影の渇望は深度を増す。

 生きたい、生きたい――ただ彼と。

 故に邪魔者に用は無い。諸共に砕けてしまえと願い、早く使えるようになれと幻影は三人に願った。

 




 朝潮の成長した姿……ガチロリコンには辛いのではないだろうか。いや、寧ろこれで元に戻る?()

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