艦娘とは如何なる生物なのか。
唐突に浮かんだ疑問に、即座に答えが内から返る。
答えは無論、戦争当時の艦艇群の魂が少女の姿になっているものだ。同時に、形は違えど艦載機妖精のような存在にはどうやら昔の人々の意識もあるらしい。
らしいというのは、具体的なコミュニケーションの方法が無いからだ。別段直ぐ様に必要とはならないが、しかし艦載機を操る彼女達の本音が聞ければ聞いてみたい。
一体艦娘をどう見ているのか。変わってしまった彼女達に、何か思う所は無いのかと。
皆の艤装に居る子達もそうだが、妖精というの非常に艦娘という存在に対して協力的だ。寧ろ人間側を嫌う傾向が多く、実際話し合いの中で妖精達の様子をそっと確認してみれば、眉を寄せて作業をしている者も居る。
この世界で人間に協力している妖精は何割なのだろうか。
少し考え、無駄な事に頭を使っているなと思考を切る。
前を向けば広大な海原が見え、少し離れた所では俺達から逃げる魚の群れが確認出来た。
右腕と左腕にはドラム缶が一つずつ。それほど重くはないので片手で持っているが、周りは一つを両手で持っていた。
中には燃料が入っている。
勿論このままではまともに使用出来ないが、妖精達に頼めばあら一瞬だ。
面子は皐月と利根に曙。
この中では俺と利根が大型艦を潰す役であり、そうなった場合においてドラム缶というのは非常に邪魔になる。駆逐艦である彼女達の場合は捨てる事もよくあるそうで、確実な勝利というものは輸送一つとっても有り得ないものであると痛感させられる。
それでも達成率の割合の方が多いのは、皆の練度がそれだけ高いからだろう。中には不満顔の者も居るが、それでもやってくれる限り根は真面目という有り難いものである。
資源についてはある程度纏まった分が既に集まっていた。ノートに最後に書いた分を思い出せば、確か各種十万は超えた頃だろう。管理も大変になったので今では暇な人員が見張りやら数え作業やらを熟している。
輸送任務は駆逐艦には十八番な仕事。元からある程度の慣れは必要であるものの、それでも何回も繰り返していれば流石に皆の表情にも余裕の色が窺える。
疲労の少ない者には連続で出撃させ、疲労が多い者には別の艦娘と交代。距離が遠い場合は敵との交戦数も多く、ドラム缶を持った状態の戦いにも慣れてきたものだろう。
資源が少なくなればタンカーを襲っていたからな。これが普通であると教え、変な癖を元に戻してしまえばなんてことは無く工程は進んでいた。
さて、個人的にはそろそろといった感じを覚え始めている。
皆は輸送に慣れた。この海域の詳しい敵情報も手に入ったし、それがどの程度の脅威なのかも理解した。
ならば実行に移すべきである。
最初は近い所からスタートし、徐々に徐々にと範囲を拡大。その過程で他の野良艦娘達を飲み込めれば御の字。
出来なくとも協力関係を結べれば良しだ。最初からそうだが、決して艦娘を殺すような真似はしてはならない。
信用は今後常に必要だ。あそこに居れば生き残れると思ってくれなければ、俺達の元に来てくれる筈も無い。
設備も装備も無いからその辺は常に心配されてしまうが、そこは皆の実力でカバーだ。情景を覚えてくれたのであれば、言っては悪いが利用し易い。
利根の偵察機が無事に帰還。その前まで特に敵の陰は確認出来なかったそうなので、このままドラム缶を持った状態で回り道をせずに一直線に島に向かう。
彼女達が保有している島は一つだ。されど、直ぐ傍には別の大きな島がある。
大きいといっても、それは現在寝泊りしている島に比べればだ。全体的に見ればあれもまた同様に小さい部類に収まるだろうし、だからこそそこには誰も住まずに資源ばかりが置かれている。
管理担当というものは無いが、強いて管理をするとしたらそれは曙だ。
彼女はこういった物に関して厳しく、多量に消費する場合は曙との話し合いは必要である。一番資源の量を把握しているのも俺や響を除けば彼女であるし、だからこそというべきか発言権もそれなりに大きい。
「利根の出撃は今日はコレでお終い。これ以降は駆逐艦と軽巡だけの行動になるわ」
「なんじゃ、まだ出来るぞ?」
「重巡は燃費の問題がね。たかが遠征とは言わないけど、それでも重巡には戦闘だけに集中してほしいのよ。偵察機なら川内だって飛ばせるから」
彼女に明確な仕事を持たせてから、何故だか妙に張り切るようになった。
失敗はしないように三度の確認を行い、先程も言ったように資源に関する話は全て彼女。確りとした管理体制を築けないのが現状であるが、それでも曙は曙らしく厳しめに資源の計算を行っていた。
無論それはただ貯めるだけではない。使わなければならない場面では使わせるし、そうした後の計算も忘れてはいない。お陰で俺達も別の事を考えられる余裕が生まれ、曙に関しては正に有り難味ばかりを感じていた。
皆も口にはしていないが、曙と話をしている回数が増えたように思う。
あの面子の中で唯一浮いていた彼女であるが、強さとは別の方向で有用であるのは確かだった。
やがて見えた別の島にまで一気に速度を上げて上陸し、寄って来る多数の妖精にドラム缶を渡す。艦娘ですら資源を限界まで入れた缶を一つしか持っていけないというのに、小さな妖精は四人で一つを運んでいた。
艦娘よりも妖精の方が群れたら強いのではないだろうか。
そう考え、しかし装備を持てない以上は戦力には数えられない。曙は此処に留まるそうなので、俺達はドラム缶だけを置いてそのまま本島に帰還だ。
「……江風、そろそろ予定された数よ。響とは出撃前に話していたわ」
「そうか。じゃあ帰ったら即響から話が始まるだろうし、さっさと開始するさ」
お願いね、とだけ告げて彼女は妖精と共に資源置き場に向かって行った。
それを見届け、此方もかと意識を切り替える。これで漸く準備の方は済ませたのだから、余程不味い事態が最初に発生しない限りはそれなりに安全だと思いたい。
此処に仲間を引き入れて、はたしてどのような結果になるのか。鎮守府に帰りたいと言い出した場合の対処も考えなければなぁと頭を回転させて本島へと海に足を置いた。
時刻はおよそ午後二時。未だ陽は高く、まったく沈んでくれそうな気配は無い。
熱さが無いのが救いであるが、例え熱かったとしても艦娘達は死なない。それはそれで有り難いなと無駄な思考を混ぜつつ、俺は一足早めに陸に上がった。
出迎えと言わんばかりに休憩中だった木曾が此方に歩み寄り、全員分の水を差し出す。それを一気に全て飲み、潰して捨てるのではなく彼女に返した。
ペッドボトルの容器一つでも此処では貴重だ。無駄な廃棄など出してはいけない。
「お疲れ、飯の方はもうあるぞ。今日は珍しく魚に醤油のセットだ」
「本当かよ。調味料の類は使わないって話だったのに」
「お前らが居ない間に別海域の艦娘達が来てな。そのついでにくれたんだよ、どうやら響に用があったらしいぜ」
俺達が掛けた時間はおよそ一日だ。
昼に出撃し、夜は遠征地にて寝る。そして次の日の朝に出て戻るといったものとなっていた。
その間に何処かの勢力が接触を図ったか。その場に居なかった事に若干ながら不安を覚えるが、響が迎い入れたという話だから決して敵ではないのだろう。
疲れた身体に鞭を打ち、そのまま足は響の元へ。今はどうやら食事をする広場に集まっているらしく、木曾も何も食べていないそうだ。
もしかすれば俺達の帰還が遅くなっていただろうに、健気な話である。まぁ、今までの遠征で時間は測っていたのだと思うが。
「おかえり」
「ただいま」
広場に出て、綺麗に座っている彼女がそっと微笑む。
普段から笑顔はしている彼女であるが、裏表の無い純粋なものは本当に綺麗極まりない。子供らしさではなく、清濁を併せた美しさと表現するのが妥当か。濁が混ざっている時点で美しさとは違う気がするが、自分には文学的表現なんてのは上手く出来ないので適当である。
火がある場所に全員で座り、串に刺さった魚を取る。鉄の棒故に本来ならば火傷必至であるが、普段から砲撃を受けている身としては痛くも痒くもない。
他の者もそれは同様だ。子供みたいに皐月はわーいと言いながら醤油をかけ始め、その量の多さに利根が注意している。まるで家族団欒だ。いや、今でも地味に皐月や川内には罰を執行中であるが。
漸く俺の番が来て、少しだけ焼き魚に醤油を垂らす。俺は大量には付けない派なので、消費的には一番少ないだろう。木曾にそのまま醤油の入った瓶を渡し、一気に頭から食らう。
バキリといった骨が折れる音が響くが、魚の骨程度で俺に傷付く筈も無し。逆に骨の方が折れてくれるので、当たり前のように噛み砕いて飲み込んだ。
久し振りの調味料を使用した食事は美味しく、例え少量だとしても味がよく解る。
一頻り楽しみ、三本分の魚を早めに消費してから艤装内に保管していたノートを取り出す。これが出来るとは想像していなかったが、出来たのが判明してからは常に此処にノートは置いてある状態だ。
機密の塊であるのは言うに及ばず、無くし易い場所であるからこそ手元に置いておけるというのは素晴らしい。
開き、今回の資源量を書き込んで今ある量と合わせる。そしてそこから消費分を引けば、現状の資源量が自然とノートに出現していた。
まるで家計簿だ。そんなものは取らない主義だったのだが、今ではしなければまったく落ち着かない。
時折予定外な資源増加もあるのだ。大体が輸送系の深海棲艦だったりするのだが、そこから入手した際には量を確かめてから最優先でノートに書いている。
それ以外については、まぁ重要度は低い。装備欄も改装しない限りは増える気配を見せないので一度書いてしまえば終わりだし、練度は調べようもないので書けないのである。
メンバーも今は増加していないので最初に書いて終了。実質このノートの大部分は資源管理のみである。
他の皆も各々で食い終わり、曙や川内といった他の面子も無事に全員集合。
遠征以外のメンバーの基本業務は敵深海棲艦の撃滅だ。無理をしない程度に留め、中破になったら即座に撤退。
そうして数を減らして島への攻撃を実行させないようにしている。ただ、数自体は少ないので倒せる量もそんなに多い訳ではない。
戦艦一隻しか撃墜出来ないなんて事はざらだ。それでも戦艦という空母の次に最大の脅威を払ってくれるのは、俺も響も助かっている。
「さて、皆集まったみたいだし話をしようか」
串で遊んでいる那珂を利根が窘め、全員が響へと顔を向ける。
これまでとは一転した真剣な顔は、それ故にどんな内容かは想像し易い。元から話自体はしていたのだから当然だが、それでも雰囲気が硬くなれば誰であれ意識から遊びを消し去っている。
「既に話をしたように、私達の今後の目標は仲間を増やす事だ。けれどそれは私達と同じにするのではなく、可能であれば仲間にするようにしていきたい。強制によってでは裏切られる可能性は大だし、それでは海軍と何も変わらない」
出現した艦娘達に説明を施し、それでも鎮守府を望めばそれは致し方あるまい。
最終的にどうなるかはさておき、生まれたばかりの艦娘達の選択は基本自由だ。海軍側の戦力を削りたいとはいえ、その為に脅しや強制といった方法を活用するのはご法度である。
今の海軍のようになってはいけない。反面教師という奴だ。
だが、協力してくれるのであれば最大限のサポートはする。一人前として認められるまではこのメンバーの誰かが必ず傍に付き添い、訓練なども行っていく予定だ。
その訓練は鎮守府所属組が担当する。俺が教えようとしたところで既にバランスの崩壊している身。下手な真似をして彼女達を殺しかねない危険性があった。
それ以外にも各種注意をし、今後必要な物を公開し、手立てが思いついた場合は相談してくれるように響は頼む。彼女がずっと一人で悩むだけでは流石に不味いからこその処置だ。
皆で悩みを共有し、そして解決する。
数が少ないからこそ出来る事だなと頷き、次にと響は一枚の長方形の紙を取り出した。
「江風・利根・曙・皐月が居ない間に西方海域に本拠地を持っている鳳翔さんの所から紙が届いた。内容は至って単純。近々北方海域の管理をしている鎮守府の艦娘達と話をしたいらしい。その為の拠点として此処に一時的に部隊を置きたいそうだよ」
予定外。されど、その案は決して悪いものではない。
利根は顎に手を当てて考え、古鷹は空を見る。木に寄り掛かっている木曾も手紙に視線を向け、何も考えていないように見えるのは皐月や那珂ぐらいなもの。
一部隊を此処に置くということは、それ以外では特に何か援助する必要性は無いだろう。飯くらいならば魚を釣ったりタンカーのレトルト製品を使えば用意は出来る。
――恩を売るにはピッタリな案件だ。
デメリットとしてはその艦娘達が追われる場合だな。もし此処までその北方側の艦娘が来てしまったら、少なくともこの島の姿がバレてしまう。
一見してそうとは思わせないようにしているが、よくよく見れば怪しい箇所は解る筈だ。
されど、今後の未来を考えればこの程度のデメリットは背負っても構わない。
視線で響に答えれば、彼女もまた微笑を向けて返した。
そろそろ海軍側も出てきます。どうでもいいことですが、作者の好きな作品はDies iraeと戦神館とファフナーです。