江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

16 / 49
訓練

 殴り、回し蹴りを行い、高速で移動を行う。

 その動作は人間であれ艦娘であれ目では追えず、そうだと解るのは全ての動作が完了してからだった。

 彼女――――江風は手首と足首の調子を確認し、再度同様の動作を熟す。

 周辺の草は彼女の動きに合わせて宙を舞い、風の流れと共に青い海に辿り着く。残ったのは円形状の剥き出しの大地のみであり、彼女の動いた場所は実に解りやすかった。

 改二へと到達した事により、最早彼女は海軍に殺される側へと回って約数週間。

 こうして動きの確認をしているのは己の想定外な性能を手中に収める為で、しかし現状完璧であるとは言い難い。

 完成率は三割。

 それ以上の動きをしようとすれば江風本人の処理速度が間に合わなくなり、結果的に事故が起こる。

 資源獲得の為の出撃も極力本気を出さずというものになってしまうのは致し方ないだろう。それでも深海棲艦討伐数は最多であるのだから、今の彼女は即戦力も即戦力に違いない。

 けれど、江風としてはそれでは駄目であると感じている。

 全力を出せなければいざという場面で動けない。慢心して怠惰に浸るなど、それでは今後出てくるだろう敵に足元を引っ掛けてくださいと言っているようなものだ。

 それで死ぬなど何と情けない話だろう。故に笑いものにされるくらいならと彼女は己を極めんとしている。

 

『おーい、木曾が来たぜ』

 

 拳を前に突き出し、静かに降ろす。

 前方に向かって強風が吹き、大小様々な石が海に落ちた。

 息を吐く。気を遣いながらの状態確認は地味ではあるものの体力や精神力を消耗するので、彼女の額には汗が滲んでいた。それを片手で拭い、足音の方向へと顔を向ける。

 片手を上げてやって来る木曾の傷は既に塞がれていた。装備面もほぼ確実な仲間になった為に変更され、今では軽巡としての標準仕様にまでなっている。

 そんな彼女はもう片方の手に持っていた湖の水入りのペットボトルを江風に投げ渡す。

 その水は冷えてはいなかったが、喉を潤すには十分だ。

 感謝を伝え、互いに海の見える崖の近くで胡座の大勢で座り込んだ。

 

「資源の方は今の所順調だ。高速修復剤は使用せず、各資源は凡そ三万程上昇している。川内達はよく働いているよ」

 

「今頃はまだ資源堀の真っ最中か。後で詳細な数字を頼む」

 

「おう、お前も早目に準備しとけよ。明日は少し遠いらしいぜ」

 

 頷き、江風は水を飲む。

 あれからの彼女達全員の行動は変わった。具体的には変わっていないように見えるが、それでも資源を集める事に集中するようになったのである。

 響と江風の考えた案はまったく反論が無かった訳ではないが、それでも最終的には多数決によって決定され、今現在はローテーションを組みながらの資源確保の日々だ。まだまだ大量の艦娘を抱えていける余裕などどこにも無く、されどドロップ艦が確認出来ない現状は殊の外安穏としていた。

 一番酷使されているのは先の件で一気に関係が冷え込んだ川内と皐月だ。本人も今回の件は明らかに想定外であったと認めており、響と江風の慈悲によって酷使するだけになっている。

 尚、一番の被害者である木曾は今回の件にノータッチだ。しかしそれは、怒りを抱いていない訳ではない。

 その証拠に彼女の顔は今も尚口を真一文字にした仏頂面で、関係の修復というのは恐らくは永遠に無いのだろうと皆に確信させられた。

 木曾にとって、あの二名は解体対象だ。

 今現在は戦力が不足している事と少しでも人手が欲しいからこそ黙っているが、何れ規模が拡大すれば相応の報いを与えるつもりである。それが一番艦娘にとっての全否定に繋がる解体なのだ。

 江風の考えは理解している。されど納得している訳ではない――――故に我慢しよう。目的を達成したその日に、彼女は悪鬼羅刹となる。

 簡単な報告を済ませ、互いに空を呆と見つめた。

 別に何がある訳でもなく、そこにあるのは只の空。何時もと変わらぬ青さに見当違いの恨み言を放ちたい木曾であったが、代わりに出てきた言葉はそれとはまったく別である。

 

「なんか、一気に変わっちまったな」

 

 最初に無人島に会って、暫くしたら西方の鎮守府の艦娘達から逃げて、此処に辿り着いた。

 全部が全部木曾の予測を大きく上回り、同時に現在の彼女の力量ではどうにもならない事ばかりも起きている。

 木曾は強くは無い。全体的に見れば曙を除き唯一まったく姿の変わっていない個体であり、その曙の力量は過去の遠征三昧の日々の中で嫌という程理解させられた。

 練度で順位を付けるのなら、木曾は最弱だ。だが、一番可能性があるとも言える。

 どういう強さを目指すのかは今後による。しかし、他よりも多く強くなれる可能性を秘めているのが彼女だ。

 もしも江風同様にオリジンになれば、元の力を知っている者からすれば絶叫ものだろう。

 だがそれらは未来の話。彼女達は過去を思い出し、そのいきなり過ぎる人生の数々に少なくとも木曾は少し疲れてしまっている。

 まだ半年も経過していないのだ。怒涛の変化が続けばどんな生物とて疲れるのは自然なものであり、だからこそというべきか木曾の言葉尻は何処か弱弱しさを持っている。

 江風の判断に今まで従って行動した。そこに自分の意思があるのかと聞かれれば勿論と答えられるが、それでも傍から見ればまるで引っ張り込まれただけにも見える。

 だが木曾は知っているのだ。隣に座る彼女は、少なくとも木曾が安全に過ごせるようにと考えている。

 全体的な部分が多いのは確かであるが、そうだとも言えるのだ。

 強制ばかりされて、不満だらけな鎮守府という劣悪な環境から逃げ出した先で、木曾は唯一無二になるかもしれない理想の女に出会った。 

 彼女が男であれば、きっと木曾は惚れていただろう。いや、女であろうとも既に惹かれているのだ。本人はそれを自覚していないだけで、木曾は常に彼女の近くに居る。 

 

「なぁ、最終的にはこの島はどうなるんだ」

 

「さてな。俺は保護をしていくだけで、この島をどうするかについての決定権は響にある。……でもまぁ」

 

 楽園みたいにはしたいよな。

 続く江風の言葉に、木曾の顔が力強いものに変わる。

 江風の目指す先は不可能の割合が極めて多い。

 艦娘とて一枚岩ではないのだ。派閥なんて言葉があるように、集団毎に考えている内容には差異がある。それを纏め、一個の群体にするというのは難しいことだ。 

 トップ同士の連携を密にし、文句を言われないよう設備や資源を用意し、それでも尚まだ足りない。

 それが感情を持つという事だ。必ずしも組織に縛られる事を良しとするだけの者が生まれるのではないのである。野良艦娘こそがある意味、それを体現しているとも言えるだろう。

 ならばそれを少しでも安定化させるにはどうすれば良いのか。人間関係の良い職場とすればいいのか、それとも質を良くしていけばいいのか、考える事は非常に多い。

 何か問題が起きる度に上である江風と響は頭を抱える筈だ。そしてそれを、恐らくは木曾が最も近くで見ることになる。

 ならばそうならないようにすれば良い。極論になってしまうが、部下が間に入れば良いのだ。

 それ所謂管理職のようなもの。上と下の間に立ち、可能な限りで摩擦を減らす。それが出来れば、きっと彼女の楽園化には近付くことだろう。

 だが、懸念材料はそれだけではない。木曾が次に考えるのは、受け入れる艦娘の種類についてだ。

 ドロップ艦は保護し、鎮守府から逃げる艦娘も保護する。それは別に問題ではない。問題なのは、鎮守府に所属しているままの艦娘について。

 保護を求められたら助けるのか、それとも助けず沈めるのか。更には何もせずに放置するのかも現状江風の口からは出てきていない。それが何とも木曾にとっては不安を煽るもので、もしやといった考えも浮かんでしまっている。

 彼女は出会った当初から艦娘との積極的戦闘はしてこなかった。

 だから心配をする必要は無いのではないかとも考えられるが、木曾の個人的感情に任せたままというのもそれはそれで頼りない。

 

 そんな木曾の心配を他所に、江風は身体を横にする。

 酷くリラックスした体勢には余裕が窺えるように見え、こんな環境でありながらもよくもまぁ普段通りの自己を保てるものだと不覚にも感心させられる。

 何せ現状、江風はトップ2だ。本人の意思に関係無く、何時の間にか彼女の指示にも皆が従うようになった。

 川内や皐月が聞いた理由は解っている。響や古鷹も直の彼女の圧に当てられた所為で特別視しているし、では残る那珂や利根・曙はどうして大人しく動いているのか。

 響が何かを言ったと見るのが一番妥当だが、それでも文句の一つくらいはあって然るべきだ。曙にいたっては初日から拒否の姿勢を貫いていただけに、やはりというべきか違和感が強い。

 後ろから撃つつもりなのか。その線を木曾は考えるも、流石に無理だなと個人的に却下した。

 今現在の彼女は艦娘としての枠から外れてしまっている。単純な力も、感知出来る範囲も、あらゆる全てが逸脱しているのが現状だ。

 それ故に迂闊な真似は即座に無力化の対象になるのは確実。砲を構えた瞬間に取り押さえられる未来が容易に想像出来てしまった。

 ならば彼女達も同様の結論を導き出している筈である。そんな彼女達が馬鹿な真似をするとはとても考えられなかった。

 であれば、考えられるのは純粋に江風の案に乗ろうとしたかくらいのもの。

 純粋に潰す以外の方法で海軍にダメージを与えられるというのであれば、協力するのも吝かではないのかもしれない。

 そして、そうであるからこそ江風の精神的負担は絶大な筈なのだ。

 気にしている素振りは今の今まで見せていないが、それでも蓄積は確実にされている。何時かは我慢の限界を超えるだろう事は予測可能で、けれども役を代わる事は出来ない。

 発案したのは江風だ。ならば責任も江風が背負うものであり、それを木曾が背負おうとしても無意味である。

 

「……最近、何か疲れてねぇか」

 

「どうした?らしくないな」

 

 木曾も横になって空を眺め、ポツリと呟く。

 耳に入る江風の声には多分に困惑が入っていて、それだけで己はらしくない言葉を吐いているのかもしれないと木曾は少しだけ考える。

 江風という少女はとても強い。それは肉体的な意味ではなく、精神的な意味でだ。

 どうやってでも生き残ろうとしている。その為ならば変化を受け入れた程で、彼女の度胸を木曾が持てるかと聞かれれば答えは否だ。

 江風は絶対に折れない。というよりも、折れるという概念自体を知らないようにも見える。

 それがどんなに恐ろしい事かを木曾は理解していた。本当の怪物というのは、彼女のように決して折れない者のことを言うのだと。

 だからこその、あの力なのかもしれない。強さを望んだ結果として、今彼女は此処に居る。

 江風の姿はいたって何時も通りだ。それを見ると、何だか己が酷く滑稽にも思えてしまう程。

 心配なのは変わらない。されど、それを表に出すには木曾はまだまだ弱かった。未だ彼女は保護されるべき程度の力しか持たず、明確に旗艦となれる訳でもない。

 何でも無いとだけ告げ、木曾は瞼を閉じる。

 隣で静寂を保つ彼女の雰囲気に安心感を覚え、先程まで物資確保の出撃をしていた所為か急激な睡魔が襲ってきていた。それに抗う事無く身を任せ、己が意識を深層にまで潜り込ませる。

 夢に出て来るのは果たしてどんな自分だろうか。ふと、そんな事を木曾は考えた。

 強い自分、頼れる自分、成長した自分――――色々あるが、要するにそれらは全て現在の彼女が欲している姿に違いない。

 出来れば江風の補佐が出来るくらいの力が欲しいなと内心で呟き、握っていた意識の手綱を手放した。

 

 強い己とは一体何であろうか。

 それは全方位に強者で居られる事か、それとも全方位をある一点に集中させた強者で居られる事か。

 通常どんな強者でも弱点は存在する。それは隠すものであり、しかし悟られてしまう場合もあるだろう。その時にも勝てること。それこそが、ある意味勝利に繋げる事が出来るのかもしれない。

 忘れるな、己の艦種を。忘れるな、己の歴史を。

 巡り巡って、それは進化への道に気付ける近道へとなる。例えそれがもしもの話の中だったとしても、可能性の範囲で収まっているのであれば十分考えられることだ。

 無意識の海の中で、木曾は出会う。

 自身と同じく眼帯を付けた、同じ髪の女を。目覚めればその時の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。

 されど、今この時点では確かに彼女はその女に出会っていた。

 黒のマントを身に纏い、己が持ち得ない軍刀を腰に差し、両腕を組んで此方を見やるその姿。

 ――――正しく彼女の進化形が、そこには居た。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。