そんな日々です(真顔
「悪いな、高角砲がちょっと壊れた」
「そんなのは良いさ、無事であれば装備なんて後でどうとでもなる」
木曾が休んでいる浜辺に俺達も到達し、響に装備品を返す。
同様に響からも主砲を返してもらい、最後に帰還した古鷹の偵察機から問題無しの報告を受け取り本日の戦闘はこれにて勝利に終わった。
俺の被害は無し。響は中破、古鷹は小破、そして木曾は大破だ。
修理の必要性は皆にあるが、特に酷いのは木曾であるのは間違いなし。既に彼女の元へと資源を持った妖精が向かっているそうなので、このまま戻る頃には開始されている事だろう。
修復材が欲しいなと思いつつ、俺と響は言葉を交わす。
内容は極めて予測可能なものだ。俺の変化した内容に関する話と、改めての勧誘。
以前ならば断固として何も話さないし断る姿勢だったが、それでは江風の頼みを受けた意味がない。故に吐き出せる限りの情報は吐き出し、響との仲も良好にしておきたかった。
響自体が今回悪い訳ではない。悪いのは川内に皐月であり、そちらについても処罰は響と共同に考えている。
一番手っ取り早いのは解体だ。しかし現状戦力には余裕が無く、彼女達をこのまま解体するのは惜しい。
これからも此処には敵が来る。それは決まっている事で、だからこそ早急な戦力拡大は必須なのだ。逆に減らすような真似をすれば此方が負けてしまう。
いや、俺だけならば何とかなるだろうけども。
兎に角最初にするのはあの二人の処罰に、それに受けた傷の回復か。響は直ぐに終わるだろうが、小破であろうとも古鷹は重巡。それなりに資源が減るし、時間も掛かる。
この点も致し方無いことか。特に木曾なんかは時間が掛かるだろうし、彼女達が動くというのは避けておいた方が無難だろう。
「変化する直前に、変な場所と同じ姿をした俺を見たよ」
「同じ自分?」
「ああ。何でも、この姿は病気でもなンでもないらしいぜ」
ついでに彼女達の改二への説明もしておく。
こういう時にこんな話をしても妄想ととられかねないが、そもそもにして今回の急な変化は誰も想定していなかった。それに個人的な結論であるが、駆逐艦があそこまでの性能を発揮するには何かしらの理由がないと怪しい。
それを示す為に、例のオリジン達の鎮守府を説明しておいた。
この世界の艦娘達の大元。そして大元達は今の姿を二回目の改装、即ち改二と呼称している。
嘘も含んでしまったが、まぁ良いだろう。利用出来るものは何でも利用する。それに、彼女達は寝ている間に改二になった者ばかりだ。
起きている場合に同じ場所に行けるのだとすれば、俺の話を信じてもらえるだろう。
それまでは疑ってくれても構わないと付け足し、話を終了させる。息を吐くように嘘を言える自分に少しばかり腹が黒くなったなと思うが、生き残る為だと考えればスラスラとそういった言葉は浮かぶ。
汚くならなければ、誰もが損をする世界なのだ。故にこそ、わざと真実を話して嘘を思わせる。
現に響は困惑顔だ。今更自身の改二が病気的なものでも何でもないと言われても、納得は出来ないだろう。
だから聞かせるだけ。別に信じてもらわなくても構わないし、もうなっている以上はどうにもならない。
皆で飯を食べる森の中では、既に他の面子も全員集まっていた。
木曾は弱弱しい顔で無事な片手を振り、頬に擦り傷を作った曙は響と古鷹が無事だったのを確認して僅かに頬を緩ませる。そして一番の問題児達はといえば、川内は片足が重度の火傷になっていた。
皐月の方は片方の腕を毟り取られたかの如く断面は惨い事になっており、川内同様服もかなり破損している状態。普通に考えればもうどうにもならないダメージであるが、艦娘としてならば大破だ。
その範囲内ならば十分に治る。尤も、かなり時間は掛かるので今日は激痛に襲われ続けるだろうがな。
ざまぁみろと言いたいが、当人達の余裕の無い顔を見るとそんな気も失せる。
馬鹿な真似をしたのは確かだし、俺達を殺そうとした真似は許せない。――――されど、俺の知っている川内達と姿を重ねてしまったら最早許すしかないのだ。
だがしかし、響はそんな彼女達の状態を温いと感じているのか高角砲をそれぞれ川内と皐月の腕に向けている。
明らかなオーバーキル。近距離でそれを放てば殺してしまいそうで、しかし誰も止めない。
いや、止める理由が無いのだ。彼女達がまた何時同じ様な真似をするのかも解らず、ならばいっそ殺してしまった方が速い。
「響、高速修復材はあるか?」
彼女の肩を掴んで、尋ねるのはあの最強の回復薬の在所。
それを聞き響が意外そうな顔を此方に浮かべるが、それを川内達にあげるつもりはないと首を左右に振る。
今必要な相手は木曾だ。彼女はただ単純に被害を受けただけで、何も悪い所は無い。
そんな彼女に川内達と同じ苦痛を与えようというのか。そんなのは駄目だ、何としても手にしたい。
「あるよ。鎮守府から強奪したのと、タンカーで強奪したのを含めて三百だ。木曾の為に欲しいなら直ぐに妖精に取ってこさせるさ。川内と皐月は修復が完了するまでそのままだよ。生憎、今回に限っては擁護する気はない」
「……解ってる。流石に私もやり過ぎた」
響の妖精が艤装から外に飛び出すのを確認して、全員がその場で座り込んだ。
皆が草臥れた顔をしているが、それも無理の無いこと。今回は本当に何時死んでも可怪しくなかっただけに、全員が無事でいられたというのは快挙に等しい。
食事を作る余裕は誰にも無かった。故に、那珂に投げ渡された携帯用のレーションを口に放り込み、その味の不味さに顔を顰めつつ腹を満たす。
こうして生きていなければレーションの不味さも感じる事は無かっただろう。
恐れはあるし恐怖も心の中で出ているが、それでも今は生きている喜びの方が強かった。
艤装を全て消し、そのまま横に倒れる。このまま眠ってしまいたい気分であるが、それをするのは本当に全ての目的を果たした後だ。
幻影の江風は俺を見下ろして優しく頭を撫でてくれる。それを感じる事は出来なくても、彼女の心遣いは確かに胸に響いて活力を湧かしてくれていた。
こんな一回の戦闘で直ぐに気絶するのでは江風に失望されるかもしれない。
即座に起き上がり、自分の眠気を瞼を擦る事で吹き飛ばして響と向かい合った。
当の響は既に準備を終えている。互いに楽な姿勢ではあるが、それでも視線に遊びの色はまったく含まれてはいない。
「今回の件については一々文句を言っても仕様が無い。だから俺はもう気にしない事にする」
「そうしてくれると私的に有り難い。今後は馬鹿な真似をしようとすれば直ぐに止めるさ――――さて」
「そうだな、未来の話をするとしよう」
この場に島に居る全員が集まっているからこそ、今この話が出来る。
未来の話は皆が納得して初めて出来ることだ。それ故に関係無い話をするだけで、根本には接触しなかった。
それに今触れる。これによって、俺はもう彼女達と離れる事は不可能になるだろう。
運ばれてきた高速修復材を横目に見て、俺は先ずと言葉を放つ。
欲しい情報は現状の全戦力と全資源。確保している領土は此処だけであるだろうから割愛し、残りは装備群に野良艦娘達の有名所を教えてもらうところか。
この内戦力と資源は全て把握しておかなければなるまい。何をするにも出るモノはあるのだから、その辺を確保しておくのは必須だ。
可能ならばノートの類に全て纏めておきたいところだな。
生活雑貨の類も果たしてあるのかと聞けば、そういえば紙が必要だねと再度別の妖精にノートとボールペンを持ってきてもらった。
数は二つ。A4サイズのよくあるノートで、俺の方が赤で響の方は青だ。
そこに艦娘の欄と資源の欄を作成し、さて早速と響の説明に耳を傾けた。
始まった内容は先ずは全戦力について。この島には今の面子しかいないが、本当はもっと居るのは先に言っていたスパイで解っている。
全体の人数はおよそ三十六人。そこに響達を引けば三十人だ。
少し規模が大きいなと島のサイズを考え、取り敢えずはその三十人分の艦娘達の名前を書き込む。
改か改二であればそれも頼むと言えば、言葉の後に違和感が残っているような顔で改二と続けた。
それらを艦種と練度と五十音順に纏め、実際の彼女達が如何程の戦力を保有しているのかを見る。後は資源も聞き、それに照らし合わせれば現環境で全員が集まっても資源が即座に消失するかどうかが判明するだろう。
しかしというべきか、やはりというべきか、此処に集まっている者達の艦種は駆逐艦や軽巡が多い。
重巡も含まれてはいるものの、それでも少数だ。戦艦にいたっては一名しかいない。
これはドロップ率の関係なのかと思いつつも、今はただ響の説明を聞いた。
資源の数は約五万。食料は魚を爆雷で浮いて来た物を捕まえたりして賄っているようであり、それ以外の方法としてはタンカーで入手した食料や他の野良艦娘と装備の物々交換を行ったりして手にしている。
「てことは、野良艦娘派閥達は嫌い合っている訳じゃないと」
「元々は海軍のやり方が嫌で逃げ出した者達だからね。近くの子達と纏まって行動しているのが殆どだから、まぁ大体の場合は良い環境を用意すれば擦り寄って来るさ」
「成程成程。なら、巨大化して有名になっている所の環境は整っていると見るのが良いか」
艦娘を保護するというのならば、環境整備も大事である。
それは重々承知している問題であり、だからこそ難しい。鎮守府の再現をするのが一番良いのだろうが、その場合無人島にポツンと鎮守府のような建物が一つあるように見えてしまう。
発見され易い。というよりも、それはお前達など眼中に無いと煽っているようなもの。即座に鎮守府所属の艦娘達によって三式弾が送られてくるのは想像出来る。
何をどうすればその巨大な派閥を持っている者達はその存在を隠し通せるのだろうか。響のように手配書を出されているだろうし、まったく想像出来ないな。
一時的に脱線した話題を止め、資源の数値を書き込む。
五万という数字でどれだけの事が出来るのかと少し考えるが、どう見たとしても全員が集まった場合一月も持つとはいえない。定期的に取りに行っていれば話は別だが、ここ暫くは資源を集めている様子は確認されなかった。
面倒だと考えているようには見えないし、恐らくは現状足りているからこそ集めないのだろう。
潜り込んだ子達はその鎮守府の資源を消費するだけだし、まぁ六人で定期的にタンカーを襲っているのであれば五万でも十分と言えるだろう。
それでも何時かは対策されるものだ。他から手に出来るのであればそうした方がずっと良い。
「海軍を壊滅させるのが、響の目的だったな」
「……本当は私の所属していた鎮守府の提督だけを殺したかったけど、他にも被害に合っている子達も居るしね。それならいっそ全部壊してしまった方が良い。どうせ近い将来艦娘達は日本を見捨てるのだから」
「愛国心よりも憎悪、か。解るだけに何ともならないなぁ」
日本にはまともな提督は居ないと俺は考えている。
しかし、物理的に壊すだなんてのは不可能だ。要するに国を一つ相手にするようなもので、今の彼女達だけではどれだけ個人の資質を上げようと数に殺されてしまう。
資源もまったく足りず、この分では装備も良い物ばかりではないだろう。今持っている響達の装備で最高の物は全部と想定しておくと、とてもではないが勝てる見込みは存在しない。
それを響達も理解している筈だ。理解しているからこそ、彼女は手を握り締めるだけに留めている。
この世界では艦娘達は憎悪してばかりだ。
表情も暗いモノが多く、良い面を見せる事自体が少ない。
だから、江風は頼んだのだ。俺は艦娘達を嫌っていないし、寧ろ愛しているとも言える。
抱き締めてみせろと言われれば余裕で抱いてみせよう。…………だからこそ、今現在の彼女達の暮らしの寂しさに俺は怒りも抱く。
故に、故にだ。今の海軍を潰す事こそが一番の解決策になるのであれば、俺はそれをしよう。
駆逐艦を嬲る提督を潰し、苦しみに喘ぐ軽巡に手を差し伸べ、保護してみせようではないか。
その為には集める所から始めるべきである。
この無人島に鎮守府の設備を用意し、彼女達を育て、一つの楽園を完成させる。逃げた者達が最後に辿り着く場所であるように、俺は全ての彼女達を救ってみせるんだ。
今までの単純な説明の中で、取り敢えずすべき事は大体浮かんだ。
人差し指を上げて響の注目を集め、俺は彼女の目を見て話す。それをするには先ず目の前の相手に信じてもらうしかないのだから。
彼女達の最大の目標である海軍を壊すには、単純に此方から壊すよりももっと良い手がある。
それは、これから先で仲間に加わるであろう艦娘達の保護をするだけだ。海軍よりも先にドロップ艦を迎え入れ、更には鎮守府からの逃走を支援する。
スパイとして潜入する人数を可能な限り増やせばそれも可能なことで、高練度艦には艦娘の少なくなった鎮守府で精々必死に防衛をさせていこう。
海軍に残りたいと思える艦娘など恐らくは一割くらいだ。それ自体も俺が多く見ているだけで、実際はもっと低い数の人数しか居たいとは思っていないだろう。
建造したばかりの子達だって現実を知れば逃げたくなるか反逆するのが関の山。ならば、此方が全て奪ってしまっても何ら問題はあるまい。
「ドロップ艦は確認次第仲間に引き入れ、逃げてきた子達も迎い入れ、更にはスパイをしている子達を使って逃げたいと考えている子達を支援する。そうやって徐々に徐々にと戦力を削るンだ」
やがては建造によって資源が無くなり、高練度艦も姫や鬼の攻撃によって居なくなる。
残った空白の大地に深海棲艦が押し寄せ、陸上型によって一部の県は完全に制圧されるだろう。
仮にその深海棲艦が殺されても問題無い。何せ、最大の敵が減るだけなのだから。
やがては海外もそれを知る筈だ。そして同時に思うだろう、艦娘達を大事にしていないからこそそんな結果になったのだと。
後は簡単だ。海外艦は日本に来なくなるし、交渉自体も受けなくなる。
下手に関われば俺達が介入してくる可能性が高まり、最悪日本の二の舞だ。流石にそんな馬鹿な真似をするとは思ってはいないので海外を標的にはしない。後は貿易まで完全に封鎖されれば日本の未来は終わりである。
俺達は仲間を増やすだけ。その為に大量の資源や食料といった物が必要になってくるが、資源についてはこの近辺だけでもそれなりにはある。
潜水艦でも居れば個人的に重用したかったのだが、まぁそう簡単にはいくまい。
食料については、何処かで生産している場所を探そう。幸い大規模な人数を抱えている野良艦娘の派閥が存在しているのだから、聞いておいて損は無い。
「早い内に行動を起こしたいな。知り合いに大規模な野良達を抱えてる艦娘はいないか?」
「それなら鳳翔さんの所が良いね。あそこは空母も戦艦も居るし、何より食料は全部手作りだ。ノウハウを学んで戦闘を嫌う子達に任せれば、生産も上手くいくと思うよ」
「鳳翔さンか……よし、それでいこう」
先ずは繋ぎからの話し合いだ。
武闘派ではない相手であれば此方も争わなくて済む。それに鳳翔であれば話も解ってくれるだろう。
せめて俺の知っている性格であれば良いが。そう願いつつ、俺は彼女と話を詰めていった。
しかし気になったのは、一瞬だけ視界に入った木曾の目だ。
此方を怖がるような素振りを見せ、何だか引いているようにも見えた。そんなに先程の話が不味かったのだろうか、随分良心的な内容だと思うのだが。
『だったらその顔隠しとけよ。笑ってるぜ?』
背後からの江風の声に、俺は思わず頬を触った。
江風さんはアレだから、単純に大喜びし過ぎて箍が外れちゃっただけだから!(尚、最早元には戻らない模様