江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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あの日

 砲撃、砲撃、砲撃、砲撃、砲撃。

 波の音は聞こえない。視界には黒と金と赤しか見えない。耳には轟音だけが響き、肌を焼くのは爆発の余波。

 意識は戦闘ただ一つ。自身の持てる全てのリソースをそれ一本に纏め上げ、己が出せる全力でもって多数の敵の攻撃を回避し続ける。

 フラグシップ六隻。エリート四隻。

 ノーマルが一体も存在せず、そう易々と此方の誘導を聞かない頭を持っている。それだけでも厄介だというのに、相手の持つ攻撃手段が軒並み強化されているのが非常に痛い。

 掠るだけでも危険だ。

 現に右腕の一部の肉が抉れた。痛みに眉を顰めるが、戦闘をし続けているお陰でその程度のダメージは無視出来る。それでも、そのダメージが溜まれば無視出来ないが。

 現在俺と木曾と響は相手の打倒ではなく、基本的に囮をしている。

 対空兵装を持つ響は正規空母の艦載機を落とし続け、俺と木曾は響と古鷹に集中する前に主砲を放ち意識を此方に向けさせる。それによって俺達に攻撃は集中され、回避で精一杯の場面が非常に多い。

 既に俺の艤装は故障中だ。何時止まるかも解らず、一度明確に補足されれば直撃は避けられない。

 木曾のフォローが無ければ即座に轟沈していただろう。生き残ったら感謝するかと内心で決め、三方向からやってくるフラグシップの戦艦の主砲を身を屈めて避ける。

 風圧だけで髪が吹き飛んだ。引っ張られる感覚に不快感を覚え、文句を言う前に艦載機の音を捉えてその場から飛び跳ねる。直後に機銃が通り抜け、俺の頭まで水が跳ねた。

 主砲を適当な敵に向けて撃つ。

 反動で止まるのが不味くて堪らないが、それでも意識を向けさせなければならない。

 脳裏からは戦闘開始直後からけたたましい警鐘が鳴り響き、此処が地獄であるのを切実に表しているのを教えてくれる。されどもそんなのは最初から理解の内だ。今更鳴らされても意味は無い。

 この部隊を撃破するのに必要なのは古鷹の主砲ただ一つ。夜戦にでもなれば駆逐艦も力を発揮するが、時刻は昼である以上そうなってはくれまい。

 戦艦五隻。空母三隻。軽空母二隻。

 極めて資源の消費が大きく、されど戦力としては強大そのもの。少なく見積もっても今の四人だけでどうにか出来る戦力差ではなく、故にこそ一番重要な砲撃である古鷹が中破にまで追い込まれれば負けは確定される。

 

「……せめて利根が居ればッ」

 

 今は別の方面を防衛しているであろう利根は航空巡洋艦だ。

 砲撃も出来るし、数は少ないながらも水上偵察機や水上爆撃機も搭載出来る。制空権は握れないが、それでも少しでも空の戦闘が行えるというのは素直に有り難い。

 古鷹が持っているの水上偵察機だ。戦闘向きではないが故に戦闘には参加出来ず、現状空は敵の艦載機で占領されているのが実情だった。

 フラグシップとエリートの群れの中でよくもまぁ粘れるなと思うが、こんなのは所詮薄氷を踏むが如くだ。

 何時覆っても可怪しくないし、その時は確かに近付いている。

 俺は艤装の調子が。木曾は根本的な練度が。残る響と古鷹とて、燃料や弾薬が無限でない以上何時かは尽きる。

 無論それは相手も同じだが、数と質の所為で圧倒出来ていない。まったくもって絶望的な状況だ。

 言葉を交わす余裕も無い。互いに戦場に居る味方を確認して独自で動くしか方法は無く、けれど最も重要な古鷹を守るという事だけは今の時点は無事に遂行している。

 油断は勿論出来ない。遥か格上を相手にしているのだから、寧ろ油断している者が居れば殴ってやる。

 最後方には古鷹。場の掻き乱し役は俺と響。木曾には軽空母の中破と俺達同様掻き乱しの二つを任せている。

 俺と響も積極的に敵を狙いにいくが、やはり一番艦載機の邪魔をしている所為か空からの攻撃が辛い。 

 空母が欲しい。軽空母が欲しい。

 内面は文句だらけで、されど経験が染み付いた身体は艦載機の群れを突破して空母の前へと躍り出た。

 

「――――落ちろ」

 

 主砲を二門一斉射。

 即座に離れ、また追い掛けっこが始まる。

 これでもう何度目だろうか。十回目辺りからは数えるのを止めたが、それでもまだ空母は沈んでくれない。

 遠目で確認すれば、顔面が破壊されたのか蹲っている姿が見える。それに合わせて目に見えて複数の艦載機の行動に異常が発生し、響はそれをチャンスと見てか突破して近くの空母に高角砲を命中させた。 

 駆逐艦の威力でも至近距離で撃たれれば堪らない。現に空に浮かぶ艦載機の群れは異常を示し、一時的にせよ制海権の有利不利の境が曖昧となった。

 ならばと戦艦へと今度は狙いを変える。古鷹が削っておいてくれたお陰か、負傷が目立つ戦艦が多い。

 中破にまで追い込まれた者も確認した。ならば、狙わない道理は何処にも無い。

 駆ける。不調を抱えたままでも必死になって進み、千載一遇のチャンスをモノにする為に進み続ける。

 艤装が煙を上げている。それでも道は見えていた。

 主砲を握り締める。孤立状態となった今の戦艦には守るべき盾は無い。

 殺れる。殺せる筈だ。油断も何も無く、俺は相手の背後へと主砲を突き付けた。これで周りの連中は撃ってこない。同士討ちだけは避けている節がある敵はもしかすれば人間よりも良い奴等なのかもしれないが、それでも俺は彼女達を倒す為に引き金を押した。

 瞬間、爆発が目の前で起こる。大規模なそれは沈没を意味し、逃げる為にと艤装の力ではなく俺個人の脚力で下がった。

 戦艦一隻撃沈。これで一割か二割の戦力は削った。

 敵空母にも負傷が目立ち、戦艦側もたった四隻で有利に立たれるとは想定していなかったのか驚きの目をしている。それに対して口角を釣り上げて挑発すれば、憤怒の表情で主砲を此方に向けられた。

 艤装は――――正直もうあまり持たない。

 この攻撃を回避すれば、恐らくは完全停止をすることだろう。内部に居る妖精もお手上げ状態と言っているし、それならば残る手段は一つだけだ。

 生き残りたい。生き残ってみせる。まだ俺は何も忘れちゃいないし、失ってもいない。

 強いて言うのであれば大切な日常だが、それはまた手に出来るものだ。決して零れ落ちて無くなる水ではない。

 

「気合い……入れなきゃな」

 

 頬を叩いて、主砲を消す。

 少しでも身軽にしようとそれだけを消し、直後放たれた主砲を回避して即座に艤装は停止した。

 後に残るは己の身体のみ。頼みの綱は自身の回避能力だが、艤装の力を頼れない以上予測しての行動が重要になってくる。

 さて、俺が完全に当たる前に古鷹がどうにか倒してくれる事を願うぞ。空に浮かぶ艦載機の姿を見て、俺は即座に水上で走り始めた。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

「アイツ、まさか艤装が……!?」

 

 遠くの海で江風が走る姿を見て、木曾は最悪な事になったと苦々しい顔を作る。

 今まで追っていた軽空母への攻撃を中断。即座に反転して彼女の元へと向かうが、被弾箇所の少ない軽空母達は彼女を逃すものかとばかりに艦載機を差し向けた。

 回避し、偶然主砲で落としもするが、全体的な数はそこまで減ったようには思えない。

 その事実に苛立つが、最重要問題を何とかするまでは切れては駄目だと己に言い聞かせて何とか進んでいた。

 海上での艤装停止。それは以前にも無かった訳ではなく、寧ろ遠洋の海を進む中であればある事にはあった。

 ただしその例は非常に少ない。木曾でさえ聞いたのは精々一回か二回程度であり、まさかこの瞬間に起こってしまうなどとは予想だにしていなかった。

 であるからこそ、事の問題は深刻だ。それこそ他の全てを放り捨ててでも解決しなければならない。

 戦闘時における艤装の停止。それはつまるところ、艦娘の死に直結してしまう事なのだから。

 海上を滑る事が出来るのは何故だ。砲を装填し稼働させる事が出来るのは何故だ。――――全ては艤装という艦娘において最も大切な機関が動いているからだ。

 それが出来なければ海上で立っている事しか出来ない。故に、最も敵に狙われやすくなる。

 足の遅くなった艦娘など良い的だ。狙い撃ちしてくれと言っているようなもので、事実足の遅くなった彼女へと敵は既に主砲を構えている。

 戦艦の主砲だ。どれだけ回避に専念していたとしても、何時かは確実に命中する。

 そして命中すれば

 

「……やめろ」

 

 死ぬ。明確な死が彼女に見える。

 木曾には、今の彼女の背後に黒い影がはっきり認識出来ていた。それは死神のようで、彼女を地獄の底に引き摺りこむかのような一本の腕のようにも見える。

 助けられるか。それは第三者から見れば、無理な話だ。

 現状響も古鷹も敵の攻勢を止めるので精一杯。木曾とて誰かを助けるだけの余力は残っておらず、最早彼女の事は諦める以外に選択は存在していなかった。

 それでも、と彼女は進む。助けられる可能性が億分の一だとしても、助けたいから。

 木曾の脳裏に浮かぶのは夕立の最後。敵の全てを引き付け、絶対に生き残れないラインまで彼女は自身を追い込んで沈んでいった。

 まるゆの最後は、逃げている己を生かす為の決死の特攻だった。

 忘れるものか、絶対に。忘れてしまうようなら己を縊り殺す。それだけ大切だった彼女達と、今正に江風の姿が重なってしまう。

 砲を紙一重で躱した。敵の艦爆の爆発に腕が焼かれた。

 江風には余裕など有りはしないが、尚も生き残ろうと必死だ。その結果腕が炭化しようとも、どれだけ肉が抉られようとも、最後の生を諦めはしない。

 だが、事態は確かに最後に向かって進んでいる。木曾を妨害する敵とはまた別の敵が彼女の命を少しずつだが削り、致命傷へと手を伸ばし始めていた。

 

「……やめてくれ」

 

 木曾の意識は彼女一本。

 それだけを求めて身体は動き、その精度は今までの比ではない。おっかなびっくりな回避が柔軟に行われ、銃弾の雨に恐怖すら知らずに飛び込み、己の四肢が赤く染まろうとも足を止める気配を見せない。

 大事な大事な彼女を失うものか。

 今の木曾にとって、夕立達同様に大事に思い始めている江風を失う事など発狂にしか繋がらない。

 僅かな時間だ。鎮守府に居た頃からの付き合いの者達に比べれば、それこそ微々たるものでしかない。

 しかし、絆の深さは時間ではない。その密度。

 どれだけ相手を大切に思えるか、その一点。……であるからこそ、木曾という少女に野良艦娘は似合わない。

 野良というのは遅かれ早かれ確実に死ぬものだ。それが資源によってか、それとも多数の敵に襲われるかは不明だが、それでも野良が単独で生き残れる道理は何処にも無い。

 主砲の一撃が彼女の腕を吹き飛ばす。

 噴き出る血を抑え、尚も仲間達が倒してくれる筈だと願う様に弱気というものは無かった。

 まだだ、と江風は小さく呟く。それが只の虚勢であるのは言うに及ばず、彼女の足は最早一歩とて動けない程に削られきっていた。

 中破状態にまで追い込まれた戦艦の一隻が主砲を構える。

 それに気付いたのは木曾だけ。気合だけで立っているような状態の江風は気付けず、ならばこそ回避は不可能。

 

 ――――否。断じて否だ。

 

 その言葉は、果たして誰が口にしたものか。

 木曾も、江風も、響も、古鷹も口を開いた様子は無い。歯を食い縛り戦う彼女達にそんな真似が出来るとは考えられず、ならば誰が口を開いたというのか。 

 戦艦の主砲が発射される。それをスローモーションが如く見ていた木曾は無駄だと思いつつも、手を伸ばす。

 あれが当たれば全て終わる。それだけは回避しなければと足掻いて、けれども妨害の数々によってまったく前には進めない。

 煩わしい。何と邪魔なことか。

 艦載機の攻撃が伸ばした腕を吹き飛ばした。激痛が走るも、今の彼女がそれを気にする筈が無い。

 だが、だからこそというべきか。恐らくこれが最後と思える刹那の時間の中で、江風の口が動いたのを木曾は確かに見た。

 

『――まだだ。まだ(わたし)は、此処に居る』

 

 それは暗示か、或いは只の痩せ我慢だったのかもしれない。

 それでも彼女の発した言葉には確かな力があって、今此処で死ぬような瀕死の少女の声ではなかった。

 故にこそ、全ては変わる。元からあった歯車が狂い始め、今という時間から新しい要素が何処か別の場所から流れ込み初めていた。

 それは情報。それは魂。もしかすれば有り得たかもしれない、彼女の心。

 誰が為の新世界。

 それはきっと、彼女と彼が出会う為の世界なのだ。この残酷極まりない場所で、奇跡的数字の上で成り立つ事象を無視した、出会いの世界。

 爆炎が上がる。江風の艤装はその一撃で完全に壊れ、半身も吹き飛ばされた。

 内部からは臓物が流れ、これではどうやったとしても生き残れはしない。その事実に木曾は目を見開き、しかして次の瞬間にはその目を疑うこととなった。

 艤装は砕けた。身体も半分無くなった。その筈だ、そうでなければ常識的に有り得ない。

 なのにどうして、彼女はまだ生きている(・・・・・・・・・・)

 息をし、残った片側の手を広げる江風の姿は、まるで誰かを抱き締めるような姿だ。最後の幻覚とでも言うのか、彼女の目はまったく別の方向を見ていて、当然そこには誰もいない。

 

「いや、……待てよ」

 

 一瞬だけ、誰かがそこに居たのを木曾は捉えた。

 その姿は女のように見えるが、正体は定かではない。けれども、だけれども、そんなことは些細な事に過ぎなかった。

 忘れるなと誰とも知らぬ声が響く。その身体は誰の者だとまたも知らぬ声が響く。

 江風の身体が燃えている。爆発によって起きる炎上ではなく、これは彼女の体内で起きている自然発火のような現象だ。生身でそんな事が起きるのかとも思うが、それでも実際に起きているのだから認めなければなるまい。

 その中心たる場所で、彼女の身体は確かに消えた。

 それは燃え尽きたようにも見えるし、忽然と消えたようにも見える。

 けれど不思議と木曾には居なくなったとは思えなかった。また直ぐに帰ってくるような、そんな気配を感じて仕方がなかったのだ。

 果たしてその姿は、直ぐに出現した。

 ただしその見た目はかなり変化しており、元の彼女の姿とは似ても似つかない。

 狐をイメージさせる赤い髪。黒を基本色とした多数の爆雷や魚雷を搭載した重武装の服。破壊された艤装は元通りに再生され、更には誰の目にも解るように改良されていた。

 心臓の鼓動が聞こえる。彼女の魂が再起動するかのような、そんな音が辺り一帯に響いた。

 その異常に誰もが足を止め、変わった江風の姿に響が顔を歪める。――――ああ、彼女もそうなってしまったのかと。

 されど違うのだ。響は根本的な間違いに気付いていない。

 彼女のコレも響の姿も、それこそ古鷹の姿とて決して何か間違いが起きた結果ではないのだから。

 その姿は寧ろ逆。世界を救う為の只一つの方法。

 

「第二次改装……終了」

 

 呟く江風の言葉に、皆の心臓が握り締められた。




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