江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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江風を上げるべきか、それとも朝潮を上げるべきか。それとも大発要員として大潮を育てるか。夏イベの事も考えると意外にやる事多くて飽きませんね。


限定戦闘

 さてはて、本日も空気が大変に美味しく日光は実に強く照っている。

 それでもあまり暑さを感じないのは、此処が北方海域であるからだろう。

 響達の島を護衛する。そういう名目で始まった一週間の滞在時間は、実に安穏とした滑り出しを見せた。

 この近辺に出現する深海棲艦の種類及び、この海域が何処であるのかの情報は事前にリーダーたる彼女本人からの説明によってある程度は把握している。

 尤も、それが全てであるとは思っていない。

 北方海域と言えば姫級が一体居るのだから、そちらが出現しないとも限らないのだ。

 一応姫級に遭遇していないのは確認済み。であれば、脅威となるのはやはり戦艦や空母ばかりとなるだろう。

 それならばやりようは幾らでもある。

 追加装備として余った主砲を一つ貰ったので、これで連撃も可能だ。

 仲間である木曾にも同様の装備が渡された。本人は使えるかどうか少し心配げだったが、彼女の持っている主砲は駆逐艦の12.7cm連装砲だ。

 軽巡が持てる最大の主砲ではないので直ぐに慣れてくれるだろう。

 こうして気前良く渡してきた背景にあるのは、間違いなく関係を良くしておきたいという願いからだ。少なからず反対の意見が出ている中で響は半ばゴリ押すかの如く己の意見を貫き、致し方無しと誰か一名の監視を付ける事で承諾された。

 一人だけなのは、まぁ改二であったからだろう。

 川内との戦いである程度は拮抗状態にする事が出来たが、最終的には純粋なパワー不足によって押し負けた。

 錬度の差も関係しているだろう。総じて高練度及び改二は強いので、一人であっても制圧は出来ると判断したに違いない。

 響は他人を下に見ないが、他の面々が下に見てしまっている。

 相手に露骨に伝わりやすい態度を見せている彼女達の今後が心配になるし、同時に悔しさも覚えていた。

 俺が現在憑依している艦娘は嫁艦である江風だ。そしてその江風には改二があり、恐らくは俺も戦っていく内に何時の間にか改二へと変わっているのは想像に難くない。

 少なくともそうなれば、即座に中破にまでは追い込まれない筈だ。

 生存は響や潮の方が強いが、それは所詮ゲームの話。

 実際は一撃死も有り得る世界故に、ことダメージ計算についてだけはある程度元の世界を基準にしている。

 

「こっちは異常無し。そっちは?」

 

「俺の方も特には。ただ遠くの空で爆発の光が見える」

 

「了解。確認だけ済ませたら離れるか」

 

 響達の居る島は一見すると只の無人島だ。

 だから通常の艦娘には視認されても痛くも痒くも無く、それだけに護衛と言っても近くを通るのかの確認のみ。

 それだけならば陸上で双眼鏡を使った方が良い。海上に出て無駄に燃料を消費するより、草むらに隠れて見ていた方が余程楽というものである。

 攻撃を行うのは此方が発見された時だけ。それで果たして島を守っているのかと思われるだろうが、見つからない方が逆に島にとっては安全だろう。

 皐月を含めた横一列。頭だけを僅かに出した姿は串団子のようで、けれども空に見える爆発光のせいか空気が重い。

 

「皐月、お前確か機銃持ってたよな。それで対空は出来そうか?」

 

「嘗めないでもらいたいね。僕の姿が変わった頃から使っている装備なんだ、使えない筈が無いだろう?」

 

 隠れている雑草の中から手と同時に件の機銃が出る。

 それは俺がよく知る機銃の種類であるが、同時に初心者提督では入手出来ない装備だ。時間を掛けてコツコツ彼女の練度を上げ続け、それで漸く手に出来る物である。

 同様の持主だと摩耶くらいなものか。彼女も彼女で育成しておけばかなりの力になってくれるので、個人的にはオススメしておきたい。

 一つの土台に25mm三連装機銃を三門配備した所謂25mm三連装機銃 集中配備という長い名前のそれは、この海域においてはとても力になる。駆逐艦に持たせるのならば秋月砲と呼ばれる物が最高峰だが、そうでなくとも十分に結果を残せることだろう。

 それがあるというのは心強い。残りは妖精さんの練度次第といった所だが、使い込んでいるのであれば最早その練度は高いと言っても過言ではあるまい。

 緊急時の対空装備は良し。魚雷も彼女の方が持っている。

 ならば俺達の役目は切り込み役だが、無いままで終わってほしいというのが本音だ。

 一週間というのは長いもので、そう簡単には事が終わらない可能性の方が高い。故にこそ警戒を厳にしているが、それを崩してきそうな因子が居る以上は油断も出来ない。

 敵は深海の者達だけではないのだ。隣で満面の笑みを見せる皐月だって、何かしら秘密の命令を受けていれば行動を開始するだろう。

 理由も根拠も山程にあるのだ。絶対に動くと信じて、俺の頭は常に休息を求めていた。

 

「……行ったぞ。取り敢えず今回も戦闘は無しだ」

 

 木曾が双眼鏡を覘きつつ報告し、脱力する。

 協力関係にあってもこの状態だ。まだ日も浅いし何かしらの成果も見せていないのであればこうなるのも仕様が無いと言えるだろうが、戦闘せざるをえない状況にまで発展させかねないというのは危険極まりない。

 それならば模擬戦で良いではないか。此処に居る深海棲艦よりも目の前の彼女の方が恐らくは強い。

 強さを証明しろというのであれば同じ駆逐艦である彼女や響と戦えば良いだろうに、どうにも彼等には別の思惑があるように思えた。

 計画するとしたら、それは川内だ。他の面子は面倒だと丸投げするか殺せば良いと言い出すかのどちかに違い無く、故にこそ考える担当なのは川内以外に他に無い。

 響に気付かれないように、事態を起こす。それは一見難しいように思えて、実の所そんなに難しいものではなかった。

 理由としては酷く単純。この島の外の海域にはそれなりな頻度で戦闘音が鳴っている。

 鎮守府所属の艦娘が戦っているのか、それとも艦娘連合が戦っているのかは定かではないが、それでも一日で最高十回は戦闘音を響かせていた。

 最も近いのでは弾が島の地面に当たってしまったのだ。発見されていなかったとはいえ、あの時の自分は相当に冷や汗を流していたに決まっている。木曾が別の場所を見ていて良かったぜ、流石に情けない姿は見せたくない。

 さて、今回も無事に素通りに終わった。

 こうしたやり方は殲滅を至上とする連中にはご法度にしか見えないだろうが、此方は目的が違う。

 一週間特に何も無い事を祈りながら島から響達を出さないようにすれば良いのだ。外に出るのは基本的に不足し始めた各種資源の入手に向かうだけで、それ以外は森の中で籠りっきり。

 退屈に感じているのか木曾が欠伸を漏らす。此処は一応敵地だというのに何たる図太さだと苦笑し、こんな場所だからこそある程度の息抜きは必要なのかもしれないと横になった体勢を胡坐に変える。

 双眼鏡で確認した限りでは敵の陰は無い。一応他の箇所も見たには見たが、この箇所での戦闘が多い事もあってか此処を重視する方向に固まってきている。

 

「この方向って何があるンだ?」

 

「こっちは西だね。君達が逃げてきた方向からだとすると、多分西方の鎮守府が来ているんじゃないかな」

 

「西方の?だが此処は北方の管轄じゃ……」

 

 それはほら、と皐月は片手で丸の形を作る。

 如何に難しい問題も賄賂で解決。成程確かに今の海軍でなら通用する手立てだ。それで軍がまともに機能しているのか疑問だが、こうして実際に動けている以上は何とか動けているに違いない。

 しかし、俺が逃げてきた方向か。そうなると想像するのは、最初に出会った艦隊達だ。

 金剛を旗艦とした部隊はそれはそれは不本意な顔をして砲撃してきたもので、海軍の中に居ようともそういった不満はあるのかと思ったものである。

 そして彼女達の指揮官は、あの俺を嫁にしようとしている提督だ。

 北方の提督が動いている線も考えられるので絶対ではないが、彼が動いているのであれば断固として避けるべきである。もしも捕まればどうなることか……最悪強制的に結婚させられかねん。

 カッコカリならば練度の開放上必要不可欠だが、あの時の男の声を聴く限りではとてもではないが事務的な雰囲気を感じなかった。

 つまりは、本気で俺とあんなことやこんなことをしたいのである。

 そう思うと、背筋が少し震えた。

 

「それにしても珍しいよね。最近はこんなに戦闘音なんてしなかったのに」

 

「普段はもっと少なかったのか?」

 

「うん。僕が居た頃なんか戦闘が退屈を吹き飛ばす唯一の方法ってくらい出たら皆で襲い掛かったよ。一番戦果の高かった子の食事が少し豪華になるんだ」

 

 深海棲艦も涙目である。

 改二複数に襲われるなど姫や鬼でも無ければ余程運が良くなければ生き残れまい。他に可能性があるとすればフラグシップ改にレ級といった特別な個体のみか。

 それが出てこなかったというのは皐月の話で推測が立てられる。もしも実際に出てきたのであれば、こんな風に余裕な素振りで話などする筈無いのだから。

 段々と昔の状況から敵の種類が解るようになってきたな。改二で苦戦はせず、けれども改二にならなければ苦戦する程度の戦力。

 最高でもフラグシップ。想定していた最悪を固定し、倒せるものだろうかと主砲を見た。

 彼女達が渡してくれた物と同様の装備を活用したとして、まず正攻法では無理だ。戦艦を突破するには固い装甲を貫く必要があり、空母については接近をしなければならない。

 周りに雑魚が居れば盾にしての吶喊も考えられるが、それも居なくなれば難しい話だ。

 深海棲艦の肌は艦娘の肌よりも固い。同様の規格同士であれば突破出来るとはいえ、艦娘の誰もが羨むような装甲は正直俺にも欲しいものだった。

 バルジは結構だ。あんなデカイものをぶら下げる趣味は無い。

 

「取り敢えず戻るかい?昼も近い訳だし」

 

「賛成……といきたいところだけど、個人的にはまだやる事があるんだよね」

 

 何、と俺は皐月を見る。

 満面の笑みを見せる彼女に変な様子は窺えない。では個人的な用事は何かと思うが、それが本当にプライベートな内容だったら俺達はこのまま勝手に下がらせてもらうだけである。

 けれども、と続けてしまう怪しさが彼女にはあった。

 何もいないであろう海をバックに立ち上がった彼女は――――その手に口径が著しく大きい銃を取り出す。

 ハッと思う頃にはもう遅かった。軽い調子で引き金を押し、中からは特大の弾が空高く発射される。

 空中で甲高い音を響かせた弾は、その後に昼であっても見事に輝くもう一つの太陽を生み出した。

 唖然と彼女を見る。

 当の本人は至って満面な笑みを固定化させ、寧ろ小さく笑い声を漏らしている。快活な印象を受ける彼女は初見では怪しさを感じさせず、されど今であればその異常性がよく解った。

 

「御免ね。川内さんから頼まれちゃってさ」

 

 想定していた筈だ。考えていた筈だ。

 それでもあっさり抜けられてしまったのは、俺が無意識でも彼女ならばする筈が無いとでも思っていたからなのかもしれない。

 子供そのままに笑う金髪の少女に、嘘を吐くような技術があると思っていなかったからなのかもしれない。

 笑い、嗤う。正に今彼女が見せた本性は、その短い言葉に纏まった。

 遠くの空に複数の艦載機がやってくる。同時に耳には水上を滑る音が入り、何処を目指しているのかも容易に判明する事が出来た。

 数にして六か。こんな音や光に寄せられたにしては随分少ない。運が良かったと見るべきか、皐月や川内が計算してこんな真似をしたのか。

 

「お前ッ、こンな呼び出し方をすれば島が攻撃を受けるぞ!」

 

「大丈夫だよ。そうなる前に僕達も加勢するし……それに防衛自体は君達の仕事だろう?」

 

「んのクソアマぁ!!」

 

 木曾の拳が皐月の顔面目掛けて飛ぶ。

 それをひらりと躱し、彼女はさっさと武器を持って去って行った。恐らくはこの島に居る面子達で他の方角からやってきている者達を殲滅するつもりのようだ。

 追い掛けたいが、既に近付いている連中を無視する事は出来ない。舌打ちと共に地面を殴り、怒りを一旦他所に置いてから木曾同様に武器を構えた。

 見える限りでは六の内三はエリート。戦艦一隻に軽空母二隻、それに駆逐が二に軽巡が一だ。

 正規空母クラスが居ないのは良いが、それでも軽空母二隻がエリートである以上は侮れない。特に戦艦エリートは俺達にとっては最悪の相手である。

 

「数六。しかもエリート込み。こっちは二人で内片方はまともな装備ではないと」

 

「完全に劣勢だぜ。どうする」

 

 木曾は俺に向かって言っているようだが、疑問符が付いていない以上答えは既に出ている。

 こんなケースが今まで無かったとは言わない。正規空母に追われた経験もあるし、それこそ戦艦の至近弾すらも体験している。違うのは、今回の目的が防衛であるということだけ。

 この島自体には何の価値も見出していないのは実際に島に襲ってこない段階で解っている。ならば俺達が目の前で出れば、それだけで相手の意識は其方に向く筈だ。

 決まっているだろとだけ告げ、俺はそのまま海へと一直線に走る。

 今度は崖ではなく浜辺なので、途中の停止が無いまま勢いよく身体は前へと進みだした。

 接近するまでに確実に先手は奪われる。しかも今現在艦載機が飛んでいる以上制空権は向こうのもの。

 こんな風にするのならば対空装備の一つでも寄越しやがれと思いながら、最初の艦載機達の襲撃を俺達は最高速度で突破する。

 

「木曾!お前は雑魚から潰せッ、こっちは空母を沈めてくる!!」

 

「了解……ッ」

 

 限定された戦いなんて初めてだ。それ故に少しばかりの緊張があるが、それを吹き飛ばすように俺は吠える。

 四日目の昼。その日俺達は、艦娘に嵌められるという形で戦闘へと突入するのだった。


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