これはあまりに江風が出ない所為で書いた作品です。なので江風が出たら更新しなくなる可能性が多分にあります。
そして不定期の更新になりますので、その辺はご了承いただけますと幸いです。
走る、走る、走る、走る。
息が切れようとも足の艤装を動かし、無理矢理にでも身体に力を入れて前を見据える。
未来は明るいものだと自分に言い聞かせ、それでも聞こえる大量の艤装の音に心臓を掴まれるような恐怖を覚えた。
恐る恐るといった体で背後を確認すれば、引き離したにせよ未だに見える人の群れ。
といっても人数は精々六人程度であり、隠れる場所さえあれば逃げ切れる自信があった。
しかして、現実は上手くいかない。
周りには隠れる場所どころか障害物すら存在しない広い海。
人間が海を走るなどまるで漫画のようであるが、俺は現在進行形で水上を滑るかの如く走っていた。
どうしてこうなったのだろうかと思う。
何故己がこんな目に合うのかと何処に居るかもわからない神に罵倒の言葉を雨霰とばかりに言い続ける。
それもこれもこの世界が原因だ。この身体になってしまったのが原因だ。
片手で胸を触る。男性特有の硬さはそこには無く、逆に女性特有の柔らかさがあった。
尤も大きさは皆無であり、言ってしまえば無きに等しい。
視界に入った髪は薄い赤。ロングのそれは急な動きをする度に視界に入り、鬱陶しさすら感じる。
腹も露出し、そもそも全体的に見えているせいで最初の内は落ち着く事も出来なかった。
海面に見える顔は見知った人物。いや、この場合は見知った己の顔と言うべきか。
艦これというゲームの中で俺が最も好きだった子。
その海面には、俺の感情を表すように焦りを示す
再度言わせてもらうが、本当にどうなっているのだろうか。ゲームの中の人物になるなど流石に冗談の類だと思って笑い飛ばしたい気分だ。
まぁその過程は既に経過しているので最早諦めるしかない訳だが。
確か最後の記憶は、そうコンビニで菓子を買った所だ。
飯を食べ終え艦これのレベリングをしている間に口が段々と寂しくなり、それが気になったから買いに行った。
そこで確かチョコの類を購入し、さぁ嫁の江風のレベルを上限にまで上げるかと気合を入れたところで意識が急に暗転。
次に目覚めたのは海上で、自分の身体が沈まない事から不思議がって調べた結果この身体が誰のモノであるのかを正確に理解した。
最初の内は慌てたものだ。
何せいきなりであったし、身体が男のモノから女のモノになってしまっているのだから。
しかも自身のよく知るゲームに、嫁だ。運命でも感じてしまうのは致し方あるまい
尤も、そう考えられるようになるまでは生き残る方法やこの世界が一体何であるのかを悩む日々だった。
無人島を見つけ、極小の湖で水分を確保し、食料は木の実や適当に作った木製の釣り竿で釣った魚。
それとコレは試した結果であるが、どうやら資源の方も食えるようだ。
勿論美味しいものではない。寧ろ不味い部類で、けれどそうしなければ弾薬の補充や傷を塞ぐ事は出来なかった。
「……ハァ、ハァ、よっしゃ撒いたか?」
背後の足音が消えた。
それが終了の合図であるのも最早当たり前となり、振り返ればあの群れは何処にも存在しない。
その事実を確認し、今日も無事生き残れたと胸を撫で下ろした。
俺が追われるようになったのは最近のことだ。理由は至って単純というかなんというか、あの群れの先頭を走っていた戦艦金剛が俺を見つけた途端に野良艦娘だと保護しに来たのである。
無論それだけならば俺も嬉しくない訳ではない。野良艦娘という事はドロップ艦であるということなのだから。
誰か他の艦に拾われなければ生きていくのも難しいのはこの身体になってから嫌という程に理解した訳で、故にこそ最初期は此方も喜んで傘下に入らせてもらおうと思っていたのだ。
そんな時に、提督からの通信が金剛の耳に届いた。
電子音を響かせた通信機から聞こえてくる声はまだまだ若く、声だけで推測するのであれば二十の前半程度。
新米少佐かと思ったのだが、中々指示は的確で経験は豊富そうだった。
問題なのはその後だ。確りとした挨拶をする前に簡易的にでも言葉を交わそうと通信機を渡され、俺は昔の江風のボイスを思い出しながら初対面の人間に礼儀正しく自己紹介を述べた。
そこに一点の間違いだって無いと自負していたし、だからこそその後に聞こえた大絶叫に驚愕したものだ。
『ちょッ!?そこに居るのってもしかして江風!?江風なのか!』
「え……と、どうナンデスカ?」
「えと、はい。そうですけど……」
江風ぇぇぇぇぇと叫ぶ件の提督はそれはもう取り乱している様子だった。
まるで堀りで漸く入手した大鯨に喜ぶプレイヤーの如く、言葉の中に嬉々としたものが混じっているのは間違いない。確かに江風という艦娘では序盤の難所である沖ノ島海域をクリアせねばならず、しかも居るのはEOと呼ばれる特別な海域のボスマスだ。
戦力の整っていない内に突撃するのは正直無謀だと思うし、俺自身突撃を開始したのは駆逐艦の改二がソートの前に来始めた頃だから少しばかり時間は経過している。
そうであるからこそか、その提督の声には嫌になるくらいに真剣味を帯びていた。
さながら獲物を逃さぬ動物が如く、その声音には背筋を凍らせたものである。――――何せ、連れ帰って嫁にするとまで言い出したのだから。
嫁。ケッコンカッコカリ。それは提督であれば誰もが目指す一つの極致。
何でも過去に江風を保有している提督の元に居たらしく、その時に江風の姿に魅了されてしまったとか。
以来発見出来次第最優先での保護を目標としているそうで、正直拒否権は皆無だった。
冗談ではないというのが俺の本音だ。
だってそうだろう。誰が好き好んで男とケッコンしようなどと思うものか。
この身体は女だが、心は男である。野郎に抱き着かれれば嫌悪感が先に来るし、現にあの時は想像しただけで鳥肌が立った。
それに言っては何だが、碌に出会って間もない相手に嫁にすると宣言するのはどうかと思うのだ。
もっとそういった目的はひた隠しにして、お互いに仲良くなってから切り出すものだろう。勿論俺がいきなり提督に告白されようものなら断っていたが。
結論として、通信先の提督はまともじゃない。
金剛が疲れた溜息を吐いたのもその考えを裏付けるものであるし、だからこそ通信機を投げ渡してあばよとばかりに逃げさせてもらった。
その頃からだ。敵である深海棲艦を倒しながら俺の姿を探す金剛達の姿が見えるようになったのは。
運が悪ければ一週間に二度出会い、運が良ければ三日に一度出会う。そんな頻度で遭遇してしまうからか、最近俺が活動する範囲もまったく別の場所にしていた。
そこには当然敵も出る。だが、殆どは雑魚ばかりであり、この身体に元から戦闘の為の知識が植え付けられていたお陰で大した練習もする事無く勝利を捥ぎ取れた。
初期装備である主砲は威力の高い物ではない。だが、これが現状俺の命を繋いでいるのは確かだ。
今まであまり気にしていなかったが、やはり主砲は主砲。狙い所が良ければ弾薬をそれほど消費せずに相手を撃沈させる事も可能だった。
これからはどんな主砲にも感謝を捧げるとしよう。
そう思いつつ、何も無い海を走って無人島へと帰還を目指した。
この海域に出現する敵は存外強い。といってもそれは駆逐艦からすればという視点の話であり、戦艦のように大型の艦であればそこまで脅威に感じない程度のものだ。
最大戦力で戦艦ル級であるが、そういった敵については無視を決め込んでいる。
先に発見したもの勝ちというか、兎に角視認すれば即座に別の方角へと動いて逃げてるのが現状だ。
相手も俺を見つけて襲い掛かる事がある。同じ駆逐艦であれば島風のような特殊な艦でない限りは引き離す事も出来ずに戦う事になるし、そうなれば傷も増えてしまう。
僅か一ヵ月の期間であるが、こうして生き残れたのは江風の中に最初から用意されていた戦闘知識のお陰だ。
艦娘には皆予めセットされているのかどうかは解らないものの、それでも明日に希望が持てる強さを確保出来るのならば嬉しい事この上無い。
出来る事なら日本で生活したいけれど、この身体に戸籍なんてものは存在しないのである。
迂闊に接近すれば哨戒中の他の艦娘に補足されるかもしれない。それは流石に勘弁願いたいところだ。他の提督がアレと同じであるとまでは思いたくないが、もしも似たような性格だったらと考えてしまうと迂闊に動けない。
寂しい生活だ。食い物にも限りがある以上何時かは他の場所も目指さなければならない。
今の俺の傍に居てくれるのは艤装に元々居る妖精さんと主砲の妖精さんのみ。
小動物特有の素早い動きで俺の肩に乗れば、彼女達は喋れないながらも気遣うような顔を見せた。
「大丈夫だよ。ンな顔するなって」
人差し指で撫でて、先ずは無人島へと足を進める。
これから先の予定は無い。だが、予定が無いからこそ自由に動く事が出来る。それがきっと良い方向に進むと信じて、今は一人で生きる事を最優先に行動するのだった。
※reverse※
「reportは以上ネ」
静けさの漂う執務室に、金剛の比較的静かな声が辺りに響く。
随伴艦の皆は帰還途中の被弾によって入渠させられている状況であり、今現在この部屋の中には金剛と提督及び秘書艦の電のみしか存在しない。
尤も、電は我関せずの態度で書類を裁いている。本人的にも今回の出撃は割に合わないのは解っていたし、それでも出撃する事を続けた以上は提督の責任だ。
秘書艦の彼女が幾ら注意しても聞かずに出撃させたのだから、周りの雰囲気が少し悪くなるのは必然だろう。
普段はもう少し明るい金剛もこの時ばかりは些か不機嫌だった。こんな任務を続けても無意味であると解っていて、けれども命令によって無理矢理連続出撃だ。
疲労を無視したやり方に文句を言いたいが、それを目の前の相手が理解していない筈が無い。
実際目前の年若い彼も江風が手に出来なかった事実に嘆いてはいたが、それでも他の艦娘達が傷を負っている事を看過する事はしていなかった。
報告は唯一傷の少なかった金剛に任せた辺り、ある程度の配慮は出来るのだろう。
「そうか。では今日はもう出撃は止めにして休んでくれ」
「……まだ諦めないんデスカ?」
溜息を一つ吐いた提督は、直後に次の指示を下す。
それに金剛は反応し、勿論だと彼は返した。彼にとって江風というのは一目惚れの相手であり、言わば何を犠牲にしてでも欲しい艦娘だ。物扱いのような言い方になってしまっているが、彼としては艦娘も確り人間の括りに収めている。
最近ではブラック鎮守府の検挙数は途方もない。
非人道的な行為の数々によって憲兵のみならず艦娘達に殺される提督の数も多く、一部の艦娘は轟沈したフリをして野良艦娘になるような者も居る。そういった子達は基本的には人間を信用しておらず、逆に攻撃を仕掛けてくるようになるのだ。
そうなれば最悪深海棲艦と同様の扱いになってしまう。つまりは撃沈させる事を認めるという訳だ。
これによって更に艦娘側の人間に対する信用度も落ちているが、しかしそうしなければ人間側が一気に人口を減らす結果になってしまう。
野良艦娘というのは本来は深海棲艦が浄化という形で負の念を喪失した状態の者を言い、決して海に逃げた者達のことを言うのではない。
故に彼としては私情が九割であれど、一割は仕事目的で確保を目指していた。
江風というのは個体数も少なく、中には彼女の存在を知らない提督が居るくらいの希少性を持つ。故に悪徳提督はそういった希少性の高い艦娘を捕縛し、自身の出世の為や単純な金稼ぎ目的に活用するのだ。
そうなる前に保護する。故にこそ、この出撃は決して仕事外のものではない。
ならば電も金剛も不機嫌になる必要は無いかもしれないが、彼の理由が理由だ。仕事目的ではなくて多分に私的な部分がある以上士気を高く保つというのも存外難しい。
「江風が何時どんな奴に捕まるのか考えたら夜も眠れないんだ。保護して、暖かい御飯を用意して、そして姉妹艦に会わせてあげたいんだよ」
心情は、実に切実だ。
それ故にあまり悪くも言えない。その心根は綺麗で、濁りは無いのだから。いや、ある意味下心という意味では汚れているのかもしれないが。
書類を完成させた電も彼のこの心根を悪く思うつもりはない。ホワイト鎮守府を目指す姿勢は素晴らしいと尊敬出来るものであるし、指揮だって決して下手でもないのだから。
それに彼が艦娘を人間扱いしているお陰で好意を持っている者も居ると聞く。
そう、後はこの江風を求める気持ちさえ何とかなれば良いのだ。それだけで全ては丸く収まる。
こほんと小さく咳をし、全員の視線を集める。半目の視線を提督に向けて一枚の資料を渡し、彼女はある種この場所での全ての決定を指示した。
「その気持ちは解るのです。ですが、資源がここまで減っている以上回数は減らしてください。流石に天龍さん達に無理をさせるのは良くないのですよ?」
そこに書かれているのは最近の資源消費量だ。
このまま出撃を繰り返していれば間違いなく資源は底を付く。だからほどほどの範囲に収め、資源の回復や海域突破による大本営からの資源報酬を最優先にすべきだと告げた。
その意見は正論である。その為に彼は再度息を吐き出し、解ったと肯定の意思を示した。