Fate/SAKURA   作:アマデス

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お久し振りです。本当にお久し振りです。

どんだけ忙しかろーがモチベが上がらなかろーがこの日にだけは投稿せねばならないっ!!

桜ちゃん誕生日おめでとうっ!!



という訳で今回はワカメ視点の幕間。桜ちゃんの誕生日なのにワカメっておま…。

あらゆる意味で何時も以上に独自解釈と独自設定のオンパレードですので注意!

ワカメといい麻婆といい口調にすげー気ぃ使うからキツイ()

つーか今回女の子全然出ないし…これだから幕間は筆がノらないぜ…早く凛桜か騎桜の百合畑を耕したい…_:(´ཀ`」 ∠):



幕間 誤魔化しと試練と

 間桐の一族は魔法使いである。

 

 あれは何歳の頃だったか…兎に角まだ年端もいかない子供だった頃。

 その辺のガキより頭の出来がよっぽど良かった僕は家の書庫にあった文献からその事を知った。

 まぁ正確に云うなら魔術師の一族だが…意味合い的には当時の僕の中で差は無かった。

 

 偉大なる御先祖様達によって紡がれてきた神秘の探求、その系譜。

 書物に描かれたそれ等はとてもキラキラしていて眩しくて。

 自分の中にもこの偉大なる先祖の血が流れているのだと思うと凄くドキドキして。

 書物の中に記された神秘の業を繰り出す自分自身を夢想してワクワクして。

 

 

 

 ───────それ等は全部勘違いだった。

 

 

 父は言う、お前は運が良いんだ、魔術なんて知る必要は無い。

 祖父は言う、間桐の血は廃れた、お前に魔術を行使する資格はもう無い。

 

 

 元はロシアの地を起源とするマキリ改め間桐は、何代か前に魔術師として血の限界に達し、同時に移り住んだ日本の土地が性質的に合っていなかったのか、代を重ねる毎に退化─────遂に僕の代でその役目を終えた。

 栄枯盛衰。

 ある段階まで、秘蹟を重ね続けて限界に達した魔術回路及び魔術刻印はそこからどんどん劣化していく。

 それは現代の魔術師達の間では常識で、だからこそ名門と呼ばれる魔術の家は門下に下った家に刻印を株分けして秘蹟を受け継がせると共にその権威を増長させていく。

 

 間桐(僕の家)株分け(それ)をしなかった。

 名門としてのプライドだったのか何だかは判らないけど、もしそうなら酷く愚かだと僕は思う。

 それと同時に、僕でもそうしただろうとどこか納得した。

 力が及ばなかったから、自分達だけでは目標(根源)に辿り着けなかったから、衰えたから、そんな風に中途半端な所で諦めて地べたに這い(つくば)るなんて真っ平ごめんだ。

 見下されてたまるか、自分達より歴史の浅い馬鹿共に尻尾を振るなんて尚更。

 

 ───そうやって愚かにしぶとく執着(プライド)を熟れ腐らせてきた死に損ないの末裔が僕。

 ───感じた憧れは錯覚で、与えられたと思ったものは端から何処にも無くて。

 ───僕は、はじめからzeroの空っぽだった。

 

 

 

 ─────いいじゃないか、だったら僕だって足掻いてやる。

 

 数百年間、此処まで貫いてきた意地なのに何途中で諦めるてるんだよ、どうせならその血の一滴まで根絶やしになるまで足掻き続けてみろよ。

 知る必要は無い?受け継ぐ資格は無い?知ったことか腰抜け共め。

 縦え衰え腐ってしまったのだとしても積み重ねてきたものは嘘じゃない。

 本当に空っぽになってしまうのはそれ等を忘れて投げ出してしまった時。

 

 僕には流れているんだ、気高い間桐の血が。

 勉強だってスポーツだって周りの奴等よりよっぽど上手く出来るんだ。

 生まれた家だってお金持ちで、神秘を受け継ぐ高貴な家柄で。

 天は二物も三物も僕に与えたんだ。

 だったら魔術だって。

 そうさ、必ず僕がこの間桐()を復興させてみせる。

 

 

 ───本当は無意味な悪足掻きだって、心と頭の両方で正しく解っていたけれど。

 どうしても捨て切れない執着(プライド)を抱えたまま僕は歩み続けた。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 11年前、6歳の春、妹が出来た。

 第一印象は、『なんか鈍臭そうな奴』。

 名前は遠坂桜と云うらしい。

 

 そう、()()()()だ。

 冬木のセカンドオーナーにして、間桐(うち)と盟約を結んだ魔術の家門。

 何でそんな奴が、不思議に思って親父と祖父に聞いてみた。

 

 (いわ)く、遠坂の妻は二子を産んだ。

 魔道の秘術は一子相伝。

 故に姉に家を継がせ、妹を養子に出したのだ、と。

 

 要するに、厄介払い。

 家の秘密が外部に漏れる可能性を少しでも排除する為の。

 そんな理由で、まだ5歳にも拘わらず家族と引き離されてしまった。

 

 

 嗚呼、こいつも、いらない子なのか。

 

 僕の中での義妹(いもうと)は、『可哀想な奴』に変わった。

 

 家族と離れ離れになっただけじゃない、こんな潰れかけの、それも魔道の家に貰われるなんて。

 そう、可哀想だと思ったから、兄の務めとして仕方無く優しくしてやった。

 そうして少しでも構ってやると、直ぐに呑気に笑った。

 まるで日向(ひなた)に咲く花の様な、間桐(この家)で見る事なんて皆無に等しかった類いの笑顔。

 その笑顔を見ていると、なんか、少し、気が抜ける様な感じがした。

 当時は恐らく無意識だったんだろうけど、もっとその笑顔が見たいと思ったから、僕は益々桜に構うようになっていった。

 何故かお爺様も矢鱈と桜に構うのが面白くなくて、意地悪をした事も多かったけど、まぁそれなりに仲の良い兄妹をやれてたと思う。

 

 

 そうして一ヶ月くらいが過ぎた頃には、僕の中の妹は『鬱陶しい奴』にシフトチェンジしていた。

 

 当初、まだ家に慣れていなかったからだろう、何処と無くうじうじもじもじと言動の歯切れが悪く、人見知りする態度が此方の苛つきを誘う奴だった。

 だと云うのに。

 一月経ってすっかり家に馴染むと…何と云うか、こう、妙にオカンっぽくなった。

 

 やれ、休みの日でも早起きしろだの。

 やれ、好き嫌いせずにご飯食べろだの。

 やれ、玩具やゲームは出しっぱなしにせず直ぐ部屋に片付けろだの。

 

 当初の根暗さは何処へやら、矢鱈と僕のする事に口出しする様になりやがったのだ。

 その様は正に妹と云うより姉そのもので本当に鬱陶しかった。

 用事が無い時は頻繁にくっついてくるもんだから魔術の勉強も中々出来ないし。

 年下の癖に兄である僕の世話を焼こうなんて十年早いよ、文字通り余計なお世話って奴だ。

 

 その証拠に僕の方が桜よりずっと確りしてた。

 第一印象だった鈍臭そうというのは間違いじゃなく、足下の不注意で転ぶ事もよくあったし、忘れ物や失せ物だって多かった。

 その度に泣いたり落ち込んだりするもんだからそれも鬱陶しくて。

 仕方無いから慰めてやれば笑いながらお礼を言ってきて。

 まぁ、根暗でうじうじしてる奴よりちょっとくらい(うるさ)くても笑ってる奴の方が妹にしとくにはいいかな、なんて思ったりした。

 

 

 

 ───それから暫くして僕は海外に留学し。

 帰って来たら妹にお爺様が亡くなった事を告げられ。

 程無く親父も精神を病んで逝った。

 

 大して悲しくなんてなかったけど、そういう感情とは別の所で焦りが生まれた。

 生活面でも経済面でも精神面でも、何の準備も出来ていない状態で二人共勝手にポックリ逝ってしまうもんだから。

 もう頼れる大人は居ない───普段から親父や祖父が頼れる大人だったかと云うと首を傾げざるを得ないが、兎も角この家と妹を護れるのは自分だけだとより一層の努力を自分に課した。

 

 この頃の僕にとって桜は『護ってやらなきゃいけない奴』だった。

 

 

 

 それからまた暫く経って中学に入学して、そこで使えそうな(面白い)奴と出会い。

 一年経って桜も中学に入学したのを切っ掛けにそいつを紹介してやって。

 

 僕と桜の距離が少し離れた。

 

 一体何が気に入ったのかは判らない、ひょっとしたら僕が彼奴に感じたのと同じものを桜も感じ取ったのか。

 

 何にせよ。

 

 桜は衛宮の家に通うようになった。

 

 

 元々社交的で友達も多くてよく笑う奴だったけど、初対面の相手にあそこまで入れ込む様な性格を桜はしていなかった筈なのに。

 それだけじゃない。

 衛宮と出会ってからの桜は、明らかにそれまでと変わった。

 具体的に説明するのは難しい、けど確実に、何と無くだが───笑顔の()が変わった。

 

 

 

 妹に芽生えた感情が何かを察するなんてのは、家族()である僕には簡単過ぎて。

 

 

 そしてそれが、僕には面白くなかった。

 

 僕には今まで一度も見せた事の無い…そして、恐らく今後も絶対に見せないだろう表情を、出会って半月足らずの()に見せているという事が酷く不快で。

 何でだよ、今までお前と一緒に居たのは僕なのに、ずっとお前の事を護ってきてやったのは僕なんだぞ、お前の事を誰よりも理解してるのは───

 

 ───そんな、間男に嫉妬する恋人の様な、娘に男が出来た事を知って怒り狂う父親の様な。

 

 色々と自覚して、反吐が出そうになった。

 

 嘘だろオイお前……こんなん、とんだシスコン野郎じゃないか…っ!

 

 それで何か色々と萎えて落ち着いて。

 でも内側で燻る執着は消えなくて。

 取り敢えず二人の関係については口出ししない事にした。

 知るか馬鹿、勝手にイチャついてろ、不干渉で遠巻きに煽ってやるのが正解なんだよこういうのはさ。

 

 

 そうして妹との距離は若干離れたけど、別段仲が悪くなったという訳でもなく。

 まぁ良くも悪くも普通だった。

 思春期を迎えた異性の兄妹なんてこんなもんだろ?

 僕にとっての桜は『自立し始めた奴』にジョブチェンジした。

 

 

 

 それでだ。

 妹が恋を始めたって云うのに兄である僕にそういう浮いた話が一つも無いってのは何か面白くなかったから、僕も色々と手を出してみた。

 元々顔、頭、腕っ節、経済力と、異性にモテる要素ほぼ全てを高スペックで網羅してた訳だから、当たり前の様にモテていた。

 実際これ迄、何度もラブレター貰ったり告白されたりしてきたしね。

 勿論男として異性と付き合う事に興味が無かった訳じゃないけどさ、まだまだ思春期真っ只中のガキで気恥ずかしさの方が勝ったり、他に優先しなきゃいけない事も多かったから全部断ってきた訳だけど。

 

 だから、その気になってみれば剰りにも簡単だった。

 相手にはまるで困らなかった、飽きたり合わないと思ったら直ぐに別の相手に乗り換えが出来たし、文字通り取っ替え引っ替えって奴。

 まぁそうしてたら当然男女共に受けが悪くなったけどさ。

 男友達は減ったし真面目で潔癖な所謂(いわゆる)お堅い系女子も近付いて来なくなったけど知ったこっちゃなかった。

 男連中のそれは優秀な僕に対する嫉妬だったし、女子だって一部に敬遠されるだけで殆んどが僕に好意的に接してきた。

 

 周りの皆が僕を妬んで、羨んで、無視出来なくて。

 今までの努力が、僕の力がやっと正しく認められた気がした。

 そうさ、これこそが、この形が本当なんだ、見たかよ、僕にかかればこれくらい簡単なんだ。

 そう周りの有象無象共に、あっさり逝っちまった先代達に心中で叫んでやった。

 

 でも剰りにも簡単過ぎたからちょっと拍子抜けしてしまって。

 もうその辺の馬鹿女を引っ掛けるなんてのは暇潰しどころかルーティーンに等しくなってしまっていて何の面白味も無かった。

 前々から僕の悪評を聞き付けた桜がガミガミと説教してくるもんだから辟易として、若干そこは大人しくし始めた。

 全く、僕はお前の交遊関係には口出ししてないんだからお前も一々突っ掛かってくるなよな。

 

 そんな感じで中学を卒業して高校に入り。

 

 僕は丁度良い(ターゲット)を見付けた。

 

 

 遠坂凛。

 桜の()姉。

 こいつも僕と同じ高校に進学してきた。

 ついでに衛宮も。

 

 冬木のセカンドオーナーにして、間桐と同じく魔術の秘蹟を代々受け継ぐ遠坂の一族の令嬢。

 その肩書きだけでも中々だったけど、才色兼備に品行方正、文武両道、おまけにこの上無い美貌と正しく絵に描いた様な名家の御嬢様。

 家柄も才能も持ってる、まるで僕と鏡合わせの様な女。

 こいつこそ、正しく僕にふさわしい相手だと思った。

 入学して暫く経ち、それ等の情報収集を終えてから、早速アタックを開始する。

 けど戦況は芳しくなく。

 遠坂は誰に対しても態度を変える事無く一定の距離を保つ奴で、それは僕に対しても同じだった。

 可愛い(シャイな)奴だと思ったよ、この僕が認めてあげているってのに。

 同じ神秘の道を受け継ぎ歩む家の者同士なんだ、向こうが僕に関心を抱いていない筈が無い、お互いに釣り合いが取れる相手なんて一人しか居ないって解り切ってるだろ?

 或いはもっと上の男を望んでるのか?幾らなんでもそれは高望みし過ぎだよ、僕以上の奴なんて先ず居る訳が無い。

 それとも未だに男に対して関心が無いのか?高校生にもなってそれは無いだろ、魔術の研鑽で忙しいんだとしても優秀な跡継ぎを産む義務が魔術師の女には有るんだからさ、僕が色々と教えて大人にしてやらなきゃね。

 

 そうさ、無関心を装ってるだけだよ、本当に僕の事なんか眼中に無い、なんて───ある筈が、無い。

 

 そうして地道に───この僕がだよ?一途なアタックを続ける事約一年。

 進級して二年に上がり、桜も同じ高校に入学して来て。

 

 

 僕と桜の距離は、また離れた。

 

 

 桜が入学して暫くした後、学校中にある噂が流れた。

 曰く、『遠坂凛と間桐桜は実の姉妹である』。

 誰が流した噂かは知らない───というか事実なんだけど、当然この話題に食い付いた輩は多かった。

 上述の通りの完璧人間である穂群原のミス・パーフェクト遠坂凛と、高校に上がって益々磨きがかかったその容姿と人当たりの良さから来る八方美人さで早くも穂群原の人気女子上位に成り上がった間桐桜が、なんと実の姉妹─────娯楽に飢えた凡人(馬鹿)共にとっては何とも魅力的な(御馳走)だったろうさ。

 当然兄である僕の所にもそれが事実か確認しに来る奴、もっと突っ込んだ事情を聞き出そうとしてくる奴(主に新聞部の連中)が次から次へと引っ切り無しで。

 

 本当に辟易したよ、無神経が過ぎるって感じ?

 僕でこれなんだ、当人である桜や遠坂はもっと大変だろうなと思った。

 幾ら血が繋がっていると言っても、もう十年以上お互いに不干渉を貫いてきたのに。

 それも桜からしたら自分を捨てた奴と今更姉妹だ何だ話を蒸し返されちゃ堪ったもんじゃない筈だ。

 だから早めに噂が沈静化する様に情報操作をしてやる事にした。

 

 親同士が勝手に決めた話で僕達は詳しい事情を知らない。

 もう十年以上前に養子に出されたっきりお互いに干渉はしていない。

 今更その事で騒がれたって当人達にとってはいい迷惑だろうさ。

 

 そんな感じで如何にも興味無さ気に、二人はもう何の関係も無いんだと突っぱねてやった。

 

 

『え?でも私遠坂さんと間桐さんが仲良さそうに話してるとこ見たよ?』

 

 

 

 ─────名前も知らない同級生にふと告げられたそれが酷く耳に残った。

 

 

 は?

 

 何だよそれ。

 

 有り得ないだろ。

 

 だって彼奴等はそんな、捨てた側と捨てられた側で。

 

 

 嘘だ、有り得ない、そうやって内心で何度も自分に言い聞かせた。

 まるで焦りを抑える子供の様に。

 そうして午前の授業も上の空のままに過ごして、僕は昼休みに桜の様子を見に行った。

 教室には居なかった、弁当(昼食)を持って何処かへ行ったらしい。

 そういえば(彼奴)は何時も衛宮と一緒に屋上や弓道場で昼飯食ってたっけ。

 今日は天気が良い、多分屋上だろうと当たりをつけて行ってみた。

 

 

 衛宮と遠坂と。

 二人に囲まれながら桜は笑っていた。

 

 

 

 妙な、脱力感があった。

 

 三人が三人とも、僕には見せた事の無い顔をしていて。

 綺麗に完成したその環に、僕が入る余地なんて微塵も感じられなくて。

 

 それからの僕は、当時は無自覚だったけど、荒れた。

 女癖は前より悪くなって、他人を見下す頻度も度合いも増して。

 僕は特別なんだと叫んで、でも本当に欲しいものはどれも手に入らなくて、自分で自分が馬鹿らしく惨めになる悪循環。

 暫くして夏の終わり頃、他所から弓道部へ転部して来た一年を適当にからかっていたら、運悪くそれを桜に見られて大喧嘩。

 お互いにボロボロになって、桜に怪我をさせた僕に対し遠坂の態度は目に見えて悪くなり。

 

 僕と桜達の距離はまた離れた。

 

 年々、時間が経つ事に深くなっていく亀裂、どうしようもなく越え難いそれ。

 

 

 

 今の僕にとっての桜は『むかつく奴』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月31日 午後8時頃 間桐家にて

 

 

「……………~~~ちっ、あぁ~もう!何やってんだよ桜ぁっ!!」

 

 家のリビングでテレビと睨めっ子する事早一時間程、僕の苛々(イライラ)はとっくにピークに達していた。

 

 ()が帰ってこないのである。

 遅くならない様に早目に切り上げて、ちゃんと夕食を作りに帰ってくる。

 そう言うから特別に一人だけでの居残りを許したというのに一向に帰ってくる気配が無い。

 何時もなら7時頃にはとっくに夕食の準備を終えて食卓に着いているか、若しくは僕の分だけ用意して衛宮の家に行ってしまっている、因みに割合は当然後者の方が高い。

 

 全く、自分で言った事も守れないのか、やっぱり穂群原の天使とかクラスや部活でちやほやされて調子に乗ってるな彼奴、そうやって直ぐ舞い上がるから注意が疎かになって失敗(うっかり)を繰り返すんだ、全く全く…。

 

 …と内心で件の妹を貶しまくっていたのだが、そこから更に30分程過ぎてしまって。

 怒りや苛立ち以外の、何と云うか……焦りに似たものを僕は感じ始めていた。

 

 

「…何なんだよほんと、おい……遅くなるなら遅くなるって連絡しろよ馬鹿…」

 

 

 

 

 そして更に30分、時刻は午後9時を回ってしまった。

 

 

「…………………」

 

 前屈みに近い姿勢でソファに腰掛け続けて、もう()れ程経ったか、視点はリビングの中心にあるテーブルの上に載ったマグカップを捉えたままずっと動いていない。

 先程から何故か心臓の鼓動が早い、背中にも冬だと云うのに汗が滲んでいる様だ、くそっ、暖房効かせ過ぎなのか?

 

 ────嗚呼、いい加減現実逃避は止めるべきかもな、これは明らかに異常事態だ、桜の性格及び普段の言動から(かんが)みてこんな事は有り得ないと断言しても良い。

 (彼奴)は鈍臭い奴だけどその分慎重な奴だ、何かしらの不都合が起きたなら先ず連絡くらいは必ず入れてくる筈。

 

 それが無いって云う事は、つまり、連絡を入れる余裕すら無い状態にある可能性が高いって事だ。

 

 

「……」

 

 夜、それも日が落ちる時間が早い冬場は犯罪の発生率が高いなんて話をよく聞く。

 (彼奴)は内面こそ面倒でむかつく奴だけど外面は色んな意味で良い奴だ、夜中に人通りの少ない道でそんな女子が一人ぷらぷらしてたら変質者や不良の格好の的だろう。

 

「…………ああっ、くそっ」

 

 苛立ちのままに頭を掻き毟って立ち上がる、向かう先は自室だ 、外に出るなら先ず上着が必須である。

 全く、何で僕が態々こんな事してやらなくちゃいけないんだ、(つくづく)妹ってのは面倒だ───

 

 

 ガランガラン

 

 

 ───そんな事を考えていたら、玄関のベルが鳴った。

 

 

「───っんだよもぉ…あー、遅いってーの!」

 

 漸く帰って来やがったかあんの駄妹め、危うく骨折り損の草臥儲(くたびれもうけ)になる所だったじゃないか。

 いつもならもうとっくに夕食を終えて風呂にでも入ってる頃だってのに、僕の有意義な時間を無駄に潰してくれやがって、今日の夕飯は酷評してやる。

 

 そんな風に心中で妹の事を散々扱き下ろしながら肩を怒らせて玄関に向かう。

 

 ─────だから疑問に思わなかったんだろう、家の合鍵を常備している(家族)が何故態々(わざわざ)ベルを鳴らしたのかと。

 

 

 

 

「おい!!遅いんだよ、なん、じ、だ…」

 

 

 玄関を開けるのと同時に、扉の向こうに居るだろう妹を怒鳴り付ける、筈だった。

 

 黒。

 予想通りなら妹の顔がある筈の位置にあったのは一面の黒。

 全く以て予想外のそれに虚を衝かれ、言葉が勢いを無くして尻切れ蜻蛉になる。

 数瞬思考が停止するが、よくよく見ればその黒は衣服だった。

 

 神父の平服、カソック。

 その上に纏った紺色のコート。

 

 

「これはこれは。夜分遅くに申し訳無い、本来ならば私もこの様な非常識な時間に訪ねたくはなかったのだがね」

 

 重厚な声が響く。

 釣られて視線を上げれば、如何にもその声に合っていると云った風な、厳かな男の顔。

 

 僕は、その男を知っていた。

 

 

「だが、間桐の長男ともあろう者が客人に対してその様な態度を示すというのは、些か以上に問題ではないかね?程度を下に見られても文句は言えないぞ」

 

 

 言峰綺礼。

 冬木教会に住む神父だ。

 

 

「っ……はっ、自分の事棚に上げて随分だな。いきなり初対面の相手に説教なんざそっちこそ器が知れるってもんだよ言峰神父」

 

 何時の間にか、何かに呑まれかけ、それに呑まれまいと知らず口が動いていた。

 売り言葉に買い言葉、ずっと昔からそうしてきた、既に反射の域になってしまっている自分を誤魔化す行為だ。

 

「ふむ、初対面と言う割には、君は私の事を知っていた様だが」

「あんた、昔からその格好でこの辺彷徨(うろつ)いてただろ。嫌でも気になるってもんさ、無駄に目立つタイプの人種って自覚無い訳?」

 

 つまりはそういう事。

 こんな如何にも堅気じゃなさそうな奴が神父服着て近所を徘徊してたら気にならない訳が無い。

 よく見掛ける様になったのも親父とお爺様が死んでからだったからね、(護らなきゃいけない家族)も居た手前当時は警戒してたけど、そいつが冬木教会の神父だと知るのにもそう時間はかからなかった。

 

「成る程、尤もな理由だな。まあ私としてはとある理由からよく足を運ぶ機会があったと云うだけで決して彷徨い歩いていたつもりは無いのだがね」

「おいおい、神父の癖に人の話もちゃんと聞けないのかよ。自覚が無いのかって聞いてるんだ。あんた本人がそのつもりでも端から見てたら不気味極まりないんだよ似非(えせ)神父め」

「くく、似非神父、か。私をそう評したのは君で二人目だな」

 

 何が可笑しいのか、口元を歪めながら僅かに顔を伏せるそいつに、僕は苛立ちとそれ以上に危機感を募らせていく。

 一体何しに来たんだよこいつ、此方はさっさと妹を探しに行かなきゃいけないってのに。

 そう思うも視線を外す事が出来ず。

 上手く説明出来ないが、こいつ、何かヤバイ。

 纏っている雰囲気が明らかに普通じゃないんだ、一歩近付く事すらも躊躇させる様な、文字通り不気味って云うか…くそっ、何なんだよほんとさ。

 

 

「それで?こんな非常識な時間に何の用?悪いけど僕忙しいんだよね。つまんない雑談に付き合う暇も、何なら教会に寄付する気も無いんだ。用件告げてさっさと帰ってくれ」

 

 唯一問題無く動く口と舌でとっとと事態の終息を図る。

 否が応にも言葉がキツくなってしまうのはしょうがないだろう。

 

「おっと、これは重ね重ね失礼した。近頃は教会を訪れる若者も少なくてね。久方振りの会話に少々興が乗ってしまった様だ」

 

 十中八九あんたのキャラのせいだろ。

 そう思うも口には出さないでおく、これ以上の時間の浪費はごめんだ。

 

 

「では要望通り此方の用件を告げよう」

 

 

 ─────なのに。

 

 

 

 

「─────いい加減聖杯戦争へ参加するか否か、監督役である私に対し意志の表明が欲しいのだが」

「─────は?」

 

 

 

 

 そいつは。

 余りにも、予想外で。

 決して、僕が無視出来ない言葉を、垂れ流しやがった。

 

 

「既に五体のサーヴァントが召喚されたのは確認済みだ。残る枠は二つ、キャスターとバーサーカーのみ。舞台は整いつつある…だが霊器盤で知る事が可能なのは召喚されたサーヴァントの数とクラスのみだ。何処で誰が召喚したのかを知る術を監督役は有していなくてね。頭数の不足に()って戦争自体が正常に始まらないという事態を防ぐ為にも、場合によってはマスターの補充を行わなければならんのだ。参戦する意志が有るのであればその(むね)を確り報告に来て貰わなければ困る」

「な…ぉぃ───は、ぁ?」

 

 ちょっと待てと心の中で目の前の男に叫ぶ。

 心の中だけでだ、さっきまで自由だった口はまるで喋り方を忘れてしまったかの様に幽かな音を溢すだけで。

 

 何を言ってるんだこの男は。

 

 

「ふむ、そもそも聖杯は君と妹のどちらをマスターとして選んだのだね。血は枯れ果てたとは云え、正統なる間桐である間桐慎二()か。それとも養子とは云え、類稀なる魔術の才を有する間桐桜(君の妹)か……私としては後者の可能性が高いと踏んでいるのだがどうかね?」

「……て」

「む…だが、そうか、間桐臓硯亡き今、幾ら御三家と云えども君達が態々殺し合いに参加する必要性は薄いか。些か拍子抜けだがそれもある意味当然の選択───」

「おいっ!!ちょっと待て!!!」

 

 

 やっとの思いで、吐き出した。

 まるで此方に語り聞かせる様な似非神父の確認を声量で以て無理矢理途切れさせる。

 

「何なんだよ…おいお前ぇ…!さっきから何言ってんだよぉ!!」

 

 文字通り血を吐く…どころか内臓から脊髄までひっくり返って飛び散りそうだ。

 そんな僕の喚きを受けて───神父は我が意を得たりと云わんばかりに口角を吊り上げた。

 

「何、とは何かね。人にものを尋ねる時は確りと主語を入れるべきだと思うが」

「うるさいんだよっ!そんなもん何もかもだ!!」

 

 くそ、ムカつく、この野郎…!

 何なんだ、何がしたいんだ!

 桜が、何だって!?

 

「何もかも…ときたか……その様子を見るに、君は何も知らない…いや、知らされていなかったという所か」

「…!」

「嗚呼、謝罪の言葉も無い。すまなかった、これは完全に私のミスだ。まさか間桐の嫡男である君が()りにも()って何も知らされていない一般人とは思い至らなかったのだよ。全く、憶測で物事を進めては痛い目を見ると、私は十年前嫌という程学んだ筈だというのに」

 

 深く溜め息を吐いてやれやれと云った風に首を二、三度左右に振る。

 眉間に皺を寄せた顔を片手で覆って項垂れる様に語るその様は、まるで演技の様にも正真正銘の本音の様にも見えた。

 

 でもそこまで言い終えると、そいつは何事も無かったかの様に表情をにやけ面に戻して再度此方に語りかけてくる。

 

「この様な事に巻き込んでしまって、誠に申し訳無い。───だが今ならまだ取り返しはつく。記憶を消してこの場を去れば全て無かった事に出来る。そうだろう?」

 

 そう言って(おもむろ)に片手を此方へ伸ばしてくる似非神父。

 

 ゾクリ、と。

 怖気が走る。

 こいつ…!

 

「すまないが少々()()()()()()()()ぞ」

「な、ひっ…」

「心配するな、痛みは皆無だと約束しよう。怯える事は無い、(うれ)う事も無い、()()()()()()()()()。今夜の事は忘れ、また安穏とした()()の日常に戻るといい」

 

 

 

 ────────。

 

 嗚呼、確かに、怯えはもう無くなった。

 

 ふざけんな…ふざけんなふざけんなふざけんなっ!!!

 

 何も必要無い?普通に戻れ?

 

 ─────ここまで的確に傷口抉られて、黙ってられっかぁっ!!!

 

 

 

 

 ガッと、伸ばされた腕の袖口を乱暴に掴み取った。

 顔を上げてムカつくにやけ面を睨み付ける。

 

「───おい…勝手に話進めてんじゃねえ。此方はさ、尋ねてんだよ、何が起こってどうなってんのかってさぁ…!」

「ふむ…悪いが、それに答える事は出来ない。知らぬのなら知らぬままで済ませた方が良い事も世の中には───」

「───知ってるよっ!!聖杯戦争!七人の英霊と魔術師が万能の願望器を巡って殺し合う降霊儀式だろ!!」

 

 神父の腕を放り投げて僕は吼えた。

 

「知ってる、知ってるんだよそんな事はっ!!全部知ってる!間桐の末裔である僕がそれくらい知らない筈無いだろっ!!僕が聞きたいのは何で今それが起ころうとしてんのかって話だぁ!!」

 

 

 そこまで言い終えて、荒く息を吐く。

 

 本当に、どういう事なんだよ。

 屋敷の書庫にあった文献に記されていた、約200年前から続く魔術師達の神秘の闘争。

 知識としては知りながらも、どこか遠い御伽噺の様に感じていたそれ。

 それが、今…?

 

 顔は下げないまま目の前の男を絶えず睨み続けてやる。

 なのにそいつはまるで(こた)えた様子も無く、寧ろ口角を更に上向きにしやがった。

 

「成る程…?…確かに概要は押さえている様だが……ふむ、しかし、こうなってくると妙だな。今から二ヶ月程前に、私はこの屋敷へと聖杯戦争開催の連絡を確かに入れた。その際、君の妹君に確りと応答されたのだがね」

「桜が、だとぉ…!」

 

 この時点で、もう分からない。

 何で、何でそこで桜が出てくるんだよ!

 だって彼奴は───。

 

「何で彼奴が魔術(そんなもん)の対応してんだよ…!?彼奴は、魔術師なんかじゃないんだぞ!!遠坂に見限られた出来損ないで!間桐の神秘に触れる資格なんか持ってなくて!僕が居てやらないと何にも出来ない!そういう奴だ!!」

 

 ─────そう、僕が、守ってやんなくちゃいけない奴なんだよ!

 それが、何で、どうして。

 

「お前何勝手に人の妹巻き込んでくれてんだ!記憶を消すなら桜の方だろうが!魔術の(そういう)話は僕に通せよ馬鹿野郎!」

 

 ああ、くそっ、何が何だか知らないが勝手な事してくれやがって。

 二ヶ月も前だって…?そんなの、くそ、家の秘密を知られちまった、今後どうやって取り繕えば─────。

 

 

「そうか……くくっ、いやそういう事か」

「あぁ?」

「漸く合点がいったのだよ。間桐慎二、君はどうやら致命的な勘違いをしているようだ」

「─────勘、違い?」

 

 

 神父のその言葉に酷く胸騒ぎがした。

 

 予想が出来ていたと言ってもいい。

 でもそれは当たっていて欲しくない類いの、嫌な予感って奴で。

 僕の頭の出来は良い、その辺の凡人よりずっと、だからこそここまでの話の流れで脳の冷静な部分が裏の事情も大方察して読み解いていて。

 

 

 

「君の妹、間桐桜は魔術師だ」

 

 

 

 でもそれは、とても認められたものじゃなくて。

 

 

「それも実姉である遠坂凛に匹敵する程の稀有な才能を有した、ね。先程の会話の最中にも言っただろう、彼女はとびっきりの原石(ダイヤ)だよ」

 

 急速に、全身から力が抜けた様な感触に襲われて。

 自分は今立っているのか?浮いているのか?───墜ちているのか?

 足下が崩れてるんじゃないか?覚束無い。

 

 

「………何でそんな事知ってんだよあんた」

「十年前、私は遠坂の前当主である遠坂時臣氏に師事していてね。その際に聞かされたのだよ、養子に出した娘について」

 

 まるで予め用意しておいたかの様に、そいつは淀み無くぺらぺらと語りを続ける。

 

「時臣氏の奥方である葵氏は、魔術師の母胎として優秀に過ぎてね。彼女の産んだ娘二人は、最早呪いと言っても過言では無い程の凄まじい才能に恵まれたのだよ。だが、君も知っているだろうが魔術師の家系は一子相伝が原則、どれだけ優れた才を有していようと片方は凡俗に堕とさねばならない。そこで(かね)てより盟約を結んでいた間桐に次女の桜を養子として出したのだとね。丁度間桐からも家の再興の為に他所の血を迎え入れたいと打診が来ていたから渡りに船だったとも言っていたよ」

 

 

 神父の言葉が鼓膜を通して体を冒す。

 まるで鉛か水銀の様に毒物として臓腑に溜まり膝を屈させようと重みを掛けてくる。

 

 汗がぽたりと顔から床に落ちた。

 おい、おかしいだろ、今真冬だぞ。

 

「…本当に君は家族から何も聞かされていなかったのかね?」

「……ぁ、ぃ…らない…知らない、知らない知らない知らないっ!!僕はそんなもん!」

「ではやはり、間桐臓硯は(はな)から君を魔道に関わらせる気は無かったという事だな。当然と云えば当然の話だが。魔術回路を保有していない只人(ただびと)を、それも実の孫を態々死の道に引き摺り込む必要等有るまい」

「っ!勝手に納得すんな!おかしい、おかしいんだよそんなのは!だって僕は…」

 

 そうだ、変だ、おかしいおかしい。

 だって間桐は僕なんだぞ、間桐に生まれたのは僕なんだ、間桐を与えられたのは僕なんだ。

 

 

 ─────餓鬼の様に心が叫ぶ。

 

「だって、おい、お前…僕、僕はぁ!!ちゃんと、自覚を持ってこの道に足を踏み入れてるんだぞ!(あいつ)は一度だって僕に魔術の話をした事なんて無い!彼奴は関係無い!間桐を継いでるのは僕なんだよ!」

「ふむ……君の原点は何処に在る」

「は…?」

「君は一番初めに、一体どういった形で魔術の存在を知り、触れたのだね」

「そ、そんなの───」

 

 そう、僕は、屋敷の書庫から文献を見付けて。

 

 

 

 ─────親父や祖父に教えられた訳では無い。

 

 

「─────ぁ…」

 

 また、汗が床に落ちた。

 神父は更に笑みを深める。

 

「もう一つ。君は本当に、間桐桜が養子に来た理由等は何も聞かされていなかったのかね?」

「───」

 

 もう、一々反応してやる余裕も無かった。

 

 でも、あれ…?…桜が家に来た理由…?…そんなの、そうだ、親父と爺さんが言ってたんだ、桜は厄介払いの為に、遠坂から捨てられたんだって、そうだ、他でも無い二人がちゃんと───

 

 

 ───遠坂の妻は二子を産んだ。

 ───魔道の秘術は一子相伝。

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「───」

 

 

 待ってくれ。

 違う、そんな筈は無いんだ。

 

 僕は、だって、違う、有り得ない、違う違う、何だよ、何なんだよ、僕なんだ、僕が、ふざけんな───桜、桜が───?

 

 

「心当たりがある様だな」

 

 意識の傷口に鋭く入り込む様な神父の声。

 思考の沼から引き摺り出され、顔を上げて目を合わせてしまう。

 

「っ…ち、ちがう、ちがう、ぼく、が」

「下手な誤魔化しや逃避は己の心を(さいな)むだけだ。神父として、お薦めは出来んな」

 

 

 逃避だって?

 誤魔化しだって?

 ふざけんな、知った風な口利きやがって。

 ()()()()()()()()、僕は今まで───!

 

 

「つまるところ君は、今私が語った事実を何一つ知らなかった…と云うよりは気付けなかったという事だろう。ただ自身の生家が魔道の家門という事実のみに目を向けて、都合良く現実を曲解した末が今のこの状況という訳だ」

 

 

 そんな僕の足掻き等知った事では無いとばかりに、そいつは止めを刺してきた。

 

 そうして遂に決壊する。

 今まで、十年以上塞き止めていたものが一気に僕を圧し潰しにかかる。

 糸の切れた人形の様にグワンと、やっと解放されたとでも言いたげに体が思いっきり傾く。

 だが幸いにも───幸い?───体が傾いたのは開きっぱなしだった玄関の扉の方で。

 全身でもたれ掛かる。

 

 寒い。

 このまま眠ってしまいたかった。

 

 

「…直ぐには納得出来んか、無理も無いがこのままでは埒が明かんな」

 

 神父が僕の腕を引っ張って立たせようとしてくる。

 無駄に大きい手だな。

 

 止めろよ、眠いんだ僕は。

 これ以上何の用が有るって云うんだ───こんな、空っぽの僕に。

 

「君に心当たりが無いのなら、やはり、少なくとも聖杯戦争に関しては間桐桜が担っているのだろう。居るのなら呼んで来て欲しいのだが」

「……………居ないよ。まだ帰って来てない」

「そうか─────それは都合が良い」

 

 

 ?

 都合が良い?

 何だそれ───と口にする前に、グンッと体を起こされた。

 

「っ、何だよ」

「いや、尤もらしく講釈を垂れておきながら今更なのだが、君と私の到った事実が本当に正しいのか確証は持てないだろう?推理を確かな真実とする為に物的証拠を探すのは刑事ドラマの常ではないかね?」

 

 あんた刑事じゃないだろ、と突っ込む気も起きない。

 物的証拠、だと?

 

「…家捜しでもするっての?」

「その通りだ。これ以上此処で議論を続けるよりは幾らか効率的だろう?」

「ふざけんな……帰れ、人の家を土足で踏み荒らす神父なんて聞いた事無いんですけど」

「別に空き巣に入ろうという訳ではないのだ、問題無かろう。これは聖杯戦争の監督役としての正当な調査の一環だよ」

 

 嗚呼、ああ、くそ、何でこいつの言動はこうも人の心を逆撫でしてくるんだ。

 何が議論だ、何が正当な調査だ。

 さっきのあれの何処が議論だってんだ、何処に正当性が有るって云うんだ。

 もうとっくに沢山だ、これ以上踏み込ませたくなかった。

 

「帰れって言ってるだろっ。いきなりやって来て滅茶苦茶してくれやがって……もう暇じゃ無くなったんだよ此方は、考えなきゃいけない事が山積みなんだっ…」

「それは此方とて同様なのだがね。言っただろう、舞台は整いつつあると。気の早い者達が既に闘争を開始していたとしても何等おかしくない状況なのだ。監督役として早急に事前準備を済ませ、綻びを修正出来る態勢を作っておかねば」

「知った事かっ!そんなの、僕には……ああ、もう、何でこんな事に…どうすればいいって…」

 

 衝動的に頭を掻き毟るが、当然何の意味も無くて。

 良いアイディアは浮かばない、心だってちっとも晴れない。

 そんな僕を見て神父は呆れるでも見下すでもなく、ただ淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「成る程、やはり、そうやって逃げ続けて来たのか」

 

 

 ─────。

 

 

「………何、だと?」

「そうなのだろう、そうやって目の前に困難な(現実)が立ちはだかる度に、それと向き合わず逃げ続けて来たからこそ、君は今こうして追い詰められている。最早逃げ場の無い袋小路へと。違うのかね」

 

 再度神父に掴みかかる。

 ただし今度は両手で襟元を吊り上げる様にだ。

 

「ふざけんな…馬鹿にしやがって…!僕は、僕だってなぁ!努力してきたんだよ!魔道の家門を背負うに相応しい男になろうって!誰がっ、逃げ、て……逃げてなんか!逃げてなんかああっ!!」

「ならば何故目の前の問題を直視しない」

 

 そんな剣幕を保てたのは一瞬で。

 簡単に、こうもあっさりと僕は言葉だけで押さえ込まれてしまう。

 

「概要を押さえているのならばこれも知っていよう。間桐は聖杯戦争、始まりの御三家の一つ。この儀式には一族の何百年分にも及ぶ執念と希望が込められているのだ。家門を背負うと宣うのならば君は先ず何よりもこれを優先するべきではないかね」

「……っ!…………ぅ、ぁ」

「反論出来ないのならば、それは君の心が私の言葉を正しいと認めている何よりの証拠だ」

 

 そうして、そいつはするりと僕の横を抜けて屋敷の中に踏み入って来た。

 

「では調べさせてもらう。───逃げないと云うのであれば付いて来るといい」

 

 何処までも的確に貫かれ、無理矢理に動かされる。

 忘我の内に、僕はふらふらと神父の後に付いて行った。

 

 

 

 ─────そして、数分と経たない内にそれは見付かる事になる。

 

 

「ふむ、あれか」

「…?どれだよ」

 

 屋敷の一階、廊下の一角を見据えて呟いた神父に僕は疑問を呈す。

 何だよ、何も無いじゃないか───そう思ったのも束の間、いきなり神父が僕の顔を覆う様に掌を翳した。

 急なアクションに体が跳ねるが、その掌は直ぐに退かされ───何も無かった廊下の一角に金属製の重そうな扉が現れていた。

 

「な、は…」

「簡易だが隠蔽の結界が張られている。無意識の内に注意をあの扉から逸らしてしまう様に、謂わば暗示や人払いの術に近い類いのものだな」

「こん、なの…」

「ほぼ間違い無いだろう、あの先が間桐の屋敷の…いや、間桐桜の魔術工房だな」

 

 ああ、知らない。

 僕は知らない。

 あんなもの。

 でも待てよ、それだけであれが桜の工房だとは───

 

「簡易ではあるが、その分制御と管理はしやすい結界だな、定期的なメンテナンスのしやすさを重視しているのだろう。何十年間と張り続けられた類いの結界ならば必ずある綻びがまるで無い、少なくとも一ヶ月以内に張り直されている。君に心当たりが無いのなら、消去法で()()()()()()があれを張り直したという事になる」

 

 苦し紛れの反論は口に出す前に封殺される。

 やってられない。

 

「これで、今度こそハッキリしたな。間桐慎二、君は自身こそが間桐を継いだ後継者で、妹を他所から捨てられて来た出来損ないだと思い込んでいたが、実際はその逆だったと云う訳だ。間桐桜、彼女こそが間桐を復興させる為に迎え入れられた後継者にして間桐の現当主。君はそれ等の事を何も知らなかった、気付けなかった。祖父からも父からも妹からも、何も知らされず与えられなかった、哀れな飼い犬と云う訳だ」

 

 

 

 神父の嘲りに言葉を返す余裕はとっくに無かった。

 壁に背を預け、ずるずるとその場にへたり込む。

 気持ちの整理が付かない、付く筈が無い。

 

 嗚呼、何でだ。

 十年以上、何で気付かなかった。

 僕の事なんて見向きもせずに桜に構っていたお爺様の態度からもそれくらいは察せた筈なのに。

 そもそも魔道の家門が養子を迎え入れる理由なんて唯一つだけだと決まっているのに。

 本当に出来損ないなら何でそんな奴を親切に引き取ってやる必要がある?何のメリットがある?魔術師が自分達の利益無しに動く訳が無いだろ、初めっから答えは一つだったんだ。

 

 桜こそが間桐を継ぐ者で。

 要らない子は僕の方だった。

 

 前提、考察、結論。

 物事を考える際に守らなきゃならない順序。

 他の一切合切に目を向けずに自分の中だけの前提を盲信して、碌に考察もせずに結論へ据え置いてしまっていた。

 神父の言う通り、僕は飼い犬だった。

 厳しい現実を何も知らないくせに我が物顔で周りに吠え立てて、いざそれに直面したら都合良く何もかも曲解して、自分すら誤魔化して、逃げ続けて。

 そうしてとうとう逃げ場を失い、袋小路に追い詰められた。

 何て、愚か。

 

 項垂れる僕に神父が声をかける。

 

 

「やはり今夜の事は記憶から消した方が良いのではないかね?心身共に、少々負担が大き過ぎる様に見えるが」

「…誰のせいだと思ってんだよ…大体逃げるなって言ったのもあんただろ」

「私は君に選択肢を提示しただけだ。一度足りとも命令や強要をした覚えは無い。そして、誰のせいだと言うのならば、紛れも無く君の自業自得だと言っておこう」

 

 ああくそ、うるせぇ。

 今ハッキリ判った、こいつは性格が悪い。

 そのくせ性質はくそ真面目だから必要以上に言動が相手を煽るものになるんだ、最悪過ぎる。

 

 尤も、最悪過ぎるのは今の僕の何もかもな訳だけど。

 

 

「…消さないよ…消してたまるかっ…これ以上逃げたってしょうがないだろっ…!」

「そうか、ならばどうするのかね」

「分かるかよそんなもん!分からないけど、もう嫌だ!こんなままで終われるかっ…!終わっちゃいけないんだよっ、僕は、()()慎二なんだぞっ…!」

 

 

 たらりと何かが口元から垂れる。

 また汗かと思ったそれは赤くて。

 歯を食い縛り過ぎていたらしい、くそ、後から地獄の奴だこれ。

 

 嗚呼、そうだ、終われない。

 終わらない、間桐は終わらない。

 足掻き続ける限り終わりはしないんだ。

 終わってたまるかよ畜生!

 

「───神は乗り越えられる試練しか与えない」

「───は?」

「そして私達が耐えられるよう、試練と共にそこから脱する道も与えてくださる」

「…何それ、聖書の一節かなんか?」

「そうだ。間桐慎二、君はこれまで与えられた試練に挑むでも脱するでもなく、只管見て見ぬふりをしてきた。だが今日この時、遂に君はその(まなこ)を開き、目の前の試練と相対する覚悟を決めたのだ。祝福しよう間桐慎二、君は間違い無く、今この時を以てこの世に生を受けたのだ」

 

 両腕を広げる大仰な身振りでそう宣う神父。

 何処までも最悪な奴なのに、今この瞬間だけは、こいつを似非神父呼ばわり出来ないと思ってしまった。

 

「そして、私だけではない、主もまた君の誕生を心から祝福している。その証に、君に一つの試練(チャンス)を与えてくださっている」

「チャンス…?」

「ああ────────喜べ少年、君の願いは、漸く叶う」

 

 そう言って神父は此方に背を向ける。

 

「その心が真実ならば───付いてきたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯戦争に参加しろだって…!?」

「ああ、そうだ」

 

 

 あの後、神父に連れられてやって来たのは、何を隠そうこいつの本拠地である冬木教会だった。

 冬木市の中央を流れる未遠川を挟んだ、西側の深山町と対になる東側の新都、その郊外に位置するそこそこに広い敷地を有した教会。

 余談だが、かつて日本に移り住んだ間桐(マキリ)が最初に居を構えたのが何を隠そうこの場所だ。

 暫くしてこの場所の霊脈が間桐(マキリ)の体質に合っていなかった為に今の深山町側に移り住み、その後聖堂教会に押さえられたなんて経緯があったりする。

 

 要するに何が言いたいのかと云うと、徒歩で来るにはちょっと遠過ぎるって事だ。

 お陰ですっかり頭は冷えてしまった、物理的に。

 

 そしてそんな僕に送られた神のお告げは中々にハードなものだった。

 

「それがチャンスって…どういう思考回路してたらそうなる訳?」

「まぁそう言わずに聞き給え。私の認識としては、最早これは天恵なのではないかと云う程に運命(Fate)は君に向かって傾いている」

「御託はいいからさっさと話せよ。一々回りくどいんだよあんた」

 

 僕の悪態には反応せず神父は語り始めた。

 

「君は魔術回路を保有していないが故に間桐臓硯に劣等だと断じられ、養子である妹に当主の座を奪われた。これが今の君の現状だ」

「…ああ」

「だが、この第五次聖杯戦争を勝ち抜く事が出来れば、それ等を全て引っくり返す事が可能なのだ」

 

 都合の良い文句に眉を顰める。

 視線だけで続きを促した。

 

「先ず知っての通りこの聖杯戦争は殺し合いだ。それも魔術師同士による秘匿されたね。戦争によって発生した被害は全て魔術協会と聖堂教会による隠蔽工作で神秘の形跡を除かれ、表向き、世間一般には只の事故として認識される───つまり合法的に殺しが出来るという訳だ」

「───」

 

 こいつ、まさか。

 

「桜を殺せってのか…!?」

「そうは言っていない。只そうする事も出来るという話だ」

 

 

 知らず手が震える。

 怒りによるものか、恐怖によるものかは判別出来ない。

 畜生、やっぱりこいつは似非だ。

 

「更に言うなら、この戦争は魔術師の力量差ではなく従えるサーヴァントの性能差が勝敗を左右すると言っても過言では無い。この闘争の(かなめ)人間(マスター)ではなく強大な力を有する英霊(サーヴァント)達なのだ。故に魔術師ではない君にも充分に勝機はある」

「はっ…本当に人の事を貶すのが上手いな。尊敬するよ」

「勘違いしないでくれ給え、私は只々事実を述べているに過ぎない。それをどう受け止めるかは君の心次第なのだ」

「ああ、それと方便もだ。方便は仏教用語なんだぜ似非神父」

 

 盛大に皮肉をぶつけてやるがやはり何処吹く風、何が面白いのか神父は低い笑い声を漏らすのみだ。

 

「くく、有り難い諫言として受け取っておこう。兎も角、サーヴァントという武器を用いれば君の様な素人でも勝ち抜ける可能性は充分に有るのだ。そしてこの闘争を勝ち抜いた者に与えられる万能の願望器、聖杯を用いれば───君は魔術師に成る事が出来る」

「───」

 

 

 

 ───それは。

 

 根底の部分で全てを諦めてしまっていた僕にとって。

 

 余りにも、余りにも甘過ぎる、試練(誘惑)だった。

 

 

「僕が……僕が…っ!?」

「そうだ。聖杯は真に万能、紛れも無く人の欲望(願い)を汲み上げ現実の事象とする奇跡の願望器だ。これに願えば魔術回路を授かる事等余りにも容易い。それ所かこの世の何者をも凌駕する神秘の行使権さえ得る事が可能だろう」

 

 脳からアドレナリンがどばどば溢れ出しているのが手に取る様に分かる。

 目が熱い、充血してるな、呼吸も落ち着かない、まるで極上の餌を前に待てを言い渡された犬みたいだ。

 いや、事実そうなんだ。

 ずっとずっと、日の当たらない場所で飼い殺しにされてきた家畜の前に突如として降って湧いた希望!

 似非神父の言う通り、紛れも無くこいつは天恵だ!

 

 

「つまりはそういう事だ。殺しか、それ以外の手段かは君の自由だが、間桐の現当主である間桐桜(君の妹)を下し、更には聖杯によって魔術回路を得れば───名実共に君は間桐の長を名乗る正当性を得られる訳だ。───どうかね?長年君を苛んできた壁を打ち崩す鍵が、この聖杯戦争という事象一つに集約されているのだ。正しく天恵と言っても過言では無いだろう?」

「ああ、紛れも無いね」

 

 にやける口角を抑える事もせず僕は神父を見据えた。

 

「やってやる。やってやるさっ!!もう逃げやしない!ああ、これはそうさ、絶対に確実に真実に!間桐の末裔である僕に与えられた試練なんだよ!ご先祖様が僕に悲願を果たしてくれって(すが)り付いてるんだ!」

 

 そうなんだそうなんだ!

 来てるんだ来てるんだ!

 やってやるやってやるぞ!

 

 だってそうだろう、こんな幸運が他にあってたまるか!

 つまりはそういう事なんだ!

 

 ()()()()()()()()()!!

 

 

「おいっ、話は理解したぞ。次はどうすればいいんだよ!」

「くく、そう慌てる必要は無い。今一度確認しよう間桐慎二。君は自らの願いを叶える為に、自らの意志で聖杯戦争に参加するのだな?」

「ああもうっ、ほんっと回りくどいねお前!そうだよ、そう言ってるだろ!御三家が一、間桐の正当なる後継者として僕は聖杯戦争に参加する!」

「よかろう。監督役として受理する、君を今回の聖杯戦争のマスターの一人として認めよう」

 

 そう言った神父は踵を返すと教会の奥に向かっていった。

 

「では準備を始めよう、付いてきたまえ」

 

 最早問答無用、有無を言わさぬと云った感じで歩くそいつの背中を意味も無く睨み付ける。

 今日はこいつに付いて回るばかりだな。

 

 

 

 

 

「私は必要なものを取りに行ってくる。その間に君は魔法陣の準備をしておくといい」

 

 教会の奥の一室に着くや否やそう言って此方にチョークの様な長細い魔石と魔法陣に関する書物を渡してくる神父。

 準備が良いんだか悪いんだか分からない奴だ。

 

 ほんの数分後、そいつは戻って来た。

 

「待たせたな。それでは始めよう」

「始めるって、一体何から始めりゃいいんだよ」

「無論、サーヴァントの召喚に決まっているだろう」

 

 それくらいは解る。

 でもその為には問題が一つある。

 

「召喚するったって、令呪はどうするんだよ。あれが無きゃマスター権は得られないんだぞ」

 

 

 そう、気掛かりはそこだ。

 そもそも戦う意志を決めたってサーヴァントを牛耳る令呪が無けりゃ参加権すら貰えない。

 

「心配するな。それこそ無論問題は無い」

 

 そう言って神父は片手に持った一冊の本を掲げてきた。

 

「これは偽臣の書と言ってな、簡単に言ってしまえば『魔術的契約の委任状』だ。魔術による契約の効果は本来術者本人とその相手にしか及ばないが、これを用いてそれ等を委託してしまえば、この本の持ち主がその恩恵を得られるという訳だ。(たと)えその人物が魔術師でなかったとしても」

「!つまり」

「ああ、これを使って君に()()()()()()()を譲渡する」

 

 

 ───今聞き逃せない言葉が含まれていた。

 私のマスター権、だと?

 

 僕がその疑問を口にするより早く、神父がカソックの袖を捲る。

 

 

 その()()には、令呪の兆したる聖痕が浮かび上がっていた。

 

 

「は…?…おい、どういう事だよそれ」

「それを問いたいのは寧ろ私の方なのだがね。全く、監督役である私に令呪を授ける等、聖杯の意思というのは案外気紛れなものの様だ」

 

 やれやれと首を振って苦笑する神父の表情に、特に繕ったものは感じ取れない。

 どうやら演技の類いでは無く、本当に予想外の事態に困惑していた様だ。

 

「今からこの場で私がサーヴァントを召喚する。その後、この令呪三画全てを偽臣の書に移し、君にマスター権を委譲する。そうすれば君は晴れて正式なマスターの一人になるという訳だ」

「…成る程ね、漸く合点がいったよ」

 

 何故参加者(マスター)ですらないお飾りの僕に監督役のこいつが此処まで肩入れするのか。

 

「要するにあんた、聖杯戦争に参加したくなかったんだろ。望んでもいないのに余計な権利を聖杯から押し付けられて、それを誰かに(なす)り付けたかった訳だ。はっ、生臭もここまでくるといっそ清々しいね。人の事散々煽っといて肝心のあんたは神に与えられた試練から逃げ出すって訳だ」

「ふっ、そう捉えられても仕方は無いかもしれんが…それもまた誤解だよ間桐慎二」

「ああ?何だよ、今度はどんな方、べん……っ」

 

 

 僕の目の前に立つ二人に詰め寄ろうとして、その有り得ない事象に気付いた瞬間絶句してしまった。

 

 

 ()()

 

 何だ、どういう事だよ、僕が此処までずっと行動を共にしてきたのは、今の今まで会話していた相手は、言峰ただ一人の筈だ。

 

 それなら、()()()()()()()()()()()は一体誰だ。

 

 

「紹介が遅れて申し訳無い。この女はアサシン、私と契約しているサーヴァントだ」

 

 

 ───っ!こいつは、どれだけ人を小馬鹿にすれば気が済むんだっ!

 

「アサシンに…契約!?おいっ、何だよそれ!お前、これからサーヴァント召喚するんじゃ…令呪だってまだ兆しの段階だろ!どういう事だよ!」

「そうやって直ぐに激昂するのは君の短所だな。落ち着け、そう叫ばずとも説明してやる」

「…っ!」

「君の言う通り、私自身はまだサーヴァントを召喚してはいない。このアサシンは、はぐれサーヴァントなのだ」

「はぐれ、サーヴァント…?」

「そうだ。こいつはとあるマスターに召喚されて早々、そのマスターを殺してはぐれになった迷子でね。魔力供給源を失い消滅する運命にあった所を、偶然出逢った私と契約する事で生き永らえたという訳だ」

「…っ、お前、監督役の癖にそんな、囲い込む様な真似してんじゃねぇよ!ったく何処まで…」

「それもまた誤解だ間桐慎二。私がこの女の弱味を握って無理矢理手込めにしたという訳では無い。この女に自身の意思で乞われたからこそこうして現界する為の依代となってやっているのだ」

 

 ちらりとアサシンと呼ばれた女に視線を投げる。

 髑髏を模した仮面を着けているせいで表情は窺えないが、神父の言葉に自然体で特に反応を見せない様子から、嘘ではないと判断する。

 

「とは云え、一度受け入れた以上はその道に殉ずる覚悟は固めてある。私自身の望みとは少々異なるが、私は自身の意思の下、聖杯戦争に参加するつもりだ」

 

 そう言って此方を見据えてくる神父。

 

 ああ、確かに嘘ではない様だ。

 たぶんまだ何か隠してる事はあるんだろうな。

 でも、それだけ分かれば僕にはもう関係無かった(どうでもよかった)

 

「……そうかよ。ああ、分かった、それでいいさ。どの道僕は僕の為に戦うんだ、あんたの思惑なんて知ったこっちゃないし利用される気も無い。精々黒幕ぶって嗤ってろよ、勝手にやらせてもらうさ」

「ああ、勝手にするがいい。だが事と次第によっては監督役としてペナルティを科さねばならん場合もあると肝に銘じておき給え」

「ふんっ、よく言うよ」

「ふっ……では、もう確認事項は無いかね?」

「ああ、さっさとやってくれ」

 

 

 僕の言葉に神父は笑みを深めると左手を魔法陣の方に掲げた。

 

 この男が腹に一物抱えてるなんてのは一目瞭然だ。

 監督役の癖に令呪とサーヴァントを保有して、魔術師ですらない僕を参加者(マスター)に仕立てあげる───明らかな越権行為だ。

 僕を隠れ蓑として利用し、他のマスターと潰し合わせて最後の最後で漁夫の利(聖杯)を奪う、筋書きはそんな所だろう。

 

 上等じゃないか、やってやるよ、精々派手に踊ってやるさ。

 でも舐められっぱなしは我慢ならないんだよ僕って奴はさ。

 どいつもこいつも潰してやる、僕の力を見せ付けてやる。

 僕が、僕こそが!間桐を受け継ぐに相応しいってな!

 

 だからさっ、首洗って待ってろよ桜!!!

 

 

 

 

 

 ────────召喚が始まった。




ワカメ「桜ぶっ飛ばす!!」
麻婆「全くこれだから間桐は最高だぜ!!(愉悦)」
静謐「マスターが愉しそうで何よりです」
フラン「こいつぁヤベェ所に召喚されちまったなぁ」


そんな感じの麻婆愉悦劇場でした。

嘘だろ…!?文字数が約二万二千…!?過去最高じゃねぇか…!言峰てめえダラダラ喋り過ぎなんだよ馬鹿野郎!
前後編で分けようかとも検討したんですがいい具合に半分で割れるシーンが無かったもんでそのままぶっ込みました。時間がある時にゆっくり読んでください(遅すぎる注意)。



時系列的には桜ちゃんと士郎君がアチャクレスと、凛セイバーが兄貴とダメットさんとそれぞれ殺り合ってる時。
2話でシスコンっぷりを見せ付けて来たワカメが何で急に桜ちゃんにキツくなったのかの説明回を兼ねております。

お互いがお互いをパンピーだと思い込んでたから魔術の話題に一切触れずすれ違い続けた間桐兄妹。先輩が魔術師だと見抜けなかったり、この小説の桜ちゃんは原作以上にポンコツなのでは…?(今更)

偽臣の書は間桐独自の礼装ではなかった筈。zero原作でケリィが偽臣の書について言及してたので。

麻婆と静謐ちゃんのあれこれは多分その内書くと思います。また幕間かぁ…(モチベが)壊れるなぁ…。


最早亀どころかナメクジ更新の域ですが間桐(蟲)的には合ってるんじゃないかとか阿呆みたいな考えが浮かぶ今日この頃。取り敢えずどんだけ牛歩でもエタだけはしないと思いますんで今後もどうか宜しくお願い致します!orz





P.S
え?某動画サイトでHF三章の先行配信するって?

私は観ないよ。最初は劇場で観るって決めてるよ。あの臨場感が在ってこそだよ。コロナなんかに私は負けないよ。三章観れたらもう今生に悔い無しだよ。割りとマジでそれくらいの心境でこの1年過ごしてきたよ。



だから延期だけはぜってぇやめろよテメェ(半ギレ)

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