Fate/SAKURA   作:アマデス

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座にて・英霊ちゃんねる


【悲報】遠坂凛、妹にエクスカリバーぶち込む【またうっかりか】



トーサカ「なんでこんな早くスレ建ってんのよ!?」

イリヤ「さっきルビーがBBの所に飛んでったわよ」

トーサカ「またかあの馬鹿ステッキに桜モドキ!!!」

エミヤ「あの二人にコンビ組ませちゃ駄目なんだよなぁ」


17話 人の心

 相手の機動力を殺す狙いで細やかな()()を繰り返す事十数合、背後から響く三人の足音は大分遠ざかった。

 もう時間稼ぎに徹する必要は無いだろう、そう判断した私は大きく踏み込み、必殺の気概で以て一刀を振るう。

 それを受け止めきれないと判断したのか、ライダーは両の短剣で私の一撃を防御すると同時に少々大袈裟な後退を行い距離を取った。

 

 場に静寂が訪れる。

 三人の足音は既に無い、私達もお互いに武器を構えて睨み合うのみでアクションを起こそうとはしない。

 

 特に大した考えも無く私は口を開いていた。

 

 

「随分と攻めが甘いな、今の今迄あんなにも殺意を滾らせていたというのに。その気になれば私を振り切って三人を追うくらい出来たのではないか?」

 

 屈辱的な話ではあるがそれは事実だ。

 単純なスピードなら魔力放出で幾らでも対処可能だが、このライダーは先に見せた鎖剣でのトリッキーな撹乱戦法や、この結界を始めとした相手の精神や肉体に干渉するスキル乃至(ないし)宝具を多数所持している。

 高ランクの対魔力を保有する私には大した効果は無いが、それでもライダーの敏捷を以てすれば十二分な時間を稼ぐ事が出来る。

 事実先程不意を突いた様に、私の結界(間合い)から離脱する事くらいは訳無い筈だ。

 

 私の疑問にライダーは───半ば予想通りの返答を寄越してくれた。

 

「敵が態々(わざわざ)自分達から分断されてくれるのです。無理に追う必要等無いでしょう?」

「…やはりそうなるか。まぁ妥当ですね、私とて貴女と立場が同じならそうするでしょう────だからこそ、こうして一人になった甲斐があった」

「…仲間を逃がす為に己を犠牲に、ですか。流石は彼の騎士王様は殊勝な事で」

「貴女には負けますよライダー。己が主を守る為に、その身一つを晒して単身敵陣に切り込む等…健気、それ以外にどう評せましょうか」

 

 

 チリリ…と鎖が小さく鳴った。

 挑発が効いたのか、短剣を握る手に力が入り僅かに手首の角度が変わった事で地面を引き摺られたのだ。

 ────ああ、やはり、この者にとってもマスターとは。

 

「…本当に、マスターを大切に思っているのですね。それ故に、残念でならない。こうして争わねばならない事が。もっと上手く話が進めば、今頃は良き同盟者となれていたでしょうに」

兵器(サーヴァント)らしからぬ発言ですね。元よりこれは戦争だと云うのに」

「只々殺し合うだけが全てでは無い。結果は同じでも過程が違えば必ずそこに意味は生まれる。私は正真正銘の誇りを以て貴女と相対したかった」

「────戯れ言はそこまでです」

 

 まるで自分に言い聞かせるかの様に、ライダーは冷たい声色でそう吐き捨てると既に何度か見せた突撃の前段階、四つん這いに近い前傾姿勢となった。

 

「先程から聞いていれば…貴女、私に勝つ事を前提で話していませんか?だとすればそれは傲りというものです。余力の無い貴女がこの私のテリトリーで幾ら足掻こうと戦況は覆らない」

「負ける事を想定して戦いに挑む王等暗君以外の何者でもないでしょう。勝たねばならないから、勝つ。それだけです」

「───…嗚呼、ああ、(わずら)わしい。その悪意の無い信念が何れ程多くの者を───サクラ(彼女)を傷付けているのか…っ!」

 

 ライダーの殺気に呼応する様に彼女の長髪が浮き上がり、舞い広がった──────来る!

 

「殺します。貴女の次はマスターを。貴女の亡骸(なきがら)を見て絶望に染まった顔をどの様に料理するか…愉しみですよ」

「…心にも無い事を、言わないでください。次こそは、(みな)で。全てを打ち明けましょう。その為に────一旦斬られてください!」

 

 

 

 風王結界解除。

 

 眼帯をしているにも拘わらず、ライダーは私とキャスターの動きをまるで見えているかの様に正確に把握し戦闘を行っていた。

 つまり視覚以外の五感、魔力知覚等で此方の動きを感知している可能性が高い。

 となれば風王結界を用いた間合いを悟らせない戦法は通用しない、どうせ真名はバレているのだ、早期決着の為にも隠蔽性より攻撃力を重視する。

 

 その輝く刀身を閃かせ、私はライダーと激突した。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 駆ける、駆ける、細かな瓦礫の上を躓く事無く軽快に駆ける。

 暫くして目の前に倒木が現れた、先の宝具の衝突の余波によって薙ぎ倒されたものだろうそれを、キャスターは迂回する事無く一跳びで越えてゆく。

 

 今、私は衛宮君のサーヴァントであるキャスターに横抱き(お姫様抱っこ)されながらライダーの結界範囲外へ逃れる為に移動中だった。

 少し後ろには衛宮君が付いて来ている、足場の悪さに悪戦苦闘しながらも何とか付かず離れずを維持して走り続けていた。

 先のライダーとの接近戦で既に判っていた事だが、やはりこのキャスターはそのクラスのセオリーから外れ、中々に水準の高い身体能力、運動能力を持っている様だ。

 辛うじて転ぶ事無く走れていると云った様子の衛宮君に比べ、大小様々な瓦礫で凸凹(でこぼこ)になっている地面に一切足を取られる事無くすいすい進んでいく…いや、これは単にアビリティが優れているだけじゃない、こういう足場の悪い場所での行軍に慣れている…?

 

 動けないながらも私が思考を巡らせている間に、キャスターは屋敷の跡地から抜け出し、林に囲まれた下山道に差し掛かっていた。

 それでもまだ結界の外には出れない、あんの性悪女め、一体どれだけの広範囲に設定したんだか。

 心中でそんな悪態を吐いている間に、瓦礫が無くなって平坦な道に戻ったからだろう、さっきまで遅れていた衛宮君が私達の隣まで追い付いて来た。

 

 …ちょっと、衛宮君、何でそっち側に付くのよ。

 私今横抱きにされてるのよ、そっちだと私のスカートの中見えちゃうんじゃないの?

 

 ジト目で睨んでやるも衛宮君は此方を一瞥すらしない、何やら浮かない顔で俯きながら只管に手足を動かしている。

 そんな主の様子を直ぐ様察したのだろう、キャスターが穏やかな声で話し掛けた。

 

「如何なさいましたかマスター?」

 

 ビクリと肩を跳ね上げて衛宮君は此方を見る。

 その顔には判り易く『後悔』の二文字が浮かんでいた。

 

「…考えてるんだ。本当に、これが最善なのか、って。セイバーを一人残してきて良かったのか、もっと他の方法が取れたんじゃないのか…って」

「成る程」

 

 衛宮君の告白にキャスターは一言だけ淡々とした声色で返す。

 

「………これで、良かったのかな」

「そりゃー良くはないですよ」

「───な」

 

 

 そして、再びキャスターは淡々と、薄情とも云える言葉で衛宮君に応えた。

 

(ろく)に余力の残っていない仲間を一人だけ、圧倒的に不利な状況の中、実力の拮抗している敵の前に残す……文字通り殿(しんがり)、捨て駒という表現が合いますね─────そんなのが、()()()()、なんて言える筈がありません」

「────っ…!」

「こんなのはあくまで、()()()()()()()に過ぎません。それを選ばざるを得ない状況に陥ってしまった、事態を回避出来なかった時点で、もう私達の負けだったんです。どれだけ美辞麗句(びじれいく)を並べた所でそういう事実は変わらない」

「  ぐ く────っ」

「ですから、マスター、私から貴方の葛藤に対する返答はこうです─────この方策は、良くなかった」

 

 

 

 キャスターのとことん事実を突き詰めた言葉に、衛宮君は歯を噛み砕かんばかりに噛み締める。

 キャスターはそんな衛宮君を唯見詰めるのみ。

 やがて衛宮君が、まるで泣いているかの様な震えた声で、ポツリポツリと呪いの言葉を垂れ流し始めた。

 

 その呪詛は全て、己に向けられたもの。

 

「くそ…くそっ…畜生!馬鹿野郎!また、何で、俺は、俺が、何で、他人を犠牲にして生きようとしてんだ俺はぁ…っ!!!」

「……………」

「俺があの場に残れば良かったんだ…!捨て駒になるなら、間違いなく一番役立たずの俺がっ!」

「……………」

「いや、それよりもっと前から…俺が魔術の鍛練にもっと励んでいたら、あの状況を打開出来る術を身に付けられたかもしれないのに」

「……………」

「ああ…畜生、何でこうなっちまったんだ…!俺は、人を救わなきゃいけないのに…何で救われて、何で、まだ生きて………」

 

 

 嗚呼、嗚呼、もう聴くに堪えない。

 嗚咽交じりになってきた衛宮君の言葉を今直ぐ黙らせたいってのに、殴りに行く体力も怒鳴る元気も残っていない。

 何だってのよそのたらればは。

 仮にも魔術師の端くれならもっと現実的な、理性的な、根拠に裏付けされた理論で確りと───っ!!!

 その巫山戯た泣き言を片っ端から論破してやりたいのに、出来ない、苛立ちが募るばかりだ。

 何とかしろ、という意思を込めてキャスターを睨み付ける、正しく私の心中を察したのだろう、キャスターは私の顔を覗き込んで苦笑する。

 暫くして喋らなくなった衛宮君に満を持してキャスターが話し掛けた。

 

「気は済みましたかマスター?」

「………」

「…ま、済む訳ないですよね」

「………」

「悔しいですよね」

「………」

「ムカつきますよね~」

「………」

「たらればだって分かってても、下らない感情論だって理解してても、今更どうしようもないって分かってても」

「………ぅ」

 

 

 

「──────それでいいと思います」

「───ぁぇ?」

 

 ───するりと。

 何処までも慈悲に満ちた心のままに、キャスターはそう告げていた。

 

「もっともっと、存分に悔しがりましょう。怒って、悲しんで、泣き叫んで、文句を垂れ流して、自分を責めて、絶望に浸って……─────それでまた、立ち上がって、前を向いて、歩きましょう」

「…キャス、ター」

「人は機械にはなれませんから。なろうとしても、何時か何処かで絶対にエラーは出てしまいますから。だから抑えずに吐き出しちゃおう。全部内に溜め込んで、立てなくなるくらいに背負い込むなんてせずに。確り糧にしていこう」

「……そんな割り切り───」

「割り切りじゃないよ。割り切ってなんかやらない、ずっと引き摺り続けてやるの。それで全部纏めてバネにしてやるんだから。毒にも薬にもなるのが、人の心の面倒臭い所で、便利な所」

「………」

「だから、()()()()()()()()()()()は、もう駄目です。だから()()()()()()()()()。無駄にしない為に、()に続かせる為に。泣きながらでも良いから。進みましょうマスター」

 

 

 

 目から鱗、とはこういう事を云うのだろう。

 この女性は、何処までも冷酷に今を判断して、それでも尚、次に、後に繋げる為に希望を抱き続けている。

 現実を見ながらも、心を捨てるなと。

 そう私達に言い聞かせている。

 

 矛盾しているのかしていないのか、綺麗事、その場凌ぎ、それこそさっき貴女が言った美辞麗句、頭ごなしな否定の言葉は幾らでも浮かぶ。

 

 ────それでも、そう在れたら、どれだけ良いだろうと、そう想わずにはいられない、人間らしい希望の形だった。

 

 

 成る程、これは確かに英霊だ。

 人生経験豊富らしい。

 魔術師らしくも人らしい、この女性(ひと)のギャップと在り方にストンと認識が追い付き、納得がいった。

 

「…………ああ、そうだな」

「ええ、そうです」

「ありがとうキャスター。良く分かったよ───今は、進もう」

「はい」

「無駄なんかじゃなかったって、言ってやるんだ、絶対」

 

 そう力強く言い切って腕の振りを大きくする衛宮君。

 全く単純馬鹿め、大人びてるかと思えばほんとこういう所は子供なんだから…まぁ同じくキャスターの(ことば)に聞き入ってた私が言えた義理じゃないか。

 

 そんな感じで、抱えられたまま内心で苦笑する私の鼓膜をキャスターの弾んだ声が揺らした。

 

 

「まぁでも、さっきはああ言いましたが案外セイバーさん一人でも何とか出来ちゃうかもしれませんね。時間かけて魔力たっぷり渡しましたし」

「え?魔力なんて何時渡したんだ?」

「?さっきキスした時にですよ?」

「────え!?あ、あれってそういう事だったのか!?」

 

 衛宮君の疑問に対して、今更何を言ってるんだと云いたげに返すキャスター。

 言われた意味を理解した衛宮君の顔が数瞬で紅くなった。

 

「ええ?分かってなかったんですかマスター」

「い、いやだって…してる時の雰囲気とかが、なんかこう、そういう義務的な感じじゃなかったじゃないか!?」

「生産される魔力量は性的興奮を始めとした精神、肉体の昂り、感情的な要素に大きく左右されますから…ほら、昨日の夜マスターに使った蟲が良い例ですよ」

「っ!!!?おまっ、遠坂の前で何言ってんだ!!」

 

 

 更に顔を真っ赤っかにして誤魔化す様に何事か喚く衛宮君───が、もう遅い。

 この男、あろう事か(我が妹)という最高の物件を落札しておきながら他所に唾を付けやがったのか。

 

 

「兎に角そういう訳ですから…想い人との別れ、って感じにムードを作った迄ですよ。どうせならお互いに気持ち良くなりたいじゃないですか」

「そんな、同性同士で……あ、いや、すまん。こういう偏見は良くないよな。愛の形は人それぞれだ。今の発言は忘れて欲しい」

「ちょ…ま、まあその意見には全面的に賛成ですが、別に私バイって訳じゃないですからね!?」

「ぇぇ…?……べ、別に誤魔化す必要はないんじゃないかなキャスター?縦えキャスターがそっちだったとしても俺はこれまで通りの関係を維持すると誓う。うん、マスターの名に懸けて」

「違いますってば!!……………まぁ…どうしても、って求められた場合やそうせざるを得ない時は、吝かではありませんが」

「キャスター、此処まで運んでくれてありがとう。もう大丈夫だから下ろしてくれる?」

 

 

 頬を赤らめながらそっぽを向いてそう溢したキャスターに対し、私は迅速にハキハキとした口調でそう言い放っていた。

 

 

「なあぁ!?も、んもうマスターっ!!マスターのせいで凛さんに誤解されちゃったじゃないですか!」

「いや今のは完全に自分で墓穴掘ってただろうが!」

「安心してキャスター。衛宮君の言う通りよ、愛の形は人それぞれ…別に恥じる事じゃないと私も思うわ。という事で早く下ろして?大丈夫だから、ほんと大丈夫だから。身の危険を感じたとかそういうのじゃないからウンホント」

「違うって言ってるじゃないですか!っていうか凛さん貴女今の今まで弱り切ってた筈ですよね!?何で急にそんなハキハキ喋れる様になってるんですか!ギャグ補正ですか!」

「キャスター!早く遠坂を離すんだ!今ならまだ間に合う、次に繋げるのも大切だけど、今正せる過ちなら正すのが最善の筈だ!」

「さっきまでの私の言葉が台無しなんですけど!?っていうか何で私が凛さんを襲おうとしてるみたいになってるんですか!そもそもマスター!貴方昨日の夜散々私の体使って愉しんだ癖に、よくパートナーの事バイ扱い出来ますね!」

「あ!ありゃ!あれは!お前が魔術使って迄誘ってきたから…」

「ひぃや!?ちょ、やめて!何処触ってるのキャスター!?」

「膝の裏持ってるだけですけど!?」

 

 

 

 

 

 ─────そんなこんなで、色々と台無しにしながら三人は慌ただしく林を下っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐ目の前を黄金の刀身が通り過ぎてゆく。

 今のは危なかった、本当にギリギリ、紙一重。

 圧倒的な膂力と速力が生み出した風圧で、直接触れられた訳でもないのに僅かに頬が裂け、髪が吹き乱れた。

 ほんの少しでも刀身に触れていたら顎から下が無くなっていたのではないかと思わせる程だ。

 

 『最優』と称されるサーヴァント、セイバー。

 私はその実力を過小評価していたと認めざるを得なかった。

 

 目の前の女───騎士王アーサーは自身の代名詞とも云える聖剣の真名解放を、一日どころか一時間にも満たない非常に短いスパンで既に二回行っている。

 威力から推察するに恐らく種別は最低でも対軍以上、そんな大規模の宝具を連発すれば魔力の枯渇は免れない筈だ。

 事実四人の中で最も限界に達するのが早かったのはセイバーのマスターである遠坂凛なのだから。

 

 だと云うのに、目の前で聖剣を構えて猛進して来る(セイバー)の動きは、まるで衰えを見せない。

 いや───それどころかキレを増している様にすら感じる。

 より厳密に述べるなら、私の動きに()()()()()()()

 

 

「───」

「…」

 

 相手の側面に一気に回り込むと同時に釘剣を投擲、蟀谷(こめかみ)を狙う、が、既に体ごと此方に向き直っていた奴は僅かに頭を反らすだけでそれを回避────された瞬間私は駆け出し奴の顔面に向かって膝蹴りを繰り出す、と同時に避けられた釘剣を引き戻し奴の後頭部を狙った。

 間髪入れずに意識外からの挟撃、大抵の相手はこれで片が付く──────だと云うのに、やはり奴はそれに対処する。

 顔の直ぐ横にある鎖を片手で掴む事で引き戻されるそれを止め、後屈の如く体を後ろに反らす事で膝蹴りも躱した。

 そして両手で剣を握り直しほぼ密着している私の脚を狙ってくる。

 蹴りを放った後の為、今地面に接しているのは片足のみ、やむを得ず無理矢理体を動かし、片足で踏ん張って地面を蹴り、離脱する。

 片足から勢いよく鮮血が吹き出た、やはり躱し切れておらず、浅くだが傷を負ってしまう。

 大した支障は無いだろうが、ほんの僅かに機動力が殺がれる事は否めないだろう、そしてこの敵を相手にするに当たって、そのほんの僅かな能力の低下が命取りになるという事を私は理解していた。

 

「───ちっ」

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 

 私は真っ正面から武器を打ち合う様な、そういう近接戦闘の技量が高い訳ではない。

 生前はこの身に宿る異能を行使すれば───少し視線を送ってやるだけで、ほんのちょっと意識を向けてやるだけで───それで片が付く相手が殆んどだった。

 そうでなくとも此方が少し工夫して刃を、爪を、牙を振るうだけで、相手はその地力の差からまともな対処も出来ずに散ってゆく。

 怪物()にとって、戦闘とはそれだけの作業に過ぎなかったのだ。

 

 だがこいつは違う。

 スペックは互角どころか、カタログ上の数値では総合的に見て私を上回っており、剣の技量も私とは比べ物にならない程に高い。

 撹乱、不意討ちは何度か成功したがそれで仕留め切るには至らず、今では此方の動きをほぼ見透かしているかの如く最適な攻撃を繰り出してくる。

 

 これが真の強者だとでも云うのか。

 地力の差───まさか自分がそれを味わわされる側になるとは。

 

 

「やっ!!」

「───っ!!ぐ、ぇぇい!」

 

 刹那で数回振るわれた斬撃をなんとかと云った(てい)で防ぐ。

 自らの両手に収まっている鎖剣が酷く心許無い、未だに砕け散っていないのが奇跡だと思えるくらいに一方的な展開だ。

 

 心眼系の、闘争の推移を見極めるスキルか、或いは単純な戦闘技術の高さか。

 此方の回避行動を先読みして剣を振るい、此方の攻撃を即座に()なして反撃(カウンター)に転じる。

 攻撃と防御を同時に行う事で隙を作らず、その馬力と合わせて間断無く驀進する事で徹底的に圧し潰す、真っ直ぐに、正道に、王道に、正しくドストレートな英雄の戦い方。

 小細工を弄する事しか出来ない自分とは文字通り正反対、これが英雄と反英雄の違いか…戦局の一手一手すら今の私にとっては腹立たしい事この上無い。

 

 

 

 (きら)めき、(ひらめ)く。

 

 

「───っ!?」

 

 眼帯で覆われている筈の私の網膜にすら届く、至高の光彩。

 私の魔力知覚がセイバーの手中の剣身から溢れ出た膨大な量の魔力を認識する。

 

 ─────マズイ。

 

 本能が、心が、神経が、脳が、魂が、己の全てが一斉に警鐘を鳴らす。

 これは私を討ち滅ぼして剰りあるモノだ。

 警鐘に従い即座に後退しようとする体───それを敢えて抑え込み、私は前進した。

 

 死中にこそ活路在り。

 退いても動きを読まれて斬られるだけ、防御しても武器ごと斬られるだけ───ならば進め、迎撃だ、先に仕掛けろ、相手を越えろ、攻撃こそ最大の防御─────!

 

 

 ボッ!!!───と、空気が弾ける音がほぼ同時に二つ。

 攻勢に出た私の動きは予想外だった様だ、目測を修正しようとしたのかセイバーの動きが一瞬ぎこちなくなる。

 その僅かな隙に潜り込む、機動力を損なわないギリギリのラインまで身を低くし、駆けた。

 頭の数センチ上を(魔力の塊)が通り過ぎてゆく。

 

 好機───!

 怪力のスキルを発動、結界(鮮血神殿)を用いて四人から奪い取った多量の魔力で肉体と武器を強化、トップスピードを保ったまま拳を、杭剣を相手の腹に抉り込む───!!

 

 

 

 

「あ゛っ!? が  ぐぅ…!」

 

 

 捉えた。

 貫いた。

 確実に、重傷。

 

 突き出した杭剣の一撃は身に纏う鎧に阻まれて多少威力を減衰させられたが、それでも刃は目の前の敵の柔肉を裂いていた。

 鎧は砕かれ、その刀身の全ては丸々相手の腹に埋まっている、致命傷と云っていい深さ────終わりだ、このまま内臓も喉も、霊核(急所)を全て掻き斬って───

 

 

 

 腕が掴まれる。

 

「っ!」

 

 突き出した腕が捕らえられた、身動きが取れない。

 セイバーが剣を地面に突き立てる、何のつもり───腕が振り上げられ、魔力が集中する、放出された、籠手を纏った手刀が、伸ばしっぱなしの私の腕に振り下ろされる─────っ!!

 

 

「     あ あぁっ!!」

 

 自分の肉体が発生源という事が信じられない程に、凄惨な音が周囲に木霊した。

 クソッ、やってくれた────湧き上がる怒気のままに折られた腕を無茶苦茶に捻って引き抜く、尋常では無い痛みだろう、セイバーが苦し気に呻いた、少しは鬱憤が晴れる。

 

 魔力を纏った、殆んど砲弾のそれと同等の手刀を受けた右腕は完全に折れていた。

 骨が露出し、前腕の掴まれた部分にも皹が入っている、おまけに無理に引き抜いたせいだろう、力を入れても僅かに指先がピクピクと震えるだけ、最早完全に使い物にならなくなっていた。

 

 四肢の内の一つを潰される、文字通り手痛い代償を払わされたが、それ以上の成果は出せた。

 腕が折れても死ぬ様な事は無いが、腹に穴が空いては命に関わる、より深刻なダメージを負ったのは間違いなくセイバーの方だ。

 片手で傷を抑えながら剣を杖代わりにして立っているセイバー、その表情は分かりやすく苦痛で眉根を中心に歪み尋常では無い量の汗を浮かばせている。

 腹から流れ落ちる血が地面に染み渡り───即座に魔力へと変換されて吸収されていく。

 

 元々この鮮血神殿は吸血種である私がより効率よく魔力を吸収する為のものだ。

 その内部で出血しようものなら結果は語るに及ばず、縦え高ランクの対魔力スキルを有していようと体外へ出血してしまっては関係無い、全て私の糧となるのみだ。

 

 

 着実に状況は詰みに入っている、無論私の勝利という形で。

 セイバーもそれは理解している筈だ、騎士王と称される程の傑物が、よりにもよって戦いの流れを読み取れない暗愚という事は有り得ない。

 

 だと云うのに────その瞳はまだ死んでいなかった。

 勝てると、必ず勝つという意志を毛程も折っていない。

 

 そんな眼が妙に癪に障った私は口を開く。

 絶望しろと、その表情が後悔で歪む瞬間を見せてみろと。

 

「勝敗は決しましたよ。敗者らしく、惨めたらしく、命乞いでもしてみては如何ですか」

「ふっ…端から見逃す気が無い相手に命乞い等しても無意味でしょう。それに、まだ負けた訳ではない」

 

 脂汗を垂らし、それでも不敵に笑って此方に応じるセイバー────違う、そんな顔が見たいんじゃない。

 

「そんな有り様でよくその様な口が利けたものですね」

「生憎と負けず嫌いな性分でしてね」

「───ならば何故、素手で私の腕を折るだけに留めたのですか?完全に私を捉えた先程の瞬間なら、間違いなく首を落とせたでしょうに」

 

 

 そう、そこが解らない。

 己以上の機動力を持つ相手を捉えられる機会等早々無い、向こうとて早期決着が望みの筈───だと云うのに、その千載一遇のチャンスを何故自らふいにする様な真似を。

 

 

「……何故、でしょうね。自分でもよく分かりません」

 

 困った様に苦笑しながらそいつはそう溢した。

 

「只何と無くですが…貴女を斬ってはならない、と…そう直感したのです」

「………?」

「おかしな話ですね…早期決着の為に風王結界を解除したというのに、肝心な所で剣を下ろしてしまうとは………嗚呼、ふふ、きっと、彼等に感化されてしまったのでしょうね」

 

 

 彼等。

 それが誰と誰を指すのかは考える迄も無かった。

 

「言ったでしょう、次こそは皆で全てを打ち明けましょう、と…貴女に死なれては、それは絶対に叶わなくなる」

「…愚かな。言葉の通じない怪物と、刃を交える事しか出来ない敵と、和解する為に闘う、と?…支離滅裂にも程がある」

「返す言葉も有りませんね……でも、それでも、心が通じるのならば、やらなければならない」

 

 両手で剣を握り直したセイバーが、変わらぬ意志の灯った瞳で此方を射抜いた。

 

(かつ)て私は王としての責務を果たす為に、余計な(しがらみ)は全て捨て去りました。そうしなければ祖国は救えないと…ですがその結果があの滅びです。自身の選択に後悔はありませんが…やり方を間違えたのか、他の者ならもっと上手くやれたのか…今となってはそれすら分かりません」

 

 ですが、と、そいつは続ける。

 

「ですが、彼等は、あの二人は、私には無いものを持っている、それは確かだ。これ程迄に追い詰められて尚、彼等は信じる事をやめなかった、何も捨てようとしなかった───最後まで()()()を持ち続けていました。私は彼等を見習い、学ばなければならない。故に、私は彼等に同調する。後々同盟を結ぶ彼等への敬意を以て、貴女を此処で止める」

 

 

 

 聖剣の輝きが増した気がした。

 まるで、担い手の心の光に共鳴するかの如く。

 

 嗚呼、ああ、本当に────────憎たらしい(羨ましい)

 

 

「────私は御免ですよ。その様な、()()()を信じる等と云う愚行はっ!!!」

「っ!?」

 

 鎖剣を投げ放つ。

 だがそれは直接セイバーを狙ったものではない。

 宙を走る鎖がまるで蛇の如く()()()()()()()に巻き付き、絡み付き、固定された。

 譬えるならジャングルジム、はたまた蜘蛛の巣か。

 

 これで私の能力を最大限に活かす環境が整った。

 きっとセイバーは思いもしなかっただろう、闇雲に後退する様に見せて、少しずつ倒壊した屋敷の方に誘導していたという事に。

 

「もう一々戦闘中にその様な事を悩む必要はありませんよ───どの道貴女は此処で死ぬのですから」

 

 宙に張る鎖の一つに立って眼下の少女を見下ろしながら言葉を紡ぐ。

 

 

 眼帯を外す。

 

 

「っ!?ぉ、これ、は…!」

 

 既に分かり切っていた事だが、やはりセイバーは相当ランクの高い対魔力を有している様だ、私の魔眼と目を合わせているにも拘わらず石化が始まらない。

 だがそれでも構わない、私の魔眼は石化以外にも効果範囲内の者のステータスを全て強制的に1ランク下げる『重圧』の効果を持つ。

 そう、強制的にだ、縦えどれ程の対魔力を有していようとこの効果からは絶対に逃れられない。

 

 奴は既にマスターから殆んど魔力を供給されていないだけでなく、鮮血神殿の影響で常に魔力を吸い取られている、おまけに魔眼による重圧と腹部の重傷。

 最早そのステータスは見る影もなく低下し切っている。

 

 

 

「さぁ────此処からが、本当の、処刑の始まりです」

 

 脚に力を込める。

 鎖の撓みを利用し、弾かれる様に跳躍。

 私はセイバーに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんぁ!?ちゃ、い!?」

 

 魔術で脚力を強化し、全速力で遠坂邸を目指して走る私を突如異常事態が襲った。

 

 自分自身の目が映し捉え、脳が認識した、文字通り()()()()()()

 それに、明らかに()()()()()()()が半透明で重なった。

 

 全速力で走っていて息が乱れていたというのも相まってへんちくりんな奇声を上げてしまった、一旦足を止めて自身を落ち着かせる。

 何だろうこれは。

 こんな、まるで()()()()()()()()()()()()()様な─────。

 

「あ」

 

 

 そう云えばライダーと視覚共有したままだった、かも。

 道理で先程から視界が妙に薄暗いと思った、てっきり夜だからだとばかり。

 しかし、常に眼帯をしている筈のライダーの視界に風景が映ったという事は。

 

「戦っているの…ライダー…?」

 

 石化の魔眼を解放した、それは即ち何者かと戦闘中だと云う事に他ならない。

 だが未だにライダーの魔力反応は遠坂邸にある。

 遠坂邸で、誰かと戦闘…?

 まさか。

 

「相手は、姉さん?」

 

 状況証拠的にはそういう事になるが、それだと色々訳が分からなくなってくる。

 何故、どうして。

 疑問符が頭を埋め尽くし思考を投げ出したくなる衝動に駆られるが、本当にそれをやってしまったらもう取り返しが付かない、状況に置いていかれるばかりだ。

 

 深呼吸を一つ、真冬の空気が茹だった体に冷たい鞭を入れる。

 中途半端にしか接続されていなかった視界共有に再度集中、程無くして半透明だった景色が鮮明になる。

 

 少しばかり高い視点、そこから見下ろした景色は一言で表すならば、正しく廃虚だった。

 砕けた壁や折れた柱、散々(ばらばら)になった調度品等、家屋を構成していた様々な物がその役目を奪われ只の瓦礫と化していた。

 

 此処が、遠坂邸(私の実家)…?

 まさかの状況に愕然とする私の、正確にはライダーの視界の中心に一人の少女が立っていた。

 

 金髪碧眼の小柄な体躯、一見するととても戦士には見えない可憐な女の子、でもその身に纏っているのは青いドレスと銀の甲冑、そしてその手に握るは輝く黄金の剣。

 最優(セイバーのサーヴァント)

 一目でその正体を悟った。

 そしてその最優(セイバー)を召喚したマスターと云えば、遠坂凛(姉さん)

 何の証拠も無い、あくまで私の推測…いや、違う…()()に過ぎないが、ほぼ間違いなくそうだと確信している。

 そして、その少女は腹部から多量の血を流しながらも真っ直ぐ正眼に剣を構え正面を見据えている。

 真っ直ぐに、正面のライダー(目の前の私)を見ている。

 

 これはもう、確定だ。

 理由も経緯もまるで分からないが、ライダーは姉さんに敵対している。

 

 嫌な予感が的中した。

 セイバー(サーヴァント)が顕在である以上、マスターの姉さんも無事な筈だが…この廃墟と化した遠坂邸(実家)を見るに、それも確かとは云えない。

 先輩を喪った時と同種の悪寒が総身に満ちる。

 

 ─────お父様が亡くなった時、お母様が亡くなった時、おじさんが亡くなった時、お爺様を殺したと気付いた時─────。

 

 まるでフラッシュバックの如く脳裏を過る、大切な人達の死。

 駄目だ!駄目だっ!!!

 本当に、本当に急がないと、また、また取り返しの付かない事に──────っ!!!

 

 

 

 そう焦燥した瞬間、視界が()()()()()

 

「っ!?う、わ」

 

 私は反射的に視界共有の精度を下げる。

 静止していた風景が急速にぶれて、回転して、滅茶苦茶に動き回って。

 恐らくライダーが高速で移動し始めたんだ、敏捷Aを誇るライダーと視界を共有させていたら只の人間である私が目を回してしまうのは自明の理。

 でも完全にリンクを切ってしまったら向こうの状況が把握出来なくなる、私は僅かに視界を繋げたままで思考を始めた。

 

 

 令呪を使うか?

 

 今直ぐ令呪を使ってライダーを私の下に呼び戻せば最悪の事態は防げる、取り敢えず状況を終了させる事は出来るだろう。

 

(─────本当にそう?)

 

 それで本当に大丈夫なのだろうか、そんなに単純な話なのだろうか。

 あの過保護なライダーが意識の無い私を放置して姉さんと戦う為に遠坂邸に蜻蛉返り…改めて考えると明らかにおかしい行動。

 何か、この常軌を逸した行動にライダーを駆り立てた何等かの要素がある。

 それがハッキリしない内に安易に令呪を使うのは…ベターでは、きっと、ない。

 

 慎重過ぎるか?

 だがマスターがサーヴァントを御せるのは、一重に令呪の存在があるからだ、行動理由不明の使い魔にたった三回しかない命令権を無駄打ちする訳には───。

 

(ああもうっ!確りしなさい!肝心な所でチキンなんだから!)

 

 兎に角、現場に行かなくてはどうしようも出来ない。

 私は再び下半身に魔力を通し走り出─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウイイィィィ」

 

 

 

「─────!?」

 

 ─────そうとして、咄嗟にその場から飛び退いた。

 バチバチと電気が弾ける様な音と共に、鈍器の様な何かが先程まで私の立っていた場所に振り下ろされた。

 豪快な破砕音、陥没した地面、それ等を私は膝を突いた姿勢で視界に収め。

 

 

 

「───へぇ、なんだ、今のを躱せるんだね。鈍臭いお前の事だから足の一つくらい潰れるかと思ったのに」

「え………?」

 

 目の前に現れたその人物に、私は先輩の手に聖痕が浮かんでいた時と同等の驚愕を覚えた。

 

 

 

「兄、さん…?」

 

 

 

 間桐慎二兄さん。

 私の兄が、サーヴァントを伴って、嘲笑を浮かべながら私を見下していた。




前書きと本編の温度差は気にするな。

つーことで漸くワカメ登場。バーサーカー枠はフランちゃんです。全クラスの内訳も明らかに



セイバー:アーサー・ペンドラゴン
マスター:遠坂凛

ランサー:クー・フーリン
マスター:バゼット・フラガ・マクレミッツ

アーチャー:ヘラクレス
マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

ライダー:メドゥーサ
マスター:間桐桜

キャスター:??????
マスター:衛宮士郎

アサシン:静謐のハサン
マスター:????

バーサーカー:フランケンシュタイン
マスター:間桐慎二?



マスター共々三騎士のヤバさが際立つなぁ…。


エクスカリバーは風王結界纏ってる時の威力を80~90とすると解除してる時の威力は1000くらいらしいです。ランクの内部数値で計算すると訳分からん事になるらしいですが、本作ではこれを採用していきます。

内輪揉めでボロボロのセイバー、ライダー、キャスター組み。桜ちゃんは無事にみんなと合流出来るのか。

次回はたぶん幕間。

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