Fate/SAKURA   作:アマデス

20 / 36
話数が20話を突破しました!我ながらよくエタらなかったもんだと感心します。

これも感想を送ってくださる皆さんのお蔭!今後もどうかよろしくお願いします!


16話 ダイナミック内輪揉め

 凄まじい爆発音が響いた。

 発生源は私のサーヴァント、セイバー。

 

 魔力放出を利用した瞬間加速による突貫、竜の因子によって常に生み出され続けている莫大な魔力を前進という目的のみに注ぎ込んだそれは、ノータイムでセイバーの身を風に変える。

 剣術の脇構えに似たそれから地面に対し水平に振るわれた一刀は寸分違わずライダーの胴に吸い込まれていく。

 

 セイバーの宝具、風王結界(インビジブル・エア)によって不可視となっている筈のそれを、ライダーはまるで見えているかの様に最低限の後退で回避した。

 更には回避するとほぼ同時に右手に持っていた杭剣を真っ直ぐ投擲しセイバーの眉間を狙う───が、それくらいの不意討ちではセイバーはやられない。

 首を少し曲げてあっさりそれを回避するとさっき振り切った剣を返す刀で再びライダーの胴に─────振るえなかった。

 投擲した杭剣をライダーが鎖で引き戻し、背後からセイバーの頭を狙ったのだ。

 さっきの投擲は不意討ち等ではなかった、寧ろこの本命を、真の不意討ちを仕掛ける為の前準備。

 

「っ!セ───」

 

 完全に視覚外からの一撃、セイバーがやられると思ったのだろう、私を抱えている衛宮君が遅過ぎる警告をセイバーに発しようとする。

 でも私は大して気に留めなかった。

 あの程度じゃセイバーはやられたりしない。

 私の信じた通りセイバーは身を屈めてその意識外からの一刺しを再び(かわ)した。

 Aランクの直感スキルを舐めてはいけない、セイバーが体得しているそれは殆んど未来予知と同義なのだから。

 

 とは云え敵も()る者、セイバーに攻撃を躱されるのは織り込み済みだった様だ、ライダーは爪先を跳ね上げ屈んだセイバーの顔を()()蹴り上げていた。

 

「───っ!」

 

 そしてセイバーもその蹴りを()()防いでいた。

 剣を持っていない方の手でライダーの足首をガッチリと掴み動きを完全に止めていた。

 防いだ、と同時に捕らえた、チャンス!!

 

「───ふんっ」

「ぬぅ!」

 

 私が内心で沸き上がったのも束の間、セイバーが捕らえたライダーに斬り掛かるより早く、ライダーが反撃で左手の釘剣を振り下ろしていた。

 セイバーの剣に比べればちゃちな刃だが、それは比較対象が規格外過ぎるだけだ、武骨だがそれ故に鋭利で殺傷力の高い鎖剣、人間は疎か英霊の命を奪って剰りある凶器が三度(みたび)セイバーに迫る。

 剣を止めるのは当然同じく刃を持つ剣だ、セイバーの聖剣がライダーの凶剣を防ぐ。

 だが片手で相手を捕らえているという事は、その間自由に動かせるのは反対の手のみという事であり。

 片手だけでは膂力が足りなかったらしく、剣を弾くには至らず鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。

 対して両手が自由なライダーは当然の如くもう片方の手に握った短剣でセイバーを狙った。

 

「───どぅぁぁああああっ!!」

「!ぐ、がぁ!」

 

 そしてセイバーはそれすらも読み切り動いていた。

 屈んだまま体を捻り、片足を踏ん張り、まるで片手で行う背負い投げと云った要領でライダーの足を引っ掴んだまま地面に叩き付けた。

 不安定な屈んだ体勢のまま、況してや片手でそんな暴挙に出られるとは流石に想像出来なかったらしく、無防備に地面に叩き付けられたライダーは俯せの状態で1、2秒硬直する。

 それでも直ぐ様手を付き体を跳ね起こそうとする────

 

 

Tod Studenten(声は静かに) , Mein Schatten(私の影は) , Unter Räumlich der Regel(  世界を覆う  )

 

「!  ?   あぁ、ぐっ」

 

 ────そう、したのだが、それは叶わなかった。

 ライダーが何時此方を狙ってきても大丈夫な様に、私達の側で控えてくれながらも虎視眈々とチャンスを窺っていたキャスターが満を持して呪文を紡いだ。

 

 それに応えたのは、周囲の夜闇()

 ライダーの周りの瓦礫、またライダー自身が作った影が、まるで液体の如く波打って蠢き、実体化してライダーに覆い被さったのである。

 三小節、比較的短く簡易な筈の魔術だと云うのに、その効果は絶大。

 放たれた暗黒の渦は対魔力のクラススキルを有する筈のライダーを微動だに出来ない状態で完全に拘束してしまった。

 

 凄い。

 本当に凄い。

 改めて目の前の魔術師(キャスター)に対する畏敬の念が湧き起こる。

 私が目指すべき姿が直ぐ其処に在るのだと確信した。

 

 

「はふぅ、よーやく捕まえましたよライダーさん」

 

 キャスターが汗を拭う様な仕草をしながらライダーとセイバーに歩み寄る。

 セイバーは影で拘束されているライダーに半ばのしかかる様な体勢でその背中に(きっさき)を突き付けている。

 ここからの逆転はまず不可能ね、どうやら本当に状況終了と相成ったみたいだ。

 漸く神経が休まりそうで私も深く息を吐いた。

 

 

 

 ───殆んどの魔力を消耗してしまっている今の私には眼を強化する余裕も無い。

 なのに何故セイバー達の動きを把握出来ていたのか───何て事はない、動き始めと終わり、二つの格好の差異と視界に残った軌跡から、頭の中でセイバー達の動きを想像して補完していただけだ。

 魔力が尽きたから、()()()()()()()()で大人しくしてやるつもりは毛頭無い。

 体が動かなくても頭が働けば念話でセイバーにアドバイスを送る事が出来る、口が動けば令呪を発動させる事も出来る。

 

 私の中の誓いは未だ健在だ。

 セイバーの鞘になると決めたんだもの、これくらいの逆境でへこたれていられない。

 そう、縦え我が家が建て直し不可避の廃墟に変えられてしまったとしてもだ。

 泣いてないわよ、泣いてないったら。

 本人が泣いてないっつってんだから泣いてないって事にしときなさいよ馬鹿。

 

 

 

 そんな独白を内心で繰り広げている間にもサーヴァント達の会話は進む。

 

「取り敢えず、この結界を解除してください。このままじゃ凛さんが()ちません」

「………」

「…っ、貴様」

 

 キャスターの懇願(命令)に対し、振り出しに戻ったかの如く(だんま)りを決め込むライダー。

 そんなライダーの態度にセイバーが怒気を飛ばすが、やはり効果は無い。

 黙ってライダーを見詰める事数秒、キャスターは溜め息を吐きながら目を瞑り────そして開かれた瞼の奥では、この上無い冷徹さがその瞳に宿っていた。

 

「分かりました、では手順を変えましょう────セイバーさん、ライダーの四肢の腱を斬っちゃってください」

 

 

 普段の性格や態度からは想像も出来なかったのだろう、キャスターの残虐な指示に衛宮君が僅かに息を飲んだ。

 

(よろ)しいのですか」

「言った筈ですよ、物騒な事を一切出来なくすると。本人の意思で降参していただけたなら魔術で拘束するだけで済ませようと考えていましたが…凛さんが危ないんです、手段は選んでいられません」

「…分かりました」

 

 セイバーは一言そう返して剣を握る手に力を込めた。

 キャスターの確かな決意を汲んだというのもあるだろうけど、何より自身のマスターを想ってくれた上での指示なのだ、それにどちらにしろライダーは敵、拒否する理由等無い。

 先ずは脚からいく様だ、セイバーが不可視の鋒を下に向け───

 

 

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

「!!?」

 

 

 ───その動きが、ビタリッ!と停止した。

 

 

 

 ─────凛とセイバーは疎か、士郎とキャスターすらもその存在を知らなかったライダーの三つ目の宝具が放たれた。

 単純に魔力を浴びせるだけで発動させる事が可能な、魔眼(キュベレイ)と並ぶ直接戦闘に於けるライダーの切り札。

 Aランクの対魔力を誇るセイバーには数瞬で結界を看破されてしまうだろうが───その数瞬がライダーにとっては充分過ぎる猶予だった。

 

 

 

 ライダーを拘束していた影の魔術が一瞬で弾け飛んだ。

 そんな予想外の光景に私や衛宮君は疎かキャスターも驚愕する。

 そんな、何で、完全に拘束されていた筈じゃ───。

 

 いや違う。

 

 フェイクだ!!

 

 瞬間的に私はライダーの狙いを悟った。

 やはり三小節の魔術で対魔力を持つサーヴァントを縛る事は不可能だったんだ。

 それでも態と捕まってみせたのは私達を油断させる為、ライダーにとってはあの程度の魔術、空気の様に軽いものだとでも云うのか。

 寧ろセイバーに掴まれていた足の方が厄介だったのだろう、そちらを解かせるのが本来の目的!

 

 

「ごぉ、ぶぁがっ!!?」

 

 ライダーは即座に立ち上がると未だに()()しているセイバーの胸のちょい下辺り───人体の急所の一つである鳩尾に正確無比な鉄拳を打ち込んだ。

 起き上がった際の反動と身体全体を用いての捻り───凛が知る余地の無い要素として怪力のスキルも───を加えた豪腕はセイバーの纏っていた鎧を砕き、貫き、その無防備に突っ立っていた五体を彼方にぶっ飛ばす。

 

 潰れた声と唾液を吐き出しながら吹き飛ぶセイバーを尻目にキャスターは影の双剣を握りながらバッスステップで私達の盾になるよう後退して来る。

 そして案の定ライダーはぶっ飛ばしたセイバーに追撃を仕掛けるのではなく、此方に向かって来た。

 

 

 何て事なの、一瞬で状況が悪化してしまった。

 キャスターは戦闘者ではなく魔術師、ステータスからしても直接の近接戦が得意とは思えない。

 このままキャスターが突破されたら文字通りジエンドだわ、一先ず距離を…いや、下手にキャスターの背後から外れたらあの鎖剣の投擲で殺されるかもしれない。

 駄目だ、今の私には具体的な状況転換が何も起こせない、一体どうすれば───

 

 

 そんなこんなと悩んでいる内に直ぐ目の前でキャスターとライダーがぶつかり合った。

 

「────」

「ふぅ───!」

 

 ライダーは相変わらず無言で、只淡々と冷徹に両手の釘剣を振るう。

 対するキャスターは酷く気合いの入った呼吸で、だが粗雑ではない、堂に()った構えからの体捌き、双剣捌きで確実にライダーの猛襲を防いでいた。

 

 釘剣が振り下ろされる、横から力を加えて内側から外側に弾く、真っ直ぐ突き出される、刀身を下に滑り込ませて肩の上方に流す、上半身を丸ごと狙った掬い上げ、冷静に体を斜めにして回避、逆に大きく前に体を乗り出したライダーを狙って影剣を振るう、敏捷Aを活かした後退(バックステップ)で回避、し切れなかった、振るう途中で影剣の刀身が伸びた、影と魔力で形作られた剣だ、それくらいは出来るのだろう、胴体に浅く紅い線が出来上がる、それが癪に障ったのかお返しとばかりに釘剣が真っ直ぐ投擲される、容易く影剣で弾かれる、が、弾かれたそれを振るって撓らせ側面からキャスターを狙う、影剣では無く地面に写った自身の影が隆起してキャスターを守った、何時の間にか脚を狙って放たれていたもう一方の鎖剣も影に搦め捕られている、自動防御の類いだろうか─────

 

 

 

 あれ?

 

 

「やっぱり凄いな…」

 

 うん、凄い…わね。

 なんか普通に接近戦出来てるんだけどあの魔術師(キャスター)

 

 防戦に徹しているというのが大きいんでしょうけど、それを差し引いてもキャスターというクラスの定石(セオリー)から明らかに外れている。

 先ず間違いなく相応の鍛練を積んだであろう双剣術、相手の動きを確り把握してから確実に対処する観察力、判断力と、単純に敵の攻撃にビビらない胆力、そして自身の技量が及ばない部分を補助させる迎撃魔術。

 

 あの動きは、最早一端の戦士のそれだ。

 単純に理論だけで組み上げた魔術、戦術なんかじゃあ断じてない、確かな経験に裏打ちされた戦闘能力。

 

 一体彼女は、何処の英雄なの?

 

 

 私が感嘆と疑問を同時に抱いている間にも二人の攻防は続いている。

 決して派手な、大振りな、無駄な動きをせず堅実に防御を固めるキャスターにライダーは決定打を繰り出せないでいる。

 あのライダー、ステータスは中々に高水準だが、近接戦の技量はあまり高くない様だ。

 相手の不意を突いたりする様な奇抜な動き(トリッキースタイル)は得意だが、真っ正面からの打ち合い斬り合いでは確かな鍛練を積んだ相手には及ばないという事なのだろう。

 

 大丈夫だわ、いける。

 先の一撃(剛拳)は確かに強烈だったが、あの一発のみでセイバーが戦闘不能にまで追いやられるなんて事は有り得ない。

 このまま防戦に徹していれば何れセイバーが戻ってきてくれる、そうすればもう一度二対一の構図で仕切り直しが出来───

 

 

「埒が明きませんね」

 

「     ───── っ   !?」

 

 

 

 ───!!?

 ライダーが消えた。

 比喩ではない、本当に、今の今まで立っていたその場から姿が掻き消えた。

 

 次の瞬間には───キャスターの側頭部を狙って突き出されたライダーの腕と杭剣、それを辛うじて、本当に辛うじてと云った姿勢で防ぐキャスターという構図が出来上がっていた。

 

 そしてそれすらも刹那で破られる。

 

 キャスターの頭が弾けた。

 両の双剣で杭剣を受け止めていた為に無防備となった顔面に、一体何処を支点としているのか、鎌鼬の如く鎖が襲い掛かりキャスターの頭を打ち抜いた。

 

 

「キャスターっ!!」

 

 私を抱えたままの衛宮君の悲痛な叫び声が廃墟に木霊する。

 私を支える手が震えている、本当なら今すぐに自身のサーヴァントの下に駆け付けたいのだろう────私のせいで。

 

 鎖鋸(チェーンソー)という工具があるくらいだ───まあ厳密には刃、動力の有無等で殆んど別物だが───それでも鎖という独特の形状、つまりはギザギザの器具を凶器として用いた際の恐ろしさは語るに及ばず。

 単純に斬り裂くんじゃない、接触面を()()()()それは切れ味が通常の刃より悪いからこそ、より悪辣な痛みを相手に与える。

 

 皮膚が破れ、額から鮮血に混じって肉片が飛び散る。

 想像すらしたくない様な激痛を味わっているのだろう、激しく叩き付けられたそれによってキャスターは目を瞑ってしまった。

 そこに一切の容赦無くライダーが追い討ちをかける。

 右の拳によるアッパーカットで顎を打ち抜き、左のフックで頬を抉る、そうして完全にフラフラになったノックアウト寸前のキャスターの顔面のど真ん中、鼻っ柱をへし折らん勢いでストレートをぶち込んだ。

 追撃はまだ終わらない。

 そうしてセイバーと同じ様に吹っ飛び宙に浮いたキャスターにライダーは走って追い付くと全体重を乗せたであろう前蹴りを放ち腹にめり込ませた。

 

「ご──────げ ぇぁ っ」

 

 エグいと云う表現がこれ程迄に適切な光景もそう無いだろう、凄惨な音と嗚咽を発しながら更に加速したキャスターは地面を何度もバウンドして瓦礫の山に突っ込み、そのまま崩落してきた家屋の成れの果てに呑まれてしまった。

 

 

 

「────キャ、スタぁ…?……っ!キャスタアアアアアァァァ!!!」

 

 

 さっきよりもっと悲痛な嘆きを叫ぶ衛宮君。

 それにキャスターは答えず。

 

 

 本当に、何度目だろう。

 息をする様に行われる英霊達の所業(偉業)にこうやって戦慄するのは。

 

 敏捷A。

 先程まで項目上の一単位としてしか見ていなかったそれが、矢鱈と際立っている気がした。

 

 元々がランサー(最速の英霊)と同様に、機動力に優れた者が多いのがライダーというクラスだ。

 故にその例に洩れず、このライダーも敏捷に優れているのだと、目に見えるステータスから漠然と認識していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 二対一という不利な条件にも拘わらず、相手を翻弄し互角以上に渡り合うスピーディーさとトリッキーさ。

 確実に不意を突いて多少の技量や性能(スペック)の差を無いものとしてしまう速業もとい力業、それ等を容赦無くぶつける強かさ。

 

 全く以て己の警戒心の低さに嘆息する。

 目の前に居るのは、(あの娘)が喚び出した英霊(サーヴァント)なんだ。

 容易い相手の筈が無いというのに。

 

 

 

 吹き飛んだキャスターを一瞥して、直ぐに興味を失ったかの様にライダーは顔を背けた。

 そのまま此方にその艶麗(えんれい)な眉目を向けてくる。

 怖い程に整った容姿から放たれる刺す様な殺意が殊更に冷徹さを強調していて。

 正しく蛇に睨まれた蛙、最早私達に許される行為は間も無く訪れる死の直前まで恐怖し絶望する事だけ。

 

 

 嗚呼───終わりか。

 

 一周回って清々したかの様な心地、至極穏やかに私は自身の終わりを受け入れていた。

 

 だって、もう、これは、詰んじゃってる。

 相手はこの世のどんな兵器よりも強力な力を持っていて、しかも此方を殺す気満々で、今の私は抵抗する所か逃げる体力すらまともに残っていなくて、盾になってくれる人だってもう居なくて。

 あの釘で脳天に孔を空けられたら、喉を裂かれたら、心臓を抜かれたら、いや、ひょっとしたらそんな楽には殺してくれないかも、何等かの魔術的な干渉を用いてじわじわと、或いはそれ等の武器を使う迄もなく素手で首を絞められるかも、全身の骨を叩き砕かれるかも────。

 

 

 

 

 ────現実逃避気味にそんな諦念を垂れ流す自分自身に反吐が出そうだった。

 

 クソッ、クソッ!クソッ!!クソッ!!!

 ふざけんなっ!こんな所であっさり終わって堪るかっっ!

 

「まだ…よ」

 

 まだなのよ、まだ私何も出来てないのよ!これ迄の人生、結構充実してたけどまだ足りない、充実してたなんて、()()()()()()で終わる気は更々無い。

 

「もっ、と…」

 

 もっと生きていたい、活きていたい、桜と一緒に往きたい。

 これからなんだ、離れ離れに別れた道が一つに重なる時、それは今なのよ、この戦争中なのよ!

 お互いに成長した姿を見せ合うんだ、これ迄の歩みを魅せ合わなきゃいけないんだ。

 

「邪魔、し…ないでよ」

「!?遠坂…」

 

 そうしてお互いに認め合えて、初めて私達は迷い無く一歩を踏み出せる。

 一つになった道の上を隣り合って、互いに背中を預けて進んでいける、(みが)いていける、羽ばたいていける。

 

「わたしはぁ……!!」

 

 私には。

 

「桜とっ、一緒じゃなきゃ、駄目なのよっっっ!!!!」

 

 私には桜が必要だ。

 

 

 

 

 

 光が瞬いた。

 

 

「───っ!?」

 

 私達の数メートル先まで近付いて来ていたライダーが咄嗟にその場から飛び退き後退した。

 それとほぼ同時と云っていいタイミングで、ライダーが立っていた場所を、()()ったライダーの鼻先を、五~六条の光が掠めて往った。

 

 光線、レーザー、ビームetc…そんな単語が反射的に連想される。

 

 衛宮君が光の進行方向とは逆の、つまり光源(光の出所)だろう場所に視線を向け、私もそれに倣った。

 

 そこには居た。

 瓦礫の山から抜け出し、()()構成された弓矢を番えるキャスターが。

 自身の手に持つ光で照らされているその顔が、瞳が、強く私の胸を震わせた。

 

 腕が引かれる、手が曲がる、指が弾かれる、そして瞬く。

 射のプロセスを正確に踏んで放たれた光の矢群がライダーに殺到する。

 光と云う、物理法則によって安定、支配された現代において正真正銘最速の存在、それを用いた攻撃ですらライダーは紙一重で躱していた。

 でも逆に云えば紙一重でしか躱せていない。

 四肢や腰、及び頭等の部分を重点的に狙ったライダーの機動力をとことん()ぐ意図での射撃、おまけに強引な突破を図る事も出来ない様に私達とライダーの間は常に矢の密度が厚くなっていた。

 魔術戦や近接戦だけじゃない、射撃戦でもこれ程迄の技量を誇っているなんて…いや、ほんとマジで貴女何処の英霊?

 

「…っ!何処までも邪魔をっ、キャスター!」

「決まってるじゃないですか。貴女と同じ様に、私にも譲れないモノはあるんですよっ…!」

 

 舌打ちと共に唾罵(だば)を飛ばすライダーにキャスターは飄々と、だが熱い激情を秘めているのだろう、言葉尻を震わせながら応える。

 

「───ところで、良いんですか?私にだけ気を取られていて」

「言われずとも気付いていますよ」

 

 そう返すや否やライダーは鎖剣を宙に(はし)らせ自身を中心に竜巻の如く旋回させる。

 高速回転する鎖がキャスターの光矢と────先程のライダーを凌駕する勢いで突貫して来たセイバーの剣撃を弾いた。

 だが流石に魔力放出を上乗せされた一撃の威力を完全に殺す事は到底叶わなかったらしい、勢いに圧されて体勢を崩したライダーはそのまま大きく、それでいて小刻みに跳躍し再び私達から離れた場所まで後退した。

 

 

「凛っ!衛宮っ!御無事ですか!?」

 

 ああ、セイバーの声だ。

 直ぐ近くにその存在を感じるだけで安心し切ってしまう。

 早く、此方も、返事をしなくちゃ…。

 

「えぇ…キャスターと、衛宮君が、護ってくれたから」

「そう…ですか…感謝します、衛宮」

「…いや…俺は何もしてない…出来てないよ…。此方こそ、ありがとうセイバー。お陰で助かったよ」

 

 九死に一生を得たというのに何処か歯切れの悪い衛宮君。

 それを気にするより早くキャスターが私達の傍に戻ってきた。

 

「流石、お早い復帰ですねセイバーさん」

「騎士足る者あの程度で倒れてはいられない……キャスター、貴女こそ大丈夫ですか」

「問題ありません…とは云えないですけど、然程気にする要素でもありませんよ。その気になればこの程度の傷、幾らでも我慢出来ますから」

 

 (うれ)わしげな様子を隠し切れないセイバーの問いにキャスターは苦笑しながらも快活さを損なわない調子で答える。

 でも正直傍から見て今のキャスターの状態は中々にヤバイ。

 先のライダーの猛攻(ラッシュ)によって鼻は折れ、頬は腫れ上がり、口の中を切ったのか、或いは臓腑のダメージが深刻なのか口から血が溢れ落ちている。

 ───何よりも鎖で()り下ろされた額の傷が一際目立っていて。

 ギリギリ骨は見えていないが、相当に深い所迄肉が削り取られており、露出する肉と滴る血が顔中を赤く濡らしてしまっていた。

 

 視界に収めているだけでも頭から血の気が引いて気分が悪くなり、心做しか腹部にもキリキリとした緊張(ストレス)による痛みが疼いてくる────そんな、こんな深手を、気にする事じゃない?我慢出来る?

 

 嗚呼、いや、やめて。

 

 そんなんになりながら、そんな風に。

 

 笑わないで。

 

 

 

「─────ば、か、野郎っ!!!そんな傷を我慢なんて…大丈夫な訳ないじゃないか!!」

「ぅえ!?や、まぁ、ですけど…今は戦闘中ですし、敵の目前で無防備に手当て始める訳にも…」

 

 まるで自分の事を(ないがし)ろにしているかの様なキャスターの発言に衛宮君が激昂し、そのあまりの声量にキャスターは少しばかり狼狽(うろた)える。

 全くよ、本当に大馬鹿だわ、今回ばかりは衛宮君に全面的に同意する。

 

「キャスタ、ァ…下がりなさい、治療…す…ぅ」

「っ!?何を言ってるんですか。そんな、もう魔力なんてとっくに尽き果てて…生命力どころか寿命を削られ始めてるんですよ!」

「…っ!…ん、ぐううぁっ!…まだ、あとほんの少しならいけるわ…どの道、ここで生き残らないと寿命もへったくれもないでしょうが…!」

 

 心が荒れ狂う、様々な激情が内側で渦巻いてどうにかなりそうだ、そんな内心に対してまともに腕も上がらない身体が酷くもどかしい。

 ほんと何なのよ貴女、マスター共々馬鹿の極みだわ、そんな重傷負ってる(くせ)に他人の心配とか、いいから黙って治療させなさいよ!貴女のそんな様が、何で、こんなにも辛いのよ。

 

「くっ………マスター、まだ動けますか?」

「え?あ、ああ、大分辛くなってきたけど…まだ何とか走るくらいは」

「では、凛さんと一緒にこの結界の範囲外へ脱出してください」

 

 

 キャスターの巫山戯た提案が、いやにハッキリと私の耳に響いた。

 

 

「!キャスター…」

「ちょっ…ふざ、け───」

「もう、もう本当に駄目です。凛さんは限界なんです。このままじゃ直マスターも動けなくなってしまいます。そうなる前に安全な場所へ逃れなくては」

 

 首を振りながら、流し目で此方を見るキャスター、その表情が、どうしようもない、ってくらいに悲痛だった。

 心が更に荒れ狂う。

 貴女のその顔に、胸が抉られる。

 

「お願いしますマスター。無理矢理にでも何でも、兎に角凛さんを」

「……分かった。お前も、無理するなよキャスター」

 

 少し間を空けながらも、最終的に自らのサーヴァントの指示(懇願)を衛宮君は聞き入れた。

 その表情は、キャスターと同じくらい悲痛で、不服そのものと云った様相で。

 断腸の思いという言葉をどこまでもリアルに感じさせた。

 

 何でどいつもこいつも、他人ばっかりで自分を勘定に入れないのよ。

 

「致し方ありませんね。誠に遺憾ですが、今の我々ではあのライダーを迅速に無力化する事は難しい。これ以上この結界の影響を受けるのはマスター達にとって致命的です」

「はい。離れ離れになってしまうのは少々不安ですが…此処で干からびてしまっては元も子も───」

「何を言っているのですかキャスター。貴女も凛達と一緒に行くのですよ」

「───へ?」

 

 セイバーの言葉にキャスターが間の抜けた声を上げる。

 至極当然とでも言いたげなその声色に、私も嫌なものを感じる────セイバー…?

 

「今貴女が言ったでしょう、離れ離れになるのは不安だと。私も同感です。なので、此方も二手に分かれましょう。此処は私が引き受けますから、キャスターは二人に付いていてください」

「そんな…無茶です!セイバーさん、貴女今日だけで既に二回宝具を使っているんですよ。只でさえガス欠の状態なのに、この結界内に留まり続けたら、幾ら対魔力があるからって!」

「それは貴女も同じでしょう、キャスター?」

「───っ」

 

 セイバーの静かな指摘にキャスターは僅かに瞼を動かした。

 

「その傷だけでなく……貴女、自身の消耗をマスターに悟られない様に隠して耐えていますね」

「なっ…キャスター…お前」

「ぁぅ………」

 

 確信を抱いた声色のままに紡ぐセイバー、それに衛宮君は驚き、キャスターはバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「対魔力のスキルも持たず、魔術戦を本分とする貴女にとって結界から受ける影響は私の何倍も負担となる筈だ。このまま戦闘を続行するのは得策とは云えない」

「…そう、ですが……」

「心配には及びません。この程度の窮地等、生前に何度も乗り越えてきました。それに、貴女には(マスター)を護っていただいた恩がある。この程度では釣り合い等取れないでしょうが、それでも、少しでも返せるのなら、喜んでこの剣を振るいます」

 

 

 そう言って、セイバーはニコリと微笑んだ。

 本当に、セイバーは強くて格好良い。

 キャスターも、衛宮君も、みんなそうだ、こんな状況だって云うのに絶対に信念を折らないその心─────眩しいったらありゃしない。

 畜生、本当に、肝心な時に役立たずな我が身が呪わしい。

 

 

「……分かりました。では、最後に一つだけ」

 

 キャスターが弓矢を消してセイバーに歩み寄った。

 ?随分と距離が近い、肩と肩がぶつかりそうな程。

 

「?何でs───」

 

 キャスターの両手がセイバーの顔に向かって伸ばされた。

 左手を頬に添え、右手で顎を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 影が一つに重なった。

 

 

 

 ───────あ゛?

 

「へ?」

 

 衛宮君が間の抜けた声を上げる。

 私はそれすら出来なかった。

 

 

 

「っ   ──────ぉ、ん」

「にゅ、く… ……────── っ、ぷぐ…」

 

 

 突然過ぎて面食らったのだろう、一瞬体を震わせ手を挙げかけたセイバーだったが、秒で相手の意図を察したらしく自然体でされるがままになっていた。

 相手が受け入れる態勢に入った事を感じてキャスターもより行為に集中していく。

 パートナーに出来るだけ幸福を感じて貰える様に、より自分という存在に溺れて貰える様に。

 口元だけじゃない、目線を細め歪め、括れを強調する首の曲げ動き、角度を変える際のあくまで自然に漏らされる吐息─────普段は貞淑な女性が情事の際に我を忘れる意地らしさ─────そんな、ギリギリの所で下品に見えない様にと意図された演出の様なものを感じた。

 

 

 ナニコレ。

 なんか、よく分かんないけど、ムカつく。

 でも同時に(おか)し辛いものが今の二人を見ていると感じられて。

 

 ライダーも呆れているのか魅入っているのか、隙だらけの二人に攻撃を仕掛ける雰囲気は無くて…いっそ空気読まずにぶち壊してくれればいいのに。

 

 

 キャスターがセイバーの顎を更に持ち上げた。

 位置関係が殆んど上下になった頭、抉じ開けた唇に絡ませながら熟れさせた唾液(媚薬)を流し込んでいく。

 

 セイバーの喉がこくりと鳴った。

 それが終わりの合図、キャスターはセイバーの肩に手を置いてゆっくりと顔を離す。

 距離が離れるのに比例して(たわ)んでゆく橋をキャスターが唇を舐める事で途切れさせる。

 

 甘そうだと思った。

 

 

 

「……じゃあ、行きますね」

「……ええ、二人をお願いします」

 

 まるで恋人同士の別れの一時の様に、短く会話を済ませた二人はそれぞれ駆け出す。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()セイバーがライダーに真っ直ぐ突っ込んでゆく、程無くして再び激しい金属のぶつかり合う音が鳴り響き始めた。

 

 何か言いたげな衛宮君を他所にキャスターは私を横抱きにして走り出す。

 

 

 

 

 

 戦いはまだまだ終わらない。




もうちっとだけ続くんじゃ(VSライダーさん)

鯖三人が揃いも揃ってしぶといせいで全然戦闘終わりません。描写がくどくなり過ぎる癖がどうにも抜けないなぁ…。



どうでもいい設定集

・キャスターちゃんが近接戦闘そこそこ出来てたのは、相手がライダーさんで、防戦に徹したからです。ライダーさんは原作HFで、セイバーさんに負わされた怪我+結界の影響で弱体化していたエミヤさんにすら近接戦闘で有利を取れなかったので、白兵戦の技量は相当低いと判断しました。

・仮に相手がセイバーさんやランサー兄貴やエミヤさんだったらキャスターちゃんは1分持ちません。

・キャスターちゃんに双剣術を仕込んだのは先輩。いざという時防戦だけは出来る様にとの事で。

・キャスターちゃんが射った光の矢は、希望とか勇気とか信仰とか、そういう物語や宗教で云う『概念的な善を象徴する光』みたいなアレです。なので本当の光速程速くはないです。なのでライダーさんが本当に光速の矢を避けまくった訳ではないです(震え声)




因みに桜ちゃんが起きたのはセイバーさんとキャスターちゃんがキスしてる頃。

言った筈だ…隙あらば百合とエロスをぶちこんでゆくとな…そんな訳で次回もお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。