Fate/SAKURA   作:アマデス

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1話UA数1万突破ぁ!!!!

皆様、何時も御愛読ありがとうございます。

そんな訳で連日更新イクゾオルアアァァッ!!!




早く平和な日常を…士桜書きたい、姉妹とライダーのイチャイチャ書きたい…(血涙)


15話 だから対話スキルを研けとあれ程(ry

 ─────桜が目を覚ます、少し前。

 

 

 

 

 遠坂邸。

 ───()()()()()が住宅街から程々に離れた低山の林の奥に存在していた。

 セイバーとライダー、各々がA+以上のランクを誇る宝具同士の正面衝突、その際に生じた圧倒的瞬間破壊力(インパクト)は術式や礼装等の魔術的加護を付与されていた遠坂邸を軽々と吹き飛ばしてしまった。

 

 全壊、という訳ではない。

 魔術師の拠点に()いて文字通り心臓部である工房は決してその内部の神秘を漏らさぬよう、他の部屋よりも遥かに堅牢に造られている。

 幸い宝具同士が激突したのは客間のある二階、地下室に存在する工房に到達するまでに衝撃が幾らか緩和されていたのも相まって、遠坂家は何とか最も価値のある財産の一つを失わずに済んだ。

 

 だがそれ以外は見るも無惨な有り様であった。

 爆心地である二階の客間を中心として球形に、当然爆心地に近い程より被害は大きくなっていた。

 壁や柱等の木片が砕けて散らばり、原型が無くなった家具だった物達が奇怪(ゆかい)なオブジェとしてあちこちに転がっている。

 それでも、巨大なショベルカーで抉られた様な形になっていても、爆心地から離れた屋敷の反対側は床と柱と屋根を揃え、一応家屋としての外見と機能を保持しているのは流石セカンドオーナーの住居と云った所か。

 まぁ建て直しがほぼ確定的な現状に於いては意味の無い事であるが。

 

 そんな崩壊した遠坂邸の瓦礫の中から、真っ黒な風船の様な、球状の何かが瓦礫を押し退けて膨らみながら浮かび上がり。

 それが天辺から崩れ、ボールの表面を流れ落ちる流水の様に消えていく。

 そして中からキャスター、士郎、凛の三人が顔を出した。

 

 

          ∵∵∵

 

 

「御二人共、無事ですか」

「ああ、此方は何ともないぞ」

「私もよ…ありがとう、助かったわ」

「どういたしまして」

 

 ほんの一時に過ぎないが、キャスターの魔術のお陰で何とか危機を脱する事が出来た。

 キャスターの呼び掛けに俺と遠坂は素直に答える、まだ正式に同盟を結んだ訳ではないが状況が状況だ、遠坂はキャスターと俺に対して敵意を向けて来る様な事はなかった。

 

 宝具である(と思われる)天馬(ペガサス)に乗って突っ込んできたライダーに対して遠坂のサーヴァント、セイバー────アーサー王も自らの宝具(エクスカリバー)を解放、迎撃。

 その威力で遠坂の屋敷(の一部)が吹っ飛んでしまった。

 勿論セイバーの直ぐ後ろに居た俺達も無事で済む道理は無く。

 良くて、衝撃で吹っ飛ばされ骨折───最悪の場合は拡散した魔力の波に呑まれて跡形も無く消滅───そんな、正しく絶体絶命の状況だったのだ。

 

 セイバーの後ろに居たのがマスター(俺と遠坂)だけだったらの話だが。

 

 流石は英霊の領域にまで登り詰めた魔術師と云った所か、キャスターは俺達にとっての絶体絶命の窮地を片手間で(こな)す作業の様に回避してみせた。

 

「っていうか今の…虚数、空間?」

「はい。現実世界とは違う場所、位相の反転した、今私達が立っている次元とは真逆の位置の時空間への入り口を影で創って御二人を一時避難させました。此処に逃げ込めば大抵の脅威は避けられますよ」

 

 

 説明はちんぷんかんぷんだったが、取り敢えず凄い魔術を行使したのだという事は解った。

 それこそ、俺みたいな半人前の魔術師のそれとは比べ物にならないくらいの。

 先程セイバーにエクスカリバーで不意を打たれた時にも使用した魔術だ。

 

 キャスターの述べた理論は俺には全く理解出来なかったが遠坂は違うらしい、キャスターが話を進める毎に表情の変化が顕著になり、驚愕に染まっていく。

 瞠目し、唇を微かに震わせているその様子から、真実目の前の相手を畏怖しているという事がハッキリと分かる。

 キャスターの語った事実は根源を目指す魔術師にとって、それ程迄に出鱈目なものだと云うのか。

 

「そん、な、高度なんて言葉じゃ片付かないレベルの魔術を…しかもまともな詠唱を紡ぐ暇も無かったあの状況で、一瞬で展開するなんて………はぁ~、もう何度目になるでしょうね、こんな感情は…貴女達英霊って、つくづく出鱈目だわ」

「だからこそ英霊なんですよ私達は。まぁ、ですが…今の魔術は、空間の入り口さえ閉じておけば表側から干渉される事はほぼ無いので、防御の面では優秀なのですが、逆説的に此方からも相手に干渉(攻撃)出来なくなるので行使するタイミングには結構気を使わなきゃいけないんですよね。何と云うか、私の魔術って微妙な所で融通利かないのが多いですから」

 

 たはは、と。

 最初はどこか嬉しそうに、誇らしげに、自慢する様に。

 だが徐々に困った様な苦笑で自嘲し始める、そんなキャスターの顔に遠坂は少し訝しげな視線を送る。

 

「…ほんと、よく分かんないわね。()にそんなペラペラと自分の情報渡しちゃっていいの?」

「私は別に凛さんの事を敵だなんて思ってはいませんから」

「───ふーん、なるほど?言ってくれるわね。つまり貴女にとって私なんて警戒するに(あたい)しない相手ってわけ?」

「─────」

 

 本気で言っているのかどうかは定かではないが、僅かながらに敵意を含ませた声色と表情で遠坂はキャスターに言葉を投げる。

 そんな遠坂の返しにキャスターは一転、キョトンとした表情になると。

 

 

「───ふ、ぅ、ふふふ…む、く、ぁはは」

「?」

「ぷっははっ、はははははははははははっ!」

「は?」

 

 

 

 爆笑し出した。

 堰が切れた様に、とは正しくこういう事を言うのだろうな、そんな感想が思い浮かぶくらいの大笑だ。

 壺に入ったとかそんなレベルじゃない、目に涙を浮かべ、腹を抱え、ぜいぜいとまともな呼吸をする事すら危うくなっている。

 キャスターは全く以て自分をコントロール出来ていなかった。

 

 そんなキャスターの笑いに、焦りに似た羞恥を覚えたらしい、遠坂は頬を若干紅くしながらキャスターに再び突っ掛かった。

 

「な、何なのよちょっと!一体何がそんなに可笑しいってのよ!?」

「い、いや、だ、だって──ぐ、ぅ、あははは、はははは!げっほ、がっほ、ぅえ゛ぐうふふふはははははははははっ!」

「いい加減にしなさいよちょっとぉっ!!」

「ぎゃぼっ」

 

 何時まで経っても笑い続けるキャスターに、遂に堪忍袋の緒が切れたか。

 遠坂は幾何学的な燐光を纏った右拳をキャスターの土手っ腹にぶち込んだ。

 

 うぉおぅ、かなり良いのが入ったぞオイ。

 

 凄惨な音を響かせて腹部にめり込んだ拳に流石に意識を持っていかれた様だ、キャスターは目に見えて落ち着いた様子になると再び遠坂に向き直る。

 とは云えまだ余韻は引き摺っているのだろう、子供の様な笑顔を携えたままだが。

 

「す、すみません。ちょっとあまりにもあんまりだったものですから」

「だからどういう意味だっつの!」

「いやぁ~、だって、ねぇ?───私が凛さんを警戒していない?取るに足らない相手だと侮っている、と…?───有り得ませんよそんな事は」

 

 明るさ、朗らかさはそのままに、悪戯っ子の様な色を笑顔に混ぜるキャスター。

 

()()()()()()()()なんて───天地がひっくり返っても有り得ません」

「…?」

 

 キャスターのどこか明言を避ける様な、肝心な部分を隠した遠回しな言い方に遠坂はやはり訝しげだ。

 俺も何かが引っ掛かる、こんな感じの言い回しをキャスターは既に何回か残していた。

 

「つまりですね。私が凛さんを敵だと思っていないっていうのは、そのままの意味です。聖杯戦争とか、まだ同盟を結んでいないだとか、そういうのは関係無しに。私が個人的に貴女を護りたいんです」

「────っ」

 

 

 遠坂と真っ直ぐ目を合わせて、ニコリと笑うキャスター。

 変わらない。

 本当に相変わらずだ。

 召喚されてから約一日あまり、殆ど笑顔を絶やす事の無かったキャスター。

 打算等の裏を含んでいるのかもしれないが、紛れも無く本音と真心が根底にあるキャスターの笑顔に、遠坂は今再び面喰らったようだ。

 俗に表すなら、墜ちたっぽい。

 

 

「っ~~~~~!!!…………はあぁぁ…あっきれた。このサーヴァントにしてこのマスター在りってぇの?魔術師のくせして心の贅肉ダルダルじゃない」

「む、女性に対してそんな表現は感心しませんよ凛さん」

「事実じゃない。尊敬通り越して崇拝しそうになるくらいの腕前のくせに、中身がこれって色々納得いかないわ」

「バランスですよ、バランス。人間一つの事にだけ拘ってると視野が狭くなっちゃいますし、心も澱みますからね。モチベーション保つ為には減張(めりはり)が大切なんですよ」

「そういう事(のたま)う奴は大抵自分を正当化したいだけの怠け者って相場が決まってるけど…ま、まあ信じといてあげるわよ。他ならぬ英霊様の言葉だしね」

 

 そう言って頬を紅くしながら遠坂はそっぽを向いてしまった。

 その仕草はあからさまに照れ隠しと云った感じで、そんな遠坂をキャスターは嬉しそうに、微笑ましそうに見詰め続けていた。

 何とも(ぬく)い空気に早くも耐え切れなくなったらしく、数秒程で更に頬を紅くした遠坂は(いき)り立ちながら瓦礫を踏み抜いてズンズンと歩き出す。

 

「ふんっ!ああーもうほらっ!さっさと行くわよ!モタモタしてたら本当にこの結界に魔力全部吸い取られ───」

 

 

 

 ギャリンッ。

 と。

 鎖の奔る音が聞こえた気がした。

 

 

「っ!とおs───」

「凛さんっ!!」

 

 首筋の辺りで弾けた電撃───端的に直感と云われるそれを知覚した俺が、咄嗟に叫びながら遠坂に駆け寄るより圧倒的に早く、キャスターが動いていた。

 両掌に(魔力)を渦巻かせながら遠坂に向かって走るキャスター───大丈夫だ、間に合う。

 

 

「っ」

「っ、とと!?」

 

 一体何に間に合うのか、刹那の内に思ったその思考の意味は自分でも分からなかった。

 が、確かに間に合っていた。

 遠坂は勿論、キャスターも俺も、誰一人傷は負わなかった。

 

 ただ遠坂を守ったのは俺の(キャスター)ではなく。

 彼女の(セイバー)だった。

 

 

「御無事ですか凛」

「っ、ええ、ありがとうセイバー」

 

 何処から跳んで来たのか、先程まで姿の見えなかったセイバーが、今は遠坂の前に立って不可視の鞘を纏った剣を構えている。

 恐らくさっきの宝具の衝突で吹っ飛ばされていたのだろうが、一見したところ少なくとも外傷は全く無い。

 その事に安堵しつつ俺も三人に駆け寄る。

 

「どうやら要らぬ世話だった様ですね」

「…いえ、タイミングはギリギリでした。少しでも遅れていたら今頃凛の命は無かった。それに、貴女が凛を宝具の余波から護ってくださったのでしょう?ありがとうございます、キャスター」

「私が好きでやった事ですから…でも、こういう時は素直にどういたしまして、と言っておくのが吉ですかね」

 

 さっきの交渉時のぎこちなさがまだ抜けていない様子のセイバーだが、それを欠片も気にせず答えるキャスターのお陰で少し場が和む。

 

 だが此処は既に戦場。

 そんな和みは直ぐ様紅い激情に覆い潰された。

 じわじわと滲む感じの、同時にこの上無く刺す様な鋭さの殺気を纏った黒い影が俺達の十数メートル程先に佇んでいる。

 

 ライダーだ。

 漆黒の、丈の合っていないボディコンめいた倒錯的な服。

 豊かに実ったその肢体にピタリと張り付き、扇情的なラインを惜し気もなく晒し、強調する、初めて会った時から何等変わらないその姿。

 だが、何故か目の前の人物が自身の慣れ親しんだ共闘者と上手く結び付かなかった。

 夜の影を纏い、月光の反射すらも拒むかの如く闇に沈む服と長髪が、まるで総身から立ち上る怨嗟のオーラを思わせて。

 明らかに、桜と一緒に居る時のライダーとは雰囲気が違った。

 

 三人もそれを感じ取ったのだろう、油断無く目の前のライダーを見据えている。

 やがてセイバーが口を開いた。

 

 

「この不快な結界といい、先程の特攻といい、今の不意討ちといい…無粋にも程があるだろう。アサシン呼ばわりするには少々派手に過ぎるが…どちらにしろ誇りの欠片も無い所業だ。見るに耐えんぞ下郎」

「………」

 

 セイバーの(なじ)(そし)りにライダーは何も言い返さない。

 まるでお前と話す事等無いと云わんばかりに。

 

 不意にライダーが両手に持つ釘が視界の中心に入り、今更ながら漸く先の詳細が解った。

 何の事は無い、只ライダーが遠坂の側頭部を狙って釘剣を投擲し、セイバーがそれを斬り払ったんだ。

 だが、たったそれだけの事と云えど、一歩間違えれば遠坂は確実に命を落としていた。

 それだけじゃない、さっきの天馬による突撃だって、この結界だって…遠坂は、俺達は、何時命を落としたっておかしくない状況に立たされていたんだ。

 改めて…と云うより、今更認識したと表するべきか。

 冷や汗が背を伝う。

 ライダーは本気で此方を殺すつもりなのだ。

 

 

「どうした。其の方に僅かでも英雄としての誇りがあるのなら、口を開くがいい。言い返してみせるがいい」

「………」

「…何も無い、か。言葉も交わせぬ、交渉にも応じぬ、そんな様では(まつりごと)等とても出来まい」

 

 カチャリとセイバーの剣が鳴った。

 

「いいだろう、政で解決出来ぬならば後は(いくさ)で片を付けるのが世の常だ───武器を取れ。(こころざし)も意気も恨みも憎しみも、何も残す事無く、言の葉全て喉に留めたまま、首を落とすがいい」

 

 ビキリビキリと周囲の瓦礫に皹が入る。

 セイバーとライダー、お互いの剣気と殺気、過剰に高まったそれらが物理的な圧を持つまでに昇華され、周りの一切に破壊をバラ蒔く。

 

 始まるのか───もう激突は避けられないのか───固唾を飲んで見守る俺達の間でも緊張が高まっていく。

 

 

 ───だが、ふとセイバーの圧が緩んだ。

 正に一触即発だった空気が急にバランスを崩し、セイバーを除いてその場に居た全員が怪訝に思った。

 

「────と言いたい所だが…生憎と今の私は王では無い。故に方針を決定する権利は無い。我々に同盟を申し込みに来たこの二人の言によれば、どうやらお互いに擦れ違いが有る様だ。もし本当にそうならば、今ここで争うのは剰りにも不毛というものだろう────そちらの胸の内を明かすがいいライダー。さもなくば、私のマスターと貴女のマスターがこの戦争中に肩を並べる事は叶わなくなるだろう」

 

 

 真っ直ぐに、真っ直ぐに。

 視線も言葉も心もライダーに向けてそう言い放ったセイバー。

 その背中は、背丈に反してとても大きく偉大なものに見えた。

 

 これが、アーサー王か。

 これが、騎士達の王か。

 

 俺達の意思を汲んで、あくまでも対話による場の収束を試みてくれたセイバーに感謝の念が湧き上がり、同時に希望が見えた。

 もしかしたら、戦わずに済むかもしれない。

 あの理性的な言葉で常に俺の事を諌めてくれたライダーなら、たぶん、きっと───!

 

 

 

「    」

 

 

 

「っ、ぅ!?」

「───なっ」

 

 

 ──────そんな俺の淡い希望は容易く打ち砕かれた。

 

 セイバーの呼び掛けにライダーはこれ迄と同じく無反応───からほぼ予備動作無しで攻撃(ノー・モーション・アタック)を仕掛けてきた。

 腕を引かず只前に思いっきり振るうだけの、完全に技術もへったくれも無い膂力にものを云わせた攻撃。

 先程遠坂を狙った直線的な短剣の投擲ではなく、曲線的な鉄鎖による殴打。

 (しな)りと遠心力を利用した鞭の如き一撃。

 人体に直撃すれば容易く皮を破り、肉を裂き、骨を露出させる…いや、当たり所によっては引き千切り、破裂させて丸々一部分を喪失させるだろう死神の鎌だ。

 

「!たぁ!」

 

 そんな鋼鉄の鞭を剣の技量と纏わせた風の魔術の二つで受け流したセイバーは退く事無く、寧ろそのまま前進して剣を振るう。

 ───鎖を振るった直後、既に短剣を構えて突貫して来ていたライダーの凶刃は、セイバーのその斬撃によって阻まれていた。

 

 だがライダーは全くその身の勢いを落とさず流れる様に、瞬時に次のアクションに移る。

 手に持った短剣を弾かれたと同時に跳躍しセイバーの真上を飛び越した。

 そして何時の間にか手元に引き戻していた短剣を真下に───遠坂の脳天に投擲する。

 

「~~っ!」

 

 性懲りも無く、と云わんばかりの必死の形相でセイバーは直ぐ様振り返り、遠坂に向かって落ちる短剣を──────斬り払えなかった。

 

 

「っ!?」

 

 如何なる魔技か、以前のヘラクレス戦で披露したトリックが二度(ふたたび)

 何時の間にかセイバーの剣に鎖が絡み付き、そこから伸びて端に取り付けられている釘剣が地面に突き刺さっていた。

 不意を突かれ剣諸とも体の動きを一瞬とは云えその場に縫い付けられてしまったセイバーはもう間に合わない。

 一連の流れを呆然と見ている事しか出来なかった俺にも当然対処は不可能。

 セイバーの面貌が致命的な失策と冷酷な敵への、不甲斐無い己への怒りで眉根を中心に歪み、一秒後の未来に待ち受ける無慈悲な光景を幻視して青褪める。

 駄目だ、間に合わない───それでも、何とか、何かが、奇跡を信じて手を伸ばさなければ───そうして我武者羅に遠坂に向かって駆け───。

 

 再び、俺ではない誰かの手で護られた。

 光を一切反射する事の無い漆黒の刃───キャスターが魔術によって形作った影の短剣でライダーの釘剣を弾いたのだ。

 

 ライダーはキャスターに弾かれた釘剣と既にセイバーに振り解かれた鎖を手元に引き戻しながら、くるりと宙で一回転して両の足で着地し────た瞬間、疾駆し今度はより直接的に遠坂を害そうと両手の釘剣を構えて突撃して来た。

 

「わ、づ!」

 

 直ぐ様キャスターが間に入りライダーと同じ様に両手に持った影の短剣で───光の反射が無いので把握しにくいが、改めてよく観察すると鉈というか短い中華刀の様な形状をしている───ライダーの突撃を受け止め刺突を捌いた。

 が、その剰りの勢いで三歩分押し込まれてしまい諸とも遠坂への接近を許してしまう、俺は直ぐ様遠坂の手を取って下がらせた。

 先程のライダーの着地点の地面の抉れ方からして、爆弾を爆発させたのとほぼ同等の脚力(エネルギー)で地を蹴った様だ。

 その滅茶苦茶な身体能力と容赦の無さ───絶対に殺すという執念を感じて、自分が直接向けられた訳でもないのに足が(すく)んでしまう。

 

 ここまでの数秒のやり取りの間にセイバーが駆け付けその一刀でライダーを退かせる。

 セイバーとキャスターが並び立ち、その後ろで護られている俺と遠坂、そして少し離れた所から此方を()()()威嚇するライダー。

 再び最初に相対した構図に戻る形となった。

 

 

「────邪魔をしないでくださいキャスター」

 

 不意に、此処まで一切口を開かなかったライダーが、漸く対話を求める言葉を発した。

 その事が俺達四人の間に僅かな動揺となって流れる。

 滾る怨気とは裏腹に静かで清んだその声色は、寧ろ極寒の冷たさを以て聴く者の精神を追い詰めてくる。

 ライダーの注文にキャスターが答えた。

 

「邪魔、というのは…貴女から凛さんを護る行動の事ですか?」

「ええ」

 

 慎重に言葉を選ぶキャスターにライダーは至極短く応える。

 

「でしたらその要求には応えられません。凛さんと同盟を結ぶ事は今後の戦略的に必要不可欠な要素です。それは貴女も理解しているでしょうライダー?」

 

 お互いの認識を確かめる様に尋ねるキャスターに、ライダーは今度は無言で答えた。

 

「…それに、私個人としても凛さんは共に在りたい…生きていて欲しい人です。護りこそすれ、傷付ける等、況してや殺すなんて有り得ません」

 

 確かな自分の意思を示すキャスター。

 心做しか隣に居る遠坂がまた照れている気配がする。

 そんな二人を、俺達を見て、ライダーは。

 

 

「そうですか───ならば、貴女方諸とも殺します」

 

 どこまでも冷徹に、酷薄にそう言い放った。

 

「っ!…何故ですかライダー。常に冷静に物事を見据えていた貴女が何故こんな…!貴女も、分かっている筈でしょう!?桜さんが、貴女のマスターが、この御二人にどんな感情を抱いているのか!」

「関係ありません」

「な、ぁ」

「もう、()()()()は、()()()()んです」

 

 

 取り付く島も無いとはこの事か。

 欠片も迷いの無い声色、半ば盲目的と云ってもいい程の姿勢でライダーは此方に(のぞ)んでいる。

 遠坂達の勘違いで(マスター)諸とも殺されそうになったから───だけでは無い。

 単にそれだけの理由で、ここまで苛烈で激甚(げきじん)な、圧倒的な様相にはならない筈だ。

 

 一体どうしたと云うんだ。

 このほんの十数分の間に何があったと云うんだライダー。

 

「訳が分かりません!そんな事って何ですか!?どれも重要な事柄じゃないですか!この戦争を勝ち抜く為に、マスター達を生き延びさせる為に!それをお座なりにする理由は何ですか!?」

 

 平時の温厚な人格を引っ込めてキャスターが声を荒らげる。

 至極全うな疑問だ、ここを突っ込んでおかなければライダーの考えは測れない。

 少し間を置いてライダーが口を開いた。

 

「だからですよ」

「…何ですって?」

「今貴女が述べた事だけでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…終わり迄、しか?」

「その程度では足りないのですよ。サクラにとって、この聖杯戦争という儀式は、単なる通過点に過ぎないのです……いえ、違いますね。()()()()()()()()()()()()()()()、通ってはいけない道だったのです」

 

 まるで見えない何かに憎しみをぶつけるかの如く、徐々に声が荒く震えていくライダー。

 噴火寸前の火山の様な、刺激してはならないという事が誰の目にも明らかなその様子に俺達は口を挟めない。

 

「魔道を歩む限り、サクラは幸せになれない。故に決めたのです。()()()()と。マスターもサーヴァントも()()()、サクラが目指す道の先にあるものを、道そのものすらも、一切を破壊します」

「…何を、言っているんですか…?」

「貴女には分からないでしょうねキャスター。()()を見ていない貴女に、私の考えが理解出来る筈がありません」

 

 

 

 ────まさか。

 

 ライダーの異常な目的を聞いたキャスターが小さくそう呟いた気がした。

 

 

「何、よ…そ…れ」

 

 呆然と、圧倒されたと云った声色で遠坂がそう溢す。

 

 全く以て同感だ。

 何だそれは。

 一言一句漏らさず聞いた筈なのに、ライダーの考えが理解出来ない。

 本当に、何があったのか。

 この一日どころか一時間も経っていない期間で何故そんな結論を持つに至ったのか。

 

 

 

 

「────皆さん」

 

 キャスターが静かに、堅い芯を思わせる声で俺達に話し掛けてきた。

 首をほんの僅かに後ろに向けたその横顔に自然と視線が引き寄せられる。

 

「方針を決めましょう───私は、ライダーを倒すべきだと、今此処で無力化すべきだと考えます」

 

 キャスターの発言に思わず面喰らった。

 

「なっ!?キャスター!」

殺す(消滅させる)訳ではありません、あくまで無力化です。()()()の処置ですよマスター。このままでは文字通り話になりません。一旦物騒な事を何も出来ない状態にしてから、改めて姿の見えない桜さんも交えて話をしましょう」

 

 !そうだ。

 何故今まで疑問に思わなかったんだ。

 ライダー(サーヴァント)は居るのに(マスター)の姿が全く見えないというのはおかしくないか?

 サーヴァントが戦っている間、マスターは後方に隠れてやり過ごす、戦略としては決しておかしくない、寧ろ定石と云っても過言では無い手だと思うが、桜個人の特徴(性格)には合っていない様な気がする。

 あの娘はそんなに大人しくも臆病でもない、寧ろ積極的にサーヴァントをサポートしようと勇んで隣に並び立つ娘だろう。

 

「私はキャスターの案に賛成します。本来なら我がマスターを害した罪を今すぐ償わせたい所ですが…貴女方には凛を護って下さったという恩がある。その恩を返す方が先決だ。単純に理屈が通っているというのも勿論含みますが。凛、衛宮、貴方方は?」

「…俺も、キャスターの方案に賛成だ。兎に角一度、全員で顔を合わせて話し合わないと」

「ぇぇ…私も、そ、れで、い───ぃ   」

「っ!と、おさか!」

「!凛っ!!」

「凛さん…!」

 

 

 歯切れ悪く返事をしたと思ったら、糸が切れた様に。

 遠坂が倒れてしまった。

 

 前に倒れそうになった遠坂と地面の間に慌てて腕と上半身を割り込ませて抱き止める形で支える。

 その際に感じた女の子特有の柔らかさ、華奢な五体の軽さ、さらりと流れる髪から漂う甘い匂い──────ああっ、くそっ、馬鹿野郎。

 こんな非常時だってのに不謹慎にも程があるだろ。

 つくづく()という生物の愚かしさを痛感しながら内心で毒吐(どくづ)く。

 

 それにしたって、何てこった。

 事前に気付けた事態の筈だ、前触れは幾らでもあったのだから。

 同盟交渉の際に見せた不調、ライダーの結界の影響及びセイバーの宝具使用による魔力の甚大な枯渇。

 遠坂はとっくにいっぱいいっぱいだったんだ。

 でもその倒れ方は、膝を折りながらの崩れる様なものではなく、体の芯を損なわないまま一本の棒の様にパタリと云ったもので。

 本当の本当に、こんな切羽詰まった状況下で、ギリギリまで遠坂はセイバーや俺達の足を引っ張るまいと己を保っていたんだ。

 なのに俺はライダーの殺気にあてられて、自分が無様を晒さない様に気を張るので精一杯で。

 くそっ、くそっ、馬鹿野郎、馬鹿野郎。

 

 

「猶予がありません、手早く片を着けましょう」

「ええ。危ういのは凛だけではない。この結界に閉じ込められたままでは間も無く我々も仲間入りでしょう」

 

 キャスターとセイバーが各々武器を構えて攻勢に出る準備を整える。

 俺は少しでも遠坂が楽になる様、上半身は抱えたまま体を横にさせる。

 今の俺には、これくらいしか出来ない。

 

「楽には殺してあげませんよ。これは()()()()なのですから。後悔なさい、絶望なさい、その心の嘆きを、贄として差し出せ」

 

 ゆらりと体を深く折り、半ば四つん這いの様な体勢になるライダー。

 正しく獲物に飛び掛かる寸前の獣の如く、妖艶な紅唇から紡ぎ出される(ことば)は呪詛の(うた)

 

 

 ゴルゴンの怪物、メドゥーサ。

 

 

 一度暴走したその魔性は、俺の甘い認識を尽く覆して剰りあった。




桜「帰省前に実家が…」

という訳で遠坂邸は犠牲になりました。散財待った無し()。まぁでもこれはマスターである桜ちゃんに建て直し代請求してもいいよね。



ライダーさんの思考

「あかん、このまま魔術師続けてたらサクラ幸せになれへん。よっしゃ、聖杯戦争ぶち壊したろ」

「サクラは魔術とかそんなん何も知らんパンピーと結ばれた方がええねん…だから殺すね、糞姉貴も先輩も魔術師の側だから殺すね」


これは酷いね()。やっぱ反英雄ですねライダーさん()。


士郎君より先に凛ちゃんが倒れちゃったのはあれです、エクスカリバー二連発した後だからもう魔力スッカスカだったんです。セイバーさんは自前の対魔力と竜の因子でまだちょい余裕ありますが。



色々余裕が無い四人と、ある意味絶好調のライダーさん、果たして勝負の行方や如何に。

投稿ペースなんとか維持したい…。

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