Fate/SAKURA   作:アマデス

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お久しぶりです。
評価バーに色が付きました、しかも赤っ!!皆さんありがとうございますorz

今回は鬱回もとい蟲回もとい過去回想。

ですが臓硯さんが喋る度に「外道ムーブしてるけどこの後桜ちゃんにムシャムシャされる運命なのね…」と思いながら読んで頂ければギャグ回になります。


幕間 メドゥーサさんは不機嫌

 サーヴァントは睡眠を取らない。

 霊体であり、既に生者では無い私達は食事も睡眠も必要とせず、同時に夢を見る事も無い。

 

 だが例外となる事例がある。

 サーヴァントはマスターとパスを通じて魔力を受け取り、精神的に、霊的に深く繋がっている。

 故にマスターが睡眠時にサーヴァントの生前の記憶を夢として見る事があり、また前者に比べて頻度は少ないがサーヴァントの方にマスターの記憶が流れ込む事もあるのだ。

 霊体化して最大限活動を抑制している、つまり休眠に近い状態の時、或いは何等かの要因でマスターとの繋りがより強固になった際にも走馬灯の如く、それと同様の現象が起こり得る。

 

 要するに、ほんの1、2分前に桜へ吸血を行い、多量の魔力を受け渡した私に桜の記憶が流れ込んでも何等不思議ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────地獄を見た。

 

 

 

 

 

(───ぇ)

 

 

 

 

 

 ───────地獄を見た。

 

 

 

 

 

(な、に…?)

 

 

 

 

 

 ───────地獄を見た。

 

 

 

 

 

(馬鹿な…こんな…こんなっ!?)

 

 

 

 

 

 ───────地獄を、見た。

 

 

 ───────既に終わった、地獄を見た。

 

 

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!!!』

 

 絶叫。

 最早悲鳴という域に収まらない、まるでその総身そのものを音響装置にしたかの様な。

 張り裂け、弾け飛び、散々(ばらばら)の塵に還ってしまいそうな全霊の拒絶の意思。

 

『───呵々』

 

 悲痛という一言では言い表せないその有り様、常人では発狂せんばかりのおぞましさをその双眸に映して悦に浸る老人。

 視覚で感じるだけの記憶情報の筈なのに、魂まで毒されそうな腐臭が漂ってきそうだった。

 

『あ、があああぁぁ…ああ、ああっ!あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!も゛う゛、や゛、だあ゛あああっ!!!だずげ、だずげで…!…おね゛ぇぢゃ……う゛ぶ、ぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっっ!!!!!!!』

 

 叫ぶ。

 只管に、叫ぶ。

 類稀な才能を有していようと、未だ殻を破るどころか目を覚ましてすらいない雛である幼児(おさなご)は、その癇癪を以て目の前の現実への拒絶を示す事しか出来ない。

 

『お゛、ね゛えぢゃあん!ああああっ!!おどう゛ざん!おっ!!……が、ぁ、ざ………ふ、ううううううううっ!!!!』

 

 そんな無力な子供のささやかな抵抗等一切関知せぬとばかりに群がる異形。

 全身の素肌を這い回りながら体液に含まれる魔力を啜るモノ達は()()()()()だ。

 とうの昔に衣服としての意義を失ったボロ布、それに付着する涙や涎の跡、恐怖心から犯してしまった粗相の跡にすら卑しく群がるモノ。

 皮膚を喰い破り、肉を掻き削り、貪欲に瑞々しい血肉を貪らんとするモノ。

 

 ─────数多くの神秘性を内包する乙女の肉体において、最も重要な純潔の証明を成す場所、最も濃厚で甘露な魔力を()られるそこは、当たり前の様に奪わ(破ら)れていた。

 

『ぎゃぐう゛う゛う゛う゛う゛!!い゛、ええあ、はがばぁぁぁ、お゛ぶ、う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っっ!!!』

 

 苛烈にして膨大、過多に過ぎる感覚の波が怒濤となって童女の心身を苛む。

 剰りにも多量の不快さを伝達してくる触覚、既に認識という仕事を放棄した聴覚、絶えず肺を満たす悪臭を識別する嗅覚。

 最早拷問の域すら通り越したそれらの感覚情報により処理不全を起こした脳が不快感を訴え、視界が明滅する。

 全身に走る痛み、極度の短期的な精神負担(ストレス)で機能が鈍る内臓、それらも相まって己を保てなくなった童女は吐いた。

 その吐瀉物にすら異形は飛び付き、更なる糧を求めて童女の口腔に無理矢理侵入していく。

 

『ぐぼ、お゛っ!?ふぶ、ぅ………っ……っ!げ、ええええっ!!!』

 

 相手の心身の許容力を欠片も(かえり)みない凌辱、己の内に侵入してこようとする異物を排除しようと、自己の安定を図ろうと童女は再び嘔吐する。

 そして新たな餌を与えられた畜生達は歓喜する様に奮い起って童女を犯していく。

 

『ぶあっ、あ゛あ゛あ゛……あ゛!?ぎや゛、お゛ごが、ああああああああああああああああああっっっ!!!!』

 

 終わらない、終わらない、終わらない、終わらない、終わらない─────終わらない。

 痛みは絶えず、苦しさは増し続け、恐怖は絶望に取って代わった。

 

 遠坂桜───もとい、間桐桜にとって最初の地獄は、約12時間後に一先ずの終わりを迎えた。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 異形──蟲達が桜の体から離れ、退いていく。

 素直に蔵の壁に空けられた巣穴に戻っていくものも居れば、名残惜しそうに未だ桜から付かず離れずの位置でうろうろと這いずり回っているものも居る。

 そんな卑しい蟲共に嫌悪と畏怖の籠った視線を向けながら、間桐家の表向きの当主──間桐鶴野は桜に近付いていく。

 

 何も映さない虚ろな瞳、体力気力共に尽き果て最早自身では腕を持ち上げることすら叶わない。

 だが未だ過剰に与えられた凌辱による苦痛と快感の残滓が内側で渦巻き、その小さな体躯を小刻みに震わせている。

 そんな有り様の養子を、鶴野は憐憫と罪悪感、諦観──そして僅かな劣情を懐いて見下ろしていた。

 

『おい…おい、起きろ』

『っ…………っ…』

 

 抱き上げる等という事はしない、汚物(ゴミ)を道の端に退かす時の様に爪先でグシグシと鶴野は桜を蹴り突く。

 桜は僅かに目を動かし、喉から言葉どころか音にすらなっていない空気を漏らすのみだ、当然起き上がる事等出来ない。

 

『…っ!早く起きろ、起きないとまた酷い目に遭うぞ』

『………ぃ、ゃ……』

 

 そんな桜の態度に鶴野は焦りに似た苛立ちから声を荒げる。

 長年妖怪(祖父)に抑圧され、他人に面と向かって怒りを向けた経験が乏しいからか、その声色はどこか迫力に欠けていた。

 だが幼い桜にとってそれは十分脅威だった、もう一度今みたいな目に遭わせられるかもしれない、恐怖の色を滲ませた桜は無茶苦茶になっている自らの五体を全身全霊で動かす。

 

『風呂は沸かしてある。出たら直ぐ着替えてお爺様とお話するんだ』

 

 立ち上がった桜の手を引く様な事はせず、だが貰われたばかりで屋敷の構造を殆ど把握していないだろう桜が迷わない様に付かず離れずの距離を先導する様に鶴野は歩く。

 ふらふらと足を縺れさせ、何度も転びそうになりながらも桜は懸命に鶴野に付いていく。

 また痛い事をされるのは嫌だから、足下で奇怪な鳴き声を挙げる蟲に怯えながら桜は蔵の出口に繋がる階段を上っていった。

 

 

          ∵∵∵

 

 

 風呂に入る。

 清潔な浴室と張られたお湯、さっきまで居た蟲蔵とは全く違う光景に僅かに心が上向く。

 だが自身の体に目を向ければ先程の暴虐の記憶が直ぐ様甦ってきて。

 震える体を両手で抱きながら桜はシャワーを浴びる、蟲達の体液で穢れ切った肢体を兎に角綺麗にしたくて必死に流すが、身体中に刻まれた裂傷に沁みるせいで中々上手くいかない。

 流れる涙は痛みだけによるものではない、先程与えられた地獄、家族と引き離され一人になってしまった不安、今後この屋敷(間桐家)で生きていかねばならない事への絶望。

 一人になって思考に沈む程、桜は悲しみに暮れる他無かった。

 

 結局桜が風呂から出たのは40分以上経った後、着替えた桜を出迎えた鶴野は特に何か言う事も、桜の身体中の傷を手当てする事も無く、再び無言で桜を先導する。

 やがて辿り着いた屋敷の奥、陽の光が射し込まない位置にあたる臓硯の私室に二人は上がり込んだ。

 

 

『うむ…よく来た。我が孫、桜』

『…っ…ぁ……ぅ……』

『……挨拶の一つも満足に出来ないのかお前は』

 

 僅かな数の燭台のみを光源とする薄暗い部屋、その奥のソファに腰掛けているのは間桐家の実質的な支配者、間桐臓硯。

 異常な迄に肉がこそげ落ち、皮と骨だけで形作られている皺の深い面貌、(あたか)も枯れ木の様な細々とした体躯、一見するといっそ哀れみすら誘う程に弱々しい外見の老人だ。

 

 だが桜は刹那でその心象を改めさせられる事となる。

 

 瞼の奥、深い深い(くら)さを携えた窪んだ眼球、総身に満ちるは己以外の一切を家畜、玩具と定める毒念、おぞましさすら覚える苛烈なまでの執念。

 生まれ持った属性が、()()()の事象、()()()()()()()()に干渉する『虚』故に、本能的に桜は()()()を感じ取ってしまった。

 目の前の()()が放つ、とても同じ人間とは思えない異様な気配、それに呑まれてしまった桜はまともに返事をする事も出来ない。

 そんな様子の桜を鶴野は再び忌々しげに詰った。

 

『っ…ご、ごめ…ごめん、なさい………』

『チッ、遠坂もとんだ出来損ないを寄越してくれたもんだ。こんな事なら姉の方を貰った方がよっぽど──』

『──鶴野よ、(さえ)ずるのもそこまでにしておくがよい』

 

 

 ビクッ!!と。

 一周回って不自然な程に肩を跳ね上げガタガタと震え出す鶴野。

 ギギギと錆び付いた機械の様に首を回し、恐怖の色をありありと浮かべた瞳を屋敷の支配者に向ける。

 

『呵呵呵、全く…迎え入れたばかりの童をそう苛めるでないわ。己より立場も能力(ちから)も弱き者の存在がよっぽど嬉しいと見える』

『あ、ぁぁ…ぁ、ひ』

『だが、それはお主のとんだ勘違いじゃ。見よ、心身共に何の備えも無しにあの責苦に晒されておきながら、心が壊れるどころか閉じてすらおらん。確りと自らの二足で地を踏み締め歩いておる。成熟した魔術師とて、あれに耐えられる者等ほんに一握りじゃ。この齢ともなれば尚更…呵呵、妹の方を貰って(まこと)正解じゃった』

『な…ぇ…』

『この娘の才は単に属性と回路数だけに留まらん。この様な()()をお主の自慰で使い潰されては…のぅ?』

『ひ、ひいいいぃぃぃやあぁぁぁぁ!?』

 

 筋肉にバイブレーションが埋め込まれたかの様にガタガタと異常なレベルで震え出す鶴野。

 最早痙攣という表現にすら当て嵌まらない程の恐慌ぶりだ。

 

『分かったのなら程々にしておくがよい。修練の補助すら満足に行えぬ様なら、愈々(いよいよ)以てお主を生かしておく理由は無くなるのじゃからな』

 

 

 間桐鶴野は失禁した。

 

 パブロフの犬、後天的に身に付いてしまった反射行動、明らかに正気を失った養父の有り様に桜は不安感と恐怖心を益々募らせていく。

 

 臓硯が立ち上がった。

 コツリコツリと杖を鳴らして桜に近付いていく。

 杖が鳴る度、臓硯が一歩を踏み締める度、桜はビクビクと体を震わせる、鶴野に至っては口から泡を吹き始めた、白眼を剥いたその醜貌は最早まともに意識を保っているかも疑わしい。

 

 程無くして、臓硯は桜の目の前にやって来る。

 お互いに手を伸ばせば触れられる程の至近距離、弄り甲斐のある玩具を見付けたかの様な喜悦を滲ませて臓硯は桜を見下ろし、対照的に自身に害を及ぼす可能性を孕んだ存在に対する純粋な恐怖を懐いて桜は臓硯を見上げる。

 

『さて…先ずは、ようこそ、我が間桐の家へ、と言っておこうかのう』

『…と、ぉさ…遠坂、桜、あらため…間桐桜と申します。よろしく、お願いします、お爺様』

 

 形式としての挨拶。

 時臣(父親)のそれと似た深み、だがその響き以上に重く粘着(ねばつ)く、絡みついてきそうな腐臭漂う声。

 自身がさっきまで居た蔵が人の貌になった様だ、端的に言って死の気配がする。

 

『ふむ…取り敢えずは及第点かの。先刻の()()の際の有り様は見るに耐えなかったが、終わった後に駄々を捏ねんかったのは善いぞ、まだまだ青いとは云え魔道に携わる者としての自覚は持っている様じゃな』

『…たんれん?』

『呵呵、そうとも。魔術師に成る為の()()、魔術を身に付ける為の()()よ』

 

 言葉の意味が分からず、幼い子供特有の辿々しい口調で聞き返す桜に、臓硯はその意味を噛み砕いて伝える。

 

 

 ─────さっきのが魔術の勉強?

 

 祖父に言われた言葉の内容を桜はゆっくりと吟味して飲み込んでゆく。

 そして徐々に顔色が青褪めていった。

 

 先程の()()は魔術の勉強だったのだと祖父は云う。

 立派な魔術師に成る為に必要な事──────父との、母との、姉との約束を果たす為の、()()()()()()()()()なのだと。

 それは決して桜の中で軽視出来るモノ等ではない。

 だというのに、さっきの自分の有り様は何だ?

 只管泣き喚きながら許しを、助けを乞うばかりで何も頑張ろうとしなかった。

 誇りも何も在ったものじゃない、只々我が身可愛さに癇癪を起こしただけ、家族との約束なんて心の片隅にも留めていなかった。

 

 そんな自分が、桜はどうしようもなく─────嫌いになった(許せなかった)

 

 

 

『ご、めんなさい……次は…次はっ、ちゃんとやりますっ』

 

 何かに()かされる様に、張り切った表情でそう宣言する桜を臓硯は怪訝に思う。

 この(よわい)であの調練の後に通常会話が出来ているだけでも大したものだったが、急に青褪めたかと思えば今度は切羽詰まった様相に成り果てるという百面相。

 数百の齢を重ねようとやはり餓鬼の思考の飛び方には付いていけないと臓硯は内心でぼやいた。

 だがまぁ積極的になってくれるのならば何よりと、臓硯は無難に好々爺然とした言葉を送る。

 

『呵呵、別に責めておる訳ではない…が、現状に胡座をかかず(こころ)みる姿勢は見上げたものじゃ。その(てん)を睨み続ける精神こそ、この堕ち切った今の間桐に必要なものよ』

 

 部屋の中の遍く()を纏ったかの様な、深い彫りの皺が入った面貌を歪めながら臓硯は嗤う。

 未だ国の定める教育の触りすら身に付けていない程に幼い桜には、祖父の言葉の意味は半分以上理解出来ない。

 が、それでも何と無く感じ取れるものはあった。

 

 

 桜は既に(さと)っていた。

 この人は()()()なんだと。

 

 

 恐らく世界中を探しても、あんな地獄と云う表現すら生温い責め苦に耐えられる人は、ほんの一握りだと確信出来る。

 そんなものを自分の様な年端も行かない子供に一切の躊躇無く、寧ろ嬉々として強いる様な人。

 そんな人が『善い人』の筈が無い。

 まだ五つになったばかりの子供である桜は世間一般の常識(倫理)を十全に身に付けているとはとても言い難い。

 だがそれでも子供特有の純粋な感性に照らし合わせてみればそういう結論になるのは当然の事だった。

 

 そう、そういう結論に成る…筈、なのに。

 何故だか桜は目の前の祖父の事を()()()とは思えなかった。

 間違い無く意地悪で、怖くて、悪い人なんだとは解る。

 でもそんな表面上の性質とは違う『モノ』が、もっと奥深く、根っこの部分で(かす)かに(くすぶ)っている。

 僅かに、だが確かに感じるそれが桜の線引きを優柔不断にしていた。

 

 

『あ、あの』

『?』

『私が頑張れば…頑張って、()()()()()して、立派な魔術師になれたら…お爺様は、喜んでくれますか?』

『─────』

 

 恐る恐る、それでも退かないという芯を持って桜は臓硯に尋ねた。

 

 臓硯もまた悟った。

 この娘は()()()なのだと。

 

『クハッ』

 

 嗤う。

 臓硯(外道)は嗤う。

 こいつは()()()と、この孫娘は使()()()と。

 正真正銘、己は()()()を拾ったのだと確信した。

 

『勿論じゃ。お主のこれからの励みに期待しておるぞ桜よ』

『っ!はいっ…はいっ!』

 

 先程までとは一変、喜色満面の笑みを咲かせた桜はその表情だけでなく心も晴れ渡らせていた。

 お爺様は悪い人だけど、魔術に関しては真剣なんだ。

 褒めてくれて、期待してくれて、認めてくれた。

 意地悪だけどそれだけの人じゃない。

 

 それだけ判れば充分だった、桜にとっては、それだけで充分だったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()だと、桜は解っていたのだから。

 

 だから、その愛に応えようと桜は笑うのだ。

 

 

 

 ────そんな餓鬼の滑稽さ、剰りにも愚かに過ぎる純正の器を目にして臓硯は内心の愉悦を深めていく。

 

 最早この(胎盤)(間桐)のもの、今後どういった調教を施すも全て自分次第なのだ。

 この女の才能も研磨も肢体も血潮も意思も悲哀も情愛も魂さえも、(すべ)て、総て支配する。

 その存在()が内包せし、ありとあらゆるものの欠片も逃しはしない、総て貪ってやる。

 

 家に迎え入れてまだ半日、こうして顔を合わせての会話はまだほんの十分程度。

 その僅かな期間で臓硯は桜という玩具にのめり込んでいた。

 冥く滾る畜生としての下劣な欲望、その悉くをこの娘に注ぎ込み、また中身を尽く奪い尽くしてやりたいと。

 最早玩具の域に収まらず、財宝に対して向けるかの様な苛烈にして醜悪な雄の迸り。

 

 臓硯は、桜に手を差し出した。

 

 

『ほれ、腹が空いたじゃろう。夕餉の時間じゃ』

『うんっ!…あ、はいっ』

『呵呵、よいよい』

 

 祖父(臓硯)()は手を繋いで部屋を出ていく。

 外面上はこの上無く幸せな家族の一幕、だが仮に事実の全てを知る者が──奇しくも立ったまま気絶し放置されている鶴野がそれに当たるのだが──居た場合、そのあんまりな張りぼての有り様に焦燥を覚えただろう。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 こうして遠坂桜は間桐桜に()()()

 

 当初は臓硯主導の下、鶴野が特に付加する要素の無い日課の修練を担当する予定だったが、初日の顔合わせで桜に()()()()()臓硯はそれらを全て変更した。

 ほぼ全ての調練に自ら赴き、惰性で行う様な内容の修業は無くした。

 鶴野による補佐等最早殆ど必要無くなる程、精々が調練の準備と片付け等の雑用くらいだ。

 

 桜のその総身に加える()は一挙手一投足も、文字通り手を抜かず細心の集中を以て行っていく。

 その苛烈な迄の執拗さ、陰湿さの責め苦に、桜は何度も何度も泣き叫び、もがき苦しみ、赦しを乞いた。

 だが絶対に壊れはしなかった、絶望も諦めもしなかった。

 一日の調練が始まった辺りこそ全力で悲鳴を挙げ、拒絶の意思を示すが、終わる頃になると目に涙を溜めてこそいるが出来る限り抵抗せず、与えられる全てを受け止めようと立ち向かう姿勢を見せているのだ。

 生まれ持った属性によるものなのかは定かでは無いが、まるで要塞の如き精神力で桜はそれらを尽く耐え抜いていく。

 

 それに応じて臓硯の期待値と湧き出る衝動も昂っていくのだ。

 前日の調練を上回る質と量、或いは方向性を変えたやり方。

 そうして変化を付けられた調練に、やはり桜は拒絶を示す、が、終わる頃にはやはり受け容れてしまっているのだ。

 全てが未知であるが故に、尽く新鮮で愉快な反応を示してくれる極上の(胎盤)、だが同時にまるでスポンジの如く与えられる全てを吸収していく最高の跡継ぎ(胎盤)

 もっとこの女の痴態を、醜態を、苦痛を、辛酸を───それらの醜悪極まる欲望と五百年に渡る魔術師としてのキャリアが重なって、調練の内容は最早当初の予定等とは比べ物にならない程に効率的で激しいものとなっていた。

 そしてそれらを出来る限りものにしようと努める桜の精神も後押しとなり、調整は驚くべきスピードで、通常の数~十倍に近い速さで進んでいった。

 

 だが桜はそれを全く苦に思っていなかった。

 いや、正確に述べると()には思っても()()とは思わなかったのだ。

 

 

 

 ───お爺様、もっと頑張ればお母様褒めてくれるかな?

 

 ───うむ、うむ。勿論じゃとも。

 

 

 ───お爺様、お父様が言ってたんですよ。私は凄い力持ってるんだって!

 

 ───呵呵、何を今更。当に嫌と云う程思い知らされたわ。

 

 

 ───お爺様、私、姉さんに追い付けるかな?

 

 ───何を言うか。このまま励み続ければ越える事も夢ではないわ。

 

 

 

 間桐に引き取られる前日、父に己を認められ、母に愛を告げられ、姉と未来を約束した。

 何れ程の闇に覆い尽くされようが、根底の光は決して潰えず灯り続けている。

 家族の存在が誇りとなって桜の魂を不滅のものとしていた。

 

 それに加えて臓硯の人心掌握術の高度さである。

 数百年に渡り、人の本質を、酸いも甘いも、善も悪も、本音も建前も、信念も正義も。

 表と裏、その全てを見てきた臓硯にとって、小娘の根底にあるものを見抜きそれを侵さず増長、昇華させる事等あまりに容易かったのだ。

 

 魔術とはそもそも(痛み)と隣り合わせのもの、それに耐え抜き、己を鍛え上げる、それこそが魔術師の本懐。

 この修業は決して無駄なものではないと、気高く素晴らしく家族に誇れるものなのだと、調練の苛烈さとは裏腹に好々爺の皮を被った臓硯の口八丁、そのギャップが桜を麻痺させる。

 

 毒も薬もその本質は同じなのだ、量次第で()らすも腐らせるも自由自在。

 間桐桜は幸福を胸に抱いたまま、臓硯(破滅)に支配されつつあった。

 

 

 そんな日々が過ぎて暫くの後、桜に家族が一人増える。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

『─────ぁ……ぁ、ぁ…』

 

 言葉が出ない。

 かつての想い人、葵の報せを聞いて実家に舞い戻った男、間桐雁夜は目を覆いたくなる様な眼前の悪徳に絶句していた。

 

『呵呵呵、今更何を呆けておる雁夜よ。我が一族の秘伝を忌避し出奔したお主が、()()を予想出来ていなかった訳ではあるまい?』

 

 相も変わらぬ醜悪さで汚辱の口気(こうき)を垂れ流す祖父を一瞥する事すら叶わない。

 只々地獄と形容する事すら生温い光景を網膜に焼き付けるのみだ。

 

 

『───────桜ちゃんっっっ!!!!!』

 

 間桐雁夜は階段を駆け降りた。

 蔵の底で蟲共に弄ばれる葵の娘()に向かって。

 臓硯(妖怪)を出し抜く策がある訳ではない、救出の手立てがある訳でもない。

 そんな事は心身(からだ)が動くのを止める理由にはならず、只単純に助けねばならないという正義感と使命感と──罪悪感という名の焦燥に突き動かされての行動だった。

 

 だが臓硯の手足(魔蟲達)はそれを許さない。

 川に落ちた動物に襲い掛かるピラニアの如く、群れの中に踏み込んで来た雁夜の脚に喰らい付き瞬く間に肉を喰い千切っていく。

 切り傷や刺し傷とは訳が違う、無理矢理に肉をネジ切られる埒外の痛みに雁夜は堪らず悲鳴を挙げる。

 それでも何とか桜の元に辿り着こうと必死に両足を前に突き出すが、増し続ける激痛に加えて太腿の辺りまで埋まってしまう程の蟲の波に足を取られて上手く進む事が出来ない。

 そうしてもたもたしている内に蟲達は雁夜の体を這い上がり服の内側に侵入する。

 怖気(おぞけ)が走る程の不快感に雁夜は慌てて身体中を(はた)くが時既に遅し、呪縛の麻痺毒を持った蟲達がその牙を、針を突き立てる。

 痛みを感じなくなるのに1秒、指先が引き攣るのに2秒、四肢の自由が利かなくなるのに3秒、視界がぶれるのに4秒、呼吸すら覚束無くなるのに5秒────雁夜はそのまま前のめりに倒れ、蟲の絨毯に体を沈めてしまった。

 

 普通の虫が分泌する毒とは比べるのも烏滸がましい、対象の肉体──筋肉、神経だけでなく心臓、脳髄すらも完全に束縛、支配し、呪詛を以て腐らせる(おぞ)ましき呪毒。

 魔術回路を有する魔術師ならば魔力を循環させる事でそういった呪詛を洗い流す防御措置が取れるのだが、まともな鍛練どころかそれを開いてすらいない雁夜は其処らの一般人と何も変わらない。

 まるで蟻の群れにたかられる死骸、動き回るという最も単純な抵抗すら出来ない無力な存在。

 そんな雁夜(息子)を臓硯は冷やかに見下ろしていた。

 出奔し、魔道から逃げ出した浅慮で低俗な愚人に今更与える慈悲等ありはしない。

 ()()()一族から出生した血筋、多少は利用価値があるかもしれないが、桜という超一級品の駒を手に入れた今となってはそんなもの塵芥の如しだ。

 精々抜き取った魔術回路を保険として貯蔵しておくくらいだろう。

 とても肉親に向けるものとは思えない、どこまでも冷めた思考でそう結論付けた臓硯は俯せに倒れている雁夜に蟲達をけしかけ──

 

 

『─────雁夜おじさん?』

 

 ──ようとして止めた。

 雁夜の存在に気付いた桜が身体中に吸い付く蟲をそのままに上体をフラつかせながら歩み寄って来た為である。

 調練による刺激の影響で半ば意識を朦朧とさせているが、確りと相手を認識出来る程度には正気を保っている。

 そんな桜の──肉親への情が精神力の要である小娘の──目の前で雁夜を殺しては後々面倒な事になる、折角のこれまでの()()()が台無しになってしまいかねない。

 臓硯が蟲達を退かせてスペースを設けると桜は雁夜の傍に座り込んでその体を揺すった。

 

『おじさん…!?どうしたの!?血が出て…!』

『…ぁ………ぅ、ぁ~…』

『──全く、何時まで寝ているつもりじゃ。はよ起きんか』

 

 臓硯は雁夜の肉体を操作して無理矢理上体を起こさせ、次いで全身の呪縛を解除する。

 どの道この愚息に自身へ対抗する術等無い。

 体の自由を奪ったのも下手にもがかれては魔術回路の摘出に手間取るからだ。

 桜の()()に悪影響が及ぶ可能性がある以上、好きに騒がせた方がまだマシだと判断したが故の解呪である。

 

『───はあっ!!はっ、あ!?こ、これは…』

『あ!良かった!おじさん大丈夫?足痛くない?』

 

 微動だにしなかった状態から直ぐ様()()に戻った雁夜を見て桜は安堵する。

 だが雁夜の心境はそんな桜とは真逆だ。

 衣服を一切身に付けていない産まれたままの姿、その肢体に醜悪極まる蟲達が纏わり付き、血肉を、体液を貪り、針で、鋏で、触腕で細胞を弄くり回しながら支配の魔術を施して体質、霊質を間桐のモノに造り変えていく。

 悍ましき間桐の魔術に犯され尽くした桜を見て雁夜の心は絶望に沈み───それ以上に義憤で荒れ狂っていた。

 

『───ぞ…う、けんんんっっ!!!!貴様あああああああああっ!!』

『──呵呵』

 

 腹の内で猛るもの全てを暴威に変えてあの外道にぶつけてやると云わんばかりに激昂する雁夜を階段の上から見下ろして臓硯は嗤う。

 貴様に何が出来ると、そもその脚では此処まで来る事も出来まいと。

 事実蟲に喰い荒らされた脚ではまともに歩く事も出来ず、膝を突くしかない雁夜は行き場を失った怒りを握り拳へと変えて震えるのみだった。

 

『っ、ど、どうしたの…?おじさん』

 

 急に祖父に向かって怒鳴り散らした雁夜の尋常ではない形相に怯える桜。

 はっとそれに気付いた雁夜は桜の両肩を掴んで必死に語り掛けた。

 

『桜ちゃん…っ!大丈夫、大丈夫だからね。もう、大丈夫だ!直ぐに此処から逃がしてあげるからね!』

『?逃げるって…』

『そうだよ、君はこんな処に居ちゃいけない!直ぐに遠坂の家に帰してあげるから!だから──』

『───っ!だ、ダメ!』

『──え?』

 

 遠坂に帰す、それを聞いた桜は咄嗟に雁夜の手を振り(ほど)いて後退った。

 喜びでも戸惑いでもない、まさかの確たる拒絶の言葉、予想外のそれを浴びせられた雁夜は心身共に静止してしまう。

 

『おじさん何で…どうしてそんな事言うの?』

『どう、して…?』

『だって…私は()()()()()()()()…この家の娘だから…遠坂には帰っちゃ駄目なんだよ?』

『っ、そ、んな…そんな事ない!桜ちゃん、君は遠坂桜だ!こんな家に居る事の方がおかしいんだ!あの(ジジイ)に無理矢理こんな目に遭わされてるんだろう?大丈夫、俺が護るから。ちゃんと葵さんと凛ちゃんの所に戻してあげるから』

『え…え…?』

 

 

 必死に捲し立てる雁夜の勢いに、生来引っ込み思案な桜は二の句を継げず困惑するばかり。

 家族から受け取った愛に応える為に、約束を果たす為に修行を頑張る、という方程式に一切疑問を抱いていない桜。

 間桐(臓硯)の醜悪さは誰よりも知っているが、魔術に関する知識は殆ど身に付けていないが故に桜が養子に出された理由が分からず(そもそも考えてすらいない)理不尽な凌辱に晒されているものと決め付けてしまっている雁夜。

 二人の認識は致命的にずれてしまっていた。

 

『いい加減にせぬか雁夜』

『っ!!臓硯!』

『ぁ…お爺様』

 

 このまま眺めているのも愉快だが、子供と愚人では何時まで経っても話が進まないと判断して臓硯は割って入る。

 当然雁夜は敵意を剥き出しにするが、桜は助け舟を出された子供そのものの安堵の反応を示す。

 

『魔道に背を向け出て行ったお主が、神秘を継承する権利を棄てて凡俗に堕ち果てたお主が、とうの昔に赤の他人となった貴様が今更余計な口を出すでないわ。碌に魔術の知識も無い身の上で要らぬ茶々を入れおって』

『っ!巫山戯るなぁ!!知識が有ろうと無かろうと()()がまともじゃないって事くらいは一目で分かる!こんな…こんなものにっ、こんな幼い子供をぉっ!!』

 

 どこまでも冷めた臓硯の白々しい言葉に雁夜は吠える、が、何の力も持たない一般人の(げき)等この妖怪には響かない。

 

『戯けが。魔術の本質とは死…魔道とは本来こういうものよ。程度の差はあれ、苦痛、辛酸に耐え抜きその身に神秘を降ろす行いじゃ。凡俗に過ぎぬ貴様とは根本の認識から異なっておるのよ』

『詭弁だ!何が程度の差だ、こんなものに子供が耐えられる筈が無いっ!全部お前の勝手だろう!』

『───時間の無駄じゃな』

 

 この調子では何時間経とうと平行線だと臓硯は断じる。

 話しながら桜と雁夜の近く迄降りて来ていた臓硯は桜に手を差し出す。

 

『桜、少し早いが今日の修練はこれで終いとしよう。居間に菓子を用意してある、身を清めたら食べてよいぞ』

『ぁ、はいっ』

『な、待て臓硯!まだ話は──』

『分からぬか、このまま儂とお主の二人で話しても時間の無駄なのじゃ。裸のまま放っておいては()()()()が風邪をひいてしまうじゃろう。後でじっくりと話そうではないか』

 

 儂の孫娘。

 その一言を殊更に強調して臓硯は口の端を歪めた。

 そんな祖父の横っ面を全力で殴り飛ばしてやりたい衝動に雁夜は駆られるが、桜を何時までもこんな蟲蔵(塵溜め)に置いておく訳にもいかない。

 この家に居る以上一時的な避難でしかないが、それでも居る意味が無いのならさっさと出て行かせるべきだ。

 そう考えた雁夜は苦々しさを噛み締めながら蟲蔵から出て行く桜と臓硯を見送るのだった。

 

 両足を負傷し、まともに歩けない雁夜に手を貸す者は無論この屋敷には居ない。

 雁夜は下半身を引き摺りながら出口を目指した。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

『呵呵呵、随分と遅かったではないか雁夜よ』

『煩いっ、黙れ!』

 

 痛む足を引き摺って何とか蟲蔵から這い出た雁夜が臓硯と桜の居る居間に辿り着いたのは約2時間経ってからの事だった。

 既に入浴を済ませ、おやつを平らげた桜の様相は先程蟲蔵に居た時とはガラリと変わっていた。

 服を確り着込み、体に纏わり付いていた蟲が居なくなっている、大方の印象はそれで遥かに改善されたが、何より血色が先程と比べて随分と良くなっていた。

 まるで、普通に学校に通い、普通に外で遊び、普通に笑う、普通の子供の温かで柔らかな顔。

 さっきまでのあれは全て夢だったんじゃないのかと、一部始終を自らの双眼に焼き付けた筈の雁夜ですらそう思った。

 そしてそんな考えに思い至った瞬間、怒りが再燃する。

 

『糞が…!表向きの隠蔽工作は万全だってのか』

『ふむ…?何を言っておるのか分からんのぉ。童がこうして元気な様子でおるのは普通の事じゃろて』

『黙れと言っている!これ以上無駄な会話をさせるな!』

 

 どこまでも苛つく臓硯の言動に雁夜は語調を荒げるばかり、そんな雁夜の様子に桜は益々萎縮してしまう。

 何とも居心地の悪いジレンマが足の痛みと共に雁夜を苛んでいた。

 

『ふむ…まぁお主の言う通りじゃの。これ以上の前置きは無益に過ぎるわ。さっさと本題に入ろうかのぉ。して雁夜よ、今頃のこのこと我が間桐家に戻って来て一体何の用じゃ』

『決まっている!さっきも言っただろうが!桜ちゃんを解放しろ臓硯!その娘はこんな家に居て良い人間じゃない!あんな所で、あんな目に遭わされていて良い筈が無いっ!!今すぐ遠坂の家へ帰せ!』

『呵呵呵、結局それか。ならば儂の返答も決まっておるわ。断る』

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。

 結局のところ根元の価値観も倫理観も思考回路も異なっている二人の会話は平行線だった。

 典型的な一般人と魔術師の益の無い応酬である。

 

『臓硯ん…っ!!』

『先程も言うたが魔術とは元来死と隣り合わせのもの、程度の差はあれその修練には苦痛が伴う。凡夫であるお主の目にどう映ろうがそれは畑違いと云うものじゃ。邪魔をしてくれるな』

『だからっ…!そんなものは全部お前の都合だろうが!!家の再興の為だか何だか知らないが、その為に何故関係の無い子供(桜ちゃん)があんな地獄に落とされなくちゃならない!この家の事情なんて、お前の企みなんて…!桜ちゃんには一切関係の無い事だ!(たと)え生まれが魔道の家だろうと、どんな人生()を歩むかは本人が決める事!お前にそれを歪める権利なんて無いっ!桜ちゃんは幸せに生きるべきだ!あの家で、遠坂の家で、葵さんの下で、凛ちゃんと一緒に!』

 

 

 一気に捲し立てた雁夜は息を切らして臓硯を睨み続ける。

 その言い分は至極真っ当で真っ直ぐな、()()()()()()の正論だった。

 

 

 だが、悲しいかな。

 何度も述べられた通り、()()()とは真っ当ではないのである。

 

 

『ふむ…つまり雁夜よ。お主は桜が儂の勝手な都合で間桐の魔術師として仕立て上げられるのが我慢ならんという事じゃな?』

『ああ!そう言っているだろうが耄碌爺!』

 

 

 

 

 

『ならば、桜が()()()()()()魔術師として成る事を望んでおるのなら、文句は無いという事じゃな?』

『──────は?』

『さあ、桜よ』

『はいっ!』

 

 返された言葉の意味が分からず間の抜けた声を出す雁夜に臓硯は取り合わず桜に呼び掛けた。

 その呼び掛けに対して張り切った声で応えた桜、その表情も同様に活気と気概に満ちたものだった。

 

『雁夜おじさん』

『さ…桜、ちゃん?』

 

 トテトテと自身の目の前まで歩いて来た桜に、雁夜は言い知れぬ不安を感じてしまった。

 此方を見上げ、今にも口を開かんとしている。

 ───嫌な予感が、やめてくれ、喋らないでくれ、それを聞いたら俺は───

 

 

『──私は自分の意志で間桐桜になりました』

『──────』

 

 

 祈りは届かず、目の前の少女から紡がれた言の葉は致命的な迄の残酷さで雁夜の()を抉った。

 

『何、を』

『あのね、時臣(お父様)が言ってたの。私は凄い力を持って産まれてきたんだって。お姉ちゃんにも負けないくらい凄い力だって!でもね、そのままにしておくと危ないから、ちゃんと頑張って修行して、その力で自分を守れる様になりなさいって』

『ぇ──ぁ──』

『だから私、遠坂には帰れません…遠坂は()()()()()()だから、私は間桐で頑張らなきゃいけないの…でもね、私全然辛くないよ!修行は大変だけど、お爺様がね、このまま頑張れば立派な魔術師になれるって言ってくれたの!そしたらね、きっとお父様もお母様も褒めてくれてね、お姉ちゃんもきっと私の事凄いねって言ってくれるんだよ!』

『────ぃ、ぁ』

『だから私、痛くても苦しくても、辛くはありません。これは私が自分で選んだ道だから─────私は、今が幸せです』

 

 

 

 桜のその言葉を、雁夜は到底受け入れられなかった。

 

 

          ∵∵∵

 

 

『臓硯…お前ぇ…!一体桜ちゃんに何を吹き込んだ!?』

『呵呵呵呵、吹き込むとは人聞きの悪い。儂は只先達として魔術の本質を説いただけよ』

『くそったれっ!!お前の煙に巻く言い回しはもう聞き飽きたんだよ!』

『やれやれ、全く…(まこと)不出来な種馬を産み出してしまったものじゃ。お主や鶴野より桜の方が余程利口ではないか────今一度言うが、儂は桜に対して何も吹き込んで等おらん。只()()()()()()()()()に過ぎん。魔術師としては、あれは屋敷に来た時点で()()()()()()おった』

『なん…だと?』

『呵呵呵、余程遠坂の坊は教育熱心だったと見える。お主の基準に当て嵌めて言うならば、吹き込んだのは寧ろ遠坂の当主であろう』

『───時、臣………あ、あの野郎っ……!!』

『そういう事じゃ。縦え桜を遠坂に帰したとしても、また何処か別の家に養子に出されるのが関の山じゃろうて。そこで()()()()()()まともに育てられれば御の字じゃろうが…養子とは名ばかりで魔術の実験台として使い潰されるという事も充分有り得る話じゃのう』

『そんな───くそ、くそっ!どうすれば、どうすればいいんだ……時臣ぃ…!あの野郎、あいつなら葵さんを、産まれてくる子供達を、幸せに出来ると信じていたのに…!………あいつさえ居なければ…!!』

『───呵呵呵呵、雁夜よ。お主はほとほと悪運だけは強い様じゃな。その望み、ひょっとすれば叶えられんでもないかもしれぬぞ?』

『っ!何!?どういう事だ、教えろ!』

『呵呵呵、今から約一年後に、この冬木の地で聖杯戦争が始まる』

『聖杯、戦争…?』

『万能の願望器足る釜を巡る魔術師達の闘争よ。それに勝ち抜き、聖杯を手に入れる事が出来れば全てはお主の思いのままじゃろうて』

『それは──本当なんだな?』

『疑うのであれば屋敷の書庫でも漁ってみるがよい…まぁお主の様な出来損ない以下の塵芥が参戦したところで木っ端の様に散らされて終いよ。身の程を弁える事じゃな』

『煩い…やってみなければ分からないだろう!』

『ほほぉう…?では、愚かにもその無価値な命を態々散らす為に無謀な賭けに出ると?』

『愚かだろうが無謀だろうが知った事か…!俺は聖杯戦争に参加する!そして時臣の野郎を殺し、勝ち残り、聖杯を手に入れて!葵さんを、凛ちゃんを──桜ちゃんを!()()()()!幸せにしてみせるっ!!』

『───(つくづく)愚かな。だが、良いぞ。その不屈の執念、絶える事の無い欲望への挑戦こそ我等が間桐の真髄よ』

 

 

 

 

 

 こうして、魔術師の仕来りに固執して葵の娘()の心を歪めた諸悪の根元、という認識を時臣に対して抱いた雁夜は、本来の運命(原作)以上の憎悪をその身に宿し、運命通りにその命を散らした。

 

 

 

『もうすぐこの冬木でとある儀式が始まる。桜、お主はまだ幼い故、お主の代わりに雁夜がその儀式に参加するのじゃ。雁夜はお前を守る為に日々修行に打ち込んでおるのよ』

 

 新しい家族が出来たと喜んだ。

 ちょっと思い込みが激しい様に感じたけど、優しくて、力強くて、一緒に遊んでくれて、一緒に出掛けてくれて、一緒にお風呂に入ってくれて、一緒に修行を頑張ってくれて。

 何時も自分の味方で居てくれた人。

 

 ───その人は、もう居ない。

 

 祖父が云うには自分を守る為に戦って死んだのだそうだ。

 そして、同じく儀式に参加していた父も命を落とし、母も巻き込まれて病気になってしまったと伝えられた。

 呆気無く、剰りにも呆気無く、三人もの家族が居なくなってしまった。

 何日も何日も、涙が枯れるまで泣いて───でも泣いたところで現実は何も変わってくれない、あの人達が生き返るなんて奇跡は起こらなかった。

 

 今回と同じ儀式がいずれまた起きるのだと祖父は云う。

 ならばより一層頑張らなければ。

 また同じ事が起きるのならば、今度はお爺様や兄さんや──姉さんが犠牲になってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に御免だった。

 強くならないと、強くなって家族を、大切な人達を護れる様にならなくては。

 決意を新たに、桜は更に、更に過酷な調練へと挑んでいった。

 

 耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 耐え抜いた先。

 

 桜は意図せず破滅を回避し(祖父を殺し)

 

 ─────こうして桜は、魔術師として再誕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────はぁ  ! !?   あ…」

 

 

 

 意識が現実に戻って来た。

 

 月光が射し込む薄暗い和室の中、私の目の前で桜が布団の上に横たわっていた。

 対する私は正座をしてその傍らに佇んでいる状態。

 

 カチッ、カチッと、壁に掛けられた時計の音が矢鱈と馬鹿でかく鼓膜に響く。

 自分は一体何をしていたのだったか──思い出すのに数秒も掛からなかった。

 遠坂邸の付近で桜の姉、そのサーヴァント、アーサー王に宝具(エクスカリバー)による奇襲を受けてキャスター達が脱落、錯乱した桜の意識を奪って衛宮邸(ここ)迄運んだ。

 間桐邸とどちらに運ぶかは悩んだが、御三家として場所が割れている方よりは、侵入者探知の結界以外一般家屋とほぼ変わらない此方の方がまだ敵に見つかりにくい(安全)と判断しての事だった。

 敷き布団に桜を寝かせた後、掛け布団が見当たらなかった為他の部屋から持ってこようとして───そこで桜の記憶が私に流れ込んだ。

 

 

 ふと時計に目をやる、どうやら今の白昼夢の様な現象は、ほんの数分間のものだったようだ。

 この身は霊体である筈なのに、(いや)に喉が渇く様な錯覚に陥る。

 呆然としたまま、徐に目の前の少女に視線を落とした。

 無論その姿は幼い子供のものではなく、成熟しきる一歩手前といった女性のもので。

 ボロボロの服の下から覗く肢体のどこにも、異形()が蔓延っている気配は微塵も無くて。

 鮮烈に刻み込まれたそれ、鮮明に思い出せるそれは、何の覚悟も事前知識も無しに視ていいもの等では決してなかった。

 確かに、召喚されたその日の内に蟲使いであるという事は教えられた、前当主である祖父が既に死去している為、若くして家を継いだのだという事も。

 事実ではあった。

 だが、その裏側。

 事実を事実足らしめる土台は、剰りにも醜悪に過ぎるものだった。

 

 慣れている、こんなもの()()()、慣れている。

 この世には、蔓延る人間の悪性によって(もたら)される悲劇が、それこそ無限に溢れているのだと、とっくの昔に理解していた。

 理解して(慣れて)いる、つもり()()()

 こんな…こんな事が起こり得るのか?

 理不尽に虐げられる者が、それを()()()()()()()()()()()なんて。

 怨敵を憎む事も、他者を妬む事も、世界を恨む事も、運命(Fate)を嘆く事すらも出来ないなんて。

 

 改めて、私は自身のマスターの尊さを思い知らされた。

 この娘は美し()()()

 純粋、とは表せない。

 そう評すには、剰りにも様々な()を孕み過ぎているから。

 でも、その根底にあるものが、本質(根っ子)善性(煌めき)が、(命の記憶)に刻まれた天性の()が、それら全てを受け容れて美しさに、強さに昇華させてしまっている。

 全てを受け容れてしまうからこそ、誰も怨まない。

 何時だって、自身の周囲で起こり得るありとあらゆる不幸を、負債を、悪徳を、悪性を、全てその心身で受け容れて受け容れて受け容れ続けて───やがて許容を超えて孕んだ闇に、自分自身に自分を殺されるのだ。

 

 かつての、(ゴルゴーン)(メドゥーサ)の様に。

 

 

 

「─────させません」

 

 布団を被せた後、眠る桜の髪を一房掬って梳かす。

 さらりと流れるそれはやはり綺麗で。

 こんなにも綺麗な(尊い)娘を、傷付けさせてなるものか。

 この娘は誰にも触れさせない、誰にも、(自分自身)にもだ。

 この娘がこれ以上何も背負わない様に、闇に犯される事の無い様に。

 

 桜を屋敷に残し、私は一人、桜を毒そうとする()()()の処理に向かう。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 十数分後、遠坂邸は血の結界に覆われた。




光と闇が合わさり最強に見える桜ちゃん()

という事でライダーさんが過保護モードに。原作HFでも割りとこんな感じだった気がするのねん。


鶴野さんが何と無くこれじゃない感、扱い酷くてごめんなさい。

あと臓硯さんのロリコンっぷりが酷い。何でこんな事になってまったんや…。

やっぱ作者の桜ちゃんアゲ精神がキャラクター達に必要以上に反映されてしまっていますね。
まぁ主人公は桜ちゃんなので今更直す気はないがなっ!!


※書いてる内に出来てた新独自設定

『桜ちゃんは虚属性のお陰で何と無く相手の心を感じ取れる』

臓硯さんの外道オーラはちゃんと分かってたけど、それ以上に魂が腐る前の根底にあるモノを何と無く無意識の内に感じ取ってたので慕ってた…とかそんな感じだと思う。
自分で書いといてあれですが桜ちゃん良い娘過ぎるでぇ…!


たぶん次回も桜ちゃん(成体)の出番は無いでしょうが、今後ともよろしくお願い致します。

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