異変が起きたのは、洞窟の入り口にたどり着いた時だった。
いち早く異変に気が付いたのは私。
幸運だったという他にない。
それが潜んでいるのが影でなかったなら、私がそれに気づくことはなかっただろう。
「ジン!」
「え?わっ!」
傍に居たジンを押し倒す。次の瞬間、ジンの立っていた場所に黒い影が飛びかかる。
そして訪れる、静寂と木々の揺らめき。
ようやく、敵のお出ましか。
私達四人はたがいに背を預け、円を組み周囲を警戒する。
「すいません。山田さん。ありがとうございました」
「洞窟(ゴール)に潜んでの奇襲。へぇ、やるじゃない。気が緩んでいるところを狙う。これ以上ないほど効果的ね」
「耀、敵の姿は見えたか。私は不覚にも見逃した」
「ばっちり。でも、いまのはガルドじゃなかった。黒い毛に牙は犬歯。随分大きいけどあれは多分狼だと思う」
虎ではなく狼?
ガルドの真実の姿はワータイガー。
狼であるならガルドではないということになる。
ならばいったい誰なのか。
その疑問に答えたのはジンだった。
「ガルドの腹心の1人に人狼がいると聞いたことがあります。気を付けてください。人狼は高位な者になれば吸血鬼の眷属も務める強力な混在種です」
人狼。月に忠誠を誓う獣。
根源である狼がそうであるように、悪魔に魂を売りながら彼らはとても誇り高い。
箱庭の騎士である吸血鬼の眷属をしているという話も多く、聞いたことがある。
そんな彼らが、なぜガルドのような外道に協力しているのか。
それが示す意味とは。
そうか。やはりそうなのか。
ガルド。いまの君がどうであれ、かつての君はやはり森の守護者を語ることに否のない存在だったのか。
すくなくとも人狼と友になれるほどには、気高く強かった。
「人狼が誇り高いと言っても全員がそうというわけではないのでしょう?現に、外道に協力している奴もいるわ。過程がどうであれね」
私の話を聞いた久遠が言う。
「友情とはそう単純なものではない。今のガルドは“悪”ではあるが、元来がそうであったというわけではない。生まれながらの悪など存在しないと私は思う」
「道を誤ったなら正すのが友情ではなくて?」
「だから、そう単純なものではない。変わってしまったからこそ、見捨てられないということもある」
木々の何処からか遠吠えが聞こえてくる。
なにを言っているのか、狼の言葉を介さない私達に聞き取ることできないが、聞き取ることの出来る可能性を秘めた者が一人この場にいた。
「泣いている。“放っておけないって”」
人狼。その友情に賛辞を贈ることに否はない。
君もまた私と同じように嘆いているのだろう。
ガルドが、可能性を間違えてしまったことを。
「友達っていうのも意外と面倒なものね。春日部さん、貴方が過ちを犯そうものなら私は貴方を無理やりにでも止めるわよ」
「うん。安心して、私も飛鳥を張り倒す」
お互いにそういって笑いあう久遠と耀の二人にジンは困った顔を浮かべながら、
「お二人とも、リーダーとしてメンバー間に信頼関係が生まれるのは嬉しいですが、今は『ギフトゲーム』に集中してください。人狼がまたいつ襲いかかってくるかわかりません」
しかし久遠は余裕の笑みを浮かべながら、
「あら、それなら大丈夫よ。相手が人の言葉の通じる、しかも耳の良い獣だというのならどうとでもなるわ」
命じた。
「“姿を現しなさい”」
しかし、木々は揺るがず人狼は姿を現さない。
流石の久遠も同様を隠しきれない様子で
「私のギフトが通じていない」
否、それは考えにくい。
たとえ高位のものとなれば箱庭の騎士の眷属を務める種とはいえ、もとを正せば獣である狼。
私が憧れずにはいられなかった輝き。人類最高の才能(ギフト)をもつ久遠の能力(ちから)をそう簡単に抵抗(レジスト)出来る筈がない。
人狼に久遠のギフト“威光”が効かないのはなにか理由がある。
しかし、今はそれを探るときじゃない。
「ジン、耀、飛鳥。ここは私が引き受ける。人狼が退いてくれたことで洞窟への進路は開けた。三人は洞窟の奥に居るだろう、ガルドの元に行ってくれ」
円より前へ。私は三人を守るように前にたつ。
現状、これが最善の選択であることに間違いはない。
久遠のギフトが通じない以上、人狼の相手をできるのは私と耀だけだ。
耀の嗅覚(はな)と視覚(め)と聴覚(みみ)がガルドを探すうえで重宝されることはこれまでの過程で既に証明されている。
ここまで来られたのも耀が居たからだ。
だから、ここは私に任せて先に行け。
「待ちなさい、山田さん!」
そう言ったところで君がそう返すのを予想していなかった私ではない。
いい。本当にいい。その儚くも気高い魂に打ち震える。
威厳に自信。そして誇り。全てを兼ね備えた君だからこそ、私は君に憧れ焦れた。
「この私に一度ギフトが通じなかった程度のことで背を見せ逃げろというの!ふざけないでちょうだい。通じないなら通じないで戦いようはあるわ。そのための知恵は昨日黒ウサギから受け取っています」
時代の新生児。超越者の赤子。三人の中でも君の輝きは他の二人とは違う。
人の上に輝く太陽の如き―――
「“これは私の戦いです。退きなさい”」
―――王者の威光。
ああ、だから、私は君にいやだと言おう。
「っっ、私が負けると思っているの」
「久遠。私は君が人狼に敗れるなどと思ってはいないよ。人狼と戦えば君はその才能をいかんなく発揮し、見事に打破してみせるだろう。しかし、それが正しいと言えるのか」
「・・・どういう意味よ」
「どんな理由かはわからないけれど、人狼に君のギフトは通じない。しかし、ガルドに通じることは証明されている」
“六本傷”のカフェテラスで、ガルドは君の才能(ギフト)に手も足も出なかった。
「私たちの中でガルドを最も確実に屈服させられるのは君だ。私や耀がガルドに負けるとは言わない。しかし、その過程で傷を負うことがないとは言い切れない」
もしもガルドが他の『ギフトゲーム』でもそうしてきたように、人質を取っているというのならその時こそ久遠のギフトが必要だ。
「けれど、久遠ならば誰一人傷つけることなく勝利できるだろう。私達はおろかガルドにさえ流血なく。君はそういう可能性だ」
不戦ゆえ不敗。
無戦ゆえ最強。
拳を握り戦うのは私のような化け物か十六夜のように飢えている者だけでいい。
戦わずに勝てるというならそれが理想でなくてなんとする。
「血など流すな。血に酔うのは化け物の性(さが)に他ならない。人の上にたてる君は誰よりも人らしくあれ」
なにより、
「見逃せるものか。君のような輝きが傷を負うかもしれない状況を」
だから、
「ここは私に任せて先に行け。なに、すぐに追いつくさ」
ここまで言ってわからない君ではないだろう。
私はそう言って振り返える。
ああ、そうだ。私は君のそういう表情が見たかった。
「流石に、そこまで言われては、私の負けね。いいわ。ここはお願いね、“真央”さん。けれど、この借りは必ず返すから覚えて置きなさい」
「もちろん。貸し逃げなどしないさ。私も君の輝きをまだまだ見てみたい」
久遠は何故だか顔を少し赤らめながら言う。
「言ってなさい。言っておくけれど、女顔でそんなこと言ったって格好良くないわよ」
なぜ、ここで顔の話が出るのかが私にはわからない。
「それじゃ行きましょうか。ジン君。春日部さん」
「はい。山田さん、無理はしないでくださいね。時間さえ稼いでくれればその間に僕らがガルドを倒します」
「真央、気を付けてね」
無理はしないし、気も付けよう。ここは任された。
君たちの言葉を裏切る私ではない。