再び異世界から問題児がくるそうですよ?   作:白白明け

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読者の方の暇つぶしになれば幸いです。


昔話をするそうですよ?

 

「・・・」(ジー)

 

「・・・」

 

「・・・」(ゴシゴシ)

 

「・・・」

 

「・・・」(ジー)

 

「・・・久しぶり」

 

「・・・」(ダラダラ)

 

かつてない量の汗を出しながら、白夜叉は百面相となる。

その様子の変化に付き合いの長い割烹着の店員や黒ウサギはおろか十六夜たちもまた、気づき始める。

 

「お、おんし。帰ってきておったのか?」

 

言葉にならない表情の白夜叉に対して私はどうすればいいのかわからなくなる。

私もまた、混乱している。

 

「今日、ようやく」

 

しかし、やっとのことで言葉を捻り出すと白夜叉は

 

「ふ、ふはは、ふははははは!」

 

と、私のよく知る尊大な笑い声をあげながら仁王立ちをした。

 

「おんしが『ギフトゲーム』に敗れ箱庭を去ったと聞いた時にはもしやとも思ったが、やはり舞い戻ってきおったな我がライバルよ!さあ、ここであったが百年目!江戸の仇を長崎でうつ!私とおんしの六六六年に渡る戦いに今こそ終止符を――」

 

「もういい」

 

「―――を、をの」

 

「もう、いいよ」

 

思わず漏れた本音を私は繰り返した。

私と目が合ったときに見せた慌てふためきようとその後の痛々しい取り繕いを見てしまえば分ってしまう。

演じることにおいては右に出るものはいない私は以前から白夜叉の違和感に気づいてはいたが、そうか。

やはり、そうだったのか。

 

「いや、おんしは何か勘違いしておる。私はただ、いやだから、ええいそうではなく、ちがうのだ」

 

白夜叉は今まで私に対して欠片も本心で接してくれてはいなかった。

それに文句をいう私ではない。

もともと私と白夜叉は敵同士。

それに私は無より出でて影として生まれる“自分”というものを欠片も持たない化け物だ。

私がただ強敵と書いて友と呼ぶとか、勝手に思い上がっていただけだった。

 

「その、あのの、えっと・・・・」

 

さぞ、白夜叉には迷惑をかけたことだろう。

 

「も、もう、よいのか?」

 

白夜叉がそう言うと割烹着の店員は何故だか頭を抱えて大きなため息をついた。

 

「そうではないでしょうオーナー。・・・・・いえ、いま言っても仕方がありません。ここではなんです。中へ招かれてはどうですか」

 

「お、おおう。そうじゃな。さ、さあ黒ウサギ、話があるなら中で聞こう。あいにく店は閉めてしまったのでな。私のし、私室で勘弁してくれ」

 

たどたどしくそう言う白夜叉に伴われ、私たちは暖簾をくぐる。

みんなが私に対して何かを聞きたそうにしていたが、今の私に答える気力はない。

私は黙ったまま、白夜叉の私室へと入っていった。

 

 

―――――✠―――――

 

 

白夜叉の私室。

かつて私が白夜叉と共に炬燵を囲み蜜柑を食べ、神経衰弱に興じたその場所は今、お通夜のような空気になっていた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

原因はもちろん私と白夜叉にある。

互いに気まずい。

互いに言いたいことがあるのだが言い出せない。

そんな空気を変えたのは十六夜たちの一言だった。

 

「とりあえず俺たちの要件を済ましても構わねぇか?」

 

「そうね。私達が踏み込んでいい問題でもないようだし、後にしてもらえるかしら」

 

「・・・私は早くお風呂に入りたい」

 

「ああ、そうだな。すまない」

 

私としても黒ウサギや十六夜たちに迷惑をかけるのは本意ではない。

 

「白夜叉。黒ウサギの依頼を聞いてやってはくれないか。・・・それが終わった後で、少し話そう」

 

「う、うむ。おんしがそう言うならそれでいい」

 

切り替えよう。私は自分にそう言い聞かせた。

私情を仕事に持ち込む私ではない。

いつまでもウジウジと引き摺っている私でもない。

“ノーネーム”の力になると誓った私は魔王であったころのように自由気ままではいられない。

私は完全に切り替えた。

それはまた、白夜叉も同じ。

 

「それでは自己紹介をしておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉様だ。黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティ崩壊後もちょくちょく手を貸してやっている器の大きい美少女と認識しておいてくれ」

 

箱庭世界の階層の成り立ち。数字が若ければ若いほど強者が住まう人外魔境。

十六夜が打破し、水樹の苗を手に入れた蛇神は白夜叉の配下だった。

東側四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない最強の主催者(ホスト)に時代の新生児たちは挑み、戦わずして敗北した。

白夜叉からの挑戦。力、知恵、勇気を試す『ギフトゲーム』。

春日部耀という可能性は獣の王にして猛禽の王、グリフィンと戦いみごと勝利した。

その時に垣間見た、他の生物のチカラを手に入れるという耀のギフト。

手に入れたチップは“ラプラスの紙片”。ギフトカード。

 

その多くを私は語らない。私が語るべきことは他にあるからだ。

 

既に十六夜たちは此処に居ない。

黒ウサギの案内で“ノーネーム”の本拠へと戻っている。

割烹着の店員もまた、お茶出しを行うと音もなく部屋から消えていった。

部屋には私と白夜叉ふたりきり。

 

先に話を切り出したのは白夜叉。

 

「おほんっ。そのだ、もう一度言っておこうか。久しいな。三年ぶりか?」

 

「3年、ああ、箱庭の時間でいうならそれぐらいらしい。私の感覚として18年ぶりだよ」

 

「そうか、十八年。どちらにせよ我らにとっては水面に浮かぶ泡のようなものだ。だが、よく戻ったと言っておこう。我が強敵(とも)よ」

 

フハハと尊大な笑みではないが、今浮かべる白夜叉の笑顔もまた私にとって見知ったもの。

それを見て自然とこぼれる安堵を止めることはしなかった。

 

「強敵(とも)か、君はまだ私をそう呼んでくれるのか?」

 

黒ウサギに対する態度。十六夜との掛け合いを見て気が付かない私ではない。

白夜叉は私と接する時、自分を偽っていた。

 

「無理は、しなくていい」

 

言ってから、何を愚かなことを言っているのかと思う。

偽りに満ちた私がなにを言う。

 

私の頬に痛みが走る。膝の上に扇子が落ちた。

 

「戯けが。無理などしてはおらん。私が嫌なことを嫌々するような性格だと思っておるのか?おんしにああいう姿を見せなかったのには、理由がある」

 

理由。

理由があるならぜひ聞きたいと詰め寄った私は白夜叉に女のことをあまり詮索するなと叱咤された。

その上、おんしは本当に女心が分からぬやつだと呆れられた。

なにを馬鹿な。人の機微に疎い私ではない。

だてに二重に歩く影、ドッペルゲンガーとして生きてきてはいない。

女であったことすらあるのに。

 

「それが悪い方向に向いているのだろうよ。まったく、おんしがそのザマでは私はともかく彼奴らが報われまい」

 

白夜叉の言いたいことを、残念ながら理解できる私ではなかったが“彼奴ら”というその言葉に反応しないわけにはいかなかった。

彼奴らとは彼らのことか。

かつて苦楽を共にした、私の友。

 

「その様子ではまだその辺の情報を手に入れてはいないようだ。良いだろう、昔馴染みのよしみだ。料金は要らん。持って行け」

 

そういって白夜叉が腕を振ると、どこからともなく一冊の雑誌が現れる。

その雑誌は空中をただよい私の手へと収まった。

 

これは、と漏れる感激と懐かしさで高まる胸の鼓動を止めることも忘れ私は表紙を撫でた。

そこには『魔王通信』の文字。

そうか、彼はいまだこの地に居て、こんなことをまだ続けているのか。

 

「おんしも相当に変な奴だが、彼奴の奇行はそれを大きくこえておるな。なぜ魔女喰らいのお菓子と恐れられる大悪魔がこんなことをいつまでも続けている」

 

「彼は随分とシスコンだからね。たしか、始めた理由は妹が喜ぶからといっていたよ」

 

続ける理由もまた同じ。

その純粋なまでの肉親への愛に可能性を感じ私は彼をコミュニティへと引き入れた。

 

「笑いごとではない。彼奴は実力調査と称して新米魔王に襲い掛かるのだ。そしてその大半は“調査”に耐えられず命を落とす」

 

「階層支配者(フロアマスター)としては秩序が守られていいだろう。警備が楽になる」

 

「階層支配者(フロアマスター)としての私のメンツがたたんと言っておる。それだけじゃないぞ、おんしの抱えていた問題児たちの起こした問題は。彼奴ら、おんしが消えて以来、鎖が外れた獣のように――」

 

「暴れ始めたのか?」

 

「―――だったらよかったのだが、“サウザンドアイズ”としても本格的に討伐に乗り出せる。しかし彼奴らはおんしに似て、いや以上に変わっているから始末が悪い」

 

「そうか。私の友が随分と迷惑をかけているのか」

 

彼らの扱いは当時の私も相当に手を焼いたものだ。

白夜叉の抱える心労を理解できない私ではない。

すまないと、頭を下げる私に白夜叉はまったくだと言いながらも笑った。

 

「だが、まあ、愉快な連中でもある。気疲れと娯楽の提供でトントンといったところだ。私の管轄外で好き勝手やる分にはかまわんよ」

 

確かにと頷くことに否はない。

私のかつての仲間たち。

彼らは敵に回すには恐ろしく、味方にすればはた迷惑で、見ている分には楽しい連中だった。

私は見ているだけでは満足できずに身内に引き入れたが、後悔はない。

あるものか。

彼らと過ごす毎日は面白おかしいものだった。

その毎日の情景は今も私のこの胸にある。

 

「それで私の問題児たちは他にどんな問題を?」

 

「やはり興味津々か。そうだな、おんしは“サウザンドアイズ”の傘下組織コミュニティ“ペルセウス”を知っておるだろう?」

 

“ペルセウス”。

前の世界の教科書にも登場したギリシャ神話の騎士の名を継ぐコミュニティ。

遥かな昔、天命をまっとうした騎士は夜空へと登り星となった後、その功績を称えられ箱庭へと招かれた。

“ペルセウス”の名は彼らがその末裔であることを示しているという。

五桁の外門に本拠を構える箱庭でもそれなりに名の通ったコミュニティ。

 

「その“ペルセウス”のリーダーが最近世代交代した。継いだルイウスという男は絵に描いたような俗物で。特に女に目がなく、泣かされた女の数は涙で運河が出来るほどだ」

 

同じ旗を掲げる白夜叉にそこまで貶められるとは、先代“ペルセウス”のリーダーもさぞ無念だったろう。

世代交代の失敗。

ルイウスという男の可能性は聞く限り、極小か。

そして、話の流れが読めた。

そうか、彼女もまた、まだこの地に居るのか。

 

「そう、その話を聞いたおんしの仲間、愛情深き海の乙女は単身“ペルセウス”の本拠に乗り込みルイウスに手袋を投げつけた。そして――」

 

「八つ裂きにしたのか?」

 

「――いや。ルイウスの奴を改心させおった」

 

「いいことじゃないか」

 

「馬鹿を言え。前のルイウスを知る者から見れば身の毛がよだつわ。ルイウスに朝焼けの如く爽やかな笑顔でアフタヌーンティーに誘われた時、私は初めて彼奴に恐怖を抱いた」

 

両腕で自分を抱きしめながら鳥肌を立てる白夜叉をみればその恐怖が本物だったことは明白。

それほどまでの激変か。しかし、それも仕方がないことだろう。

 

「もとが不実な恋人にも身を捧げた乙女、それくらいのことは平気の沙汰でやってのけるさ。彼女ほど貞操観念が強固で男女間系にうるさい女を私は知らない」

 

「当たり前だ。彼奴のような女がごろごろいてみろ、男は今頃滅んでいる」

 

違いないと、私は苦笑した。

 

「しかし、そうか。話が聞けて良かった。私が敗れた後も彼らは元気にやっていたのだな」

 

私は――――との戦いに敗れ、満足の内に消えていけた。

しかし、彼らがどうであったかを知るすべは残念ながら私にはない。

友を疑う私ではなかったが、彼らは皆どこか危うい部分を抱えてもいた。

しかし、元気でやっていたというのなら、喜ばしい。

 

「まあ、彼奴らは全員いつかおんしが帰ってくると信じていた。おそらくバカンス感覚で馬鹿をやっていたのだろう。私も存分に笑わせてもらった」

 

カラカラと楽しそうな声色で笑う白夜叉。

その姿を見て嬉しくならない私ではない。

友と共に、友のことを語らい、共に笑うことが出来る。

ああ、やはり箱庭は素晴らしい。

胸ににじみ出るこの幸福を私はここに来るまで知らなかった。

 

「まあ、そういう感じで彼奴らは全員元気に馬鹿をやっておる。それで、おんしはどうするつもりだ?」

 

どうするとは?

 

「はぐらかすな。“ノーネーム”に残るか、それとも前のコミュニティへと戻るのか。どちらなのだ?」

 

ああ、その答えは昼ごろに決めている。

私は私の創ったコミュニティを愛している。その言葉に嘘はない。

しかし、彼らのこと、――――。

新生“ノーネーム”のこともまた、愛している。

両者への愛に偽りはない。

だからこそ、私は後者を選ぶ。

手に入れていたモノよりも手に入れたいモノに手を伸ばす。

私は強欲。

故の魔王。

それに、

 

「ジン=ラッセル。“ノーネーム”の現在のリーダー。私は彼に恋い焦がれた。身を捧げてもいいと思えるほどに」

 

私の言葉に瞳を見開き驚いた白夜叉は、何故か「いや確か男だったかならいいや」と呟いていた。

どういう意味だろうか?

 

「おんしが惚れっぽいのは知っていたが、それほどか?ジンの可能性とやらは」

 

ジンの可能性。いや、そうじゃない。

そうじゃない、白夜叉。

 

「可能性。その輝きから言えば、十六夜、耀、久遠の3人に遠く及ばない。ジンはいくら足掻いたところで、彼らほどには輝けない」

 

十六夜たちが無謬の恒星だとするならばジンは夢に浮かべる星でしかない。

いくら輝こうとしたところで、朝と共に消えるしかない。

小さな輝きに過ぎない。

 

だから、そういうことじゃない。

 

「君の言うとおり私は可能性というものを愛している。誰よりも可能性に満ちた私だからこそ、愛せずにはいられない。だが、所詮可能性など私にはどうにでもなるものであることも事実」

 

比喩でなく、私に手に入れられないものはない。

闇から出でて影として生まれる。

何も持たない私はだからこそ何にでも成れてしまう。

私の可能性は無限大。

どうにもならないものを探す方が難しい。

 

そう思っていた。

 

そんな私が見つけてしまった。

どうあがいても手に入らないものを。

 

彼ら、――――が纏ったあの輝き。

ジンが零した涙の光。

 

見つけてしまえば、手を伸ばさずにはいられない。恋い焦がれてしまう。

無理だと諦めるほど話のわかる私ではない。

届かぬからこそ、美しい。

その輝きに私は目を焼かれた。

 

「なるほど、“届かぬ栄光になぜ手を伸ばすのか”この皮肉は私達魔王の代名詞だったのだが、おんしはもうそちら側ではないということか」

 

「そうなる。よくやくわかったよ。君が何故魔王の肩書を捨ててまで誰かの下についたのかが」

 

フハハと、白夜叉は笑った。

それは私が一番見てきた彼女の笑み。

それを見て悟らない私ではない。

黒ウサギを楽しそうに苛める姿が白夜叉の本当の姿なら、尊大な態度で私と壮大な戦いを繰り広げてきた彼女もまた真実。

私は白夜叉に偽られてなどいなかった。

ただ私が彼女の一面しか見ていなかったに過ぎなかった。

 

「そうか。ならば私はもうおんしを前の名前で呼ぶわけにはいかんな。いまは、山田真央と名乗っているのだったか?」

 

「ああ、山田真央。それが今の私の現身の名」

 

「フハハ、いいだろう。私は新たな一歩を踏み出した友に激励を送ろう!」

 

ぱんっ、と拍手が鳴る。

瞬間、視界が意味をなくし様々な情景が脳裏を駆け巡る。

黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。白い雪景色と凍る湖畔。

そして、水平に太陽が回る世界が現れた。

 

「元白き夜の魔王、白夜叉が誇りと魂を賭けて元背後から刺す魔王、山田真央に誓おう。この世界は決して、おんしを飽きさせることがないと」

 

その時、白夜叉が浮かべていた表情を私は生涯忘れることはないだろう。

 




世界設定が難しくなるので、あまりオリキャラを増やしたくはないのですが、元魔王の仲間というのも熱い展開があるものですので、登場させていただきました。
彼らがいったい何者なのか、わかる方はいるでしょうか?
まあ、わかってしまってはネタバレになり困ってしまうのですが(^^)

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