かつて“主催者権限”を持つ魔王として怖れられていた私は、はじめ久遠の言いたいことが分からなかった。
しかし話が進むにつれ、その全容が見えてくる。
「ジン君。土地や財産ならともかく、コミュニティそのものをチップに行う『ギフトゲーム』というものはそうそうあることなの?」
「やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続をかけたレアケースです」
私は失念していた。
かつて、土地や人材。コミュニティ。時には惑星の主権すらかけた『ギフトゲーム』が行えたのは、私が“主催者権限”を持つ魔王であったからだ。
通常、失うものの大きいギフトゲームは対戦相手の合意が得られないことが多い。
「そうよね。だからこそ、コミュニティ同士の戦いに強制権を持つ者は魔王として恐れられているはず。その特権を持たない貴方の“フォレス・ガロ”がコミュニティを賭けあうような大勝負を続けられたのはなぜか、“教えてくださる?”」
久遠の質問に対する答えを考え付かない私ではない。
しかし、それはあまりにも不実にして不義。
魔王であった私が言うのもおかしいが、正道から大きく外れている。
すくなくとも昔は森の守護者であったものが取る手段ではない。
「あ、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫した。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざる得ない状況に圧迫していった」
私はガルドに対しての落胆を隠すことはしなかった。
幾千の影となり幾星霜の時間を生きた私には分かる。
ガルド=ガスパー。
彼の本質はその背に乙女を乗せ駆ける森の守護者にして獣の王と並び立つもの。
なぜそこまで可能性を曇らせた。なぜ悪魔などに魂を売った。
私が森で暮すものの影であった時代。
牙と爪だけを信じ生きる彼らに敬意を抱くことに否などなかったというのに。
「さ、さらに、私に逆らうことのないよう各コミュニティからは数人ずつ子供を人質にとり、脅迫している」
いまはもはや、漏らすべき言葉もない。
「そう。まさしく外道ね。それで、その子供たちは何処に幽閉されているの?」
「もう殺した」
空気が凍る。
時間という概念からほぼ逸脱している私の体感時間すら、停止した。
ジン、耀、久遠、傍に居た猫耳の員、耀の抱える猫、私を含めたその場の全員の顔から一瞬、表情が抜け落ちる。
ガルド、君は一体、どこまで間違えてしまったというのか。
「初めて人質を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきた人質はその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末した人質の遺体は証拠が残らないよう腹心の部下と食」
「“”黙れ“”」
久遠の言葉は、私がある王国の影であった時代に聞いた王の一喝と比べても相違ない。
「素晴らしいわ。いっそ清々しいくらいよ」
溶岩のように熱い感情が込められながら、しかし口調は氷河のような冷ややかさ。
これが久遠飛鳥という可能性の片鱗。その輝き。
私は私を罵倒する。
さきほどまでガルドへの暗い感情で満たされていた心が、今は久遠への羨望によって支配されている。
これが、私がブロッケン山の怪物たる由縁(ゆえん)。二重に出歩くものの性(さが)。
無より出でるものは輝きに憧れ影となる。
ああ、私はまさしく怪物だ。私は魔王。そう呼ばれることに否などない。
なにしろ、私は、今、この状況を、
「・・・」
こみ上げてきた感情を抑えてくれたのは耀だった。
本人にそんなつもりはなかっただろう。
だが、ワイシャツの袖を掴まれて私は踏みとどまることが出来た。
そうだ。私はなにをしている。私は先ほど、誓ったはずだ。
ジンが求めるのならその力になると。
そのためにこれはいけない。
自分が怪物であることを否定する私ではない。
だが、節度ある怪物であれ。
そうして私は冷静を取り戻す。
会話の音が透明(クリア)に聞こえた。
「ここまで絵に描いたような外道にはそうそう出会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界といったところかしら」
久遠の言うとおりだろう。しかし、そんなものも箱庭の法では縛れない。
裁かれる前に箱庭の外へと逃げられてしまえばそれまでだ。
ジンからそれを聞いた久遠は苛立たしげに指をパチンとならす。
それが合図だったのだろう。体の拘束を解かれたガルドは憤怒の形相でテーブルを破壊する。
「こ・・・小娘ガァァァ」
もはやその姿に紳士を語っていた面影も、森の守護者であった頃の面影もない。
そこに居たのは悪魔に魂を売った獣の成れの果て、ワータイガーと呼ばれる混在種だった。
「テメェ、俺の上に誰がいるかわかってんだろうなァ!?箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!!俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ!その意味が―――」
「“黙り――」
「黙れ」
「――山田さん。あなた」
ガルドを止めたのは久遠の言葉ではなく、私だった。
「もういい、黙ってくれ。もう見ていられない。牙と爪を頼りに生きていた君が悪魔と契約を結び、知恵と策謀を手に生きるようになったというのは悲しいが、それに文句をいう私ではない。だが、あろうことか魔王の衣を借りるとは」
魔王であった私が言おう。それだけはしてはならないことだと。
「君は女神の騎虎であったという誇りすら捨てる気か」
そうだというのなら今の君に憐れみを向けることに否などない。
「グ、グ、やめろ、やめろォオ。俺をその目で見るんじゃねえェェ!!」
ガルドの丸太のように太い剛腕が振り上げられる。
その雄叫びは私が対応するまでもなく、耀によって阻まれる。
耀はガルドの腕を掴むとさらに振り回すようにして巨躯を回転させ押さえつける。
このチカラもまた、耀の可能性の片鱗か。
「喧嘩はダメ」
「ギッ・・・」
その様子を見ていた久遠は髪をかき上げながら言った。
「さて、ガルドさん。これが答えです。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっと山田さんやジン君も同じでしょう」
私とジンは同時に頷く。
「だから、貴方にはもう破滅以外のどんな道も残されていないのよ。私達がこのことを各コミュニティに知らせれば貴方の“フォレス・ガロ”は終わり」
「ぐぅぅ」
耀に組み伏せられたガルドは身動きもとれずに呻いている。
それを見て少し機嫌を取り戻したのか、足先でガルドの顎を持ち上げると久遠は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
その笑顔をみて私は思った。
そうか、彼女にはこんな表情が似合うのかと。
「だけどね、私があなたのコミュニティが瓦解する程度では満足できないの。貴方のような外道はボロ雑巾のようになって後悔しながら罰せられるべきよ。みんなもそう思うでしょう」
ジンが力強く頷き、耀もまた頷いた。何時の間にか三毛猫を抱きかかえていた猫耳の店員も頭を上下に激しく動かしている。
そして、私もまた
「ガルドはもはや戻れない。介錯をつとめることが私にできる唯一のこと」
頷いた。
「決定ね。私達“ノーネーム”は“フォレス・ガロ“に『ギフトゲーム』を挑むわ。貴方の存命と私たちの誇りと魂を賭けてね」
二度目の箱庭の世界で、初めてとなる私の『ギフトゲーム』が始まる。