再び異世界から問題児がくるそうですよ?   作:白白明け

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小話をするそうですよ?

 

 

―――――✠―――――

 

 

―――楽しいことをしよう。

最愛の妹が台所で南瓜のパウンドケーキを楽しそうに焼くのを見ながら、かつてある魔王に“ゼル”と呼ばれた悪魔はそう思った。焼く前の生地を型に入れくるくると回る最愛の妹に更なる娯楽を与えることに理由を求めず、それこそが自分の存在意義なのだと豪語するゼルに取ってそれはとても当たり前の発想だった。

妹を悲しませてはいけない。妹を楽しませなければならない。三年前までとは違い常に妹に笑顔を与えてくれていた最高の友がいない以上、それが自分の命を賭けるに値する使命なのだと自分に向けられる至高の笑顔を見て確信するのはゼルの人生にとって実に10668回目のことだった。

さしあたってはなにをしようか。そう思い悩む彼の手に台所に置いたままになっていた一冊の雑誌が触れる。

―――ああ、そうか。

『魔王通信』と書かれた表紙を撫でながらゼルは常に浮かべている笑みを深いものにした。

そうだ、久しぶりに新刊をだそう。きっと読書好きの最愛の妹も喜んでくれるに違いない。そう確信したゼルは型に入れた生地を煉獄の炎の中に投入しようとする妹にもう少し温度を下げた方が良いと優しく助言をして止め、これから少し出かけてくると伝えた。するとゼルが自分の傍から居なくなることに悲しみの表情を浮かべた最愛の妹だったけれどすぐに戻ると言えば、ならケーキを焼いて待っていますので早く帰ってきてくださいね、おにぃちゃんと至高の笑顔で送り出してくれた。

―――ああ、やはり私の妹は最高だ。

その笑顔を見て人生に置いて99899回目になる当たり前の事実を確認したゼルは名残惜しそうに最愛の妹の額に唇を落とし玄関へと向かう。立てかけられた愛用の杖とシルクハットを持ち、悪魔(ゼル)は扉を開けた。

 

「さて、久しぶりの取材対象は………ウフフ、まさか再び”幻想魔導書群(グリムグリモワール)”の名を掲げる魔王が現れるとは、灰被りやラッテンが聞いたら泣いて喜びそうですねぇ。いや、もしかしたら既に何名か合流しているかもしれませんねぇ。旧知の仲との邂逅。ウフフ、創作意欲が増しますねぇ」

 

SランクとはいかないまでもせめてAクラスの実力は持っていてくださいとまだ見ぬ魔王に思いを馳せながら一人の悪魔が夜の闇へと消えていく。

 

三年前、一人の魔王が笑いながら箱庭を去らなければ訪れなかった”黒死病の魔王(ブラック・パーチャー)”と呼ばれることとなる新米魔王とかつて箱庭の世界を恐怖に陥れたコミュニティ”ワルプルギス”第二位の悪魔との邂逅が果たしてどんな結末をもたらすのか、今はまだ誰もわからない。ただ一つわかることはきっとそれが、悪魔の妹が微笑むようなそんな終わりになることだけだった。

 

それはある満月の夜だった。

 

 

―――――✠―――――

 

 

―――笑えることをしなくちゃいけない。

 

黒竜の角の上で欠伸をしながら、かつてある魔王に愛玩されていた一匹の黒猫はそう直感した。誰に命じられた訳でもなかったけれど、どうしようもなく大きな使命感に突如かられた黒猫はどうして今まで自分は笑えることをしてこなかったのだとあたふたと焦燥の念にさいなまれながら手始めに自慢の爪を黒竜の角で研ぎ始める。止めてくれと懇願する黒竜の泣き言を普段の黒猫なら返事もしないで無視するが今の慌てふためく黒猫はなら、お前が笑えることをしてみろと黒竜に無茶振りをする。無茶振りをされた黒竜は配下の部下たちにお前たちがこの猫を笑わせなさいと無茶振りをしかえす。困惑しながらも長の命令に従い鋼の鱗に包まれた全身を使って芸をする部下の竜たちだが黒猫の髭はピクリともしなかった。

―――やっぱり自分で何とかしないとダメか。

とても笑えない竜たちの曲芸にため息を漏らした黒猫はもう此処に居ても仕方がないと黒竜の角から飛び降りそのまま竜の谷を風のように走り去り何か笑えるものは無いかと樹海の雲の上を闊歩した。そして、なんだかよくわからないけど関わったら笑えそうな一匹のワータイガーを見つけた。元は質の良い生地を使っていたのだろうタキシードは泥と汗にまみれ威厳を失い、全てが終ったかのような表情で箱庭の外の樹海をあるくワータイガーの前にある魔王から『世界の終り』とまで称された猫が降り立った。

 

「やあやあ、虎さん。どうしたんだい?こんなところで?もし暇ならこの美少女黒猫と何か笑えることをして遊ばないかい?」

 

数か月前まで七桁の外門でそれなりに名の通ったコミュニティのリーダーとして君臨していた悪魔の虎とかつて四桁の外門に本拠を置き上下問わずあらゆる外層で暴れまわっていた”ワルプルギス”最強の猫はこうして出会った。

猫の気まぐれが起こした二匹の出会いがどんな影響を箱庭の世界に与えるのか、今はまだ誰もわからない。

 

それはある満月の夜だった。

 

 

―――――✠―――――

 

 

―――楽しくないし笑えない。

 

人間の世界のある国の首都、東京と呼ばれる場所でも取り分け煌びやかな街の一角を歩きながら学生服を着た一人の少女がそう苦々しげに呟いた。取り出した携帯電話に今日も待ち望んでいるメールは来ない。ふざけんじゃないわよと、少女は携帯電話の待ち受け画面に表示されている中性的な青年を睨みつける。数か月前の12月25日(クリスマス)の夜に半ば無理矢理に幼馴染を連れ出しイルミネーションの前で取ったその写真が今はもう少女と青年の繋がりを証明するたった一つのモノだった。少女の足が止まる。足早に彼女が向かっていた所は病的なまでの白色で塗り固められた箱型の建物。看板に書かれた文字を見て思わず零れそうになる涙を必死で押しとどめながら、扉を開ける。待っていましたよといつも通りの柔和な笑顔で自分を迎え入れる白衣の存在が少女にとってなにより屈辱的だった。

自分はどこもおかしくなんてない。そう何度訴えかけた所で両親は少女に此処に行くよう再三促してくる。

―――あいつは確かに居たのに。

その証明は手に持った携帯電話に有るというのに、それをみせた所で誰もが眉を潜めて可哀想なものを見る目で少女を見た。そしてこう言った。“その写真にはあなた以外誰も写っていない”と。そして、それだけでなく、信じられないことに彼女以外、誰も幼馴染のことを覚えていなかった。多忙な彼の親の代わりに幼いころから自分と彼をよく遊びにつれて行ってくれた両親も小学生の頃からよく彼をサッカーに誘っていた同級生も、誰も彼も幼馴染を覚えていない。

彼女の幼馴染は両親が飛行機事故で死んだその日に、新たな一歩を踏み出すはずだった高校の卒業式があった日に、影も残さず消えた。まるで始めから存在しなかったかのように。

 

「真央の奴、昔から変な奴だったけど、これじゃまるでお化けじゃない………ううん、お化けだっていい。絶対見つけてやるんだから、そしてぶん殴ってやるから、待ってなさい」

 

信じていた幼馴染からの連絡は無い。ならもう待つことは止めたと少女は医師の制止を振り切り診察室を飛び出し診療所の扉を蹴飛ばし外に出た。そして、気が付いた時には遅かった。勢いに任せるあまりガードレールを飛び越し道路で出てしまった後だったから。人々の悲鳴と迫りくる風圧と目の前にトラックのタイヤを最後の風景として少女の人間の世界での生涯は終わった。

 

それはある満月の夜だった。

 

 

―――――✠―――――

 

 

それはある満月の夜だった。

 

五桁の外門に本拠を構えるコミュニティ“ペルセウス”のマスターである亜麻色の髪をした青年、ルイオスは夜空に上る満月をみてもうそんなに時間が経っていたのかと驚いていた。彼が朝から格闘していた執務台に置かれた書類の束はまだ半分も減ってはいない。

 

「まあ、それも仕方がないか。なにせ六桁への本拠の移動、“サウザンドアイズ”からの脱退、それに合わせた調度品の売却、やるべきことが山積みだ。みんなにも苦労を掛けるね」

 

ごめんねと両手を合わせるルイオスに傍らに控えた側近の男は首を振る。

 

「いえ、これも我等“ペルセウス”の新たなる門出と思えば心躍りはしても疲れなど感じません。これは我等の総意です。ルイオス様」

 

「ありがとう。そう言ってくれるのなら、安心だ。これからもみんなには“ペルセウス”の為に働いてもらわなくちゃならない。よろしく頼むよ」

 

「御意に」

 

深く臣下の礼を取る男に再度労いの言葉をかけた後、ルイオスはバルコニーに出て本拠の中庭へと目を向けた。そこでは鎧を着た兵士たちに混じり何人もの女性が軽い荷物の運搬など自分たちに出来る限りの仕事をしていた。

 

「良い女達ですな。“ペルセウス”が階層を落とすと聞きながら、泣き言ひとつ言わずに率先して手伝いを申し出てきました」

 

「ふふ、皆、僕の自慢の妻だよ」

 

自分に気が付き手を振ってくる女性達に手を振りかえしながら、ルイオスは反対の手を強く握りしめる。

 

「かつて犯した過ちは決して消えない。だから僕はせめて最大限の償いをしなきゃいけない。階層を落とす今の僕じゃ大変だけど、彼女たちを精一杯幸せにしてあげなくちゃね」

 

「モテる男は辛いですな、ルイオス様」

 

「なに、彼女達や君達に負担をかけるのは一時のこと。すぐに五桁(ここ)に戻ってくる。必ずだ」

 

そして、さらに上を目指さんとルイオスは夜空の輝きに手を伸ばした。

 

「僕はルイオス=ペルセウスなのだから」

 

彼が守りきったその日の“ペルセウス座”は満月に負けないと言わんばかりに輝いた。

 

 

―――――✠―――――

 

 

それはある満月の夜だった。

 

“ペルセウス”とのギフトゲームが終わり落ち着きを取り戻しつつある“ノーネーム”の本拠を離れ、その日の私は蒼い生地に向かい合う二人の女神が記された旗を掲げる“サウザンドアイズ”の支店。つまりは愛すべき私の強敵(とも)、白夜叉の元を訪れていた。

規定通りの時刻に看板を下ろしていた割烹着の女性店員に頭を下げてたどり着いた白夜叉の私室で私はお茶を啜る。そんな私を白夜叉は何故だか嬉しそうに見つめながら扇子を開く。

 

「ふはは」

 

「なぜ、笑っている?白夜叉」

 

「いやいや、私は別に喜んでなんておらんぞ?別におんしは結局、私の元に帰ってくるのかなどと優越感になど浸っておらんからな?ふはは」

 

言われるまでもなく、“ペルセウス”とのいざこざが終わり直ぐに会いに来た程度で白夜叉が喜ぶなどと自惚れる私ではなかったが、ならば何故、白夜叉は喜んでいるのだろうか、首を傾げる。そして結局理由を話してくれないことに一抹の寂しさを感じながらも話を続ける。

 

「まあ、良い。理由が何であれ君が喜んでいるのなら何よりだ。私は君の笑顔が好きだ。見られるのなら、私も嬉しいよ。白夜叉」

 

「………」

 

「ん?どうかした?」

 

「………いや、なんでもない。おい、こっちを見るな」

 

折角、彼女の笑顔をみて楽しんでいたというのに白夜叉は急に赤くなったかと思うと扇子でその顔を隠してしまった。残念だ。

 

「………それで、おんしは何の用で私に会いに来たのだ。さっさと要件を言え」

 

「否ことを言う。私と君の仲だろう。用が無ければ会いに来ないほど薄情な私ではない」

 

「ふん。何時もの軽口はもうよい。さっさと要件を言え!」

 

さっきまでとは打って変わり、怒ったようにそう言う白夜叉に私は困り顔を浮かべる他に無かった。

 

「いや、だから、用は別にない」

 

「………は?」

 

「“ペルセウス”とのゲームが終わったばかりだというのに、またしても君に頼みごとを持ってくる私ではない。それとも、やはり用もなく尋ねるのは迷惑だったか?」

 

もし迷惑だと、そう言われてしまったらどうしようかと内心滲む焦りを隠しながら私は白夜叉の様子を窺う。白夜叉はポカンと口を開けた後、扇子を落とすほどの焦りを見せた。

 

「つ、つまり、おんしは、本当に私に何の用もなく、会いたくなったから会いに来たと?」

 

「そうだ。迷惑、だったか?」

 

「いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 

ブンブンと千切れてしまうのではないかと心配になるほど左右に首を振った後、白夜叉はピタリと制止をしてこれまで見たことのないほど顔を紅潮させながら笑った。

 

「フハハ!良い夜だ!良い夜だなあ!おい!誰か酒を持て!今宵の空に浮かぶあの見事な満月を肴に今日は飲むぞ!真央!今日は寝かせんからな!この身の高揚の責任は取れよ!」

 

白夜叉が言うと同時に現れた女性店員から一升瓶とお猪口二つを受け取って私も笑った。

 

「勿論、付き合おう」

 

白夜叉にお猪口を渡し、神酒を並々と注ぐ。そんなに今宵の満月が気に入ったのか、白夜叉の浮かべる満面の笑みは実に酒の注ぎ甲斐のあるものだった。

そうだ、白夜叉は今宵の満月を肴に酒を飲むと言う。なら、私はそんな彼女が浮かべる楽しそうな笑顔を肴に酒を飲もう。そう思った。

 

「なあ、白夜叉」

 

「なんじゃ?」

 

「箱庭の世界に帰ってきて、本当によかったと私は思う」

 

「ああ、私も嬉しかったぞ」

 

白夜叉の小さな身体が私に凭(もた)れ掛かる。満月の光で照らされた私達の影は重なった。

 

 

 

 

 

 

ところでなぜ襖の隙間から此方を覗く女性店員は親指を立てているのだろう。謎だっ

た。

 

 

 


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