再び異世界から問題児がくるそうですよ?   作:白白明け

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浮気しそうになるそうですよ?

―――美しい。

 

彼女に刻みつけた消えることのない影を通じてそんな声が聞こえた気がした。思わず漏れる感嘆を抑えることなく私は夜空を見つめて安堵した。

 

「ああ、このゲームが始まる前にローラに会っておいて良かった。ローラの影に私の影を紛れ込ませておいて、本当に良かった。ジン、君はまた私を魅せてくれた」

 

―――貴女はとてもひどい女(ひと)です。

 

「何という言葉だ。愛情深き海の乙女。鋼鉄の処女(アイアンメイデン)を前になんてことを言ってのけてくれたのか。打ち震えるこの身体の責任を君は取ってくれるのか」

 

ルイオス=ペルセウス。ローラに変えられた英雄の青年。先のゲームにおいて彼が放った輝きを否定する私ではない。軽んじる私でもない。

しかし、しかし、それでも私はこう言おう。

 

「英雄を持ってしてもジン=ラッセルに勝ることは出来なかった。これほどの高揚、他に感じさせてくれる者など居るものか。故に―――」

 

私は前をみる。ジンがそうしたように彼に習ってこれから私もただただ現実(まえ)を見よう。ジンは見事に役目を果たしてくれた。十六夜に耀、飛鳥もまた今この時戦火に身を投じている。ならば私もやらねばなるまい。

 

「私は負けるわけにはいかないのだよ。アルゴールの魔王」

 

白亜の宮殿。その北門を守護する番人は私の予想通り、十六夜の読み通りペルセウス座が掲げし凶星の星霊。魔王アルゴール。

 

「………」

 

「………言葉を理解できていない。英雄にまで上り詰めたルイオスをもってしても、君を完全開放するには至っていないという訳か。ああ、その幸運に感謝しない私ではない。かつて女王(クイーン)にすら並び立った完全体の君を相手にして勝てるなどと驕る私でもない。私は黒猫のように強くはないのだから」

 

地面を強く踏みしめる。白亜の床は砕け散り欠片が上空高くへ舞い上がる。そして、その欠片が月明かりに照らされることによってできた無数の影が私とアルゴールの周りに散らばった。

 

「やはり、今でよかった。謀略を巡らせジンに涙を流させてまでこの舞台を整えて、“ペルセウス”の全てを奪う為のギフトゲームを今、開催して本当によかった」

 

散らばった影。それは上空高くに舞い上がった欠片たちが物理法則に床に落ちてもなお、そこに存在し続けていた。そして徐々にその体積を増し支配領域を広げていく。

 

「ルイオスは無用な凶暴性を排し命令受ける知性を与えられるほどには君を御しているようだけれど、その程度なら、今の君なら、私でも十二分に倒しえる」

 

使役され霊格を圧倒的に縮小されていなければ、もしもルイオスが英雄を越えアルゴールの完全開放に成功してしまっていたらこうはいかなかっただろう。所詮、光を浴びなければ生まれ出ることも出来ぬ影たる私では自ら偏光し輝く彼女に地力では勝ち得ない。

 

しかし、いま悪魔の星は人語を解せぬほどに弱っている。その弱点を勝機と呼ぶほどに弱気な私ではない。繋がれた犬と成ってしまった彼女に対する同情の念を持たない私でもない。だが、そうでもせねば勝てないのならば、そうすることでジンの為になるのならば私は嬉々としてそうしよう。

 

「さあ、来い。アルゴール。言葉は解らなくとも敵意はわかるだろう。言葉は解らなくとも私はわかるだろう。私は――――君の敵だ」

 

「ra…Ra………ceeeeeeyaaaaaaAAAAAAAA」

 

白亜の宮殿に共鳴するかのような甲高い女の声が響き渡った。それは最早、人間族の言語野で理解できる叫びではなく、歌声のようなその叫びはローラの歌とは趣が別だが心を揺らす。

美しい。そしてなんて力強い声だろうか。無意識に膝を屈してしまおうとすらしてしまうそれはまさに幻想楽曲。

 

「ああ、それでもなおこの胸の高鳴りには届きはしない!」

 

胸躍り血が湧き立つ。羨望。恋い焦がれてしまいかねない旋律を身体に浴びながらそれでも自己を失わないよう私は叫び腕を振る。

 

アルゴールの叫びと共に放たれた剛腕の一振りを私は右腕から出した同質量の影を持って相殺する。そして、私の右腕とアルゴールの左腕が弾き合い鬩ぎ合った隙を縫うように私は二本目の右腕を持ってアルゴールの腹部を穿つ。轟音。爆音にすら匹敵する衝撃波と共に聞こえてきたのは甲高い女の悲鳴。それに若干の罪悪感を覚えない私ではないが、だからこそ、あえて私は笑みを浮かべる。

 

「どうだ、効いただろ。それほどまでに君の一振りは痛烈だった」

 

私はアルゴールの右腕の力を写し取った左腕と左腕の力を写し取った右腕。そして、その両腕の影から生まれた第三、第四の腕を大仰に掲げながら対峙した相手を称賛する。

 

―――見事なり。影に挑みし者よ。受けた傷み、写し出されたものを見よ。お前はこれほどまでに強かった。

 

「aaarararara」

 

「そう驚くことじゃない。影たる私は無論、現身のギフトを持っている。対峙した相手の姿形はおろか能力すらも模倣するギフト」

 

―――ギフト『偽称・完全無欠の現身(パーフェクト・コピー)』

 

そして、それだけではない。ただそれだけの恩恵(ギフト)で魔王に、かつて私が愛した問題児たちを束ねるものになりえる筈がない。

 

愛情深き海の乙女。鋼鉄の処女。『亡霊』ローラ。

魔女喰らいのお菓子。妹好き。『大悪魔』ゼル。

魔女喰らいの少女。夢見る絵本。『魔法少女』テルル。

不幸を告げる黒猫。出歩く厄災。『世界の終り』黒猫。

 

この二度目の箱庭の世界で出会った少年少女達に決して劣ることなどない彼らを私は確かに愛して抱きしめた。それだけのことを出来る力があったこと、謙遜する私ではない。してはならない。それは彼らへの侮辱に繋がる。そんなことは誰より私が許さない。

 

「故にこの程度で驚くな。私の恩恵(ギフト)が他者を真似るだけのものである筈がないだろう。私には二重に出歩く者(ドッペルゲンガー)としての能力の他に古来より魔女を守る影の怪物としての力も持っている」

 

ブロッケン山の怪物。影の王。

 

「照らされ浮かぶ万象の影を支配下に置く私にとって自分の腕から生み出された影を引き摺りだし質量を持たせることなど造作もない」

 

―――その気になれば私はもう一人の私すら生み出すことが出来るのだから。

 

人語を解せない今のアルゴールには私の言葉は届かない。しかし、それでも、言葉は解らずとも敵意はわかる。言葉は解らずとも私はわかる。そして、言葉がなくとも今、私の力は伝わった。

 

アルゴールはその身を半歩下げる。それは紛れもなくルイオスがアルゴールへ命令を解するだけの知性を与えたことによる弊害で落胆する。しかし、すぐにその認識を私は改めることになる。

 

「raraa」

 

声らならぬ声。歌ではない。開戦当初に歌った幻想楽曲に当然及ぶ筈もない旋律を零しながら、それでもアルゴールは前に出た。ああ、なんだ、なんだ、その様は、矮小なる者よ。可能性を封じ込めたる者よ。アルゴールよ。私の力を理解して、足りぬ頭でなにを思った。

友を守る為に誇りを捨てて力を捨てた『人狼』ジル・ギレイは咆哮と共に私に挑んだぞ。ローラを前に敵わぬと知りながらジンはそれでも前に出たぞ。

そして君は―――

 

踏み出した一歩。決して敵わないと知りながら摂理に反し前にでた怪物がそこにはいた。

 

「なんて様だ!君はぁ」

 

「ReceeeeeeyaaaaaaAAAAAAAA!!」

 

敵意を抱き。恐れを抱いたアルゴール。それでもなお、拳を振う今の君を私は理解できない。かつて女王(クイーン)にすら並んだ悪魔の星。初代ペルセウスによって鎖に繋がれ飼い犬に身を窶(やつ)し現在ルイオスによって思考と力を制御された元魔王。

悲痛な境遇。汚され貶められた輝き。だというのに―――

 

「AaaaaaaRararrararararararaAaaaaaaaaaa!!」

 

「なんて、輝かしい。わからない。私にはわからない。君は何を思って挑むのか。使われるだけの駒なのだろう?餌をぶら下げられた走狗なのだろう?鎖に繋がれた化物なのだろう?かつての君とは比べ物にならない絞り粕なのだろう?ルイオスへの忠義など無い筈だ。私を恨むだけの知性も無い筈だ。なのに何故、君はそれほどに輝く意志を持って私に挑む。何故?何故?意地か?矜持か?それとも誇りか?いったい、その輝きはなんなんだ」

 

ただ命じられたことを実行するだけの走狗であっては決して出すことの出来ない輝きに身を包まれながら私は混乱の極みに合った。不確かな、しかし、確実にアルゴールから放たれている輝き。それに心を奪われそうになる。それは心震わす力に満ちた幻想楽曲に恋い焦がれそうになるのとは訳が違う。力ではない。私は今まさにアルゴールの在り方に魅せられようとしている。ありえない。ありえない。ありえない。繰り返すこと三度、いくら考えてもそれだけはありえない。

 

人間族という種の極致。その可能性を宿した少年少女に恋するならわかる。

誇りを捨てただ友の為だけに力を捨てた友情。熱き心を持った人狼に恋をするならわかる。

なんの力も持たない小さなもの。彼がそれでもと伸ばした手の熱さと涙の尊さに恋するならわかる。

しかし、彼女は元魔王、私と拮抗する力と可能性をもっていて当然。何も特別じゃない。今の彼女は飼い犬、そして飼い主に対する情なんて欠片も持っていないのは明白。揺蕩(たゆた)う灰色の髪。放たれる拳から感じられるのは冷徹なまでの冷たさ。

 

その力以外に焦れる部分などない。愛しい部分なんてない。惚れる要素なんてないんだ。だというのに影である筈の身体が揺らぐ。空っぽの筈の私の中身が嵐を起こす。これではまるで―――いやだ。いやだ。私は無意識に首を振る。確かに私は惚れっぽい奴だ。散々ばらに白夜叉に言われてきた。

 

「それでも私は、そんな尻軽ではなかった筈だ!!」

 

思わず漏れた怒号。ジンや十六夜、耀や飛鳥や黒ウサギには決して見せられない無様を晒しながら出た怒声は言うまでもなく自分自身に向けられたもの。しかし、目の前の彼女はそうは捕えない。命令されたことをするだけの思考無き化物は怒声を更なる敵意と受け取って攻勢を強めて突っ込んできた。

 

そんな無様に私の無い筈の心が揺れ動く。私の意識とは関係なく体が熱を帯びていく。

 

「っ、っ!」

 

―――なんだ、これ。胸が熱い。違う。違う。これではまるで見境なく発情する獣ではないか。理解が、出来ない。

 

「AaaRaaaRaaaRaaaaaaa!!」

 

「やめろ。やめろ。やめてくれ。これ以上、私の心を揺らすな、弄ぶな。これでは、これでは、この様では、私の、誓いが、ジンへの、思いが………ああああああああああああああああああああ!!」

 

そんな筈がない。こんな訳のわからない胸の動悸と一緒にするな。乱れる灰色の髪。睨み殺そうと殺意に満ちた赤い目。風圧で殺そうとでも言うのか無為に振られる傷だらけの羽。伸びる剛腕。そんなもののどこが、どこに、恋い焦がれると―――それに包まれたいなどとどうして私は思ってしまうのか。

 

「あぁぁぁ―――」

 

動揺を隠せない私を見逃すアルゴールではなく。次は彼女が私の隙を突く。放たれる彼女を魔王に至らしめた根源の光。天地に至る全てを褐色の光で包み、灰色の星へ変えていく星霊の力。咆哮と共に放たれた『石化の光』(それ)を前に私は――――濡れた。

 

「―――ああああああああああああああああああああ!!汚すな!無二を!唯一なんだ!あの温もりが!輝きこそが!慈しみ尊びたいんだ!あの熱を!私が恋したのは無謬の恒星だ!時代の新生児だ!超越者の赤子だ!屑星の可能性にこそ心が躍ったんだ!それを!それを!そんな様で、そんな様で、ふざけるなぁ!」

 

 

 

「私の愛を、汚すなぁあああああああああああ!!」

 

 

 

ギフト『篝火の夜(ヴァルプルギスナハト)』。悪魔の星。凶星アルゴールを魔王に至らしめた石化のギフトと同じく私を魔王にまで押し上げた根源たるギフトを発動し褐色の光を拭い去る。そして彼女の元へとたどり着いた私は全身全霊、絶滅絶殺を誓う。拳を振り上げ―――寸でのところで踏みとどまった。

 

そして、零れた彼女の声。

 

「rarara」

 

それはまるで悪戯に失敗した少女が零す笑い声によく似ていて、ようやく私は理解した。冷静に。赤色を透明(クリア)に。影たる己を取り戻す。

 

「………まったく、なんてことをしてくれる。あやうく、私はまた負けてしまう所だった。次は、ないというのに」

 

振り上げた私の拳をアルゴールは無抵抗で受け入れようとしていた。その行動が齎す結果は言うまでもなく“ペルセウス”の勝利。“契約書類(ギアスロール)”に記された制約。番人を倒してしまってはホスト側ゲームマスターへの挑戦権を失うというルールに基づく“ノーネーム”の敗北。なんて様だ、私は。

そんな私を彼女は嘲笑する。

 

「『あら、もう少しだったのにぃ』」

 

「………見誤っていた、ルイオスは君をそこまで解放するほどの傑物だったのか。そして君はそんな様でも“ペルセウス”の勝利を望むほどには“ペルセウス”への愛と忠義があった」

 

「『まさか、そんなはずないじゃない。アルちゃんは“ペルセウス”なんて嫌い。初代の糞親父ならともかく今のお子ちゃまに忠義なんて無いわ』」

 

「ならば何故、命じられたまま戦うだけでなく私を弄し“ペルセウス”に勝利をもたらそうと?」

 

「『ちょっと気に入らなかったのよ。アルちゃんを縛った“ペルセウス”がアンタみたいな男女に良いようにされるのが。ただそれだけ。ただの気まぐれ~』」

 

「気まぐれで謀略と背徳を司る魔王たる私を敗北に追い込みかけるとは、流石は女王(クイーン)と並び立った問題児。私などとはモノが違うか」

 

「『あはは、褒めてくれてありがと。けど、アンタもいい線いってたよ~。結局、アルちゃんの負けだしね。今のお子ちゃまは確かにアルちゃんの力をそれなりに解放してるけど、まだ全盛期とは程遠いし地力じゃアンタに勝てないからね。搦め手で勝てなかった時点でアルちゃんの負け~。あ~あ』」

 

そういって遠ざかる彼女の背中。確かにもう戦う意味は無い。あれだけ私の心を掻き乱しておきながら、あっさりと踵を返すそのあまりにもな終戦は彼女の気質を有りのまま表しているようで私としてもとても好みではあったけれど、しかし、それでも私にはもう一つ聞かなければならないことがある。

 

「待て、肝心なことを聞いていない。君を前にした時のあの胸の高鳴りはなんだったんだ?確かにルイオスは予想以上に君の力を解放していた。しかし、その程度で、しかもそれを隠していた君相手にあんな無様を晒すほどに、私は、尻軽では無い筈だ」

 

そんなことも解らないとかと、聞きたい事ってそんなことかよと、そんな呆れた感情をその背中から感じられないほどに鈍感な私では勿論なかったが、しかし、それでもやはりこれだけは聞かなければならない。

彼女は呆れながら、しょうがないなぁと振り返り

 

「アルちゃん、ちょー美人だし!こんな美人に迫られて発情しない男(オス)なんている訳ないじゃん」

 

振り向き見せた彼女の笑顔は、なるほど確かに戦神の嫉妬をかうほどに美しかった。

 

 


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