再び異世界から問題児がくるそうですよ?   作:白白明け

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箱庭に帰ってきたそうですよ?

 

箱庭への招待状を開くと、待っていたのは澄み切った青空。

そして、遥か4000m下方に広がる青々とした大地だった。

視界の端には人間族の世界。いや、今は前の世界と呼ぶことにしよう。

私はもうあの世界に戻ることなどないのだから。

少なくとも、この身体を捨てるまでは。

 

前の世界では見ることのなかった街一つを飲み込むほど巨大な天幕と天を貫く光柱が映る。

溢れ出る哀愁と歓喜の声を私はこの時ばかりは抑えることをしなかった。

 

「はは、あっはは、あっははははっは」

 

私はこんな風に笑うことが出来たのかと自分でも驚くほどの笑い声が空に響いた。

 

しばらく笑い続けふと我に返り周りを見れば、私と同じように現在自由落下中の三人が私のことを驚きの形相で見ていた。

空に放り出されながら笑うという私の行動が彼らに驚愕を与えてしまったようだ。

失敗した。いまだ私の身体は人間族の姿。人間族の習性でこの状況下で喜ぶということは通常、ありえない。

不信がられて当然だろう。

演じることにおいて右に出るものがいない私としたことが、下手な失敗をしたものだ。

しかし、反省している暇はない。

地上は、すぐそこだ。

 

そして、私の身体は水面へと叩きつけられた。

 

 

―――――✠―――――

 

 

信じられない。と、そう叫んだのは黒髪の人間族の少女。

まったくだ。と、彼女にそう同意したのは同じ人間族の少年だった。

そして湖からあがった彼らはどうしてだか、言い争いを始める。

 

「一応確認しておくが、お前らにもあの変な手紙が」

 

「そうだけど。そのお前って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後気をつけて」

 

さまざまな種となり続けてきた私は、人間族となってから常々疑問に思っていたことがある。

なぜ、彼らは同族同士で争いあうのだろうか。

祖を同じにする同種に対してあそこまで好戦的であれる種族を私は人間族以外にしらない。

 

そんなことを考えている間に彼らの自己紹介が始まっていた。

 

「春日部耀。以下同文」

 

猫を抱きかかえた人間族の少女はそう言った。

 

「俺は見たまんま野蛮で強暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と容量を守ったうえで適切な態度で接してくれよ。お嬢様」

 

久遠と言い争っていたヘッドホンを付けた人間族の少年はそう言った。

 

「・・・取扱い説明書をくれたら、考えて置いてあげるわ」

 

久遠の暗に言わんとすることは私にもわかる。私も18年の間、人間の世界で生きてきたが取扱い説明書が必要な人間族に出会ったのは初めてだ。

 

「それで、貴方の名前は?」

 

そして次はいまだに湖からあがることもせず、海月のように水面にプカプカと浮かぶ私に対してそんな質問が飛んでくることは分かっていた。

しかし、もう少し。もう少しだけ。

 

「もう少しだけ、待ってくれ」

 

いまだ高鳴るこの心臓の鼓動が収まり。

気分の高揚により恥ずかしくも赤くなった頬の色が戻るまで。

あと少しだけ待っていてほしい。

流石に初対面の彼らに今の私の姿をみられることは屈辱だ。

 

故に久遠の質問があってから数十秒かけ、私はようやく陸へと上がる。

そして私はこの時初めて、彼ら三人の姿を正面から見た。

 

この時受けた衝撃を私は生涯忘れることはないだろう。

 

一体幾つの奇跡が重なり、幾人の悪魔の悪戯があれば人間族の少年少女がこれほどの才能(ギフト)を得るに至るのか。

私にはわからない。

そして、私にはわかる。

何千もの影となり幾星霜の時間を生きてきた私だからわかる。

 

彼らは赤子だ。今まさに産声を上げたこの時代の新生児。

その能力(ちから)はいまだ未成熟なれど、種を越え。人を越え。

いずれ超越者となるかもしれない可能性秘めている。

 

私もこう在りたいと思ったのは何百年ぶりだ。

純血の龍。純血の吸血鬼。

箱庭の最強種である三種の内の一つにも成れるようになってからはしばらく忘れていたこの感覚。

羨望。

魔王とまで呼ばれた私が、目の前の少年少女の力に憧れている。

 

それは屈辱的だが、ああなんと嬉しくも楽しいものか。

特にこの少年。彼は一体―――。

 

「おいおい。大丈夫か、焦点がさだまってねぇぞ」

 

「っっ。いや、ああ、すまない。大丈夫だ。突然のことで驚いてしまっただけだ」

 

逆廻の言葉で我に返る。危ないところだった。危うく自我を失いかけた。

 

「まあ、当然でしょうね。突然こんなところに放り出されたのですから」

 

そう言う意味での驚きではないが、今は久遠の言葉が救いだ。

ああ、と返し。私は完全に冷静を取り戻す。

それを見計らったように猫を抱えた人間族の少女、春日部が私に二度目となる質問をする。

 

「それで、あなたの名前はなんていうの?」

 

「私の名前は、山田真央」

 

なんて名乗るべきかを考えて、結局口から出たものは18年間慣れ親しんだ者の名前だった。

 

私が名を返すと春日部は小さくうなずき、猫を拭く作業に戻る。

そして次に、久遠が何故だか気まずそうな顔をしながらこう言う。

 

「そう、よろしく。山田さん。それでね、気を悪くしないでほしいのだけれど私は貴方に聞いておかなければならないことがあるの」

 

聞かなければならないこと。なんだろうか。

 

「貴方は男なの。それとも女。どっちなのかしら」

 

どっちなのかしらとは、不思議な質問をするものだ。

 

「どっちもなにも、私は見た通りの男だが」

 

卒業式に出席するために着ていた学ランは濡れてしまったので脱いだが、男性用のワイシャツを着て黒いズボンを履いているこの格好はどう見ても男性用の正装だろう。

 

「そう。変なことを聞いてごめんなさい。・・・・この顔で男って」

 

何故いぶかる。

 

「へえ、男ねえ」

 

何故笑う。

 

「・・・ついてるんだ」

 

何故春日部の視線は私の下半身に向けられているのだろうか。

 

母と父。そう呼んだ二人の間に男児として生まれてから18年間。

私は彼らの望む通りの子供を常に演じてきた。

だというのに、今思えば今回のような不当な誤解を何度も受けてきたようにおもう。

私が女だと?面白いことを言う。

確かに私は女の身体であったこともあったが、今生の現身は人間族の雄。

故に私は紛れもない男なのだ。

だというのになぜ―――

 

「おい、山田。ごちゃごちゃ考えるのもいいが、それはそこに隠れているやつに話を聞いてからにしようぜ」

 

背後にある茂みを親指で刺しながら逆廻は言う。

 

「なんだ。貴方も気づいていたの?」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?そっちの猫を抱いている奴も気づいていたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

それに続く久遠と春日部。

その二人の反応をみて面白そうな奴らだと軽薄そうに笑う逆廻。

 

箱庭への帰還。

その事実に心捕らわれ、恥ずかしながらも私たちの様子を窺っていた者の存在を見逃していた私は彼らにつられ茂みへと視線を向ける。

 

そこから現れた者は

 

「や、やだなあ御四人様。そんな狼のような視線で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ」

 

見紛うはずもない。艶やかな黒髪に女性として完成された肢体。

 

「ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便にお話を聞いていただけたら嬉しいでございますよ」

 

何よりその唇から漏れる声は間違い様もなく、かつて私に敗北という名の歓喜を教えてくれたもの。

ああ、魔王と呼ばれた私が言うのもお笑い草だが、今はこの箱庭に座す修羅神仏の類に感謝をしよう。

私は箱庭に帰って来られた。それも、いまだ彼ら、――――がいる時間軸の箱庭へと。

本当に久しぶりだ。私の仇敵。

 

「黒ウサギ」

 

「バニーガールかしら」

 

「コスプレだろ」

 

私の漏らした言葉に続く久遠と逆廻の推測。

その真偽を確かめるため、春日部は黒ウサギへと近づき、その頭部から生えた耳を――

 

「えい」

 

「フギャっ!」

 

――力一杯に引っ張った。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で無遠慮に黒ウサギの素敵耳を無遠慮に引き抜きにかかるとは、どういう了見ですか!?」

 

「真実への探求心」

 

「そんな冒険心は捨てちゃってください!」

 

「・・・抜けない。本物みたい」

 

「へえ、マジか」

 

今度は逆廻が右から掴んで引っ張る。

 

「本当なの?」

 

久遠もまた反対側から掴み、そして黒ウサギの言葉にならない悲鳴が近隣に木霊した。

 

その様子を見ていた私は思わず漏れる苦笑いを抑えることはしなかった。

かつての私を敗北に追いやった存在が人間族の少年少女に弄ばれている。

箱庭の貴族たる黒ウサギ。その能力(ちから)があれば彼らから逃げることなど簡単だというのに、相変わらず優しい。

 

その優しさを笑うことはしない。

私は彼らの持つその優しさに敗れ、無様に芥となりながら、この箱庭から追い出される破目になったのだから。

 

「いやあぁ。うう、そ、そこで私には関係ありませんって顔で見ている御一人様!助けてくださいよぉ!」

 

しかし、いささか見るに堪えない。忍びないともいえる。

 

「逆廻。久遠。春日部。この世界へ突然招かれ、あまつさえ水に投げ出された苛立ちを黒ウサギにぶつけたい気持ちもわかるがその辺で許してはもらえないだろうか。このままではこの世界についての説明が一向に進まない」

 

「それもそうね」

 

「ま、このくらいで勘弁してやるか」

 

「・・・」(コクリ)

 

「うぅ、ありがとうございました」

 

耳の付け根が痛むのだろう。頭を摩りながら涙声でお礼を述べる黒ウサギに、私は冗談交じりにこう返した。

 

「いいさ、昔のよしみじゃないか」

 

すると黒ウサギは首を傾げる。

 

「ええっと、どこかでお会いしましたでしょうか?」

 

彼女は私を忘れている?あれほどの激闘を繰り広げたというのに?

一瞬、そう思ったがそういえばあの時は今のような山田真央という姿形ではなかったと気づく。

 

「その返答に対する答えは長くなる。その前にこの世界についての説明を」

 

「え、ええ。はい!もちろんですとも!」

 

黒ウサギは私達に四人に向き直り、太陽のような笑顔と共に天真爛漫なその声を響かせた。

 

「ようこそ!“箱庭の世界”へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと召喚いたしました!」

 

 




もうすぐ新年度が始まるのであまり時間がなく、早い更新はできませんがぼちぼちとやっていきたいと思います。

感想などがありましたら、どうぞ気軽にお聞かせください。

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