再び異世界から問題児がくるそうですよ?   作:白白明け

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新たなゲームが始まるそうですよ?

――ギフトゲーム名『ラーリッサの競技会』

  ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜 

           久遠 飛鳥

           春日部 耀

           山田 真央

           ジン=ラッセル

  ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

  ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

  ・クリア条件 ホスト側ゲームマスターの打倒

  ・敗北条件  プレイヤー側のゲームマスターによる降伏

         不意打ちによるホスト側ゲームマスターの打倒

         プレイヤー側がクリア条件を満たせなくなった場合

  ・舞台詳細・ルール 

※ホスト側ゲームマスターは本拠・『白亜の宮殿』の最深部から出てはならない。

※プレイヤー側はホスト側が『白亜の宮殿』東西南北それぞれの門に配置した番人との戦闘中に限りホスト側ゲームマスターへの挑戦権を得る。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の元“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

“ペルセウス”印――――

 

 

 

―――――✠―――――

 

 

 

「あの優男。顔に似合わずエゲツネェゲームを仕掛けてくるじゃねぇか」

 

失った大切な者を取り戻す戦い。“ペルセウス”との次なるゲームが幕を開け掲示された“契約書類(ギアスロール)”を読んだ十六夜はそう悪態をつきながらも楽しげに顔を歪めた。ああ、その思いを理解できない私ではない。彼ら、“ペルセウス”は本気だ。“ノーネーム”であり、一度勝った相手である私達に一切緩むことなく勝負をしてきている。その態度はある種、私達への称賛である。

 

ルイオス。今の君はかくも厳格であり主催者(ホスト)としての資質を十二分に発揮している。そのことに私もまた称賛を送ろう。流石は乙女に見込まれた男だと。

 

「しかし、このルール。厳しいですね」

 

「ええ、前回のギフトゲームとは違ってこちら側が圧倒的な不利なルールね。まったく、私たちが断れないのを良いことに足元を見てくれるじゃない」

 

喜び勇む私達とは対照的にジンと飛鳥の2人は思案顔で“契約書類(ギアスロール)”を見つめる。そして耀は1人静かに夜空の星々を見つめていた。

 

「このルール。一見平等に見えて明確な不利があります。いえ、こんなもの普通のコミュニティならどうとでもなるものですが………今の僕たちにはどうあっても覆せません」

 

「人員不足」

 

夜空を見つめながら耀はポツリと呟く。そしてそれこそがこのギフトゲームに置いて私達を窮地に追い詰めるたった1つの要因。言うまでもなくこのゲームはプレイヤーが最低5人いなければ成立しない。私達“ノーネーム”側のプレイヤーは丁度5人。しかし、それは必ずしもゲームの成立を意味しない。

それを理解できない私でも彼らでもない。

 

「俺達は御チビを含めて五人だ。その上、ルイオスの奴に挑めるのは四人の番人との“戦闘中”のみに限られている。いや、マジでうまい手だぜ。この一文で奴ら一人の番人を倒した後、次の番人と戦うって手を封じてやがる。“戦闘中”に限る以上、相手を倒すことは許されない。戦い続けるしかないってわけだ」

 

十六夜の言うとおり。4人の番人と戦い敗れるのは勿論だが私たちはルイオス以外を打破することもまた許されてはいない。このゲームは番人を倒すことでルイオスへの挑戦権を得ることが出来るのではなく番人を倒さずに戦い続けることで挑戦権を得られるゲーム。

 

「このゲームは“ペルセウス”が伝承に基づき開催する有名なゲームの一つです。伝承におけるペルセウスが誤って祖父を殺めてしまったことを恥じ、それを教訓に開催する不殺(ころさず)の競技会(ゲーム)。………すいません。本来なら“ペルセウス”の開催するゲームの中ではそれほど難易度の高いものではないのです。少なくとも五人の才能(ちから)をもつプレイヤーがいれば一人は必ずルイオスに挑めるのですから………僕に力さえあれば」

 

そう言い俯くジンの頭を十六夜は乱暴に撫でながらヤハハと笑い言う。

 

「気にすんな。元々それは俺達の領分だろうが。それに俯いてる暇なんかねーよ。ゲームはもう始まってるんだ。さっさと始めようぜ。―――さっきから腹の傷が疼いてしかたねぇ」

 

先のゲームにおいて火矢に貫かれた傷を摩りながら十六夜は笑う。ヤハハと嗤う。

ああ、十六夜。君の戦意(きもち)を削ぐ私ではない。けれど、その前に決めなければならないこともあるだろう。

 

私は門前にご丁寧に掲げられた『白亜の宮殿』の見取り図を見ながら言う。

見取り図の中央と東西南北のそれぞれの門には印とその門に挑戦する者の名を書くのであろう欄が設けられていた。

 

「東門に黄金の乙女の印。西門に白のペルセウス印。南門は蝙蝠の印で北門は凶星の印。そして中央には黒のペルセウス印。親切なことだ、番人の名をこうして知らせている。私達には選ぶ権利があるという事か」

 

「うん。黄金の乙女はあのローラとかいう人で。西門のペルセウスは№2の人。蝙蝠はレティシアで中央のペルセウスはルイオスだよね。ただ、北門の番人は、誰なのかな?」

 

唇に人差し指を当てて小首を傾げる耀。

私は前に見た、ルイオスが首から下げていた金の装飾。69時間足らずの間で変光を繰り返す星の輝きを思いだす。

 

「耀。私の考えが正しければそれは―――」

 

「隷属させた元魔王様」

 

「そう、元魔王の………ん?十六夜。君は気づいていたのか?」

 

十六夜の捕捉に私は驚きを隠せず彼をみる。

十六夜は私に薄ら笑いを向けると構わずに続けた。

 

「もしペルセウスの神話どおりなら、ゴーゴンの生首がこの世界にある筈がない。あれは戦神に献上されているはずだからな。それにもかかわらず、奴らは前のゲームで俺に石化のギフトを使ってきた―――星座として招かれたのが箱庭の“ペルセウス”。そんな奴らが掲げる凶星の印となれば、さしずめアルゴルの悪魔ってところだろう」

 

「………アルゴルの悪魔?」

 

十六夜の話が分からない飛鳥達は顔を見合わせ、一様に可愛らしく小首を傾げる。

そして、私は未に驚愕を隠せぬ不様を晒しながら戦々恐々と十六夜の異常性、格の違いを再認識していた。

 

「いやはや、言葉が無いよ。私は君の可能性について十全に理解をしていたつもりだったが、思い上がりだったようだ。なぜ、気が付けた?箱庭の星々の秘密に」

 

「ベッドから起きられない間、空を見上げることくらいしかすることがなかったからな。それに俺は一度、ルイオスの奴と戦っている。それだけの時間とヒントがあれば普通は気づくだろう」

 

いや、普通は無理だろうと私は含み笑いを滲ませて首を振る。

まったく、君は心底素晴らしい。称賛が嫌味になってしまいそうなその万能性はかつての友を思い出す。

魔王であったころの私が率いたコミュニティ。その中で万才に秀で、無限の可能性を内包する影たる私にして万能であると言わしめた一人の悪魔。

 

―――ゼル。魔女喰らいのお菓子。あの妹好き(シスコン)を思い出す。

 

十六夜。君は本当に人間か?

 

「凶星の印の正体はアルゴルの悪魔ね。詳しいことは正直よくわからないのだけれど、十六夜君。貴方もしかして意外と知能派なのかしら?」

 

「なにをいまさら。俺は生粋の知性派だぞ。それで、そんな超頭良い俺が今、このゲームの必勝法を思いついた」

 

「本当に頭がいい人は超頭いいとか言わないと思うよ」

 

「うるさいぞ、春日部。いいから聞けよ」

 

耀の的確な突っ込みに何時もどおりの軽薄な笑いを返しながらこのゲームの必勝法。

“契約書類(ギアスロール)”に制限を設けられた中で私たち“ノーネーム”が“ペルセウス”と戦う方法を語り出し、見取り図に設けられた欄にそれぞれの名前を書きだしていく。

 

 

“ペルセウス”

東門番人―“ワルプルギス”序列第三位。ローレライ。

西門番人―箱庭第五桁。二六七四五外門。“ペルセウス”№2。

南門番人―純血の吸血鬼にして元魔王。レティシア=ドラクレア。

北門番人―星霊にして元魔王。アルゴルの悪魔。

 

ゲームマスター―“ペルセウス”の英雄。ルイオス=ペルセウス

 

対するは“ノーネーム”

東門挑戦者―“ノーネーム”ゲームマスター。ジン=ラッセル。

西門挑戦者―超越者の赤子。“生命の目録”。春日部 耀。

南門挑戦者―時代の新生児。“威光”。久遠 飛鳥。

北門挑戦者―“ノーネーム”所属。実力不明。山田 真央。

 

ゲームマスター挑戦者―無謬の恒星。“正体不明”。逆廻 十六夜。

 

 

それを見て、自分の名前がまさかの所に書かれ唖然とするジン以外の私達3人は十六夜に言う。

 

「「「お前、バカじゃねーの?」」」

 

十六夜はヤハハと笑った。

 

 

 

 

―――――✠―――――

 

 

 

 

無限に広がる時系列。交差した可能性の一欠片。三年前。とある魔王が笑いながら箱庭の世界を去らなければきっと実現しなかった“ノーネーム”と“ペルセウス”の戦い。第二戦、『ラーリッサの競技会』の開始を告げる鐘が鳴る。

 

“ノーネーム”に所属するそれぞれがそれぞれに様々な感情を持ちながら、それぞれの敵と戦う為に移動する中でただ一人。その場所から動かずにいる小さな影があった。

その少年の名はジン=ラッセル。

現在、この箱庭の世界で最も勢いがあるコミュニティの一つ“ノーネーム”のリーダーにして、なんの才能(ちから)も持たない人間の少年。

 

震える身体を必死に抑えながら門の前に立ち、開門の時を待つ。

扉一つ向こう居る。一人の敵を思い浮かべながら―――

 

「コミュニティ“ワルプルギス”第三位。亡霊ローレライ」

 

それがこれからジンの戦う敵の名前。かつてこの箱庭の世界において大小問わずあらゆるコミュニティから恐れられた魔王に仕えた一人の女。

彼女が謀略と背徳を司り太陽すら覆いかねない影響力をもって人々を恐怖のどん底に陥れたあの怪物の横で常に浮かべていた光悦の表情をジンは片時だって忘れたことがなかった。

 

「僕のコミュニティ。僕が愛したものは貴女たちに砕かれた。“―――”が“ノーネーム”になってしまった原因の一端は紛れもなく貴女たちだ。僕の大切なものを貴女たちは奪ったんだ。そして―――貴女の大切な人を奪ったのも僕たちなんです」

 

 

「―――美しい」

 

 

東門が開く。そしてギフトゲーム『ラーリッサの競技会』に置いて正門を任された女が一人現れる。その姿は先のゲームと変わらず胸元の大胆に開いたパーティードレス。そして三年前と変わらない光り輝く黄金の髪を靡かせながら小さく微笑んだ。

 

この光景をいったい誰が想像したことだろう。“ワルプルギス”第三位。先のゲームに置いてジン=ラッセルを含めた“ノーネーム”の攻撃部隊三人を無力化し、たった一人で“ペルセウス”に勝利をもたらした女は今、何の力も持たない人間の少年を心から称賛していた。それは紛れもなく、疑いようもないほど純粋な、敗者が勝者へと送る礼賛に他ならず。

亡霊ローレライは戦いが始まったその瞬間、ただ一人で自身の前に立ったジン=ラッセルの姿を見て、自身の敗北を理解して、清々しいとそう笑う。

 

「美しい。そして素晴らしい。これはわたくしの“真実”を暴いた者とその間違っているかもしれない“真実”に身を賭けたあなたの勇気に対する称賛ですわ。何の力も持たないあなたがわたくしの相手となる。この作戦を思いついたのはあの軽薄な小僧ですか?」

 

「ええ、十六夜さんです。“もし僕(ジン)がただ一人で自分の力だけで貴女(アイツ)を倒そうとするなら、きっと貴女(アイツ)は何もできないだろう”。そう言っていました」

 

ジンの言葉を聞いてローラは再び二人の人間を称賛する。

 

―――相手を信じ、身を預けられる絆。かつてあの御方が羨望し壊し汚した輝きの一つ。やはりそれは美しい。

 

「そして、それで正解ですわ。わたくしの持つ才能(ギフト)の攻略法。わたくしの歌は邪なるものを惑わす魔歌。身の程を知らない者の魂を妖精の女王と悪魔へ売り渡す為のもの―――現実を直視できるものに対しては何の効力もありませんもの」

 

彼女の持つ世界を支配しかねないギフト『ローレライの歌』。

その効力は完全催眠。

視覚聴覚嗅覚触覚味覚。五感全てを惑わせて相手を幸福な夢の牢獄へと落とすそのギフトの裏を取る方法は無い。修羅神仏の類であっても彼女の歌から逃れる術はない。

何も知らぬものならきっとこう言うだろう。「歌を聞かなければいい」「そもそもギフトを使う暇なく倒してしまえばいい」と、しかし、彼女の纏う呪いとも言えるその力はそんな次元の話ではない。

そもそも『ローレライの歌』というギフトを発動する為に彼女は歌う必要が実はない。

 

ザンクト・ゴハルスハウゼンに伝わる伝承において“ローレライ”という乙女の存在そのものが魔歌としての概念を帯びている。多くの船乗りたちは乙女の歌を聞くまでもなくその柔肌に触れようと海に身を投げ、その金髪に見とれて舵取りを誤り、船を転覆させてきた。

聞く必要などない。目で捕えるだけでいい。香りを嗅ぐだけでいい。

その気になれば彼女、ローレライは同じ世界に居るだけであらゆるものを嵌められる。

 

それが彼女(ローレライ)の力。“ワルプルギス”に置いて魔王より寵愛され神性を帯びた亡霊にして“神霊”であるローラの力に他ならない。

 

「幸福を求めない生き物がいない以上、わたくしの裏を取れるものはいない。不戦ゆえ不敗。無戦ゆえ最強。誰も傷付けずに勝利する可能性の一つであると、わたくしのギフトをあの御方はそう褒めてくださいましたわ」

 

戦わずして勝つ。戦術の最終形にして至高である戦略。

彼女がもたらすその恩恵(ギフト)はそれに限りなく近いものだった。

 

だから箱庭の“コミュニティ”は挙って彼女を求め。同時に排斥しようとした。

無意味な迫害。理不尽。目を瞑れば思い出せる傷跡はまさに中世の魔女狩りの様であったとローラは回想する。

無限の可能性を内包し受け止めてくれる“箱庭”の世界。

その中であっても『ローレライの歌』という強大過ぎるギフトを持った彼女を受け止めてくれるものはあまりにも少なかった。

 

そう少なかったのだ。

 

―――誰も彼もがわたくしに惑わされる中で、あの御方だけがわたくしの真実みてくれた。

 

存在自体があやふやで欲望のままに本能のままに生きたもの。

強大過ぎる身であるが故に対照的な矮小なものたちを愛した魔王。

 

―――あの妹好き(シスコン)はわたくしの口付けを受けながらもわたくしに愛を囁かなかった。

 

世界中の何よりもただ一人の肉親を愛し守り続けると誓い生きたもの。

守る為に人を捨て、守る為に世界中の少年少女から愛された功績を魔王に売り払った悪魔。

 

―――黒猫は何も変わらず何も起こさずただ己を信じて黒猫であり続けた。

 

にゃあにゃあと鳴きながら生きることを選んだもの。

黒猫の考えを彼女は終ぞ理解する事が出来なかったがそれでいい。

 

伝承において修羅神仏すら惑わすとされた彼女の魔歌を聞きながらも彼女を魅せられずに生きたもの達が居た。

欲望本能(ありかた)を、家族愛(じゅんあい)を、自由奔放(きままさ)を、見失うことなく自分を好きになってくれるものたちがいた。

思えばその時から自身の持つ世界を支配しかねないギフトは綻んだのだろうとローラは笑う。

裏は取れない。誰一人として。

しかし、彼らのように正面から破る正攻法は出来てしまった。

それは先のゲームにおいて逆廻十六夜が先のゲームで真っ向からローラに挑み、事実上の勝利を収めたことが証明している。

 

ギフト『ローレライの歌』の発動を試みたローラに十六夜はこう言った。

 

―――俺には他に惚れた女がいる―――

―――それはテメエも同じだろ―――

―――本気で惚れた男がいる奴が他の男に靡く筈がねぇ―――

―――テメエはそういうタマじゃねぇだろ―――

―――ヤハハ―――

 

「わたくしのギフトが果たしてあの軽薄な小僧にどんな夢をみせたのか。まあ、あの軽薄な笑いを見れば一目瞭然でしたけれど。ふふ、おかしな話、いえ、頭のおかしな話ですわ。あの戦いの最中でまさかわたくしに勝利する以外の夢を見ようとするなんて」

 

ローラのギフトが魅せる夢は決して決まったものではない。ギフトが発動した時、対象者が深層心理に置いて夢想した希望を夢として五感全てに伝達させる。

そしてだからこそ、戦場に置いて彼女と対峙した者がどんな夢を見るのかは自ずと決まってくる。

それは以前のジン達三人がみたような“ワルプルギス”第三位である彼女の打破。

だからこそ誰もが彼女に敗ける。嵌る。勝とうとするから勝ち得ない。

 

「無為な夢。傲慢な夢。自身の望みを夢だなんて言葉で装飾する軟弱ものにわたくしを打倒する術はない。もしかしたら、なんて呟く惰弱に屈するわたくしではありませんわ。現実と夢を混合して戦おうなんて、なんて傲慢なのでしょ」

 

夢を見る前にやることがあるだろうとローラは嘲笑う。そして、それは裏を返せば、否、彼女は堂々と己の弱点を晒している。夢など見ずに。妄想なんて忘れて。ただ、ただただ現実(まえ)を見ればいい。ただ、それだけだった。

 

しかし、言うまでもなく簡単なように思えてその正攻法(こたえ)への門は限りなく狭い。事実、以前のジン達は意図も容易く嵌められた。そして今も、もしこの場に居たのがジン=ラッセルでなかったなら、あるいは久遠飛鳥や春日部耀であったなら、きっと同じ夢を見ていたに違いない。そのギフトの性質を説明されたところでどうにもできない。彼女たちは良い意味でも悪い意味でも強いから、自分の強さを信じてしまうに違いない。私達が負けるはずがないと。

対しジンには悪い意味でその強さが無い。自分の強さを信じきれない少年。たとえ魔王がどれだけ彼に恋しようとたとえ勇者がどれだけ彼に託そうと彼は未だ屑星で、弱い。そして皮肉にもその弱さこそ彼がローラを打倒しえる理由の一つとなる。

 

そして、それは理由の一つでしかない。

ジン自身気づいていないことだが、それは勝因の一つでしかなくただそれだけがこの勝敗を分けたのではないということを語ろう。彼の為に、あるいは第三位の看板を背負う彼女の為に。

もう一つの勝因。それは彼が持つ強さ。

ジン=ラッセルは自分のことは信じられなかった。しかし、坂廻十六夜の言葉を、仲間を信じられる強さは持っていた。

 

―――御チビ、きっとお前なら勝てるさ。ヤハハ―――

 

それだけの言葉だった。それだけの言葉でジンは一歩踏み出してローラの眼前に立ち、責める様に言った。怖かったけれど、身体は震えていたけれど、言わなきゃいけないと思ったから言った。

 

「………非情です。貴女のギフトは、こうしてそのギフトに嵌らなくなった今でも、僕は貴女のことがとても怖い」

 

「そうでしょうか?」

 

「ええ、そうです。人はみんな信じていたいんです。諦めなければ夢が必ず叶うって。けれど、貴女はそれを諦めろと言う。それがどれだけ残酷で非情な事か、貴女にわかりますか」

 

諦める。勝利を。認めなければならない。自分の弱さを。

そしてその上で、傲慢にも亡霊は謡う。なお、挑めと。

 

―――矮小なる者よ。可能性を封じ込めたる者どもよ。挑め―――

 

「貴女はとてもひどい女(ひと)です」

 

風に乗って運ばれた、か細いその声をローラは確かにその耳に受け止めながら感嘆の声を漏らす。ああ、美しいと。

認めなければならない。納得してしまう。

 

「わたくしを前にその言い様、―――流石はあの御方を魅せた男ですわね」

 

「え?」

 

「いえ、なんでもありませんわ。ただの、ええ、ただの称賛ですわ。夢を捨て希望を捨ててなお勇気をもってわたくしの前に立ったあなたへの―――」

 

勝敗は既についていた。しかし、やはり力の差は歴然としていて、一歩一歩と近づいてくるローラを前にジンは身動き一つとれず、あっさりと抵抗もできずにその胸の中に納まった。

 

「な、なにをっ」

 

突然の抱擁にたじろぐジンにローラは優しげに答える。

 

「勝者への、これは敗者の義務ですわ」

 

そういって施された額への口付けでジンはようやく理解する。流れ込んでくる熱い力。覚えがある感覚。昔、嬉しくって仕方のなかったこの瞬間。

 

「どうして、どうして貴女が僕に祝福を、ギフトの譲渡を?」

 

ギフト『ローレライの祝福』が自身の魂に刻まれるのを感じながら戸惑い困惑するジン。そんな彼を見ながらローラは勘違いするんじゃないですわと微笑んだ。

 

「これは再びこの世界へ来たあの御方からの命ですわ」

 

「っっ、あの御方、まさか、“ワルプルギス”のマスター!」

 

「ええ、三年前のあの日、あなたのコミュニティを“ノーネーム”へと追いやった原因の一つ。かの背徳と謀略を司る、『背後から刺す魔王』からの命により今此処に“ワルプルギス”への挑戦権への鍵一つ。わたくしの祝福とそしてこの言葉をあなたに授けますわ」

 

 

 

「わたくしは“ワルプルギス”四天王において最弱。あなたはまだ、“ワルプルギス”の力の一端しか見てはいません」

 

 

 


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