――― 一体なにを考えているのだ。
そう眉を寄せる白夜叉の顔はとても懐かしいもので、私の中にある心のようなものが喜び勇む。ああ、そうだ。その顔が私は好きだよ、白夜叉。
そうとも。どれほど私たちが解り合い理解しあっていたとしても私は影であり君は太陽。
互いが互いを必要としながら相反する関係こそが私たちだ。だから―――
「私が君の敵でなかったことがあったか、白夜叉。私たちは何時だって敵同士で何時までも強敵(とも)だろう」
私の言葉を聞いた白夜叉は一瞬、きょとんと可愛らしい表情を浮かべた後、深く尊大に笑ってみせた。その顔に私は魅せられた。
「フフフ」
ああ、そうだ。白夜叉。私は君を困らせるのが好きだけれど―――君のその笑顔が大好きだ。
「そう、であったな。私としたことが忘れていたぞ。おんしはそういう奴で、何時だって強敵(とも)として私の隣に居たのであったな。そんなことも忘れてしまうとは、やはり時間というものは恐ろしい―――それでおんし、一体なにをする気だ?」
なにをする気か。先ほどと同じ問い。
しかし、2度目の問いは先ほどとは全く違う意味を持つ。
「そも、君は“英雄”の資質とはなんだと思う?」
“鋼鉄の処女(アイアンメイデン)”に変えられた『ペルセウス』の“英雄”ルイオス。
黄金の鎧を纏った青年の姿を思い出しながら私は問う。
―――英雄が英雄足り得る為に必要なものは何か―――
「清廉であること。堅実であること。清く正しく美しくあること………では、ないな」
「ああ、違う。それは勇者の資質だよ。言うまでもなく英雄と勇者は似て非なるものだ」
「ならば、“欲”か」
正答を特に考えることなく言い当てた白夜叉はやはり私などより博識で、こんな問いにもならない問いかけをしてしまったことに恥を覚えながら私は笑った。
「そう、それさ。英雄になるために必要な資質はただ1つ。もし、数多ある願いから1つだけ叶うとするなら誰にも譲りたくはないと思える。そんな心。“欲望”ともよべる強さを持つことが英雄足り得る第一条件」
それを思えば、ルイオスがローラに変えられ英雄となったことも何の不思議もない。
彼は始めからその資質はあまりあるほどに持っていた筈。要は方向性の問題。
その欲望を己の為にだけ向ける究極系が“魔王”であり、他の為に向けることの出来る究極系が“英雄”であるのだから。
「ふん、なるほど。英雄とは勇者は似て非なるもので英雄と魔王は紙一重というわけか。でだ、まさかそれがおんしの言いたかったことではあるまいな?これ以上に話をはぐらかす様なら太陽に匹敵する広い器を持つ私でもいい加減に怒るぞ?」
ん?んん?―――とそんな擬音付きで顔に影を作り笑う白夜叉。その笑顔は、なんだか少し怖かった。少し遊び過ぎたかなと冷や汗をかきながら私は本題に入る。
「ルイオスはローラに変えられ、何も聖人君主になった訳ではない。根幹は変わらず、白夜叉が言っていた、泣かされた女の涙で運河が出来るほどだという欲望は持っている。その欲望がコミュニティ『ペルセウス』へと向けられた結果が現状だよ」
『ペルセウス』の為にルイオスは箱庭の外へと売られる所だったレティシア=ドラクレハを手に入れた。『ペルセウス』の為に戦力として。『ペルセウス』の為に黒ウサギを手に入れる為の交渉のカードとして。
「そして、『ペルセウス』の為にルイオスは遂に箱庭の貴族たる黒ウサギを手に入れた。そんな彼が、野心に満ちた彼が次に欲しがるものはなにか―――考えるまでもない。私には分かる。彼の気持ちがよくわかる」
英雄である彼の気持ちが魔王であった私にはよくわかる。
ギフトゲーム『アンドロメダを救え』で彼は見たのだから。あの輝きを。あの光景を。たった1人で自身を含めた4人に匹敵する輝きを放ったあの無謬の恒星を。
「欲しくない筈がない。恋い焦がれない筈がないさ。あの逆廻十六夜という存在に」
私がそうであるように。私が成り変りたいと切に願った十六夜をルイオスもまた『ペルセウス』の手駒として手元に置くことを望むだろう。それほどまでに十六夜の輝きは目を潰す。彼は無謬の恒星なのだから。
「………なるほど、ルイオスは再びおんしらにギフトゲームを挑んでくるというわけか。確かに『ペルセウス』の為に英雄となったルイオスに慈悲はあるまい。そしておんしらは黒ウサギ達を取り戻すためにそのゲームに乗るしかないと」
白夜叉は静かに湯飲みを持ちお茶を啜る。
コトリと湯飲みを置く小さな音が部屋に響いた
「そして、それは逆廻十六夜がルイオスの手に渡ったとしても終わらんのだろうな。『ノーネーム』にはまだおんしがおる。久遠飛鳥がおる。春日部耀がおる。………おんしの目的は始めからこれだったという訳か。どちらかの陣営の全てを奪い尽すまで終わらぬ戦いを『ペルセウス』に挑む為におんしはあえて負けたのじゃな」
「ふくく」
足りない。足りないんだ。今の『ノーネーム』には何もかもが足りない。
戦力が必要なんだよ。人員が必要なんだよ。地位がいるんだ。お金も欲しい。
だって、だって―――
「私はジンにもっと暖かい場所に居て欲しい。日の下で笑っていて欲しい。その為に『ペルセウス』の全てを奪うことにしたよ。ジンの為にね」
「その為に黒ウサギを、ジン=ラッセルの大切な者をあえて奪わせたのか?」
「一時的に必要なことだった。もしルイオスが変えられてさえいなければ『ペルセウス』の全てを奪う別の手だってあったのだけれど―――
『ペルセウス』が嘗て行なっていた伝承に則ったギフトゲーム。
それに挑み『ペルセウス』の名と旗印を得て全てを奪うという手も確かにあった。
―――けれど、たとえ何があろうと今のルイオスがそれに応じることは無いだろう。恥も外聞も捨てて拒否するはずだ。『ペルセウス』の為に英雄となった彼が、命より大切な名と旗印を賭けるゲームに応じる筈がないじゃないか」
これしかなかった。この方法しかなかったんだ。たとえジンが悲しみ涙を零してしまったとしても、私はその先にある笑顔を見たいと思ったから。
「それに、私は信じている。ジンならば必ずやこの窮地も乗り越えられると」
「愛する者に課す試練。挑め。矮小なる者よ。可能性を封じ込めたる者どもよ――か。やはりおんしは何も変わらんな、あいも変わらずそれは魔王の所業だぞ」
「否定はできない。やはりそれが私の根幹なのだから。私は影。無より出でて影として生を受けたもの。光に焦れ羨み生きることしかできない私だ。―――だからこそ、私が汚れ仕事を被るのさ。十六夜に耀に飛鳥、あの3人を汚すわけにはいくまい。そして何より、ジンには光が必要だ」
―――これがきっかけで彼らに嫌われてしまうのは怖いけれど。
そう続けた私はどんな表情を浮かべていたのだろう。いくら無より出でて影として生まれた私でも鏡が無ければ自分で自分の顔をみることは出来ない以上、それはわからないけれど、そう言った時の私の表情を正面から見ていたであろう白夜叉の顔は少なくとも私が初めて見る類のものだった。
「―――ふふ。訂正しよう。おんし、やはり変ったよ。いい意味でも悪い意味でも」
「そうか。自覚は無いけれど君がそう言うのならそうなのだろうな。それはそうと白夜叉、君は『サウザントアイズ』の幹部として私を止めなくていいのか?」
「ん?ああ、確かに傘下である『ペルセウス』の全てを奪うと言われてはなにかしらのアクションを起こすのが幹部として正しいことなのだろうが、私は動かんぞ。独立を望む『ペルセウス』は干渉を望んでおるとも思えんし、そもそもそんなことをして私はおんしを本気で敵に回したくはない。おんしは強敵(とも)だが戦いたくない。おんしが言った言葉だろう?」
それよりもだ―――
白夜叉は悪戯めいた笑みを浮かびながら楽しげに私に問う。
「『ペルセウス』の全てを奪うと言うが、それは『ノーネーム』がギフトゲームに勝利できたらの話だろう?勝てるのかのぉ?ルイオスにレティシア、ローレライに今や黒ウサギまで加わった『ペルセウス』。いくらおんしがいるとはいえ正直五分だと私は見ているぞ。ましてや次で負け、あの軽薄な小僧まで失ったのならもはや『ノーネーム』に勝利は無い。もう一度の敗北も許されん。自分で追い込み、負けましたでは笑い話にもならんぞ」
それこそ何を言っているのだと私は湯飲みに入ったお茶を一気に飲み干し言った。
「一度も負けなければいい話さ」
フハハと白夜叉は笑い。私はそんな彼女の笑顔にときめきながらふくくと笑う。
そして、湯飲みに入った2人のお茶がなくなった瞬間を見計らい、襖を開け入って来た割烹着の女性店員はやはり優秀だ。素直な称賛を送ることに否などない。
「お茶のおかわりをお持ちいたしました」
煎れたてのお茶は格別に美味しかった。
「山田様。よろしければ追加の御茶菓子をどうぞ」
御茶菓子もおいしい。もじみまんじゅう。うまうま。
「おい、なぜ真央だけにだす。私の分はどこにある?」
「いえ、マスターには一つを助言」
割烹着の女性店員は何故か咳払いをしお茶を啜る白夜叉の顔を真顔で見つめながらいった。
「これは親友ルートに入りかけています。このままではマスターは山田様の結婚式でスピーチを頼まれるバットエンドが待っていますよ?」
「ぶっーーー」
割烹着の女性店員の言葉を私はよく理解できなかったがどうやら白夜叉はわかったようで、結果、待っていたのは口にため込んだお茶の噴出。
そして白夜叉の正面に居た私は
「………」
びちゃびちゃ