コミュニティ“ペルセウス”。
化け物殺しの英雄の名を継いだこのコミュニティは以前戦った“フォレス・ガロ”とは比べ物にならないほどに強力だ。
そのことを一番理解していたのは、皮肉にも箱庭にやってきたばかりで“フォレス・ガロ”と剣を交えなかった十六夜だった。
飛鳥や耀は初めての『ギフトゲーム』を無傷で終えていた所為でどうしてもゆるんでしまっている。それは2人に原因はなく。人として真っ当な感性。
もちろん箱庭生活が長く様々な『ギフトゲーム』に関わってきたジンや黒ウサギは五桁の住人である“ペルセウス”の強さは知っている。
しかし、それでも2人はこうも思ってしまう。
ギフトカードですらも測れない才能(ギフト)を有する正体不明(アンノウン)逆廻十六夜。
そして十六夜と同じくいまだその実力を見せていない山田真央。
その2人。少なく見積もっても神格級のギフトを持つ2人が居れば、五桁の住人である“ペルセウス”も、もしかしたら、どうにかなってしまうのではないか?
そう、思わずにはいられなかった。
それは隙だ。明確な隙。油断でも慢心でもない。
仲間を信じたいという、心の隙間。
常人ならその程度の隙間は問題ないのかもしれない。
しかし、常人ならざる英雄の末裔ルイオスを相手に戦うのならその隙間が十分に危険だと、そう知りながらも十六夜は笑っていた。
ヤハハ、と愉快気に口元を歪ませる。
いまさらどうこう言ったところで仕方がないことだ。
すでに『ギフトゲーム』アンドロメダを救え。は開始されてしまっている。
飛鳥も耀も、リーダーであるジンも既にこの場にはいない。
自分と同じくその危険性に気づいていた強敵(とも)もいない。
居るのは自分と囚われの身である黒ウサギ。
賽は既に投げられている。
十六夜は笑う。楽しげに笑う。ヤハハと笑う。
「十六夜さん。どうしたのです?先ほどから随分と楽しげですが?」
「ん?ああ、まあ、あれだ。囚われの黒ウサギとかマジでエロいな~とか思っていただけだから、あんまり気にするな」
「はあ、そうですか・・・って、なにを考えているんですか!?」
にやりと笑ってそういう十六夜に黒ウサギは磔にされている手足をジタバタと動かしながら突っ込みを入れる。いつもならばここで愛用のハリセンが登場するのだが、囚われの身であるためそれができない。ささやかな抵抗だった。
そして彼女は気づいていない。そんな抵抗をすればするほどに十六夜と言う問題児に火をつけてしまうということを。
ジタバタと暴れていた黒ウサギをしばらく眺めていた十六夜は笑みをさらに深めながら、両手を広げ大仰なポーズで黒ウサギに近づいていく。
「そんな愉快に腰ふって、スカートがめくれそうだぜ。童顔に似合わず胸も豊満なのによ、揺れているじゃねぇか。慎みがたりねぇんじゃねぇのか?それとも、俺を誘っているのか?」
「へ?なななにをいって・・・い、十六夜さん。なんだか、黒ウサギは身の危険を感じるのですが」
「いやいや。両手両足を縛られた女の子が目の前に居るのに何もしないって方が失礼だろ?」
「はぁ!?なに、何を、言って、何をするつもりです・・・」
「ヤハハ」
「答えてください!」
「なにをって、べつになにも」
一歩一歩黒ウサギに近づいて行く十六夜。黒ウサギは逃げられない。
十六夜が足を踏み出すたびにその身をビクリとちいさく震わせていた。
まさしく狼に狙われた兎。
そして、十六夜の手が黒ウサギの太ももに触れる。
「っっ」
無駄な脂肪など付いていない。けれど、柔らかさを感じさせるその美脚を十六夜は愛撫する。
時折、その弾力を確かめるように揉んでもみる。
「い、いい加減に、してください。十六夜、さん。いまならまだ、許してあげます、からぁ」
「んー。なに赤くなっているんだよ。そんな風じゃ言うほど嫌がってるように見えねーぜ」
「そんなこと―――」
「なあ、黒ウサギ。不安なんだろ」
「―――へ?」
「震えてるぜ」
十六夜は手を黒ウサギの太ももの裏側に回し、五指が食い込むよう強く揉みしだいた。
「それは、十六夜さんが変なことをするから、です!」
「いいや違うね。ジンの手前、ああ言ったが本当は不安で堪らないんだろ。俺達が勝てるかどうか」
「っっ」
「英雄の末裔ルイオス。俺が気づけて、お前が気づけないわけがないもんな。あの優男はマジでやばい。蛇神を相手にした時にも感じなかった感覚を俺はあいつを前に感じたぜ」
いうなればそれは、白夜叉と対峙した時に感じた感覚に似ていたと十六夜は言う。
「十六夜さんはルイオスが白夜叉様と同格だと言いたいのですか?」
「そこまでは言わねぇよ。感じたのは白夜叉の感覚を数十倍に薄めた感じだった。だから、俺個人がルイオスを相手にする分には問題ねーだろ。問題なのはそれを感じ取ったのが俺と黒ウサギ、そして真央の三人だけだったってことだ」
黒ウサギの脳裏に嫌なイメージが流れる。
忌避すべで、逃避すべきな、考え。
仲間も信じるのならば抱いてはならない幻想を黒ウサギは抱いてしまう。
それをみた十六夜は愉快気に口元を歪ませた。
「不安だろ?体の震えが増してるぜ。もしもあいつ等がルイオスの実力も知らないまま挑んでしまったら・・・」
「っっ、十六夜さん!やめてください!それ以上は、不謹慎です・・・」
顔を逸らした黒ウサギに十六夜はやれやれと首を振る。
「怖いなら怖いって言ってもいいんだぜ。その恐怖を、震えを俺が止めてやってもいいんだからさ」
「え?」
黒ウサギは驚く。
まさか十六夜はこの場を離れジン達を助けに行くと言ってくれているのかと。
確かにそうしてくれれば自分がもう怖がることはないだろうとそう思える。
それほどまでに自分は十六夜のことを信頼していたのかと黒ウサギは驚きながら、十六夜を見つめる。
十六夜はいいやと首を振った。
「そんなことしたらこのゲームで負けちまうだろ。だから、取るのは別の手段だ。別の方法で俺はお前の震えを止めてやれるぜ。黒ウサギ」
「それは、どういうことです?」
十六夜はため息をつきながら
「俺は男でお前は女だ。そしてここには二人きり」
そして、深く歪んだ笑みを浮かべた。
「なら、そういう方法も悪くないだろ」
「なっ・・・」
絶句する黒ウサギ。鯉のように口をパクパクさせ、徐々に赤くなっていく。
そして、十六夜の手が黒ウサギのスカートに入る直前に
「お姫様。助けに来ましたよって、場面でいいのかなこれは」
黄金の鎧を纏った青年が、優しげな笑顔を浮かべながら現れた。
現れた青年。それは言うまでもなく“ペルセウス”リーダー、ルイオスだった。
”ノーネーム“の本拠で話した時とは違う服装、おそらく守りのギフトで固められた黄金の鎧を纏っている。
戦いの際に服を変えるという感性は常時喧嘩上等を地でいく十六夜にはわからないものだったが、やる気だけは見てとれた。
十六夜は口元を歪める。
「今からが良い所なんだよ、邪魔してんじゃねぇよ。優男」
「まあ、僕が言えた義理でもないんだけど。無理やりっていうのは止めた方がいい。満たされるのは直後だけで、後に待つ涙と嗚咽は悔いるには十分だ」
「おいおい、俺様が仲間を無理やりなんて、非道なことするわけがねぇだろ。これは・・・そういうプレイだ」
十六夜はキメ顔でそう言った。
「なるほど。それは悪いことをしたね。じゃあ僕は1時間ほど外に・・・」
まだまだ続く漫談を聞いている黒ウサギの身体は徐々に震えていき、そして爆発した。
「いい加減にしてください!!今は神聖なギフトゲーム中ですよ!!」
大声。ビリビリと痺れ、宮殿の壁が震えるほどの声量がある大声が響く。
十六夜は自前のヘッドホンでその威力を軽減することができたが、三半規管に直撃を受けたルイオスは一度足を滑らせ転んだあと、苦笑いを浮かべながらヨロヨロと立ち上がった。
「あやうく、リタイアするところだったよ、流石は月の兎」
「ヤハハ、駄目だろ黒ウサギ。捕虜からプレイヤーへの攻撃は禁止されているはずだぜ」
「えっ、あっ!いえ、いまのは敵意があったというわけではなく。黒ウサギはお二人を注意しようとしただけで―――」
「いや、いいんだ。いまのを反則にカウントしたりはしない。僕がふざけ過ぎたのも悪いからね」
「―――ルイオスさん」
壁を振動させるほどの声量を持つ声。箱庭の中枢に報告を入れれば反則を取れるかもしれない有利を自ら捨てたルイオス。
「それに、こんなことで仲間になってもらっても君は僕に協力なんてしてくれないだろうしね」
「・・・」
そんなルイオスを黒ウサギは揺れる瞳で見つめていた。
十六夜はそんな視線を遮るように黒ウサギとルイオスの間に立つ。
「んじや、そろそろ始めるか?黒ウサギを愛でるのは終わってからでも遅くねえだろ」
「・・・そうだね。始めるとしようか。言っておくが、僕は負ける気はさらさらないよ」
「いいや、黒ウサギの美脚は俺のものだ」
ルイオスと十六夜。
英雄の末裔対超越者の赤子の戦いはこうして、始まることとなる。
現在時刻、ゲーム開始より30分。これより36分後。
ゲーム開始1時間6分に逆廻十六夜は敗北する。
およそ考えうる限り最も屈辱的な方法で、十六夜はおそらく生涯初めての敗北を経験することになる。
そして、それは言うでもなく“ノーネーム”の敗退を意味していた。
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