大きな怪我もなく“フォレス・ガロ”との『ギフトゲーム』を終えた私たち。
今回の『ギフトゲーム』で得るものは多くあった。
旗も名も失った“ノーネーム”に存在しなかった“象徴”としてのジンの名前。
“打倒魔王”を掲げた少年―ジン=ラッセル。
“フォレス・ガロ”に支配されていたコミュニティからの信頼。
そしてなにより、私にとって大きかったのは黒ウサギとの和解。
舞い戻った箱庭の世界で初めての『ギフトゲーム』を終え、私は晴れて“ノーネーム”の一員となれた。
それを喜ばない私ではない。
嬉しいと、素直にそう言おう。
闇より出でて影と共に生まれる私は、名もない彼らと一緒に居られることを嬉しく思う。
「今回のゲーム、不完全燃焼だったわ。そう思わない?春日部さん」
「うん。真央にいいところは全部取られたと思う。ガルドを追いに行った筈なのに気が付いたら終わっていたし」
「つーかよ、ガルドは逃がしたままでいいのか?もともと、アイツを捕まえるために『ギフトゲーム』を挑んだのに」
「それについて黒ウサギは深追いするべきではないと思います。すでに箱庭の外に逃げた後でしょうし・・・追うに追えません。それにガルドはもうすでに罰を受けているはずです。箱庭で最も大切なコミュニティの仲間を捨てて逃げたのです。もう、誰もガルドのことを信用しなくなるでしょう。今後、ガルドは独り辺境の地で生きていくしかありません」
「かつて森で暮していた時のように、ですね。意外と、ガルドにとってもそれが一番いいのかもしれません」
飛鳥、耀、十六夜、黒ウサギ、そしてジン。
彼らと共に私は本拠への道を歩く。
街灯の前を通るたびに映る彼らの影を見るたびに、ざわめくはずの欲望も今だけはおとなしい。
それほど今の私は気分が良い。
あれほど憧れた輝きと共に歩いて行けるのだから、当然だった。
気を抜けばだらしなくにやけてしまう顔を引き締めながら私は歩く。
そして、そんな私を、否、私達を待ち受けている者がいることに気が付いたのは本拠の正門を一目見た、その時だった。
「わあ」
漏らした溜息は誰のものだったのか。もしかしたら私かも知れない。
それほどまでに、その光景は荘厳だった。
金色の甲冑を身にまとった兵士たちが規則正しく正門へ続く道の両脇で並列を成している。
此処は何処の宮殿だと言いたくなるほど見事な兵士を前にすると、それなりの規模をもつ“ノーネーム”の本拠も霞んで見えてしまう。
はたして彼らが誰なのか。
「あの、えっと、貴方達は一体、どうして僕たちの“ノーネーム”に」
気後れしながらそう聞いたジンに答えたのは、並列の奥から現れた騎士のような男だった。
蛇皮のスーツに亜麻色の髪。ブーツを履き、首に付けたチョーカーには生首を模した金の装飾。
男自身に見覚えはなかったが、チョーカーにぶら下げた金の装飾には覚えがある。
私は目を細め金の装飾を見定める。
24、48、いや、69時間足らずの間で変光を繰り返す恒星クラスのあの輝きは間違いない。
彼は白夜叉が震えながら語っていたコミュニティ“ペルセウス”のリーダー。
「驚かせて済まないね。僕の名前はルイオス。コミュニティ“ペルセウス”のリーダーだ。君が“ノーネーム”のリーダーで間違いはないかな」
私のよく知る彼女、愛情深い海の乙女。
鋼鉄の処女(アイアンメイデン)に改心させられた青年か。
「“ペルセウス”・・・五桁の外門に居を構える貴方がたが、僕たちにいったいどういったご用でしょうか」
七桁の外門の一部を支配していただけのガルドとは比べ物にならない五桁の外門の住人。
どれだけ優しげに微笑んでいようと各上の相手だとわからないジンではない。
警戒と緊張をできる限り顔に出さないよう話すジン。
そんなジンにルイオスは困ったように頬を掻く。
「んー。警戒されちゃったかな。まあ、こんな時間に尋ねてこられたんじゃ仕方がないことかな。すまないね、びっくりさせちゃったみたいで」
ははは、と笑うルイオス。その姿はどこからみても好青年。
ジンの隣に立つ十六夜と見比べてみると、その違いは一目瞭然だった。
「どういう意味だコラ」
凄惨に笑う十六夜からの視線を避け、別の方向へと視線を向ける。
そこには心配そうにハラハラしながらもコミュニティのリーダー同士が話し合っている場に割って入るわけにもいかない黒ウサギと、ルイオスの顔を見て「悪くないわね」と言っている飛鳥の姿。
そして視線の端には兵士から兜を剥ぎ取り興味深そうに眺めている耀の姿があった。
魔王であった私が言うのもなんだが、自由すぎる。
私はジンとルイオスに視線を戻した。
ルイオスは優しい口調で、しかし意志のこもった確か口調でいう。
「けれど、僕としても時間が惜しかった。確信が持てたのなら迅速に行動するべきだからね」
「確信?いったい何の確信でしょうか」
「君達が“ペルセウス”と対等な取引をするに値するという確信さ。“フォレス・ガロ”を倒すまでは予定範囲内だったようだけれど、流石に得た“旗”と“名”を全て変換するとは彼女も予想はしていなかったよ。まあ、僕はそれで君達なら取引相手足り得ると確信したけどね」
ルイオスの口から出た“取引”という言葉にジンは眉をひそめる。
「“取引”ですか?五桁の外門の住人である貴方が七桁の住人である僕たちと“対等な取引”を望むとは、いったいどういう――」
「まあ、待ちなよ。此処じゃあなんだ。商談は椅子に座って紅茶を飲みながらにでもしよう。君たちの本拠に招いてくれないか?もちろん、僕の部下全員は入れないだろうし僕ともう一人だけでかまわないからさ」
「――わかりました。黒ウサギ、かまわないよね」
ジンが黒ウサギの方を振り向く。黒ウサギは自分の方に話が回って来たことに安堵をしている様子。
「YES!リリちゃんたちに伝えてまいります。準備もありますのでルイオス様、少々お待ちいただいてもよろしいですか」
大方、これで自分も商談に参加できる。不利な方向に話が行くことを止められると思っているのだろう。
まったく、過保護に過ぎる。
「かまわないよ。急に押しかけたのは僕たちだからね。無理に急がないでくれ、黒ウサギさん」
その時、ルイオスが黒ウサギに向けた視線に含まれる感情に気が付かない私ではなかったが、ここは何も言わなかった。
10分後。ジン、黒ウサギ、十六夜、飛鳥、ルイオス、ルイオスの部下、そして私は同じ部屋で商談のテーブルについていた。
そこで語られたルイオスの取引を聞いて、流石は鋼鉄の処女に“変えられた”青年だとそう思い知ることとなる。
―――――✠―――――
商談のために着いたテーブルの上でルイオスは優しげに微笑みながら指を絡ませる。
そして出された紅茶を一口含んだ後、切り出した。
「ジン君。君はレティシアと言う名に覚えがあるだろう」
疑問ではない。確信と共に出された言葉にジンは唾を呑む。
私もまた、思い出す。
レティシア。そう、本名は確かレティシア=ドラクレア。
かつて“ノーネーム”の前身である彼らのコミュニティに在籍していた彼女か。
彼らと私との戦いにおいても黒ウサギに劣らない戦火を上げた箱庭の騎士たる純潔の吸血鬼。
そして私や白夜叉と同じく、魔王。
それもただの魔王ではない。
私が『背徳』と『謀略』の二つ名を持っていたように彼女もまた、二つ名と共に箱庭の世界で語られる魔王。
『同族殺し』の魔王。レティシア=ドラクレア。
私の反応を見ていたルイオスは微笑んだ。
「ジン君や黒ウサギ以外にも知っている人はいるようだね。そう、言わずと知れた吸血鬼。いや、吸血姫。ジン君の元仲間。魔王によって奪われた仲間の一人。僕の言うレティシアは間違いなくレティシア=ドラクレアその人だよ」
「確かに、彼女は僕たちの仲間です。ピンチの時は何度も助けてもらいました。それで、どうしてルイオスさんから彼女の名前が出てくるのですか」
「そう睨まないでくれよ、ジン君。僕はただ、ああ、いや、もういいか。率直に言おう」
面倒なのは嫌いでね、とルイオスは言うと初めて浮かべていた微笑を消した。
「レティシアは現在、僕が所有している」
「“所有”している?まるで物みたいな言い方ね」
ルイオスの言葉に飛鳥は眉をひそめた。それを諌めたのは黒ウサギ。
『ギフトゲーム』に敗れ仲間を奪われるというのは箱庭ではよくあること。
金品や才能(ギフト)と同じように“人材”もまた『ギフトゲーム』の景品。
「彼女から聞くに魔王に君達から奪われた後、周り回って人買いのコミュニティの手に渡ったらしく。しかしその人買いコミュニティでも持て余していた。なにしろ“制約”で縛られているとはいえ魔王。それも元のコミュニティに戻りたいという意志も強いときていた。一度は箱庭の外に売ろうかという話まであったらしい」
「なっ、なにを馬鹿な!彼女たちヴァンパイアは――“箱庭の騎士”は箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ!?そのヴァンパイアを箱庭の外に連れ出すなんて・・・!」
「そう。あまりにも非人道的だ。だから僕が買い取った。箱庭の外に売られてしまう前にね。今思えば、本当にいい”買い物”をしたよ」
机を叩きながら立ち上がったジンとは対照的に
「流石に外の買い手ほどの値は付けられなかったけどそこは“ペルセウス”の名前が効いたよ」
とルイオスは笑う。
流石は怪物を倒した功績を称えられて箱庭に招かれた英雄の血を受け継ぐコミュニティ“ペルセウス”のリーダー。
踏んできた場数がジンとは違う。
交渉はあまり得意分野ではないが、私がジンと変わるのが最善策か。
いまだルイオスの狙いが読めない以上、このままではいけない。
そう思い前に出ようとした私を止めたのは、何時の間にか前に出てジンの肩に手を置いていた十六夜の存在だった。
「そうカッカッするなよな、御チビ。こいつはお前の仲間の恩人だぜ。どういった意図があったにせよ、礼の一つでも言って罰は当たんないんじゃないか」
「あっ・・・そうですね。すいませんルイオスさん。貴方はレティシアのことを助けてくれた。それなのに僕は・・・すいません」
「いいよ。僕も慈善事業でそんなことをしたんじゃないしね。お礼なんてしてもらっちゃ、僕の方こそやり辛い。だから、対等でいよう。人間らしく人道的に、話し合おう。最初に言ったよね、これは商談だ」
「何と何を取引するかを話し合おう」
そこまで聞いて私はようやくルイオスの真意に気付く。
なぜ彼が大金を積んでまでレティシアを救ったのか。
元々、人買いのコミュニティがレティシアを売ろうとしていたのは箱庭の外のコミュニティ。
たとえ箱庭の外とはいえ五桁の外門に住む彼等でも届かない値を付けられる相手を差し置き、それも“ペルセウス”の名まで使い買い取ったとなれば、危うい取引だったことだろう。
それほどの危険を冒しまでなぜ、レティシアを買い取った。
それがわからない私ではない。
答えは最初から出ていた。ルイオス、彼は“彼女”によって改心させられたのだ。
愛情深き海の乙女。不実な恋人に純潔を捧げ、身を投げた鉄の処女。
伝承によれば彼女は以来、屈強な男たちを自らの元に招くようになったという。
誰よりも女であるからこそ、誰よりも男に幻想を抱くメルヘン。
そう言えば彼女はかつてこう言っていた。
『男なら一国一城の主であれ』
『そして、国のために死んでくれればロマンチックで最高だ』
「僕は黒ウサギを所望するよ。月の兎の“箔”があれば北側の悪鬼羅刹、南側の幻獣達とも対等な『ギフトゲーム』が行える。そうすれば“サウザンドアイズ”からの独立どころじゃない」
「っっ、飲まれるな、ジン!」
叫びながら十六夜が掴んでいない方の肩を掴む。
もはや見るまでない。十六夜は威嚇するようにルイオスに獰猛な笑みを向け、ジンは零れる涙を抑えることもせずそれでも歯を食いしばり絶えていた。
ああ、私はまたジンに無用な涙を流させてしまった。
“彼女”。
あの亡霊に見初められた男の前にジンが立てばこうなることくらい考えればわかることだったのに。
「僕の“ペルセウス”はもっと上の階層に行ける。だから、ねえジン君。僕のレティシアと君の黒ウサギを交換しようよ」
それができないなら、とルイウスは首に下げた金の装飾を握り込み。
「僕は君に『ギアスゲーム』を申し込む」
私は断言する。此処まで魅せられて理解しない私ではない。
ルイオス=ペルセウス。
彼はガルド=ガスパーとは違う種類の人間。
けして、咬ませ犬で終わるような人物ではないだろう。
“フォレス・ガロ”との『ギフトゲーム』を終えた私達にまた新たな局面がやってくる。
この状況で私という影は笑う。黒は波乱の中でこそ映えるから。
ああ、また彼らの輝き。可能性が見られると喜んでしまう私は罪深い。
しかし、それが、私だ。
影としての私の本心。
本当に、これだから箱庭は面白い。
感想、質問等がありましたらお気軽にお聞かせください。