俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。   作:nowson

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更新が遅くなりました。

今回は試合終了までの流れになります。


誤字脱字は、確認しないで投稿したため、かなり多いと思います。

時間を見つけて修正していくのでご了承ください。


あの日を越えて

『総武高校には大きく三つの弱点がある』

海浜高校バレーボール部監督の鳶尾は2セット目の段階で、そう評した。

 

 

 

 

そして3セット目

 

不安要素であった守備、人数ギリギリの選手層、その二つによって引き起こされた八幡の負傷。

 

 

(今の総武高は俺が予想していた弱点により不安要素が出た状態……だが、手加減だけは無しだ)

正直、ここまでの状況になる事は彼にも予想外だった。だが現状、試合は続行した。

 

 

 

(あいつ……)

リベロと変わりコートに戻っていた愛甲はベンチに座り比企谷の方を見る。

 

 

 

『俺を最後までコートに立たせてくれ!!』

思い出されるのは先ほど微かに耳に入った八幡の声。

 

 

(俺は……)

今までの事、過去の衝突、そして今。色々な感情が交わった表情を受かべ拳を握り唇を噛みしめる。

 

 

「どうした愛甲?」

あきらかに様子がおかしい、そう感じた鳶尾監督が声をかける。

 

「いえ」

 

「比企谷が心配か?」

 

「えっ!?あの……」

 

「心配だったら、お前が前衛戻った時、さっさと終わらせてやれ」

それは自分自身も思っている事、愛甲に何かを託すように肩を叩き言葉をかける。

 

「っ!?……はい!」

 

(そうだ、今は早く終わらせる。後の事は、その時考えればいい)

今は試合に集中する、それが今やるべき事。そう言い聞かせコートの現状、そしてコートに戻っての自分のすべきプレーを頭に浮かべコートをジッと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合続行したのはいいけど、状況はやべぇな」

 

「点はリードしてるけど次ローテ回れば比企谷が前衛で、実質ブロックは2枚……それでコンビと山北を凌がなきゃならない、想像以上にキツイぞ」

 

「けど、ここまで来たんだ勝ってくれ!」

解説をしながら、ちゃんと応援するモブの鏡のOB1、2、3。

 

 

「お前にかかってんぞ長谷!」

 

「カット一本!切れよ」

恩名と清川もそれに続き声を上げる。

 

 

 

 

総武高校 21-19 海浜高校

 

 

海浜のサーバーは床に数回ボールを叩き相手コートを見つめる。

 

 

(この配置……狙うなら)

明らかに八幡をサーブカットから外そうとしたシフト、という事はサーブカットが苦手なミドル二人も守備範囲を広げている状態。迷うことなく後衛の飯山をジャンフロで狙う。

 

 

(ここ狙う事ぐれぇ分かってんだよ!!)

無回転のサーブはオーバーで取る。飯山はしっかりと手を作りボールを捕らえ崩されながらもCパスを上げる。

 

 

「オーライ!」

八幡はセットアップに入れない、そう判断した温水がセットアップに入る。

 

(崩した。6番じゃなく4番がセットアップか)

「レフト三枚!」

海浜のブロッカーは冷静に見極め、レフトへ詰める。

 

 

 

(締めが甘い、ストレート!!)

キルブロックで被せてきてはいるものの、ネットから離れたややかぶり気味のトス。ブロックが見える位置から、未完成の部分を通す。

 

 

(マジかよ!間抜かれた!)

 

 

(狙うかもって思って構えてたけどマジで来た!)

海浜のリベロの小菅が何とか拾い繋げる。

 

 

崩れはしたものの上がったボール。現状の海浜において託される選手はただ一人。

 

 

 

「ライト!」

カバーに入った選手が二段トスを山北に向け上げる。

 

 

「行きます!せーの」

ライトからのスパイクに備え、総武高も三枚のブロックをそろえる。

 

 

(あいつをかばってストレート締めたか。けど!)

どこかを強く守れば、どこかが空く。山北は総武高の高いブロックをあざ笑うかのようにタイミングを外し躱しデッドスペースにハーフで相手コートに落とす。

 

 

総武高校 21-20 海浜高校

 

 

 

 

「どんまい!次!!」

今の失点はミスじゃない。気持ちは切らせてはいけないと七沢が味方を鼓舞するように大きな声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

総武高校 21-20 海浜高校

 

(さっきのサーブ狙いは悪くなかった。なら、もう一回同じとこ狙ってやる)

 

 

(狙うと思ってた!)

飯山が今度は前に前に詰めオーバーでカットするものの、力みが入り一本で返してしまう。

 

 

「チャンス!!」

小菅がしっかりと落下点に入りAパスをセッターの石田へ返す。

 

 

 

(今、総武高の意識はキャプテンのライトに向いてる。センター囮のパイプで……)

 

 

(海浜のセッターは3セット目出てきてから教科書通りじゃなく裏をかこうとしてる……だけど試合再開からここまで山北さん中心、ここでAパスなら……)

長谷がこれまでの情報を処理しつつ予測を導き出す。

 

(いや!この5番に時間差やコンビは通じない。ここはライト勝負!)

長谷はリードブロックを基本とし、時間差に対しては何度もワンタッチを取る姿をコート外から見ている。セッターが下した結論はライトの平行。

 

 

(狙うと思ってた!)

センターの位置から、クロスステップ。軸足の左足をやや内側にし重点の移動とジャンプの為の慣性の確保。タイミングしっかりと

 

(やらせねぇよ一年!!)

八幡を守るべく締めたストレートをあざ笑うかのようなクロス。

 

 

(やらせない!)

(反応した!?)

クロスを予測した長谷が、山北のスパイクに食らい付き触れる。

 

 

「ワンチ!」

だがカバーできない位置にボールが飛び再び海浜の得点になる。

 

 

 

 

 

総武高校 21-21 海浜高校

 

 

 

 

(多分、次も下手すりゃ同じとこに来る……なら)

 

「比企谷、少し左寄ってもう少し前出てくれ、飯山はもう少しサイドラインに寄って前詰めろ、間に来た際どいやつは俺が全部捕る。」

後衛にいる稲村が、指示を出し自分の守備範囲を広げ構える。

 

 

「あっ俺も!」

「エースは攻撃に備えてろ!」

カットにも自信がある七沢も定位置から動くが稲村に止められる。

 

 

 

「……お前がいねぇと崩れた時の保険がいねぇ、頼むわ」

 

「分かった、すまん」

一瞬、釈然としない表情をした七沢の様子を見逃さなかった八幡がしっかりとフォローした。

 

 

 

(この配置、狙いにくい!)

 

(思った通り)

「オーライ!」

打たれたサーブは新しく空いた穴をねらうべく、飯山と稲村の間。そこに来ると読んでいた……いや、そこに誘った稲村が前に詰めしっかりとした三角形をつくりオーバーでカットし高いAパスを上げる。

 

 

 

(Aパス!!けど高速Bは無い)

スプレッドシフトの状態の海浜は八幡のセットアップに注視する。

 

 

 

(裏を読まれそうな状態)

七沢が前衛の時の軸にしていた攻撃。全身のバネを使い、ダイレクトデリバーの高速Bクイック。だが今の八幡にはそれは出来ない。

 

 

(だけど相手はまだ疑心暗鬼なはず。……ここはシンプルに)

現状、最も速い速攻のAクイック。

 

 

(真ん中!?)

海浜のブロッカーは反応が遅れ長谷にAクイックを決められる。

 

 

「ナイキー長谷!」

 

「あ、ありがと!」

同じ一年の温水が駆け寄り二人でハイタッチ。

 

 

「稲村」

「ん?」

八幡から声を掛けられた稲村が、どうした?と反応する。

 

 

「ナイスカット」

彼が上げていたカットは全て八幡を気遣った高く、丁寧に上げた物、ありがとうと伝えるのがやや恥ずかしいのか、右手で軽く拳を作り差し出しプレーを褒める形で伝える。

 

「ナイストス!」

八幡の態度を知ってか知らずか、軽く笑みを浮かべ二人は拳を重ねた。

 

 

 

 

総武高校 22-21 海浜高校

長谷のAクイックで再びリードし総武高はローテーションを回す。

 

 

 

 

 

「やったっしょ!バレー部」

 

「ああ、けど……」

 

「どうしたの隼人君?」

再びリードしたハズなのに葉山の様子はどこか浮かない。不思議に思った戸部が問う。

 

 

「これで比企谷は前衛に上がる。だけど今の彼にはツーアタックどころかブロックも期待できない。実質前衛2枚、点差は22-21で1点リードはしているけど相手はエースが前衛、かなり不利だ」

 

「じゃあ、センパイ達が勝つ望みは――あっ!」

 

 

 

総武高校 22-22 海浜高校

温水のフローターサーブはきっちりと返されてしまい、今度は手薄になったブロックをあざ笑うかのようにコートに戻ったを愛甲に決められてしまう。

 

 

 

 

「望み、まだあるんじゃないかな?けど、どうだろうね」

「それって望み薄いって事?」

陽乃の含みのある言い方に反応する三浦だが

 

「どうだろうね」

陽乃はそれをはぐらかすように答え、コートへと目を向けた。

 

 

(実際、無い訳じゃない……けど今の彼らには酷かな?)

 

 

 

そして、試合展開は陽乃の言葉通りだった。

 

ローテが回り、セッターの石田と一番コンビを組んでいる愛甲が前衛に戻り、エースの山北、レフトの選手含め最も攻撃の強いローテ。

 

対する総武高は前衛二枚で守備の要の温水がセットアップに備え、守備に不安があるミドルブロッカー二人が参加している状態。

 

 

 

総武高校 22-24 海浜高校

 

 

さらに点数を重ねられ海浜のマッチポイントを迎える事になる。

 

 

 

このサーブが取れなかったら負ける。その精神状態が6人を襲う。

 

 

 

「オーライ!」

サイドラインギリギリに来たボール。

 

「アウトだ!」

「あっ!」

ジャッジの声の反応遅れてしまった温水がアウトのボールに触れてしまう。

 

そして、それは焦りを生み判断を鈍らせる。

 

なんとか上げるもののカバーするのがやっと。この状況でチャンスボールを返してしまう。

 

「ドンマイ!」

 

「切り替えろ!!」

 

 

 

「チャンス!」

小菅がきっちり落下点に入り緩い回転の絶妙な高さ、理想のAパスを上げる。

 

 

「……」

(一瞬、僕を見た?)

セッターの石田が一瞬、ほんのコンマ数秒だが確実に見た。

 

 

(定石ならレフト。なら意識させろ!)

相手セッターは確実にブロッカーとして自分を意識している。

そして、あえて少しライト側に寄る。

 

 

(動いた!ライト!!)

本当はキャプテンに上げたい!そう思った時、相手ブロッカーの長谷が自分の上げたい方向から遠ざかるのが見える。

 

(読み通り!!)

(ブラフかよ!!)

長谷の誘いに乗った石田はライトへトスを上げてしまう。

 

 

 

(離れた分ブロック空いてんだよ!)

綺麗に空いたブロッカー同士の隙間。山北が容赦なく打ち込むべく腕をストレートに振る。

 

 

 

(僕は、山北さんを止める力も技術もないけど)

 

 

(ブロックなら戦える!)

 

 

「何っ!?」

「ワンチ!」

空いた隙間、タイミングを合わせ食らいつき決まるはずだったスパイクを再び宙に舞わせる。

 

 

(守備で迷惑かけまくってんだ!これは拾ってみせる!)

飯山が必死にボールに食らいつき、稲村同様、八幡に高いパスを上げる。

 

 

 

 

高いパス、セッタ-へ向かう綺麗な放物線。

 

八幡は痛みを堪え、必死にセッターポジションに向かう。

 

 

 

(俺は今コートにいる)

それは自分一人では決してできなかった事。

 

 

 

(俺は今チームでバレーをしてる!)

それは彼が望んでいたもの。

 

 

 

(こいつらはチームの為、そして俺の為に)

必死にボールを繋ぎ、ボールを託す。

 

 

(今の俺が出来る事……俺がこいつらに出来る事って何だ?)

 

 

『このチームのアタッカーは優秀だ、お前はそれを信じてそいつの打ちやすいトスを上げる事を意識すればいい』

かつて八幡が自分自身で言った言葉を思い出す。

 

(そうだ迷う事ねぇ!これしかねぇ!)

 

 

(仲間を信じて)

オーバーの基本、三角形の指肘の締め。足を向け体も使いトス。

 

 

 

「七沢!」

レフトに上がったオープントス、そのボールは理想的な放物線を描き、七沢が最も好きなネットよりやや離れた場所。

 

 

「レフト三枚!!」

サードテンポ、滞空時間の長いオープントス。海浜はキッチリブロック三枚そろえる。

 

 

(ブロックフォロー……来れないか)

いつもならオープンの後、間髪入れずにブロックフォローに来るが、今は来れない。

 

 

(でも、すげぇ打ちやすい良いトスだ)

ありがとな。心で呟きトスに合わせ軽い助走からの三点助走。

ブロック三枚を躱し相手のコーナーへ鋭角に、かつ力強く狙い撃つ。

 

 

「っ!!」

(間違いない!七沢さん、さっきよりずっと強くなってる)

そのスパイクはさっきまでと違う強力なもの、予測し待ち構えていた小菅がボールを弾く。

 

「カバー!」

 

 

 

「チャンス!」

再びボールが総武高に返る。

 

 

 

「……」

接戦続くラリー。葉山隼人はそれを見ながら八幡の言葉を思い出す。

 

 

 

『印象は、お前らしいチームってとこだな』

『俺らしい?』

 

『ONE FOR OLL、 ALL FOR ONE、一人は皆の為に、皆は一人の為に……お前にピッタリじゃないか』

あの時、葉山はこう返した。

 

 

『それは皮肉かい?』

それは違う、皮肉で言ったんじゃない。おそらく八幡自身は心から言ったのかもしれない。

 

 

 

(だけど比企谷、俺はそれを否定するよ)

葉山隼人は改めてそれを否定する。

 

 

 

 

 

 

温水が自分の持ち場だけでなく八幡がセットアップできない時も必死にフォローしてくれる。

 

長谷が跳べない八幡の分もカバーし、海浜相手に実力以上に頑張ってブロックで戦っている。

 

稲村は皆が余裕ない中、八幡をさらには皆を助け、フォローし。

 

飯山は苦手だったカットも精一杯食らいつき、いつもなら拾えなかったボールも拾ってみせる。

 

七沢はエースとして、自分の力を持って海浜に挑む。

 

 

だからこそ八幡は、自分ができる精一杯トスを上げる。

 

 

託し、託され繋いでいくバレーボールというチームスポーツ。

 

彼が求めていた物、ずっと夢見ていた物。

 

 

 

 

 

ONE FOR OLL、 ALL FOR ONE、一人は皆の為に、皆は一人の為に

 

 

 

 

 

(何が俺らしいチームだよ……)

 

 

 

「今の君の方が、よっぽどそれをやってるじゃないか!」

 

 

 

 

 

「オーライ!」

そして、再び総武高のコートにセッターに託されたAパスが上がる。

 

 

(Aパス上がった!!でも高速Bもツーも無い、2番と3番は後衛、リードブロックで)

愛甲がネットに近づき、可能性を頭に入れブロックに備える。

 

 

(今、このタイミング、状況……だからこそこれで)

絶好の状況、警戒し集中した相手、自分を信じる味方。そんななか八幡の出した選択。

 

 

 

選択

それを語る上で一つ忘れてはいけない事がある。

 

 

 

彼は非常に、ひねくれ者。

 

“コート上の王様”等の通り名的なものを彼につけるとすれば“コート上の詐欺師”の通り名がつく事間違いなしなのだ。

 

 

 

(はぁ!?)

その彼の選択を愛甲はただ漠然と見送る。

 

 

 

 

 

それは、速攻でも平行でも、ましてやオープンでもなく

 

 

「……トスフェイント?」

八幡の選択は意標を突くトスフェイント。愛甲は呆然と呟く。

 

敵味方問わず時が止まったかのように静まり返る。

 

 

審判の笛の音が響き、総武高側に手を向け得点を知らせる。

 

 

 

総武高校 23-24 海浜高校

 

 

 

 

 

「プッ!ハハハハハ!!ここでトスフェイントとか、どんだけ空気読まないの比企谷君」

よほど今のプレーが可笑しかったのだろう、陽乃が腹を抱えて笑い出す。

 

 

「実に彼らしいプレーではあるのだけど」

そう言いながら、ちゃっかり雪乃も笑いを堪える。

 

「ほんとに君ってやつは……」

自分の考えの斜めを行くやつだ、葉山も笑い出す。

 

「???」

今のプレーの何が問題だったのだろう……分からない結衣はただ頭に?マークを付けていた。

 

 

 

 

「あいつ、どんだけせこいんだよ!!」

いくらなんでも今のは無いだろ!愛甲が八幡を睨みつける。

 

(褒め言葉ですが何か?)

 

「お、おい!やめろ愛甲」

相棒の石田が止めに入る。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「トスフェィント……にらみ合う二人の選手……」

 

「そしてキス……」

 

「「オールスターの再来キマシタワー!!!!」」

海老名と相模の二人が謎の腐った悲鳴を上げ、鼻血を流しながら倒れる。

 

 

 

((何か寒気が!!))

 

 

 

※分からない方、気になる方は“バレーボール オールスター キス”で検索。

 

 

 

 

「落ち着け!」

 

「だ大丈夫です、何か物凄く冷静になりました!」

山北も止めに入るが、謎の力で冷静になった愛甲は気持ちを切り替え定位置に戻った。

 

 

 

 

 

「ね姉ちゃん、女子二人が何か意味不明な事言いながら鼻血出して倒れちゃったよ!!」

 

「あんたが見てたのはコートだけ……後は何も見ていない。いいね?大志」

 

「えっ……?」

 

「ほっときゃ勝手に治るからそのままにしておくし」

 

「えっ?えっ?」

 

 

 

 

 

総武高校 23-24 海浜高校

 

 

「あそこでトスフェイントとかどんだけ捻くれさんだよテメェ」

飯山は言葉で悪態を突きながらも、口元をにやけさせ手を出しタッチを要求。

 

「あそこ使いどころだから」

悪びれた様子を見せずそれに答える。

 

 

 

「ほらよ七沢」

前衛に上がった稲村から、七沢へとボールが渡される。

 

その瞬間チームの空気が締まり顔色が変わる。

 

 

 

 

23-24の1点差。総武高と海浜との試合で3度あった状況。

 

 

1回目はインハイ予選

 

2回目は今日の2セット目

 

3回目の今。

 

 

そしてサーバーは七沢。

 

 

(この点差)

思い出されるインハイ予選の今の状況。

 

尊敬する先輩の現役を自分が終わらせてしまった。自分が決めていたら勝てたかもしれない。もっと一緒にやりたかった。

様々な自責の念にとらわれ、今あの時と同じ3セット目のマッチポイント。

 

 

その状況にチームメイトは振り向かず相手コートを見据え、自分の定位置に構えるだけ。

 

それは緊張ではなく、ただ信じる証。

 

うちのエースは必ず乗り越える。

 

この中で誰よりも練習し、誰よりもバレーに取り組んできた事を皆が知ってるから。

 

 

 

(……思い出せ)

笛の音が鳴り床に打ち込むのを止めルーティンに入る。

 

 

「?七沢の奴、いつものルーティンじゃないぞ」

いつもは一回やや強めに床に打ち、救い上げるように持ちリズムを作るが、今の彼のやり方は違う。

 

ボールのロゴを自分側に向け、額に持ってくる。

 

 

(アレは比企谷のルーティン)

海浜の監督、鳶尾がそれに気づく。

 

 

 

 

 

―回想中―

 

(あの日以来、俺は何度も練習した)

 

 

 

 

 

(悪くない……けど、しっくりこない)

早朝練習なのだろう、七沢はボールカゴからボールを取り出し、一人でも問題なく出来るサーブ練習をしていた。

 

 

「やってるやってる」

 

「相変わらず朝から精がでてるじゃねぇか」

いつものトレーニングを終わらせ走って来たのだろう、飯山と稲村が体育館の扉を開ける。

 

 

「ああ、おはよう二人とも」

 

「おう!……てか、うかない顔してっけどどうした?」

七沢の顔に違和感を感じた飯山が問う。

 

 

「ああ、何かサーブがしっくりこなくて」

 

「?さっき見た感じだと普通にいいサーブだと思ったけど」

稲村は何故?という顔をし不思議そうな声をあげる。

 

 

「とりあえず、もう一回打ってみ?」

飯山が近くに転がっていたボールを拾い七沢に放る、と彼は同じようにスピンの利いたトスからドライブ回転のジャンプサーブを打ち込む。

 

 

 

「どう?」

 

「どうって、いいコースと良い回転としか(……もしかして精神的なものか?けどストレートに伝えるのもなぁ)」

インハイ予選からまだ日は浅い、下手に口を出しリズムを崩す可能性があると判断した飯山がすこし悩む動作をする。

 

 

「気分転換したらどうだ?」

 

「気分転換?バレー以外したくなんだけど……」

 

「遊びに行くとかじゃないわ、たわけ!」

 

 

 

「これは俺の場合なんだが、トレーニングで重量が伸びない時……例えばスナッチやっててフォームが崩れてると感じてしっくりこなかった時とか稀にあるんだ。その時は直ぐに練習をC&Jにシフトしたりするんだが、お前もジャンプサーブからフロ―ターとかに切り替えてみたらどうだ?そんで頭から抜けたら、またやればいい」

 

※スナッチ

バーベルを一気に頭上まで挙重する種目

 

※C&J

クリーン&ジャークの略。一旦肩の位置までクリーンし、体の反動等をつかい挙重する種目

 

※この2つは神経系のトレーニングとして取り入れる事も増えており効果も実証されています。が、素人が闇雲に行うのは危険ですので、出来れば的確に指導できる環境を訪れ正しいフォームを教わって欲しいものです。

 

 

 

「じゃあ俺もサーブ練やるかな」

そう口にするとバッグから黄色と青のコントラストのバレーボールを取り出す。

 

「でたよメディシンボール」

 

「あいかわらず化物だこと」

 

※メディシンボール

トレーニング用に作られた重さのあるボール

バレーボール用のやつの場合、バスケットボール並の重さから2kgほどの重さまであります。

これでオーバーカットの為の練習をしたり打ち込みの強化をしたり体幹を鍛えたり他、色々出来る優れもの。

 

 

 

「フッ!」

鈍い音を響かせ、まるで普通のボールを打つようにサーブを打ちボールを拾いに行き何度も打つ。

 

※メディシンボールでサーブは真似しないで下さい。これを真似して肘壊したやつが周りにいます。

 

 

 

 

「あれ?……ねえ飯山」

 

「ん?」

 

「稲村のサーブ、打つ前に手首思いっきり畳んでから漫画みたくタメて一気に回転させてるけど、あれって前教わった筋弛緩法効果と関係あるのかな?」

 

「関係はもちろんあるが、あいつの場合、伸張反射を使ってるんだと思う」

 

「何それ?」

 

「本来の意味を教えると解剖生理学の話になってややこしくなるから割愛するとして。あいつの体の使い方を説明するか。筋肉が伸縮運動で動くのは知ってるな?あいつの場合、こうやって弓みたくタメを作って、それを一気に放って、感性も加えた上でやってる感じだな……まあ一般人が今のアレを真似したら感覚掴むのも大変だし、あんな練習したら肩か肘やるけど」

 

「俺は普通の人だからアレはやらないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(体だって変わった)

 

 

 

 

「これがダンベルを二つ使ったプルオーバーだ。お前の今のダンベルフライの重量は10キロだから7キロにしてやってみるか」

飯山はそう言うと七沢にダンベルを渡し、フラットベンチから上半身がはみ出るように座らせ、落ちないように下半身に乗る。

 

「お、重い……」

ダンベルが重いのか飯山が重いのかは不明だが苦しそう。

 

 

「言っとくけど、最初は体が硬いだろうから可動域がかなり狭くて、床に着けるのが怖いかも、その変わりなれると―――」

 

「―――えっ?」

 

(こいつ、簡単に……)

筋肉やパワーだけでなく肩の可動域が広がり、競技に生かせる!そう力説しようとしたが、七沢が簡単に床にダンベルをつけ持ち上げてみせた。

 

「お前、肩周り柔らかいな」

 

「そうなのかな?計測とかしないからわかんないや」

 

(こいつの柔軟性に神経系と技術、それを支える体ができたらもしかして)

 

「よし!今日は胸と肩と腹筋の日。という事で、これからお前を力が入らくなるくらいヒィヒィ言わせてやるからな!!」

 

 

 

「というわけで続きだ!さっきの上げ方じゃなく円を描くように持ち上げるんだ!」

 

「……き、キツイ」

 

「何?楽しい!?それは良かった!じゃあ、とことん悦ばせてやるからな!!」

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うげぇ……」

追い込んだ証拠の酸欠、それによる吐き気、グロッキーになりながら七沢がフロアマットに倒れ込む。

 

「おお、吐き気を催すレベルの酸欠になるのは追い込んだ証拠、素晴らしいじゃないか」

 

「もう二度とやりたくないんだけど。これ、どれくらいで効果出るの?」

 

「そうだなぁ……簡易な神経伝達系だけなら割と直ぐと思うが、見た目が変わるとなると、ざっと三ヶ月ってとこだな」

 

「さ、三ヶ月!?」

 

「言っとくけど三ヶ月で効果が出始めるって事だからな。人間は普段、体を壊さない為のリミッターがかかってるのは知ってるだろ?」

 

「うん、それは知ってるけど」

 

「真面目に筋トレ重ねていくと、そのリミッターの上限がある程度上がる、それが3ヶ月と言われている……そしてリミッターが上がりトレーニングの強度が増したら、その負荷に対して体も対応し体をさらに強くするべく成長する。だから一回や二回のトレーニングで身に付くものじゃない。トレーニング、栄養、休息の三つを正しく積み重ねるしかないんだ」

 

「三ヶ月か……」

 

「そんなもんあっという間だ、それに慣れるとトレーニングせずにいられない体になるぞ」

 

 

 

 

(そして3ヶ月以上たって)

インハイ予選から3ヶ月以上がたち八幡がバレー部に助っ人として参加して

 

 

 

『俺はルーティンに入る前にボールのメーカーのロゴをこっちに向けて見た後、ルーティンの動作でおでこに持ってきてロゴを当てる、そんで離して、もう一回ロゴを見て気持ちを切り替える』

 

『ジャンフロならそのままトス、ジャンプサーブは、こうやって毎回同じ位置で同じ縫い目に指が乗っかるようにしてトス上げる感じだな、ロゴを合わせるのはボールを同じ位置で手に乗せる、練習通りのトスを上げる自己暗示する意味合いもある。プレー中とか色々考えが頭に浮かぶだろ?そのままの状態でサーブに入ると余計なことを考えちまう。だからどのサーブを打つか?狙いはどこか?そこを選択したら余計な事を考えず気持ちを切り替える。まあ、それ以外は願掛けみてぇなもんかもしれねぇが』

 

 

『お、お前、中学の時から、そう考えてプレーしてたの?』

 

『こわっ!』

 

 

 

 

「ああは言ったけど真似しても問題ないよね。俺も試してみよう」

 

 

「どうせならこの前の稲村の打ち方も参考にして」

八幡のルーティンから、稲村の引手の腕の使いかた。

 

そしてサーブ。

 

 

(しっくり来た!)

打った本人が一番わかるサービスエースがとれるような手ごたえ。

 

いままでしっくりきてなかった彼にとって久しぶりの感覚。

 

 

 

「……もっと練習しなきゃ」

今のを忘れないように、もう一度同じルーティンから同じサーブを打つべく時間の許す限り七沢は何度もボールを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今

 

(ボールのロゴ……比企谷。お前があの日を越えてコートに立っているように……俺も越えるよ)

八幡のルーティンと同じように額からボールを離し、もう一度ロゴを見て、ボールの縫い目が練習と同じように手にかかるようにする。

 

 

 

 

 

(俺も、あの日を越える!!)

スピンの利いたトスを上げる。

 

慣れ親しんだ体育館、何度も上げたトスとドンピシャの高さ。

 

落下するボールと景色が記憶と一体化する。

 

 

(良い!イケる!!)

軽い助走からトスにあわせた三点助走、そして跳ぶ。

 

左手でボールとの照準を合わせ、力いっぱい押し込めていた右手を解放。

 

手首をそらし、彼特有の肩の柔軟性を以って背中を収縮させた状態からの解放と同時の腕の振り、そして手首のスナップ。

 

全てが最高のタイミングで今まで身に着けた力を膂力に伝えミート。

 

球速、回転、パワー。彼が打ってきた中で最高のサーブが海浜コートに向かう。

 

 

(早っ!でもアウ―――)

この軌道はアウトそう思った。いや、明らかに反応できなかったサーブに外れてくれと小菅は願った。だが

 

 

 

「―――イン……」

ボールはエンドラインに重なるようにコートに叩きつけられる。

 

そのサーブは少しの沈黙と、総武高の得点、そしてデュースを告げる笛の音を呼び込む。

 

 

 

 

総武高校 24-24 海浜高校

 

 

 

「すげぇぇ!七沢の奴あんなサーブ打てたのかよ!!」

 

「これでデュース、イケんじゃねぇ!?」

 

「ああ、勝てる!!」

OB達は先ほどのサーブに対する驚愕、そしてデュースに持って行った状況に喜び合う。

 

 

「七沢の野郎すげぇじゃねぇか!なあ清……ん?」

恩名が隣にいる清川に声をかけようとするが異変に気付く。

 

 

 

(……凄いよ宗)

自分の持てるバレーの全てを教えた弟分。その彼が見せたサーブ。

 

自分が教えたサーブとは違う。いや、自身が教えたサーブから進化したもの。

 

 

それは同時に清川に、ある事を実感させるもの。

 

 

『よろしく!七沢君!!』

『よろしくお願いします!!清川先輩!!』

 

出会った頃はまだ150センチほどしかなかった弟分。

 

それが、いつしか身長は肩を並べ、技術も並び仲間としてライバルとして高め合う存在になり。

 

 

『そして、そんなお前のプレーで終わることができた、悔しいわけないだろ!!お前のプレーで終われるなら、最高の終わり方だ!!!!』

 

『宗、これからのバレー部を頼むぞ、お前だから、おれは安心して終われるんだ』

そして彼に託した。

 

だからこそ今のサーブは驚きよりも先に来るものがあった。

 

嬉しかった。目の前で見れた事、彼に託したのは間違いじゃなかった事。

 

だからこそ、心から言える。清川は自然と自分の心を口に出した。

 

 

「宗……お前はもう俺を越えてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして続くサーブ

今度は、レシーバーとレシーバーの間へのサーブ。小菅は横に手を出し必死に取ろうとするが、早い弾速のジャンプサーブを横でまともに取れるわけがない。

 

弾いてしまい総武高に点が入る。

 

 

 

総武高校 25-24 海浜高校

 

総武高がついに逆転し、逆に王手をかける。

 

 

 

 

(さっきと今のサーブ……いやそのオープンからか)

鳶尾は冷静にプレーを思い起こし一つの答えにたどり着く。

 

 

 

(間違いねぇ!七沢の奴、全国クラスの選手から全国クラスのエースに化けやがった!)

 

 

山北と既に同格、いやもしかすると……認めるしかない事実。だからこそ指示を出す。

 

 

「一本で返ってもいい!上げろ!!」

 

 

 

 

「っ!!(ヤバっ!長い)」

言葉ではそういうものの狙うはAパス。正面に来たサーブを小菅が再びカットするが

今度はネットを越える勢いで上げてしまう。

 

 

「長谷!」

「愛甲!」

総武高、海浜、二つのチームのミドルブロッカーの押し合い。

 

(やらせねぇよ一年!)

愛甲が押し合いを制し押し込む。

 

 

(やらせない!)

温水が持ち前の反応で拾う。

 

(拾った!けど)

この状態では八幡はセットアップに入れない

 

 

「オーライ!!」

七沢が自分がとると声を上げカバーに入り高く上げる。

 

 

 

「稲村、ラスト!」

 

「チャンス!」

石田次に備えるべく叫ぶ

 

 

(チャンスじゃねぇよ!)

もし、七沢のサーブが途切れたら総武高に勝ち目は無い、ここは攻めるときと判断した稲村が無理矢理打つ体制に入る

 

(打ってくる!目線ストレートに切ってる……でも、こいつは変則)

ストレートの振りでクロスに打つ可能性がある、そう判断した愛甲がストレートではなくクロスを塞ぐ。

 

 

「ワンチ!」

 

「ナイスだ!」

カバーに入った選手が高く上げる。

 

 

 

この状況で海浜が託す選手は一人しかいない。

 

「ライト!!」

 

「ライト来るぞ!!」

 

ブロックは長谷と稲村の二枚。

 

八幡のいる方向に打たせないようストレートを開け、クロスを締めた状態

 

 

(来い!)

温水はバックレフトでストレートを待ち構える。

 

 

(狙いはお前だ!)

だが山北の狙いは違っていた。

 

 

この状況

ストレートは待ち構えられ、クロスには高いブロック、カットが苦手な飯山はせめてフォローできるようにと前に詰めておりフェイントもカバー出来る。

 

だが、ここでブロックアウトに行けば?

 

反応の早い温水は強打警戒で、そこまでカバーできない。七沢は離れすぎている。

 

「あっ!」

それを踏まえていた山北の狙いはブロックアウト。

 

稲村の手をミートポイントをずらして狙いサイドラインの外へと飛ばす。

 

 

 

 

(よし!―――)

 

これを決めれば自分は後衛だが、八幡のセットアップが絶望な状況で自分のサーブ。勝ちは目の前にくる

 

 

 

(―――は?)

ハズだった。

 

 

 

(何故だ?)

その光景は予想だにしなかった事。

 

落下点に待ち構える一人の男の姿。

 

 

 

「何故、あいつがそこにいる!?」

想像しなかった状況に鳶尾が叫ぶ。

 

 

それは足を負傷し味方がカバーし何とかコートに立っていたはずの総武高のセッター比企谷八幡がそこにいたから。

 

 

彼はその状況になると読んでいた。

 

そして自分はマークから外れている。だからこそ必死に動いていた。

 

もしダメでも自分の近くにいた飯山がカバーしてくれる、温水と七沢が上手くカバーしてくれる。

 

 

それは一見するとただのスタンドプレー

 

だが、同時に味方を信じたチームプレー

 

 

「っ!?」

そして気付く一つの可能性。

 

それを現実とすべく、八幡が動いている。

 

 

そして今、最も警戒すべきバックアタックを得意とする選手がいる。

 

 

額の近くにある三角形に作ったオーバーハンドトスを作るべく両手。

 

 

 

(不味い!!)

 

 

トスが上がる。

 

アタックラインより前方1メートルより手前、3メートルよりやや高めの高さ、バックセンターへ回転を殺した綺麗な放物線のトス。

 

それは、このチームにおいて一人の為だけの彼だけが打ちやすいトス。

 

 

(決めろ……七沢!!)

セッターはエースに託す。

 

 

(任せろ……比企谷!!)

エースはその期待に応えるべく相手コートへ狙い撃つ。

 

 

(やらせねぇよ!)

(止める!)

反応できていない海浜サイドだったが愛甲と山北の二人が反応を見せブロックに入る。しかし強力な打球はそれを躱すようにコートへ。

 

 

ジャンプサーブ同様、強烈な打球、そしてドライブ回転。

 

その打球は慣性に従い反応できていない海浜の選手をあざ笑うかのようにラインギリギリにコートへと叩きつけられた。

 

 

 

同時に笛が鳴る。

 

 

その笛の音は総武高バレー部の勝利と、八幡のバレー部参加の終わりと奉仕部にとって最後の依頼、色々な物を告げる音となり体育館に響いた。

 

 

総武高校 26-24 海浜高校

 




次回は繋ぎの回を入れる予定です。



更新日時は未定です。

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