俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。 作:nowson
総武高校 9 ― 15 海浜高校
総武高のレセプション
(監督の指示はアウトになってもいいから相手のバックライトのコーナーを対角線に狙えって言ってたな)
海浜のサーバーはジャンフロを相手のバックライト、温水の方に目掛け打つ。
無回転のサーブ、一見アウトにも見える打球でも、どう変化するか分からないサーブが温水に向かう。
(ナイスサーブだ!)
そのサーブこそ海浜の監督が思い描いたサーブ。
自分のミスで15点に乗られプレッシャーのかかる場面、動きと思考が硬くなりプレーに影響が出だす。
そこでジャッジの難しいサーブが来たら?
悩んだ末に手を出すか、希望的観測でアウトをジャッジするか。
悩んだ末に手を出した場合は崩す率が高く、アウトを選択した場合は逃げ腰になってる証拠。どっちに転んでも海浜の有利に働く。
(アウト?イン?いや!ここでジャッジミスれば、それこそ不味い!)
悩んだ末ボールに飛びつくようにオーバーで取る、が不完全な形になり崩れてしまう。
「すいません!カバー!」
「おう!」
飯山がなんとかアンダーで拾い、稲村がアンダーで大きく相手へ返す。
「チャンス!」
小菅がきっちりAパスでセッターに返す。
(攻撃は山北さん含む三枚、さっきから山北さんが多いけどAパスだし、ここはセンター?いや……レフト平行!)
長谷が平行に食らいつきブロック二枚、クロスを絞め温水のいるストレートへ誘導する。
(良いブロック!だけど関係ない、ここだ!)
打合せ通り、海浜のレフトがクロス方向へ手を目いっぱいに伸ばす。
(フェイント!?)
同じ轍は踏まない、素早く前に出る。
(掛かった!)
海浜のレフトは腕を伸ばしたまま強めにボールに当てる。
プッシュボールがさっきまで温水がいた場所、今は無人のエリアへ放たれる。
(サーブでも思ったが、やっぱり狙いは温水か……だけど)
セッターポジションに入ったままの八幡が温水を見る。
⦅ワザと難しく返してみても直ぐに反応して見せてる、それとステップの取り方、何かやってたのか?⦆
『お前、バレーやる前何かやってたのか?』
『昔、少しバトミントンやってました』
(バトミントンは左右どころか前後も含めた動き……。そこはそいつの守備範囲だ)
(バック奥!?取れる!)
軽く膝の曲がった状態から重点移動、そして素早いバックステップ。
そのまま跳び、手を伸ばしワンハンドのオーバーで拾い、高いパスをセッターへ繋げる。
「はぁ!?」
今までみた事ない早い動きにプッシュボールを打ったスパイカーが驚愕する。
(迷う事ねぇ、ここが使いどころ!)
高いパス、ボールに合わせジャンプ、キープせず体全体のバネから出る一瞬の力をボールに伝えレフトへのダイレクトデリバリーのトス、ブロックを振る。
(決める!)
最速のタイミングに合わせていた七沢が素早い助走から跳び、1枚のブロックを躱しストレートにスパイクを決める。
ピィィィ!!
総武高校 10 ― 15 海浜高校
「経験不足を個人技でカバーしやがったか……」
「総武高って何というか得体の知れないチームですね」
「確かにな」
海浜の監督はそう答えると、軽く頭を掻き、何とも言えない表情でコートを見つめた。
未知
スポーツにおいて無くてはならない経験、その経験の最大の弱点となりえる物。
クイック、バックアタック、時間差など未知の戦術を編み出したチームが世界で優勝した事に裏付けられるように、バレーボールという競技の中でもそれは例外ではない。
サーブ、レシーブ、ブロック、スパイク、それらを経験という形で何度も刷り込む事により直感という武器に化け、それがセオリーになる。
セオリーと言う当たり前、そう信じ込んでしまっているからこそ未知に対応できない。
海浜という経験に裏付けされたチーム、総武高という少ない経験を未知で補うチーム。
(このセットは問題なく取れると思ったが、そうは行かないみたいだな)
総武高はまだ終わっていない、それどころか食われる可能性もある。気を締め直すように海浜の監督は小さく息を吐いた。
「おお、やるねぇ」
陽乃が口を開く。
「これでウチも二桁乗った」
まだイケる、葉山が拳を握りコートを見つめる。
「ナイサー!流れ来てますよー!」
小町は八幡の応援に行っていった時を思い出しながらコートへ声を向ける。
総武高に来た流れ
その後の展開は、それを実感させるかのような形となる。
総武高は温水のディグで相手の流れを切り、七沢の速攻で流れに乗る。
逆に海浜は、未知のプレーと八幡の駆け引きでイマイチ流れに乗れない展開に持っていかれ少しずつ点差が縮まる。
―そして―
総武高校 22 ― 24 海浜高校
総武高のレセプション
海浜のセットポイントではあるものの、最大6点あった差は2点に縮まる。
そればかりか点数を取り23点に乗せブレイクを取ればデュース、総武高の勝ちが現実に見えてくる。
「ここ絶対取れよ!」
「カット大事だぞ!」
「カット一本!切るよ」
その場面を表すような熱を帯びた応援が飛び交う。
(言われなくても分かってますから。ここは絶対決めなきゃいけない場面、次のローテで七沢が後衛、使うならここだ)
終盤のセットポイント、ここを取られると2セット目を落とすことが確定してしまう場面。
(ジャンフロはオーバーで!)
海浜のサーバーが打ってきたジャンフロを2セット目中盤のファインプレーからノッてきている温水が素早く前に詰めオーバーでカット。
Aパスが八幡へと上がる。
(何で来る?6番は何をやってくる)
海浜のブロッカーが今までの情報と経験から選択肢を絞るべく八幡の一挙手一投足に集中する。
(ここはコレだ!)
1セット目に見せたようなホールディングギリギリのトス。
(キープした!速攻―――)
海浜のブロッカーはチェンジアップの速攻に対応するべく脚を軽く溜めミドルブロッカーの長谷にコミットに着く。
(残念!レフトだ!)
八幡のトスは真ん中ではなくレフト、ブロックを置き去りにするような高速トスを七沢へ放る。
(振られた!)
「よしっ!」
ブロックは1枚、苦も無く七沢がスパイクをコーナーへ決める。
ピィィィィ!!
総武高校 23 ― 24 海浜高校
「この野郎!」
出し抜かれた海浜のミドルが八幡を睨みつける。
(上手くいった)
そんな彼を無視するように目を合わせず、ローテを回す八幡。
1セット目から仕込み、2セット目終盤まで使い、密かに手札に加えていた八幡の罠……刷り込み。
ホールディングギリギリのキープしたトスによる誘導、そして今後のプレーに影響を与える事になるタイムキープ。
ホールディングギリギリのトスで海浜のブロッカーに速攻で来ると予測させ、コミットブロックを選択した相手の裏をかいたトスでブロックを振る。
さらにタイムキープを刷り込んだ事により、今後はキープしないパターンを織り交ぜたチェンジアップの効果もプラスされる。
これにより海浜のブロッカーは次のプレーから、今のような展開も頭に入れなければならないばかりか、逆のパターンでもあるキープしないミドルの速攻も頭に入れなければならず、瞬時に絞らなければいけない情報も増える。
23-24という土壇場
総武高の不利自体は否めないものの、今現在のコート上の駆け引き、精神面で総武高側が優位に立つ展開になった。
(やられた!土壇場でまだ切り札あったのかよ!しかも後に響く一番嫌なパターンのやつじゃねぇか!タイムアウトを取って流れを切るか?いや、物理的に流れは切れるが、ここで情報交換されて考える時間を与えたら相手に有利に働きかねない、総武高の方が喜んじまう)
「……くそったれが」
こんな展開予想していなかったとばかりに海浜の監督が静かに呟く。
「味方の時も厄介だと思ってたけど……敵に回した方が、より一層厄介だなあいつ」
コートから下げられ、ラインズマンに入っていた元チームメイトの海浜の選手が思わず声に出す。
「今の上手いね雪乃ちゃん」
「ええ、さすが比企谷君ね。出し抜くのが本当に上手いわ」
「今のが?」
八幡がただトスを上げたようにしか見えなかった結衣が、その言葉に反応する。
「比企谷君は今までミドルブロッカーへのトスはキープして、ウイングスパイカーへのトスはキープしていなかった。だけど今回はワザとキープしてレフトへ上げた。速攻が来ると思ってた相手は反応が遅れてブロックも遅れた。まあ、土壇場でタイミングが違うトスに合わせた七沢君も相当凄いけどね」
「……姉さん詳しいわね」
解説している姉を訝しげに見る雪乃。
「大事な義弟の為だもん、勉強してきちゃった」
そんな雪乃に陽乃はニコニコした鉄仮面のまま悪戯心満載な事を言い
「なっ!!」
「えっ!?」
「あわあわあわ」
「な、なななな!」
その言葉に雪乃、結衣、戸塚、沙希がそれぞれに反応する。
「ね、姉ちゃん!負けてられないよ」
「なっ!べ、べべべ別に私は何とも」
「……何かヒキタニ君を応援する気が失せてきたっしょ」
「奇遇であるな我もだ!」
「それより何で戸塚まで反応してるし」
「ぐ腐腐腐腐……」
「そんな事より試合に集中しようか皆、今すごい大事な所なんだから」
そんな事はどうでもいいからコートを見たい、そう言いたげな葉山が試合を見るよう促す。
総武高校 23 ― 24 海浜高校
「セットポイントだけど1点差でサーバーは七沢だ」
「ああ、ここで決めたらデュース、勝ちが見えて来るぞ」
「行け、七沢!」
「ナイサーッ宗!」
(この場面……)
七沢はルーティンを入れ相手のコートを見る。
(崩しに行く?でも外したら……)
七沢の脳裏に浮かぶのはインハイ予選の海浜戦の3セット目、奇しくも同じ点数の23 ― 24、自分がサーブをミスして試合を終わらせてしまった場面。
もしここでミスしたら?また外したら?
否応なしに頭に浮かぶネガティブな思考。
(ここミスるくらいなら)
そんな中七沢は高めに入れるようなジャンプサーブを打つ。
「オライ!」
Aパスが上がり、連携からセッター前の時間差を打つ。
(真ん中?いや、レフトが回り込んでる、トスに合わせる!)
「ワンチ!」
長谷がリードブロックで跳びワンタッチを取る。
「くそ!」
ボールが飛んだ先に飯山がカバーに入るがギリギリ取れず落ちる。
ピィィィ!!
総武高校 23 ― 25 海浜高校
会場をため息が包む
「すいません」
「いや、ナイスワンチだった……俺なら出し抜かれてた」
やっぱコイツは俺よりブロック上手い、同じミドルブロッカーとして飯山は少なからず意識した。
「取られちゃったっしょ……」
「でも、まだ3セット目があるよ!」
落ち込みかけた空気を感じとった結衣がその場を盛り上げようとする。
「ああ、そうだね」
(けど、今の比企谷はフルセットで耐えられるのか?)
そんな中、葉山は結衣の言葉に同意したものの、どこか不安げな目で八幡を見ていた。
「宗の奴!」
「どうした清川?」
「今の場面、宗は攻めないで守りに入った」
「まあ、今の外すと、それだけでセット取られるからな」
「確かに入れていく事は悪くない。けど、あそこで攻めないで勝てるほど海浜は甘くない、それはあいつも分かってたはずだ」
「清川……」
頭に浮かぶインハイ予選の最後の場面。
(あいつまさか!!)
「どうだ総武高は?」
「強いですね、個の力、身体能力、そしてそれを操るセッター。意外性の固まりです……。が、チームとしてはこっちの方が強い」
山北が実際に感じた事、思ったことを口に出す。
「そうだ、あいつらは間違いなく強くなるだろうな。そして、このままにしておくと厄介な相手になる。3セット目も取って、ここで芽を摘んで来い。次はローテを元に戻す!全力で行ってこい!」
ハイ!
「座っとけ比企谷」
「飯山……お、ども」
飯山が八幡を半ば無理矢理ベンチに座らせスクイズボトルを渡す
「BCAAとカーボ、クエン酸も強めにしたやつだ。まずいかもしれないが頑張って飲め」
「あ、ああ」
(まずっ!!)
予想以上に不味かったのだろう、思わず吹き出しそうになるが頑張って飲む。
(汗がすげぇ、さっきから肩で息もしだしてる、もしかしてこいつ限界来てるか?……無理もねぇ、あんだけ動いて常にコートを把握してダッシュで落下点に入って、更には守備にブロックや攻撃にも参加して一番ボールに触れてるんだ。心身共すり減って当然だ)
「ヒッキー……」
「比企谷君……」
「ヒキタニ君辛そうっしょ」
「ああ、やはり3年のブランクは大きいみたいだ、体力の限界が近いのかもね」
「ようやく弱点が出てきたな」
そんな八幡を無表情で見る海浜の監督。
「もしかして三つ目の弱点って……」
「ああ、セッターの比企谷だ。奴はもう限界に近づいている」
「あいつが終われば総武高は今までのような連携が使えなくなり、攻撃が単調になる。4番もそれなりにセットアップができるみたいだが、あいつに比べれば落ちる。清川含めた3年がいた時なら、固い守りとダブルエースが多少の崩れても関係なくオープンバレーで戦えただろうが、今の総武高は、崩れたパスでもトスに持っていく技術頼みで攻撃が成立していた。だが現状ではそれもできなくなるだろう」
「まさか、ローテを回したのって総武高の勢いを殺すためだけじゃなく」
「ああ、比企谷が前衛の時に山北をぶつけるためだ」
海浜の監督が2セット目ローテを回し山北にトスを集めさせた理由。総武高のサーブに対応するため、1セット目の流れを切るため、そして何より山北と八幡をマッチアップさせるため。
山北中心の攻め、相手にそう分かるくらいエースで攻める。そうなれば必然的に前衛は山北をマークしブロックに跳ぶ。それはセッターであっても例外ではなく、八幡も当然ブロックにつき全力で何度も跳ぶ。
流れを切る、サーブを凌ぐ、ブランクがある八幡の体力を削りに行く、この三つを同時に行うための采配だった。
「自分の限界が近づいている、そう感じたからこそ比企谷は、どうしてもあそこでセットを取りたかったんだろうな。劣勢だが次は七沢がサーバー、強力なサーブで崩し連携を封じて単調にさせれば、山北に対応してきているメンバーで止める可能性がある。それどころか、3番の稲村が前衛に上がりバックアタックが得意な七沢含め、連携の幅も広がるローテでチャンスでもある。奴そこに賭けていた……そこであいつは最高のタイミングで切り札を使って賭けに出た」
「だがウチがセットを取った。あのチームの頼みの綱はもう限界、この勝負こちらの勝ちだ!」
(とはいえ、かなり危なかった。ウチがそのまま負けていたかも可能性も十分あった……危なかった)
海浜の監督はその心境を表すようにため息を吐いた。
「なあ比企―――」
「サンキュ飯山」
八幡はスポーツドリンクを飲み干し、声を掛けようとした飯山にボトルを渡す。
「お、おう……て、おい、もう少し休んでろ」
「そうしたいのは山々なんだけどな」
椅子から立ち上がり、七沢の元へと向かう。
(今まで一緒だった清川さんが引退して、コイツは自分が何とかしないといけないって責任感で一人で突っ走った……そう思ってた)
『俺、キャプテン任されたのに、皆に迷惑かけてばかりで、先輩みたくできなくて』
⦅こいつ、気負って自爆したパターンか?⦆
『まさかと思うけどお前、あの時の試合で責任感じて俺が頑張らなきゃとか気負って無いよな?』
『!!』
(あの時はあまり意味が分かってなかった。だけど……インハイ予選の海浜戦)
動画に移っていた海浜との3セット目、23対24の先ほどと同じ場面でのサーブミス。
(七沢は未だにあのプレーを引きずってる。そしてこいつは、それを越えられずにいる)
「……」
その時の事を思い出してるのか、七沢は自分の手のひらを見つめながら、何とも言えない表情を浮かべている。
「七沢」
「何?」
「お前、勝ちたくねぇの?」
「は!?そんなの、勝ちたいに決まってるじゃん!」
「じゃあ本気出せよ、あの場面でサーブ入れに行って崩せると思ったか?何か怖い事でもあんの?それで勝つつもりか?勝つつもりなら何で逃げた?逃げんなよ」
「なっ!!分かってるよ……。そんな事、自分が一番分かってるよ!!何も知らねぇ癖にうるせぇ!!」
ショックを受けているところに図星を突かれ、思わず激昂し八幡の胸倉を掴む。
「あっ!」
そして直ぐに我に返り手を下ろし、それと同時に顔を下げ俯く。
「なんだ?比企谷また、あの癖が出たのか?それじゃ中学の二の舞だな」
(比企谷……)
かつて八幡と言い争った二年の控えが昔を思い出し呟き、山北は唇を噛みしめ何かを思うように八幡を見る。
総武高から流れる深刻で重い雰囲気、どうした?どうする?どうやって止める?そんな空気になった時だった。
「止めて!私の為に争わないで!」
「「「「「……」」」」」
飯山が、すてみタックルのごとく特攻をかまし場の空気をクラッシュさせる。
「……何か言えよコラ」
「ドンマイ!」
「「ドンマイです!」」
稲村はにこやかな顔を向け飯山の肩を叩き、一年の2人もつられるようにフォローする。
「don’t mindじゃねぇよ!まるで俺が痛い人じゃねぇか!」
「すまんな、それはフォローできない」
飯山が遺憾の意を表明するが、却下される。
「チッ!おい、そこの空気悪くした張本人!ちょっとこっち来い」
そう言うと飯山は八幡の頭に腕を回し、自分の方へと寄せる。
「な、何?」
「悪ぃな、アレ本当は俺が言わなきゃいけないやつだ」
「……飯山」
「あいつはインハイ予選の事を未だに気にしてやがる……だけどそれは、あいつ自身が自分で越えるしかねぇ、だけど公式戦で海浜とやりあう可能性はウチには少ない。でも今は違う、お前のおかげで海浜相手に1セット取って競った戦いをして、まだ1セットある。越えるなら今しかない……だからキツイと思うけど後1セット頼む」
「……おう」
「とは言え、空気悪くしたことには変わらないよなぁ!今から円陣組むぞ、罰としてお前が声出せ」ニヤリ
「ゲッ!」
「ゲッじゃねえよ!お前、最初の円陣の時もちゃんと声出して無かっただろうが!」
「いや、俺にしては頑張――」
「知らん、やれ!よぉし皆!比企谷の号令で円陣組むぞ~!」
その言葉に部員たちも思い思いに笑みを浮かべながら集まる。
(最低だ俺、キャプテンなのに八つ当たりなんかして)
飯山の言葉が耳に入って無いのか、放心状態の七沢。
「オラ七沢!お前も早く来いや、この豆腐メンタル!」
「う、うん」
先ほど八幡にしたように、飯山は自分側へと引っ張り輪の中に入れる。
「ところで円陣って、なんて言えばいいの?」
「好きな奴の名前を言――」
「普通に総武高ファイでいい、早く」
それをやると、気合いを入れるドルオタになりかねない、稲村が悪乗りしそうな飯山を抑える。
(まじか!恥ずかしい)
まさか自分が円陣で声をかけるとは思ってなかった恥ずかしさが芽生えるが。
(……けど悪くないか)
「総武高ぉぉぉ!ファイッ!!」
かつていたチームと違う感覚、そして自分がそのチームで一員となる感覚、その不思議な感覚に突き動かされ声が出る。
「「「「「オーーッ!!!」」」」」
部員たちもそれに答えるように大きな声で返す。
「お、お兄ちゃんが、ちゃんとチームに溶け込んでる!」
兄のバレーしてる姿より、そっちの方が印象に残ったのだろう、小町が感動し震える。
「えっ?感動する所そこ?」
まさかの小町の発言に思わずツッコミを入れる大志。
「……何か不思議な気分だね」
「どうしたの?由比ヶ浜さん」
「いつも、やる気なさそうな態度をしてるヒッキーが一生懸命プレーして、ああやって声だして頑張って、チームに溶け込んでる姿を見るとね、嬉しい気持ちもあるんだけど、ちょっとだけ寂しいかなって」
「由比ヶ浜さん……」
「大丈夫ですよ!兄があんな感じになるのバレーしてる時だけですから、コートから戻るといつもの捻デレにもどります」
小町は、心配ご無用とばかりに太鼓判を押した。
『宗、これからのバレー部を頼むぞ、お前だから、おれは安心して終われるんだ』
清川にバレー部を託された日の言葉が、七沢の頭に過る。
(……何やってんだよ俺!)
仲間の前で、尊敬する清川の前で、誓ったはずなのに、逃げてしまった事、八つ当たりしてしまった事、自分自身に苛立ちを覚える。
「……比企谷」
「ん?」
七沢が八幡に近づき声をかける。
八つ当たりに近いことをした事を謝る?
いや
「手出して」
「あ、ああ」
バチン!!!
気合いを入れるためのタッチ
「いってぇ!何す―――」
「勝つぞ!!」
そんな事は、お構いなしにジンジンと響く手を握りしめ拳を握り前に出す。
「……おう」
何かを察したのか八幡もそれに答えるように拳を合わせる。
(謝るのは後で好きなだけ謝る。後1セット……今は勝つことだけを考えなきゃ)
余韻が残る掌を見つめ七沢は深呼吸をし、気合いを入れ直した。
「「このネタのたまり具合!ぐ腐腐腐……貴方たちはどこまで私を悦ばせるのぉぉぉ!?」」
「あんたらマジで自重しろし!!!」
そんなスポ根してるバレー部お構いなしな海老名と相模にツッコミを入れる三浦だが、自重するかしないかは、また別のお話し。
仕事が立て込んでいるため次回の更新は未定です。