試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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6 鳥海の憂鬱

 長崎産の火力眼鏡っ子がやってきて数日、電による重巡ワンパン撃破なんて霞むほどの華々しい戦果を上げる彼女は、やはり同じく武闘派の神通さんのように普段は穏やかな一歩引いた娘さんだった。

 執務室のクーラーが涼しい今日このごろ、セミがミンミンとくそうるさい求愛行動をしているのを遠くに聞きながら戦果報告をまとめている。新米提督ではありえない前代未聞の領域と言われるレベルの戦いをしているらしい我が艦隊だが、力で戦略をねじ伏せているために俺は置物なのである。一応戦略立てて戦闘中の指示などもしてはいるが、果たしてそれが本当に役に立っているのかが分からない。勝利して支配すれば過程や方法なぞどうでもよいのだ、時を止めるハイな吸血鬼も言ってたもんね。そのあと負けたけど。

 

「鳥海さん、ほんと火力が戦艦並なんだけど重巡なのか疑問に思えてきた」

「他鎮守府の船との比較ですか?」

「そうそう。上からこれはどういうことだと詰問されてなぁ、彼女が持ってきた二号砲に電探を他鎮守府の鳥海のものと同一に差し替えても差が出てきてね。改装されていない長門型と同等ほどとも言われた」

「さすがは長崎の眼鏡ですね」

「電、それって褒めてるのか貶してるか微妙なラインなんだけどどっちなのさ」

「さて、どっちなのでしょう」

 

 たまーに毒を吐くから電が時々わからない。

 軽口を叩きながら比較データを眺めていると、遠征から帰ってきた黒髪の少女が部屋へと入ってきた。

 

「補給、いただきました。司令官、次はなにをすればいいでしょう?」

「見たか電、ミカを。あの目は裏切れねえ」

「三日月ちゃんは今日は夕方まで休んでおいてくださいなのです」

「うん、電ちゃんもお疲れさま」

 

 ミカァ! と叫ぶ前に最近着任した三日月が執務室から出て行っちゃった。そんなに会話をしていないというのに、オルガ提督ごっこ出来なかったし。ほんと残念だなあ、着任ほんと心待ちにしてたから。

 しょぼーんとしていると困った顔をした電がため息をひとつ、そして無言で次の書類を渡してきた。俺はな、楽しみにしてたんだよ。ミカとオルフェンズごっこするのを、こんなんじゃ満足できないぜ。

 

「もう、司令官さん! 遊んでいないで仕事をするのです!」

「だっていま渡されたこの書類もだけど、朝一番に来た通達が気が滅入る内容なんだぜ? うちの艦娘を数人連れて上に顔を出せなんて厄介事の匂いしかしない。しかも指定が『神通』『夕立』『那珂』『Верный』『鳥海』ときた。艦がほとんどいないというのにこいつら連れて行くとか自殺行為だろう」

「通常とは異なる姿をした艦が複数所属する新米提督率いる鎮守府がこれだけ戦果を上げるならなにか秘密があると思われても仕方ないのです」

「そうは言ってもなあ……どうにかして断れないか。もしくは連れて行く人数を減らせるか」

 

 頭を抱える、なんともまあ面倒なことになったものだ。例の五月雨を初期艦に選んだ友人提督からの手紙によれば、新米のくせにという妬みも多々上がっているらしい。別に俺が妬まれても困りはしないのだが、もしそれで艦娘たちにまで何かあれば嫌だ。

 どうしたものかと本日何度目かになるつぶやきを口の中でかみ殺し冷えた麦茶を呷れば、丁度出ていた艦隊が戻ってくるであろう時間ということに気がつく。執務室のそとからノックの後に鳥海です、との声がして彼女がやってきた。

 

 眉の上までに切り整えられた前髪と眼鏡で優等生、という雰囲気が漂うもその扇情的な服装がどうしても俺の居心地を悪くさせる。胸元が大きく開き、お腹を露出させて更にはミニスカート。いままでうちにいた誰よりも肌色面積が多めで提督つらい。

 

「鳥海、那珂、敷波、望月、曙、雷。演習より帰投しました。こちら演習の結果となります」

「夜戦で相手をほぼ轟沈または大破にして勝利か、そしてこちらに大破以下の判定なし。お疲れ様、ゆっくりと休むといい」

 

 この頃、演習相手の実力がどんどん上がってきている。戦艦を中心にした砲火力主体の相手なら今日のように勝てるが、流石にうちの艦隊が異常なまでの強さがあるといっても限度がある。手練の空母を複数擁する艦隊と戦えば負けは見えている。そろそろうちも空母を建造しておきたい。ふむふむと考え込んでいると鳥海さんから声をかけられる。

 

「司令官さん、やはり私は指揮が苦手なようで。司令官さんさえよければ二人っきりで今回の演習の分析をしませんか?」

「それは構わないけれど、どうせなら他の子も」

「二人っきりがいいです」

「お、おう」

 

 ずいっと詰め寄られる、距離的にも魅惑の谷間が視界にいやでも入ってしまい、その女性らしい丸みが多分にありつつも引き締まった肉体は男を魅了するのには十分すぎて、邪な目で見ているのがバレないようにと必死に目をそらすと綺麗な茶の瞳と視線が絡まる。すると気付かないうちに首が縦に振られていた。何故だ!

 少し離れたところで書類仕事をしていた電からジトッとした視線を投げられる。い、いや違うんだ男としての性が勝手に!

 本当に鳥海さんが美人でクラっとしちゃう。

 

「鳥海さん、それはいいですけれど今日はまだ司令官さんはお仕事がたくさんあるのです」

「そうですか。では鳥海、司令官さんのお手伝い作戦に入ります! やるわよ~!」

「え、演習の後だというのに元気だな……」

 

 眼鏡をキラリと輝かせて謎のやる気を発揮した鳥海さん、その優等生のような見た目に違わない丁寧かつ迅速な仕事ぶりは惚れ惚れするほどであった。

 

 

 

 

「やはり計算通りですね。司令官さんの好みは前と一緒、まだ駆逐艦ばかりの今の艦隊内であれば私は圧倒的に有利ね」

 

 姿見の前で恥ずかしさをごまかしながらも、どうすれば胸元を強調できるのかを研究しつつ彼のことを思う。世の中には子どもが好きだという特殊な男性がいるらしいが、彼がそうでなくてよかった。少なくとも自分に性的魅力を感じているようだったし、まずまずの手応えを感じる。

 

「それでも内面の大人らしさ、包容力というのは雷ちゃんには負けてしまうわね」

「そうかしら?」

「ええ、だって私も雷ちゃんに時々甘えたくなるもの」

 

 姿見にうつる自分の奥、ベッドの上に腰掛けてぱたぱたと足を振る少女、雷ちゃんは本当にどうしてか小さい少女なのに母性を感じさせる。いくら研究して計算したとしても彼女のようにはなれそうにない、計算じゃ再現しきれない。

 

「電がもし私が司令官と一緒になれば『二人で堕落して行っちゃうのです』とか言ってたけど」

「確かにそうなりそうね」

「絶対に無いわよ、私がついてるんだもん!」

 

 きっとそういうところが司令官をダメにしちゃいそうなんだよなあとは思う。

 

 脳内で彼と艦娘との関係性をもう一度整理する。今のところスキンシップが激しい夕立ちゃんも、司令官さんの中ではじゃれてくる子犬のようにしか思っていないはず。まあ、彼女自体それでいいと思っているフシはあるが。

 次点で近いのはおそらく電ちゃんだろう、なにせずーっと一緒にいるのだ。初期艦は秘書艦を兼ねるからしかたがないだろうが、この姉あって妹あり。時たますごいお母さんオーラを撒き散らす。

 

「もし私が司令官とケッコンしたらね、とりあえず司令官は仕事しないでずっと家にいられるように私が頑張るの! ううん、もし家から出ようとするならベッドに縛り付けるわ。だって私が何でもお世話しちゃうんだもん」

 

 うわあ、と思わず声が出た。見た目の通りの純粋さ故にとても恐ろしいことをキラキラと輝いた目で語る。これが大井みたいに暗く濁った瞳であるのならまだしっくりくるのだけれども、これはいけない。

 

「うーん、でもだめだわ。司令官を部屋に閉じ込めただけでは満足できないわ。もっともっと大きなことをしなきゃ満足できない」

「大きなことって?」

「うん、既成事実とか」

「雷ちゃんみたいな子どもがいう言葉じゃないわよねそれは」

「見た目と心の年齢が違うのは鳥海さんもでしょ? 問題無いわ!」

 

 見た目は小さくても中身はそれなりの年齢、見た目通りの純粋さで今でも一緒の布団で寝てキスすれば子どもができるだなんて信じてるのは曙ちゃんくらい。あの子は見ていて微笑ましいけれども初心すぎて時たま心配になる。変な大人にだまされないだろうか……それはないか。一途だから他の男性に釣られることはないだろう。それは私も、ここにいる雷ちゃんも。

 

「あの人はほんっと女性としての魅力がすごいから司令官を手に入れるのなら今のうちよね」

「計算以上に鈍い方だから攻略が難しいし、かと言って金剛さんみたいに押し押しでも駄目だったしどうしたものかしらね。本当に読めないわ」

「やっぱりベッドに縛り付けて」

「艦隊のほとんどを敵に回す勇気があるのならやってみると良いわ」

 

 匂いから夕立ちゃんが一瞬で司令官さんを見つけ出しそうなのと怒った神通さんに那珂ちゃんから蹂躙される気がする。

 

「……無理ね」

 

 雷ちゃんも同じ結論に至ったようだった。穏便に彼の心を手に入れるには、やはり色仕掛けか。スカートの丈を更に短くすることを検討し始めた。

 

「そういえば鳥海さん、この枕は司令官のよね?」

「はい、少し寝心地が悪そうだったので高めの枕に買い換えて差し上げました。残ったのは捨てるのももったいなかったので私が」

「ふぅん、そのこと司令官は知ってるの?」

「さてどうでしょう。彼が不在の間に枕を入れ替えたので」

「そうよね。特別司令官に伝えることでもないし」

「ええ」




なぜ雷は鳥海の部屋にあった枕を提督のものと気付けたのか

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