「女の子はみんなアイドルなんだよ!」
「どうしたんだい司令官、今日はやけに気合が入ってるね」
「やあ響。今日の夜は那珂ちゃん含めた数人でカラオケいくからそれでな」
「ああなるほど。道理でね」
うおおと気合を入れていたら透き通るような銀の髪に雪のような白い少女が声をかけてきた。トレードマークの真っ白な帽子を右手に持ち、少し癖のついた髪を揺らす彼女の名前は暁型二番艦「Верный(ヴェールヌイ)」
だが、彼女の希望で俺たちは生まれた時の名前の「響」と呼んでいる。別に「信頼できる」、という意味の異国の名前が嫌いなわけじゃない。近くに姉妹がいるのならこの名前の方がしっくりくるのだ、とのことだ。
「あまりはしゃぎすぎて翌日に疲れてを残して神通さんに怒られないよう注意しないとね」
「言っても響、今日を一番楽しみにしてるのたぶん神通さんだよ。いつも魚雷を装備しているところに光る棒がだな」
「カラオケなのにかい? ……なんだ、やっぱり川内型は面白いな」
「まったくだ」
鎮守府にもっと艦娘が増えた。基本的に電を秘書艦においているのだが、彼女の非番の日や出撃する日などには他の艦に任せている。響はあまり口を開くタイプではないものの、どこかしら天然の気があり、話していてとてもおもしろい娘だ。
響と会話をしながら仕事を進める。鎮守府の規模が大きくなればなるほど仕事量が増えていき激務になるらしいのだが、着任してから日が浅く、そんなに艦娘もいないので結構暇なのである。俺のやることと言ったら資材管理に建造許可願、上の人間に話がしやすくなるためのお食事会などなど。
お食事会、と聞いて曙は『ハァ? クソ提督の癖に立派なご身分ね。羽目を外し過ぎないように私がついていくわ。ちょっと、襟が立ってるわよみっともない!』と噛み付いてきた、可愛い。なんというか、曙っていいお母さんになりそうだなあと思ってしまった。思春期の息子と喧嘩しちゃって夫に泣きつく曙ママ……アリだな。
「提督~、少し時間いいかしら?」
「夕張か。どうした?」
執務室に入ってきた少女は夕張、出撃が無かったら工廠に入り浸って何やら怪しい開発をしている艦娘だ。彼女の開発では艦娘が聞くと嫌な気分になる音が出たりするなど不思議なところがあるが、出来上がる兵装は普通なことが多い。うちの鎮守府、工廠には明石がまだ着任していないためにあそこの主は夕張、というイメージが形成されつつある。
「この装備のデータなんですけど――」
うちにやってきた艦娘たちはみんな強さが異常である。以前にうちよりも少し先輩な提督、と言っても副司令や他の仕事などで鎮守府に在籍していた期間は俺なんかよりも遥かに長い人の艦隊と演習をしたのだが、あちらが機動部隊でこちらが水雷戦隊。近代の海戦は制空権が物を言うというのに、うちの子たちはいとも
神通が切り込み、夕立が吠える。武闘派の彼女らが暴れ回り、電以下の駆逐艦たちはサポートに回る。見事なまでな立ち回りで艦載機を撃ち落とし、それらからの攻撃をかわす。演習の後あっちの艦隊は引きつった顔をしていた。
「――ということで那珂ちゃんにこの装備を……て、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。また罪のない駆逐イ級が海の藻屑となるんだろ。提督知ってる」
「聞いてないじゃないですか。というか提督、こっちにやってくる駆逐イ級は偵察に加えて時に攻撃してくるんですよ。罪はありありじゃないですか」
「そう言われれば」
夕張のデータを受け取り、ぐぐっと伸びをする。最近こうも書類仕事ばかりだと体がなまってくる。毎朝ランニングとかはしているが、学校時代に比べてそんなきつくない。どんどん筋肉が落ちて体重が減ってきているし、元教官組が艦隊に加わったらと思うと震えが止まらない。
とりあえず神通さんに剣道の試合でも申し込みに……やめておこう。防具ごと真っ二つにされそうな気がしてきた。いや、彼女なら防具だけ無事で中身の俺が爆発四散! なんてこともありえるかもしれない。やっぱりここは我が鎮守府のマスコット犬こと夕立と散歩に出かけるか? なんか深海棲艦数匹毎朝狩ることになりそうだ、やめやめ。
「それじゃ提督、また夜にね」
「おう」
夕張はまたデータ取りに戻るらしい。ふと時間を見てみるともう夕方だ。任務で離れている艦、訓練している艦がそろそろ戻ってくる頃だろう。仕事も少し手を離して彼女らを迎えに行くとするか。
俺の歩く少し後ろをついてくる響、彼女は妹の電と同じ部屋で過ごしているが、他の暁型がまだ着任してこないので部屋が少し寂しい、そういわれた。
「司令官、私達の部屋においでよ。そして一緒に寝よう。電も喜ぶ」
「いや、それはどうかと思うんだけど」
「残念だ……」
ほんとに残念そうな声色が後ろからする。一番上の姉がいないからか知らないが響と電は結構な甘えたがりだ。頑張って建造してあげないとなあと思うのだが、艦を狙い通りに建造なんてできないし暁があまり出てこないイメージがあるから当分先になっちゃうかなあ。
「私達が司令官の部屋に行こうか」
「まあいいけど、寝てる間に来るなよ? 非常事態のために一瞬で起きる訓練させられてたから起きてしまうかもしれない」
「つまり起こさなければいいんだね」
「人の話聞いてた? 寝てる間に来るなって」
「私は絶対に起こさない。信頼の名は伊達じゃないってとこ見せてあげるよ」
「やだこの子完全にマイペース」
起こさないなら、とややあって認めてしまうあたり押しに弱いなあと実感してしまった。認めたけど鍵はかけさせてもらうがな、どうやっても入れないだろう残念だったな!
※
「響ちゃん、こんばんは」
「那珂ちゃんか、カラオケは楽しかったかい?」
「うん!」
那珂ちゃんは本当に楽しかった、といった笑顔をみせてくれる。彼女はムードメーカーでいつも私達を励ましてくれる。そして、励ますだけではなくやるときには神通さん顔負けの戦いで危機を切り抜ける。本人は「アイドルはキラキラしてるものだから」って、あまり戦闘時の評価を受け取りたがらないけれどみんなが彼女を認めている。四水戦の子が那珂ちゃんを尊敬するのはそんなところも大きい。
「電も行ってたのか」
「なのです、響ちゃんが秘書艦で行けなかったの残念なのです」
「またいつでも機会はあるさ」
那珂ちゃんに別れを告げて電と歩く。彼女も私もすでに寝間着に着替えてすでに寝るだけだ、というのに廊下を歩いているのは司令官の部屋に向かうためだ。司令官のことだ、部屋に鍵をかけているが合鍵を持っている私たちには関係がない。あの人がいない今だから大っぴらに彼に甘える事が出来る。
「それで、鎮守府近辺の歓楽街だったけど」
「大丈夫だったのです。多少煩わしい視線はあったけど、許容範囲内かな? 改二の建造が四隻ですし、私達の練度も異常。注目されるのは当然といえば当然だけど……」
「考えられるのが彼を建造用と拉致されないかということだ。他の鎮守府の動向も探りたいけれどもそんなことはできない、困ったものだな」
鎮守府内ではあからさまなことはされないが、やはり外に踏み出せばそれなりに注目されているのが実感する。彼と自分たちの本当の実力からすればまだまだこの程度、とは思うけれども改二という物自体認知されていないのなら仕方もあるまい。
と、電と会話をしつつ司令官の部屋へと向かっていると、いつもは結んでいる髪の毛を全て下ろした鎮守府三大ツンデレの一角が彼の部屋の前に突っ立っているのが見えた。ちなみに鎮守府三大ツンデレには諸説ある。
「夜更かしかしら? 最近の暁型は不良になったものね」
「曙こそ、こんな夜遅くにどうしたんだい?」
「司令官さんを襲いに来たのですか?」
「ばっ、電、変なことを言わないの。私はただ、クソ提督がきちんと寝ているか見に来ただけよ。あいつが寝不足で困るの私達なんだし」
曙は分かりやすい嘘をついている。君のその腕の中にある枕は何なのだろうか、そう口にしようとしたがどうせ『寝たか確認しに来た私を布団に引きずり込んできた時に仕方なく寝るためよ!』なんて言うのが目に見えているので言わない。どうして昔も今もずっと素直じゃないのだろうか、疑問だ。
「そうなのですか、私と響ちゃんは一緒に寝ようと思って来たのです。ね?」
「そうだよ。司令官は来るな、来るなよと言っていたけどアレは間違いなくフリだ。彼の信頼には応えないと」
昔ながらの伝統芸を使う司令官、あそこまで何度も来るなと言われたらそれはもう来て欲しいと言っているようなものだ。だから一緒に寝ても問題がないし、そもそも彼を起こさないように部屋に入るだなんて朝飯前だ。深夜だけれども。
曙も素直になればいいのにね。ぐぬぬ、といった表情で自室に帰っていく彼女を見送りながら心のなかでつぶやいた
「今日も1日お疲れ様、ハラショー」
彼の温もりに包まれながら私達二人は瞳を閉じた。