試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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な姿は誰も見たことがない


第一部 彼女と出会うまでの憂鬱 甲
11 雪風の憂鬱


「雪風? おーい雪風はどこ~?」

 

 窓の外から響く最上型航空巡洋艦の一番艦「最上」の声がふと耳に入り、少し一息しようと椅子を立ったところだったのでガラガラと少し立て付けの悪い執務室の窓をスライドさせた。暖房で暖かな部屋に冬の始まりを感じさせる乾燥した肌に刺さる冷気が入り込む。思わず窓を開けたのを後悔したが我慢する。件の雪風は目の前で執務室の電話を使っているのだ、俺が一声かければ最上が寒空の下探し続けないですむ。

 

「おーい最上! 雪風探してるのか?」

「あ、提督! うんそうだよ」

 

 最上の返答に、俺は雪風を指差す。首に双眼鏡をかけ、何故か資料で見た陽炎型で同じ服を着た艦が身につけているスカートがない雪風。彼女は電話機に耳を当ててこの国とは違う言葉で会話をしている。

 

「ここで電話してるよ」

「ほんとだ、ありがとう!」

 

 そう言って手を振りながら執務室に向かうべく最上は最寄りの入口へと歩き去っていく。

 

 ここにいる陽炎型八番艦「雪風」は自らの提督が見つからないまま我が国の南西に存在する島嶼での任務をこなし、帰国する寸前になって俺の艦と判明したためにそのままうちにやってきた小さなげっ歯類。ペット枠であるためかしらないが比叡にひどく懐いている。

 その任務にあたっていた島嶼において雪風は『丹陽』という名前で人々から親しまれている艦であり、あちらには艦艇だった雪風の一部が残っているという。かつての自分の一部に並んで笑顔で写真に映っていたのを見せられた時、どういう顔をすれば良いのか分からなかったので一応笑っておいた。

 

 いきなり大陸言語で鎮守府に電話がかかってきた時には目を白黒させてしまった。秘書艦として隣りにいた電に対して紙にペンを走らせて言葉の分かりそうな雪風を呼んだらなんと相手は彼女目当てだったらしく話し込み始めた。艦娘もスマホとか持っていたりするのだが、機密とかそういうあれこれのおかげで電話を使えるのは同じ艦隊の艦、または提督だけと定められている。そのためスマホ自体を持たない艦娘も数多くいて雪風はその一人である。雪風に直接電話がなかったのはそのためだ。

 今の時代、誰もがスマホ持っているのに艦娘はあまり持たないから戸惑ってしまう。ちなみによく秘書艦をするために連絡を即座に取り合う電はスマホ持ち。

 

「はわわ、雪風ちゃんが別の国の人みたいなのです」

 

 電は雪風が知らない言葉で話すのを見てそう呟いた。

 

「艦時代にも長くあっちで暮らしてたしペラペラでも当然だな」

「響ちゃんみたいに言語汚染されてないので他所の子だったの忘れてたのです」

「ほんと電ってたまに口悪いよね」

「なのです?」

 

 とぼけるでない、つか今は他所の子じゃなくてうちの子だからな。

 

「今から最上さん来るのですか、もしぶつかったらわたしが大破しそうなのです。注意するのです!」

 

 ふんす、と気合を入れる電。電も最上もごっつんこしちゃった娘だからな……ああそうそう。以前着任時に大破していた深雪は今は元気に輸送任務や護衛任務をしている。艦娘になる前に何もできなかった反動か、積極的に仕事をしようとしている元気っ子な深雪の姿は見ていて気持ちがいい。どこかの睦月型も見習ってほしいものだ。ねえもっちーさんよ。

 にゃしぃと鳴く姉に謎の色気がある姉(双方改二)に両腕を掴まれて五十鈴に背後から睨まれながら対潜哨戒へと出かけていったのを俺は両手を合わせて見送ることしかできなかった。非力な私を許してくれ……だが私は謝らない。だってそういう編成だったんだもん。

 

「しれぇ! お電話ありがとうございました!」

「向こうで仲の良かった人かい?」

「はい! あそこにいた司令官です!」

 

 電話機を置いた雪風がキラキラした笑顔で俺を見上げる。

 

 深海棲艦がわらわらと海から湧き出てきた時、島々はほんと打撃を受けたそうな。我が国最南にある県は未だに占領されたままで奪還作戦は時折あるものの失敗してしまっている。雪風が派遣されていた島嶼もまた深海棲艦によってひどい攻撃に晒されていた。そのとき一番最初に立ち上がり戦ったのがその例の司令官と『丹陽』らしく、彼らは――とくに艦のこともあり雪風は――人気がある。

 あそこの雪風の練度は測定不能と言われており、現在測定できる練度50を逸脱した別格とのこと。推定練度は70とされる。

 

 うちの雪風は提督がいない状態でそいつと互角だったとかそういう話があるんだけどもね……提督が指揮しない艦娘は常時の半分程度しか実力出せないとか聞いたことある気がするんだが?

 

「その人がこれまでのお礼と、雪風に装備を譲ってくれる事になりました。幸運ですね!」

「……雪風の努力の対価というかそんなんだろう」

 

 あまり幸運という言葉は好きではない。確かに雪風は幸運という言葉が似合っているが、彼女があの戦いを生き残り姉妹を全て失いながらも終戦まで万全でいられたのは彼女の練度があったからだ。「奇跡」や「幸運」、という言葉に霞みがちなその練度こそがいざというときに運を引き寄せるのだ。ただ運がいいだけでは雪風は生き残れないような戦いを生き抜いている。

 小さな小さな武勲艦。それが駆逐艦「雪風」なのだ。

 

「というか装備だぞ、譲渡しても大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。だって雪風たちで最寄りの中枢深海棲艦に魚雷を撃ちましたから!」

 

 脳裏に不意にシャッシャッシャッと響く。夜戦、アイアンボトムサウンド……ウッ、頭が……。

 いやこれは味方だからいいのか。複数の雪風による夜戦雷撃カットインの様子を思い浮かべる。これはなんというオーバーキルか。ここに来る直前、うちの雪風は連合艦隊の一隻として戦ったと聞いている。人気からかあの地では極度に練度の高い雪風が揃っているために複数艦隊から雪風が多数集められた。その雪風たちによって、深海棲艦が集まっているところの中枢をぶっ叩いたらしい。同一の武勲艦による一糸乱れぬ戦略通りの戦闘、特化装備による圧倒的火力! 敵深海棲艦がちょっとかわいそうなレベルですねぇ。

 

 後日に対雪風編成でヤバい敵が湧いたりしないだろうかちょっと怖い。

 

「そ、そうか。それなら余裕があっても当然……か?」

「はい!」

 

 雪風がそう答えたと共に部屋の扉が開き、最上がやってくる。タタタと雪風に駆け寄ってヒシっと抱きつく。

 

「もう、いきなりいなくなるからビックリしちゃったよ。昔みたいに誰も見つけられない状況にならないか心配で心配で」

「大げさですよ。しれえはあんなブラックな出撃を課しません。ね!」

 

 かつて雪風はあまりの激務にどこにいるのか不明になったことがある。最上はかつて雪風と雪風の妹である「時津風」に護衛されたことがあり、それもあって雪風を気にしたのかな? 女の子の友情よきかなよきかな。

 

「それじゃ提督、雪風とでかけるね!」

「いってらっしゃい。夕飯時までには帰っておいで」

「了解です! しれぇ!」

 

 二人が退室する。外から雪風の可愛らしい声が響く。「雪風、年末ジャンボ宝くじ購入任務、出撃です!」ってさ。子どもは風の子、元気だなあ寒そうな服装なのにね。

 

 さて仕事を再開するか、と書類を手にとったのだがなんか喉に小骨が刺さっているかのような感覚がある。なんだろうなあと首を傾げること数度、そして思い当たり椅子を蹴って立ち上がった。

 

「司令官さん?」

「ひらめいた」

「何がなのです?」

 

 電が困惑した表情で見上げる。おそらく俺が今までにない緊迫した表情を見せているからだろう。そうだ、そうだった。その手があったか!

 

「ちょっと雪風と時雨連れてお馬さんを見に」

「ギャンブラーは嫌いなのです!」

「離せ電! 男にはやらないといけない時があるんだ! HA☆NA☆SE!!」

 

 背後からの襲撃、地面に押し倒されて完璧に動けないように締められる。どうにかして動こうともがくがびくともしない。やっぱり駆逐艦には勝てなかったよ……。

 

 

 

 

「ふんふーん」

 

 少し前を鼻歌を歌いながら歩く雪風に手を引かれて最上は歩く。道行く人達からは艦娘、ということで色々な感情の篭った目で見られるが気にはならない。慣れてしまったというのが二人にはある。

 この都会から離れた小さな商店街において雪風は人気者だ。なにせ彼女との縁がある人が多少いるということで贔屓にされる。持ち前の人懐っこさでしょっちゅうここに遊びに行く雪風が長く引き止められ過ぎないようにするのが最上の役目でもある。

 

 雪風は確かに運がいい、でも運がいいのは戦いが絡む時だ。それ以外の運は人並である。いいや、と言うよりかはその傍から見れば幸運な出来事も雪風にとっては必然になのかもしれない、卓越した経験から得られた勘は常人では理解の出来無い領域に達しているのだろうか。

 

「やっぱり戦いになると雪風は強いね」

「鍛えてますから! 今日も大漁です!」

 

 ニッコリ笑う彼女に釣られて最上もまた自然と笑みが浮かぶ。最上の手にはタイムセールで得られた幾多の戦利品が握られており、今夜のご飯もきっと豪勢になるのだろう。

 

「宝くじを買うのをすっかり忘れていました!」

「あらら、また今度にしようか」

「はい! あ、石焼き芋……最上さん、ちょっと待っててください!」

 

 すみませーん、と走り去っていく雪風。そして手に2つの芋を持って戻ってくる。

 

「お待たせしました、最上さんもどうぞ!」

「え、ありがとう」

「お買い物に付き合ってもらったお礼です!」

 

 両手で芋を持ってもぐもぐと食べる雪風はその見た目も相まって本当に可愛らしいげっ歯類のようだった。ほっぺたも丸々として柔らかそうだし頬袋でも装備しているのかなあとふと馬鹿らしいことを最上は思う。

 

「美味しい! 良いお店を見つけちゃいました、幸運の女神のキスを感じちゃいます!」

 

 雪風は確かに幸運艦なんだなあと最上はしみじみ思いながら綺麗な黄金色の石焼き芋を味わうのであった。

 

「そういえば雪風ってあちらにいたようだけどどうして練度を『前』並に保っていたんだい?」

「気に入っていた帽子を街でなくしちゃってて、不運だなあと思いながら探していたらたまたま提督を見つけたんですよ! 帽子もお巡りさんに見つけてもらえましたし帽子を無くしちゃってよかったと思います!」

 

 なんともまあ雪風らしい。ちなみに雪風の帽子を拾った男の子は交番にそれを預けた後、自販機の当たりを引くというささやかな幸運が訪れたそうな。




司令は雪風を置いていきません。置いてはいかせません。絶対に、絶対に。
お姉ちゃんたちも妹たち、艦隊のみんなも絶対に一緒に生き残るのです。誰も欠けさせません、目の前で沈ませなどさせないのです。
毎日夢を見ます、みんなが雪風を置いて沈んでいきます。泣き叫んで手を伸ばしてもどうしようもないのです。戦うのが怖い、でもみんながいなくなるのがもっと怖い。だから雪風は出撃します。艦隊をお守りします。

――ある大規模作戦直前の雪風の日誌より



ヤンデレとは別方向に病んでる娘だと思ってます。でもそれを外に見せることはないんだろうなあって。

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