試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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EO 9 提督と元帥

 大本営、と言っても例の戦争の時のような組織ではない。まだ艦娘がこの世に現れる以前から国を守ってきた組織のトップがその原型にあって、彼らがその下の提督たちへと指示を出している。提督たちに指示をだすトップの面々には選ばれた豪傑たち、元帥もその名を連ねている。

 深海棲艦は敵国ではなくほぼ自然現象のようなもので、提督はゲームで言うとハンターみたいなものであり元帥とか大将とかはハンターランクである。一応その地位に見合った仕事とか任されるため単に強いんだぞ、というだけではない。

 そういうこともあって階級は戦時と比べれば容易に上下する。が、元帥は流石に一定の支持を得られなければなることができないし、簡単に変わりすぎてもやる仕事の引き継ぎが面倒なのでそこのところは適度に考えられている。

 

 さて、件の異常な艦娘ばかりを建造し、更には新米提督らしからぬ戦果を上げている彼は少将であったが、今回大本営に呼び出されたことにより中将になった。これは前例がないほど早さである。

 

「私にこの地位は合いません」

「過ぎた謙遜は良くないぞ中将。君はこの国にとって多大な貢献を成しているのだ」

 

 わざわざ一人を呼び出して大本営の主要人物が勢揃いなどはしない。が、元帥がわざわざ出てきたことに彼は目を白黒させる。連れてきた龍驤は元帥が出てくるのは当然、といったすました表情であったが彼の背後に控えているためにそれを知ることはなかった。

 この元帥、実は彼の同期の海兵学校を二番で卒業した青年の父親である。深海棲艦が現れてから自分と同じ職に就こうという意思を見せる息子に英才教育を施していたはずが、ポッと出の田舎者に息子が抜かされて興味が湧き、積極的に彼と会話したいと志願して今に至る。

 海兵学校を主席で卒業したからとすぐ提督になれるわけではない。しかし教官であった練習艦たちからの熱い推薦があり、また丁度提督を新しくつけようとしていたのもあってこの元帥が彼を推薦したのだ。

 

 教官である艦娘たちは新兵に対しても評価が厳しい。主席で卒業した生徒であってもこのまま艦隊を率いさせるのには危うすぎる、後方でまだ学び直すべきという評価を出すことだってよくあったのだ。

 

(しかしこの青年は違う……厳しい教官達からの破格な評価。すぐにでも艦隊を率いるべしという彼女らの言葉を信じて提督にさせてみたが)

 

 しかも教官のうち二人、練習巡洋艦「香取」「鹿島」はこの提督が通っていた学校に海兵学校の案内に行ったその日、説明会が終了したと同時に彼の下へと走り周囲が引くような勢いで勧誘を始めた。こう言うのは学生時代の親友で現在中将である初期艦に五月雨を選んだ提督だ。つまり、教導を行う前から艦娘は彼を評価していたということなのか。

 

 彼を提督に据えた当初、当然周囲の反発はものすごいものだった。自分は副提督やそれよりももっと低い地位で働いているのに卒業したばかりのガキが提督になるだなんて、という妬みや文句はしょっちゅうあった。元帥の一部でさえ教官の艦娘の間違いだ、一月もすれば降格処分だろうと笑っていたというのに。

 

「そこの龍驤は変異種か、見たことのない龍驤だ」

「はい」

 

 元帥の肩に乗った妖精が耳打ちする。この妖精はこの元帥が最初に出会い、今も肩を並べて戦っている吹雪のものである。

 

「カイニ、リュウジョウ、カイニ」

(改を超えた改装、つまり『改二』か。そしてそれを建造するこの男)

 

 見れば滑稽だ。きちんとした身なりではあるが、そう見えるのは才能の無い者だけ。艦隊を率いることのできる人間であれば彼の服には妖精が張り付き、頭や肩ではのんきに昼寝をしたりワイングラスを傾けている者すらいる。ここまで妖精に好かれた者はいままでいただろうか。

 この異様なまでの好かれ具合が建造時に妖精の協力を引き出して『改二』へと艦を変化させたのだろう。

 

「君の艦隊にはまだ正規空母はいなかったね? 事前通達と顔合わせは終わっていると思うが、君のところへ赤城を送る」

 

 しばしの雑談の後、本題に入り「入りたまえ」と元帥が赤城を部屋に招いた。

 赤城、という艦娘は提督の間では冷静沈着な戦略家で通っている。口の悪いものは戦闘マシーン、だなんて陰口を叩くが彼女は確かに戦闘に関することに興味が多い。

 この異常な提督に彼女のような戦力をもっと多くもたせられたのなら、唯一乗っ取られたあの県を奪還する手がかりになるかもしれぬ。そう、この元帥は彼を建造用提督にすることへ反対する側に立っている。

 

 彼が建造する艦娘は変異種が多く、また通常、変異種問わずにありえないほどの練度を示す。妖精が造った練度測定機械が彼の艦娘全てに測定不能を返した。彼が現れるまで測定不能を出した艦娘なぞ両の手の指で数えられるほどというのに。

 

 この男に建造させれば多くの艦隊は強大な戦力を手に入れられ、領土の奪還が可能になると息巻く一派。

 この男に建造させて艦隊を率いさせれば領土の奪還が容易に行えて、かつ戦力の分散を防げると分析する一派。

 

 どちらも国を思う故の思いだ。確かに両者ともにメリットがあるが、この元帥は後者。

 確かに即戦力は魅力的ではあるが、それをすれば艦娘本来の力を発揮させられない。艦娘は提督がいて真の力を発揮できる。いかに強い艦娘であっても、提督が指揮していなければ本来の練度の半分も実力を出せないのは非効率的すぎる。そう考えているのだ。

 

 元帥たちだけではなく大本営は2つの意見に割れている。だが、戦略的に見すぎていて当事者のことを良く見れていない。もし艦娘と提督に建造されたばかりだというのに強い信頼関係があるというのであれば引き離してしまうと厄介なことになりかねない。

 まず護国が根底にあるため反乱、なんてことはまず起こらないとは思うがと元帥は心のなかで考える。しかし彼は知らない、この提督の艦娘たちの優先順位が狂ってしまっていることに。

 

「赤城、よろしゅうな」

「よろしくお願いします提督、そして龍驤さん」

 

 そして元帥は提督の旗下に赤城が入った、たった今この瞬間の彼女の顔を見て確信した。自分は間違っていない、と。赤城の顔は狂信者のそれだった。この提督には人間には分からない艦娘を惹きつける『何か』があるのだ。

 妖精にも、艦娘にも好かれるその才能。提督に最も必要でありながら元帥の立ち位置にいても持っているとは思えないその才能が確実に彼にはある。

 

(最初の「私には合いません」という言葉、最初は謙遜だと思ったがこれは逆に自信の表れで「中将なんかに収まる器じゃない」と言っていたのか)

 

 思い返せば簡単だった。この男は敵最深部に駆逐艦「夕立」だけを突撃させて、未だそこでは確認されていなかった重巡flagship級を複数狩らせていた。夕立を出撃させた後に「神通」「敷波」「村雨」も追撃させていたが、おそらくこれも戦略だ。混乱を夕立で引き起こさせて確実に仕留める。

 駆逐艦一隻で敵中枢に殴りこみをかけるなど正気じゃない、だが彼はそれを艦娘にさせて彼女らは従った。彼は確実に成功すると確信し、艦娘も成功すると分かっていたのだ。その結果がflagship級複数討伐に、その地の深海棲艦の大幅弱体化だ。

 

(なるほど息子じゃ敵わない相手だ)

 

 先日、息子が所属する鎮守府に彼の神通が教導へと行っていたことを思い出す。息子からの手紙は変異種である神通への感嘆と、教導を受けた後の水雷戦隊の練度の向上への興奮が見受けられた。たった一隻の艦娘でそこまで変わるものか、と半信半疑ではあったがこの提督について調べを進めていくうちにその思いが消え去っていった。

 

 そして気付く。値踏みしているのは自分ではなくて相手だということを。

 

 能ある鷹は爪を隠す。人畜無害そうな顔をしながら立てた作戦は大胆。そして艦娘は自分を元帥などとは思っていないような態度をとる。彼の上司であっても彼女らの中では元帥などただの木っ端に過ぎないというのか。正面の艦娘の顔を見て――目前の赤城と龍驤が自分の器を見切っているような色を顔に浮かべているように見えて背筋が凍る。

 

 元帥はこの日、全力で彼を支援することに決めた。

 この元帥の働きかけによって提督がそのまま艦隊を指揮できる方向へと調整されることとなる。しかしながら、彼の所持する通称『改二』艦への研究は必要として時折出向を要請することとなった。大本営所属の妖精ですら分かっていないこの変異種。しかしながら彼女らは時間があるならば他の艦に実装可能と豪語する。

 

 後に彼の艦をプロトタイプとして研究が進められて正規実装された改二改装により、それまで『大妖精提督』と仲間内に笑いながら言われていた彼は『改二提督』と広く認知されるようになった。これを知った彼の艦隊の艦娘は提督が有名になったと大層喜んだそうだが――少し遠い未来の話である。


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