型月産ワカメは転生者である(仮題)   作:ヒレ酒

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桜の誕生日だから特別投稿。

節分過ぎたのに、羅生門も鬼ヶ島も復刻されないんですけどォ!?
いいの? 貯めるよ? 石貯めちゃうよ僕ァ!


第十六話

 件のケジメ案件から数日。

 間桐邸の最奥。

 慎二の寝室の前で、桜が悩ましげに溜息を吐く。

 

「……ライダー、力ずくでどうにかできない?」

 

 桜の問いにライダーは暫し逡巡し、首を小さく横に振った。

 

「これを破るには、それこそ宝具でも使わないと……」

 

 ライダーは小さく肩を竦め、寝室の扉を見やる。

 そこにはまるで茨のように、死棘が“生えていた”。

 桜が再び溜息を吐いた。

 

「本当に困ったわねぇ」

 

 慎二特製の死棘攻性結界(ゲイ・ボルク)

 それが寝室を守る有刺鉄線の如く張り巡らされている。

 強度は宝具クラス。

 破るにはこちらも同等の代物(宝具)を持ち出すしかない。

 

 しかし、だ。

 だからといって屋敷の中でライダーの宝具を開帳しようものなら。

 なまじそれが、慎二が作り出した“攻性”結界とぶつかろうものなら。

 それこそどんな惨事が引き起こされるかわかったものではない。

 一級品の神秘と神秘のぶつかり合いだ。

 最低でも屋敷が消し飛ぶ程度は覚悟しなければならないだろう。

 

「いや本当にどうするんですか、サクラ」

「どうしましょう?」

 

 で、この状況がどういうことなのか端的に説明すると。

 

「シンジが出て来る気配……全くありませんよ?」

「そうねぇ……もう二日になるのに……」

 

 あのケジメ案件以降、慎二が部屋から出てこなくなった。

 引きこもり――いや、ここまで来れば最早“立てこもり”だろうか。

 ライダーが心配げに眉根を寄せる。

 

「食事もとらずに……シンジは大丈夫なんでしょうか」

「そこはほら、兄さんは特別製だし……多分?」

 

 慎二は高出力の魔力炉に加え、大容量の魔力貯蔵タンクを搭載している。

 貯蔵魔力をカロリーに変換していられる限りにおいて、一切の補給は必要ないはずだ。

 だから心配は要らない。

 要らない――が、同時にそれが問題でもあった。

 

 補給の必要がないということは即ち、外部との接触の必要がないことと同義。

 つまり今この間桐邸において、慎二は完璧なる籠城状態にあった。

 

 二騎のサーヴァントが脱落し、聖杯戦争も中盤戦を迎えようとしている。

 そんな中で間桐家の頭脳兼主戦力でもある慎二がこの有様というのは、非常にマズい。

 

「うーん……どうしようかしら」

 

 マズい、のだが。

 狼狽し扉の前をうろうろするライダーをよそに、そのマスターたる間桐桜は、意外にも――

 

「その、サクラ……実はあまり焦っていなかったりしますか?」

 

 困った風ではあるものの、緊張した様子はなく――むしろリラックスしているフシさえあった。

 

「え? そんなことはないわよ? ただ……」

「ただ?」

「兄さんならまぁ、なんとかしてくれるって信じてるから」

 

 

 

 で、そんな無駄に重たい信頼を寄せられている慎二はといえば。

 寝室にあるキングサイズの豪奢なベッド。

 そこで、シーツを被ったまま膝を抱えていた。

 じめじめっとした海産物的アトモスフィアが部屋中を満たしている。

 

 脳内を駆け巡る悩みの種。

 それは今回の一件――聖杯戦争の落しどころだ。

 

 聖杯の降誕を阻止し、かつ自陣営から脱落者を出さない。

 慎二が掲げていた当初の目標がこれだった。

 

 そもそも、だ。

 この聖杯戦争において、最悪と呼べる結末はそう多くない。

 マズいのは聖杯が完成し、中身(アンリマユ)が降誕。

 そのまま冬木を焼き尽くす、というルートだけだ。

 

 そしてそのルートに至る可能性のある相手は二組だけ。

 一つは聖杯の完成を願う御三家、アインツベルン。

 そしてもう一組は、この聖杯戦争におけるイレギュラー。

 英雄王、すなわちギルガメッシュである。

 

 第四次聖杯戦争から現界を続ける英雄王。

 戦力的にも、掲げる目標的にも。

 英雄王は聖杯降誕の阻止にあたっての最大の壁だった。

 

 アインツベルンの大英雄(ヘラクレス)はまだ戦りようがある。

 だがことギルガメッシュの場合、話は別だ。

 奴は真向勝負で勝てる相手ではない。

 なにせ厄介なことに、奴は搦手を使おうにも打てる手がないからだ。

 

 ならばどうするのか。

 悩みに悩んだ末、慎二は二つのプランを立てた。

 

 一つは前提条件の破壊だ。

 聖杯を完成させる、というこの聖杯戦争自体を破綻させる。

 つまり聖杯の核たるアインツベルンの小聖杯――イリヤスフィールを破壊する。

 

 しかしこのプランが失敗に終わったのは周知のこと。

 それもこれも、あの憎き主人公(衛宮)君のせいだ。

 本当に、あそこで奴が邪魔さえしなければ。

 そうすれば冬木の聖杯戦争は小規模な被害だけで収束するはずだったのに。

 

 とはいえ失敗してしまったものは仕方がない。

 慎二は過去を振り返らない男。

 ダメならダメで切り捨てる。

 時には割り切りこそが最善手となることもある。

 

 失敗を確信した瞬間、慎二はプラン2に移行した。

 名づけるなら――そう。

 

 勝てないならそもそも戦わなければいいじゃない作戦。

 

 要するに主人公勢(衛宮&遠坂)に押し付けてしまえ、ということだ。

 衛宮士郎、そして遠坂凛のサーヴァントであるアーチャー。

 彼等の魔術はこと英雄王を相手にする場合において、切り札となり得る。

 

 それだけではない。彼等には他にも方法がある。

 騎士王(セイバー)へと聖剣の鞘を返却し、力技でねじ伏せたっていい。

 

 これこそ主人公補正というべきなのだろうか。

 彼等は英雄王(ラスボス)を倒すための方法をいくつも持っているのだ。

 

 運命は収束する。

 ならばその運命の流れを誘導し、彼等が英雄王を打倒する未来を引き当てる。

 それこそ慎二が考え抜いた末の最終プランだった。

 しかし、しかしだ。

 

「どうすんだよ……どうすんだよぉコレぇ……」

 

 主人公組が英雄王を打倒するために必須だったもの。

 それがアーチャー(エミヤ)という要素(ファクター)だ。

 

 だが彼は不運にも――そう“不運にも”消滅してしまった。

 これでは運命は大きく変わってしまう――それこそ修正不可能なほどに。

 

「くっそう……アインツベルンはもう出てこない。そうなるとFate(セイバー)ルートはない」

 

 あれだけ執拗に狙っていることをアピールしてしまったのだ。

 イリヤスフィールは間違いなく籠城を決め込むだろう。

 彼女が衛宮を誘拐する、というイベントは発生しないと見ていい。

 そうなればその先にある魔力供給(チョメチョメ)やらバーサーカー戦やらは、もうない。

 いや、そもそもライダーとの戦いが行われない時点で、運命は決していたのかもしれない。

 このルートはもう、潰れた。

 

「とはいえなぁ……UBW()ルートに行こうにも、肝心のアーチャーが居ないしなぁ」

 

 対英雄王の切り札たる固有結界、無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)

 それを衛宮が習得するには、アーチャーの存在が不可欠だ。

 しかし肝心要であるアーチャーは既に脱落してしまっている。

 流石の主人公サマでも、独力であの領域に到達することは不可能だろう。

 

「残ってるルートはそれこそHeaven's Feel()くらいのもんだけど……」

 

 ダメだ。

 十年前に間桐臓硯を殺してしまった時点で、前提条件から崩壊してしまっている。

 もう残されたルートはない。バッドエンド一直線だ。

 

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

 じめじめ、じめじめと慎二が鳴いていた、その時だった。

 間桐邸全体に、けたたましいベルの音が鳴り響く。

 

「この音は――」

 

 間桐邸に張られた、対神秘用結界。

 それが発動した音だ。

 この屋敷内に魔術に類する存在が侵入しようとしている。

 今は聖杯戦争時、となれば敵襲だ。

 

「こういう人が落ち込んでる時に限ってさぁ……」

 

 少しくらい休ませてくれたっていいじゃない。

 こちとら中身は一般人なんだもの。

 主人公補正も、鋼の精神もないんだもの。

 豆腐メンタルを慰める時間くれたって罰は当たらないだろう。

 

「空気読めよ。くそう」

 

 慎二は渋々、といった様子で被っていたシーツを脱ぎ捨てる。

 そして着替える時間すら惜しいとばかりに、寝間着のまま窓から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 間桐邸の正門を、ガンガンと蹴りつける音が響いている。

 急行した慎二は、それを冷めた目で見つめていた。

 

「このっ……開きなさい! 開きなさいったら!」

「無理だ遠坂。この門、ビクともしないぞ」

 

 また衛宮&遠坂(こいつら)かよ。

 やってきた厄介事に、深いため息を吐く。

 

「ダメだ遠坂、どうやっても開きそうにない」

「そうはッ言ってもねッ……諦めるわけにはいかないでしょッ衛宮君ッ」

 

 遠坂は正門をガンガンと蹴りつけながらも、言葉を続ける。

 

「アインツベルンが潰れた以上、もうコイツらしか頼れる相手がいないのよ!」

 

 ――は?

 なんて言った、こいつ?

 アインツベルンが――潰れた?

 

 そういえば、セイバーの魔力反応がない。

 アイツがマスター(衛宮士郎)から離れるとは思えない――ということは。

 

 パチン、と慎二が指を鳴らした。

 その瞬間、重厚な門が音もなく開かれ――

 

「この、開きな――うきゃあ!?」

 

 蹴ろうとした瞬間に門が開いたせいか。

 遠坂が素っ頓狂な声を上げて、顔面から地面へとダイブした。

 

「……」

「……」

 

 なんとも言えない空気が流れた。

 慎二と衛宮の間で、お前なんか言えよ、と無言のプレッシャーが飛び交う。

 

「……」

 

 しかし、なにも、おもいつかない!

 こういう時はあれだ。話を変えるに限る。

 慎二はコホンと咳払い、そして話を切り出そうとして――

 

「――ガンド」

 

 顔の真横を、遠坂の魔弾が通り過ぎる。

 頬から一筋、汗が流れる。

 今のはヤバかった。本気だった。当たれば痛いじゃすまないヤツだ。

 遠坂が頬についた土を袖で拭った。

 

「……よくもこの私を虚仮にしてくれたわね……」

「いや、優雅さの欠片もなく門を蹴り続けてたのは――」

「よくも、虚仮に、してくれたわね」

 

 有無を言わせぬ口調であった。

 もうヤダこの娘。

 慎二君的に、こういう勝気なキャラは天敵だ。

 

「ぼ、僕に用があったんじゃないのか!? いいんだぞ、このまま追い出したって!」

「――それは……!」

 

 だから慎二は精一杯の虚勢を張った。

 武力的にはともかく、話術フェイズでは勝てないと本能的に悟ったからだ。

 すると遠坂は不本意ながらも、こちらに向けていた腕を降ろした。

 その表情には苦々しさが多分に含まれていて、中々に愉悦感溢れるものだったがそれはさておき。

 

「それで、この――このッ! 僕にッ! 何の用かな?」

 

 未だこちらを睨み付ける遠坂へと精一杯の虚勢を張って。

 慎二は余裕をもって優雅にそう言ってのけたのだった。

 

 

 

「なるほど、それでオマエらは僕に泣きついてきたってワケ?」

「……悔しいけどそういうことよ」

 

 遠坂が悔しげに眉を顰めた。実に愉悦である。

 で、彼等の話を総括すると。

 どうも後の流れは、奇跡的にもUBWルートに進んだらしい。

 キャスターにセイバーを奪われ、頼るべきアインツベルンは落ちた。

 しかしランサーもアーチャーも居ない現状、奪還の戦力は最早存在せず。

 流れ流れて着いたのが間桐(ここ)だった――らしい。

 

「……なるほどなぁ……なるほど」

 

 うんうん、と相槌を打ちながら、慎二は内心でほくそ笑んでいた。

 これはもしや、不幸中の幸いというやつなのではなかろうか。

 

「だから頼む、間桐。セイバーを取り戻すのに協力してくれ」

 

 衛宮が慎二に頭を下げた。

 なるほど、なるほど。

 事態はそういう方向へと転がっていたのか。

 慎二はふむ、と大仰に頷き一言。

 

「嫌だね、断る」

「なっ――」

 

 まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。

 信じられないとばかりに、衛宮が声を上げた。

 

「どうしてだ! あのキャスターの危険性はお前もわかってるはずだ、間桐!」

「わかっているからこそ断る、と言っているんだよ衛宮」

 

 キャスターにセイバーを奪われる。

 これは主人公(衛宮)から見れば危機であるが、客観的に見れば違う。

 むしろ好機と見てもいいだろう。

 

「それはどういう意味かしら、間桐君?」

 

 返答次第ではただではおかない、とばかりに遠坂がこちらを睨み付ける。

 しかし慎二はむしろ余裕をもって、その視線を受け止めた。

 

「そのままの意味さ。僕にとって今の状況は都合がいいんだよ」

 

 キャスターは汚染された聖杯を“正常”に扱える唯一の存在だ。

 しかしそんな彼女が聖杯を手にする運命(ルート)はない。

 なぜなら、必ずどこかで彼女に対する邪魔が入るからだ。

 

 しかし今回は違う。

 彼女の邪魔をする三つの存在(英雄王、エミヤ、臓硯)のうち二つ(エミヤ、臓硯)は潰れた。

 そして最後に残る英雄王(ラスボス)

 それすらも、セイバーが奪われたことによって突破の糸口が見えた。

 

 キャスターは前衛として戦う英霊の中では最弱クラスだろう。

 だが後衛としては最優のサーヴァントだ。

 そんな彼女が、前衛として最優たるセイバーと組めば――

 

「僕としてはキャスターに協力してもいい、とすら思っているよ」

「……アナタ本気で言っているの? いえ、むしろ正気を疑うべきかしら?」

「いいや遠坂、僕は正気さ。正気だからこそこう言っているんだ」

 

 魔力不足による、大規模な魂食い。

 その側面だけを見れば、確かにキャスターは邪悪だろう。

 けれど慎二は知っている。

 キャスターの願い自体は、ほんのささやかな幸せだ。

 それは決して邪悪なものではない。

 利害関係だけでいけば、こちらと協力できる可能性は非常に高い。

 

「そういうわけで、悪いけどキャスターと敵対する気はないんだ」

 

 慎二が二人を鼻で笑いつつ、そう言ってのけた瞬間。

 衛宮の眉が激情に吊り上がる。

 

「間桐ォ! オマエ、それでも――!」

 

 衛宮が慎二の胸倉を掴もうと一歩踏み出した、その瞬間。

 ゾクリ、と慎二の背筋に悪寒が走った。

 感じたのは、魔力の波動だった。

 それも並みの代物ではない。宝具の真名解放に匹敵する魔力量。

 

「な――」

 

 なにが起こっているのか。

 そんな疑問を口にする間もなく、慎二の真横を一筋の閃光が通り過ぎようとする。

 慎二は半ば反射的に手を伸ばす。

 改造された慎二の肉体には、発射された弾丸すら正確に掴み取る力があった。

 

 しかし――伸ばされた手は“ソレ”を掴み取ることはなかった。

 まるで慎二の手を避けるかのように、その閃光が不規則に軌道を変えたからだ。

 そして軌道を変えた閃光――その先に居るのは――

 

「避けろ、衛宮ァ!」

「え――」

 

 衛宮がそんな間の抜けた声を出すと同時に、その胸に閃光が吸い込まれる。

 そして桜色の――満開の(死棘)が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




だいたいカード2枚につき1話分の投稿をしているんだ。

ふと見返せば、このSSも既に16話。
つまり――わかるね?

そしてシュテンノー事件の時の更新速度。
それを考えると――わかるね?


あとルール的に書いても良いのかわからなかったので、今まで触れなかったんですが。
感想とか貰えると凄く嬉しいです。毎回、執筆の励みになっています。
(だからくれても)ええんやで。


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