ゼノヴィア・クァルタは、
自身を人間を悪魔たちから守るための、一振りの剣と考えていた。
彼女は幼少時から、教会にそうあれと育てられたことも関係するだろう。
教会の使徒として、戦士として、エクソシストとして、
彼女は悪魔・吸血鬼・魔物を容赦なく殺してきた。
それが、人の、教会の、そして神のためと思っていたからだ。
魔を容赦なく殺すその姿を、教会の人間でさえ「斬り姫」として畏怖することになるのだが。
敬虔たるゼノヴィアにしてみれば、それは神に善行をなしている証明でもあるため、
本人は別に気にすることではなかった。
彼女には教会・神が全てであり、他の事に興味もなかったのだ。
彼女の仕事は、神の使徒として地上に巣食う魔を殺すこと。
そのため、彼女の歩んだ道は魔物の死体に塗れていると言ってもいい。
彼女の同僚であるエクソシストたちの死も、彼女の道を赤く染めた。
ゼノヴィアは、そうした死の渦中にその身を預け、
ただ名誉ある使命を果たすだけだった。
そうした鉄のようなゼノヴィアではあったが、彼女に変化をもたらす出会いがあった。
一人目は、紫藤イリナであった。
彼女は両親ともに敬虔な教会の信徒であり、父親が同じ戦士であった故に、
ゼノヴィアはイリナと出会うことになったのだ。
彼女の美徳である敬愛精神と天真爛漫な姿は、
人付き合いの悪かったゼノヴィアとすぐに打ち解け、
ゼノヴィアに人らしい、女の子の感情を蘇らせた功績である。
そしてもう一人は・・・
教会に設けられている訓練場で、ゼノヴィアは頻りに剣を振っていた。
前の戦いで、彼女は悪魔を殲滅したものの、仲間に被害が出てしまったのだ。
ゼノヴィアは自身の弱さを嘆いた。
いくら自分に力があったとしても、守れなければ意味がない。
その思いで、彼女はこうした無茶な訓練を続けていたのだ。
だが、それにも限界はある。
ゼノヴィアは、ふと身体から力が抜ける感覚に陥り、
気付いた時には、倒れゆく自分を認識した。
だが、地面と接触する間際に彼女の体は止まった。
「無茶はいけませんよ、ゼノヴィアさん」
目を動かすと、修道女が彼女を支えていたのだ。
修道女の顔は、黒いヴェールに覆われていた。
ゼノヴィアとアーリィと名乗った修道女の出会いは、戦場であった。
悪魔を殲滅する任務のため、仲間のエクソシストと共に、
悪魔の巣窟に踏み込もうとする際、救護班としてアーリィが送られたのだ。
当初、彼女の出で立ちに、ゼノヴィアは困惑した。
なにせ、どうみても戦力になりそうもなく、自分の身すら守れなさそうな体格であり、
顔を覆っている黒のヴェールが明らかに怪しかったのだ。
そして、ゼノヴィアは彼女がなにか焦っている様子を感じたのだ。
まるで、何かを為さねばならないと憑りつかれた様に。
故にゼノヴィアは興味を持ったのだ、怪しい修道女に。
「私が焦っている、ですか?」
「ああ、そうだ。焦りはミスを生み、多くの被害を招く。
あなたのせいで皆が死ぬのは困るのでね」
「あはは、すみません・・・」
始めは単純な興味だった。この怪しい、死にたがりの修道女が、いったい何を焦っているのか。
「私、大切な人と約束をしたんですよ、必ず迎えにいきます、と。
あの子、寂しがり屋ですから。一人でいるのが心配なんです」
「そうか、待っている人がいるというのは、羨ましい限りだ。
私も、待っている友のために、早く任務を終わらせたいものだ」
こうした些細な会話が会話を繋ぎ、いつしか二人は語り合っていた。
「それにしても、どうしてエクソシストを?」
「ん?そうだな、しいて言うなら、それが教会の、神のため・・・だからかな。
私には教会に育てられた恩と、神への忠誠を果たす為、悪魔を浄化する使命がある」
「そうなのですか、それは・・・素晴らしいですね!」
ゼノヴィアの言葉に、アーリィは少し言い澱んだものの、ゼノヴィアは気付かない。
「で、あなたはどうなんだ、シスター・アーリィ?」
「そうですね、私は先ほども言いましたが、待っている子を迎えにいく約束があります。
それに、私みたいな子を、もう見たくありませんから」
その言葉に、ゼノヴィアは彼女が悪魔の犠牲者と思い至った。
「すまない、酷いことを思い出させてしまったようだ。
えっと、これ以上は明日の作戦に支障をきたしそうだから、もう寝よう」
「お気にならないでください。あー、そうですね。
では明日の作戦、頑張りましょう」
こうして二人は、ひと時の親睦を深めた。
「私の夢・・・か?」
「そうです。ゼノヴィアさんも女の子ですから、何かしたいことはあるんじゃないですか?」
ゼノヴィアはアーリィの質問に悩んだ。
いかんせん、自分は戦士であり、そうした生き方しかしてこなかったのだ。
その私が夢を考えるとは思っていなかったのだ。
そうした悶々と考え込んでいると、ゼノヴィアに天啓が降りてきた。
「こども・・・」
「?」
「そうだ!女の幸せは子をなすことだ!
私は、私を組み伏せる程に強い男と子をなしたい!どうだ、素晴らしいだろう!」
「」
アーリィはゼノヴィアの言葉に絶句した。
一体彼女は何を言ったのだろう、と。
子供をなす?それは素晴らしいことだ。
だが、自身を組み伏せられるほどの男と子をなしたい?
ゼノヴィアは・・・あっち方面の人だったのだろうか?
一応、ここはゼノヴィアの部屋で、今は二人っきりなのだが、
もしも教会の広間であったなら・・・アーリィは考えるのを止めた。
「それは・・・素晴らしい夢です!きっと素晴らしい子が生まれますよ」
「そうだろう?うん、そうに違いない」
豊満な胸をはって、嬉しそうにうなずくゼノヴィアを、アーリィは内心では頭を抱えた。
「っと、そうだアーリィ。実は教会から新たな指令が来てな。
なんでも緊急の用事らしい。だから名残惜しいが、今日はお開きにしよう。
今度は君の夢を聴かせてほしい」
「ええ、もちろんですよ。私の夢はまた今度ということで」
そうして部屋から出て行こうとしたアーリィは、ふと扉の前で止まり、
くるりとゼノヴィアに向き直った。
「ゼノヴィア・クァルタ、貴女は強い人です。ですが、弱い人でもあります。
もし道に迷ったなら、どうか自身の想いに従ってください。
か弱き人を魔のモノから護るあなたを、私は信じています」
「いったい何を言っているんだ、アーリィ?」
「きっと帰って、私の夢を聴いてくださいね」
そういって立ち去ったアーリィを、ゼノヴィアは呆然と見つめていた。
その後、ゼノヴィア・クァルタは、友である紫藤イリナと共に、
堕天使コカビエルが盗み出した、聖剣エクスカリバーを奪還するため、
イリナの故郷である、悪魔の支配する『駒王町』へと渡った。
そして、そこで悪魔になった『アーシア・アルジェント」と出会い、
『兵藤一誠』と教会の犠牲者『木場裕斗』と諍いを起こすことになる。
その後、コカビエルによって神の不在を知ったゼノヴィアは、
教会への帰還後、異端として排斥され、
信じる物に裏切られた彼女は、『アーシア』と同じく悪魔に転生したのだった。
誰かの言葉、誰かとの約束、ゼノヴィアがそれを果たすことはなかった。
歪むしかない