「アーシア、それは・・・」
リアスは、アーシアの言葉、涙、そしてその姿に言葉を詰まらせた。
アーシアの目は、リアスをまっすぐ見るように、射抜くように彼女たちを見つめる。
リアスは、その視線にすこし圧倒される。
可愛い妹であり眷属であり、優しいアーシアが、そんな目をするとは思っていなかったからだ。
リアスは、アーシアの視線から目を伏せて逸らし、心苦しくも口を開く。
「ごめんなさい・・・アーシア。
私たちは良かれと思ったのに、あなたを傷つける羽目になってしまったわね・・・」
「え?」
突然謝るリアスに、アーシアは面食らう。
まさか、開口で謝られるとは思っていなかったのだろう。
「正直言うとね、私、アーシアは私たちを選んでくれると思っていたの。
だって私は、私たちは、アーシアのことが大切で、あなたに傷ついて欲しくなかったから。
今にして思えば、本当に貴女を見ていなかったわ。
アーリィさんを選んだ時、信じられなかったの。どうして?なぜ?って」
ぽつりぽつりと、リアスは言葉を吐く。
その顔は、苦痛に耐え、無理をしているような表情をしている。
「だから私たち、あなた達がいない間にアーリィさんの所に行ったの。
お願いだからアーシアを連れて行かないでって。
もちろん、約束を破ったことは十分に解っているわ。
でも、それほどまでにアーシア、あなたのことが心配だったの。
もちろん、アーリィさんに諭されたわ。約束は約束ですよ、って」
リアスは顔を手で覆い、声を荒げた。
「解ってた、解ってたのよ。でも私には耐えられなかった!
大切な妹であるアーシアを、あなたを行かせることが、私には!駄目だったの!
それでも私は・・・!もしもこのままアーシアがいなくなったらと思うと・・・!」
「リアスお姉さま・・・」
リアスの叫びに、アーシアは言葉を失う。
自分の選択が、
もう一つの大切な家族であるリアスお姉さまやイッセーさんを傷つけることは解っていた。
解っていたはずなのに、リアスの言葉にアーシアは自分の心を責め始める。
本当に、この選択は良かったのか?と。
「でも、本当に良かったわ・・・。だってアーシアを彼女から守れることが出来たんだから」
「え?」
リアスの言葉に、アーシアは言葉を失う。
彼女から私を守れることが出来た?どういうことですか?
驚くアーシアを余所に、一誠が言葉を続ける。
「アーシアは、
あいつは俺たちの話を聞くどころか、俺たちを殺そうとしたんだよ!」
「そんな・・・!?」
「・・・」
一誠の言葉に、アーシアは目を見開く。
傍にいたゼノヴィアは、ただ無言を貫く。
「俺たちはお願いをしに来たのに、あいつは頑として聞かなかった。
それどころか、急に本性を現したのか、俺たちを結界に閉じ込めて、
『お仕置き』とぬかして剣を向けたんだ!
あいつ、嗤いながら俺たちを襲ってきたんだよ!」
「何を、言っているのですか?・・・」
一誠の言葉にアーシアは何を言っているのか理解できない、したくない表情で呆然とする。
だが、それをリアスが許さない。
「ええ、急に優しそうだった彼女が豹変して、私たちを襲ってきたの。
もちろん、私たちは彼女を抑えようと必死だったわ。
でも、私たちが思っていた以上に、彼女の抵抗が激しくて。
それで、ギャスパーや祐斗、朱乃に小猫が彼女に傷を負わされてしまって、
大切な家族を守る為に、私は彼女を・・・」
「部長は悪くないです!仕方なかったんですよ!
俺が不甲斐ないばかりに、部長やみんなを守れなくて!
もしも俺がもっと強かったら、部長も、みんなも傷つかずに済んだのに・・・!」
自身の身体を抱きしめ、震えるリアスに、それを支え、言葉を掛ける一誠。
だがそれ以上に、アーシアは二人の言葉に衝撃を受けていた。
「じゃあ、
そ、それにさっきの爆発は・・・」
「アーシア・・・・ごめんなさい・・・」
アーシアの言葉に、リアスは目を逸らす。
その行為に、アーシアは否定していた現実を理解しなければならなかった。
アーシアは目を伏せ、自分を傷つけるだけというのに、アーリィの十字架を握りしめる。
「嘘ですよね・・・?」
「・・・アーシア?」
アーシア呟きにリアスが戸惑う。
「嘘だと言ってくれますよね・・・?」
アーシアは痛いと思っていても、十字架を手を緩めない。
火傷どころか、手のひらから血が滲み出てくる程に痛いのに、アーシアは緩めない。
「アーリィ姉さまはそんな人じゃありません。
確かに、姉さまは悪魔を快く思っていないと思います。だけど、言ってました。
人との共存を考えてほしいって。
あの人は確かにそう言いました。それって、まだ悪魔を信じているってことだと思うんです。
それに、私にとってのアーリィ姉さまは、
決して自分のためだけに相手を傷つけるような人じゃありません!
おっちょこちょいで、迷子で、見ていて心配になってしまいそうで、
でも私にとっては、大切な、大好きな姉さまなんです!」
アーシアは、目に涙を溢れさせながらも言葉を紡ぐ。
その姿は、ただ現実を否定したいだけの足掻きか、
それとも大切な人を蔑ろにされた怒りだろうか。
「アーシア、彼女を否定したい気持ちは解るわ。でも、現に私たちは彼女に襲われてるのよ。
アーシアの表情や言葉にリアスは言葉を詰まらせるも、アーシアを諭すために事実を突きつける。
そう、リアスたちは現にアーリィに襲われたのだから。
それは否定できない事実だ。
「それは・・・」
リアスの言葉にアーシアは口を噤む。
その姿にリアスや一誠等は、安心の溜息を吐く。
どうやら、アーシアも解ってくれたようだ。
「部長、ひとついいかな?」
「ゼノヴィア?」「ゼノヴィアさん?」
だが、アーシアと替わるように、今まで沈黙していたゼノヴィアが口を開く。
それにリアスやアーシアは驚く。
「襲ったということは、アーリィが先に動いたんだな?」
「?ええ、その通りよ」
リアスはゼノヴィアの問いの意味が解らなかった。その質問に何の意味があるのだろうか。
「そうか」
ゼノヴィアはリアスの言葉に納得したように呟くと、アーシアの前に出る。
「ゼノヴィア・・・さん?」
ゼノヴィアの行動に、アーシアは戸惑いを隠せない。もちろん、リアスたちもだが。
「部長、アーシアが言うように、アーリィは確かに悪魔を憎んでいると言ってもいい。
だが、あいつは私と違って所々で変わっていたんだ。
普通ならば気付くことはないんだが、生憎と私は彼女に背を預けていたからな」
ゼノヴィアは、ゆっくりとリアスたちを見据える。
「アーリィは基本受け身でね。率先して動く性格じゃないんだ。
ただ、受け身と言いつつも、目的があれば全力を尽くすから、変な奴なんだが」
「何を言っているの、ゼノヴィア?」
「その性格は仕事にも表れていてね。あいつ自身は率先して悪魔を殺すことはしない。
なにせ、あいつの仕事は私のお守だったからね。私を支援することに全力を出していた」
ゼノヴィアは戸惑う周りを気にせずに語る。
「でもそんなアーリィだが、自ら動く時があったんだ。
その1つは、悪魔が人を襲っていた時、またはその悪魔を危険だと判断した時。
そしてもう一つが、悪魔に襲われた時なんだ」
「何が言いたいのかしら、ゼノヴィア?」
ゼノヴィアの言葉に、リアスは逆に問い返す。
ゼノヴィアは目を閉じ、少し間をとってから、ゆっくりとリアスを見据えて言う。
「先に手を出したのは、部長たちじゃないんですか?」
ゼノヴィアの言葉に、アーシアは涙で滲んだ目を彼女へと向け、リアスは面食らった顔を向ける。
だが、リアスは直ぐに顔に笑みを戻す。
「何を言っているのゼノヴィア?確かに、私たちは彼女にお願いをしに行ったわ。
でも、先に手を出してきたのはアーリィの方。
それに、話し合いに来た私たちを襲う時点で、
彼女がやましいことを考えていたと考えられるわ。
実際、私たちは彼女に殺されそうになったのは事実よ」
「部長の言う通り、あいつは俺たちを殺しにかかったんだ!
それって、俺たちを殺した後に、
何食わぬ顔でアーシアとゼノヴィアを連れていくつもりだったってことじゃないのか!?
くそ!やっぱりあいつは二人を騙していたとんでもない奴じゃないか!」
リアスの言葉に続くように、一誠もアーリィの行動を挙げる。
その言葉にゼノヴィアは言葉を返す。
「確かに、アーリィが部長たちを襲ったのは事実だ。
だが言ったように、あいつは自分から悪魔を殺すような奴じゃない。
今言った2つの場面を除いてな。
これについては、はっきりと信じられる。
それに、あいつは『お仕置き』と言ったらしいじゃないか。
この教会の荒れようと部長たちの怪我からして、あいつは加減していたはずだ」
「「!?」」
ゼノヴィアの言葉に、一誠やリアスどころか、他の眷属も顔を驚かせる。
あれで加減をしていた?ゼノヴィアが何を言っているのか解らない。
アーシア自身も、信じられないという顔をしている。
アーリィがリアスと戦ったことも信じられないのに、
そのうえ加減をしていたということ自体が想像がつかない。
「信じなくても結構だが、事実だ。
本気のあいつなら、わざわざ笑うどころか、無表情でことに及ぶよ」
少し呆れたような表情で話すゼノヴィアだが、リアスたちは気が気ではない。
なにせ、あれで加減をしていたというのだ。
なら、彼女の本気は一体どうだったというのか・・・。
「さてアーシア、私たちはアーリィとの約束した通り、世界を見て回らなくてはな。
まずは、教会へ行かなくてはね。
もちろん、私も教会に対しては思うところはあるし、向こうもそうだろうさ。
まぁアーリィのことだ、そこは抜かりないと信じたいけどね」
リアスたちが考え込む姿を一瞥すると、
ゼノヴィアはアーシアに声をかけ、教会の出口へと向かう。
「二人ともどこへ行くの?」
その二人を、リアスが止めた。
振り返ると、リアスがまるで『何をしてるの?』という不思議そうな顔をしている。
もちろん、傍にいる一誠もだ。
「言ったはずですよ、部長。
私たちはアーリィと約束した通り、一度世界を見に行こうと思います。
私たちが知らなかったことを知る為に」
「ゼノヴィアも、アーシアも、もういいのよ?二人が無理することはないの。」
リアスは二人に手を伸ばす。
「もういいの。二人とも私が、私たちが守るから。だから、私たちと一緒にいましょう?」
リアスの言葉は、とても優しくまるで全てを包み込むような、そんな慈愛に満ちていた。
だが、アーシアはそんなリアスの目を見つめ、こう言った。
「私は、アーリィ姉さまとの約束を守ります」