「いつから・・・私たちが悪魔だと気付いたの?」
リアスは震える声で尋ねた。
教会の関係者と知ったあと、リアスたちはなんとか誤魔化そうとした。
アーリィの前では悪魔として活動してはいないし、
彼女の方も、こちらに気付いていた素振りすら見せていなかった。
なのに、いったいどこでバレてしまったというのか。
リアスの問いにアーリィは然もありなん、という風に答える。
「出会った当初から、なんて言ったらどう思います?」
その言葉に、リアスたちは背筋に氷を入れられたような寒気を思えた。
だが、すぐにアーリィは「冗談ですよ」と笑う。
しかし、その言葉が本当なのかどうか、リアスたちには判らない。
「始めの違和感は、みなさんと出会った時ですね。
アーシアとゼノヴィアさんに出会った嬉しさで、私が主に感謝をした際、
その場にいた全員が頭を押えたじゃないですか。
あれ?どうしたのでしょう?と思ったのですよ。
血の匂いや凄惨な死体を前に気分を悪くされたのでしょうか?と思い、
その時の私は気にすることもありませんでした」
アーリィは続ける。
「次の違和感は、アーシアとゼノヴィアさんの姿でした。
だって二人とも、昔のように十字架を身に着けていなかったのですから。
あれ?無くしてしまったのでしょうか?と思いまして、
買い物に出かけた際にプレゼントしようとしたんですけど、なぜか断られたのですよねぇ。
不思議じゃないですか。あれだけ主に対して敬虔たる二人だったというのに。
まるで、 つ け ら れ な い 理 由 で も あ る か の よ う に」
ねっとりと語るように彼女は続ける。
「そして出会った後の話し合いでもそうでしたね。
みなさん、普通に私の『言葉』を『理解』してくれたのですから。
不思議だったのですよね。
だって、日本に初めて来た私の言葉を、誰もが解ってくれなかった私の『言葉』なのに、
あなた達は一字一句間違えずに理解してくれたのですから。
ところでみなさん、私が一体、『何語』を話していると思いますか?」
まるで試す様に問うアーリィだが、その口元は相変わらず笑みの形を保っている。
リアスたちの頬に汗が伝う。
悪魔の力として、あらゆる言語が理解できるというものがある。
たとえ異なる言語だとしても、共通の言葉として理解できる、ということだ。
日本人である兵藤一誠にとっては、全ての言語が日本語に聞こえ、
日本語で話していても、この能力によって自動で相手の言語に合わせてくれるのだ。
だが、あまりに普通に会話をしていたことで、まったく気にもしていなかった。
ましてや、周りからどう見えていたなんて。
「それに兵藤一誠さんを、いえ、『赤龍帝』を教えていただいた際に思い出したのですよ。
今宵の『赤龍帝』が、『悪魔陣営』にいるというミカエル様の言葉を。
その時に気付きました。ああ、みなさんは悪魔なんだぁって。
だったら、自分が感じていた違和感の理由にもなるんですよ。
まさか、アーシアとゼノヴィアさんを保護し、この町を管理しているのが悪魔だったなんて。
もっと言うなら、駒王学園にもいますよね、御同類の方々が」
「まさかソーナ達のことも・・・!?」
一誠は自分の立ち場を指摘され、改めて『赤龍帝』という名の大きさを知らされる。
リアスは、自分たちだけでなく、ソーナ達のことも知られていることに驚く。
だが、アーリィはそれを気にもせずに喋り続ける。
「昔の私でしたら、あの話し合いの場で、みなさんのそっ首を刎ねていたでしょうか?
そしてついでに、学校の方へも襲撃していたのではないでしょうか?
まぁ、どうなっていたのかなんて、私にも分かりませんが。
ですがあの場で無くても、お茶会の際に、ミント・ローズマリー・タイムといった、
魔よけの薬草を食べさせることも出来たのですよね、紅茶でもスコーンにでも混ぜて。
もしもそれを食べていたら・・・面白いことになっていたかもしれませんね」
アーリィは普通に話しているが、リアスたちにしてみれば身が縮む話だ。
ようは、襲う気ならばいつでも出来ていた、ということだ。
それも、まったくこちらに気付かせずに。
「でもアーシアを、ゼノヴィアさんを助けてくれたわけですし、
幸せそうな二人を見ていたら、その幸せを奪っていいのでしょうか?と悩みました。
だって、本当に幸せそうな顔をしてましたもの。
特に兵藤一誠さん、アーシアがあなたに向ける顔なんて、
正直、お姉ちゃんとして嫉妬を覚えるほどでした」
「えー!?」
突如告げられた言葉に一誠は驚く。
アーシアは自分にとっては大切な妹的、家族的な存在で、
まさか好意を抱かれていたとは思いも寄らなかったのだ。
「だからリアスさん、実を言いますと、貴女の提案には本当に感謝しています。
本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるアーリィだが、この状況での行いは異様に見える。
「ど う い う 姿 で あ れ、
あなた方がいなかったら、私はアーシアとゼノヴィアさんに出会うことが出来ませんでした。
だから私、あなた達を信用しようと思ったのです」
顔を上げたアーリィは、まっすぐにリアスたちを見る。
「もしも、あなた達が今まで出会った悪魔たちと違うのであれば、
私も憎しみを棄てることが出来るのではないかって。
あの時のことを許してもいいんじゃないかって、思ったのです。
だから私は、現状における三大勢力の情勢や人間への行い、そして自分の過去を話しました。
あなた方が信じている和平について考えてほしかったから。
その裏で、誰かが不幸になっている今のままではダメだって」
もしもアーシアとゼノヴィアがいたならば、アーリィの声に悲痛を感じただろう。
だが、この場に二人はいない。
「そしてアーシアとゼノヴィアさんが、
私に着いて来てくれると言ってくれた時は、本当に嬉しかったです。
こんな私を信じてくれると言ってくれたのですから。
もしも選んでくれなくても、私は素直に去るつもりでしたのに」
アーリィは一息つき、また喋る、まるで舞台の上で謳うように。
「兵藤一誠君、私、貴方の言葉を信じたかった。
『今は憎しみ合っていても、互いに手を取りあえる未来が来る』でしたっけ?
アーシアが私を選んでくれた理由でしたね。
たとえ理想だとしても、私はそれに助力したいと思ったのですよ?」
「だったら俺たちの仲間になってくれよ!
そしたらアーシアとゼノヴィアと一緒に暮らせ・・・!?」
突然、後ろで大きな音が響き、リアスたちが振り向くと、教会の扉が閉まっていた。
その間に、アーリィは足元に置いてあるボストンバッグに手を伸ばす。
「でも・・・駄目でした。
貴女達は自ら申し出た約束を、契約を、自らの意志で破り捨てた。
それも、私が悪い?私が二人に何かしたから?
家族を守りたいから?止めないのは家族じゃないから?
笑える冗談ですね。反吐が出ます。
ああ、何も仰らないでください。もはやあなた達の言葉を聴くのはもう結構ですから」
ボストンバッグのチャックがゆっくりと外され、アーリィは手を中にいれる。
すると、開いた口の中から、
何枚も、何十枚も、何百枚もの紙切れが吹き出し、教会の壁や扉を覆いだす。
よく見ると、それらには様々な言葉が記されている。
『神はまた、人の心に永遠を与えられた』
『私は、神に信頼しています。それゆえ、恐れません。人が、私に何をなしえましょう』
『からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません』
『高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ』
『あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない』
『敵を愛し、迫害するもののために祈れ』
『剣を取る者は、剣で滅びる』
などなど、目に入るだけでも、滅入ってしまうほどだ。
そして、その一枚一枚が強力な聖の力を帯びていた。
ゆえに、リアスたちは少しずつだが、身体に異常を感じ始める。
「やっぱりあなた達も有象無象と同じでした。
口から綺麗な言葉を吐こうとも、結局はこういうことしかしないんですよ。
家族を、友達を、町を全て焼き尽くし、全てを奪っていったあいつらと、
私の妹を奪い、妹に恋人殺しをさせ、私に妹を殺させたあいつと同じなんですよ。
結局は約束なんて、あなた(悪魔)たちにとってはただの紙切れと同じだった。
たとえ約束をしたところで、後から全てを御破算にすることしか考えないんです。
だって、約束を遵守するはずの貴女達が、自分勝手に契約を無視するんですから」
アーリィの顔は見えないというのに、彼女からは射る様な視線が感じられる。
「だったら、それに対するお仕置きがあっても構いませんよね?
話し合いの時間はとうに過ぎた。もはや言葉などに意味はありません。
ならば最後は、最も原始的で、最も簡潔な方法で決めようじゃありませんか?
それに、私があなた達のお願いを無視して二人を連れていくというなら、
結局はこうするつもりだったんでしょ?」
ゆっくりと抜かれたのは、先日映像で見た大きな銀色の光沢を放つ剣。
そして、どさりと落ちた鞄の口からは、同じく銀色の何かが大量に見えた。
「仕掛けてきたのはそちらが先です。
私の名はアーリィ・カデンツァ。ただの修道女にして、ただの悪魔殲滅者」
十字架の前で、リアスたちの前で、アーリィは口元は三日月の如く裂けた。
「お仕置きの時間ですよ?」