リアスたちは、表情には出さなかったものの、アーリィの言葉に内心では焦っていた。
アーリィの言葉を否定しようとした結果、彼女に不信を抱かせてしまったのだ。
果てに、悪魔を殺すことを、
害獣を殺すのに迷いがあるのですか?と言った彼女から、
貴女達は悪魔ですか?と問われてしまったのだ。
ここで正直に「はい」と答えようものなら、彼女は容赦なく首を落としに来るだろう。
だが目の前の彼女の笑みが、否定しようとする意志を抉る。
それは一瞬の沈黙だったのか、それても長い時間が過ぎたのか、リアスたちには解らなかった。
だがその緊張も、アーリィの「うふふ、冗談ですよ。そんなわけないと思っていますから」
という言葉によって解かれた。
緊張を解かれ、肺にたまった空気を吐くリアスたちを見ながら、
アーリィは口元隠しながら笑っていた。
「ごめんなさいね、ちょっとした悪戯ですよ。
長い話をしてしまいましたが、私が言いたいことは、
決して上の言葉をただ鵜呑みにしてほしくないということです。
確かに三勢力では和平が成立しました。ですが、それによって人が犠牲になっている。
こうした現実から目を逸らさず、人との共存関係を考えてほしい、と思っています」
アーリィの真剣な視線を感じ、一誠たちは頷かざるを得なかった。
その姿に満足したのか、アーリィは、
「今宵は私の話を聞いていただき、ありがとうございました。
私も、久々に会話が出来てとても楽しかったですよ。
それに、商店街や学園と、この町を見ることも出来て嬉しいことがいっぱいでした。
アーシア、ゼノヴィアさん、本当に感謝しています」
と笑顔で語る。
「ですが、そろそろ私の路銀が尽きてしまいそうで、急な話で申し訳ないのですが、
明後日にはアーシアの返答を聞きたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、解りました。アーシアもそれでいいかしら?」
「はい・・・解りました」
アーリィの言葉に、リアスは我に返りながらも、アーシアに尋ね、
アーシアは急な話に面食らいながらも、小さく返事をして頷いた。
「急なお願いを聴いていただき感謝します。では、私はお暇させていただきますね。
明日は、帰るのが名残惜しいので、また町を巡ろうと思っています。
明後日に、ここでアーシアの答えを聞きたいと思います。
それではリアス・グレモリーさん、そして皆さん、御機嫌よう」
アーシアの返答にアーリィは満足し、感謝と言葉を添えて帰っていった。
アーリィが帰った後、リアスたちのいる部屋は重い沈黙に包まれていた。
誰も彼も口を開こうとしない。
それほどまでに、アーリィの言葉はリアスたちにとっては衝撃だったのだ。
和平会談による人間への被害。
和平会談で平和になったと思った矢先、アーリィから告げられた言葉が、
信じていた和平に罅を入れてしまったのだ。
『和平会談は無駄ではないですが、無意味と思っています』
『同盟を結ばれない人間は、ただ管理されるだけの存在なのですか?』
『襲ってくる悪魔を殺すのに、何を迷うというのですか?』
これはアーリィの言葉だ。そして、その言葉は彼女の真意なのだろう。
ゆえに無視が出来ない。
だが、それでも、彼女の言葉を否定する言葉を探そうとする。
重い沈黙の中、一誠が呟く。
「だからって、みんなの願った平和を否定しちゃ駄目だ。
憎しみに囚われちゃ駄目なんだよ」
一誠が呟いた言葉に、リアスたちが彼を見た。
そこには、拳を握りしめ、震えながらも、必死に前を向こうとする一誠がいた。
「確かに三勢力が人間に酷いことをする事実があったとしても、
だからって、何もかも否定して、和平を否定しちゃ駄目なんだ。
例え憎しみ合っていても、最後には手を取りあえるんだ!」
絞り出すように出した一誠の言葉は、萎んでいたリアスたちの心に力を与えた。
そうだ、和平を否定し、憎しみ合うだけでは何も変わらない。
それこそ、最後には誰も居なくなってしまう悲しい結末しかない。
だが、それを回避するために三大勢力は生まれたのだ。
和平の願いは憎しみという垣根を超えることが出来たのだ。
「そうね、一誠の言う通りだわ。
今まで憎み合っていた、私たち悪魔や天使に堕天使が、
みんなの幸せを願って手を結ぶことが出来たのですもの。
私たちみたいに、人間と本当の意味で共存できるわ」
一誠の言葉に元気づけられ、リアスは迷いを振り払った。
例え今は困難な道でも、例え今は理解されなくても、
人間たちと手を取り合って生きてける道はあるのだ、と。
リアスが迷いを振り切ったように、他の眷属たちも一誠の言葉に頷く。
「私みたいな、堕天使と悪魔のハーフを一誠君は受け入れてくれたのですもの。
一誠君の言う通り、安易な憎しみに囚われてはいけませんね」
「イッセー先輩!ぼ、ボクも、お、お手伝いします!」
「一誠君が言うと、そうなるって思えてくるね」
「変態なイッセー先輩がカッコいいことを言っています。明日は隕石が降りますね」
「それは酷いよ小猫ちゃん!」
さっきまでの暗い雰囲気が嘘のように、客間には笑い声が満ちた。
ふとリアスが視線を動かすと、そこには暗い顔のアーシアと、
それを気遣うゼノヴィアがいた。
「大丈夫アーシア?先ほどから暗い顔をしているけど。
アーリィさんの提案に頷いてしまったけれど、やっぱり急すぎたかしら?」
「いえ、そうじゃないんです。ただ、アーリィ姉さまの話を考えてしまって・・・」
アーシアの消え入りそうな言葉を受け、リアスはアーシアを抱きしめ頭を撫でた。
「アーシアは優しいわね。本当に私の自慢の妹よ。
アーリィさんの言葉が真実でも、人間も三大勢力も互いに手を取り合って行けるわ。
私たちのようにね。
アーシアと一誠が友達になれたように、アーシアと私が姉妹になれたように。
だから大丈夫よ。私の可愛いアーシア」
泣きそうな幼子をあやす様に、安心させるように、リアスはアーシアに囁く。
その姿はまるで本当の姉妹のようだ。
「ありがとうございます、リアスお姉さま。少し・・・落ち着きました。
私も、そうなれると信じたいと思います。
それでですね、リアスお姉さま。
私、明後日のことを考えたいので、明日は契約のお仕事を休んでもいいでしょうか・・・?」
「ええ、構わないわ。明後日のことは、アーシアにとって大切だもの」
アーシアの言葉にリアスは快く頷く。
そして安堵するアーシアに言葉を贈る。
「アーシアが悩んで決めたことなら、私は何も言わないわ。アーシアを信じているのだからね」
リアスの言葉に、アーシアは笑顔になる。
すると、意外な人物が声を発した。
「部長、すまないが、私も明日は休ませてくれないだろうか?
私も、アーリィのことで少し考えたいのだ。
我儘なことを言っているのは解るが、どうしてもお願いしたい」
「もちろん良いわ。でも、休んだ分はしっかり仕事をしてもらうから、覚悟しておきなさい」
「ありがとうございます(すまない)」
冗談めかしに言うリアスの言葉を笑いながら、2人は部屋に戻っていった。
「アーシア、大丈夫かな・・・」
部屋に入っていく2人を見ながら、一誠は心配する。
アーシアは誰もよりも心優しい女の子なのだ。
アーリィの話は自分たちにはあまりに衝撃的だったのだ。
ましてや、優しいアーシアならショックは大きいだろう。
心配する一誠に、リアスは言葉をかける。
「私たちですら未だに信じられない程だもの。
アーシアが心を痛めたのは確かね・・・。だから私たちが彼女を支えてあげないといけない。
だって、私たちは家族なんだから」
「ですよね!部長の言う通り、アーシアは俺にとっても部長にとっても大切な妹なんだ。
俺、アーシアの所に行ってきます!」
「あ、ちょっと一誠!」
リアスの止める言葉も聞かず、一誠はアーシアとゼノヴィアの部屋に走って行った。
その後、直ぐに悲鳴が上がった。