アエネアスの王土   作:町歩き

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オクセンシェルナ

クールラント聖領がグスタフ率いるオアスン軍に無条件降伏し、ひと月が過ぎた頃。

行政府の執務室にて書類の山に囲まれたゴットハルトが、同じように書類の山に囲まれている

マリアに声をかける。

 

「しっかし総長。グスタフ王、意外と話が通じる方でしたね」

 

「そうですねえ。焼き討ちや略奪もなく、賠償金の支払いも免除され、

オアスン軍が駐留している以外、今まで通りといっても良いですし。

まあ今後の征服事業に、宣教師と観想修道会士、合わせて百五十人程、派遣するよう

義務付けられましたが。皇帝の狂乱、ポツダム大公の東進……。

この二カ国による被征服リスクを考えると、この辺りが最適な投資額と言えるでしょう。

そういえばゴットハルト。そちらの人選の方、今日中に終わりそうですか?」

 

「グスタフ王が提示された給金が、相場の三倍以上でしたからね。

希望者が殺到し選別が大変でしたけど、午後には纏められるかと」

 

やれやれといった様子のゴットハルトにマリアは頷きを返すと、ヤーコブへ視線を移す。

 

「ヤーコブ。貴女にはマリエンブルク聖領への使者の件、お任せしますよ」

 

「あいよ。船の準備が整い次第、出航するよ」

 

マリアの声にヤーコブは海図を睨みつつ軽い調子で答えると、空いた手で湯呑を引き寄せる。

そしてぬるくなった茶を啜りながら首を捻った。

 

「にしてもさ。降伏したばかりのうちらを他の聖領への使者にするなんて、

グスタフ王も変わってるよね」

 

「オアスン王国とマリエンブルク聖領は、これまで殆ど交流が無かったそうです。

それでマリエンブルク伯と以前より懇意にしている我々が特使として赴いた方が

相手方の印象も良いだろうとの事らしいのですが」

 

「まああれだ、ヤーコブ。マリエンブルク伯も、ポツダムの東進に頭を痛めてたからな。

オアスンとの軍事同盟は渡りに船だと思うぞ」

 

「だなー」

 

ゴットハルトの言葉にヤーコブは答えると、マリアに問いかける。

 

「そういや総長。ポツダムはその後も、東進を続けているの?」

 

「いえ。我々がリガに進出した時点で、ポツダムの遠征軍は、ロスバッハ、ロイテンに

守備隊を置いて、ブランデンブルクへと帰還したようです」

 

ヤーコブの問いに答えたのは、ちょうど執務室に入ってきたステンボックだった。

 

マグヌス・ステンボック。オアスンの元帥。

水魔法を極めた沿岸防衛の達人であり、各地の軍隊を巡り歩いてきた

優秀な軍事改革者として知られる。

かつて帝国の各諸侯軍に所属していた事がありその見識を見込まれ、

此度の遠征での参謀役として、グスタフより同行を命じられた。

 

ステンボックの突然の来訪にマリアたちが固まっていると、ステンボックの背後から

柔和な笑みを浮かべた恰幅のよい老人が顔を出す。

 

「あっ、オクセンじーちゃん!」

 

「やあやあ、ヤーコブ嬢。そしてお二方。ご機嫌は麗しゅうかな?」

 

マリアたちは席を立ち、二人を執務室に招き入れる。

 

「元帥殿と宰相殿が揃って御出でとは、一体どのようなご要件でしょうか?」

 

緊張した面持ちでマリアが尋ねると、オクセンと呼ばれた老人は手に持った木箱から

甘い匂いを放つ砂糖菓子を取り出す。

 

「お嬢さん達がグスタフ坊ちゃんの為に頑張ってくれておるでな。

爺はそんな嬢達を労おうと、差し入れを持ってきたのじゃ」

 

アクセル・オクセンシェルナ。

オアスン・ヴァーサ朝のグスタフとその妹エレオノーラに仕えた名宰相。

軍事に傾倒しがちなグスタフを、内政面で支え続けた。

官僚制度や郵便制度を整えると学問の重要性をグスタフに説き、嫌がる王に無断で

オアスン本島に初の大学を建設した人物として知られる。

 

グスタフは軍事的天才であったが短気かつ血気盛んな性格で、冷静で慎重、万事抜かりのない

オクセンシェルナの手腕によって事無きを得る事も多かった。

グスタフが軍事的資質を発揮できたのも、オクセンシェルナあってこそだと言える。

この二人の性格をよく表したものとして、以下のような会話が伝えられている。

 

「オクセンシェルナよ。人が皆、おまえのように冷静であったら、世界は凍り付いてしまうな」

 

「グスタフ様。人が皆、陛下のように短気であれば、世界が燃え尽きてしまいます」

 

十二歳で父を亡くしたグスタフにとって、オクセンシェルナは父親のような存在であった。

そして、子宝に恵まれなかったオクセンシェルナも、グスタフをわが子のように守り育て

慈しんでいたという。

 

マリアたち五人は書類の山をずらし小さな空き地を作ると、お茶で喉を潤しながら

オクセンシェルナが持ってきた砂糖菓子を堪能する。

 

「これは……。今まで食べたこともない、変わった食感ですね」

 

「マリア嬢。お口に合いましたかな? 

アルビオンで最近はやっとる、ぶれっどというものらしいですが」

 

「ええ、美味しゅうございます。

それでその、オクセンシェルナ殿。つかぬことをお伺いしますが、宜しいでしょうか?」

 

「マリア殿、なんなりと」

 

「オアスン王国はアルビオン……、いえ、ETPCと交流があるのでしょうか?」

 

「何故、そう思われるのかな?」

 

「このお菓子もそうですが、元帥殿が腰に差している銃。

アルビオンのコロニアルガードたちが使うエンフィールドとお見受け致します」

 

「よくご存知で」

 

これはステンボックの声。

それに頷きを返すマリアの隣で、ゴットハルトも怪訝に感じていた事を口にする。

 

「オクセンシェルナ殿。わたくしも不思議に思っておりました。

此度の遠征軍、失礼ながらオアスンの財政を破綻しかねない規模と存じます。

なのに略奪もなく賠償金の請求もせず、帝国大元帥ヴァレンシュタインのように

占領地へ軍税を課すこともない事に。

それだけではありません。我々が降伏してから今まで、オアスン軍はタンネンベルク

開拓希望者の護衛やそのものたちの住居建設などにその力を割いています。

その為の資金も、我々に課することもせず。

それらの莫大な資金は、一体どこから出ているのかと」

 

目を瞑り、二人の言葉に黙って耳を傾けていたオクセンシェルナはそっと瞼を開く。

そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「マリア殿、ゴットハルト殿。国を獲ったら二つに一つしかないのじゃ。

綺麗に、そしてそんなものは何もなかったかのよう、さっぱり滅ぼすか、

もしくは幼子をあやすよう全てを与えるか。

グスタフ様はお主たちを幼子のよう扱おうと、()()()決めたようじゃがの」

 

三人の聖騎士の背中に、冷たい汗が流れる。

オクセンシェルナは言外に、これから先、彼女たちがグスタフの意向に逆らうことがあれば

抹殺すると告げていたからである。

 

 




軍税とは。従来の傭兵は現地調達、すなわち略奪を主に収入源として活動していたが、
ヴァレンシュタインは軍税という形で収入を効率よく取り立てる方法を発見、活用した。
これは占領地かその領主に対して略奪免除をする代わりに税金を取り立てそれを傭兵達の
報酬に還元するというものである。
諸侯や住民にとって重い負担なのは同じながら、直接土地に対する被害が無く確実な収入を
見込めることから、このシステムを元に常備軍が出来上がりつつあったと言われている。

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