アエネアスの王土   作:町歩き

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クールラント聖領

後世、グスタフが天才的な軍事指導者と讃えられる所以の一つに、彼が情報というものを殊の外

重視していた事が挙げられる。

父王の戦死後、彼が王位に就くと、それまで百人足らずであった諜報関連の人員を、

三千人と大幅に増員したのだ。

そして、以前は国境を接するポツダム護帝侯領やフランドル王国でのみ活動していたそれらを、

西はアルビオンから東はジェチポスポリタ王国、南はベルンダ帝国にまで派遣するようになる。

そうして集まった情報でグスタフは、各地の精密な地図を作成するとともに、諸侯の動静や

それらが抱えた軍事力を正確に把握する事が出来たのであった。

 

この時代、十万を越える強大な常備軍を持つ国家は、ベルンダ帝国、ドーフィネ王国、

フランドル王国、オプティマトン魔王統治領の四カ国しかなく、最大限動員しても

五万そこそこの兵力しかもたないオアスンは、よくいって中堅国家でしかなかった。

その足りない部分を、グスタフは情報に求めたのだ。

そしてそれが彼の運命を、それまでとは違ったものへと導くこととなる。

 

 

 

× × ×

 

 

 

クールラント聖領。帝国の北方植民騎士団の末裔の治める地。

帝国中枢部を守護する護帝侯であるフロミスタ大司教領と異なり、

北方の改宗、開墾を主とする弱小な諸侯である。

代々の領主も弱小国故に穏健で、フロミスタ大司教の大暴な振る舞いに、

幾度となく苦言を呈してきた。

今回の戦乱では国境を接するポツダム・ヴェストファーレン双方に中立を宣言、

必死に延命を図っていた。

 

そうしたなか、グスタフ率いる遠征軍は首都ヴァリャーグから出立すると

まず東へ進み海軍基地のあるゴトランド島にて先遣隊と合流する。

そして今度は南へ進路を取り、途中行き逢うクールラントの巡視船が出す警告を無視し

寡兵にも関わらず無謀にも攻撃を仕掛けてきたそれらを撃沈すると、リガ湾への侵入を

果たし、クールラントの首都であり港町でもあるイェルガヴァに迫る。

 

「湾内にベルンハルト旗下オアスン艦隊を確認。港湾局の報告により、

艦艇数四百から五百、兵力はおよそ二万から三万前後と推察されます」

 

報告を受けた妙齢の女性は、白磁のように白い肌を青くして小さく呻いた。

彼女の名はマリア。クールラント聖領の支配者にしてリヴォニア帯剣騎士団の総長である。

 

「総長、傭兵共の手配がすみました。ひいふうみい、ひどい出費ですねぇ。

こら私も中南部富農向け融資の金利をあげないといけませんねぇ」

 

「ゴットハルト。集まった傭兵の数は如何程ですか?」

 

「やー、ちょっと急でしたからね! 給金を相場の倍にしたんですけど

五百かそこいらしか集まりませんでしたよ。

やっぱり常備軍、少しは用意しとくべきでしたな、はは」

 

マリアは己の片腕であるゴットハルトの悪びれない言葉にため息に似た吐息を漏らすと、

その隣に座る東洋風の衣装を身に纏った小柄な少女に話しかける。

 

「ヤーコプ。海軍の方はどうなっていますか?」

 

「あー? 海軍? 交易用砕氷船で体当たりして戦えってか!」

 

ヤーコブの辛辣な言葉に、マリアは憮然とした表情を浮かべる。

 

帝国が北方開拓の為に派遣した三つの騎士団は、それぞれ全く異なる発展を遂げていた。

ベルンダ騎士修道会は現地民との戦いの勝利によって得た膨大な領土を背景に護帝候の

列に加わり、ポツダム公国へと変態した。

しかし北東に進出したクールラントとマリエンブルクの両騎士団は、ジェチポスポリタ王国に

歴史的大敗を喫し、国力の殆どを喪失。

 

それでもマリエンブルクは辺境の要塞に篭もり、騎士としての矜持を保っていたが、

クールラントはそのどちらとも違った道を選んだ。武器を捨てたのである。

大港湾を本拠地として軍備と領土を捨てたこの騎士団は、北方貿易の中心地として、

また帝国の金融セクターとしての海上保険と融資によって巨万の富を築いてきた。

 

クールラントの有力者は全員金持ちであり、また金持ちである故に騎士団運営を任されている。

経済的に没落した者は騎士の位を剥奪され、一方で新興の成金が新たに騎士となっていた。

それゆえ何ら生産に寄与することのない軍隊を解散し、貿易の為の商船や港湾の整備に

その富の殆どを費やしてきたのだが……

 

「とても太刀打ち出来そうにありませんね……」

 

マリアの呟いた言葉に、ゴットハルトとヤーコブが顔を見合わせる。

 

「総長、私らにはわからないんですが、国がほろびるってのはそんなに大事なんですかね? 

自国の平和すら貿易品目に並べて置いて、今更付け焼刃な傭兵を集めたって、なんにもなりませんよねえ?」

 

ゴットハルトが言うと、ヤーコブが明るい声で叫ぶ。

 

「なーに。クールラント聖領建国時、我々クールラント商人は、我々を征服した

クソ騎士団を乗っ取ってやった。次もうまくやるさ!」

 

二人の言葉にマリアが薄く微笑みを返すと同時に、オアスンの軍使が会見を求めているとの

報告が届いた。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

報告を受けたマリアは、会見の場を設け、使者を通すよう命じる。

会場へと向かう途中、マリアの背後ではヤーコブとゴットハルトが会話に花を咲かせていた。

 

「しっかし、ゴットハルト。やっぱ征服された国の女はさ、新たな支配者になった王様の

後宮とかに入れられちゃうのかね?」

 

「う~ん、どうなんだろうな? まあ私のように見目麗しい乙女なんかは

その可能性もなきもしもあらず、ってとこだな。うん」

 

「乙女って……。あんたもう三十だろ? あれか? 語尾に女子って付ければ

いつまでも若いと思っている、そんな現実と向き合えないタイプだったのか?」

 

「わかってないな、ヤーコブ。実年齢より見た目の年齢の方が大事なんだぞ?」

 

「いや……。見た目もあんた、おばちゃんじゃん」

 

「二人とも、慎みなさい」

 

「やっ、総長。ゴットハルトが起きたまま夢をみる、そんな器用な事をするからさ」

 

「ヤーコブ。そう言うけどな。女が夢を見なくなったら、女じゃなくなるんだぞ?」

 

「いや、夢しか見ないのもどうかと思うが」

 

「こんな時に、何を悠長な……」

 

「総長は真面目だね。そんなんじゃすぐに老けるよ?」

 

「貴方たちが不真面目なんです」

 

そんなやり取りを交わしながら到着した一室。

マリアは隣の部屋に待たせている使者を通すよう、使用人に命ずる。

そうして迎え入れた軍使の顔を見て、マリアは驚きの声をあげてしまう。

 

「こ、これは、王自ら御出でとは……」

 

「マリア殿。お久しぶりでございます」

 

「五人足らずの供回りだけで相手の本拠地に乗り込むとは……。

グスタフ様、些か蛮勇が過ぎませんか?」

 

「我々が三ザン(一ザンは約一時間)を過ぎ帰還しなければ、ベルンハルトが全軍の

指揮を引き継ぎます。そして、こちらの街を廃墟にするよう命じてあります」

 

「グスタフ様、それは脅しでしょうか? いくらなんでも礼儀に失していると思われますが」

 

「戦争は暴力であり、礼儀は必要とされません」

 

グスタフの言葉に、マリアは力なく俯いた。

 

 


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