アエネアスの王土   作:町歩き

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獅子王

魔都ダマスカス。砂漠に浮かぶ水の都。

オプマティトン領の中央に位置し、城壁を幾重にも張り巡らせた要塞でもある。

代々優秀な総督が大きな権限を与えられ鎮座している。

 

ナミエルスは不慮の事故(セディエルク談)で壊滅したトリポリの住人達をダマスカスに

避難させると、魔王がこの地に滞在する時に使用する豪華な一室で、今回の件の主原因たる

セディエルクに詰め寄った。

 

「セディエルク殿! 貴殿のトリニティは確かにこれまでの魔法を凌駕しています。

ですが、何故我が臣民の住まうトリポリを火の海に沈めたのですか!」

 

「魔王さん。そんなに大きな声で怒鳴らなくても聞こえますよ。私、耳は良いのです。

どのくらい良いかと言いますと、自分に対する悪口なら1000ガス離れた場所で

囁かれても聞こえるくらいなのです。大丈夫です。オールOKです。

それに、それにですよ。歴史的価値の無い、無知な豚共の魂など、

わざわざかえりみる必要は無いのです。豚に歴史がありますか?」

 

「我が臣民を豚などと! 貴殿は我を侮辱しておられるのですか?」

 

「侮辱などしておりません。私は事実を申し上げてるだけでございます。

王は屠殺人。臣下や民は家畜。これは歴史的事実です。

呼び名がそのままでは露骨なので、ちょっと変えてみた。その程度の違いでしかありません」

 

「我はそのように思いません。彼らは良き部下であり守るべき民です」

 

「それは都合の良いという意味ですよね? 肉が多く取れしかも美味。皮が丈夫で美しい。

屠殺人が家畜を捌く基準と何ら変わることはないと思いますが。

それと守る、とおっしゃいましたが、それは自らの財産が目減りしないよう――」

 

セディエルクはそこで口を閉ざすと、人畜無害そうな柔和な笑みを浮かべる。

そんなセディエルクをナミエルスが訝しんでいると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「魔王様。此度のトリポリの厄災、聖軍と称するケダモノどもの仕業でしょうか?」

 

振り返ったその先に立っていたのは、直立したトカゲのような巨漢の魔族、

ダマスカス総督であるスラビアブだった。

 

スラビアブ・ビビブ。融和派の上位魔族にしてかつて人魔戦争の際には、魔族の最も

勇敢な将軍として活躍し数々の武勲を誇ったヴァンパイアである。

しかし最前線で人間と長く殺し合っている間に、人間という種族に何か愛嬌のようなものを

持ってしまい戦線から下がっていた。

 

スラビアブは人間に関して、アルカと議論する内に融和主義を信じるようになっていく。

そして戦いから遠ざかってからはすっかり丸くなり素朴な性格になったが、

教皇庁の侵略によって魔領が脅かされると、再び最前線に立った。

聖軍を撃退したが勇敢さを好み、捕虜にした聖軍の兵士達に魔法で形成した氷を与えるなど、

人間世界で最近創られた騎士道という概念の元となった人物である。

 

そんな勇猛で知られたスラビアブが不安そうな表情を浮かべていた。

スラビアブを安心させようと思い、ナミエルスは口を開こうとする。

だが、まさか自らが招いたセディエルクが引き起こした惨事とは言難い。

言葉を探し悩むナミエルスの耳元で、セディエルクが悪戯めいて囁く。

 

「魔王様。バレなければ犯罪じゃない。という素敵な言葉がありますよ」

 

半眼で睨むナミエルスの視線を軽く受け流しながら、セディエルクは楽しげに呟いた。

 

「良い資料がとれた。死神に乾杯!」

 

 

 

× × ×

 

 

 

南の地にてセディエルクが、魔族らしく人でなしな事を呟いていた頃、北大陸のさらに北、

エストイェータ島を領地とするオアスン王国の港では、大小様々な軍船が出撃の時を待っていた。

 

「陛下。ギャロウグラス歩兵二万、ナッサウ・ブルーコート銃兵五千、ロイテル騎兵千五百、

ヘッセン・イェーガー銃兵二千、ウルバン射石砲兵千五百、計三万、出撃準備整いました」

 

赤髪の女性の声に、白髪の偉丈夫が席を立つ。

 

「ステンボック。今行く」

 

男の名は、グスタフ。オアスンの現国王。

かつてクーデターによって一代にしてオアスン王国を作り上げた名君の子息。

父から軍隊こそ肝要なれという教えを受けており、国費の過半を軍事費に投入し、最新式の

火器を惜しみなく購入、僅かな間に小国ながら世界最新鋭の軍隊を保有するに至った。

天才的な軍事指導者でもあり若くしてその才能の片鱗を見せていたが、軍事演習中の事故に

よって視力の殆どを失い、完全な失明まで僅かも無いと通告される。

焦った彼は、信用できないと分かりながらもポツダム公国と通行条約を結び、

自ら育て上げた全軍を投入して帝国の内乱に介入を決意した。

 

グスタフが港に設置された高台に登ると、その姿をみとめた兵士たちの歓声が

北の冷たい空気を熱く震わせる。

グスタフが生涯、深青の海を見飽きることがなかったのと同様、彼の兵士たちは

彼らの誇るべき若き国王を見飽きる事がなかったのだ。

グスタフは兵士たちの声を片手で制すると、良く響く声で、彼の愛する勇猛で無謀な

勇士たちへ語りかける。

 

「オアスン人よ。エストイェータ民族よ。勇敢なヴァイキングの子孫達よ!

我は魔族に操られし皇帝を打倒し、その領土をこの手に収め、大オアスン帝国を樹立する!

我が征く道をおのが道とせし者は、剣を、槍を、銃を、掲げよ!」

 

再び歓声が爆発し、白き髪に反射する。

それは、かつて彼と対立する門閥貴族から「白髪の孺子」と呼ばれ、

今日では兵士たちから「白髪の獅子王」と称されるゆえんであった。

 

帝国暦五百十二年、十九歳の国王は首都ヴァリャーグを出立して、

帝国征服の巨大な一歩を踏み出そうとしていた。

 

 




実数について。

少し調べたところ、騎兵は騎士一人につき大体4~10人の補佐がいたようです。
なのでロイヤル騎兵1500の実数は騎馬500くらいになります。
同じく射石砲は、狼の口という漫画を読むと30人前後で操作していたので
それを基準で50門くらいだと思って頂ければと思います。

感想でのご指摘、有難うございます。補足としてあとがきに実数の方書いてみました。

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