アエネアスの王土   作:町歩き

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時空の賢者

オプティマトン魔王統治領。南大陸の魔族国家。魔王の治める地。

最盛期のベルンダ帝国の中枢拠点であった幾多もの大都市を抱え、複雑な官僚組織や

軍組織を継承しており、人間世界の各国より遥かに効率的な内政が行われ人間達にも

多大な権利が認められている。

魔軍に加え聖戦が自分達をも目標としている事に唖然とした人間達の動員によって

非常に強力な軍勢を擁している。

 

その広大な領土の片隅に、マンスーラと呼ばれる場所がある。

魔王の傘下にして文明世界における魔法の地位向上を目指すべく、日夜追究を行う

魔族と人間の共同体。ハフス魔術教団の本拠地。

 

ある時、遠い昔に建造された王の大墳墓を利用したその巨大な研究施設に、一人の男が訪れた。

男の名はナミエルス。第三代魔王。魔族らしい合理的な考えを持つ人物。

 

魔王の突然の来訪に驚く研究員達に、ナミエルスは教団の教祖セディエルクに会いたいと告げる。

魔王の声に、年嵩の研究員が答えた。

 

「魔王様。主人に伝えてまいりますゆえ、しばしお待ちくださいますよう」

 

その言葉に周囲の研究員が響めく。

 

「セディエルク様って、実在したの?」

 

「俺、三十年くらい前に、後ろ姿なら見たことがあるぞ」

 

「私は十五年前に、右手を見たことがある」

 

「右手だけ?」

 

「ああ。部屋までお菓子を持ってくるように言われて、それで私が運んでいったら

扉の隙間から右手だけ差し出されててな。それで見た」

 

そこへ年嵩の研究員も口を挟んだ。

 

「セディエルク様はかれこれ三十年近く、部屋から一歩も出ておらんしな」

 

それを聞いた研究員達が「おおー」と感嘆とも驚愕ともつかぬ声をあげる。

ナミエルスも内心驚いたが、顔には出さない。

彼は冷静沈着な魔王として、臣民の尊崇を受ける身なのだ。

 

アルカ殿は当代最高の知性の持ち主とおしゃられていたが……

一体どのような人物なのだろう。

 

思いつつ、案内された一室の古ぼけた長椅子で待っていると、すぐ教団の主が姿をみせた。

ナミエルスは立ち上がり、礼儀正しく挨拶をする。

 

「セディエルク殿、お初にお目に掛かる。この度、第三代魔王に就任したナミエルスと申します。

早馬も立てず突然の来訪。非礼とは思いましたが実は折り入ってお話が……。

あのう、セディエルク殿?」

 

「はっ、は、は、あの、私です! よろしくお願いしますっ。ふひゅっ!」

 

開いた扉から半身だけ出し、こちらを覗き見していた緑髪の少女は

ナミエルスの訝しげな視線を受け慌てたように声を出す。

その声に微笑みで答えると、ナミエルスは少女に椅子を勧める。

そうして、おどおどきょどきょどした様子で椅子に腰を下ろした少女に

ナミエルスは丁寧な口調で、来訪の要件を告げたのだった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「いや、凄いんですよ! この魔法式を見て下さい! 都市が丸ごと吹き飛ぶんですよ!

きっと荘厳ですよ! まさに前代未聞の出来事です! 驚愕すべき威力なんですよ!

天下の全てが神の火と見紛うばかりの遍く進歩の輝きの前にひれ伏すでしょう!?」

 

「魔力の連鎖反応を極限まで利用し標準魔法に換算した数値で、2.2mp分の魔力を

10の13乗倍したエネルギーを爆発させる事が出来ます! 

発動すれば、逆徒共は消滅します。我らはプロメテウス以来の英雄になりましょう!」

 

興奮したように鼻息荒く新魔法トリニティの概要を口にするセディエルクに、若干引きつった

笑みでナミエルスは答えながら、彼女が是非見せたいというその魔法の威力を確認する為、

マンスーラ北、トリポリに来た二人。

 

海の向こう人間が我が物顔で振舞う北の大陸に向けて魔法を放つというセディエルクの隣で

ナミエルスは驚きの声をあげる。

 

「えっと、セディエルク殿。いくら近いと申しましても、こちらの大陸からあちらの大陸まで

5000ガス(一ガスは約一メートル)はありますが……。届くんですか?」

 

「ゴキブリに対する殺意と得物の長さは比例関係にあります」

 

「な、なるほど」

 

初対面の時のおどおどした様子はなりを潜め、キリッとした表情でそう告げるセディエルクの姿に

ナミエルスは心強いものを感じた。

来るべき人間どもとの戦いに彼女のような強力な魔族が参加してくれるならば勝利も容易かろう。

 

ナミエルスは魔族としての誇りを何よりも大事にし人間を支配すべきモノであると考えている。

一方で支配者としての義務を良く理解し多くの人間居住者を含む支配地では、

アルカ時代以来のきちんとした統治を行っている。

 

放置されていた魔軍を整備し直し、人間を各種権利と引き換えに徴兵する事で増強した。

魔族が世界を支配する事は魔族としての義務であるばかりか、

人間にとっても幸福であると考えている。

そして重要な事に、彼の支配下の人間達も彼の目標に対して強く賛同している。

前魔王アルカとも親交があり、主義主張が違うとはいえ御互いに尊敬しあっていた。

 

私は今日、新たに尊敬出来る友を得ることができたのやも知れぬ……

 

ナミエルスはそんな胸躍る気持ちで魔法の詠唱を始めたセディエルクに温かな視線を向ける。

 

「ミ、ミネルヴァの梟は、終末の黄昏に……新時代の夜明けに、緑の木々から、

理論化された灰色の空へと飛び立つのです……!」

 

手足をカクカクさせながらヨダレと鼻水を撒き散らし、呪文を唱えるセディエルク。

見た目は美しい少女なだけに、ナミエルスはなんとなく居た堪れない気持ちになってしまう。

 

もう少し、普通に魔法を使えないのだろうか……

 

そんな気持ちで半歩、セディエルクから距離を取ったナミエルスの背後で、

トリポリの町が黄金色の炎に包まれた。

 

驚き振り返るナミエルス。その目に映る町のいたるところに炎の柱が立つ。

逃げ惑う臣下の魔族や人間達の姿を見て、ナミエルスは声を荒らげた。

 

「セディエルク殿! これは一体!?」

 

「私が開発したトリニティです。威力と射程はそれまでの魔法を凌駕しますが

残念な事に照準があやふやなのです。言ってませんでしたっけ?」

 

自身が起こした惨状に眉一つ動かさず、セディエルクは淡々とした口調で話を続けた。

 

「学問や技術とは何時の世も必要に迫られて発展します。

安寧と満足の中からそれは生まれないのです。

この暗黒時代を終わらせるには、多少の刺激が必要だと思いませんか?」

 

 


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