救える者になるために(仮題)   作:オールライト

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前話でコメントが殺到!
私の至らなさを指摘してくれるコメントがたくさんきて、つい「ああ、この作品(または衝也)は愛されてるな」と感動してしまいました。いえ、別にMってわけじゃないですけど

…愛されてるよね?

逆に愛想つかされたりしてませんよね?
…とてつもなく心配です。
というわけで31話です
どーぞ!




第三十一話 憧れた人と自分が似てるって言われたけどその人がとんでもなく化け物だった件について

ゆっくりと

 

重い瞼をゆっくりと開いた緑谷の視界に映される見覚えのある白い天井。

それはここ最近よく運び込まれるリカバリーガールの医務室の天井だ。

本来であれば知らない天井でなければならないその天井にすっかり馴染み始めてしまっている自分が情けないやらなんやらで思わず苦笑いをしてしまいそうになる。

 

「…負け、か。」

 

自然と口に出た『負けた』という言葉。

その言葉を緑谷は頭の中で反芻しながら何度も何度も噛み締めた。

自分は、負けた。完敗の二文字を入れて良いほどに。

勝てる確率がほとんどなかったのも理解していた。

相手と自分にどれほどの差があるのかもわかっていた。

それでも、

 

それでもやはり、負けるというのは…自分の想像以上に悔しかった。

衝也ならばおそらく、自分と接近戦をしなくても、自分の作戦に乗らなくてもきっと勝てたはず。

そんな相手が、わざわざ自分の作戦に付き合い、真正面から叩き潰してきた。

自分の使える手札以上のものを振り絞ってもなお届かないその壁に思わず手のひらが握りしめられ、拳に力が入ってくる。

 

が、その最中、ふと感じた右腕の違和感に自然と視線をそちらへと向ける。

すると、そこにある右腕にはぐるぐると包帯が巻かれていた。

 

「…え?」

 

その右腕の有様を見て、緑谷は思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。

そして、たまらずその包帯の巻かれた右腕に少しだけ力を込めると

 

「いっ…」

 

僅かにだが痺れるような…例えるならば少し強めの静電気が起きたような痛みが右腕に走った。

その今まで何度も受けてきた感覚を受けて、緑谷はこれが自身の個性、ワン・フォー・オールの反動によって出来たものだと確信する。

だが、その確信した事実が、緑谷の脳内にある疑問を膨れ上がらせる。

 

(けど、なんで…?なんで、個性の反動が?だって、確か僕の攻撃は…)

 

頭の中でぐるぐると回りつづけるその疑問。

だが、いくら回してもその疑問の答えは頭の中からでてこない。

 

(そうだ、リカバリーガールに聞けば…)

 

とにかくこの傷を治療したはずのリカバリーガールに話を聞けば疑問が晴れる。

そう考えた緑谷は彼女の居場所を確認しようと自身の顔を横へと向けると

 

 

 

 

 

 

 

「よう緑谷、お目覚めかい?」

 

 

 

 

 

 

満面の笑みを浮かべた衝也の顔が超至近距離にあった。

 

「うわああああああああ!!?!?」

 

顔を横にした瞬間、超至近距離…それこそキッスが出来そうなほどの近さに男の顔があるというお化けも真っ青なホラーな出来ごとに緑谷は叫び声をあげながら反射的に、身体を起こす。

この時ばかりは右腕の痛みも治癒の代償として蓄積されたであろう身体の疲労も全くといっていいほど感じなかった。

 

「うわぉ、実に正直な反応…。おかげでちょっと俺の心が傷ついたぜ…。」

 

「え、あ、ご、ごめんっ!?で、でもいきなり人の顔があんな近くに現れたら普通に誰でも驚くよ…」

 

「…まぁ、確かにそれもそうか!タハハ、悪ぃ悪ぃ。」

 

緑谷のぐうの音もでない正論に「いやぁ、中々起きないからよ、つい心配してしまってだな。」と軽く謝りながら言い訳をする衝也。

というよりも、超至近距離で自分の顔を見つめている人がいたのを見て驚かない方が人としてどうかしている。

それが仮に絶世の美女だったらば数秒程みとれてしまうことはあるかもしれないが、むさ苦しい男の顔だったら驚いて飛び上がるのは当然だ。

むしろ緑谷の中にある本能がただしく機能しているといってもいい。

 

「でもま、そうやって俺の顔を見て大声出せるほどに元気そうでよかったよかった。」

 

「ど、どうだろう…医務室に来てるって時点で元気じゃないと思うんだけど…。ていうか今の大声はたぶんそういうのじゃないんじゃないかな…。」

 

「今日だけで4回医務室にお呼ばれしてる俺がこんなに動けるんだから大丈夫だろきっと。」

 

(逆に4回もリカバリーガールの治癒を受けてるのになんであんなに元気なんだろう…?)

 

目の前でケタケタと愉快そうに笑っている衝也のその姿を見て思わず不思議に思ってしまう緑谷。

あらためて考えてみると障害物競争で大砲の砲弾をまともにくらった後に複数の地雷の爆発と鉄板によるフルスイングビンタというダブルパンチを受けてもなお体育祭を続行することができているその頑強さは正直普通の人間のレベルを大きく逸脱してるといっていいだろう。

仮に衝也が「俺実はサイボーグなんだよね」となに食わぬ顔で言ったとしてもギリギリ信用することができるかもしれないほどだ。

一体どんな鍛練をしたらそんな万国人間びっくりショーのような身体になるだろうか。

彼本人に聞きたいと思う反面、自分の想像を絶するような答えが飛び出てきそうで逆に聞きたくないとも思ってしまう。

 

「…すごいな。」

 

思わず

 

誰に言うでもなくぽつりと小さく呟く緑谷。

だが、その言葉を目ざとく聞いていた衝也は心外だとでも言うかのように眉をひそめた。

 

「すごいなって…何自分は違うみたいな感じだしてんだよ緑谷。言っとくけどお前だって俺に負けず劣らずここに運び込まれてるんだかんな?リカバリーガールが言ってたぞ、世話を焼かせる生徒が二人も出来たってよ」

 

「二人って…それってつまり五十嵐君もってことじゃ…」

 

「毎度毎度なんかするたびに怪我してたらいざって時に動けなくなって後悔することになるんだからな?わかったかね緑谷君?」

 

「あの…僕の話聞いてる五十嵐君?」

 

つい最近言ったばかりのセリフを遠慮がちに再び口にする緑谷。

だが、やはり衝也は緑谷の言葉などどこ吹く風というふうに話を続けていく。

 

「そもそもだ。医務室に来た回数が、お前が4回で俺が5回なんだから数の上で言えば俺とお前にそんな差はないわけだよ。それをまあ俺だけなんか『うわ…この人めっちゃ医務室行ってるよまじかー…』みたいないい方してくれちゃってさぁ。」

 

「なんで律儀に回数を覚えて…ってそ、そもそも僕は医務室に来た回数をすごいなって言ったわけじゃなくてね!?その…ホント純粋にさ!あそこまで強い衝也君がすごいって思ったからつい言っちゃっただけで…!」

 

「え?あ…あー、なるほどそういう意味のすごいってことね。おもっきし勘違いしちまったわ、すまん。」

 

緑谷の言葉を聞いてひそめていた眉を戻して素直に謝りを入れる衝也。

それを聞いた緑谷は慌てたように左手をブンブンと横に振った。

 

「あ、い、いや!もとはといえば勘違いさせるような言い方をした僕が悪いわけで!だから別に衝也君が謝る必要はないっていうか…!」

 

「そうか!なら謝んないわ!」

 

(て、手の平返すのはやっ!?)

 

一瞬にして手の平を返して笑う衝也に愕然とする緑谷。

その後、衝也は少しだけ照れたように人指し指で軽く頬を掻いた 。

 

「て言っても、俺から言わせてもらえりゃ今の俺なんてまだまだひよっこ以下もいいとこだ。学年の中じゃ…まあ確かに強い方だとは自分でも思わなくはないけどよ。学校とか、それこそ全国とか…もっと広い世界で比べてみれば俺なんて卵以下の有精卵だよ。」

 

「でも、僕からしてみたらそれこそレベルが違うよ…五十嵐君は僕よりも一歩も二歩も先の道を歩いている。」

 

「そりゃあまず年期からいって違うからなぁ。」

 

そう言って衝也は軽く笑いながら座っていた回転式の椅子をブラブラと小さく揺らし始める。

 

「何せ4歳、個性が発現した頃から鍛練してたんだ。それでお前らより弱かったら逆にすごいって。いわばキャリア12年よ?」

 

「よ、4歳!?」

 

衝也のその言葉に思わず愕然としてしまう緑谷。

4歳といえば、それこそ個性が発現する年齢ということもあってか一番無邪気で自身の発現した個性を色々な事に試したり、時には遊びに使ったりするときのはず。

初めて使える自分だけの個性を楽しそうに振るうその子供たちの姿はかつて『無個性』だった緑谷だからこそ鮮明に、そして痛烈に記憶に残っている。

そんなときからもうすでに自身を鍛え始めていたのだというのだから驚くのも無理はないだろう。

 

「4歳って…そんな小さいころから鍛錬を…?」

 

「そうそう。いやー、これが割とマジで大変でさ…12年も前のことなのに昨日のことのように覚えているぜ…」

 

まさか4歳という若さであんな体験をするとはなぁ…と瞳の光を失わせながら乾いた笑みを浮かべる衝也を見て思わずどんな体験をしたのか気にしてしまう緑谷。

しかし、目の前の衝也の様子を見ていながらその体験について話を持ち掛けることは緑谷にはできなかった。

 

何せ表情がすでに死んでいる。

いつだかの入学試験後の合格発表前の自分の顔の十倍はヒドイであろう今の衝也の顔を見てなおその話を掘り下げることは緑谷にはできなかった。

 

「で…でも、なんでそんな時から鍛錬を?」

 

「んー…なんていうのかな…。こう、家柄って言えばいいのかねぇ?そこらへんはなんかおいそれと人に言っちゃいけないらしいんだよなぁ、なんか…。まぁ俺も実はよくはわかってねぇんだけど。」

 

「家柄…?」

 

「そ、家柄。実は色々とめんどくさい家系に身を置いているのよ俺ってば。」

 

話を逸らそうとした緑谷の質問に首をかしげつつ答える衝也。

彼のその言葉を聞いて緑谷はなんとはなしに彼の両親である五十嵐衝賀と五十嵐静蘭の顔を思い浮かべた。

底抜けに明るくてとんでもなくフレンドリーな衝賀の天真爛漫な笑顔と、鋭く、クールな表情の中にどことなく暖かさを感じさせる静蘭の微笑みが緑谷の頭の中に投影される。

 

「その…なんかいまいちそういう想像がつかないんだけど…」

 

「あはは、まぁ俺の父さんも母さんもそんな感じには見えないからなぁ。実際父さんと母さんは…ってこれも言っちゃいけないんだっけか。あぶねぇあぶねぇ。」

 

そこまで言って衝也は笑いながらおどけて自分の口に軽く手を添える。

そして「まぁ、そんな感じで実は色々とメンドーな家系なんですうちは」と軽い調子で言って笑みを浮かべる。

 

(…なんだか、意外なところで意外な人に意外な謎ができたような気がする。)

 

もともとその普段の奇行っぷりとバカっぷりから悩むことなどないように緑谷からは見えていたが、時折見せるその凄まじい信念や幼少期から早々にシゴかれるというとんでもない家系に置いている姿を見ると、本当は多くのことを考えているのかもしれない。

 

「まぁ、他人に話せるほど家系に詳しいのかって言われると全然そんなことがないから話せないってのもあるんだけどなぁー。」

 

(…いや、案外そんなこともないのかも…。)

 

後頭部を掻きながら愉快そうに笑う衝也を見て少しだけ緑谷は自身の考えを改めた。

そして、少しだけ小さく笑みを浮かべて衝也の方へと視線を向け続ける。

 

「で、でもそんな小さいころから鍛錬なんてして…よく続けられたよね。僕だったら弱音を吐いてすぐに止めちゃいそうだ。」

 

「いや、お前そういいながら絶対つづけるだろ…すぐにそんな似非ヘタレ顔浮かべながら嘘吐くんだからこいつは。油断ならねぇヘタモジャだな緑谷は。」

 

「ヘタモジャって何!?」

 

緑谷のツッコミを無視ししながら「お前は意外と根性あるからな」とつぶやく衝也。

突然の誉め言葉に軽く戸惑いつつもお礼を言う緑谷を見て軽く笑みを浮かべた彼は、ふとその表情を少しだけ俯かせ。

 

「…でもま、確かに今考えてみたら4歳のガキにやらせるような鍛錬じゃなかったからなぁ…子供ながらに鍛錬をしなくてもいいんだったら死んでもいいとまで思ってた気もしなくはない。」

 

「そこまでだったの!?」

 

「おう、本当にこの世の地獄かと思ったぜ?

 

でも、それでも続けてこれたのは…やっぱ追いつきたかった人がいたからかなぁ。」

 

「…追いつきたかった人?」

 

緑谷が少しだけ不思議そうに首をかしげると衝也は軽くうなずきながら短く「そ!」と言って椅子の背もたれを使って思いっきり身体を逸らせた。

 

「ガキの頃からさ、ずっと憧れていた人がいてよ。その人に追いつきたい一心でガキの頃ずっと文句言いながら鍛錬続けてたのを覚えてるよ。

 

たぶん、その人がいなかったら俺は今この場に立っているかどうかも怪しかったんじゃねぇかなぁ?」

 

椅子の背もたれが衝也の体重に耐え切れずにギシギシと悲鳴を上げるが、そんなことはお構いなしに衝也はさらに身体を伸ばして天井を見つめる。

その顔はどことなく嬉しそうで、

 

それでいてどこか悲しそうな雰囲気が醸し出されていた。

 

「その人がさ、またとんでもなく強いわけよホント。せめてもうちょっとだけ弱かったら俺も楽だったんだろうにさぁ…」

 

「そ、そんなに強かったの?」

 

「当たりまえだのクラッシャーだっての。何せ俺はその人に一度も勝てたことがねぇからな。いっつも手も足も出ずにボコボコにされて伸びてたくらいだぞ俺。」

 

「五十嵐君がボコボコに!?」

 

「おう、一方的にボコられて何度も完膚なきまでに叩き潰されたよ。」

 

少なくともクラスでも一、二を争うほどの強者で衝也を一方的に叩きのめす。

そんなことができるなんて相手はいったい一体どんな化け物なんだと頭の中で思わず呟いてしまう緑谷。

そしてそんな緑谷の愕然とした顔を見た衝也は姿勢をもとに戻して少しだけ視線を上に向けた。

 

「…ほんとに、強い人だったよ。もちろん腕っぷしも相当だったけど

 

何より心が強かったよ。

 

いつも笑顔でバカやって…お世辞にも真面目な人だとは言い難かったけどよ…自分の想いにいつも正直で、自分の大切な人を守るために何のためらいもなく身体をはれる…そんな人だった。」

 

「……」

 

そういった後「ま、そんな人に憧れっちまったおかげでこっちは鍛錬やらなんやらで大変な目にあってんだけどな」と言いながら軽く笑みを浮かべる。

 

その笑みは、普段の彼とはまるで違うやわらかく、暖かな笑み。

ナニカを懐かしむようなその笑みを見て、緑谷はほんの少しだけつられて笑みを浮かべる。

 

(五十嵐君の…憧れた人、か。)

 

自分の憧れが『オールマイト』であるように、衝也もまた憧れがあるから前を進んで歩いているのかもしれない。

そんな彼との小さな共通点ができたような気がして、ほんの少しだけうれしさを感じている。

自分が『勝ちたい』と感じた凄い人と同じかもしれないということが、緑谷の心を少しだけ躍らせた。

 

そんな中、衝也は少しだけ笑みを浮かべている緑谷の方へとゆっくり人差し指を向けた。

 

「つーか、お前は俺のこと強いだなんだ言ってるけど…そういうお前だって相当だからな?」

 

「え?ぼ、僕?え、ちょ…なんで僕が!?」

 

思わず素っ頓狂な声を上げて自分を指さしてしまう緑谷。

一体何のことだろうというようなその表情に、衝也は少しだけため息を吐いてからベット上の緑谷へと近づいてきた。

 

「緑谷、お前…マジで何があったんだ?障害物競争の時と言い騎馬戦の時と言い、明らかに強くなりすぎだろお前。」

 

先ほど衝也が言ったように、彼は子供のころから鍛錬を積み重ねて今の強さを手に入れた。

技術を習得し、洗練し、錬磨されたその技はたかだか体育祭という短い期間の中で観察したからといって安易によけられるものではない。

自身の個性で増幅できない速度を補うために、他者が『反応できない速度』にまで洗練した彼の拳は、たとえ個性によってその速度と威力を増した緑谷だからといって簡単にさばけるようなものじゃない。

 

だが、事実として彼は試合の中で衝也の攻撃をギリギリまでさばき続けたのだ。

つい最近までは個性の使い方すらままならなかった緑谷が、である。

衝也とて、彼のそのけっして勝負をあきらめない根性や、クレーバーな発想力、様々な情報を吸収し力に変える分析力等を認めていないわけではない。

むしろそういった部分はほかのクラスメートたちと比べても上位にあるため、正直クラスの中では轟、爆豪に次いで油断できない人物として認識している。

しかし、身体能力や戦闘技術においては爆豪や轟と比べても頭一つ劣っている。

ましてや自分と比べたらお世辞にも張り合えるようなレベルとは言い難かたい。

それは油断でも慢心でもなく、歴然たる事実だ。

それほどまでに緑谷と衝也の間には差があった『はず』。

だからこそそんな彼がこうして自分に食らいついてきたのに衝也は純粋に驚き、

 

知らず知らずの内に心が躍らされたのだ。

距離をとって衝撃波による攻撃に切り替えることも考えた。

だが、向かってくる緑谷が一体どれだけ自分に食らいついてきてくれるのか

一体どんな手を使って自分から勝利をつかもうとしてるのか

一体どうやって緑谷は自分を驚かせてくれるのか

それを衝也が気になって『しまった』が故に起きたあの攻防。

その攻防を繰り広げた本人がゆえに衝也は緑谷がどうやってあそこまで戦えるようになったのかを知りたかったのだ。

 

「そ、そうかな?じ、自分ではそんな感じはしないんだけど…」

 

「明らかに強くなり過ぎだよ…少なくともUSJの時まではお前全然そんなんじゃなかったからな?なんだ?ドーピングか?薬物か?どんな違法行為に手を出したんだ?罪は自白したほうが楽になるもんだぞ?」

 

「あの…せめて僕の話を聞いてくれないかな五十嵐君。」

 

自身を犯罪者扱いして詰め寄ってくる衝也を手で防ぎながら苦笑する緑谷はそのままゆっくりと衝也を引きはがし、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「僕の中では強くなったって感じは本当にないんだけど…もし僕が前と変わったように見えたとしたら…

 

 

それはきっと衝也君のおかげだよ…」

 

「…え、なんでここでそういう冗談ぶっこんでくんのこっちは真面目に聞いてるんですけど?」

 

「ええ!?じょ、冗談なんかじゃないよホントだよ!?」

 

「えー、だって俺別に緑谷に何かした記憶なんてないぞ?イジったりは結構してるけど。」

 

確かに緑谷と衝也は登校途中にあったらそのまま一緒に登校する程度には仲が良い。

だが、衝也としては話をしたり登下校をともにしたりはあるものの耳郎のように特訓に付き合ったこともなければ何かアドバイスをした覚えもない。

そんな相手に強くなったのは君のおかげだと言われても説得力がなさすぎる。

だが、緑谷は慌てたように腕を振り回しながらも、その瞳をまっすぐ衝也へと向けていた。

 

「USJの時、あんなに傷つきながら、ボロボロになりながら…それでも僕たちを救けるために前へと進む君の姿を見た時、その…なんて言えばいいのかな?

 

たぶん、君に憧れたん、だと思う。」

 

「…俺に?」

 

「うん、どんなに負けそうになっても、どれだけ自分が倒れそうになっても、それでも誰かを救うために拳を握る。それってきっと、誰にでもできるわけじゃないと僕は思うんだ。実際、僕はあの時、衝也君と同じように負傷していたのに、衝也君と違って動けなかったしさ。たぶんそれってきっと…衝也君みたいに強い想いがなかったからなんじゃないかなって…。」

 

「いや、単純に両足の骨が折れてたからだろ動けなかったのは。覚悟云々じゃないぞ騙されるな緑谷?骨折はそんな精神論で何とかなるようなもんじゃないぞ?」

 

「でも、五十嵐君ならきっと両足が折れてても動いてたんじゃないかな?」

 

「お前の中の俺はいったいどんな化け物なんだよ!?普通に考えて両脚折れてたら動けないだろーが!」

 

「そうだよ、普通に考えたら動けるはずなんてないんだ。でも、それは衝也君だって同じでしょ?『普通に考えて』あれだけ重症の人間が、動けるはずがないんだ。

 

だけど、衝也君はどれだけ傷だらけになっても、どれだけ血を流しても最後の最後まで僕らを守ろうと必死に戦ってくれた。

 

そんな君の傷だらけの姿が…僕の憧れの人の姿と重なったんだ。」

 

自分があこがれた世界一のヒーロー。

どんな時でも、どんな逆境でも、人々の不安を消し去るように笑い、幾千の人を救ってきた平和の象徴、オールマイト。

だが、おそらくは生徒の中では自分だけしか知らないそんな平和の象徴の本当の姿

 

トゥルーフォーム。

 

5年前、とある敵によって与えられたという傷によって生まれたその姿は、普段の筋骨隆々な彼の姿からは想像もできないほど痩せこけた姿だ。

そして、その身体に刻み込まれた未だ消えない凄惨な戦いの爪痕が彼を今もなお苦しめている。

呼吸器官半壊に胃袋の全摘出

普通であればそんな状態でヒーロー活動などできるわけがないし、やろうとも思わないはずだ。

 

だが、彼はそれだけの怪我を負ってもなお、いまだにこの国の平和の象徴として、依然人々を救り続けている。

 

それは、彼の胸に平和の象徴としての信念と覚悟が宿っているからこそできる『誰にも知られることのない』偉業。

 

その偉業を知っている緑谷だからこそ、衝也のあの時の姿が

 

自分の憧れたヒーローと重なったのだろう。

 

「君のあの姿を見たからこそ僕は、人を救うのには色々なことが…本当に色々なことが必要なんだって気づくことができたんだ。」

 

人を救うには相応に力がいる

以前オールマイトから言われたことの重みは、無個性だったからこそある意味痛烈に理解できた。

そして、人を救えるようになるためにはきっとそれ相応の覚悟がいる。

それはオールマイトと、USJの時の衝也の姿が教えてくれた。

 

ヒーローとして…否

人を救うために必要なその二つの要素が、緑谷には足りていなかった。

 

「だから、弱いままの自分じゃダメなんだって…今までみたいに『憧れ』だけで人を救おうとしたら…きっと誰も救えないんだってことを知ることができたんだ。」

 

そう、『知ること』ができたからこそ、緑谷は体育祭が始まるまで力をつけようと努力することができたのだろう。

個性の感覚をつかむために、何度も何度も個性のイメージを反芻させた。

体力をつけるために、一日中トレーニングルームに引きこもって筋力トレーニングを繰り返した。

そして

 

自分に足りない戦闘技術を盗むためにほかの人の動く姿をずっと観続けた。

 

「だから、もし五十嵐君が僕が変わったって思ってくれているのなら…それはきっと君のおかげだ。君の戦うあの姿が、僕に足りない物を改めて気づかさせてくれた。

だから、僕はきっと変われたんだと思う。」

 

「…緑谷」

 

こちらを視て不器用に笑ってくる緑谷を見て少しだけ目を見開いた。

 

「…俺は別にそんな精神論もお前が変わった話も聞きたくないんです。いいからお前がそこまで強くなった理由を聞かせろ。」

 

「い、五十嵐君…」

 

「アハハ、うそうそ、冗談だよ。そうマジにとらえんといて。」

 

『えぇー…』という声が聞こえてきそうな緑谷に軽く笑みを浮かべながら返答する衝也。

相変わらず冗談なのか本気なのかいまいちよくわからない彼の飄々としたその姿に緑谷もおもわずため息を吐いてしまう。

 

「にしても…オールマイトと俺が一緒とは…とんでもない人間と一緒にされちまったなぁおい。言っとくが俺はさすがにあの人ほどチート患ってないからな?パンチ一つで天候を変えられるほど俺は化け物じゃないから。」

 

「それじゃあまるでオールマイトが化け物みたいじゃ…ってちょっと待って!?なんで五十嵐君が僕がオールマイトに憧れてること知ってるの!?」

 

「逆になぜ知られてないと想ってたのかを知りたい。」

 

驚いた様子の緑谷にあきれ顔を浮かべた衝也はギシリと座っている回転いすをきしませながらニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「話をする度にその日オールマイトが解決した事件を笑顔で俺に見せてくるわヤフーニュースに上がるオールマイトの関係した事件を長々と解説するわ…おかげでスマホ持ってないのにヤフーニュースの見方覚えちまったくらいだからなぁ。

そんだけオールマイトのことを調べてるやつの憧れがオールマイトじゃなかったら逆に引いてる。え、興味もないのにここまで調べてんのキモッ!てな。

…まぁ今でも十分に気持ち悪いけど。」

 

「気持ち悪い…」

 

衝也のまったく悪気のない一言で若干傷つく緑谷。

そんな緑谷の姿を見て計画通りという風にニヤニヤを深くする衝也は笑みだけは崩さずに再び話をもとへと戻す。

 

「けど、お前が色々小難しいことを考えてるってことはなんとなくわかったが、「小難しいって…」肝心の俺の動きに対応できた理由を聞いてないぞ緑谷君や。もったいつけずに教えてくださいな。」

 

「お、教えるって…別にそこまでのほどのことじゃないと思うけど…たぶん、

 

ここ一週間ずっと五十嵐君のことを観続けてたから、じゃないかな…?」

 

「…観続けた?」

 

衝也の不思議そうな声色の言葉にゆっくりとうなずく緑谷。

その言葉に不穏な空気を感じたのか少しだけ衝也の背中が寒くなる。

 

「例えば、五十嵐君ってここぞっていうときに拳の振りが若干だけど大きくなってるんだよ。」

 

「…え?」

 

「だからそこをついてさっきは攻撃をしようとしたんだけど…ってどうしたの五十嵐君?」

 

「んー、いや…ちょっとショックが強すぎてな…うん。」

 

嘘だろ…自分では直したつもりだったんだけどなぁ…と目に見えてショックを受ける衝也。

そんな衝也を見て緑谷は慌てたようにフォローを入れる。

 

「で、でも五十嵐君のはかっちゃんのとは違ってほんとにわずかっていうか!ほんのちょっとだけだから一週間見続けても気づくのに時間がかかったし!そんなにひどいわけじゃ…」

 

「あ、いや…そういうわけじゃなくてよ…

今言った緑谷の俺の癖は俺がガキの頃から言われてきたもんでさ…それ治すために結構努力したわけよ。そのおかげでか今の今まで気づかれなかったわけで、それを見抜かれたっていうのがちょっとなぁ…」

 

「そ、そりゃ一週間も見てたんだしさ!」

 

そういって緑谷は落ち込んでいる衝也を慰めようとさらに話を続ける。

 

「トレーニングをするときは必ずサンドバック打ちで身体を暖めてから入るし、食事をするときには必ず箸を水にぬらすし、食事をもらう人は大体切島君か上鳴君、女子だと耳郎さんか八百万さんよく使うトレーニングルームは第26と14トレーニングルーム。教室から入ってくるときは大体教卓側の扉からで扉を開ける手は大体右手あとはトイレに行くのは決まって二時間目と四時間目の休み時間居眠りが多いのはマイク先生の英語の授業で、見た時に表情が一瞬嬉しそうになる食べ物は」

 

「ごめんちょっと待って緑谷本気で待って。」

 

「?」

 

矢継ぎ早に繰り出される緑谷の衝也情報に思わず待ったをかけてしまう当人。

その顔は少しだけひきつっており、尋常じゃないほどビビっていた。

 

「…お前さ、まさか一週間ずっと俺のこと見てたって、そういうこと?」

 

「え、う…うん。あ、いやさすがにこんなことは分析ノートには書いてないけど!それくらい僕は五十嵐君のことを観てたってことを伝えたくて!」

 

「ちょっと待ってノートにまで俺の情報まとめてるの!?」

 

「い、一応ほかの人たちのもまとめてるけど、量が多いのは五十嵐君とか…あとは勝っちゃん、飯田君とか。」

 

「…ちなみに何ページ分?」

 

「えっと、五十嵐君のは確かちょうど7ページ分くらい…」

 

「緑谷、お前ちょっと本気で気持ち悪いわ。」

 

「えぇ!?」

 

かなりドン引きした表情での気持ち悪い発言にショックを受ける緑谷。

ベットの上でなんで?という風な表情を浮かべている緑谷を見て衝也は本気で緑谷との友人付き合いを見直したほうが良いのではないかと考える。

 

(だがまぁ…強くなるわなぁこいつは間違いなく。)

 

一週間

 

たった一週間だけで自分のほんの些細な癖を見抜き、それを試合に活かし、あまつさえ相手の動きに対応するにはそれこそ並外れた執念と分析能力が必要となってくる。

もし自分が入院せずにいたらその倍の二週間。

単純計算でいけば今の二倍の情報を仕入れていたわけだ。

もちろん、そう単純なものではないとわかってはいるが、もし仮に自分が入院せずにこの体育祭に挑んでいたとしたら、もう少しだけ試合内容も変わっていたのかもしれない。

 

(つーか一週間まともに見られてても気づかなかったとは…俺も少し鈍ったか?

 

…体育祭が終わったらまたちょっと爺様んとこ帰ってみるか…つらいけどしょーない。あきらめろ、鈍っちまった俺が悪い。)

 

そこまで考えて衝也は少しだけ嫌な表情をしつつも自分を納得させる。

そして、未だにちょっとショックを受けている緑谷を見て、少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「でもま、一応は合点がいったわ…お前がそこまで強くなった理由。

お前ってば意外と戦い前にちゃんと盤面整えとくタイプだったんだな。」

 

「え、あ、ありがとう。でも…結局五十嵐君には最後まで手も足も出なかったし…まだまだだよ。」

 

そういって拳を少し握りしめる緑谷を少しだけ見つめる衝也。

そして

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ…」

 

呆れたようにわざとらしく大げさにため息を吐いた。

 

「えぇ!いきなりため息って…ぼ、僕何か変な事言ったかな?」

 

「なぁにが最後まで手も足も出なかっただよ…。」

 

「え?で、でも実際僕は」

 

「お前が本当に手も足も出なかったんならそもそも俺がここにくる必要なんてなかったんですけど?」

 

「…?」

 

衝也の言葉に思わず『僕に聞きたいことがあるから来たんじゃ?』と首をかしげてしまう緑谷。

そんな緑谷を見て衝也は二度目のため息を吐いた。

 

「はぁ…緑谷さんよ。ちょいと俺からの質問なんだが…

 

お前のその右腕、どうして怪我したか覚えてるか?」

 

「…あ!そ、そういえば!?」

 

衝也の指摘に緑谷がようやく起きた時に最初に思った疑問を思い出した。

 

そう、緑谷の一番最初の疑問…それは

 

「僕は、個性を使う前に五十嵐君に倒されたはずなのに…」

 

なぜ、個性を使う前に倒されたはずの自分が個性による反動によってけがをしてしまっているのかということだった。

 

衝也との試合の最後

衝也の攻撃を誘発し、その癖をついて懐へと入り込んで放った限界ギリギリの攻撃。

彼の鳩尾めがけ、必死に拳を振り抜こうと『した』。

そう、その握りしめた右拳を振り抜こうとしたところで、緑谷の意識は途絶えている。

個性を発動する前に、その拳が衝也へとたどり着く前に

緑谷の意識は、すでになくなっていたはずなのだ。

 

「ああ、正直俺もそう思ってたよ。

 

 

お前に殴られた時までは、だけどな。」

 

そういって衝也は自分の体操服をめくり上げる。

するとそこには服では視えなかった彼の鍛え抜かれたその腹を覆い隠すように包帯がまかれていた。

 

「…!あ!ご、」

 

「言っとくけどリカバリーガールが大げさにまいただけだからお前は気にすんなよ?実際は治癒でばっちり治ってるし、そこまでひどいもんじゃねぇ…それでも威力はヤオモモの大砲以上だったけどな。」

 

「…ッ!」

 

謝ろうとした緑谷に先手を打つような形で言われたセリフに言葉を詰まらせた緑谷に思わず笑みを浮かべた衝也はゆっくりと体操服をもとに戻す。

 

「手ごたえはあった。お前の意識がなくなったはずだっていう確信も得てた。

そんな油断があったから、お前のこの一撃を受けたんだ…お前が謝る必要はねぇよ。」

 

緑谷が懐へと入り込み、攻撃を仕掛けようとしたその刹那

 

衝也はすでに空いたもう一つの手で、緑谷を攻撃していた。

それは個性の強さがなされた業ではなく、彼の技術によってなされた業。

 

脊髄への攻撃。

 

人体の急所の一つ、脊髄。

ドラマや漫画などで首の後ろをたたき、一瞬の内に相手を気絶させる姿をよく見るだろう。

 

簡単に言ってしまえばそれと同じ技術。

だが、実際はそんな簡単なものではない。

攻撃を当てる場所、強さや速さなど、ありとあらゆる物がかみ合わなければ相手に無駄なけがを増やしてしまう(脊髄損傷によって後遺症を残したり等)し、何より相手が気絶しない。

そんな高度な技術を実戦でやれるものはほんの一握りだろう。

そして、懐へ入り込んだ緑谷に向けて放たれた衝也の拳の衝撃は寸分たがわず緑谷の頸椎のその先、脊髄へと伝わり

 

結果、緑谷の意識をブラックアウトさせたのだ。

 

「…俺は甘く見てたんだよ。お前のことを…お前の執念…いや、もしかしたら信念かもな。」

 

「信念?」

 

「ああ、意識は完璧に刈り取った。だからもう俺の勝ちだ、お前はもう動けない。

そんなことばかり考えてたから…俺はお前に殴られた。」

 

そういって、ゆっくりと緑谷の方を向く。

そして、一度だけ大きく息を吐いて、少しだけ嬉しそうに話をつづけた。

 

「意識を失っても、動けなくなったとしても…

 

それでもなおお前を突き動かした信念を、俺は甘く見てた。」

 

避けようと思えば避けられた攻撃。

そんな攻撃を甘んじて受けてしまったのは

 

意識がないから動かないと思い込んでしまったからだ。

 

「意識がなかったとしても…たとえ、動けないような状態になったとしても…その人に強い想いがあるのなら…その強い想いがその人の身体を、心を突き動かす。

 

そんな当たり前のこと…ずっと前からわかってたことなんだけどなぁ…」

 

そういって少しだけ視線を下に落とす衝也。

その表情は緑谷の方からは確認ができない。

だが、その雰囲気は普段の彼とは少しだけ違うように感じられた。

 

「あの時、俺はお前に負けたんだよ。

 

意識を失ってもなおお前を動かしたその想いにな。」

 

「で、でも僕の攻撃を受けても五十嵐君は…」

 

「お前があの時100%の力で打とうと考えてたら俺の身体はそれこそ目も当てられないほど悲惨なことになってたはずだ。どちらにせよ、お前の攻撃を受けちまった時点で俺の負けだ。それだけのパワーがお前の個性にはある。

 

まぁ…自分が動けなくなってまで勝つことが本当に良いことなのかどうかはわからないけどな?」

 

そこらへんは状況次第だろ、と言って衝也は後頭部をカリカリと書き始めた。

そして、ゆっくりと緑谷の方へと手を突き出した。

 

「お前はきっとこんなんじゃぁ納得しねぇだろうが、少なくとも俺はこれでお前に三つ借りを作っちまったと思ってる。

 

だから次は絶対に勝つ。

お前に借りた三つ分倍返しにして利息もおまけ付きで返せるほど圧倒的にな。

 

だから、お前も強くなれよ?

 

そん時に今とたいして変わんなくても俺は容赦しねぇぞ?長期入院しねぇように、しっかり身体鍛えとけ!」

 

衝也のその言葉に少しだけあっけにとられてしまう緑谷。

緑谷としては、衝也には完膚なきまでに負けてしまったと思っている。

それはきっと主観的に見ても客観的に見ても変わらない事実だろう。

だが、勝った本人はそれをよしとしていない。

 

その様子と、彼のそのある意味自分を妥協しようとしないその姿に、少しだけ笑みをこぼしてしまう。

 

「…!…うん、わかったよ五十嵐君。

僕も次は、君に勝てるほど強くなる。

 

だから、次は絶対に超えてみせるよ!」

 

そういって、少しだけその瞳を濡らしながら力強くその手を握りしめた。

 

それは、憧れの人に追いつこうとする者と、憧れた人を追いかけ続ける者が交わした約束。

 

その約束は、緑谷の心に新たな想いを植え付けた。

 

 

いつの日か、目の前にいるこの少年と肩を並べられるような

 

そんなヒーローになりたいという想いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや待て緑谷、何度も言うように今回は俺が負けたわけなんだからお前が勝つという単語を言うのはおかしい!撤回を要求する!」

 

「五十嵐君…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

防戦一方

 

この試合を見ている人間のほとんどが今その四字熟語を頭の中で思いだしていることだろう。

今のこの戦闘はそう思えるほどに一方的な物だった。

 

「ハッ!!」

 

飯田が短い掛け声とともにその身体を加速させる。

騎馬戦の時に見せたレシプロと呼ばれる加速方法ほどではないにしろ、自身のギアを最大限まで上げての移動は十分高速と呼べる。

事実、この場にいる大半の人間が目で追うのもやっとという速さだ。

そして

 

「いッ…!」

 

それは飯田と直に対戦している切島にも当然言えることだろう。

速度の勢いをそのままにして放たれる蹴りを横腹に食らい若干顔を顰める切島。

およそ常人ではまず出ることのない速度と共に放たれるその蹴りの威力は人ひとりを吹き飛ばすのには十分な勢いもそれに見合うだけのダメージもある。

だが、その蹴りを受けてもなお切島は倒れない。

 

「っ、らぁ!!」

 

すぐさま蹴りを入れて来た飯田に向けて拳を振るう。

 

「ッ!」

 

だが、その拳が彼に届くよりも早くに飯田はすぐさまエンジンにより加速して彼から距離をとる。

そして、速度をそのままに飯田は距離をとったまま素早く大きく弧を描くように移動していき、今度は彼の背面から蹴りを仕掛けた。

 

「ぐッ…

 

らっしゃ!!」

 

必死に飯田の動きについていこうとしてもその速度に身体が追い付かず、再び切島はなすすべなく飯田の攻撃をもろに受ける。

が、そんなことはまるで関係ないという風に切島は蹴りを上半身だけを逸らしながら背後の飯田へと裏拳気味に拳を振るう。

その拳をバックステップで避けながら飯田はさらに距離をとった。

 

防戦一方

 

試合が始まってから今まで一切速度を緩めずに攻撃を仕掛けてくる飯田に、切島はなすすべなく防御をし続ける。

この試合はまさしく飯田の速度についていけていない切島の防戦一方になっているように見えていた。

 

『YEAH!!またもや飯田の攻撃が切島にヒットぉ!!騎馬戦の時ほどじゃねぇが相変わらずすげぇスピードだぜおい!そのスピードにはさすがの切島もなすすべなく防御のみ!!こりゃちっとばか熱血ボーイが不利な状況だぁ!!』

 

実況のプレゼントマイクも、今のこの切島の状況にたまらずそう声を張り上げる。

実際試合開始から今まで切島の攻撃は一度として当たっていない。

それに引き換え飯田の攻撃はその速度も相まってか今のところ百発百中。

今はかろうじて個性での防御が成功しているが、攻撃を一度も当てられていない今の状況で切島が勝てる可能性は薄い。

彼の防御が何かの拍子に切れてしまえば、即座に状況は飯田の方へと傾くだろう。

そう誰もが考えている中で

 

『…そいつはどうかな?』

 

解説の相澤だけがその考えに待ったをかけた。

 

『WHY?そいつぁ一体どういう意味だイレイザー?』

 

『確かに切島はその個性の防御力を活かしてのインファイトを得意とするスタイルだ。飯田のようなその機動力を生かしたヒット&アウェイのスタイルをとる奴とは少しばかり相性が悪い。ましてや、フィジカル面においても飯田の方が少しだが分がある。切島の個性の耐久力いかんにおいてはあっという間に勝負が決まってたかもな。』

 

切島はもともとその個性の特性上、インファイトによる接近戦を最も得意としている。

個性によって硬化したその身体は生半可な攻撃ではダメージを通さない。

故に、相手の攻撃を意に返さず攻撃を続けられる。

そのため、相手と常に攻撃の応酬がなされるインファイトが彼にとって最も有利な戦い方になる。

 

だが、それに対して飯田の戦法はそのスピードを活かした近接戦闘からヒット&アウェイ戦法と幅ととれる戦法が広い。

その中で選んだ速度を保ちつつのヒット&アウェイ戦法は今の切島のファイトスタイルとはあまり相性はよくない戦法になる。

機動力で大きく差をつけられている切島がいくらインファイトを望んでも、飯田に追いつくことができないからだ。

これでは切島はスピードで勝る飯田とインファイトに持ち込むことができない。

 

『だが、切島の個性なら相手が苦手なヒット&アウェイスタイルのやつでも戦いようがある。』

 

『ほうほうなるほどなるほど!…んで!その戦いようってのは何よ?正直俺にはぜんっぜんさっぱりわからないんだけど?』

 

『…麗日の時といい今といい、お前は本当にそんなんでよくプロになれたなほんと…

 

よく見てみろよ、切島の戦い方を。』

 

『…WHAT?』

 

相澤に促されてマイクは首を傾げつつも試合の方へと向き直る。

そこには、先ほどと変わらずそのスピードでステージを縦横無尽に駆け抜けながら切島へと攻撃を仕掛ける飯田の姿がある。

その飯田の速度に対応できず、やはり切島は彼の攻撃をまともに受ける。

それでも個性の硬化で防御力を増した身体でふんばり、攻撃してきた飯田へと拳を振るった。

が、やはりそれも躱されて再び距離をとられてしまう。

だが、そのやり取りを見ていたマイクのサングラスの奥の目が一瞬だけだが見開かれた。

 

『…っ!』

 

『ようやくわかったか?』

 

『…なーるほどねぇ。

 

ぜんっぜんわかんねぇYO?』

 

『こいつ…ッ!』

 

自身の頭を軽くはたきながら愉快そうにのたうち回る旧友の姿を見て少しだけ額に青筋を浮かべる相澤。

そんな彼の姿が自分のクラスにいるクソ問題児と重なったせいか怒りも倍増する。

 

『…カウンターだ。』

 

『カウンター?』

 

呆れたようにため息を吐いた相澤のその言葉にマイクが少しだけ首を傾ける。

 

『どんなやつでも、相手の動きがほんのわずかに止まる瞬間ってのがいくつかある。それの一つが相手が攻撃を受けた直後だ。蹴りにしろ殴打にしろ、相手の攻撃を受けた直後はほんの一瞬ではあるが相手の動きが固定される。そこを狙って攻撃をすれば、つまりは相手の攻撃にカウンターを入れる形で攻撃をすればいくら相手が速かろうが当たる可能性はある。攻撃が当たっちまえば否が応でも相手の態勢は崩れるはずだ、そこをすかさず畳みかければ、勝機はある。』

 

カウンターというのには主に二種類の方法がある。

一つは相手の攻撃に合わせて、あるいはそれよりも早く攻撃を仕掛けるカウンターだ。

轟の戦いの最中衝也が見せた脇を抑えるという行為はある意味これに当たる。

だが、このカウンターは相手の虚を突けるため成功すれば当たる確率も大きく、相手の動揺や威力の向上すら狙えるものの、そもそも成功する確率がかなり低いうえにリスクも高い。

相手の動きや攻撃の際のほんのわずかな癖を見切れなければほとんどの場合成功せずに相手の攻撃をもろに食らうことになるからだ。

実際戦闘でこういったカウンターをとるものは少ないだろう。

 

そして、もう一つのカウンターが

 

相手の攻撃を受けた直後に攻撃をし返すというものだ。

相手の攻撃が当たった時というのは、相手の意識が最も攻撃に向いている瞬間でもある。

その時間はほんの僅かだろうが、そこをついて攻撃、いわばカウンターを叩き込めばいくら相手の速度が速かろうが当たる可能性が出てくる。

そのうえ、このカウンターは相手の攻撃の防げさえすればよいので実施するのも簡単で、相手のスピードが同程度ならば成功する確率も高い。

もちろんその分攻撃によるダメージなどのハンデもある

 

『ダメージっていうデメリットはアイツの個性が消してくれる。飯田の攻撃を受け、その直後攻撃をし返す。

アイツが今やってる戦法がまさしくカウンターを使った戦法だ。

現状機動力で自分を大きく上回る飯田の動きを見切れない以上勝つにはそれしか方法がないだろ。』

 

『うーん、だがよぉ!その戦法だって今のところ全く通じてねぇわけだし…防戦一方なのは変わらなくねぇか?』

 

『…おそらくは飯田も切島の狙いが分かってるんだろうな。だから攻撃をした直後でも即座に切島の攻撃を避けることができてる。『受ける』ことが前提の切島に対して少なからず飯田も『受け止められる』ことを前提にして戦ってるんだろう。』

 

(だからこそ、これからどちらがどう状況を覆すかで勝負の行方が決まってくる。)

 

『さて、どちらが先に戦況を変えるかな…?』

 

相澤が少しだけ楽しそうにそうつぶやきを漏らす間も、変わらずに試合は進んでいく。

 

 

 

 

 

相変わらず切島と距離を保ちながらステージを駆けていく飯田。

こうやって動き続けているのは切島に距離を詰められないようにするための対策だ。

絶えず動きを止めずに相手を翻弄し、持ち前のスピードで距離を詰めて攻撃を仕掛けていく。

だが、今のところ決定打となる攻撃はできていない。

切島の個性の防御力と彼の身体の踏ん張りが飯田の予想よりも強固な物だったのもその原因の一つだろう。

レシプロほどではないにしろ速度の勢いに乗った蹴りの重さは普通の倍以上はある。

ましてや脚の筋力は腕の倍はある。

その蹴りを食らえばほとんどの人は防御しても態勢がブレるはずだ。

態勢が崩れてしまえさえすればあとはレシプロを使って相手を場外にもっていけばそれで終わりだったのだが、予想以上に切島は態勢を崩すこともなく、あろうことかこちらの攻撃にカウンターまで仕掛けて来たのだ。

これは、飯田にとって予想外の誤算だった。

 

(今の俺の攻撃では今のジリ貧のこの状況が続くのみ…だが、レシプロを使ってもし相手に攻撃を受け止められたらピンチになるのは俺だ。うかつにレシプロを使って自分の首を絞めるわけにもいかん…くそ!どうすれば…!)

 

ステージを駆け巡りながら考えをめぐらす飯田。

しかし、中々いい考えが浮かばず…かといって何もしないでいてエンジンを無駄遣いするわけにもいかないため結局先と同じようにまた切島へと攻撃を仕掛けていく。

そして、飯田の蹴りがまた同じように切島の横腹に突き刺さる

 

 

ハズだった。

少なくとも飯田の中では。

 

「っと!」

 

「…ッ!?」

 

ブオンッ!という豪快な風切り音と共に空を切る飯田の蹴り。

対する切島は彼が今までいた場所の横へと転がっていき、即座に身体を起こした。

 

避けた。

 

今までずっと飯田の蹴りを甘んじて受け続け、カウンターをとり続けていた切島が

 

この試合で初めて、明確に彼の攻撃から逃れようとしていた。

 

「…っ!」

 

そんな初めて見た彼の行動にわずかに目を見開いた飯田は少しだけ息を吐いた後即座に方向を転換して再度攻撃を仕掛けていく。

だが、それを予期していたかのように切島は横へと飛んで飯田の蹴りを再び避ける。

飯田は空を切った脚からさらにエンジンをふかして軌道を強引に変えて地面につけ、もう一度切島の方へと詰め寄って蹴りを放つ。

が、今度は身体をかがませてその蹴りを避け、即座に追撃をされないために距離を離した。

 

その間に飯田もエンジンをふかして切島から距離をとり、再びステージを駆け始める。

だが、その頭の中では先ほどの切島の動きについて考えていた。

 

(間違いない…切島君は俺の攻撃に対応し始めている…まさか、最初から受けに徹していたのはこれが理由か!?)

 

飯田の攻撃を避け始めている。

それはつまり

 

飯田の攻撃を見切りつつあるということ。

最初はそれこそ受けることしかままならなかった切島が、自分の速度に対応し始めている。

そして、飯田はその様子を見て考える。

 

彼の狙いは、はなからカウンターではなく自分の動きを見極めることだったのではないかと。

カウンターという受け前提の攻撃を仕掛け続けることで相手が『受ける』ものだと錯覚させ、避けることなどないと思わせる。

そして、相手に思い込ませてから攻撃を見極めた段階で相手の攻撃を避け、最高のカウンターを決める。

これが切島の本当の目的ではないのかと

 

(切島君が錯覚云々にかんして意図してやった可能性は低いだろうが…俺の動きを見極めようとしている可能性があることは否定できない…となると今までのようにむやみに攻撃をするのは危険だ。)

 

かといって攻撃をしないで動き回るだけでは勝てるわけがない。

しかし、むやみに攻撃して相手に情報を渡した挙句、攻撃を食らってしまっては意味がない。

ならばどうすればいいか。

その答えは、すでに飯田の中で出ている。

 

(ならば…切島君が俺の動きを見極める前に、今まで以上の速度で瞬時にケリをつけるしかない…か。)

 

今以上の速度

 

つまりは飯田の切り札ともいえる爆発的加速技『レシプロバースト』

レシプロの瞬間速度は今の飯田の速度を大きく上回る。

その速度ならば切島に対応されることもなく、レシプロが切れる前に彼を場外へと放り投げることができる。

 

(というよりも、攻撃を避けつつある今の現状で残される択はそれ以外にない。

となれば、迷っている暇などは、ない!)

 

そして、飯田は大きく深呼吸をしたその瞬間

 

「…レシプロ・バーストッ!!」

 

切島の目の前にいた飯田の姿が加速音と共に消え去った。

 

(エンジンが止まるまで約10秒!その間にケリをつける!!)

 

そして、一瞬の内に飯田が切島の目の前に詰め寄ったその刹那

 

 

 

 

 

「うっらあああああああ!!!」

 

 

 

飯田の意識が、鈍い衝撃と鈍痛によって刈り取られた。

 

 

轟音と共に飯田の身体がコンクリートで作られた地面へとたたきつけられる。

そして、横たわる飯田の頬にたたきつけられたままの切島の拳。

その拳は

 

普段の彼の腕とも、硬化した彼の腕とも違い、一回りほど大きく、それでいて歪なほどごつごつとした形になっていた。

 

『…な、なななな…!!い、一撃…一撃だァァァ!!なんとなんとなんとぉぉ!!今の今まで攻撃を当てることすらできなかった切島の攻撃が、反則技であるレシプロバーストを使ったはずの飯田にクリーンヒットぉぉ!?しかも一撃で飯田の意識をブラックアウッ!?あまりの急展開に思わず実況がワンテンポ遅れっちまったぜおい!』

 

マイクの驚いた実況が響く中、切島はゆっくりと飯田から拳を離す。

飯田の頬には叩き込まれた拳の形が見て取れた。

 

『レシプロバースト、その加速力と瞬間速度は凄まじい。プロの中でも見切れる奴はそう多くはねぇだろう。

だが、その速度の大きさゆえにはじめの軌道が直線的になるきらいがある。いくら速さが爆発的に上がろうが…相手の来る軌道が分かってりゃ見切れなくても対応はできる。

そこを切島はついてきたんだろうな。

レシプロで加速したと同時に拳を振り下ろし、アイツの動きに合わせて攻撃を放ったんだ。

恐らく、今まで受けていた攻撃を避けたのも飯田のレシプロを誘発させるための行動だろうよ。』

 

『YEAH!ナイス解説サンキューイレイザー!!』

 

(…とはいっても、少なくとも今までの切島ならあのままジリ貧になって負けていただろうし、こんな策を思いつくような奴でもなかった。…何よりフィジカルで自身を上回る飯田を一撃で昏倒できるような攻撃を打てなかっただろうな…

蛙吹と言い、耳郎と言い、緑谷と言い、切島と言い…今年の体育祭は入学初日よりも明らかに強くなってきてるやつが多い…。)

 

『これも…あのバカの影響だとするなら…少しはバカも役に立つって事かもしれないな。』

 

小声でそうつぶやきながらふとあのクラス一の問題児のバカ面を思い出し、わずかに唇を釣り上げる相澤。

そんな中、切島は荒く肩を上下させながら軽く息を整えつつ、伏している飯田を見続ける。

 

「…わりぃな飯田。一撃で決めねぇとまずいから…ちっと加減できなかった、ほんとにすまねぇ。」

 

そういって少しだけ目を閉じて謝罪の言葉を口にする切島。

 

「けど…俺にも『絶対ぇに』負けたくねぇ…負けちゃいけねぇ理由も…今より強くならなきゃいけねぇ理由もあるんだ。

 

だから…乗り越えさせてもらったぜ飯田…おかげで俺は、また一歩前へと進めた!

 

ありがとう!お前の分まで、俺は必ず勝ち進む!!」

 

そういって拳を強く握りしめながら一度だけ大きく頭を下げる。

それは謝罪ではなく感謝の一礼。

 

互いに勝つために、負けないために全力で戦った。

その相手に対しての、切島なりの誠意の見せ方だった。

 

深く、そして短く頭を下げた切島はゆっくりと前を向く。

 

 

 

その心の内に、追い付きたい少年の背中(強くなりたい理由)を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 




切島と飯田の戦いを早く書きたいのに長くなってしまった…
これが原作主人公の力なのか…!



単純に私の構想力のなさが原因ですね…すいません…

ていうか戦闘書くのへたくそなのに戦闘シーンを早く書きたいという…
でもジャンプを見てる人なら早く切島君を書きたい理由をわかってくれると信じたい!

ちなみに切島君と飯田君の試合はルフィVSベラミーの戦い方をおもいっきり参考にして書きました。←おい

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