救える者になるために(仮題)   作:オールライト

35 / 39
ふう、トーナメント楽しすぎ!
戦闘を妄想してるだけで楽しいです!
書けませんけどね!⬅おい

てなわけで、どうぞ


第二十九話 負けないために 下

この試合は、恐らく早めに決着がつくだろう。

 

 

 

それが、両者の担任であり解説のイレイザーヘッド

相澤消太の見解だった。

 

 

ステージの上で戦っている二人。

その一方である八百万の両手には RPGに出てくるような西洋風の剣と盾が握られている。

対する耳郎のその手には何も握られていない。

耳たぶのイヤホンコードを頻りに揺らしながら、真っ直ぐ八百万の方を鋭く見つめている。

 

 

相澤が決着がはやくつくと思った理由は、徒手と武器との差にある。

 

素手と武器、その二つには大きな差がある。

個性が発現してしまった現代ではそういった認識は薄れてしまっているが

 

リーチの長さや殺傷能力の差などはそれこそ子供と大人ほどにある。

 

短刀一つその手にあれば、例え子供であっても使い方次第で大の大人を殺してしまえるのだから。

 

一太刀でも浴びれば戦闘続行が不可能になるかもしれないその危険性は例え試合用に刃はない剣であったとしても変わらない、所詮は凶器が剣から鈍器へと変わっただけで、当たれば骨折する確率も高いのだから。

 

故にこの試合、個性によって武器を造ることができる八百万が必然的に有利となる。

 

耳郎にも確かに個性、イヤホンジャックによる攻撃がないわけではない。

プラグを身体へと差し込んでダイレクト爆音プレゼントは差し込めさえすれば防御の術がない強力な攻撃になる。

 

だが、それを実践でやるというのはむずかしい。

耳たぶのイヤホンコードが伸びる数メートルの範囲なら彼女も攻撃できない訳ではないが、彼女の場合は先端のプラグを身体へと直接差し込まなければ決定打にはなりえない。

蛙吹の舌のように人一人を薙ぎ倒せたり、相手の武器による攻撃を弾くほどの威力が彼女のイヤホンコードにあるわけではないのだ。

しかもそれを対人、つまりは動く標的に差し込まなければならない。

動く標的を銃で当てることすら難しいというのに、それよりも速度が遥かに遅いイヤホンコードでプラグを差すのはかなり接近していないと不可能に近いだろう。

そのことを、耳郎自身もよくわかっていたからこそ、コスチュームに指向性のスピーカーを取り付け、銃よりも速い音速の遠距離攻撃手段を取り入れたのだろう。

 

だが、この体育祭ではコスチュームの着用は平等性を保つために禁止されている。

故に、彼女の攻撃手段は中距離か近距離かのどちらかに絞られる。

一度でも当たればほぼ怪我は免れない剣と、耳郎のプラグを防ぐことができる盾までおまけでついてきているこの状況で、だ。

 

攻撃する手段も、攻撃を防ぐ手段も持ち合わせている八百万と

両方とも持ち合わせているとは言い難い耳郎。

どちらが有利なのかは、もはやわかりきっていた。

 

 

 

だが、

 

『おいおいおい!こりゃいったいどうゆうことよ!?』

 

実況席の部屋のガラス窓に顔を近づけて、唾を撒き散らしながら興奮したように実況のプレゼントマイクが声を張り上げる。

その表情に見えるのは純粋な驚きの色。

 

『試合開始からもう3分!攻めて攻めて攻めまくってるのは、どっからどーみても八百万だ!

その個性で作り出した剣を華麗に操り、勇猛果敢に耳郎に向かって攻めている!

対する耳郎の手には武器一つ、お箸一膳も握られてねぇ!

どっちが不利かなんて聞かなくてもわかるよなぁ!?

なのに、なのに!

 

 

3分間、未だに八百万の攻撃が耳郎に一回も当たらねぇ!!

まじで何がどーなってんのぉ!?』

 

プレゼントマイクの実況(というよりなかば疑問)か会場に響きわたる。

会場内の観客も自然と目線がステージの上へと向いている。

皆、その表情はプレゼントマイクと似たようなものばかりだ。

 

 

「面白くなってきたなぁ、これはまた。」

 

そんな中、解説席の相澤だけが唇の端を僅かに吊り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まずい…ですわ)

 

こちらに目掛けて向かってくる耳郎のプラグ。

それを、しっかりと盾で防いでから、一歩前へと踏み込み横凪ぎに剣を振るう。

振るわれた剣はそのままいけば、八百万の剣は耳郎の横っ腹に当たるはずだ。

 

だが

 

「…っぶな!」

 

当たらない。

 

八百万の振るった剣は、あとわずか数ミリというところで空を切る。

 

そして、八百万の剣を紙一重で避けた耳郎はすぐさま一歩後ろへと下がりながら彼女に攻撃をしかけてく。

その攻撃を受けた隙に、八百万はまた耳郎目掛けて剣を振るう。

 

唐竹、袈裟斬り、逆袈裟斬り、右薙ぎ、左薙ぎ、切り上げ、逆風…

 

八百万が知るありとあらゆる斬撃を試みるが、

やはり一つも当たらない。

 

僅かにカスることがある程度で、そのほとんどが耳郎に避けられてしまっていた。

 

(攻撃が、まるで当たらない…)

 

攻撃を受けては攻撃し、攻撃を避けられては攻撃を受け、受けた後にまた攻撃。

先程からこれの堂々巡りである。

その時間は実に3分。

 

いくら相手が中距離の間合いで戦っているとはいえ、武器に盾までもった自分の攻撃が当たらないこの状況に、八百万は少なからず戸惑っていた。

 

例え距離が離れていたとしても、剣のリーチがある分、一歩でも前にでれば耳郎は八百万の間合いの圏内になるはずだ。

 

間合いに入るタイミングも、なるべく耳郎がコードで攻撃してきた直後になるようにしている。

自分的にはこれ以上ないタイミングでの攻撃。

 

だが、結果は3分間、かすり傷を僅かに付けたのみで、未だ決定打は与えられていない。

 

(タイミングも間合いもおおよそ問題はないはず、なのに、攻撃が当たらない。このままでは状況を変えることができずじまいですわ…)

 

このまま同じように攻撃を続けてもジリ貧は必須。

いずれ何かしらの対策を打たれて負けてしまう確率の方が高くなる。

体力的にも、盾に剣という重りを抱えている八百万の方が消耗は激しいだろう。

だとしたら、長期戦になるまえにこの状況を覆す一手が必要となってくる。

 

3分間、未だ攻撃が当たらないのは八百万はもちろん、耳郎にとっても同じことだ。

もし当たっていたら八百万の中に直接爆音が流し込まれてしまうため、もはや立っていられない。

恐らくは、耳郎自身も決定力が足りずに攻めあぐねているのだろう。

だが、何かのきっかけに状況が一変する可能性はある。

ならば、状況が一変したときに八百万が有利でなければならない。

そのためには

 

自分がこの状況をひっくり返す他ない。

 

(考えなさい、百!この状況を打破する方法を!

耳郎さんに、私の攻撃を当てる方法を!)

 

剣を振るい、盾で防ぎを繰り返しながら八百万は必死に打開策を考える。

 

試合開始からおよそ5分半

 

短いようで長いその時間の中で繰り返される攻防。

そして、未だ変化のないその試合に動きだしたのは、それから僅か1分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、耳郎ちゃんも八百万ちゃんも攻めあぐねている…これはちょっと長引きそうだね。」

 

「いやいや、てか個人的には耳郎の方に驚きなんですけど俺。なんでヤオモモとしれっと渡り合ってんの!?ヤオモモは雄英の推薦枠で優等生で個性もめちゃつよの才能マンだぜ!?そんなのとタメ張れるほど耳郎って強かった!?」

 

「上鳴君、それを言うなら才能ウーマンじゃないかな?八百万ちゃんは女の子だろう?それとボクは君たちと会ったばかりだからその質問には答えを出せないよ?」

 

1-Aがの面々が集まっている観客席で顎に手を当てて考え込んでいる恋と驚きで口を半開きにしていた上鳴。

そんな彼の言葉に緑谷が自身が分析した情報を記しているノートを片手に、視線をステージから離さずに答えていく。

 

「耳郎さんの個性は中距離からのプラグ攻撃もあるし、コスチュームを使えば指向性遠距離音速音響攻撃もできる遠距離・中距離の攻撃と支援が両方できる優秀な個性だよ。でも…今回は一対一の戦いだし、コスチュームもないから攻撃手段が減って、自分の手札が少なくなる。…だから、正直耳郎さんは苦戦すると思ってたんだけど…」

 

「ものの見事に拮抗しているな…」

 

耳郎が避けて、八百万が受けて…

ひたすら堂々巡りを続けている彼らの攻防に感嘆したようにつぶやきを漏らす飯田。

後ろの列に座っていた切島も、驚嘆した様子で口を開いていく。

 

「いや、ていうか八百万の方はまだ盾もあるし防げるのはわかるけどよ…耳郎の方はあれ完璧によけてるじゃねぇかよ…しかも剣持った相手の攻撃をよ…普通にあり得ないだろ…」

 

なまじ自身が防御よりで攻撃を防ぐ個性だからか、避けることの難しさというのを多少なりとも理解しているのだろうか、その表情は驚きに包まれていた。

 

攻撃を防ぐことと攻撃を避けること、どちらが難しいのかをと聞かれれば、まず間違いなく避ける方と答える者が大半だろう。

相手の攻撃の軌道とタイミングを見極め、その攻撃の間合いの外へと移動する。

それが実戦の中で行うことがどれほど難しいかは想像に難くないはずだ。

 

しかし、目の前の耳郎は実際に三分間、傷らしい傷も受けずに相手の攻撃を避け続けている。

 

武器はおろか、防ぐものすらない完全な徒手の状態で、である。

 

自分たちがもしあれと同じことをやれと言われたら例え有効な個性があったとしても

正直お断りしたい気分である。

 

「ふーむ…耳郎ちゃんは格闘技の経験でもあるのかな?剣道だとか、空手だとか、そういった類の経験は?誰か聞いたことはないかい?」

 

「ケロ…特にそういった話を聞いたことはないかしら…どうかしたの傷無ちゃん?」

 

「あ、そういえば初日にやった個性把握のためのテストの時に、耳郎ちゃん『ウチ、あんまり運動とか得意じゃないんだよね』ってぼやいてたよ!」

 

もうすでにあの頃を懐かしく感じるなー…としみじみとした様子(?)で返答する葉隠と少しばかり首を傾げながら恋を見つめる蛙吹。

だが、恋は蛙吹の問に「なに、ちょっとだけね…」と言って顎に手を添えて何かを思案し始めた。

 

(格闘技経験は一切なし…運動能力も平均…か。

 

…それにしては『堂に入ってる』ように感じるけれど…)

 

「あちゃ~、もう始まってたか…こりゃもうちょい急いで来るべきだったか?」 

 

「お、なんだ衝也、今頃来たのかよ。もう試合始まっ…てる…」

 

恋が思案にふけっている最中に聞こえて来た衝也のつぶやきに返答を返す上鳴。

だが、その言葉が徐々にとぎれとぎれになっていく。

そんな彼に遅れた形でほかのクラスメートが声のした方向へと視線を向ける。

するとそこには

 

学ランにサングラスに赤いハチマキに茶色リーゼントのカツラをかぶった時代遅れのヤンキーっぽい少年がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「お前、トイレに行ってたんじゃなかったのか?なにその恰好…」

 

「は?何言ってんだ上鳴…とうとう頭の電池が切れちまったか?

 

 

どッからどう見ても応援団の恰好じゃねぇか。」

 

「お前の中にある応援団のイメージがどんなのか激しく知りたい…」

 

トイレから帰ってきたと思われる衝也の変わりっぷりに呆れたようにため息を吐く上鳴。

というより、たかがトイレから帰ってきただけでさっきの学ランとハチマキからさらに二つオプションをつけて帰ってくるなど普通は想像できないだろう。

上鳴の言葉にほかのクラスメートも苦笑しか浮かばない様子だ。

そんなクラスメートの一人である瀬呂が彼の頭にあるフランスパンを指さした。

 

「つーか、そのカツラとサングラスどこで手に入れたんだよ。まさかトイレに落ちてましたとかいうんじゃなかろうな?」

 

「そんなきたねぇこと誰がするか、サングラスは八百万の神に出してもらったんだよ。あとカツラは会場の外のお面売りのおっちゃんと意気投合したからもらった。」

 

「なにその凄まじいコミュ力…てかお面売りなのにカツラて…」

 

「ていうか試合前のヤオモモにそんなの出させるとかお前だいぶ最低だぞ。」

 

上鳴の言葉に同調してうなずくクラスメートたち。

そんな彼らの言葉に衝也は気にしないという風に笑って自身の胸を親指でさした。

 

「まぁまぁ、そう細かいことは気にすんなって上鳴、細かい男はモテないぞ「うるせぇよ」てか、それよりみろよこの姿!!なかなかかっこよくないか!?なんかTHE・応援!って感じのする今どき応援団員みたいだろ!!どうだ、結構サマになってんだろ?」

 

「ダサい」

 

「キモイ」

 

「古い」

 

「心に刺さる!?」

 

芦戸、葉隠、上鳴からの三連続デットボールによって負傷退場となった衝也の豆腐メンタル。

そのあまりの痛みに胸を抑えながらその場に膝をついてしまう。

だが、三人の猛追は止まることを知らなかった。

 

「なんかすごくアツクルシイよね、着てる服もテンションも。そんな格好で応援されると逆に嫌な感じがする。」

 

「悪くはないとおもうよ!悪くはないと思うんだけど…生理的に無理なんだよね。」

 

「つーかその恰好二世代くらい前の応援団じゃね?俺らのじいちゃんばあちゃんあたりが懐かしむような感じの。今どきどころか絶滅危惧されてると思うぞそれ。」

 

「……」

 

三人の容赦ない追撃にもはや真っ白に燃え尽きてしまった衝也へと少しだけ同情の視線を送る緑谷達。

だが、大半は自業自得なのでこうなるのも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

そんな中、燃え尽きた衝也の肩へと、恋がゆっくりと手を置いて優し気に微笑んだ。

 

「まぁ、そう落ち込むことはないよ衝君。ボクはなかなか似合ってると思うよ?」

 

「…恋」

 

「あ、ごめんちょっと顔は上げないでくれるかな耐えられない。」

 

「……」

 

恋の上げてから叩き落すその言葉に再び燃え尽きる衝也。

効果抜群どころか喜びの大きさが強かった分ダメージが二倍に跳ね上がってしまったようだ。

そんな彼を元気づけようと、今度は切島がぐっと拳を握りしめながら熱く語りかけた。

 

「大丈夫だって衝也!お前のその皆に対する熱い思いが体現されたかのような硬派な姿!そういう燃え滾るような熱い姿は俺結構好きだぜ!!」

 

「よしわかった今すぐ着替える。」

 

「え…」

 

いうが早いがすぐさま体操服に着替えた衝也は再び葉隠の隣へと座る。

そんな彼の姿を半ば呆然とした様子で見つめていた切島はゆっくりと緑谷達の方へと視線を向ける。

そんな彼に、クラスメートたちは

 

『ドンマイ!』

 

「ちょ、ドンマイってどういうことだよ!?」

 

苦笑をしながら励ましの言葉を投げかけた。

 

切島鋭児郎

 

硬派で熱血な彼は頼りがいのあるいい男なのだが、やはり少々アツクルシイのである。

別に嫌いというわけではない。

むしろその性格は好感すら持てるのだが、

 

やはり少々アツクルシイのである。

そして、そんなアツクルシイ奴と同じファッションセンスというのは、衝也としてもさすがにいただけなかったのだ。

 

 

「っとー、それで?試合は今どんな感じですかね?」

 

「ちょうど三分が経過したところだよ。今のところそこまで大きく戦局は動いていない…けど」

 

「耳郎のやつがスゲーんだよなんか!ヤオモモの剣が全くかすりもしてねぇんだ!なんかこう、なんていうんだ…とにかくすげぇのよ!」

 

「おい、いつもの語彙力はどうした上鳴、仕事をしろ仕事を」

 

緑谷と上鳴の話を聞いた衝也は、テンションが上がって早口になってしまっている上鳴にツッコミを入れつつステージの方へと視線を向けた。

そこには先ほどと何ら変わらない八百万と耳郎の二人の姿がある。

 

八百万の横薙ぎに振るわれる剣を後方へと下がって避けていく耳郎。

次いで、縦に振り下ろされた剣をサイドステップでかわして、空いた横腹にプラグを伸ばす。

が、すんでのところで八百万の盾に止められる。

そして、すぐさま八百万が態勢を変えて耳郎に詰め寄ろうとするが、それよりも早く耳郎は即座にバックステップで距離をとる。

 

先ほどとさほど変わりのない彼女たちの攻防。

八百万が攻め、耳郎が避けるというその戦いを見て、衝也は感心したように軽く目を細めて唇を釣り上げた。

 

(うん、少なくとも一週間前よりだいぶ動けてるな…。耳郎のやつ、ちゃんと物にしてるじゃねぇか。)

 

そこまで考えてから衝也は嬉しそうに腕を組んで身体を少しだけ前のめりにする。

 

「勝てよ、耳郎…お前のこの一週間の努力の成果を見せてやれ。」

 

そう、小さく呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横薙ぎに振るわれた八百万の剣をバックステップでかわす

 

(視える…)

 

追撃で前へと踏み込んできた八百万に対して、即座に反対方向へと下がっていく。

 

(視える。)

 

さらにダメもとで一歩前へと進んできた八百万から振り下ろされる剣を、今度はわずかに体を逸らしてかわし、瞬時に距離をとる。

 

(視える、大丈夫…ちゃんと視えてる!)

 

わずかに肩を上下に揺らしながら呼吸を整える耳郎は、目の前で同じように息を切らしている八百万へと目を向ける。

剣も盾も持って数分間攻防を続けていれば当然体力も消耗される。

お互い、動きのキレも落ちていく一方だろう。

というよりも、半ば落ちかけているといってもいい。

だが、それでも消耗の度合いでいえば重り二つを抱えている八百万の方が大きいだろう。

体力面などでは八百万に分があっただろうが、剣と盾という荷物が彼女のスタミナを削っているのだろう。

 

(今のところ、狙い通り…だよね?たぶんだけど)

 

耳郎が避けに徹せずに攻撃を仕掛けていたのには、今八百万にあるその二個の荷物を減らさないため。

彼女ははなから八百万にプラグを当てようとはしていなかったのだ。

耳郎の唯一の攻撃手段にして、喰らえば一撃で倒れるであろう防御手段なしの音響攻撃

は当たりさえすれば強い。

ゆえに、相手は当たるまいと何かしらの対策をしてくるだろう。

今の八百万のように盾を用いて防いでいく、といった具合に。

そう、プラグはあくまで八百万の二つの重りを外させないための抑止力に過ぎないのだ。

 

そしてまた、耳郎は再度その抑止力を八百万にめがけて振るう。

それをしっかりと盾で八百万は受け止めた。

 

そして、続けざまに前へと飛び出し、今度は下から斜めに切り上げて来る。

咄嗟に身体を後ろにそらして剣をかわし、そのまま後ろへと距離をとった。

その瞬間、ハラハラとステージの床に耳郎の前髪が数本落ちていく。

 

(っぶない、ぎりぎり!)

 

八百万と距離をとった耳郎はすぐに態勢を立て直して再び八百万へと視線を向ける。

 

(ギリギリだけど何とか避けられた…大丈夫、ちゃんと反応できてる。身体はついてきてる!)

 

そう自分に言い聞かせて一度大きく深呼吸をする。

 

(絶対に、負けない…負けたくない!もう二度と、誰も傷つけないように強くなるって決めたんだ!だから、だからウチは絶対に負けない!そのために、ウチは今日まで強くなってきたんだから!)

 

 

 

それは一週間前

 

『お願い衝也、ウチに戦い方を教えて!』

 

『……はい?って痛い!?』

 

体育祭も残るところわずか一週間となったある日の放課後。

いつものように本格的なトレーニングに入る前に身体を暖めるため、トレーニングルームのサンドバック打ちをしていた衝也のもとへとやってきた耳郎は開口一番そういって頭を下げて来た。

 

突然の申し出にパンチを打ったフォームのまま素っ頓狂な声を出して固まってしまった衝也へと、パンチを打たれて吹き飛んでいったサンドバッグが勢いそのままにぶち当たった。

 

強くなろう、そう決意したはいいが自分がどう戦えばいいのか、どういう風な戦い方が自分に合ってるのかすら多少しかわからない彼女は悩みに悩んだ挙句、衝也のところへと足を運んだ。

 

本当なら相澤などの先生方に教わるのが一番いいのだろうが、体育祭の前ということで割りと忙しくしていたため、なかなか時間を割くのが難しいと言われてしまったため、衝也の所へと来たのだ。

これは別に衝也のことを次いで扱いしたわけではなく、なるべくなら衝也へ頼らずに、せめて体育祭までは自分の力で強くなりたいと思ったからである。

だが、自分で学ぶにも限度があるため、結果的に衝也を頼ることになってしまったのだ。

 

そして、自分が今強くなりたいと思っていること、どうやって強くなればいいのかわからないこと、弱いまま、誰も救えないままは嫌だということ

自分が今想っていることすべてを衝也へと話し、頭を下げた。

 

それを聞いた衝也は少しだけ頭を掻いた後

 

『だが断る!』

 

と普通に断ってきた。

 

だが、それも当然だと耳郎は納得してしまう。

体育祭一週間前というこの大事な時期に、他人に構ってるような余裕はほとんどの者にはないだろう。

衝也だって他人を強くするより、己を強くさせたほうが大事に決まっている。

耳郎自身も立場が変わればそう思うだろう。

 

だが、そのあとの返答に、耳郎は思わず下げていた顔を上げてしまった。

 

『俺はまだ人に物を教えられるほど強くなっちゃいねぇし、誰かに何かを教えられる自信もない。そりゃ、ほかのみんなより強い自負は少なからずあるけどさ…それは俺に強くなれる環境が運よくあったからってだけで、経験の少なさとかその他諸々は耳郎とかとたいして変わらない。

だからさ、俺が教えるとかそういうんじゃなくてよ、

 

お互いに教えあって、助け合って強くなってこうぜ?

 

俺のダメなところをお前が見つけて、お前のダメなところを俺が見つける。

 

つーか、そうやって自分だけ強くなろうとするとか不公平ですよ耳郎ちゃーん…

 

俺達、友達だろ?足りない部分は埋め合わせてこうぜ…な!』

 

そういって耳郎に向かって親指を立てて笑顔を浮かべた衝也。

 

そして、それから一週間、耳郎は衝也と共に(時々切島や緑谷、瀬呂や上鳴なども一緒にいた)強くなるための特訓を行った。

 

その特訓は

 

相手を間合いに入れない戦い方をするための特訓。

 

耳郎の最大の特徴はイヤホンプラグによる中距離とコスチュームの指向性スピーカーによる遠距離攻撃である。

相手の範囲外から繰り出されるその攻撃は音による攻撃で、当たりさえすれば避けることも防ぐこともダメージを減らすことも難しい。

だが、その反面常闇のような広範囲防御は耳郎にはできないため、切島や緑谷のようなインファイターに間合いを詰められると対応ができなくなってしまう。

ゆえに、相手を間合いに入れない、または相手の間合いの外から攻撃する戦い方が一番耳郎にあっているのではないかと考えたのだ。

 

だが、言うは易く行うは難しとはよく言ったもので

 

実際は相手を間合いに入れないようにしようにも、相手が少しでも攻撃してきたら間合いを取る暇もなく攻撃が当たってしまい、なかなか思うようにいかなかった。

 

そして、その失敗を考慮した結果生まれたのは、攻撃を避ける技術を身に着けるという結論だった。

相手の攻撃を避け、即座に相手の間合いから出ていく、いわば間合いに入れないのではなく、間合いを保つ戦い方。

これならば相手の攻撃も当たらずに自分の間合いで戦うことができる。

だが、その分攻撃を避けなければならないため難易度はさらに上昇するのは想像に難くない。

 

しかし、彼女には自身の個性であるイヤホンジャックがその難易度の高い戦い方を可能とした。

 

音というのは相手の攻撃を予測するうえでとても大事な要素の一つだ。

相手がどこから攻撃するのか、どこへと移動しようとしているのか、腕で攻撃しようとしてくるのか、殴るのか、蹴るのか。

様々な予測が些細な音一つでできる。

その音だけを頼りに戦い健常者にすら勝ってしまう盲目の格闘家が2000年代初頭にはいたと言われているほどに、音というのは戦闘において最も重要な物の一つなのだ。

 

意識を集中させれば数キロメートル先の音すら拾える耳郎のその個性で、相手の足音から呼吸音、攻撃方向までを見極め、相手の攻撃を避ける。

その芸当を可能にするために、耳郎はここ一週間、目隠しをしながら衝也の攻撃を避ける特訓を積んでいたのだ。

最初のころは何度も攻撃を食らったし、むしろ動くことすらままならなかった。

だが、個性のおかげか、徐々に徐々に動きが洗練されていき、今では目隠しをしてもある程度攻撃を避けられるようになっていた。

視界が良好であるのならば、もちろん精度は格段に増すだろう。

 

そして、この特訓の結果は現に試合へと現れている。

 

八百万の攻撃がどういう風に、どのタイミングで来るのか、右から来るのか左から来るのか上からか下からか斜めからか…彼女の足音が、呼吸音が、剣を振るう時のわずかな音が、八百万から発せられる様々な音がそれを耳郎に教えてくれていた。

 

それは、彼女が体育祭の…このトーナメントの時まで、どれだけ強くなりたいと想っていたのかを体現する努力の成果、結晶のようなものだ。

そして、その結晶が

 

彼女を前へと進ませる。

 

 

 

 

再び、八百万が前へと踏み込み横薙ぎに剣を振るう。

それをバックステップで避けると同時に距離をとる耳郎。

続けざまに八百万の斬撃が耳郎へと襲い掛かるが、それを一つ一つよけながら間合いを保ち続ける耳郎。

恐らくは八百万もここで決めるつもりなのだろう、避けても避けても、執拗に耳郎を斬りつけようと詰め寄ってくる。

 

『おおっと!!ここで八百万が攻勢に出たぁぁ!!耳郎に息つく暇も与えない剣戟のSTORM!!こりゃ一気に畳みかけるかぁ!?』

 

『ま、このままジリ貧になってスタミナ切れを起こすのは八百万の方がはやいだろうからな、スタミナが残ってるうちに押し切ったほうが良いと考えたな。』

 

プレゼントマイクの実況と相澤の解説がマイク越しに響くが、耳郎のプラグにその音は伝わってこない。

伝わってくるのは、八百万の音ただ一つ。

彼女の音を拾い、彼女の攻撃を必死によけていく。

一瞬でも気を緩めれば終わりの攻防に思わず冷や汗を流す耳郎。

だが、彼女のその脚は決して止まらない。

 

(勝つ!絶対に、絶対に勝つ!そして、いつかアイツの背中を…

 

 

アイツの背中を…救えるように…!!)

 

そして、八百万の右横薙ぎをかわして後方へと下がったその瞬間

 

彼女の目の前に『槍の穂先』が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

(とった!!)

 

槍を両手に持ちながら耳郎めがけて刺突を繰り出した八百万は、心の中で思わずそう叫ぶ。

 

今までの3分間の攻防と先の剣戟の連続攻撃。

それはすべてこの槍の一撃を当てるためのブラフに過ぎない。

この試合が始まってからここまで、八百万は一切『突き』に該当する攻撃を行っていない。

縦に切るか薙ぎ払うか斜めに切るか、それだけの斬撃を出しておいて、刺突だけは一回も行っていなかったのだ。

 

全てはこの最後の一手を確実に当てるために。

 

最後に耳郎に向けて放った右横薙ぎの後、すぐさま剣と盾を捨ててあらかじめ背中で作っておいた槍を取り出し即座に刺突。

 

さらに、相手が『剣の間合いの外』に逃げたとしてもそれよりも長い槍を使うことで、自分の間合いを相手の間合いに無理やり入り込むことができる。

そうすれば、ほぼ確実に槍の穂先が耳郎のことを捉えることができる。

 

(これで、終わりです耳郎さん!!)

 

そして、八百万の予測通り槍の穂先は耳郎めがけて向かっていき、その喉元へとたどり着く

 

 

 

 

 

 

 

 

その前に、耳郎の姿が消えた。

 

 

「えッ?」

 

あまりの唐突の出来事に一瞬、八百万の動きが止まる

その瞬間、彼女の首と顎に暖かな手の感触が伝わってきた。

そして、彼女の視界がぐるりと回転し始める。

 

「なッ…」

 

思わずといった様子で声を上げる八百万を見て観客席にいる衝也が面白そうに微笑みを浮かべた。

 

「惜しいなぁ…八百万。槍の一手にまでつなげる過程はすげぇけどさ…

 

 

 

間合いに入られた時の対策を考えていないほど…耳郎はバカじゃないぜ?」

 

衝也の言葉が終わるとほぼ同時に

 

「う、りゃぁぁぁああ!!」

 

耳郎のちょっと女子としてはアレな叫び声が会場に響き渡る。

そして、八百万の視界が満天の青空で埋まった直後

 

鈍い衝撃と共に、八百万の後頭部が地面へとたたきつけられた。

 

「ッ…は!」

 

たたきつけられた衝撃と襲ってくる吐き気、さらには衝撃によって脳が揺れたのか視界が揺らめく八百万。

そんな彼女の身体を足で挟むようにマウントをとった耳郎は彼女のその豊満な胸に、自身のプラグを向けた。

 

「ウチの…勝ちだね、ヤオモモ。」

 

激しく上下に肩を揺らしながら、八百万に向かって軽く微笑む耳郎。

そんな彼女をいまだ揺れ動く視界にとらえた八百万は、一度だけ深く息を吐く。

 

「そう、ですわね…私の、完敗ですわ。ミッドナイト先生、聞きまして?私はこの試合に、耳郎さんに負けたことを認めますわ。」

 

そういって、自身の敗北を認めたのだ。

それを聞いたミッドナイトは一度だけ軽くうなずいた後

 

『八百万さん降参!よって二回戦進出は耳郎さん!!』

 

と、高らかに宣言した。

 

その瞬間湧き上がる歓声と拍手の数々。

 

『YEAH!!ここでまたまた俺の予想外のロッキンガールが二回戦進出だぁ!持たざる者でも勝利の女神は微笑むことあるのね意外!!』

 

『お前、そういうの洒落にならねぇぞ、セクハラで訴えられても知らねぇからな俺は。』

 

『そんときゃお前も共犯だぜイレイザー!』

 

『濡れ衣を着せるな禿』

 

『禿じゃねぇよ!これはただのメーカー名だっての!!』

 

プレゼントマイクと相澤の声も会場に響き渡る。

そんな中、耳郎は「あぁ~、つっかれたぁぁ!」と大きくため息を吐きながらその場にへたれ込んだ。

 

「…凄いですわね、耳郎さん。まさか最後まで読まれてるとは思いませんでしたわ。」

 

「んー、まあ何かしてくるのはわかってたけど、まさか槍で突っ込んでくるとは思わなかった。あともう少し反応が遅れてたらやばかったかも。」

 

そういって耳郎は「ほら見てよここ」と言って自身の頬を指さす。

するとそこには、少しだけ血の流れている切り傷ができていた。

 

「あ、すす、すいません耳郎さん!?私、試合とはいえなんてことを…!女性の方のお顔を傷つけるなんて…!ほ、本当に申し訳ありません耳郎さん!」

 

「あ、いや、いいっていいって!別にそういうことしてほしくて見せたわけじゃないから!ただ、どっちも勝つ可能性はあったってことを伝えたかっただけでさ!」

 

そういって両手を横に振る耳郎。

そして、ゆっくりと手を下して八百万の方へと向けた。

 

「ありがとね、ヤオモモ。アンタの分まで、ウチ頑張るから!」

 

「…っ!はい、頑張ってください耳郎さん!」

 

そういって耳郎の手を握り返した八百万。

そして、耳郎はそのまま八百万の手を引っ張って彼女の身体を支えながら立ち上がる。

 

「じ、耳郎さん、私は大丈夫ですから先に保健室へ…」

 

「大丈夫だよヤオモモ。それに、ウチがやった手前あれだけど後頭部打ってるんだからあまり自分で動かないようにしないと。」

 

後頭部を打たれてふらふらしている八百万と一緒に救護室へと向かう耳郎。

その途中、少しだけ視線を観客席を向ける。

そして、一度だけ大きく拳を掲げた。

 

観客席でこちらにGoodサインを送っている少年に向かって。

 

 

 




戦闘シーンをテンポよくって難しいんですよね…
よくほかの作者様はあんなうまくかけるものですよ… 
…教えてくださいとか言ったら教えてくれるのかな⇦(ダメです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。